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後頭部を経由してサハスララにまでエネルギーを上げる

2021-12-10
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

クンダリーニのエネルギーは頭頂までは割と直線的に上がります。マニプラのところで少しブロック(グランティ)がありますけどそれは一旦は超えてしまえば後は割と直線的に眉間のアジナ(サードアイ)までエネルギーが上がります。

それぞれ、胸の付近及び喉の部分にもブロック(ヨーガでいうグランティ、結び目)があって、通説ではムーラダーラにブラフマ・グランティ、マニプラとアナハタの間(あるいはアナハタの中)にヴィシュヌ・グランティ、そしてアジナにルドラ・グランティ(あるいはシバ・グランティ、シバの結び目)があります。

今まで超えてきたムーラダーラのブラフマ・グランティ及びヴィシュヌ・グランティは一旦超えてしまえば割とその後はエネルギーが通った状態になる感じでしたけど、アジナのルドラ・グランティは超えたような超えていないような、微妙な状態が続いていました。

時折、サハスララにまでエネルギーが通る感じの時もありましたけど割とエネルギーがサハスララからなくなっている時もあって、瞑想の度に割としっかりと時間をかけてサハスララにまでエネルギーを上げる必要がありました。

私の場合、普通にクンダリーニのエネルギーを上昇させるとアジナのところで一旦は壁のようなものに突き当たって、サハスララにまでそのまま直上しないのです。

そして、時間をかけてアジナにずっと意識を合わせて瞑想をしていると不意にエネルギーがサハスララに通って静寂の境地になって光が見える感じになって、そうなるとサマーディ状態が強化されて日常生活にまで意識が浸透して生活できるようになっていました。

それはそれで十分で、それだけでも瞑想の効果としては十分ではあるのですけど、アジナにクンダリーニが満ちた時の圧迫感とサハスララにまでエネルギーが上がるのに時間がかかるのが一応の課題になっていて、どうにかならないかな、と思っておりました。

瞑想の基本は眉間に集中することで、意識を眉間のアジナに合わせてクンダリーニを集めるということが基本ではあるのですけど、エネルギーが眉間の周囲に集まった時にそれ以上エネルギーがどこにも動けなくて圧迫感と共に少し不安定な感じになる時があるのが課題になっていたのです。

その状態であっても時間をかけてずっと眉間に意識を合わせる瞑想を続けていれば不意にサハスララにエネルギーが抜けてリラックスが深まり、無意識で緊張していた部分が更に解けるわけですけれども、その、不意にエネルギーが抜けるまでの時間がなかなか読み辛くて、いつも不意に起こるので、時に1時間、あるいは2時間ほどずっと瞑想を続けてサハスララにエネルギーが満ちれば良いですけど、日によっては2時間でも足りない時もありました。

この辺りをどうにかできないかな、と思っていたのですけど、その解決の鍵になる気付きが最近ありました。

そもそもこの知識そのものは以前から知っていて、実際、色々なところで目にしていて、例えば神聖幾何学フラワー・オブ・ライフを研究しているドランヴァロ・メルキゼデクによるとアジナとサハスララの間は統合されたチャクラと「半歩」(グランティ相当)で結ばれているとのことですけど、他の流派でも眉間から後頭部を通ってからサハスララに上げるみたいなことはよく言われています。

ハタヨガ・プラピディカにも確か似たようなことが書かれてあったような気が致しますし、クリヤ・ヨーガの理論やタントラ系のヨーガでも同様のことが言われていると聞いたことがあります。スピリチュアルでも同じようなことを言っている方は割と多い気が致します。

ですから、アジナからサハスララへのルートは後頭部経由で、アジナから後頭部を経由してからサハスララ、ということは割と有名で、以前から知ってはいたのですけど、実際のところ、それほどピンときてはいませんでした。

それよりも、単に眉間に集中してサハスララにオーラが満ちるのを待つような瞑想を行なっていました。

ですけど、今回、ふとしたことでピンときて、単に後頭部を経由するのではなくて、むしろ、喉のヴィシュッダ・チャクラを経由すれば後頭部を通ってサハスララにエネルギーがすぐに上がることに気がついたのです。

これは、今まで似たようなことをしていても同様にはならなかったので、私の中での状態が変化したことも関係しているかもしれません。確か以前から似たようなことを何度も試しているような気がするのですけど、そうはうまくいっていなかったような気が致します。

