「やる」と言ってその場を取り繕い、実際には実行しないインド人

2015-04-29
トピック: インド・オフショア開発

これも、よくあること。
口先ばかりのインド人がマネージャーおよびリーダーになってしまった某インド子会社ではよく見る姿になってしまった。

日本側は内面で怒っていてもあまり言葉や表情に出さないので、インド人たちは「うまく取り繕った」と勘違いし、更には、自分たちが成功したと思い込んでいる。

そういえば、こんなことがあった。

インドの品質が最悪で、1つバグを直したら5つバグを新たに作るような状況だった。
それを取り繕うために、「今週末はメンバー総出でテストをし直して、来週空けまでには報告します」とインド人が言った。

日本側はその発言で一端は怒りを収めたが、週末が過ぎても全く報告も何もなかったものだから日本側は怒り心頭に達するが、インド側はのほほんとしたものだ。 「何をそんなに慌てているのだ?」と、まったく状況を理解しない。

日本側は大騒ぎだが、インド側は状況を理解していないし、うまく取り繕ったと思っている。

インド側は「します」と言ったものの、インドのニュアンスとしては「できる限りテストしてみますよ。挑戦(Try)してみますが、出来ないことももちろんありますよ。でも、やってみます」という意味合いで「します」と断言したのだ。

そして、出来なかったのだから、報告もなかった、という次第である。

日本側は、インド人が「する」と言ったのにしないものだから怒る訳だが、インド側は「まったくもう。挑戦してみて駄目だったんだから仕方がないでしょ。 何いろいろ駄々こねてるの。 日本人はまったくうるさいなあ。 これだから日本人は、まったく。 」 と思っている。

これは、端から見ればジョークのように思えるかもしれない。
また、インド人を知らない人からしてみたら 「そんなの偏見だ。そんなことないでしょ」 と思うこともあるだろう。
しかし、この状況は事実であり、インド人がこういう性質だということを知らないのだとしたら、それは世間知らずである。


余談になるが、インド人はよく働く、と社内では報告がされている。
それはどういうことかと言うと、夜遅くまで頑張ったり、週末もよく出て働く、という意味合いにおいてだが、その一方で、インド人はよく休む。

祭りのシーズンになると、田舎に帰って祭りを楽しんだり家族と過ごすため、まる1週間から長くて10日ほど休むことが当たり前になっている。
突然の休み(体調不良、用事など)も頻繁にある。

週末の就業についても、私が「頑張っているなら、ちょっとは状況見てあげないとな」と思って週末に出てきてみれば誰もいなかったり、いても数人。 いる人も、午後になったり夕方になって来る人すらいる。
そもそも、週末に来るように言った本人すら来ていないことすらある。
いくら「週末頑張っている」とレポートしたところで、実態が伴っていない。

これらのことを考えると、「インド人はよく働く」というインド人自身の報告は疑問だ。
きちんと就業時間をカウントせずに、印象だけで報告しても意味がない。


・・・・とまあ、そんな状況で、先に書いたように「テストします」と言ったところで、メンバーが「わかった。出来るだけ頑張ってみるよ」という意識でいるので、結局テストなんて実施できなかったのだろう。

実施できなかったのならば「出来ませんでした」とレポートすればいいのに、それすら報告しようとしない。 何も報告せずに、日本側が待ちぼうけしたこともあった。 指摘すると「出来なかったものはしょうがない」とか言い訳をして、自分が何をしなくてはいいのか分っていない。 マネージャーやリーダークラスですらこの程度だ。

この種のいい加減な物事の扱い方は、インド社会の縮図そのものだ。
インド社会では、「分った。やってみるよ」というと、「トライしてみるが、出来ないこともある。明日は明日の風が吹くので明日になってもしも覚えていて気が向いたらやってみるよ。出来なくても気にしないでね」という意味になる。

