当時、もはや、自殺とか死ぬとかいう気力すらなくて、ただぼうっと意識がぼやけていたのです。自殺とか言うのは相当の気力が必要と思うのですけど、一瞬自殺を思い立っても次の瞬間には違う雑念がわらわらと出てきて混乱しているので、自殺というところにすら行き着かないのです。ただただ混乱していて、もはや、何も集中してできない状態になっていました。母に対して愛情を感じてはいましたけど、何かしようとすれば父親から馬鹿にされ、父親からは時々殴られ、母親からも今で言うところのモラハラを受けて時折叩かれたりして「ダメな子」扱いされて罵られたりしてきました。母からは何故か「この子は大学に行って、お金を沢山稼いでお母さんにお小遣いくれんだから大切にしなきゃ」ということを何度も何度も目の前で言われていて、今から思えばこの母のモチベーションは気持ち悪いのですし、それを心の中で思うのならばともかく本人の目の前で何度も何度も言うのは変な母だと思うわけですけど、とにかく、母親が私を可愛がるモチベーションというのはそこだったようです。世間で他の人と話をすると、そんな母親は聞いたことがない、と言うのです。まあ、心の中でそう言うことを思っている人はいるでしょうけど・・・。愛情はそれだけではないとは思いますけど、モチベーションがあまりにも現世利益すぎます。幼い頃、長らくそうした家族の中にいると、いつの間にか、愛情と怒鳴られる・叩かれる、そして、「与える」、ということが結びついてしまうようになり、その後、女性から厳しくされないと愛情のように感じられないような、女性から命令されて縛られないと愛情と感じないような、女性にうまく利用されていることに喜びを感じてしまうような、女性から求められたらなんでも与えないといけないような、何か与えて女性が喜ぶことがモチベーションになるような、貢ぐ君のように利用されているのがわかっているのにも関わらず与える行為に喜びを感じるような、報われないのに女性に尽くそうとしてしまう状況で(報われる状況よりも)報われない状況の方にむしろ喜びを感じるようになってしまったり、私が尽くすときに、心の半分で報われたいと思いつつも心の奥で「私の気持ちを拒否して虐げてほしい」と思うような、気持ちを受け入れてほしいと思いつつも拒否して欲しいと同時に思うような歪んだモチベーションがあることを隠しながら尽くそうとしている心の闇に敏感に気付かれて本当に良い女性に引かれたり、ストレートに気持ちを表現できない、ストレートに人を愛せない、歪んだメンタルを育ててしまったと言えます。(そうは言いつつも、言うほど沢山実際に尽くしていたわけではないですが)その後、本当に良い子が現れてもその束縛ゆえにまともな恋愛が難しく、逆に、束縛してくるような変な女にばかり惹かれて、その束縛から逃れるには上京してから長い年月を要しました。どう考えても良い子が目の前にいるのに体が何故か反応しなくて一定以上惹きつけられず、体の反応はというと変なモラハラのメンヘラ女やS女あるいは搾取女にばかり惹きつけられてしまうのです。この生理的反応にはしばらく悩みました。どうして、時々目の前に現れるような素晴らしい子のことを好きになれずに、変な子にばかり惹かれるのだろう、と長らく思っていたのです。それに、本当に素晴らしい女性は私などが近くにいると不幸に巻き込んでしまうでしょうから、素晴らしい女性は他の良い男を見つけて幸せになって欲しい、とも思っていました。自己肯定感がとても低かったわけです。本当に良い女性に対しては少し好きになりつつあったとしても行動にはブレーキがかかっていました。ちなみに、高次のガイドの解説によれば、報われないというようなショックを与えなければハートが開かないほどにハートが閉じていたのでそのように願っていたという面もあった、とのこと。元々の歪みの原因それ自体に加え、違う理由で報われない状況を望んでいたので歪みが強化されていた、ということでした。
