天使と悪魔(同テーマ&時系列の前記事)

インドのとあるグルの物語

2020-03-22
トピック: スピリチュアル

私のグループソウル(類魂)の中にかつてインドでヨーガのグルをしていた魂がいます。私の一部でもあるので私の過去生と言えなくもないですが今の私が受け継いでいるのはせいぜい5%から多くて10%くらいかなという気も致します。

その人生の前はヨーロッパの方でいわゆる魔女をしており、当時のヨーロッパでは魔女狩りなどにもあったりして苦労した魂もあったのですが、分岐としては、魔女狩りに合う前に分霊になって分かれて行った方の魂がインドでグルをしたようです。その後、一部の分霊はヨーロッパで魔女狩りにあったりナチスに囚われて透視させられたりもしておりましたが、グルをしていた方の魂は割と平穏に暮らしたようです。

それまではヨーガのグルなどをしたことはなく、初めての人生でしたがモチベーションとしては2つあったと思います。1つは、より上位のハイヤーセルフから人類の成長のためにグルをしなさいという掲示がまずあって、それを魂が受けて、たまにはヨーガのグルも面白そうだ、という顕在意識で判断してグルをする転生を選んだようです。このように、上位からの指示がインスピレーションとしてあって、それを元に顕在意識で判断するというのは生きている人間においてもありますが、魂においてもそれは同様のようです。

そうしてヨーガのグルをすることにしたのですが、それまではヨーガのグルをしておりませんでしたので、基本はヨーロッパの方で生活していた魔女の考え方が基本にありました。よって、ヨーガのグルとは言っても伝統的なハタヨガのように体術・ポーズ(アサナ)は重視せず、瞑想とチャンティングの詠唱で浄化することを基本にしていたようです。

場所はインドの中北部、バナラシからそれほど遠くはなかったような気もしますし、ビハール州だった可能性もありますけど転生する場所を探すときに空中から見た鳥瞰図ですと、おそらくはバナラシから南西方向に数百キロ、ナーグプルまでは行かない範囲のどこかだったような気も致します。

既にグルがいるところは伝統的なハタヨガを重視している傾向がありますので避け、既に廃れている寺院がある町を選びました。その寺院を拠点にしようとしたのです。あらかじめタイムラインを先まで確認してその寺院を自分の寿命が尽きるまで使えることを確認し、近くのそこそこ裕福な家庭を選んで転生しました。

最初からそのような目的がありましたので、子供の頃からその寺院には足しげく通い、掃除をしたり瞑想したりして自分が管理している場所であるという印象を周囲の人にアピールしました。もちろん誰のものでもなくて廃墟の寺院ですけど、段々と、そのような共通認識が出来上がっていったのです。

そうして成人になる日に、家長に対して「出家をしたいのです」と伝え、家長もおそらくそうだろうとは思っていたのでしょう。ちょっと答えに詰まりましたが、すぐに「わかった。良いよ」と答えてくれて、出家しました。

いきなり寺院のグルになることは流れとして適切ではなかったため、近くのアシュラムに修行に行くことにしました。たしか、著名なヨーギの元で2年修行し、その後、また違う著名なヨーギの元で3年前後修行し、スワミとしての伝授を受けてからもといた町に帰ってきたように思います。

もっと長く修行しても良かったのですが、あまり長く留守にするともともと目をつけていた寺院を取られてしまいかねないのと、元々、人類の成長のために多くの弟子を育てることが目的でありましたので、ある程度の区切りをつけてから生まれ育った町に帰ってきました。

実のところ、生まれた時からリモートビューイング(千里眼)や未来予見の能力は持っておりましたが、特にそれを他人に言うことはなく、修行して身に付けた、ということに致しました。だって、その方がそれっぽいでしょう? (笑)それに、弟子たちにとってみても、修行すればそのような能力が身につくのだという多少なりのもちーベーションにもなることでしょう。能力が生まれつきだとか言ってしまったら、そりゃあもう、救いがありません(苦笑)

実際のところ、弟子たちの中で千里眼や未来予知の能力まで完全に身に付けた人は私が生きている間はいませんでしたけど、それでも、クンダリーニの覚醒をしてマニプラやアナハタ優勢、そして一部はアジナも活性化して直感がかなり鋭くなる、という弟子も現れました。ですので、グルとしての人生はそこそこ成果が出たのかな、と思っております。その魂が思っています、ということです。

時には弟子たちが来ることを予見して、姿を見るなりその出身地を言い当てたりしました。そのくらいは簡単です。大体は的中します。90%~95%くらいは当たったと思います。

例えば弟子がアナハタ覚醒する時には予感があって、他の弟子に少し豪華な食事をあらかじめ用意させたりしました。あと数日中にお祝いがあるので用意しておくように言って、食材を少し多めに買わせておいたりするのです。

今までやんちゃで、ちょっと浮ついていたような弟子であってもアナハタ覚醒するとかなり落ち着きが出て、大人の貫禄、聖者の貫禄がそれなりに出てくるものです。マニプラですとまだ元気になったくらいで落ち着きは今一歩ですが、アナハタくらいが聖者と凡人との境目になっているように思います。

