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人々が悟っていないのは学びのため

2020-12-13 00:00:00
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

悟っていると人生ゲームのルールまでもが透けて見えて学びの中に没頭できません。物事の本質が分からなくて、映画やゲームを見ているかのように俯瞰的なものになります。

時に人は悟りたいと願って、人生を映画やゲームのように客観的に眺めたい、平常心でいたい、みたいなことを言いますけど、実のところ、悟っていないというのはとても幸せな状態でもあるわけです。気が付いていないだけで。

悟りの状態を隠されてまるでこの人生が全てで抗いようがなくてちっぽけな人間でしかないと錯覚している状態であればこそ愚かなことも「仕方なし」にすることができて、人生ゲームのコマとして動くことができるわけです。

実のところ、この世界はそのように悟りを捨てて制限された世界で自分の興味のあることを追求するために作られたとも言えます。

ですから、基本ルールとしては「悟りを捨てて私は生きます」というのがコンセンサスなわけですけど、時々ずるい人がいて、「実は悟ってますけどそれは秘密だからね。みんなは私の奴隷になってね」みたいな人がいたりして、ゲームを混乱させていたりします。

それを置いておけば、基本的には悟りを捨てるのがルールなわけです。割と紳士のルールのようなものでそれを破ったからと言って罰則はありませんけど、宇宙には基本ルールがあって、惑星の生命の意思を尊重して外からは介入しない、ということになっていますので地球のルールは尊重されています。

ですけど、地球で作ったルールですから、地球の人々の意思の力によってルールの書き換えも可能なわけです。もうこの古いルールは飽きました! というのであればルールを変更すればいいだけです。それは意思の力によって可能なわけです。

悟っている人が多い世界では不可能な学びをこの地球上で行うことができていたわけです。それは割と他の遠い惑星においても不可能だったりするわけです。

誤解があるといけませんので補足しておきますと、このような「一時的に悟りを捨てるゲーム」をしているのは一部の系統の人たちだけです。地球には色々な魂の系統があって、その一部が今の地球の意識の状態に合わせてこのようなゲームに参加しています。

ですから、そもそも悟っていない魂はこのゲームとは無関係です。

もともと悟っていて、悟りを一時的に捨てることで学ぶことがあると判断した魂がこの茶番のゲームに参加しているわけですね。周囲から眺めている宇宙人は茶番を見て面白がっていると思いますけど、まあ、それがそもそもの目的なわけですから、茶番に参加すると決めたわけですから茶番を演じきればいいだけのお話なわけです。

あと、一旦初めたら途中でリセットできないようになっているのは、そうしなければズルをしてチートしてパラメータを自分でいじって簡単ゲームにしてしまうからなんですよね。ゲームであることを一旦忘れないと本気でゲームをプレイできないので一旦ゲームであることを忘れることにしたわけです。ですからこの世界は厳しいですけど、まあ、それも全ても自分が選んで生まれてきたことで、途中で辞められないというのも自分でわかってそのような制限がかかっているわけです。



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