田舎で私を蔑んでいたのと同種の人間も世の中にぼちぼちいて、上京後、特に私のことを知るわけでもなく初見だったり大した知り合いでもないのに私の顔を見るやいなや「あっ、こいつ! 見つけたぞ! やったぜ! 都合の良いカモ発見!」と言う表情をしてすぐにゲラゲラ笑って見下すような態度を取ってくる人がそれなりにいて、同種の人間はそこら中にいるのだなと思いました。それでも、流石に、大学卒業して働き出す頃までには「これはおかしい」と気付き始めて少しずつ抵抗を始めるのですけど、抵抗をすると今度は逆に、抵抗している私が悪いかの如く言い出す親戚などがいて、私が親戚から笑われて不機嫌にしていると、ニヤニヤと見下し笑いをしながら「お前は四面楚歌だ。周りを見てみろ。お前の態度は何だ。お前は敵だらけだ」(これは本当にそう言われたことです)とか小馬鹿にしてくるのですけど、どう考えても私は何もしていなくて、私はかつて周囲の親戚や父そして兄の誹謗中傷のゲラゲラ笑いを以前は大人しく受け入れていたわけですけど、それに抵抗して不機嫌な態度を取るだけで私が悪いかのように堂々と言ってくるような親戚付き合いだったわけです。私が大人しく笑われていた昔の状況に戻って猫か犬のようにバカのような振る舞いをしていろ、とでもいうのでしょうか。昔のように大人しくしていないから、という理由で親戚は見下して接してくるわけです。大学に入って上京した頃からその関係性が少しずつ変わって、たまに実家や親戚に帰ったときにそのような理由のない誹謗中傷を甘んじて受けずに「(わずかながらでも)イラついて」少しずつでも抵抗していることに対して「お前は四面楚歌だ」とか親戚は言ってきているわけですから、どう考えても、理由のない誹謗中傷を繰り返す親戚や兄や父が悪いわけです。親戚の中では私が悪いことにさせられて、四面楚歌だと言われ、親戚や父や兄からは「お前(私)がおかしい」、という扱いをずっとされてきて、時には面と向かってそう文字通り「(お前は)おかしい」と言われてきたわけです。どう考えても、私は何もしていないのに、何故か、私をゲラゲラ笑ってくる人がそこら中にいて、そのような変な環境に長くいるとついついそれが当たり前かのように思うようになってしまい、よくわからないけど皆がそういうのならばそうなのかな、と思って思考停止して当時は受け入れてしまっていました。
そのような変なメンタルは高校卒業して住居を離れることで少しずつ回復していきますけど、それでも、しばらくは、特に父や兄、そして親戚および同様にモラハラしてくる人に対して抵抗することが不可能な状態で、おとなしく他人に従って中傷を受け入れるかの如く「にこやかに」しているしかなく、今から思えば、完全に当時は精神的に飼い慣らされていたといえます。抵抗することすらできなくて、そもそも、抵抗する気力も出ずに、ただ、(全く根拠のない)父や兄、そして親戚からの誹謗中傷と見下されることを甘んじて受けていた若い頃がありました。このような状況では本来のハートの愛もうまく感じられず、はたまた、メンタルが崩壊しているので勉強もうまくできない、という状態だったと言えます。
母は、ことあるごとに私に田舎の土地を買わせようとしたり私からの仕送りが欲しいことをほのめかして出費させようと画策してきましたけどのらりくらりとかわしていましたらそのうちイライラしてきたらしく、更には鬱のようになって、私に電話をした時の母の鬱のメンヘラオーラが「ぐわっ!」と私の上に乗ってくるようになり、私は毎回の如く数日寝込むか、あるいは、学校や会社に行っても数日間は頭痛がして頭がクラクラして朦朧として意識が遠のきそうになる状態が続くようになり、学業にせよ仕事にせよ母が足を引っ張りました。とにかく、母の強力なメンヘラパワーの威力を毎回の如く思い知りました。毎回、母がネチネチとお金がないだとか土地が欲しいだとか執拗にメンヘラパワー炸裂で私を困らせたとしても、私は流石に電話の向こうですからのらりくらりとかわしていたわけですけど、そうしているうちに、更にどんどんと母の鬱とメンヘラがますます強固にエスカレートしていって、やがては面倒になって私は「うるさい! もうかけてくるな!」と言って、しばらくはメールだけのやり取りにしましたら、それはそれで田舎ではメンヘラが加速したらしいのですけど、割と自業自得であります・・・。もう、ああいう母にはつける薬がないのです。きっと私に期待しているのがいけないのでしょうから、当時はそこまで自覚はなかったのですけど、今から思えば、あえて色々と失敗したり失望させたりして母の期待を削ぐことをしていたように思います。例えば高校にしても大して勉強もしなかったですし、大学も行く気がほとんどない状態で、世間はIT革命と言われているのに大学の意味のない勉強を強制させられてバイトも親に禁止され、どうせなら大学をやめてITベンチャーにでも就職してしまった方がストックオプションも貰えて今頃大金持ちだったかもしれないと今では思うのですが、そのようなことをほのめかすものなら母から烈火の如く怒り狂ったメンヘラパワーで「一体、何を考えてるの!!!!」