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ハノイ到着、旧市街、ホアンキエム湖とゴックソン祠堂

2004-12-24
トピック: ベトナム

ベトナムへ

今回は、ベトナムに行くことにした。

ベトナムにしたのは、近場でお手ごろだったということと、前回のタイ南部サイクリングの続きとして、割と近い地域でもあったからだ。


だが、実際、”水曜どうでしょう”でベトナム道路の交通マナーの悪さを見ていた為に、少し躊躇もした。 だが、このくらいのハードルは越えなくてどうする、ということで、今回の工程をセッティングしたのだ。

本当はハノイ(ベトナム北部)からホーチミン(ベトナム南部)まで全部行きたかったのだが、ハノイ・ホーチミン間は1800km程あるとのことなので、今回は南半分、フエからホーチミンまでのコースを取ることにした。大体900km程の工程を見込んでいる。

フエは宮廷跡が立派らしく、ホーチミンまでの道中にはその他見所もたくさんあるようだ。 だが、期待するほどでもないという話も聞くが・・・。


今回用意した装備としては、ガイドブックとしてロンリープラネットの日本語版と、ベトナムの地図。それに、自転車装備一式を用意した。 ロンリープラネットは情報多彩で、地球の歩き方が宣伝パンフレットに見えてきてしまうほどの格差がある。 前までは英語版のみだったのだが、今回、本屋に立ち寄ってみたら日本語版が置いてあったので購入したのだ。 地球の歩き方を買うつもりはなく、現地の情報に頼るつもりでいたので心強い味方が出来た気分だ。

海外サイクリングは2回目なので、前回のタイ南部サイクリングに比べて随分と荷物が減った。前回の預け入れ荷物が27kgだったところが、今回は25.5kgになっていた。

飛行機は、今回、キャセイパシフィックでベトナム往復、ベトナム国内をハノイからフエまで片道利用した。

行きが”成田->香港->ハノイ->フエ”で、帰りが”ホーチミン->香港->成田”の旅程だ。

キャセイパシフィックの成田->香港便は、チケット屋が急かした割には空いていたので拍子抜け。 もう少し他のキャンセル待ちを様子見るべきだったとも思ってみる。 ただ、帰りの便はさすがに混んでいるらしいので、微妙なところではあったのだが。

今回、少し気を使ってみた点として、自転車の入ったバッグを預ける時に肩ひもを外に出さず、中に閉まったまま預けた。 前回、帰ってくる時に肩ひもの根元が引きちぎられていて、危険だと思ったからだ。 前回までは丈夫な袋を使っており、紐がバッグの布に付いていた為そのような被害で済んだのだが、今回新たに新調したバッグは紐を自転車のフレームに結ぶタイプな為、被害が甚大になる恐れがあったからだ。

それと、今まで何度か空港宅急便を使っていたのだが、今回は送付受付をするのが遅すぎて遅れなかった為、久々に空港まで自転車を持ち込んだ。 その際、今までは肩にかけて持ち上げて運んでいたところを、キャリアを使って持ち運ぶようにした。 これがまた、とてつもなく快適で・・・。 次からもこのスタイルになりそう。 旅先で荷物になるけど、到着の時に誰かにあげてしまって旅の間は身軽で過ごし、帰りの日に新調をした上で日本まで運び、そのキャリアで家に帰る。そして、そのキャリアを次の旅行に使う、というスタイルも悪くないかな、と思う今日この頃。

機内はとても快適で、少しお酒も入ってほろ酔い気分。 さて、今回の旅はどうなるかな。


機内でロンリープラネットを読んでいたら、とても印象的な話を見つけた。

体の不自由な孤児がやって来て、物乞いをしてもお金をあげてはいけない。大抵、近くで親や親分が見張っていて、あげたお金はギャンブルや麻薬に消費されてしまうことが多いから。親分は、老人や子供と言った弱い立場の人々を簡単に操ることができる 本当の孤児はいる。 だが、孤児にお金をあげるのもどうだろうか。 孤児はお金の使い方をしらない。 大金を持ったことがない。 お金で直る病気を不憫に思った旅行者がお金を渡したが、その人は麻薬に走って中毒になってしまった、という話もある。 一つの方法としては、孤児を救援しているNGOを探し、そこに寄付することだ。 もしどうしても孤児に何かしてあげたいと思うのならば、食べ物を直接あげることだ。(中略)

