成仏するのと似た境地のシャルドル

2020-09-15
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

先日の続きです。シャルドルで雑念がどんどんと断ち切られる境地は、成仏するのと似た境地であるように思われます。

私のグループソウルの過去生を辿りますと、何世代か前に成仏してグループソウルに合流致しました。死ぬとあの世に行くわけですけど、そこで友人知人の霊および元の家族の霊たちと合流します。

成仏の前に生きた人生ではとある上場会社の社長をしており、かなり満足の行く人生でした。

ですので、死後、その時の元妻だけでなく多くの縁のある過去生の妻達などとも合流し、「ああ、幸せ。幸せ。幸せ。満足・・・」と言う気持ちになり、天に昇って成仏したのです。いわゆる昇天ですね。

昇天をするとグループソウルに戻り、グループソウルと溶け合います。その辺りの説明は今まで何度かしてきましたし、これからも度々しようとは思いますけど、今回のお話はそこではなくて、昇天する時の満足する感覚です。

成仏して昇天する時の満足する感覚と、このシャルドルで雑念が消えてゆく感覚とがとても似ているわけです。

成仏して昇天するときは雑念がかなり減っており、それは必ずしもシャルドルのような観察する力を伴わないようにも思いますが、このシャルドルの状態ですと各種の葛藤やトラウマがあったとしても成仏して昇天するかのような感覚に導かれてゆくのです。

まだ完全に成仏とは言えないとしても、成仏の感覚にどんどんと近くなってゆくのを感じます。

ただ、そこには満足と熱感だけがあった。人によってはこの熱感を「光」と表現するかもしれませんが、単に熱と言った方がしっくりきます。

ゾーンの歓喜のような激しい浮き沈みはなく、ただただ満足する境地。それはまさに、私のグループソウルの過去生の記憶にある成仏した時の記憶ととてもよく似ているのです。

何故その記憶があるかと言うと、成仏してグループソウルに合流した後、残された妻たちのことが気になり、再度、グループソウルから分離したからです。私がいなくなると残された妻たちが困るかもしれない・・・ と思って、グループソウルから再離脱しました。その時、必ずしも以前と同じではなく、コアになっている部分は同じですけどグループソウルとある程度は混ざり合って、少し違った私となって分離しました。その時に分離した魂が私の今の人生の一つの系統の基になっているわけですけど、まあ、それは余談というもので、ここで言いたいのは、成仏して昇天する時の感覚がシャルドルの感覚にとても似ている、と言うことでした。