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ミーソン(MySon)遺跡、タムキー(TamKy)

2004-12-28
トピック: ベトナム

ミーソン(MySon)遺跡

今日は、目覚めはそこそこだった。 先日のような気だるさもかなり消えている。 支度をして、ツアーの前に朝食を取りに出かけて行く。

朝食はどこで食べようかと思ったが、先日食べた日本橋近くのお店に入ることにした。 オムレツとガーリックトーストとオレンジジュースで39,000ドンだ。 今回は、私の顔を覚えていたのか何なのか、「桁が違う」とは言ってこなかったが、お釣りを1,000ドンだけ後で渡すという巧妙な手に出た。 微妙な詐欺だ・・・。

宿に戻り、チェックアウトを済ませてから宿の前でツアーを待つことに。 すると、一人のオートバイ乗りが来て、こっちだと言う。 まさかと思ったが、いきなりオートバイに乗せられ、ツアーの集合場所まで連れて行かれた。 オートバイの後ろ乗りは相手任せになってしまうのでちょっと怖いものだ。 でも、きちんと集合場所に着く事ができ、ツアーに参加することができた。

ふと見ると、早朝ツアーもやっているようなので、こちらに参加すれば良かったと少し後悔する。 ロンリープラネットには昼間のツアーしか書かれていなかったが、早朝ツアーも少人数グループで行っていると書いてあった。

ミーソン遺跡までは、バスで約1時間の道のりだ。 バスもそれなりに良いバスで、冷房も効いている。 予定では1時に帰ってくるとのことだったが、混んでいるので予定が遅れて1時半に帰ることになることを伝えられた。 ロンリープラネットには2時帰りと書いてあったので、遅れることをあらかじめ含めてあるのかもしれない。 このあたりは、業者の言い分そのままではないというロンリープラネットの編集方針が現れているような気がする。

私は最初、ミーソン遺跡まではかなり迷いそうだと勝手に思い込んでいたが、どうも、看板もそれなりに立っているし、自転車で来ても大丈夫だったかもしれない、と思った。

このツアー参加者の日本人男女比率は、男シングル:女シングル:欧米人男と日本女性:カップル(熟年) = 2:1:0:4 だったので、先日街中で見た欧米人男と日本女性の組み合わせの比率の多さが際立って見える。 先日のこともあり、いろいろと想像できてしまうが、想像の範囲を出ない。

そんなこんなで、ミーソン遺跡に到着した。

この橋を渡り、向こう側へ。

橋を渡った後、遺跡の近くまで2kmほどをジープかバンで移動。

その後、散策となった。

ミーソン遺跡の看板。

この小屋で休憩。


さて、これから散策だ。

皆で、ずらずらと歩いて行く。

良い天気だ。

ふと、何やら音楽が聞こえて来た。

どうも、この周辺の民族の踊りを行っているようだ。

なるほど、皆、見入っている。

女性と男性と、軽やかな女性と力強い男性の踊り。

ぐるぐる、ぐるぐるとリズミカルに踊る。

くるりくるり、踊っていた。

そして、踊りも終わり、いよいよ遺跡へ。

私は、はっきり言ってミーソン遺跡には期待していなかったのだが、近づいてみて、これは凄いと思い始めた。

確かに損傷は激しいし、ブロックの間から草が生えていて今にも森に飲み込まれそうだし、団体で来たので人がちょっと多い状況かもしれないけれども、それでも、この遺跡は見事だ。

見事な遺跡。

古ぼけた遺跡ではあるが、修復作業も着々と行われているようだ。

見事な遺跡。

何やら、宗教的な祭壇のようなものも。

遺跡群の数々。

宗教的な彫り物が、壁一面に見える。

仏像らしきものが、壁一面にある。

遺跡のうちのいくつかは、内部が展示場になっていた。

意味ありげな壁(?)

ライオン? のようにも見える飾り物。

これまた、ライオンのような、象のような飾り物だ。

首が剥ぎ取られた仏像(恐らく)

これまた立派。


手がいくつもある。

置物の横に、さり気なく砲弾が置いてある・・・。

ふと見上げてみると、壁がずらり。

両側を、壁に囲まれている。

地面にも、このような彫刻入りの置物が多く置いてある。

これは、アメリカ軍との戦闘により破壊された遺跡。

ここも、アメリカ軍との戦闘において破壊された遺跡だろうか。

ここは、被害のなかった遺跡。

そして、元々、ミーソン遺跡の中でも最大の大きさのあった遺跡が、これ。


今は、土台しか残されていない。
最も大きかった遺跡が破壊された跡

このミーソン遺跡は、アメリカ軍との戦闘においてベトナム側がこの遺跡の中に入って戦ったこともあるらしい。 そして、最も大きかった遺跡はアメリカ軍の爆撃においてもびくともしなかった為、アメリカ軍の特殊部隊が降下して木っ端微塵に破壊したらしい。

その結果、今はこのような無残な姿となってしまったようだ。

土台も、今にも崩れそうだ。

ここが、元々は遺跡の内部に位置したようだ。


祭壇らしきものが見える。

祭壇から左右を眺めると、破壊された遺跡が草木に埋もれかけているのが見える。

祭壇から下を眺める。



とても、遠くまで眺めることが出来る・・・。

草木に埋もれかけている遺跡。

破壊され、草木に埋もれかけている遺跡。

そして、それらの破壊された遺跡の間を抜け、最終目的地へと向かう。

ここが、最終目的地。

ちょっとづつ、修復作業を行っている。

日本でミーソン遺跡の情報を集めた時、しょぼい写真しか見当たらなかったのでその程度かと思っていたのだが、実際来てみたら、(修復もしているようだが)ここはとても壮観なる遺跡だった。

タムキー(TamKy)

