基本的には割と感謝の気持ちで生きられるようになっても、1日あるいはもっと長い時間軸で見てみれば、ふとしたことで惨めな自分に戻る時間というものはあるものです。
その、惨めな時間というのは昔ながらの批判的なネガティブが出てくる時間帯というものでありますけど、特に決まった時間があるというわけではなく、ふとしたことで出てくる種類のもののようです。
そのような時はなるべくそれに気がついて、時間が取れるようであれば瞑想をするなどし、エネルギーを活性化させることでネガティブが消え、ポジティブと感謝の気持ちで生きられるようになります。
そのようなネガティブな惨めな時間というものは誰しもがおそらくはあるもので、それは、そんなものだとして、あまりくよくよせずに、そんなものだとして、あまり気にしないのが良いかと思います。
言葉で言うと一応は「受け入れる」と言えなくもないですけど言葉でそう言ってしまうと重々しくなってしまいますのでわざわざ言う必要はなくて、あまり気にしないというくらいで十分で、理想としてはそんな時間帯がない方がいいのはそうであると思いますので、その時間帯を受け入れるというよりは、そんな惨めな時間があったとしても、そんなものだ、として、気にしないでいれば割とすぐにポジティブな感謝の状態に戻ることができるように思います。
このあたりは慣れのようなものもありますし、一人であれば単にあまり気にせず暮らせばいいだけですけど、二人以上で暮らしている場合はお互いの理解が必要で、一緒に暮らしている人にそんなことがあっても、「まあ、そんなものだ」として気にせずいればそのうちまたポジティブで感謝の状態に戻るわけで、その時間帯の割合というのは人によってそれぞれですけど、それなりにポジティブと感謝で生きられる人であれば、そうでない時間帯があったとしても、あまり気にする必要はないと思います。
パートナーがいる場合は、お互いに、そういう時間帯があるものだと理解して、惨めな時間帯に戻っているパートナーがいたとしたら話しかけて元気にしてあげるとか、話しかけて気を紛らわしてポジティブな状態に戻してあげるだとか、少しすれば戻るような人であるならばあまり気にせず放っておくとか、そのあたりは、状況に応じていくらでもやりようがあるかと思います。
一方で、あまりこの辺りの理解がなくて、あまりにも完璧主義で、1日の間でちょっとでも惨めな時間帯があったらそのことをことさら取り上げて「あの人には、こんな酷い一面がある」などと考えて友人に相談したりあるいはそのことで喧嘩して「直して」とか訴えかけたり、あるいはそのことが理由でフラストレーションが溜まって離婚みたいなお話になったりするかもしれませんけど、そもそも、完璧な人なんていないのですから、相手に完璧を求めるよりは、自分があまり気にしないのがストレスなく暮らせる秘訣だと思います。
誰しもが1日の中で惨めな時間に戻る期間というものがあって、あまりにもその時間帯が長いとそもそも付き合ったり結婚したりということには至らないと思いますけど、それなりに良いと思ったから一緒にいるわけで、そうであれば、パートナーの惨めな時間帯があったとしても「そんなものだ」と受け入れて、積極的に関与してポジティブに戻してあげるか、あるいは、あまり気にせずスルーして見て見ぬふりをしてポジティブに待つくらいがいいと思います。
私が仲良くなる人は割と元気な人が多くて、惨めな時間帯に対する理解もあって、惨めな瞬間があったらすかさず笑顔で話しかけてきてポジティブにしようとしてくる積極的な人が多い、というか、そういう人と割とよく仲良くなるので、一人でいる時はともかく、他の人といるときはそこまで惨めな時間というのはないのですけど、それでも、一人でいるとそういう時間帯があって、そんな時間帯があったとしても、そんなものですので、あまり気にすることはないと思いますし、誰かといれば楽しく暮らせばあまりそんなこともないですし、一人でいたとしても対処法としては瞑想などをすればいいわけで、それほど問題にはならないように思います。
まあ、基本は、あまり気にしない、というところかと思います。