というブチギレと共に逆らうことのできない状態になって、本当のことを言うこともできない心理状態になって、母が回答として「何言ってるの」と呆れるであろう答えをなんとなく作り出して馬鹿っぽく「これこれがしたい」と考えなしのように振る舞うことで母の機嫌をなだめ、案の定、母からは「そんなことしてどうするの!」と想定通り呆れられて「母の言うとおりにしておきなさい」と言うことになったのですけど、そもそも、本心を打ち明けられるほど母は私に信用されていないので、本当に何がしたいのかすら母には言えない状況だったのです。本当のことを言って母から否定されたら本当に精神が崩壊して高校時代のように精神崩壊してしまうかも知れませんでしたので、母に本当のことは言えず、とりあえずの、馬鹿っぽいそこらにある回答をとりあえずしてお茶を逃がし、いつものように「ほらみろ、アホな息子は母に従っておけば良いの」と言う型通りのパターンにあえてはめることで母の機嫌をなだめたのでした。
そして、せっかくのチャンスをいくつも逃し、結局、私は悶々としてつまらない大学になんとなく通って、なんの変哲もない就職をするに至ったのでした。大学の当時はITバブルで、その頃にしては珍しかったストックオプションをもらってWeb系のバイトに就いていたこともあるのですけど、その筋でもう少し積極的になっていれば違った人生になっていたと今なら思うのです。無理解で束縛する母のおかげでチャンスを逃したのですけど、母にそんなこと説明しても昔ながらの価値観に縛られているメンヘラに何を言っても無駄ですし、私も当時はそこまではっきりと状況をわかっていたわけではありませんでしたので確信を持って決断できませんでしたので、まあ、私は私なりに分相応だったのかなと思います。せっかく、母が望むように私がお金持ちになれるチャンスを母が自らの束縛によって逃したのですから、自業自得とも言えます。その後しばらく経ってこの種のことをチラッとほのめかしたことがありますけど、どのくらい母が理解しているか不明ですけど。私と母の信頼関係なんてその程度のものですけど、一方、母の方からすると私のことをよく知っているつもりのようですが、メンヘラの束縛の母の子供への理解なんて実際はその程度だと思います。
ちなみに、今では、結局、母は私にあまりお金をもらえなかったことで幻滅しつつも半ば諦めているようで、今は症状としては並程度のメンヘラ母になっていて、以前ほどの問題にはなっておらず、割と普通の関係になっているのですが、当時はこんな感じで問題が大きかったのです。愛は基本に家族愛など身近なところが基本になっていて、家族や親戚の愛が歪んでいるとその後ずっと問題が生じるように思うのです。最近に至っても時々強度のメンヘラになっていて、もうめんどくさいので「ハイハイ」と言って電話を切っても母はそれに慣れたのかそこまで問題になることはなくなりましたけど、昔は、メンヘラに対して私が長々と付き合わないと次が大変でメンヘラが倍増していて大変だったのです。今は割と回復してきましたけど、おそらく死ぬまで治らないでしょうね。
母に限らず、私は他人から色々言われていましたけど、話は簡単で、他人が自分の思い通りに動くのが当然と思っているような人がこの世にはそれなりにいて、本人が思っているように誰かが動かないと「おかしい」と思うような種類の人なわけです。ただそれだけのお話で、そのような人の考え方の方がおかしいのです。この種類の人は自身の考えを堂々と主張してきますので、ついつい受け入れそうになってしまいますけど、そこは気をつけて、相手がこの種類の人であれば、そのようなおかしな人の意見なんてどうでも良いので、おかしな他人の意見なんてスルーすれば良かったわけです。例えば、据え膳食わぬは男の恥なんて言葉がありますけど私に好意を持ってくれている女を気付かずスルーしたとして、その子を片思いしている他人から「お前は(あの子の気持ちに答えないなんて)おかしい(俺だったら受け入れるぞ)」と言われたりしますけど、私からしたら、そんなの知ったことではないわけです。その人にとっては据え膳を食うのが当然かもしれないですけど、実のところ私は鈍感でその時そもそも気づいてもいませんでしたし、今更そう言われても「え?」と言う感じで、私はあの子には興味がなかったわけです。