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十牛図は幽体離脱してグループソウルと合流する秘術の書なのか

2020-05-07
トピック: スピリチュアル

十牛図にはいくつかバリエーションがありますけど、どうして「離脱」とか「再合一」とか書かれてあるのか不思議に思っておりました。

しかし、今朝のシャワー中及び瞑想においてインスピレーションが降りてきて、どうやらこれは幽体離脱してグループソウルと一体になり、再度自分の魂が分離して肉体に戻ってくる秘法を説明したもののように思えてきました。そのようなイメージがありました。

であれば色々と明確に説明がつきます。

もともと十牛図は意識の成長過程を説明するものだと思っておりましたが、上のように読み替えるとスッキリします。

最初は瞑想をして意識を統一してオーラを体の中に収めるようにして安定させます。

次に、魂と幽体(オーラ)を意識的に動かせるようにします。

そうしたら、幽体を体から離脱させます。

次に、グループソウルの元へと向かいます。基本的には上方に登ってゆき、グループソウルが見えてきたら、自分の意思でそれと合流するかどうかを選びます。

合流することを選んだらその中に入ります。その場合、魂の核は残りますがオーラはグループソウルと混ざり合い、自分の意識がグループソウルと溶け合うと共にグループソウルの叡智も流れ込んできます。グループソウルとしての集合意識が存在しているのと同時に、自分の個別の魂としての意識も存在しています。

その後、離脱を選んだらグループソウルから核としての魂とその周囲のオーラが分離します。

そして、最終的に肉体に戻ってきます。これが合流とか再合一とか説明されている段階です。

このように考えるならば難しい十牛図も随分とスッキリします。

であるならば、実のところグループソウル自体にも意識の高低がありますので、この秘法で得られる効果はグループソウルとしての集合意識に接続することで幅広い見識を得られる、という点にあります。

このあたりは、おそらくはウパニシャッドも同じ観点なのかな、という気が致します。まだ個人的な仮説ですけどね。

よくウパニシャッドとかで言われているように「ブラフマンは全知全能」というのは確かに概念としてはそうでしょうけど、人間が認識できるものとしてはグループソウル相当であって、ブラフマンとの合一、というのも実際に可能なのはグループソウルの範疇に限られているわけです。

みたところ、私の属しているグループソウルは私からすると全知全能に見えなくもないですがそれでも色々とわからないことや認識不足があったりして、だからこそ分霊としての私が地上に来ていたりするわけです。

宇宙のありようを見ますと、ブラフマンとか言って一括りにできるほど小さくはなくて、宇宙の広がりはまさに無限大なわけです。それを、瞑想をして宇宙と一体になる... というのは人間の意識でみたらそう思えるかもしれないでしょうけど、実際はグループソウルとの合一だと思うのです。その先の次元に行くにはこの小さな人間の意識ではかなり難しいのではないでしょうか。

これは人間の可能性を卑下しているわけではなくて、もともとグループソウルから目的があって分霊となって生まれてきて、その自分というスピリットは自由意志を持って創造的なことが行える偉大な存在なわけです。そのグループソウルと再合流するも自由ですし、個別の魂(スピリット)として生きてゆくのも自由。しかし、スピリットとしての意識が認識できるのはそこまでだと思うのです。少なくとも人間としての意識が認識できる範囲としては限界のような気が致します。ただ、それでもかなり十分であると思うのです。

色々と仮説ではありますが、このように考えると随分とスッキリします。これは今後もまた様子をみてゆきます。



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