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サハスララに集中する瞑想

2019-09-17
トピック:スピリチュアル: ヨーガ

ヨガの瞑想の基本は眉間への集中ですが、ヨーガあるいはスピリチュアルでサハスララに集中する瞑想があります。その幾つかを見ますと、以下のような共通した事項が見てとれます。

・頭のてっぺんから少し上に集中する
・瞑想後は意識を眉間あるいはお腹のあたりまで戻す。そうしなければ目眩や不快感あるいは情緒不安定などを引き起こす可能性がある。

特に後者の注意について、単にサハスララに集中したまま瞑想を終えると不安定になるという注意が色々な流派に共通して言われているのが興味深いです。

例えば、以下のような注意書きが書籍に記されています。

第8のチャクラ(サハスララ)に到達した大意識を、再び第一のチャクラに向かって降下させる。(中略)大意識を一気に第一のチャクラに戻す。(中略)大意識を第8のチャクラ(サハスララ)に留め置いたまま、次のステップに踏み込んではならない。アートマンが肉体より離脱する時に、大意識と交錯させてはならないからである。(中略)これを違えると、瞑想が不首尾に終わることがあるばかりか、後に不快感が残ることが、ごく稀にある。「瞑想ヨガ 魂のやすらぎ(ワスデーヴァ・ナイア・アイアンカー 著)」

ここに記載されている、「アートマンが肉体より離脱する時に、大意識と交錯させてはならないから」という部分は非常に興味深いです。

意識は「心」だとして、いわゆる「光の筋」だとして、その心の光の筋は触覚みたいなものですので、それとアートマン(いわゆる魂。微妙に違いますがとりあえず)と交錯させてはいけない、というのは興味深いです。波動が違うということでしょうか。

なんとなく感覚として思うのが、サハスララにあるいわゆる「ブラフマンの門」と呼ばれている境界線というか蓋というか門があって、瞑想中はそれが開いて意識が外に出るときがあるような気がいたします。外に意識が出たのであればそれを体の中に戻さなくてはいけないのに外に置き忘れてしまったら意識が変になるのも当然な気も致します。そんな気がするだけで仮説ではありますけど。

思えば、ヨガ始めてから今までの間、ふとした時に無自覚で同様にブラフマンの門の外に意識を置き忘れて不快感や不安定な状態が続くことが度々あったように思います。

私も最近、ちょっと油断してサハスララに集中した後にそのまま瞑想を終えたら、瞑想後しばらくは平気だったのですが数時間後から意識が少し頭の方に圧迫されたかのような不思議な不快感に襲われましたので、瞑想直後は平気だと思っても基本的にはこの注意を守った方が良さそうです。最近はこんな不快感になることもほとんどなくなっていましたので、油断していました。

であればこの注意は重要で、門から外に出たのならば門から中に戻って、更には、きちんと門を閉めて戸締りをすることが必要なのかもしれません。まあ、仮説ですけど。

スピリチュアル系では例えば以下のような説明があります。

■ナクラ瞑想
クラウンチャクラの上にあるこのポイントに意識の焦点を合わせると、次元を超える通路に入っていくことになります。慣れ親しむにつれて、くつろいで楽に移行を体験できるようになるでしょう。もし途中で頭痛や緊張が生じたら、その原因はたいてい集中のしすぎです。意識を集中させるのではありません。ただそこに気づき、そのポイントにそっとあなたの意識を寄り添わせるだけでいいのです。(中略)大切なのは、この瞑想のあとには肉体の神経系にしっかり適応しなおすことです。(中略)むやみに急ぐと、頭痛その他の痛みが生じたり、気分が悪くなることもあるからです。「アルクトゥルス人より地球人へ(トム・ケニオン 著)」

この宇宙人が本当にいるかどうかは置いておいて、この瞑想の内容は興味深いです。

どちらにせよ、サハスララに集中する瞑想は注意および熟練が必要のようですね。

ヨガの本にも「サハスララへの集中は注意が必要です。眉間への集中は安全です。」と書いてあった気がしますので、そういうことなのだと思います。

■白隠禅師の禅病
なんとなく白隠禅師の禅病も、本を読む限りは似たような症状の気が致しますが、どうなのでしょう。
白隠禅師は軟酥の法(なんそのほう)でこの症状に対処しましたけど、同様であれば上記のような注意に沿うことで対処できる気も致します。

軟酥の法は超簡単に言いますと、頭の上に丸い玉の形をしたヒーリング・ボールを想像した後、それが溶けて頭の方から体を伝って足元まで体全身を水が滴るように浸透させつつ、悪いものを流してしまうようにイメージするという方法です。これはこれでいいと思いますが、やっていることは割と似ていて、サハスララの意識を下に下ろす、ということですよね。要はグラウンディングです。

手法としては色々であっても、基本は一緒なのかなという気が致しました。



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