他にも、親戚や父および兄から、私が全く理解できないこと、実のところ、何に対して笑われていたのかすらほとんど思い出せませんけど、大した理由でもないこと、あるいは、理由も言わずに顔だけ見られてただゲラゲラずっと笑われていた結果、いつしか、親戚から(大した理由なしに)ただ笑われるという関係性が出来ていたように思うのです。それはとても異常な状態でしたが、当時は、何が何だかよくわかりませんでした。私の周囲の人は、私のよく分かっていないことを、あたかも当然かのように、分かっていない私が悪いかのように言っててきたわけですけど、相手にする必要はなかったわけです。言い返すには相手の主張を理解する必要がありますが、そもそも、勝手に相手が思っていることがほとんど理解できませんでしたので言い返すことはできず、かと言って、勝手に相手が一方的に思っている勝手な主張でしたので、取り合う必要はあまりなかったわけです。色々言われましたけど、何を言われたかというと大したことではなく「結婚してない」だとか「彼女がいない」だとか、そんなことばかりで、結局、最後に言いたいのは「(私は)ダメなやつだ」と言うところに帰着していましたから、おそらくは、親戚や父および兄は自己肯定感が低いために誰か私のように言いやすい相手に対して不満をぶつけて優越感・自己肯定感を高めていたのかな、という気も致します。本人にそういう歪んだ理由があるからと言って他人を理由もなく誹謗中傷して嘲笑して良いことにはなりませんけど。私は言いやすい相手だったのかなと思うのです。私を中傷して見下してきた理由はというと大体は「結婚」でしかなくて、それしか理由にならないくらいつまらない親戚たちの相手を長々としてきたわけですけど、一応は愛情もありましたから、愛情と虐め、愛情とS、とが若い頃に結びついて、特に若い頃は、歪んだ愛情しか愛情として感じられなくなってしまったのです。精神が崩壊して以降はハートの愛がよくわからない状態になって、ハートの愛で誰かを愛することが長らくできなかったのです。
そうして、いつしか、私に近づいてくる女性を警戒するようになってしまったのですが、それはというと、私に対する好意があって本当に私を好きになってくれているのか、あるいは、私をカモと思って操る対象と思って近づいているだけなのか見分けが付かず、よくわからないので、警戒して距離を置いてしまう、という防御反応だったように思うのです。前者であれば良い子なのですが後者であればヒステリーなS女のいわゆる清楚系ビッチですから、それを警戒して「女が怖い」時期が長らくあったように思うのです。良い女性と清楚系ビッチとの見分けが長らくつかなかったのです。
私はというと気になる女性がいたとしてもまず警戒して入りますから必要以上にいきなりは近付かなくて、そのような煮え切らない態度に対して女性の方はというと時にイライラしたりもするのですけど、そのようにイライラした女性の態度を見ると警戒センサーが反応して少し離れるのですけど、そうすると女性の方は更に機嫌を損ねていつも怒ったようになって、それは私の解釈としては「怖い女の子」と思っていたわけですけど、それは実のところ誰にでも恋をしたら芽生える苛つきの感情だったわけで、そのことに当時は理解が及ばなかったわけです。警戒するとイラつかれて更に警戒して距離を取ると更に不機嫌になる、というループにより、仲がなかなか深まらない、いつしか避けるようになる、という状況が多かったように思います。一方、一見すると優しそうに接してくる清楚系ビッチは私を利用したり手駒にしようとしたり、はたまた、空気のような存在で何も意識していなかったりするわけですけど、そのように、見た目は優しい清楚系ビッチにばかり惹かれてスルーされたり嫌がられたり手痛い仕打ちも時には受けたように思います。当時の私は、本来は、そのように、私のことを好いていてくれてちょっと苛ついていることもある女性の方をどちらかといえば大切にすべきだったわけですけど、清楚系ビッチの方が良い子のような気がしていました。人を見る目がなかったわけですね。更に、本当に本当に最高に良い子は苛つきもしなくてただ悲しむわけですけど、そう言った子は稀ですがいたように思いますが、そういう子に対しても警戒した視線だけで気にしたまま何事もなく終わっていたことも多々ありました。
