男は、自分が彼女や妻を第一に好き、と言う態度をきちんと表明すべき

2023-05-10 記
トピック:スピリチュアル: 回想録

何度もパラレルで確かめた挙句、このような結論に辿り着きました。ですから、男としては、「男(自分)が好きだから、女性にいてほしい」という態度でいるべきであって、逆に「女の子の方が、自分(男)を好いてくれているのでしょう?」みたいに「女性が好きだから、男がいてあげる」的な発言や態度をすべきではないのです。

実態としてもその通りですし、「(愛の)確かめ」としてもそのような言動や行動をすべきではないのです。基本的に女性は「男が求めているから、いてあげる」という態度が基本で、結婚となりますと男性の経済的な部分を頼りにしますから、男としてはそれを嘆くべきではなく、男としては、女性の愛を確かめようとして女性の財布を(たまにでも)頼るべきではなく、お金はすべて男性が出すべきなわけです。好きであれば当然な態度であって、女性に近くにいてもらえるなら男がそうして当然という立場でいるべきかと思います。

実のところ、この辺りの確証がつかなくて、パラレルで何度か確かめました。

例えば、お金がない状態で付き合ったらどうなるか、とか、お金があってもないふりをしてみたらどうなるか、みたいなことをパラレルでいくつかのシナリオでT大生の子とか、その子の友人とかで試したわけですが、どちらの場合も、お金があまりないという前提だと、最初は良くても、そのうち不満が溜まってきてイライラになったり他の男に移られてしまっていました。

例えば、上に書いた、T大生の友人とまず付き合ってみたパターンの場合は、おそらく女性というのはある程度はサイキックでパラレルの記憶も持っていますから、付き合う時点では(そのパラレルの)私がお金持ちか何かストックオプションでお金を得た記憶が(その子に)あったらしくて、それ目当てで付き合ったのにも関わらず実際にはそうらなかったので(私が)捨てられて、数年後に、官僚の旦那を見つけて私は捨てられた、と言うパターン。基本的にはいい子だったわけですけど、そうであっても、お金がそれなりにないと嫌なようです。

はたまた、T大生の子とは、私があまりお金がなければそもそも興味がなくて付き合ってもらえなかった、というパターン、あるいは、他のパラレルでは、T大生の子とそれなりにうまくいっていたかに見えても(私が)お金がない風にしていたらイライラしてきてキレるようになった、というパターン。

こうして、「(私に)お金がないパターン」は全滅した結果、上のように、女性に「お金がなくても愛があれば」みたいな幻想・ロマンを感じるのは辞めました。

ロマンはなくなっても、お金がありさえすればとても良い女性が近くにいてくれるわけですから、それで十分なわけです。それが現実です。

こうして分かったのは、結局、女性というものは大体は男性のお金で幸せを感じるわけですから、男性の側からすると「お金なしの純粋な愛」とかいうロマンを求めがちですけど女性は現実的ですから、男性のロマンに女性を付き合わせる必要はなくて、女性にはお金を与えれば良いわけです。それが悪いという風潮が世間で宣伝されていますけど、そのような宣伝こそ社会を混乱させるためのデマであって、そのようなデマに惑わされずに、家族なのだからお金は共有すればいいわけです。

身も蓋もないお話になってしまいますけど、「お金なしの純粋な愛」なんて子供の頃だけ成り立つもので、大人になったらそれは無理、という、ごく当たり前のお話なわけです。大人の場合は「ある程度のお金に支えられた純愛」なわけです。(お金目当てだけの場合は論外です)

パラレルをいくつも見て、それと、うまく行った(グループソウル経由の)過去生(もどき)の繋がりの過去妻たちの人生を見ても、基本的には男が裕福であるべきで、そうであるからこそ、女性はお金に苦労せずして幸せに生きれるわけです。私の周囲にいてくれる過去生(もどき)の繋がりの過去妻たちは、あの世のスピリット(霊)の状態ではもちろんお金は必要ありませんから、地上でずっとお金に苦労せずして生きられた過去妻たちは、死後も、文字通り、損得なしに助けてくれます。死んであの世でスピリット(霊)の状態になればお金なしの純愛になりますけど、生きている以上はお金が必要ですから、であれば、お金は妻に自由に使ってもらえばよくて、「お金がなくても」なんていうのは、気持ちだけのお話ですから、本当にお金がないと困ってしまう、という、当たり前のお話なわけです。地上に生きていてもお金に不自由しなければ純愛になりますし、死後はお金が不要になりますから純愛だけが残ります。

生きている間はお金が必要ですから、妻にはお金を必要なだけ不自由なく使ってもらう、というのが良いわけです。

そのように、様々なことを確かめた結果、私が裕福になる前に本命のT大生の子と再開してもうまくいかなくて破綻するだけ、ということのようですので、それまでは、ちょっとした距離を取って車道の反対側とかの近距離で1年に1度くらいニアミスを繰り返しつつ顔を見せ、忘れられないようにしつつ、実際に再開するのはしばらく先延ばしにしておくのが最善策、ということのようです。

それ以前の時期に再開してもうまくいかない、ということは何度か試して出した結論ですから、推論というよりは、実際にやってみた結果そうだったということで、もしかしたら何度もまたチャレンジすればうまくいくパターンもあるのかもしれないですが、高次のスピリットの判断としては、中年期に再開することで良い、としたようです。

それが人生の計画の上で最善ということであれば、今すぐにあの子との再開を目指す必要はなくて、時期が来たら自然と再開するようですから、それまでは自分が今やるべきことを精一杯やれば良いようです。