昇天した時のお話

2021-11-10
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

前にも少し言及したと思いますが、昇天した時のお話をします。

私のあの世の住居には過去生の元妻が沢山いて仲良く暮らしているのですけど、ある時、優しい妻たちに囲まれて、とてつもなく幸せで、ただただ平穏で、満足して、充実の極みの状態であの世でしばらく微笑んで暖かい気持ちにずっと包まれていました。

そうすると、どれほど時間が経ったでしょうか。

もともとそのような満足の状態では私の体や周囲にいる元妻の体は輝いていて、体の周囲にうっすらと光を放っている状態でしたけど、ある時、更に私の体が激しく光り出したのです。

もともと人にはオーラというものがあって、少なからず輝いています。肉体をまとっていてもその周囲には必ずオーラの層があって、肉体の周囲というよりはオーラの方が本体でオーラの中に肉体があるような感じではありますけど、死後であっても、そのような、本体としての肉体に近いアストラル・ボディ(微細な体)があって、そのアストラルボディの周囲に白い輝くオーラがあるわけです。

ここでは死後のお話ですので、本体としてはアストラル・ボディで、その周囲に輝きがあって、光っていて、その輝きが一層、激しく光出したということです。

死後の世界というものは階層構造になっていて、まず、死後には幽体とも言われるアストラル・ボディになります。この状態では肉体は失われてはいますけど個というものはまだはっきりとあって、生きている時と実はそこまで変わらない世界でもあります。性別はもちろんありますし、肉体に近い形でアストラル・ボディが存在します。

この世界では自分の体も意思で自由に変えられますので、自分が理想とする年齢の美しい姿あるいは格好良い姿、あるいはその住んでいる集団で認識されやすい姿を選んで生活しています。時に、相手に思い出してもらうように姿を変えたり、お遊びで形を変えたりして楽しんだりすることもあります。

そのような、ある意味、地上よりももっと自由なアストラル界、あるいは幽界と言われている世界があって、その世界は地上のような制約がありませんので自分の意思によって自由に作られて、自由に生きることのできる世界になります。

地上の生活で観念に囚われていたりするとその制約が死後も続きますし、逆に、地上で自由な生活及び考え方をしていればあの世に行っても更に自由に暮らすことができます。

地上では財産や嫉妬など様々な制約があって一夫一婦制が現在は主流ですけど、あの世には数百年くらい生きている人やあるいはもっと古い人がいて、その時代、特に上の階級になればなるほど一夫多妻の社会で暮らしていた経験がありますので、そのような人にとってはあの世で一夫多妻で生活することに何ら違和感がないわけです。

そもそも、上の階層になればなるほど独占欲とかから無縁になっていきますから、そんな恋愛の奪い合いみたいなお話とは次第に無縁になっていくわけです。死後の世界であっても、地上で生きている間に嫉妬や奪い合いの愛に明け暮れていた人は、死後に制約がなくなって実際には何も奪われるものがなくなったとしても生きている時の観念がしばらくずっと続いて、死後の世界でも奪い合いの恋愛の茶番を繰り返すことになったりもします。仏教で言われているように、食い意地が張っている人は餓鬼の世界みたいな状態に落ち込んだりしますけど、それは誰かが縛り付けているわけではなくて、自分の観念がそのような世界を作り出しているだけなわけです。地獄に落ちるお話も同様で、そのような世界は自分で自分に限界を設けているだけなわけです。

そのような多彩なアストラル界(幽界)があって、その上に、コーザル界(原因の世界、カーラナ次元)があります。コーザルより上は複数階層になっていて、コーザル界と言っても一つではないのですけど、私が属しているグループソウルの場合は、グループソウルの起点となるのがいわゆるこのコーザル界に相当する世界になります。

コーザル界にはまだ人格があって、ある種、神に近い存在ではありますけどこの世全てを統べる創造神みたいなところまでは行かなくて、あくまでも人格を持った、神に近い、天使に近いとも言える存在として私のグループソウルは人格神に近い形で存在しています。

その、コーザル界のグループソウルに帰ることが「昇天」なわけです。

死後、しばらくアストラル界で生活していて、アストラル界の寿命が尽きる、というと語弊がありますけど、寿命が尽きて死ぬというよりは、満足して昇天してコーザル界のグループソウルに帰る、という方が正確なように思います。

そのように昇天するとき、(元々死後のアストラル界では最初から空中に浮いているわけですけれども)光に包まれると共に上空へと登ってゆき、そのまま光の中に消えていったように思います。

そのように昇天してグループソウルに帰るとアストラル界には何も残らなくて、妻たちが「あれ? 光に包まれて、上に登っていったけど、どこに行ってしまったの?」と、キョロキョロしているのが見えます。

私はグループソウルに帰った後、集合意識として、自分の経験をグループソウルの「全体」と共有するわけです。

ですけど、私の「コア」としての意識は集合意識の中にあって、そのコアの意識はグループソウルとは割と独立して、一部の「部分」としてはそれ単体で動くことができるわけです。そのような多くの「個」の集合としてのグループソウルがあるわけです。

そうしていると、アストラル界の妻たちが自分を探しているのが見えました。

程なくして、どのくらい経ったかわかりませんけど、もう一度、自分の明確な意思を持って、同じコアと、それとグループソウルの一部を引き連れながら再度、アストラルボディとして分離をしたのです。

そうして、一旦はグループソウルと合流して、コアは同じですのでどこか面影はあるものの、ある種、少し違った感じの私がアストラル・ボディを伴って、いわゆる「分霊」としてアストラル界に現れました。

この後、いくつかの地上への転生がありましたけどアストラル・ボディとしてはこれが今の私の系統になっていて、もちろんグループソウルとしては多様な人生があるのですけど、分霊になってからの転生はそれほど多くないわけです。それでも、グループソウルとしての人生及び記憶は多々ありますのでそれを含めると色々とわかるわけですけれども、最後に分霊を作ってからは割と短めなわけです。

個人的なことにはなりますが、この辺りの経緯は2つか3つくらいシナリオがあって、個人的には細かなところで腑に落ちていない部分がありますのでそこは今後の探求箇所にはなりますけど大まかにはこのような感じになっています。