これはおそらく、異性の親にDVを受けて育った子はこう言う傾向がある場合もあるように思うのです。私は中学の頃までは母親に叩かれて育ちましたから女性に対して愛着と警戒心の両方があるのです。思えば、逆の立場もあったように思えて、例のT大生の子が私を警戒して横目でチラッ、チラッと見て様子を伺いつつ、本心を出すべきか、煮え切らない態度で、どのような態度をすべきか悩んでいたのは、ひょっとしたら、あの子も少なからず心の傷があったのかもしれないのです。今から思えば仕草の各所にそのような心の闇を見て取れるわけです。T大とかに入るには相当に勉強が必要で、もしかしたらずっと勉強していたのかもしれないですし、多分に両親からの強制があるとも聞きますし、T大といえば華やかそうに見えて実は心の闇を抱えている人がいてもおかしくはないようにも思います。年次を重ねて卒業とかすればそう言うのは概ね解消されるのでしょうけど、特に大学1年生では心の闇が残っていても不思議ではない、と今なら思うわけです。当時は、その辺りもよくわかっていませんでした。とは言いましても、これは瞑想中やフラッシュバックで再体験したことに基づく理解ですので、本人に確認すれば全く違ったことだったかもしれませんけど、もはや確かめようがないことであります。
ちなみに、私の親戚は私が上京して以降、私のように言いやすい相手が身近にいなくなったことで新たに身近な人を中傷し始めたようで、例えばとある親戚のおじさんは、こともあろうか嫁さんを馬鹿にし始めて、嫁さんは小馬鹿にされ続けたら「ムスッ」とし始めて、夫婦仲が険悪になったそうです。やがて、自営業も辞め、以前は羽ぶりが良かったですけど今は年金らしになって萎縮した生活を送っていたようですが、その後、周囲の人に当たり散らすようになって、精神がおかしくなった扱いを周囲からされています。はたまた、別の親戚のおじさんも当時は私を小馬鹿にしていましたけど今は反省したのか小さくなって萎縮しています。他にも、散々私を結婚とか仕事とかで馬鹿にしてドヤ顔をしていた人は今は離婚してIT仕事をやめて配達とか掃除のアルバイトをしているようで、あれだけ私に色々と上から目線で言ってきていたのは一体なんだったのだろう、と思うのです。私のことを思ってというよりは、単に自己肯定感を高めたかったのが大部分だったのではないかと思うのです。
あのようなくだらない親戚と付き合うのは本当に時間の無駄だったように思うことも最近は多くて、そういう点においては最低限の付き合いにしておいた方が良かったと今なら思いますが、そうは言いましても、当時は居場所がなくて、見下されたとしてもある程度の居場所を求めていました。そのように、愛情と誹謗中傷が私の中で幼い頃から繋がってしまっていたのです。
こうして見ますと、他人に対して見下したりドヤ顔をするのは、例え相手が子供であろうとも、しない方が良いと思うのです。子供は一気に成長して大きく変貌する可能性がありますし、そもそも、そのような態度は品がありません。子供に対して見下すと私がされたようにその後に何十年にも渡って子供に対して悪影響を及ぼしますし、可能性を阻害します。それよりも、可能性を認めてあげた方が良いと思うのです。歳を取ってからも可能性があるのですから、子供の可能性は無限大なわけです。
そのような環境にいると、私にも、その種の行動の「癖」が少しずつ移ってしまい、つい癖が出て他人を小馬鹿にしてしまってトラブルになることが若い頃は多かったように思います。元々私にはそのように他人を嘲笑う素養はなかった筈ですけど、長らくそのような態度をされていたら、時々、つい同じようなことを自分でしてしまっていることがあって、自己嫌悪に陥りつつも、自分でどうしようもできない自分の無意識の反応に困っていました。ですので、単に私が嘲笑される、という理由だけでなく、自分の中に同じような素質が少しずつ育ってしまっていることにショックを受けて落ち込んだりしていました。その都度、つい態度に出てしまったとしても自分で自分の行動を認識し、きちんと頭で考えた上で、よくない態度を出さないようにする、という基本的なところを修正することはなかなか難しく、その後、数十年にわたって苦労しました。これはおそらく今でも完全には直すことができていなくて、今後の課題になっている感じではあります。親戚や父および兄は他人の不幸に対して笑って喜ぶような人たちで、特に父と兄は他人の不幸は蜜の味らしくて、私が何か失敗すると目をまん丸にしてゲラゲラ大声で見下してきていましたから、ついつい私も当時は同調してしまっていて、そのような態度が私にも多少は移ってきてしまっていたように思います。