ほとんどの宗教やスピリチュアルのゴールは一緒

2020-11-22
トピックスピリチュアル

教義が違えばゴールは違うなんて言う方もいらっしゃいますけど、実際のところ、教義を受ける対象の人々の気質が違うから違うように見えているだけで、最終ゴールは一緒です。

確かに、教義そのもののゴールが悟りに達していない時もありますから、そのような意味においてはゴールは違うと言えばそうですけど、ここで言っているのは、悟りとしてのゴールは一緒ということです。

そもそも、ほとんどの教義でゴールは明確に示されておらず、かなり曖昧なことがほとんどです。

そのような状況で、ゴールは何かというと教義をしっかりと理解することではなく悟りであるわけですので、どちらにせよ教義で途中までしか説明されていないのだとしたら悟りが同一であると思うかどうかは後は信念の問題だけであると思います。

私が見たところでは、悟りというゴールを目的にしている宗教であればそのほとんどのゴールは一緒であるように思います。後は信念で同じだと信じるかどうかですね。私はゴールは一緒であるという信念がありますから、流派によってゴールが違うとは思わないわけです。

見た目はかなり違いますし、やり方も違うでしょう。しかしながら、ゴールとしての悟りは同じであるという部分は信念として持っているわけです。

自分で確かめた範囲としてはその信念に矛盾はなく、全てを確かめることはできませんから、あとは信念になるわけです。それはとりあえずは信じるということですけど、信じたからと言って矛盾が出てきたら現実が優先されるわけです。

宗教というと何であっても全部信じなくてはならないと思っている方がいらっしゃいますけど、現実が優先されると思っています。現実が優先されて、よくわからない部分が信念になって信じなくてはならない部分です。これは私だけが言っているわけではなく、元々の宗教も本来はそういうものだと思っています。自分がわからない部分が多ければ信じるしかないわけで、であれば信じる範囲が多かったりしますけど、それは割合だけのお話です。次第に自分のわかる範囲を広げてゆくという努力は継続されるわけです。それを修行と言ったりします。

色々な宗派を見ると全く違うように見えたりしますけど、信念として、ゴールとしての悟りは一緒だと思っています。

流派によって、相手はそう思ってないかもしれませんけど、これは勝手に私がそう思っているというお話です。