開発におけるインド人の位置付けの変化

2015-03-27
トピック: インド・オフショア開発

旧来、インド人の単価は安かったので、言われた通り作るだけの、いわゆる「コーダ」がその役割の中心だった。 そこにおいては、あまり考えることなく言われた通りのスペックを作れば良かった。

時代は変わり、インド人の単価が上がってきた。
会社にもよるが、日本語が話せる中国人より高い単価になる場合もある。
コストにおける、インド人の優位性はほぼ失われた。

コストで優位性がなくなった以上、
マネージャー/経営者は、対外的にその位置づけを否応にも変えざるをえない。

昔: 安いコーダ。 言われた通りに作ります
今: 柔軟に対応できる優秀な技術者。 品質も良いです。 QDCを守ります

マネージャー/経営者がそう言ったところで、肝心の技術者の意識がそうすぐに変わるわけもない。

技術者本人は今まで通り、
・分らないことがあればスペックを作った人のせいにする
・スペックが降りてくるまで手をつけない
と言った運用を続ける。

すると、摩擦が起こる。 仕事を発注した側からすれば 「優秀な技術者の筈なのに、一体どういうことだ」、と。 いちいち聞いてくるような技術者は、依頼主からすれば「手のかかる技術者」であり、単価に見合わなければ「高い」技術者、ということになる。

一方、インド人は自分に200%の自信を持っているので、何を言われようが自分が優秀だと考えている。
いろいろ主張はするが、実態が伴わないこともある。

たとえば、上のような状況下で、とあるインド人が考えている「優秀」とは「言われた通りのスペックに作る」優秀さであるとする。 しかし、それを顧客が求めていたのは昔の話で、今の顧客が求めているのは、あいまいなスペックでも柔軟に対応して作り上げ、メンテナンス性も良く、品質も良い、という、マルチな優秀さだったりする。

意識がまだ昔のままのインド人はその要求に対して「あり得ない」「日本人はスペックをきちんと作らないのが問題」とか言うが、日本人の求める優秀さはそこがポイントなので、もしもその要求に応えることができないのならば、最初から自分たちには何ができて何はできないのか、インド人自ら明らかにしないといけない。

旧来のインド人スペックは以下だ:
 できること:言われた通り作ることはできる
 できないこと:曖昧なスペックを補完する

依頼主の希望: 言われた通りに作るのは基本だが、間違いがあれば指摘できる優秀さ。 曖昧なスペックを補完できる優秀さ。

依頼主の要求と実態にギャップがあればそれを埋める必要がある。
要求に応えることができないのならば、昔ながらの「安いコーダ」に甘んじていればよい。

これはむしろ、技術者本人の問題ではなく、マネージャ/経営者の問題かもしれない。
できもしないことを「できる」と言いふらして仕事を取ってくるマネージャ/経営者がいれば問題だ。


よくある、話の平行線は以下のパターンだ
日本人: どうしてこんなに悪い品質、納期の遅延、コスト増加、などということになったのだ
インド人: あなたたちがスペックをきちんと決めないから悪いのです。 私たちはうまくやっていました。

インド人は「本気」でこう思っている。
その根本にあるのは、上にあるような前提の違いであり、インド人は最初から「言われた通りに作ります」とだけ考えていたのに対し、日本人はもっと上のレベルを期待していた。

多くのインド人の頭には、「今までやっていた以外」のやり方があることに想像力が及ばない。
何を言っても、「俺たちは今までこのやり方でやって来たんだ」と言って譲らない。

ボスが言えば、話も聞いたであろう。

しかし、前のトピックで話したように、よくわかっていないマネージャー/役員が自身の出世のために「おまえたちは優秀」「おまえたちは完璧」とお墨付きを与えてしまっているので、今までやって来たやり方が正しいと信じて疑わない。

よって、周囲の話が本当かどうかも深く考えず、「あの○○さんが認めてくれたやり方が間違っているわけがない」と、益々自分のやり方に疑問を感じない。 酷い状況になると、「そんなことを言うのはおまえだけだ」などという暴言を吐く。 多くの日本人は日本人同士で話をするので、その日本人同士の話で「インド人はほんと分ってないよね」と言われるたぐいのことをインド人に話したとしても同様の反応が返ってくることがある。

多くの日本人は、インド人にきちんと状況を伝えていないのではないだろうか。
それでいて、ようやく一部の人が指摘したところで、「そんなことを言うのはおまえだけだ」などと言われることになる。

立場が分っていないインド人も哀れだが、それに巻き込まれる人たちもまた、被害者のように思える。

これは、前のトピックで話したような「マネージャ/役員の謀略」がなければインド人がここまで勘違いせずに、もっと事態は違っているのかもしれない。

きっと、何事も「最初が肝心」なのだろう。
今までの赴任者が手を抜き、インド人に対して「あきらめ」、更には前トピックのようなマネージャ/役員がよく分っていないインド人たちを無責任に褒めて勘違いさせずに、きちんとコツコツと指摘して根気強く導かなかったのが根本的な原因だろう。 だから、その後の人が苦労をすることになった。