いまだに、そのような、よくない態度を修正することに苦労しているという面もあるのですが、一方で、愛の形にも歪んだ影響を与えていて、特に若い頃は、この種の、私を虐げてくるSの女にばかり惹かれてしまうという歪んだ愛情を持つようになっていて、自分でそれはおかしいと気づいていましたけどなかなか好みと嗜好を直すことができなくて苦労しました。どう考えても性格の悪い女に惹かれたり、とてもいい子である筈で心では惹かれているのに虐げてくるS女以外はどこかブレーキがかかってしまって、逆に、「どうして私を虐げてくれないの」という歪んだ要求を「(Sではない)本当にいい子」に対してしてしまい、女の子を困らせてしまったこともあったように思います。若い頃にモラハラや虐めを受けると障害に渡って苦労しますし、被害というだけでなく、自分がついついそれを真似して行なってしまうこの種のよくない態度は人間関係において妨げになります。
そもそも育ちの良い人はそんな失礼な態度は全くしませんから、人の良さというのは基本的な育ちの良さに立脚しているのだと思います。勉強をすればするほど環境が変わって育ちの良い人が増えますから、勉強をすることで環境が良くなって付き合う友人も良くなって、そうなると良いパートナーにも巡り会えるわけです。良い人は概して頭の良いパートナーを選びますから、自分が良い人から選ばれるようになるには、まず、自分がよく勉強する必要があるわけです。勉強をすることでトラブルを避けることもできますし人間関係およびパートナー選びにも影響してくるわけです。頭の良さは顔に出るわけで、綺麗さというのもある程度は必要だとは思いますけど生理的に無理なほどでなければ顔はそこまで重要ではなくて、それよりも頭の良さと性格の良さが重要なわけです。ですから、頭の良い人と出会って自分がそのような人から選ばれるためにも、若い頃からしっかりと勉強をすることが大切なわけです。一方、一旦、よくない人間関係を作ってしまって問題を抱えてしまうと大人になってからこの種の基本的なところを治すのはなかなか難しいと思います。
今は、この2つの相反した感情が同時に出てきて少し困っています。昔の癖の感情で多少ながら嘲笑の気持ちも出てきてしまって自分でもその感情をどうにかしたいと思う一方で、特に最近は愛と慈悲の気持ちも出てきて涙が出てくるような感覚・感情になることも多くなってきていて、どうせなら片方だけの感情であればわかりがいいのですけど、悲しみが出て同情する一方で昔の癖の嘲笑のような気持ちも少し今だに出てきてしまって、若い頃に受けた虐めの影響からまだ完全には脱しきれていないようで時に自分の感情の複雑さに困ることがあります。最近はそれでも昔の癖が問題になることが少なくなりましたので大体の場合は大丈夫なのですが、時折、昔の癖が表に出て誰かに誤解されやしないかと注意しつつ生活しています。
私の場合は一応は母が育ちが良かったので、母の育ちと性格の良さと、父と兄の育ちと性格の悪さの両方を受けて育っており、その結果、私はというとある程度は母の礼儀正しさがある一方である程度は父と兄のぶっきらぼうな失礼さも多少はあって、その両方が私に受け継がれているわけで、その状況はというと私が生まれる前に立てた計画(=グループソウルが私に設定した計画)である「下層の人間の心理を理解して、底辺の人がスピリチュアルで成長する筋道を見つける」という目的に即していて、父や兄そして一部の親戚のような底辺の人間が如何にひねくれていて他人に嫉妬したり見下して生きているのかの状況を踏まえた上で、一旦自分自身を同じどん底に突き落とすことでそのような底辺の心理を理解し、その状況から精神を高揚させて元の状態にまで戻る、ということを今回の人生では意図していて、今の状態で、ほぼそれは達成されたと言えます。本当かどうかはわかりませんけど、私という分霊が分かれる前のグループソウル的な存在の意図としては、「人々が悩んでいてスピリチュアルな成長を望んでいるが、その筋道が見えない」と思っていて、と言いますのも、そもそも、たとえ誰かがスピリチュアルな成長を望んでいたとしても精神が底辺のままだと苦しいままで、誰かに助けを求めても、その答えを持っている人があまりいなかったわけです。そこで、私という分霊が分かれて作られて、自分自身を一旦どん底に落とすことで底辺の心理を理解し、そこから這い上がる筋道を見出したのでした。今回の、愛を知る、という理解もその筋道に沿ったもので、愛を知らない人生の場合は数々の理解違いをしてしまう、ということをよく学ぶことができたと思います。私の場合はこのように最初から設定した目的がありましたけど、普通の場合はこのような回りくどいことは不要で、普通に最初から愛を知れば良いと思います。
