スキルの高い部下を言いなりにして成果泥棒する方法

2017-08-05
トピック: IT業界

日本は「スムーズにやる」ことが評価されない国だ。特にITに関して評価されない。スムーズに行うには幅広い知識と高いスキルが必要で、それには高い報酬を払うのが世界標準だが、日本では「簡単なことをした」と見なして薄給になる。エンジニアが主張しても上司はキレて「お前は○○しただけのくせに偉そうなことぬかすな」と言えば報酬の話は飛んでしまう。スムーズに行えば評価が上がるのが世界標準だが日本では逆に評価を下げることができる。例えば周囲に「○○しただけのやつ」と言いふらし、レッテルを貼ることもできる。それを否定する人も日本にはいない。ほとんどの人は技術がよくわかっていないので、実際のスキルには関係ないところで、自分がそう思いたいという願いを外に投影して「その筈だから」と理屈をこねて他人の評価をする人がそれなりにいて、周囲や上層部はよくわかっていないので、とりあえず「わかりやすい」説明として真実のものとして受けれてしまう。周囲や上司、それに上層部からそのような低スキル人材として扱われれば本当はスキルのある人物は何も言わなくなり、自分はスキルがないのかもしれないと思い込み、上司の思惑通りに「成果泥棒し易い人」になる。こうなれば、何をしてもらっても部下は「○○しただけ」と自己評価し、上司はその成果を独り占めすることができる。スキルが実際にどこにあるのか上層部からはわからなくなり、人事は学歴などを元に「その筈」という当たり障りのないものになり、実情からかけ離れてゆく。

もちろんこれは皮肉だ。

このような日本のITエンジニアに未来はないし、実際、日本のITエンジニアは搾取されており、優秀な若者はITエンジニアを目指さなくなってきている。

個人的には、その判断は正しいと思う。このような業態に未来はないし、明るい希望のある若者が搾取されることがなくなるまで若者の参入は勧めない。

海外の場合、仕事は分解して単純化してから実施する。計画と実施は分離され、指示はローコンテキストで具体的になされる。よって、仕事とは単純なものであり、見た目にも分かりやすい。分かりやすいことが評価され、分かりやすくする技能自体が評価される。

一方、日本で同じようにすると分かりやすく分解してまとめる技能は評価されず、結果だけを見て「簡単」とみなされて評価されない。上司はもともと整理する気がないので部下が全部考えなくてはならないが評価されない。整理するというスキルは日本では評価されず、上司から「その通りだよ」と言われて「当たり前」のこととしてスルーされ、そのノウハウは上司があらかじめ持っていたものとして振る舞われる。こうして正々堂々と上司が成果泥棒をするのが日本だ。

よって、上司からの指示は常にハイコンテキストで行われ、作業者は深く理解しなければならずスキルを必要とするが、部下は永久に評価されない。上司は部下の成果泥棒をするために生きているのが日本だ。上層部はこのような上司を大切にし、下っ端を蔑むことでヒエラルキーを維持する。

海外ではハイコンテキストの指示をローコンテキストにまとめるのはマネージャーあるいは上司の仕事だ。もちろんその成果は上司のものであり、実施は部下が行う。一方、日本では部下が全て行うが成果は上司のものになることが多い。海外では後出しの指示は全く評価されないどころか無能な上司とみなされるが、日本においては後出しの指示は当然のごとく行われる。日本のように後出しの指示を正当化するような文化は日本以外にはなく、海外で後出しの指示を正当化しようとすると「頭がおかしい」とみなされる。こういう意味において日本の仕事は受けない、と言っている人も多い。

日本の中でもトヨタは特殊で、作業標準としてローコンテキストが徹底されているようだが、その他多くの中小企業や大企業ですらハイコンテキストな指示が普通に行われているのが実情だ。そうしないと上司が自分の立場を守れないからだろう。海外のように全ての仕事を棚卸しすると安い人材に置き換えられるリスクが生じるとでも思っているのだろうか。仕事の内訳を非公開にして自分の立場を守ろうとする人が多い。ある意味、成果泥棒からの防御なのかもしれないが。内訳を非公開にすれば成果泥棒からも守れるし、周囲から難しいことをしていると見なされて評価が上がり、整理すれば評価が下がったり成果泥棒されるのが日本だ。日本の仕事の仕方に未来はない。トヨタは別格だがIT企業ではない。

海外のIT企業では各自が某かのエキスパートであり、専門性を持っている。日本ではエキスパートは埋もれているので、いたとしても見つけられないし虐げられていて自虐的になっているので名乗り出ない。

海外では数人でスムーズにできる仕事を日本では10人とかで大騒ぎをして仕上げることで評価される。日本でエキスパート数人が集まってスムーズに作っても評価されない。日本においては、忙しく見せることが鍵になる。そんな業界に未来はない。

日本には、過去に大騒ぎをして作り上げた技術的負債があるので、たとえ急に新しいやり方をしようとしても負債の処理に手間取ってしまい、志のほとんどは負債の処理に費やされてしまってなかなか成果が出ない。ようやく整理に一段落したところで人当たりがよくて説明のうまい人が来て成果を奪ってゆき、志があって新しいやり方を否定して去ってゆく。技術のある人物が過去の負債の整理に翻弄している影で口のうまい人がどんどんと昇格してゆくのを何度も見た。