日々行っていたことは、ハタヨガの体操も基礎として行ってはいたものの、上に記しましたように重視していたのは瞑想とチャンティングです。

瞑想は、最初は私が前に座って静かに座る瞑想をします。少し様子を見ながら、弟子が落ち着いていないようであれば名前を言って近くに座らせ、例えば指を顔の前に出して指を見るように言い、それを見て集中して心を落ち着かせるように言ったりしました。見るだけでは不十分な場合は口に出してマントラを唱えたりもしました。そうして、弟子の心が落ち着いたら静かに席に戻って瞑想を続けるように言うのです。

そうして、どのくらいの時間でしょう・・・。おそらくは1時間かそのくらいだったかと思いますが、当時はきちんとした時計がありませんでしたので時間は大体だったように思います。頃合いになると瞑想を解き、チャンティングを行います。いわゆるバジャンとか言われている詠唱をみんなで行います。

私は、はっきり言って、歌はそれほど上手くはなかったように思います。

そのうち、弟子の中で歌が上手い人がいて、度々、歌ってもらっていたように思います。その弟子は褒められて照れていましたが。その弟子はちょっと褒めすぎてちょっと有頂天になったりもしましたが、それでも、アナハタが覚醒したらかなり落ち着きが出て聖者っぽくなりました。途中の態度がどうであれ、アナハタさえ覚醒してしまえばかなりの弱点は克服されるのかなあ... という気も致します。どこか子供っぽかったその弟子も、アナハタ覚醒後は意識がガラリと変わって落ち着いた表情になっておりました。

そんな中、どこにも不肖の弟子というのはいるもので・・・・。瞑想していてもどこか苦しそうな表情をずっと浮かべ続け、近くに呼んで集中の手伝いをしてあげてもなかなか成長しない弟子がいました。やはりセンスの違いがあるのだなぁ... と思って見守っていたのですが、そんな不肖の弟子であっても、その弟子の場合は、どこか人懐っこくて可愛げがあるのです。いやはや、グルであっても愛着はあるようです(苦笑)

不肖の弟子ではあってもことあるごとに頼ってくるので可愛い弟子だったように思います。他の人からも親しまれていました。ですが、瞑想のセンスはいまいちでした(苦笑)

まあ、そんな不肖の弟子であっても10年以上続けていれば少しづつ成長するもので、他の人よりは成長が遅くとも、着実に進歩が見られたように思います。ですから、不肖の弟子であっても諦める必要はないと思います。

私は未来が見通せましたので、この弟子は死ぬまでに大体このくらいの境地まで達することができるな・・・ というのが見て取れました。

弟子の中にはかなりの境地に達してグルとして免許皆伝になり生まれ故郷に帰って行く者もいましたが、その不肖の弟子はそこまでの境地に達することができないのがわかってしまったが故に、ちょっと甘くして早めの免許皆伝を与えたこともありました。このことは以前、別件で少し書きました。

流石に千里眼はどの弟子も無理でしたが、ゾクチェンで言うところのシネーの境地に相当する瞑想状態にようやく達したのがその不肖の弟子で、他の弟子はその上のテクチュの境地、いわゆるサマーディやヴィパッサナーに達しておりましたのでレベルはかなり違うのですが、シネーの境地に相当する集中状態ができればとりあえず一般的なグルとしてはやっていけるように思いました。

まあ、そのグルが今世でもどうやらヨーガのグルをしており、いわゆるスワミになっていることに以前気がついたのですが、相変わらず、あの人懐っこさというか仕草の可愛さはおそらく昔のままだったように思います。向こうはこちらのことに気がついていないようでしたけど、まあ、こんなこと言ってもしょうがないので言っていません。向こうが気がついたら話すかもしれませんが、話したところでどうしようもないので話す必要もないのです。

どうも、見るからにその当時に到達した意識より上にはまだ行けていないようでした。ですがまあ、基本はできているので良いかな、と。

弟子はもっとたくさんいてそれぞれなのですが、中には、能力をもらったらすぐに故郷に帰るつもりで来たが自分が修行しないといけない上に時間がかかることを知って不愉快になり、数ヶ月もしないうちに出て行くような弟子もいました。まあ、そういう人はどこにでもいますので帰ってもらうしかありません。

その寺院では日々、町の人々の相談を受け付けていました。今もよくある人生相談で、就職や結婚や引越しや、様々な相談事にのっていたのです。未来予知して千里眼でしたので大体のことは的中して正確に伝えることができましたが、それでも、たまには間違うこともあったようで、その原因はわからないことがほとんどでした。上に書きましたように大体90%~95%は的中ですけど、時々、間違えます。

間違えるというよりは、おそらく、時間差の間に誰かの意思が入ってタイムラインをねじ曲げられてしまったのだ、という理解をしております。こればっかりは仕方がありません。人々がタイムライン上で大人しくしてくれる場合が多いとはいえ、常にそうとは限りませんし。

特に現代ですとタイムラインをねじ曲げられることが増えているように思いますので、昔より当たらなくなったような気が致します。

そうして相談に乗って、お布施をもらって資金にしておりました。お布施は金額が自由でしたが弟子たちと共に生活するには不自由なかったように思います。

時々、遠くから著名な方も見えられて、なかなか楽しいグル生活だったように思います。

・・・まあ、証拠とかはないので、とりあえず、夢のお話と思っておいて頂ければと思います。



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