ミーソン遺跡を出て、ホイアンへと同じバスで戻って行く。 途中、ボートで町まで帰るオプションを付けた人が降りて行くと、残りはほんの少しになった。 どうやら、かなりの人が船で町まで帰るようだ。

その頃になると少しうとうとしてきて、こっくりこっくりと居眠りしていると、いつの間にかホイアンへと辿り着いていた。


そして、その足で宿に戻って荷物を取ってこようと思った時、目の前に旅行代理店の電車時刻表があったので、つい見入ってしまった。 聞くに、私がもしかしたら乗りたいと考えていた1/3の電車は既に売り切れていると言う。(ここにある分は、というニュアンスにも聞こえたが定かではない。) ついでなので、ニャチャンからサイゴン(ホーチミン)までの航空券状況も聞いてみると、39ドルで取れるという。 計算していたより遥かに安い。 ロンプラにあった630,000ドンよりも安い、610,000ドン近く(詳細は忘れ)で入手することが出来た。 手数料を余分に取られた雰囲気もない。 ここホイアンは旅行代理店の競争が激しいとロンプラに書いてあったので、その影響かな? とにかく、これで安心して残りの旅程を楽しむことが出来る。

予定では、今日は少し南へ下った”タムキー(TamKy)”で宿泊し、次の日からは100km~120kmほどを走り、1/1にニャチャンに到着。その後2泊して飛行機で帰る、という予定が見えてきた。 ニャチャンでは1日取って、ボートツアーにでも参加してみたい。


そして、もう3時にも近づいたが、一路、タムキー(TamKy)に向かって走り始めた。 途中、分岐路を通り過ぎてしまい、あやうくダナンに向かってしまうところだったが、バイクでツアー勧誘(苦笑)して来た人との会話の中により、方向を間違っていることに気づくことができた。 運がいい。

少し戻り、恐らくこれであろうという道を進み、ようやく1号線(いわゆるハイウェイ)に辿り着くことができた。

ここまで来れば、ほとんど道に迷うことはない。

1号線を、快適に進んで行く。

ただ、もうすぐ夕暮れだ。

暗くなってきた。


そう言えば、海外のナイトランは初めてだな・・・。

薄暗い雰囲気に。

いよいよ、暗くなってきた。

今まで走ってきた1号線はどこもきちんと整備されており、舗装もそれなりにしっかりしていたのだが、今日のルートは未舗装の場所がそれなりにあったり、舗装されていても道の脇の方が砂で埋まっていたりすることが多々あった。

でも、10kmも走ればやがて、いわゆる快適な道となり、多少は未舗装の区間もあるがせいぜい50mか100m程度で再度舗装の道を走ることができた。

道の脇の距離表示を見ると、タムキー(TamKy)まで15kmで、クアンガイ(QuangNgai)まで44km、という表示がそれぞれあり、割とクアンガイ(QuangNgai)は近いのかな? とも思ったが、もう暗くなってきたので、夜の走行は避ける為にタムキー(TamKy)で一泊をすることにした。

この町は、ロンリープラネットにもほんの少しの記述しかなく、そこには「宿はこの1件しかないので、ホイアンかダナンに泊まった方が得策だろう」とも書いてある。 少し不安だったが、そのような田舎の町はそれはそれで体験してみる価値があると思い、行ってみた。

街中は、ここが中心地? と悩むような簡素な作りをしており、通り過ぎてしまったのか、或いはまだ到達していないのか迷ってしまった。 でも、ふと目の前に2つのホテルの看板が見えてきたので、その手前の方を訪ねてみると、なんと140,000ドン(940円)で泊まる事が出来た。 しかもエアコン付き。 お湯ももちろん出る。 申し分ない。

シャワーを浴び、食事に出かけ、その後、インターネットカフェに立ち寄った。 すると、なんと、いきなり町中が停電となった。 噂には聞いていたが、これがアジアの停電か・・・ と思う。 日本に暮らしていると停電なんて本当に珍しいので、妙に新鮮だった。

インターネットは使い始めたばかりなので、主人もお金はいらない、と言ってくれた。

ぽつぽつと皆が帰り始め、私も、暗闇の中を歩いて行く。 でも、特に危険という感じでもない。 良い感じの田舎町だ。 先ほどの宿でも英語が通じなかったし、この町は好きになれそうだ。

街中を、宿の方へと向かってぶらぶらと歩き、宿に近づいた・・・ と思ったら、ふと、いきなり町中に電気が復活した。 私は、元のインターネットショップまで戻るのも何なので、町の逆側にまで行ってみることにした。

進んで行くと、十字路がある左手奥にマーケットが見えるところまで来た。 どうやら、このあたりが町の中心部らしい。 随分と落ち着いた中心部だ・・・。 その周囲には、見たところ3つか4つのホテルがあった。 ロンリープラネットに書いてあるように「1つしかない」ということはないようだ。

そのホテルを過ぎた先に、こじんまりとしたインターネットショップを見かけたので、今度こそと入ってみた。 ベトナムでネットを使った感じとしては、割と速度が出ているということに気付かされる。 日本までもさほど遅くないし、マイクロソフトのページからGlobal IMEという「英語版Windowsで日本語を使う為の道具」をダウンロードして来るのも、さほど苦労なく行うことが出来る。 フロッピーを持ち運ぶ必要があまり感じられないくらいだ。 実際、今回私はフロッピーを持ち歩いていない。 だめだったらそれはそれでいいと思っているからだ。

そして、ネットショップを出て、そしては宿へ。

帰る途中、フルーツジュースを飲んだりした。 おいしい。 これで3,000ドン(20円)だ。癖になる。

明日は、120~130kmほど走る事になりそうだ。 さて。明日はどのような日になるかな。

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