もしその場で何かをしたいなら、お金をあげたり、売ることのできるものをあげたりするのは避けよう。(中略)もし直接何かをあげたいなら、お金ではなく食べ物をあげよう。市場や露店に連れて行って、栄養のある食事か果物を買ってあげよう。その人だけのためになり、害にならないものを。それがたとえ歯によくないものであったとしてもお金よりはいいと、旅行者の一人は話す。
私は、百戦錬磨の子供の物乞いの眼に浮かんだ輝きをいつまでも忘れない。それは私が自分の食べていたのと同じような甘いケーキを提供した時だった。(ゴードン・ボールダーストーン)
ロンリープラネット ベトナム P88より

ハノイ到着、そして旧市街

香港で乗り継ぎ、いよいよベトナムのハノイへとやって来た。 古い旅行記を読んだところでは”とんでもなくぼろぼろの施設”ということであったが、他で読んだ”今は近代的な施設に生まれ変わっている”の言葉の通り、綺麗で世界の標準的な空港がそこにはあった。

バゲージクレーム(荷物受け取り所)では荷物が小出しに出ているような感じで、なかなか私の荷物が出てこなかった。 そして、しばらく後にようやく荷物を受け取り、国内線のチェックインへ。 これがまた、どこかよくわからない・・・。 ようやくカウンターを見つけたところ、なんと、もうチェックインは締め切っているとのこと。 なんと・・・・。 荷物を見て、”この荷物は大きい”という事を言われたので、荷物が少なければどうにかなったかもしれないが、頼み込んでもだめなものはだめということで、そのおじさんがついに、航空会社のカウンターまで案内してくれた。

そこで、チケットを翌日の早朝の便に切り替えてもらった。 朝6時半とはちょっと早いけど、良しとした。そして、受付を済ませた後、そのカウンターのおねえさんにエアポートホテルの場所をも聞いた。

エアポートホテルは空港から1kmほどのところにあるとのことなので、まずは両替を済ませようと思ってきょろきょろしていたら、なんと、噂に聞く”詐欺師”が早速現れた。実際にはそれに最後まで付き合わなかったのでどうかわからないが、うさんくさいことは確かだ。 従業員のような格好をしているが、何者だろう?

その人いわく、両替なら”あそこ”で出来るという。その先には郵便カウンターが・・・。 私は銀行を探しているのでそう伝えても、”いくら換えるんだ?”と何度も聞いてくる。 ”銀行は数キロ先だ。この時間は空いているかなあ”とか言っているところからしても、詐欺師確定である。 この時間に国際空港の銀行カウンターが開いていない訳がない。 いや、ベトナムならば有り得るか? 実際にこの目で閉まっているところを確認するまではこいつの前でお金を出すわけにはいかない。

そこで、私が執拗に銀行の場所を聞いていたら、”向こうだ”とだけ彼は答えた。その先の同じフロアには銀行がないことを確認済なので、なんともうさんくさかった。 私が歩き出すと、彼も後をつけてくる。

私は、他の人に聞こうと思って先ほどのカウンターで銀行の場所を聞いてみた。すると、下のフロアにあるという。 私が下のフロアに移動するまでは彼が付きまとっていたが、下のフロアに移動すると、彼の姿は消えていた。

それにしても、噂には聞いていたが空港ですらこれだとは、先が思いやられると思った。

いよいよ両替を済ませ、大量のベトナム通貨”ドン”を入手した。 1円に対して149ドン。 掲示板で見ていた1円130ドン計算よりは遥かに良いレートみたいだ。 この国の通貨はインフレしていると言うので、この価値がどこまで安定するかは微妙であるようだが。

両替後、さてどうしようかと思って両替のおねえさんにエアポートホテルの場所と大体の値段、それに、そこまでのタクシーの値段を再確認した。 すると、どこから嗅ぎつけたのか、タクシーの運転手がそこに立っていた・・・。 まあいいやと思い、その運転手の方へ。 値段も先ほどの値段でOKのようだ。

そして、タクシーに乗り込み、さて出発。 ・・・と思いきや、少し走ったところで止まって、”エアポートホテルは高いし、今夜にハノイの町を見たくはないか?”と言ってきた。市街までは180,000ドン(約1,300円)のようだ。ロンリープラネットによると市街までは大体10ドルとのことなのでタクシー代は”妥当”であるという判断をし、ホテルは20ドルということなのでまあいいかと思ってそこに決めた。 朝、その運転手が迎えに来てくれるらしい。朝5時なのに・・・。ご苦労様です。

