インドメモ:英語力が誤解の元になる

2015-03-22
トピック: インド・オフショア開発

インドメモから少しづつ書いてゆきます。
英語力が誤解の元になる、という事例です。

インド人と日本人のコミュニケーションには主に英語が利用されます。
日本語ができるインド人もいますが、まだ人数としてはさほど多くありません。
言語能力自体は技術的なやりとりをする限りはあまり壁にならないのですが、ご存じの通り日本人の英語力は高くありませんので、そこで、言語能力以前の問題が発生します。 その壁をまず乗り越えなければ、インド人は日本人の話を聞こうとしません。

私が元いた会社の話をしますと、ほぼ毎回、90%でこれが発生していました。
この確率は高すぎるような気がしますので、ひょっとしたらあの会社特有の環境だったのかもしれませんね。

まず、インド人の性質的に、役職で人を見ます。
日本から人が来るとき、技術的に上であっても役職がないことがあります。
そのような場合、インド人は基本的にその人を相手にしません。
全くと言っていいほどキーマンを無視します。
日本企業は、キーマンだからと言って役職があるわけではありませんからね。
そのようなインド人の態度が日本人の癇(かん)にさわるわけですが・・・。 それはさておき。

そんな状況であったとしても、インド人はとりあえずコミュニケーションしようとします。
すると、インド訛りの英語は日本人になじみがないので何度も聞き直すことがほとんどです。
結果、よく分らなくても日本人は「うんうん」と答えるか、或いは、よく分らないのでいろいろと聞きます。

ここで、インド人は次のように考えます。
「こんなことも分らないなんて、日本人はなんて技術力の低い人たちなんだ。俺たち最高。」

日本人は、技術どうこう以前に言葉が分らないのですから技術力は関係ありませんが、インド人は言語は通じていると思っています。 ここに、いわゆる「バカの壁」が発生するわけですね。

インド人はこの時点で、その日本人の技術力は低いと判断した(実際はキーマンなのに)ので、それ以上、その日本人の話を真面目に聞かなくなります。 やっとのことで日本人が発言したとしても、「ふふん」という態度で偉そうに接するわけです。 この、”偉そうに”がポイントです。 インド人は、一旦相手が自分より下だと思ったら「いちいち」偉そうに振る舞うのが常です。 インド人が嫌われるのも頷けます。

インド人は、”ふふん”という態度で「おうおう。分った分った」と答えますが、後でその箇所でバグが出ます。しっかり理解せずに「こいつの言うことは俺は分っている。大丈夫だ、任せておけ」と考えていたわけです。 バグが出ても、反省しません。 自分に責任があることを誤魔化します。 いろいろ突っ込むと、「おまえ、うるさい」という態度に出て逆ギレしてきます。 インド人が話を聞くのは自分より役職が上の人が話す時だけです。 内容によってではなく、役職によって正しいかどうかを判断します。 ボスが言うことは全て正しい。 そのイエスマンの性質は、日本人のイエスマンと比べものにならないほどイエスマンです。 日本人のイエスマンは、インドではイエスマンと言えないかもしれない。

結果、いろいろやってソフトウェアができあがるわけですが、そんな状態で作ったものですから細かな要求をインド人がくみ上げているわけもなく、変なソフトウェアができることがほとんどです。

上に書きましたように、日本人がしっかりとポイントを指摘したのにもかかわらず、インド人がそのポイントを理解せずに「なんだそんなこと。だからどうした」と聞き流すのが常です。 後になって「おまえ、こここうしろと言ったじゃないか」と言うと「そんなの聞いていない」というのが常。 指摘が口答だったからこそ、口答については自分は何でもごまかせると思っている。 口答で指摘された事項であれば、「そんなの聞いていない」と答えても全く問題ないと200%「本気」で思ってる。 それだけでなく、口答であれば何を言ってもいいと思っている。 だから、メールでエビデンスを残そうとしない。 エクセルシートで事細かに記録を残そうとしない。 後で、ソフトウェアがどのような「根拠」で作ったのか、そのエビデンスを残そうとしない。 酷い人材になると、覚えているくせに証拠がないから嘘をついたり、”にやにや”笑って誤魔化そうとする。 証拠を残さないからこそ、自分に責任がないと思っている。 一方、いくら指摘しても、インド人はそもそも管理がうまくできない。 管理に向いていないという性質のこともあるし、管理したくない、管理されたくない、というモチベーションが常に働く。 基本的にいい加減な人種で、枠組みを作ろうとせずにとりあえず組み合わせ、「問題が生じたら対処すればいいじゃないか。問題が起こる前にいろいろ考えるのは無駄」と言って、ソフトウェアに大切な「設計/計画」を疎かにする。

最終的にインド人は、「自分に責任がなく、しっかり管理しなかった日本人が悪い」と判断する。 これはジョークのように聞こえるかもしれない。 うまくいかなかったのは自分の責任ではなく、それをしっかりと運用させなかったボスの責任であると考える。 考えるのは自分ではなく、枠組みを事細かに決めて自分が実行できるまで細分化するのはボスの役割だと考えている。 細分化できない指摘をする人は優秀ではないと考えている。 一方、自分のボスではない日本人の指摘事項は制約事項ではなく、単なるオプションであり、自分の責任ではなく、最終的には、やはり「自分は完璧で、責任はない」と考える。

この、「自分に責任がない」という感覚は100%「本気」だ。 日本人からすると信じられないが、インド人は本気でこのことを信じている。 自分たちの技術力は日本の遙か上を行っており、日本人が我々のことを理解できないのは日本人の技術力が足りないからだと思っているので、日本人なんかに何が分るのか、とかなり本気で考えている。 「バカの壁」を乗り越えることができるケースは「まれ」だ。

最終的に、そんなインド人に日本人は疲れ果て、「インド人は品質が悪く、いい加減で、技術も低い。俺たちの話を聞こうともしない、傲慢で勝手な人たち」 と判断する。
一方、上に書きましたように、インド人は「俺たちがうまくいかないのは日本人がスペックをうまく作らないからだと言って、自分たちは何も悪くない、自分たちは完璧だ」と判断する。

大抵は、この平行線が続く。だいたい90%の確率でそうなる。

うまくいくのはまれ。10%くらいだろうか。

突破する鍵は以下のうちいずれか。
・日本人が英語を上達させて、インド英語にも慣れ、インド人の英語を一発で理解する。これはいきなりは難しいだろう。
・インド人が日本人を理解して、英語ができなくても根気よく付き合う。これは、インド人がそもそも自信200%で生きているため、この考えに至るのは難しいだろう。

前者はTOEIC860以上かつインド英語に慣れており、かつ、技術力も必要になる。
後者は、最初はほとんど無理なので、年月が必要になる。他社でそういった柔軟な考えを身につけた人材を引き抜くか、或いは、新卒で育てれば見込みはある。