部下がスマートな解決方法を提示しても「その通りだよ」と言って上司が成果泥棒し、部下がやる気を失ったり、うまく作っても仕方がないと思うようになってスマートではない方法を提示しても変わらず「その通りだよ」と言うのであれば成果物のレベルはどんどんと下がる一方だ。部下が、実装もメンテナンスも手間がかからないスマートな方法を提案しても上司は理解せずに、「説明」が簡単な方法を選んで手間ばかり増える選択をするのも日本の特徴だ。手間がかかった方が上層部にアピールできるし、低スキルの人材でも対応できるメリットはあるが作りがいまいちになる。上層部には効率化をアピールできるが実際のところ効率化にはなっていない。日本において、多くの人は、作りを良くするよりも上層部へのアピールのために大騒ぎをしたいらしい。そういう環境では、優れた提案をすると逆に「皆で知恵を出して工数を下げようとしているのにその目的を理解できない人」と解釈され、評価が下がる。

何が問題か? と思い巡ると、上層部や上司が技術のことをわからない、あるいは、昔に自分がやっていた頃の知識で判断しているのが問題であるように思える。実際のところ、上司は自分がわかっていないことを認めようとしないので、部下は分かりやすい説明ばかりするようになり、本筋から外れてゆく。

せっかくリファクタリングして整理したコードを上司が素人目で見て、自分が理解できないからといって「これはダメだ。前の方が良かった」などと吐き捨てたり、前に書きましたように、上司自身が理解できないことを「理解できない」と認めることができずに分かりやすい説明に飛びついて全部理解できているかのように自分自身を騙すような、受験などで一度も失敗したことのない人にたびたび見られるように自分の非を認めることができず、人間的に欠けているところのある人物が上司だったりすると、なまじ頭が良かったりするだけに最悪である。理解できなければヒステリーになったりすることもある。

こうして、一部の日本の会社は「理解できないことがある」というシンプルな事実を認めることができずに自分たちは全て理解しているという幻想にしがみつき、いわば学歴戦争のヒエラルキーを守るために評価もそれに従い、自滅してゆくのだろう。

確かに学歴の高い人には頭の回転の早い人が多いのである程度優秀なのは真実だが、小賢しい人が幅を利かせている日本社会の将来は明るくないように思える。得てして、そういう人が早く昇格してゆく。

このままであれば、かくしてエンジニアの成果は搾取されてゆくのであろう。実際、コスト的にもかなりの量の仕事をエンジニアに押し付けるブラックなやり方は、こうしたハイコンテキストな指示の仕方にも支えられている。ローコンテキストで指示を出すようになれば作業内容は明確になるし、後出しで「○○が入ってないぞ。こんなの当たり前だろ」などという発注元の横暴も拒否できるようになり、あるいは追加発注するのが当たり前になる。そもそも、後出しの指示が受け入れられるのは日本くらいだが。「こんなの当たり前だろ」「他はみんなこうしているぞ」みたいな決まり文句は世界では通用しないどころか、そんなことを言う業者は相手にされなくなる。日本も次第にその方向に向かっていると感じるが、まだまだだ。

ローコンテキストで仕事をするやり方はシンプルで誤解がない。お互いに気持ち良く仕事をすることができるし、メインの担当者が不在であってもバックアップの助けも得られる。きっと、旧来のやり方で仕事をしている企業は若者にそっぽをむかれるようになるでしょう。旧来のやり方で仕事をしている企業はすぐ辞める若者に対して苦言を言うだろうが、やがては旧来のやり方が間違いだという共通認識が生まれる時代が来ます。
世界標準のローコンテキスト方式に移行しない会社はやがては若者だけでなくほとんどの人にそっぽを向かれることでしょう。

話は少し変わりますが、もしかしたら、この種の分断は1つの会社の中での特権階級と労働者階級の分断を意図したものかもしれません。いわばマネージャーが組合員をうまく操る方法の1つとして用いられている、とも考えられなくはないのです。であればその戦略はある意味成功していると言えるのかもしれません。様々な論理が詭弁でしかなく、本人たちも詭弁だと意識しているのだとすれば、あれだけ頭の良い筈の人々がすぐに見抜かされそうな下手な理屈で他人を黙らせようとしている理由も理解できます。結局、論破されたり見抜かされそうになると「黙れ」とか「煩い」とか「だからどうした」とか言って黙らせようとするところに、本質に近づけまいとする社内支配者層の本音が見え隠れする。結局、その程度の詭弁でしかないのでしょう。買いかぶりすぎかもしれないですが。

一方、同じようなことが会社の中だけでなく社会全体あるいは業界全体で起こるとき、そこで起こることは、評価されない技術者になる人が極端に少なくなる社会です。皆がジェネラリストを目指し、技術者は割に合わないからなろうとせず、関与しようとしない社会。エンジニアと言っても営業や商社マンのような人が増えている現状を見れば、既に社会から本当の技術者が減りつつあるのかもしれません。きっとそうでしょう。

その結果に待ち受けているのは有能な労働者階級の消滅であり、経済的優位性しか持たずに他から調達する会社および社会です。その先に行き着くのは製造業が衰退して商社が多く存在するイギリスのような社会であり、技術は過去の栄光にしがみついて実際には経済で延命しようとしているイギリスの姿が将来の日本とダブって見えます。今どうにかしなければ見本としてのイギリスに向かってこのまま日本は加速して行くのでしょう。



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