ここで、持参した電卓を使って交渉をしたのだが、タクシーの中など、暗いところや夜ではほとんど使えないことが判明。 確かめて来るべきだったと後悔するが、しょうがない。 彼が紙を持っていたので値段は紙に書いて交渉した。


少し走り出して、いきなりハイウェイから抜けて細い道に入ったので、”なんと、いきなり追い剥ぎか?”と思ったが、前に座っている2人は適当なことを喋りあっているようなので、騙すような違和感はない。

次第に、賑やかになってきたので少しほっとする。 それにしても、30分で着くと言っていたのに45分くらいかかった。 おいおい。 いいかげんだなあ、と思う。


そして、ホテル。 タクシーの代金を渡すと、なんと、”おつりは明日でいいか?”と言ってくる。 これまた意味が分からず、もしかしたら詐欺の一種かとも思ったので、”今くれ”と私は言った。 すると、”むう”という表情をしておつりをくれた。 ベトナム人はよくわからない。

そして、ホテルのチェックインを行おうとすると、これまた面白いことが起こった。 こちらは、あまりにもベタ過ぎて何も言うことができない。

ホテルの手続きをするにあたって、部屋の確認をする為に一度部屋に行ったのだが、そこで、”日本人か? 日本の円は持っているか? 日本の円は見たことがないんだよ。”と言ってきた。 ”どこかで聞いた話だなあ・・・。見たことないわけないだろう?うさんくさいなあ。” と思いつつ、しばらく”そんなに持っていないし、奥に閉まってある”というような事をこちらが言っていたら、彼は更に、”私は世界中のお金を集めてるんだ!”とか何とか言って、財布の中から各国の紙幣を取り出してきた。 この時点で詐欺師確定! うさんくさいのと、あまりにもベタな詐欺で、誰が騙されるのだろう・・・ と思うくらい微妙な詐欺である。

ベトナムは詐欺師が多いとは聞いたが、初日から連続して詐欺師にばかり出会うと、今まで詐欺師大嫌いだったことすら忘れ、”こんなベタで面白い詐欺師なら、適当に付き合ってみるのも面白い”と、不謹慎ながら少し思ってしまった。 友人が”詐欺師が来るとニヤリとしてしまう”というのも、この状況を見ると頷けるかもしれない。

チェックインを済ませ、お金を支払った時、私から何も取れなかったからなのか、担当の彼の顔があまり優れなかった。


そして、荷物を少しだけ持ち、ハノイの旧市街の散策へ。

どこに行こうか迷ったが、とりあえず地図で目に付く場所として、ホアンキエム(Hoan Kiem Lake)湖というところに行って見ることに。

今日は、クリスマスだからなのかベトナム60周年だからなのか、街中がとても賑やかだ。 タクシーの中でも、今日はお祭りをやっているので今日来てラッキーだったな、というようなことを言われた。

賑やかなのはいいが・・・・。 それにしても、バイクが危険だ。 右と左と後ろと前と、全て見ないといけない。 疲れる・・・・。

絶え間ないバイクの流れ。

前後左右から迫ってくる・・・。

街中を歩いていて気になったのが、食べ物屋が割と少ないかな? という点。 タイに比べて、若干少なめなような? それとも、歩いているから、気のせいかな?

しばらく歩いた後、電卓と日焼け止めを購入。 電卓は、1件目では18ドルのものしかなかったのだが、2件目で4ドルのものを発見。ドンにすると60,000ドンらしい。試しに値切り交渉をしてみたが、受け付けてもらえず。 でも、そんなに高いわけでもないので購入した。電池とソーラーパワーのデュアルパワーのようだ。 これで、夜でも快適になった。

ホアンキエム(Hoan Kiem Lake)湖に近づくと、ちょっとしたおしゃれな建物がいくつも見えてきた。

ホアンキエム(Hoan Kiem Lake)湖の中は、ちょっとした島が浮かんでいる。


橋がかかっており、島の中には宗教的な建物があるようにも見える。

ハノイ旧市街・
ホアンキエム(Hoan Kiem Lake)湖とゴックソン祠堂(玉山祠堂)

