スピリチュアルでオーラを繋げる危険性(同テーマ&時系列の前記事)

眉間に集中する瞑想から胸および体全体を意識する瞑想へ

2021-05-14
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

元々、基本は眉間に集中する瞑想をしておりましたが、胸のハートを意識しつつ体全体のオーラを整える瞑想へと変化してきました。

眉間と言っても後頭部の方が安定している時期があったり、眉間に文字通り集中する瞑想をしていた時期もあったりと色々ではありますけど、特に最近で言いますと眉間に集中する瞑想から胸のハートを意識する瞑想へと変わってきています。

胸の奥の創造・破壊・維持の意識が基本になって、その創造・破壊・維持の意識が眉間に流れ込み、やがては体全体を包むようになり、しばらくは今までの延長線上で眉間に集中してサハスララにオーラを通す瞑想などをしてきましたが、ここにきて、サハスララにそれほど興味がなくなってきた、というと語弊がありますが、サハスララよりも胸を意識して体全体を創造・破壊・維持の意識で包んでそのいわゆるオーラが肉体の周囲からそれほど離れないように意識するような瞑想に自然に変わってきました。

サハスララ自体は静寂の境地と繋がっていてそれが高次の意識と繋がっているといえばそうなのかなとは思いますが、それはあくまでも自分がいま生きているこの地上の次元とは少し異なっていて文字通り高次元のお話ですので、私が私として存在するのはあくまでもこの地上の世界であって、それはハートの奥底に眠っていた創造・破壊・維持の意識こそが私の根源であると思うのです。

創造・破壊・維持の意識はオーラと言えばそうですけど、昔と比べてオーラの質自体も変化したように思います。昔はオーラと言っても単にエネルギーの層のような薄いものでしたけど、創造・破壊・維持の意識が出てきてからは、オーラが単なるエネルギーの層というよりも創造・破壊・維持の意識を体現するものへと変化してきました。これは理解が変わったというだけでなく実際にオーラの質が変わったと理解しております。エネルギーの量自体も増加したように思います。

もともとクンダリーニが活性化し始めてから体がぽかぽかしてマニプラ優勢からアナハタ優勢へと変わってきましたが、創造・破壊・維持の意識はアナハタ優勢の時に胸の奥で感じていたエネルギーともまた異質のものです。

マニプラ優勢およびアナハタ優勢だった頃は今から思えば少し粗いエネルギーが激しく波打っている感じで、熱を発していました。この創造・破壊・維持の意識も熱感はありますけど、より上等の熱になったと言いますか、粗が減った熱と言いますか、素直な熱になっています。アナハタ優勢だった頃と比べると、静かな熱さの熱に変わってきています。

その、静かな熱である創造・破壊・維持の意識が胸から最初広がって頭および体全体を包むようになってきており、その体全体のオーラを意識して自らの体の周囲に安定させるような瞑想に最近は変わってきています。

こうしたからと言って特に静寂な境地になるとかそのような変化はなくて、静寂の境地は眉間や特にサハスララのエネルギーと関連していますのでこのような状態と組み合わせてサハスララにエネルギーが満ちれば静寂の境地にもなりますけどそれとこれは独立したお話で、ここでは体全体のオーラを意識すれば単に安定する、というくらいのものではありますけど、たったそれだけのことでありますけど、それが新たな世界での知覚を開かせる鍵かな、という気がしてきております。

霊視や霊聴というとアジナ・チャクラだとか松果体だとか脳下垂体とかのお話がよく出てきますけど、松果体はただ単に肉体に対応している器官がそれが相当するというだけのお話で、実際は、微細体としての働きは体全体のオーラで動くのだと思います。そこに肉体は関係ないですし、肉体の五感で認識するのならば対応する器官である松果体を使うということにもなるのでしょうけど、それ以前に、きちんとアストラルの体を制御して動かすことができなければどうしようもないわけで。

いわゆるアストラル体あるいは幽体みたいな次元で動くことと、アジナ・チャクラとか松果体とかは、それ自体は独立したお話なわけです。

アジナ・チャクラはアストラル体にあってそれに対応した肉体の器官が松果体だったりするわけですけど、松果体は肉体の階層で直感や霊感あるいは霊視を行うためのもので、アストラルの世界で幽体が動くというお話は松果体とは別のお話であるわけです。アストラル体がそれ自体で動くことはできて、それを五感で知覚するかどうかは別のお話なわけです。

一応は五感と言っていますけど松果体のお話は第六感みたいなところにはなりますけど、そうは言いましても肉体で認識していることに変わりはありません。

アストラルの世界で動く事ができるのかどうかは五感とは関係がありませんのでアジナ・チャクラとか松果体とかは直接は関係がなく、アストラルのお話は体全体のオーラが一体となって動くことができるかだけのお話になりますので、ハートを足がかりにして体全体のオーラを意識することがアストラル体としての活動になるのかなと思います。それが基本になって、五感あるいは六感で認識するためにアストラルとの橋渡しをする松果体とかがあるのかなと思うわけです。



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