はっきり言って、インドの一般社会ではそれが普通で通用しても、国際ビジネスでは通用しない。

こういったことを指摘しても、インドのマネージャーは「ここはインドだ」とかのたまう始末。
更には「俺はマネージャーだからお前の意見は聞かない」という、自分の頭で物事を考えない、物事の道理を理解しない、性根が腐っているインド人もいる。
物事の道理が通っていなくても、自分に権限があるのだから自分が決めたことであればそのまま通用すると思っている。

私が、そういう役立たずで強情なインドのマネージャーは癌だからクビにするように言っても、日本の本社は理解しない。 「クビとかじゃなくて、もっと他の方法を探せ」 と本社は言うが、インドの強情な人材にはいくら言っても無駄なのでクビしかないことを本社は理解しない。

マネージャーがこの程度なら、リーダーもそれに倣うだろう。
メンバーもそれに倣うのも時間の問題。

私をマネージャーよりも上の役職にしようにも、既にインド人が現地子会社の社長になってしまっているので人事権はインド人の手にある。 この社長もくせ者で、「インド子会社が必要な人材はこちらで本社に要求したい」とか言っている有様。 本社側は、こういうことを聞く度に対応に困るわけだ。 なんでこういう、本社の意向を無視するようなインド人を社長にしたのか? という意見は当然出る。 だが、一旦任命してしまった社長を辞めさせるのはインドの法人である以上、なかなか難しいものだ。

社長を辞めさせるために裁判をしたところで数年はかかる。
しかもインド法人なので判決がインド側に傾く事例は多くある。

そのような状況で、
社風に染まっていない若いメンバーにせっかく「あるべき姿」を教え込んでも、マネージャやリーダがそういう物事の扱い方をしていたら、「どうしてそんな風にしないといけないの?」という疑問が若いメンバーに生じてしまい、教育にも支障が生じる。

それにしても、
ちょっと優秀な人材が揃っているところであればこんなことにはならないはずだが。

最終的に、日本側に呆れられてプロジェクトの発注が来なくなっても「どうして仕事が来ないんだ」とか言う有様。 そこに対して、(上に書いたように)「君たちは、自分が言ったことを実行しないので、信用されていないんだよ」と本当のことを言ってあげると 「傷ついた」 とか言って落ち込む有様(苦笑) 精神的に子供なのだろう。 なかなか扱いが難しい。

自分で約束したことはきちんと実行してくれればいいだけの話なのだが。
その当たり前のことが、インド人には難しいらしい。

日本人が何か言っても、インド人は自分たちの現在のやり方が正しいと信じている。
昔の仕事で発注元が「もういいや」と思って「わかったわかった。それでいいよ」と諦めて放置してしまったが故にそのいい加減な仕事のやり方が「事例」として残ってしまい、指摘しても「どうして今までやって来たやり方じゃだめなんだ」とすら言い出す始末。

いろいろ説明しても、マネージャーがまず受け入れないから、チームリーダーも受け入れない。
「最初が肝心」であるし、それ以上に、理解して自分で考える能力のない人材がマネージャーをしているので話が全然進まない。

マネージャーに指摘しても、「ここはインドだからインドのやり方じゃないとうまくいかない」とか、一見すると利にかなっているような発言をするものの、その実は「俺たちの適当さのどこが悪いんだ」という、自分たちのできの悪さを正当化するための詭弁に過ぎなかったりする。 こういう詭弁を使うような人材を昇格させては駄目なのだが。

日本にそういう駄目なマネージャーを首にしろと言っても、そのようなマネージャーは前のトピックで書いたように「インドが素晴らしいと嘘の評価することで自己の出世のネタにした日本人マネージャー/元社長」のせいで、対外的には「素晴らしく優秀なマネージャー」ということになっているから、日本側のマネージャーに言っても、そうそう簡単に理解されない。 本人たちも、上記のように「元社長からのお墨付き」があるから、ちょっとやそっと言われたくらいでは「何をお前は言っているんだ」という態度で「ふふん」っと鼻で笑っている。