ホアンキエム(Hoan Kiem Lake)湖の周囲をぶらぶらと歩く。

周囲の人影が妙に気になり、写真も、袋から出しては取り、すぐに袋に入れる、ということを繰り返した。

妙な雰囲気だ。

危険な感じはしないのだが、”笑顔の詐欺師”のような妙な違和感があり、いつスリをされても不思議ではない感じだ。 ここでは、笑顔のまま悪気もなく、危険な香りもせず、当然のごとく物を取られる雰囲気がある。

そして、湖に浮かんでいる島の方へと行ってみることに。

何やら、面白い入り口が見える。

島への入り口。

島まで渡ることができないようで、門の間から覗き見た。


中は、それなりに立派な作りになっているようだ。

ゴックソン祠堂(玉山祠堂)は、ロンリープラネットによると以下のようにあった。

この寺は、儒学者のヴァン・スオンと13世紀にモンゴル軍を撃退した陳興道(チャン・フンダオ)将軍と医聖と崇められているラー・トーの三聖人に奉げられたものだ。

そして、池を離れる。

ホアンキエム(Hoan Kiem Lake)湖は、ロンリープラネットによると以下のようにある。

伝説によると、15世紀半ば、神から魔法の剣を授かった黎利(レ・ロイ)帝(黎太祖<レ・タイトー>とも呼ばれている)は、この剣を使ってベトナムから中国軍を駆除した。その戦いが終わったある日、船遊びをしていた黎太祖は、湖面を泳いでいる大きな金色のカメに出会う。カメは彼の剣を奪い取り、湖深く消えてしまった。カメが剣をその神聖なる持ち主のもとへ返したということで、その時から湖はホアンキエム湖 Ho Hoan Kiem (還剣の湖)として知られるようになった。
 湖の真ん中の小さな島にぽつんと建っているタップ・ズア Thap Rua (カメの塔)は、塔の先端に赤い星がついていて、しばしばハノイ市の象徴として使われる。毎朝6:00頃には、この湖の周辺で朝の体操、ジョギング、バドミントンなどをする地元の人々の姿が見られる。

ハノイ旧市街散策

池から離れ、更にぶらぶらと散策する。

散策しつつ、宿の場所を確認しておこうと思ったが、何と、場所がわからなくなった。(苦笑) 名刺の裏に地図があるが、どうも微妙で分かりづらい。

月明かりの下、皆が楽しんでいる。

歩いていると、ちょっとした市場を見つけた。

この周囲には食べ物が沢山売っていた。

お祭りではない時はこの周囲が賑わっているのかな???

人民軍の創立60周年を示す垂れ幕。


そうか、このお祭りだったのか、と思う。


至る所に人民軍の創立60周年を示す横断幕がある。


屋台が沢山出ていたが、食べ物がやはり少ない・・・。

その後、まず簡単に食事をした。

そして、もうちょっと宿を探しても見つからなければ試しにシクロに乗ってみようと決意して、もうちょっとだけ歩き出す。 シクロは”絶対乗ってはいけない”と言われていたのだが、見たところ、走りながらでも何とか立ち上がることが出来そうなのでいざとなったら逃げられると思ったからだ。

これが、悪名高い”シクロ”。


ベトナムにおける格言
「シクロには絶対乗ってはいけない。」

でも、シクロに乗るという危険な行為はする必要なく、宿に辿り着くことが出来た。 途中、迷ったおかげで市場にも寄ることが出来たし、それを見たおかげで、今日街中で繰り広げられているものが日常のものではなくお祭りの屋台であるということもおぼろげながらに分かった。


ホテルに戻ってきたら、カウンターのお兄さんがクリスマス・パーティー(ミニ)に手招きしてくれた。 私は、微妙な予感を感じつつ、席に付いてビールを飲んだ。 他にもう1人旅行者がいたが、他は全て地元の人らしい。 飲んでいるうちに、”ディスコかカラオケに行こうよ”と誘ってきたのだが、もう脱力。 彼のような詐欺師に付き合う元気も興味もありません。

目当てはディスコか、或いはカラオケか。 どちらにせよ、高いお金を払わせるつもりなのでしょう。 ベトナムの詐欺師に付き合っていたらきりがないので、明日が早いことを理由に、睡眠薬を飲まされる前にそこを退散した。

補足:日本以外で言うところの”カラオケ”は、綺麗なお姉さんと一緒に遊ぶ所。


そして、早々に眠り、明日に備えた・・・。

アメリカ・アトランタ(時系列の前記事)
(同テーマ&時系列の次記事)フエ(Hue) 王宮跡、ティエンム寺
トピック: ベトナム