トラウマがガラスの欠片あるいは銃弾の欠片のように胸の中に沈んでいることに以前から瞑想中に気がついておりましたが、なかなか取り出せずにいました。
大きな破片も元々いくつもあって、大きなものは取り出しやすかったりしたのですが、小さな破片が各所に眠っていて、体の周辺であればそれも取り出しやすいのですが胸の付近はなかなか取り出しにくい状況がありました。
どうやら、その破片は固定の場所に眠っているわけではなくて地球のマントルあるいは海の海流のように対流しており、時々、表面に浮かび上がってくるようなのです。
今回、たまたま気がついて、「あれっ。これ、(オーラの)指で掴めそうだぞ?」と思ったので試しにオーラの指で掴んでみたらうまく掴めて、取り出すことができました。
なんとまあ、こんな簡単なことだったのですね。奥にある時はしばらく様子を見ておいて、取り出しやすい時に取ればいいというお話だったようです。
確かに、人には調子の良し悪しがありますし、オーラというのは固定的なものではありませんので対流しているというのは納得なのですが、今まではそれほど気にしていなかったといいますか、対流していることにほとんど気が付きませんでした。今回、妙に表面に浮かんでいることに気がついて、このようにうまくいったのです。
取り出してみると、その気持ちがよく理解できて、どうやら、これは20年くらい前に台湾に旅行した時の記憶で、私がエネルギー不足だったときについふらふらとしてしまった行動が原因で相手からやめろと睨まれた時の記憶でした。これはどのようなレッスンだったかと言うと、どうやら、私が悪かったのだから相手にしっかりと謝ってもうしないと宣言する、という相手に対するレッスンと、もう1つは、エネルギー不足の時は意図しない行動をしてしまうときがあるのでエネルギーを高めて意識を常に保ちながら無意識の行動をしないようにすべき、というレッスンが含まれているようでした。
その破片がガラスのように詰まっていて、ハートのあたりで水漏れのようにエネルギーが小さく漏れていましたがその破片が取れたことによりエネルギーの漏れと小さな痛みのようなものがなくなってゆきました。
もともと小さなものではありましたが、微妙なエネルギーの漏れというのはポタポタと水が漏れるようなもので、全く漏れていない状態と比べるとちょっとだけ漏れている状態というのは妙に気持ちが悪いもので、水漏れが止まってよかったです。バケツや水槽の水が全く漏れないのと、時間が経つと下が少し湿っていてどこかはわからないけれどもどこかにヒビが入っているか穴がある、みたいな状態との違いです。この種のものは常時水漏れ、エネルギー漏れになりますので直しておくと良いと思いました。