経済活動とエネルギー

2020-03-27
トピックスピリチュアル

昨今はデフレ商売が大人気で、安い単価を回転数上げて販売することで利益を出すという経営手法が盛り上がっているようです。例えば床屋が従来は散髪2,000円のところを短い時間にして1,000円にして回転数を上げたり、レストランやバーを立食にすることで回転率を上げようとしています。

経済のことは経済学者が好きに論じればいいとは思いますが、私の興味があるのはエネルギー的な部分です。

もともと美容師が1時間をかけて1人散髪して客が来なければ暇をしていた状況と、客が途絶えずに1時間に3人も4人も扱う状況ではエネルギー的には前者の方が消費が少ないです。

長い時間をかければ体力は使うにしても、体に宿っているエネルギーは平準するまで高い方から低い方に流れますから、1人散髪するとエネルギーがザーっと片方から片方に流れて平準します。1時間をかけて1人散髪するのであれば1時間に1回ですみますが、1時間に3人も4人も散髪する場合、エネルギーの移動が1時間に3回も4回も起こるわけです。

ましてや、そのような安いお店に来るお客は、言ってはなんですが客層も悪いですのでエネルギーも割合に低いことが多く、美容師のエネルギーはどんどんと吸い取られてゆきます。

美容師のエネルギーが下がっている時にそのような散髪屋に行くと、お客の方がエネルギーが高いということにもなりますから美容師にエネルギーを吸い取られます。デフレ商売のお店に行くことは、安いように見えて実はエネルギーも提供していることになりますから、いわば、エネルギーをお金の変わりに支払っていることにもなります。

散髪屋だけでなく、コンビニや雑貨店にしても同じことです。マッサージ屋などは人に触れますので同様のエネルギー移動が起きやすいです。人に触れなくても接客して近くに行くだけでエネルギーの移動は短時間であっても起こりますし、散髪やマッサージのように体の部分が接触する場合はかなりのエネルギー的な平準が起こります。

エネルギーで分かりにくければ、時間と考えても良いです。長時間労働でいくら稼いでも、時間というのは万人に共通で増やすことができませんから、お金よりも実は時間の方が価値があるのです。その、最も価値の高い時間を提供してわずかながらのお金を手に入れるということが価値ある行動でしょうか。

経済の理屈だけ言って回転数を上げると儲かる、というのは、従業員を犠牲にして成り立っているわけです。

であれば、デフレ商売というのは従業員を犠牲にして成り立つ商売である、という視点がエネルギー的には成り立ちます。お金的にはそれなりの報酬が与えられているのかもしれませんが、それはバランスというもので、エネルギーよりも報酬の方が良いというのであればそうすればいいと思います。しかし、デフレ商売で客単価が低ければ賃金もそれなりなことが多いのではないでしょうか。

デフレ商売がそういう構造であれば、デフレ商売的には時間をなるべく長く働いてもらった方が会社は儲かりますし、従業員は賃金はぼちぼち増えますが、従業員のエネルギーは吸い取られて行って枯渇します。

デフレ商売のお店の従業員が疲れた表情をしていることが多い気が私はするのですが、きっとこのようなことであろうと思っています。

従業員のエネルギーを吸い取るのであれば、それは次々に「安い」「若者」を注ぎ込む必要がありますので、人口が増えている時代の商売方法、あるいは、ある程度蓄えのある中年を使い捨てにする商法であるように思えます。少なくともエネルギー的な観点からはそう思えます。

私は経済学者ではありませんが、エネルギー的な観点から良いと思われる商売方法の基本は以下です。

・お金の仕組みはそのまま。
・お金の位置付けを、今の「権利」から「歯止め」に変える。
・お金を、贅沢に歯止めをかけるためのものにする。
・お金を稼ぎたい人の自由は今まで通り守る。
・贅沢をしたい人の権利は守る。
・基本的な生活は安価にする。

これだけで、労働時間は短くなり、おそらくは6時間労働で済むのではないでしょうか。

更には、理想的には以下のような仕組みも取り入れたらいいかと思います。

・年間百万円くらいはベーシックインカムにて与える。
・週の決まった時間にボランティア無償活動で地域の共同作業を行う。
・現在の公共事業をある程度はこのボランティア無償活動に置き換える。

このくらいまで行ければ、生活がガラリと変わると思います。

今、日本で資本主義に対してどうこう言っている人の中には人々の価値観に訴えかけている人が多すぎると思います。例えば、お金を稼ぐことに対する価値観や、お金を稼がないことに対する価値観、自由な時間を費やすことに対する価値観をベースにしていてはいつまで経ってもシステムの同意を得られることはないと思います。

例えば、苦しい生活の感情に訴えてあまり働かなくても良い世界の価値観を訴えたとしても、それは働くことで裕福になってきた価値観を持つ人の心には響かないわけです。

システムとしては、価値観に訴えるものではなく、多くの選択肢を生み出すことができるものである必要があります。

であれば、現在のように挑戦をしたい人はいくらでも挑戦できて、お金を稼いで贅沢をしたい人はいくらでも贅沢ができるが、お金とは別のところで幸せを追求したい人に対しても選択肢を与える世界こそが豊かな世界であると思うのです。

そのために、例えば上記のようなちょっとした価値観の転換をするだけでこの世界は随分と幸せで豊かになると思います。

エネルギー的な転換は、現在ヒエラルキーの頂点に立って搾取している人にとっては苦痛かもしれませんが、どちらにせよ、死んでしまえば次の転生がどのような経済状況かなんてわからないのですから全員がそれなりに幸せに暮らせる人生にしておくことこそが回り回って自分の幸せに繋がると思います。以前にも書きましたが、あまりにも恨まれている場合は次の転生で裕福な家庭の赤ちゃんとして魂が入った後にですら無理やりひっぺがしてインドとかのスラム街の赤ちゃんの中に魂を放り込まれる、なんてこともありますから、あまりヒエラルキーの頂点で恨まれるような人生を歩まない方がいいと思います。あの世には時間とかあんま関係ないですから瞑想状態あるいは幽体離脱というかスピリットがその気になれば時空を超えてすぐにでも来世のこういう操作ができてしまいますから、まあ、恨みを買うようなことはしない方がいいと思います。

まずは、現在の支配者層による意識の転換が必要ですね。国民にお金を渡したら働いてくれなくなってしまうのではないかという心配は実のところあまり必要なくて、年間百万円くらいでしたら欲望を満たすことができませんので欲望のある人は働き続ける筈ですし、家庭があって子供でもいたら絶対足りませんし、あくまでも社会のベースとしてのベーシックインカムであるわけです。その分、無償のボランティア活動をしなくてはならない社会に遷移することで実際の労働人口は増えるかもしれません。今現在に働いていない人もボランティアとして駆り出されるわけですからね。そのように、実体経済とは違うところで緩い労働をしてもらっても十分現在の世の中は回ると思います。それほど物が足りない時代でもありませんし、ある程度の労働さえすれば世の中は普通に回ります。意外に平気なものです。慣性で長時間労働していただけで、意外にそんな働く必要がなかったのだと気付きさえすればいいだけだとも言えます。

激しく働きたい人の権利さえ侵害しなければ十分に自由を満喫できる世界へと移行できる筈です。

コロナなんていいきっかけで、なし崩し的にベーシックインカムの月10万円支給の世界へと突入してしまえば時代は一気に変わります。

日本よりアメリカが先にやってしまうかもしれないですね。