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「あり得ない」と言って現実を否定する日本人社長/マネージャ

2015-04-14
トピック: インド・オフショア開発

思い出したので一つ書いてみよう。

意図的か意図的でないかは微妙なところであるが、インド人が驚くことをしでかして、それを報告したとしても「あり得ない」とか「そんなことない」(!)とか否定をする日本人社長/マネージャがいた。

例えば、インド人が進捗を誤魔化していたとする。
まだ実装が終わっていないのに「終わった」と報告して、テストをしながらこっそりと実装していたことがあった。
それが個人で起こることもあったし、チームリーダーが堂々とそれを行っている時もあった。

私が指摘しても、にやにや笑いながら「もうしょうがない」と言って「終わったこと」にして報告してしまうチームリーダーの神経は理解しがたいものがある。 私が誰かに喋らないとでも思っているのだろうか。 実際に見ているからそれは事実なわけだが、そのことを社長/マネージャーに対して言及しても「そんなことない。きちんとチェックしている」と、現実を否定する。

そのような日本人社長/マネージャだったから、その次に引き継いだインド人マネージャも似たようなことを言うようになる。

 「そんなことはない」
 「そんなこと言うのお前だけだ」

この発言の裏を取ったとしても、「うるさい。時間の無駄だ」とか「お前は失礼だ」言って取り合おうとしない。
自分が間違っていたとしてもそれを認めず、誤魔化そうとするインド人。
いろいろ追求しても、ついには「ここはインドだ」と開き直る。

結局、日本の発注元部署のマネージャなりリーダーなりに直接そのことを報告するとインド人に対する激怒が起こり、それを知ったインド子会社のマネージャー一同が大騒ぎする。

やれやれ。
何度も警告したのに、それを無視した結果がこれだよ。 付き合ってられんわ。

あげくは、そういった報告がインドの日本人社長やインドのマネージャーから「裏切り者」扱いされることもある。
「君は、日本本社のためではなくインド子会社のために働く必要がある」
とかもっともらしいことを言ってコンプライアンス違反を推奨してくる。


どうしてこのようなことになるのだろう。

そのためには、インドの文化を理解する必要がある。
インドでは「嘘がばれなければ、それは勲章」であるのだ。
だから、進捗で嘘をつくし、学歴や職歴も詐称する。

これを聞くと、日本人は「そんなことないだろう」と思う人も多いだろう。
そう思うのだとしたら世間知らずにもほどがある。

インド人は嘘つきだらけ。

北インドはばれるような嘘をつく。
南インドはばれないような嘘をつく。

北インドは気性が荒く、すぐにばれる。分りやすい。
南インドは、にこにこして一見人当たりの良い人でも嘘つきだったりする。 分かり辛い。

慣れてくると南インド人の正直者の笑顔と嘘つきの笑顔の見分けがつくようになるが・・・ 最初は難しいだろう。
普通は「いいやつだ」と思って嘘つきを見抜けない。

そんな嘘つきの笑顔を持った人がマネージャなものだから、部下の嘘つきを勲章として見逃すことになる。
そもそも嘘つきをマネージャにしてはいけないのだ。


顔で見分けがつかない場合、簡単な見分け方がある。

自分に利益がない時に親切かどうかを見ること。
その時の顔が普段と違うかどうかを見ること。

これで大体わかる。

自分に利益のない人に対して横暴な態度をするのであれば、その人は役職が欲しいだけであって、一旦役職を手に入れたら暴走する。

会社の関係者以外への態度を見るといい。
ただし、注意深い人は日本人の前では本性を見せないから、結局、この方法も使えないかもしれないが。


嘘つきマネージャーにもそうしている理由がある。部下の嘘つきがばれると、本社のインドに対する印象を悪くするからだ。 だが、嘘はもっと悪い。 それがマネージャーあるいは副社長に相当するようなインド人であれば、会社お取りつぶしになっても不思議ではないが・・・ 日本の会社は甘いのでそういうことは行わないようだ。 ますますインド人が図に乗る。

そうだとしても、結果として品質/コスト/納品がきちんと守れていればいいが、嘘ついて納品するくらいだから品質もさもありなん、という感じだ。


結局、こつこつと細かく見るしかないのだが、日本人社長/マネージャーが横着して「良い会社を作った(筈)」と思考停止してしまったのが全ての根本原因だ。 現実を見ようとしない。 良い会社の筈だから良い会社だ、と思い込もうとしている。

社長/マネージャは「一旦信じると決めたらずっと信じないといけない」と言って、ついには現実をねじ曲げた。インド人は嘘つきなので報告してきても鵜呑みにせずに「チェックをする」ことが大事だが、「信じたい」とか「信じないといけない」という信念が現実をねじ曲げてしまったようだ。

とは言っても、この日本人元社長は鬱気味だったので同情しないこともないが・・・。
鬱ならば、そんな人材に現地会社社長などを任せずにすぐに帰任させるべきだった。
鬱だから、自分で考えることなしに、自分が信じたいことを信じて現実だと思い込んでしまっていたようにも思える。

自分で考えないような社長/マネージャは不要だ。
自分で動かないような社長/マネージャは不要だ。

後に続くマネージャーも、そういう社風を踏襲した。

報告を待っているだけで、現実を自分から見に行こうとしない。
良い報告を受けたら良いが、悪い報告は「そんなことない」と言って現実を否定するようになった。

この社長/マネージャは、自分の目で現実を見ることなしに、以前の上司の評価をそのままコピペして自分の評価にするような人間なので、そもそも「自分で実際に物事を見て、それから考える」という習慣のない人だったのかもしれない。 でなければ、誰かの評価を自分の評価にはできないだろう。 いい学校を出ていたとしても、自分で考えないような人間の下で働きたくはないものだ。

後任で来たマネージャーも、いろいろ説明しても「そんなことないよ」と言って現実を否定するタイプなので、もしかしたら社風かもしれない。 現実を否定したあげく、「もういいの?」とか言って呑気なものだ。 現実を否定さえしておけば問題が何もないのと同じだと思っているらしい。

きっと、インド人の元々の素養に加えて、上記のような「臭いものには蓋をする」社風が拍車をかけたのだろう。 私の上司のマネージャのうち3名に同様の「現実を否定する」素養があるので、社風と言っても良いだろう。

どちらにせよ、こつこつと一つ一つやっていかない限り、物事は良くならない。
それっぽくやるだけで状況が良くなる筈もない。
それっぽい雰囲気作りがうまい人が出世した結果、このような悲惨な状況になった。

状況が良くなる見込みは、当分ない。



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