おそらく、私は基本的に脇が甘かったのかなと思います。脇が甘かったが故に、他人の勝手な意見を受け入れてしまい、混乱してしまったように思うのです。不道徳な人の意見に対しても私は受け入れの姿勢を作っていましたけど、不道徳な人の意見を受け入れるべきではなかったわけです。長く悩んできましたけど、結局、ひねくれた人とは距離をおくべき、という、ごく簡単なお話を理解したわけです。ハートの愛を知るというのは道徳的で徳があって礼儀のあるところでのみ可能なことであって、底辺の人はそれなりの性的な情愛に生きていてそれはそれで十分に幸せなわけですから、お互い、関わらずに自分の幸せを生きれば良いわけです。これらは比べるものでものでもなくて、分相応というものですから、自分に正直に、自分が一番心地の良い愛の形を取ればそれが幸せなわけで、他人をとやかくいう必要はないわけです。
単にハートの愛を知るということだけではなく、人には理解の違いがあって、段階に応じてそれぞれ違った形の愛があって、それぞれの幸せがある、ということがよく理解できたように思います。
どうも、私は多くの人を好きになって(体の関係はさておき、普通に会話や趣味とかで)多くの女の子と仲良くなってきたような気がしていたのですけど、実のところ、恋に落ちるということは数えるくらいしかなかったわけで、ようやく愛と恋とを知って、今更ながら、違う世界に生まれ出たような気分であります。
今になって思うのが、世の中にはハートの愛をそこまで知らない人が大勢いて、それでも(マニプラの)情愛は割と知っていたりする状況なわけです。そのように、ハートの愛を知っている人が少数派の状況で相手に(上位である)ハートの愛を求めてもなかなか難しいため、考える必要があると思うのです。相手がハートの愛を知らない場合、特に若い時は「あぁ、私に脈がないんだな」と思って撤退しがちだった気が致しますけど、それはなかなか厳しい要求だったわけです。そもそも自分の方がハートの愛をそこまで知らなかったりするのに、相手にはハートの愛を求めるわけで、それは分不相応というものだったかと思います。
人によっては恋愛に「ときめき」を求めますけど、実のところ、自分のハートが開いていれば割と誰でもお相手はいると思うのです。ときめきを求めている人というのは普段はハートが開いていないと言っているに近くて、ハートが開いている人が「ときめき」とか、それほど言わないように思うのです。特別のときめきを特定の人に感じるということはもちろんあるでしょうけど、わざわざ「ときめき」とか言うまでもなく普段からそれなりにハートが開いている人が一定数いるわけです。そのようにハートが開いている人は恋愛市場で早く売れて、売れ残りはハートがそれほど開いていない人が多くなりますから、年を重ねてから「ときめき」がどうのこうの、とか言い出す人が結婚できていないのもある程度は当然のことのように思うのです。そんな「ときめき」よりも、もし誰かに言い寄られたら、それだけで感謝するので十分だと思うのです。お相手に「ときめかないから、お断りする」なんて、そもそもハートが普段開いていないような段階の人にわざわざアプローチしてくれた人に失礼だと思うのです。もちろん誠実さと言うものは根底になくては話になりませんけど、誠実な人から言い寄られたら、その時点でときめかなくてもOKを出して良いと思うのです。一方、普段からハートがそれなりに開いている人は(容姿がそこそこであれば)相手をいくらでもその気にさせて十分にモテるでしょうからこんな心配は不要だと思います。パートナーには、ハートが普段から開いている人を選ぶのが良いわけです。日本にはいくらでもそのような素晴らしい女性がいます。パートナーを選ぶ時、自分が恋をするかどうか、と言うよりも、相手が誠実かどうかを基本にして、もし自分が恋に落ちることができたらラッキー、もし相手のハートが開いているのならば更に良い、くらいに考えても良い気が致します。そのあたりは相手とのバランスですね。自分もそれに見合った段階にいないと相手に迷惑をかけてしまいます。
