最近、霊視による未来予想は外れやすいです

2019-11-18 記載
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

私のグループソウル(類魂)の記憶を辿ると色々と経験していて、未来を霊視できる過去生もいたりします。

例えば100〜200年くらい前に北インドの中部、バラナシの南東あたりの小さな村でグルになって小さなヒンドゥ寺院の長だった人がいましたけど、その周囲では未来を予知できる聖者としてそれなりに有名でした。

もともとその人生ではヒンドゥのグルを体験して弟子を教えて霊的成長を促すと共に自分も学ぶことが目的だったわけですけれども、まず生まれる前に、グルとして経験できそうな場所を探したのです。既にグルがいるとこを探して弟子になって長年修行するコースもあったのですが、その時は、かなり昔に捨てられて廃墟になっていた寺院を選んでその近くに生まれることにしました。もちろん生まれる前からある程度の一生を霊視して未来予想して、だいたいこんな感じになるということを計画してから生まれたのです。

生まれてから自由に動けるようになったら、まずその廃墟の掃除から初めました。綺麗にして祈りを捧げて、転がっている岩などを整理したりしました。

歳をとって青年になった頃には、その廃墟が随分と綺麗になったことで周囲の人々にも自分の存在を知らしめることができました。ここで、この廃墟に足跡を残したわけです。そして、成人になった時に出家を選びましたが、家族はそんな姿を見ていましたので反対はしませんでした。

成人後は、まず他のグルの弟子に数年間ついて修行し、続いて別のグルに数年間ついて修行し、修行は終了としました。他のグルに長年ついて修行するよりは、早く自分の寺院を持つことを選んだわけです。

修行をするにつれて霊視は研ぎ澄まされ、他人の過去や未来も見通せるようになりました。

過去については、出身地や過去の問題などが主でした。未来については運勢や将来の安全などを見通したりしました。

中年になる頃まで、ほぼ百発百中です。外れたことはほとんどありませんでした。
名前や、出身地などを言い当てました。

弟子がやってきた時は、「おお。お主を待っておった。○○村から来た○○ではないだろうか?」と言って相手を驚かせた事もしょっちゅうでした。

日々の祭事(ヒンドゥ教のプージャ、火の儀式)では村人がやってきて、運勢を尋ねられました。○○はうまくいくだろうか、とか、結婚についてとか、そのような、今日でも人々が尋ねたくなるようなことをグルに尋ねては答えていたのです。

お参りに来た人々が置いていくお布施で食べ物を購入してその寺院の人々は暮らしていました。

ですから、昔は、霊視による未来予想はそうそう外れなかったのです。

唯一、一回だけ、近くの村のお婆さんが訪ねた運勢が外れて、安全を脅かされて危険な目に遭ったという事でしたが、再度霊視しても危険なことにあうわけもありませんでした。

どうやら、霊視での未来予測はほぼその通りなのですが、偶発的に「事故」は起こるようなのです。

「ついうっかり」ですとか「たまたま」という部類の事故は霊視では防ぎきれないようです。

成功する筈でも自分の意思で成功を妨げることもできます。
失敗する筈でもどうにか成功する、ということもあるかと思います。

ですが、普通の場合は大抵の霊視は当たりました。過去においては。

これは類魂が過去に体験したお話ですので今の私の何%かくらいの話ですけど、記憶のほんのちょっとが残っているのです。

ですが、最近は、かなり状況が異なってきているように思います。未来が割と固定されたものではなくなり、相当、未来が書き換わっているような感じが致します。

と言いますのも、どうやら未来を霊視で見通せる人が増えたからなのかな... という気がしてきております。

であれば未来を見た上で自分の行動を変える人も増えるでしょうし、結果として大きな未来も変わってゆくでしょう。

時代は変わったのかな、と最近は思っております。

昔はほんと単純でしたけどね。

基本は昔と変わりませんけど、意図して未来を変えることができる人が増えて、その人が影響力を持つようになったような気がしてきております。

過去には、この寺院が実在して残っていないかな... と思って地図を探したこともありましたけど、よくわかりませんでした。私が今生でそれを探し当てて現地に行ったとして、それで学べるものが何もないのであれば私のガイドもそこに導いたりはしないのかなとも思います。何かそこに決定的な何かがあって学べるのであればきっとガイドは私を導くのでしょうが、今のところその兆候はないです。