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インドメモ:インドをネタにして出世を目指す日本人マネージャー/役員

2015-03-23
トピック: インド・オフショア開発

インドメモから少しづつ書いてゆきます。

前回の続きです。

前回のような、ただでさえ誤解があり、いわゆる「バカの壁」が存在して火が噴いている状況に油をそそぐように、日本人マネージャーの中にはインドを出世の道具にしようと企む人がいてインド人の勘違いを加速させ、状況を悪化させる。

よくあるパターンとして、私がいた会社に限らずよく聞く話はこうだ。

日本人マネージャーが、インド開発部隊を立ち上げ、開発を始める。
インドとやりとりする日本人担当者は前記のような苦労をして大抵はうまくいかないものだが、日本人マネージャーはそれを「凄くうまくできた」ことにしてしまう。 更には「インド人の優秀な技術者を集めた」ことにしてしまう。 プロジェクトがあると、インド人はそのクロージングにおいて「全て完璧」という報告にしがちがちであるが、それに疑問があっても異を唱えず、そのまま受け入れてしまう。

この日本人マネージャーの腹は、大抵は以下のようなものだ。

・実は、開発のことはよく分っていない。
・それでいて、MBAを取っていたりするので上役からの信頼はある。
・同じ開発部の人間からは忌み嫌われている。
・よって、開発部に仕返しをしようと心にため込んでいる。
・日本人マネージャーはインドで孤立しており、味方が必要。 インド人でも誰であっても、「味方がいると思いたい」心理にインド人がつけ込む。

結果、インドは素晴らしい、ということになり、開発は苦労する。

こういう日本人マネージャーに対しては、何を言ったとしても無駄である。
異論を唱えると、逆にその部下の評価が悪くなるだけである。

評価をちらつかせることにより自分の部下に対しては「インド人が優秀」という評価を対外的にするように強制し、それに合わせない者には「インド人と仲良くやらない人は評価できない」と言って評価を悪くした例を実際に見てきた。 被害者は開発の担当者だ。 マネージャーは、ただ「OK。インド完璧」と言っていれば良いのだから。

もはやインドで孤立奮闘しており、精神的にも参っている日本人マネージャーはインド開発がうまく行ったと思い込まなければ精神的に病むほどに疲れており、それに異を唱えるものならば怒濤のような怒りをぶつける結果になる。 そのような被害にあった部下は、評価も酷いものだ。 パワハラも、日本から遠いインドにあっては証拠もなかなか残らず、伝わらない。 何を言っても、自分が偉いのだから「問題なし」ということにしてしまう日本人マネージャー。

結果、インドの実態はますますわからなくなり、日本からすると「インドは素晴らしい筈なのに、出てくるものは酷いのは、一体どういうことだ」となる。

最終的に、こういうマネージャーは昇格するか、或いは役員であればその成果を認められて退職金をもらって去って行くので最後まで面倒を見ない。

散々、やり放題したあげく、結果、苦労するのは現場、ということになる。

こういう話はよく聞いたし、実際、私が元いた会社でも、担当マネージャは「インドに素晴らしい人材を集めた。インドの優秀な開発部隊を立ち上げた」ということで評価され、実際のところ、開発部からは忌み嫌われていたので営業部へと(一応)栄転した。 同期の中で一番出世したと聞くので、本人は「うまくやった」と思っているのだろう。 その上の役職の人も、実態はあまり分っていないのだろう。 周囲は、とある会社の社長さんも含めて「あんなのが営業なんて、あいつ絶対営業に向いてないと思うんだが」と言っていたが、開発部から追い出されて出世した、というのが本当のところだろう。


当のインド側は、何も気にかけてはいない。

自分たちが優秀だと認めてくれたマネージャーがいるし、そのマネージャーは部長に昇格した。

そんな部長に認められているインド開発部隊は優秀で、日本人の助けなどいらない、と益々自信を深めることになる。


元々大変な状況でコミュニケーションギャップがある状況なのに、それに加えてこういった、インドをネタにして出世をもくろむマネージャーがいるおかかげで状況は更に混迷したものになる。


日本人は根気強い。

だから、本人はインドに仕事を出したくなくてもマネージャーが出せと指示をするので仕事を出さざるを得ない。

それをインドで見ていた私であるが、当のインド人は「前回出した仕事が良かったからまた仕事が来たんだ。俺たちは凄いぞ」と言い出す始末。担当者がそれを言うのならともかく、副社長相当の役職のインド人がそういうことを皆の前で言うものだから、ますますインド人が勘違いする。

結果、インド人が日本人の言うことをあまり聞かなくなり、自分たちの判断の比重が高まってゆく。
インド人が元々持っている「根拠のない自信」が後ろ盾を持てば、根拠のない自信は一人歩きする。

すると、上記の日本人マネージャーは「インドが独り立ちした」と評価を下す。

日本の開発部は「インド人め、好き勝手やりやがって」と不満が益々高まってゆく。
そして、出来上がるものは酷い。 改善の余地は見られないが、何故か「素晴らしい」という評価だけがついて回る。

この状況は、日本人マネージャが昇格という形で追い出されるまで続く。

できの悪いものを「素晴らしい」と評価する人がいなくなった瞬間、全てが明るみに出る。
そして、「一体どうなっているのだ」という巻き戻しが起こる。

発注は一旦全て止まる。


酷いことが明るみになっても、インド人は自分たちの責任には決してしない。
日本人の指示が悪かっただとか、スペック要求に元々それはなかった、などと言うのが常だ。

インド人は、自分たちが優秀で信頼されていたと思い込んでいるため、いきなりの事態に何が起こったのかわからない。

しいては、インド撤退、インド開発部隊の縮小、などという話も出てくる。


インド社会は縦社会なので、まず日本人マネージャーに話を通そうとする。

VIP対応で日本人マネージャーを待遇し、インドに来てもらった人には豪勢なレストランや旅行に連れて行ったりしてもてなす。


だが、日本というのは、最終的な判断は概ね下っ端にあるものだ。

そういう、上にばかり接待をするインド人を見て、益々インド離れが加速する。

一時的にはそういう接待で持ち直すだろう。

だが、そういう接待を横目で見て出世していく若い世代が、騙されてゆくマネージャ、あるいは分っていてそれに乗るマネージャーに共感すると思うのだろうか。 共感するとしたら、自分もまたそれを利用して出世しようとする人が出ても不思議ではない。 むしろチャンスと写るかもしれない。

結果、残されるのは現場に横たわる日本人技術者の屍である。


現場を知らないマネージャーは、日本人技術者がいなくなって、インド人技術者だけになって初めて状況に気付く。

「ああ、こんなに駄目だったのか」と。

だが、その時はもう遅い。日本人技術者は愛想を抜かして去って行った後なのだから。



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