身の程をわきまえて、分相応に考えることが必要なわけです。世間を見ると、私のように、ハートの愛あるいは情愛を相手に求めている人は恋愛に悩んでいることが多くてそもそも結婚できなかったり結婚生活に不満で離婚したりする一方で、特に恋をするというほどでもなく「良い人」とくっついて結ばれるというパターンも意外に多くてそれなりに幸せなように思うのです。世間からしたら、そんなもの、なのかもしれないですけど、おそらく、恋愛がうまくいかない人は、相手に高望みして例えばハートの愛などを求めているのかなと思うのです。相手の態度に前提条件をつけてしまっているわけです。それ故に自分からなかなかアプローチしなかったり、相手がアプローチしてきた時に高いハードルを設けて拒否してしまっていたりするわけです。はたまた、結婚生活の相手の態度にハードルを勝手に設けたりしてしまっているわけです。そこまでハードルを上げずに、自分がその人を好きならばアタックするというのを基本にして良いと思いますし、片方が愛しているならそれで十分のように思うのです。当然といえば当然と思われるかもしれないですけど、無意識のうちに、相手に求める前提条件「相手が自分を(ある程度)好き」というものを高くハードル設定してしまいがちですが、そのハードルは低くするか、いっそのこと思い切って取り外してしまっても良いと思うのです。その代わりに、「相手にモラルと常識があるかどうか」を判断するのが良いようにも思います。こういうのは、最低限、片方がハートでパートナーを愛していれば関係はうまくいくと思うのです。ハートの愛を知らない人にハートの愛を求めてもなかなか難しいため、最低限、モラルと常識を求めれば良いと思うのです。そして、付き合ううちに、モラルのある人であれば、多少の情と愛が目覚めてきて、それで十分に幸せになれると思うのです。
一方、情愛すら知らない相手をハートで愛してしまうと延々と搾取され続けますし、パートナーが情愛を知っていたとしても他の目的の方を向いているのならば貴方が報われることはなく、ハートの愛を知っている貴方は「与える一方」になりがちですから搾取されているという感覚もなく延々とお金を吸い取られ続けるパターンにハマりますから注意が必要です。そのように常識やモラルがない相手をハートで好きになってしまうと自分が「貢ぐ女、あるいは、あからさまなATM男」になって搾取されてしまうパターンに陥ることもあるかと思います。これが情愛でのレベルで起こると途中で気がついて怒ったり離れたりしますけどハートで愛してしまうと厄介で、身も心もボロボロになるまで搾取されることになります。良い人(ハートの愛を知っている人)ほど悪い男・悪い女に騙されるパターンもここ。ハートで愛した後に、割とハートのまま無意識でアプローチしてしまいがちですけど、相手に常識とモラルがあるか、少なくとも情愛を相手が持っているかどうかを確かめて、情愛を持っていたとしてもその情愛が自分の方に本当に向いているかどうかを接近する前にしっかりと確かめて考えることが重要かなと思います。私の母は割と裕福な家の出でしたけど、父の家は街で一番の貧乏の家で、父は明らかに母の家の財産狙いで、実際、父と父方の親戚に財産を搾取し続けられて無駄使いされ、母はいつも泣いていました。そのようなパターンにハマらないように気をつけるべきだと思います。昨今の、ホストにハマって借金抱えてしまうパターンもここかなと思います。私の父は、飲む・打つ・遊ぶ(買う)、を全てする上にモラハラで私を怒鳴りつけたり些細なことですぐに他人をゲラゲラ笑って見下してくるクズっぷりで、最終的に、財布に数万円しか財産を残さず銀行口座はほとんど空っぽの状態で病気で早死にしましたけど、傍目から見たら割と楽しそうにしていて貧乏神と疫病神を掛け合わせたような人でしたが、いつも父は金だ金だとは言っていて、それも母がお金の面で支えて泣きながら苦労していたわけで、よくもまあ、あんな底辺のクズ男と50年近くも母は結婚を続けていたと思います。間違ったパートナーを愛してしまうと苦労して人生を棒に振るわけです。(特に昔の昭和の)女性は強すぎるので支えてしまうのかなと思います。この母に似たのかわかりませんけど、私も時々、どうしようもないクズ女にそれと気付かず好意を寄せてしまうことがあり、例えば托卵されそうになったり、危ないことがありました。