ヴィパッサナー状態のまま遠近感が戻ってきた

2020-08-26 記
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

最初、ヴィパッサナーで遠近感がなくなってきたわけですけれども、ここにきて、最近はヴィパッサナーのまま遠近感が戻ってきました。

昨年末に始まった、視界がスローモーションで認識されるヴィパッサナー、あるいはサマーディとも言える状態ですけれども、それは映画のスクリーンを見ているかのように割と二次元ののっぺらとしたものでした。

割と平面ですけれども映画のように各所までがはっきりと見えてその動きもスムーズですので日常生活が映画のシーンのように感じられ、日常生活で見える景色が美しくなったのです。

日常生活が映画のようになって、視界に映る景色はまさに映画のように二次元のスクリーンのように感じられていたわけです。文字通りの意味です。視界ですので四角の画面ではなくて横に広い楕円というのは昔と変わらないですけどね。

ですが、ここにきて、その映画のように美しい視界はそのままに、遠近感も出てきたように思います。

これ、目の使い方と脳の使い方の切り替えですね。

映画のワンシーンのように美しく静止画を見る視界モードと、その状態のまま自分が動いた時に遠近感を感じるモードとがあって、完全にオンオフではないのでそのモードの割合によって遠近感が出ますね。

少し前までは遠近感を感じるモードにすると静止画モードがかなり弱くなってしまっていましたが、今は、遠近感を感じるモードでも静止画モードがそれなりに動いています。

そのように、遠近感を感じるモードと静止画を感じるモードが共存できるようになったというのが最近の変化のような気が致します。

少し前までは単に静止画としてスローモーションで認識されたわけで、それは点が連続しているような認識でした。しかし、今はその点が線として認識できるようになったのが違いと言えます。

少し前までは日常生活の景色を静止画として楽しんでいたわけですけれども、ここにきて、動画として楽しめるようになった感じです。少し前まではスローモーションで静止画として各コマの景色を楽しんでいたのに対し、最近は、その感覚を残したまま動画として楽しめます。ちゃんと景色を見たい時は静止画モードで切り取って見ますし、動きを楽しみたい時は動きのある遠近感モードで認識するわけです。

このように日常生活の景色を認識すると、映画とかテレビとかよりも現実が断然面白く感じられます。遠くに行かなくても日常生活が楽しめます。何の変哲もない自分の部屋であっても景色が美しくてその動きも全て含めて神の所業のように輝いて見えるわけです。