
諸説ありますけど、神智学のC・W・ルードビーターは眉間をアジナとしていますね。図は同著者「チャクラ」より引用しました。
今までも眉間(あるいは鼻の上の方)に集中するという瞑想を基本としてやってきたわけですけど、その時、眉間には普通にエネルギーが溜まってはいましたし頭の中もそれなりにエネルギーが満ちた状態にはなっていたわけですけど、意外に、前頭葉というのは死角になっていたといいますか、それでも前頭葉に多少のエネルギーが入ってはいたように思えていましたから、前頭葉に関しては、こんなものかな、と思っておりました。
ですけど、不意にせきを切ったようにエネルギーが前頭葉に満ち始めて、今まではそこまで前頭葉にエネルギーが満ちていなかったのかな、という気がしてまいりました。
実際のところ、エネルギーの強さ、充満度というのは程度問題ですのできっともっとエネルギーが強くなるということもあるとすれば、ゼロイチのお話ではないようにも思います。
であれば、これは単なる一段階としてそこまで気にすることではないようにも思いつつも、記録として残しておきます。
今までは、後頭部くらいまでは割といつもエネルギーが満ちていて、一方で、頭頂のサハスララはそこまで安定していないものの割と普段から鬼太郎の妖怪アンテナみたいにエネルギーがある状態でした。サハスララのエネルギーが下がってきたとしても、最近は瞑想をすれば割とすぐに数分とか5分とか、調子が特に悪い日でも30分とか1時間とか瞑想をすればサハスララにエネルギーが満ちて妖怪アンテナ状態になっていました。
ですけど、思えば、それは後頭部からサハスララまでのことで、前頭葉は割とノーマークだったように思います。
エネルギーのルートとしても後頭部のいわゆる半歩を経由して頭頂のサハスララから上に伸びるというのが基本でありますから、前頭葉というのはあまり意識していなかったのです。ですけど、不意に前頭葉にもエネルギーが満ちることで、今まであまり意識してこなかった前頭葉というものが何か意味及び違いがあるのではないか、とちょっと気になりつつあります。
ルート的に、上図のようなリードビーターの示したルートよりもフラワー・オブ・ライフにあるように(半歩を超える前のアジナという解釈ではなく)半歩を経由した後にサハスララの更に延長線上に眉間まで伸びてアジナ、という方がしっくりきます。神智学とフラワー・オブ・ライフのどちらの解釈にもそれぞれ真実があるように思いました。