ヴィパッサナー状態ではナーダ音は意識から消え去る

2020-01-18
トピック:スピリチュアル: ヨーガ

最近は景色を眺めて思考なしにスローモーションのように眺めるヴィパッサナー瞑想を良く行っているわけですが、視界にのみ意識を集めるとナーダ音が意識から消え去ることに気がつきました。

視界から再度耳の方に意識を移すと再度ナーダ音が聞こえ始めます。

これは興味深いです。

今までも何かに集中したり思考をしている時はナーダ音のことが意識から消えていましたが、これほど意識的にナーダ音が消せるようになったのはここ最近のことです。

消せる... と言うのは語弊があります。ナーダ音は聞こうと思えばいつでもそこにありますが、視界にだけ意識を集めるとナーダ音が意識から消え去るのです。

今までは、その意識の切り替えがそれほどうまく出来ず、一旦ナーダ音に意識が行ったらその後、消すことが困難でした。

しかし、今は、ある程度のリラックスと集中ができる精神状態という前提条件はつきますが、景色を眺めてスローモーションのヴィパッサナーに入れるような状態であれば割とすぐに視界にのみ意識を集中してナーダ音を意識から消せるようになりました。今までは他のことに気を取られて付随的にナーダ音が意識から消えていましたが、今は、意図して集中してそのようにすることができるようになりました。これは小さなようで大きな違いのように思います。

更に少し試してみたところ、その意識の集中は視界のみならず、例えば、物理的な音に集中すれば意識からナーダ音を消すことができました。同様に、体の感覚、例えば歩いている時や自転車に乗っている時の足の感覚などに意識を集中したらナーダ音を意識か消すことができました。

ただ、音は視覚や感覚と比べて難易度が高い気が致します。

以前から、例えばクラシックコンサートを聞きに行った時に聴覚に集中すると必ずナーダ音が被って聞こえてきてしまうことが悩みだったのですが、今回のテクニックと言いますかやり方を使えば純粋に音としてのクラシックを楽しめるかもしれません。今度、試してみたいと思います。

以前はこれは無意識に行っていて、そうなっているという現象自体は以前から確かめていたことでありますけど、今回の違いは、ヴィパッサナー状態を意図的に作り出すことで意図してナーダ音を意識から消すことができる、という点になります。

以前、ハタ・ヨーガ・プラディーピカーの「音のないところ」についての記述を引用しましたがそれによると、音のないところがヨーガで言うところのアートマンだ、と言われています。

意識がヴィパッサナー状態になって視覚・聴覚・感覚が意識を占めると音がなくなる、というのは、アートマンと意識が一体になる、という解釈も成り立ちます。個人的な推測ですけれども。

ヴィパッサナー状態でナーダ音それ自体に意識を向けることができて、それによってもちろんナーダ音を観察することもできますが、景色や聴覚や感覚を感じるのとナーダ音それ自体に意識を向ける時とではちょっと違う感じが致します。ヴィパッサナー状態でナーダ音を観察し始めた瞬間にヴィパッサナー状態が解除されるような気がするのです。主観ですが。

ハタ・ヨーガ・プラディーピカーによれば、ナーダ音が聞こえるところはシャクティ、いわゆる力・パワーに過ぎない、と言われています。ですから、ヴィパッサナー状態でシャクティであるナーダ音を観察しようとしてもアートマンから離れてしまってヴィパッサナー状態が解除されてしまう・・・ というのは、一応は理に叶っているような気も致します。ただ、どこにもこんなこと書いておらず、私の感覚でのお話になりますが。

一方、それは気のせいでヴィパッサナー状態でナーダ音を観察できているのだとしても、何も困ることはありませんが、やはり、ヴィパッサナー状態でナーダ音に意識を向けるのは何かちょっと違う感じがしております。おそらくは、ナーダ音を観察するのは中間的な意識で、ヴィパッサナーで観察するのはナーダ音を聞いているのよりもちょっと上位の微細な意識なのではないかなと思います。

以前、ヨーガでいう4種類の音について引用しましたが、通常の耳で聞こえる音がヴァイカリーで、次のマディヤマーが「聞こえる音と聞こえない音の中間」で、おそらくこのマディヤマーがナーダ音だとすれば、ヴィパッサナー状態ではそれよりも高い微細な意識状態になっているのだと推測できます。おそらくはパシャンティー(パシュヤンティー)の段階なのかな、と。パシャンティーは耳で聞こえる音ではなく「観える音」と比喩されていますので、ヴィパッサナー状態に相応しい気も致します。

この段階のお話は諸説あって、ヴァイカリーとマディヤマーの間がナーダ音という説もあるようですが、今回のお話で言えば同じことです。一方、アナハタ・ナーダが「真我(コーザル体)」で聞こえる音というお話もあるようで、それは良いとしても、それを元にアナハタ・ナーダがパシャンティーやパラーが相当するのではないかと推測したこともありますが、その推測は今思えばしっくりきません。

今回のヴィパッサナー経験に基づきますと、上記の分類にしておくのがスッキリしそうです。

以前の一覧に追記します。(太字部分)
・ヴァイカリー 通常の耳で聞こえる音
・マディヤマー 聞こえる音と聞こえない音の中間。神妙な囁きのような音。ナーダ音
・パシャンティー(パシュヤンティー) 耳で聞こえる音ではなく「観える音」。スローモーションのヴィパッサナー瞑想で認知されるもの。
・パラー 聞こえない音、沈黙の音というような意味であるが、宇宙の始原的な響きであり、瞑想の最も深い部分