結局、日本人マネージャー/元社長が詭弁でのし上がり、それを踏襲したインド人マネージャーが詭弁を使っている、という構図のように思える。

踏んだり蹴ったりである。
結局、そういう詭弁を使う日本人マネージャー/元社長のおかげで苦労するのは現場の人間だ。

別に、難しいことは言っていない。
「自分が言った約束は守れ。 できないなら放置せずに報告しろ。」
「インド式の Tryしてみます はやめろ」
「インド式の Tryしてみて、出来なければ忘れてしまって報告もしない、というのはやり方を改めろ」
という、ごくまともなことを言っているだけのつもりであるが、こんなことすら、インド人には理解できないらしい。

こういう話になると、何かに付けて、ごにょごにょ言い訳を言いまくって話を誤魔化して「これでいい」ことにしてしまうインド人。 やがては「お前はうるさい」とか「そんなことを言うのお前だけだ」とか言い出す始末。

日本にいる日本人の多くが同じようにインド人に不平不満を言っていて、同じことを言っているだけだが、そのことを他の人はあまり伝えていないらしい。 逆に、お偉い日本人が日本式の社交辞令で「うんうん。凄く頑張ったね。よくやった」とか言っているものだから、インド人が益々勘違いする。 インド人は「ほらみろ、俺たちは凄いんだ。優秀だ」と勝手に思って、思うだけならともかく、それを口に出してミーティングで得意顔をしているが、当の日本人に話を聞いてみると「インド人は駄目だね」と言っている。

このギャップが生じる他の原因は、前のエントリで書いたように、ほとんどの日本人はインド人に対して「諦めて」いるので、特に何も言おうとしないから広がるばかりである。 多くの日本人は、インド人が勘違いするなら勝手にさせておけ、という立場である。

そんな状況で、私のような人が現地に赴任していろいろ指摘すると、いちいち「どうしてだ」とか「今までこんなこと言われたことなかった」とか反発および、明らかな「苛立ち」と直面する。

前のエントリに書いたように、今まで長年関わってきた過去の赴任者およびインドに仕事を発注してきた日本人、インドをネタにして出世を目論んだ元社長、そういった過去の積み重ねがインド人の勘違いを作り上げており、もはやその勘違いは修正不可能なところまで来ているように感じる。

ただ、プロジェクトを私と一緒にやって来たメンバーは私などと議論するにつれて「俺たちインド人は、思っていたほど優秀じゃないかもしれない」と思い直し始めたのは良い兆候であるが。 良い兆候とはいえ、インド子会社が出来てから7年。 それに気付くのが遅すぎるよ(苦笑)

こんな状況を放っておくなんて、今までの赴任者は一体何をやっていたのだ、とつくづく思う。

多くの人が、一番簡単なやり方をしてきた。「褒める」という簡単なやり方だ。
褒めるのは、時と場合による。
きちんと見て褒めるならば良い。
しかし、盲目的に「もうどうでもいいや」と思って褒めまくった結果、勘違いを増長させることになった。
それでも、多くの人は「インド人なんてどうでもいい」と思っているので、気にもとめていない。

そして、後任者が過去の赴任者のツケを払うことになるが、そうして持ち直したところで、周囲からすれば「優秀なインド人と仕事をしただけ」に見えなくもないので損な役割である。 実際は、本当に駄目なインド人を何とかして持ち直しつつあるところなのに、口ばかりの人材が適当なことを言って昇格していては組織として「疲れ」が貯まってゆくだけだ。

いろいろ書いたが、日本人の中にもしっかり部下を見れる人も多く居る。
相手がインド人であろうとも状況をしっかり見れる人もいる。

私がいた環境が、たまたまだったのか、或いは、多くの場合がこういうものなのかは事例が少なくてその判断は保留するが、少なくとも、私の周囲ではおかしなことが多く起こっていた。