ルートとしては、喉から直接上げるというよりは、眉間及び眉間より少し奥のところにエネルギーが集まった状態から喉のヴィシュッダを経由して後頭部を通り、頭頂のサハスララに抜ける、というルートで、一番近いのがフラワー・オブ・ライフに乗っている図ですけど、この図を見るだけですと単に壁があるというくらいですけど、それよりもガッツリと喉のヴィシュッダの方を経由している感じです。

(図は「フラワー・オブ・ライフ 第2巻(ドランヴァロ・メルキゼデク著)」より)

この半歩はスピリットの準備が整い、新しい世界での位置を達成した時にはじめて存在が明らかになるのです。肉体の中に宿るスピリットには、この半歩は隠されて識別しにくくなっており、その時にならないとわからないのです。 (同書より)

喉のヴィシュッダはアナハタからアジナにエネルギーが上がるためのルートにもなっていますけど、割と同じところがそのアジナに行くルートと、頭の真ん中の松果体かそのあたりから少しヴィシュッダの方を経由して後頭部を通ってサハスララに抜けるルートと、その両方で使われているか、あるいは近いように感じられるだけで実際は別々なのかもしれません。

感覚的にはどちらもヴィシュッダのように感じられて、図のように半歩を経由するというよりは、7番から喉のヴィシュッダを経由して後頭部、そして頭頂、というルートが感覚に近いです。

ですから、ハタヨガやクリヤ・ヨーガあるいはその他のスピリチュアルで言われているように眉間から直線的に後頭部に行く、というのは少なくとも私の場合には当てはまらなくて、それを何度も試してみてもうまくいかなくて、それよりも、この「半歩」よりガッツリとヴィシュッダに近い方を経由するルートになっているようです。

例えば神智学系のグレート・ホワイト・ブラザーフッド(白色大同胞団)では「眉間から斜め後方に直線的なルートを通って、後頭部を上昇してサハスララにルートを通す」みたいに伝えられていたように思います。以前はそのようなことを聞いてもそれっぽく感じられただけで今ほどはっきりとした実感はなかったわけですけれども、確かに今となってみればこれはそのように「斜め後ろに」という事もできて、そういう言い方も間違いではなくてかなり実態に合ってはいるのですけど、それよりは、フラワー・オブ・ライフ的な「半歩」の方が実態に近いような気が致します。フラワー・オブ・ライフの図では最初は眉間から中央まで直線的ですけど、確かに、眉間やその奥のアジナの本体である松果体などの近くにまずは集中することが必要で、それによって最初はヴィシュッダからそのままエネルギーがアジナまで上昇して、その後、「半歩」を超えて少しヴィシュッダの方を迂回してから後頭部を通り、サハスララに至る、というのが実態に近い気が致します。

これは微細なお話ですから人によって違うのかもしれませんけど、私の場合、この「半歩」の迂回が図にあるより割と大きかったように思います。私の場合はガッツリとヴィシュッダの近くを迂回しているように思います。

この微妙な違いが割と大きくて、直線的にエネルギーをサハスララに上げようとしてもほとんど上がらなくて、眉間から一直線に後頭部に通そうとしてもうまく通らなくて、この、ちょっと下の方を経由する、というところがポイントのようです。

実際のところこのフラワー・オブ・ライフの図は何度も見ていて、「半歩」も知識としては知ってはいたのですけど腑に落ちていなかったわけです。どうやら、ハタヨガなどの直線的ルートより私はこちらのフラワー・オブ・ライフの半歩の方が実態に近いようで、ここ最近の大きな発見だったように思います。

これによって瞑想にかかる時間が短縮されて、今まではサハスララにオーラが満ちるのを待つために数時間とか費やす時もあったわけですけれども、割とコツ的なものでサハスララにまでエネルギーを通せるようになったような気が致します。それでもアジナにまでエネルギーが満ちる時間は必要ですけど、その後のステップは早くなったように思います。

エネルギーが上がるようになっただけでなく、アジナや頭の真ん中あたりにエネルギーが溜まりすぎて圧迫感のようなものが感じられる時もありましたので、その解消のために長く瞑想をしてサハスララにエネルギーが抜けるのを待つ必要が減って意図的にサハスララにまでエネルギーを通せるようになりましたので、ただ単にエネルギーが上がったということ以上に、エネルギーの安定性の面でも重要な変化だったように思います。

ただ、まだそこまでこなれていないのか、日によって、うまくすんなりと上がる場合と、そうでもない日があります。これから更に様子を見ていきたいと思います。



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