オーラが入れ替わると同時に、人格と記憶も入れ替わる

2024-04-17 記
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

不思議なお話ではあるのですが、もしかしたら、私のオーラが入れ替わってきている途中なのかもしれません。頭頂から物凄い力でいわゆるプルシャが体の中に入り込んできたわけですが、そのオーラが優勢になると共に、過去のオーラは、どこかへ抜けていっているようにも思います。

実のところ、過去の記憶はあるものの、その記憶がどこか、遠くに行ってしまっているように感じます。過去のことは、まるで別人の記憶のようにも感じます。

これは記憶喪失というよりは、文字通り、人に宿る意識の大半が入れ替わっているプロセスのようにも思います。かなり前から、ずっとそんな気はしていましたが、実のところ、その頃の時点では過去の記憶の方が優勢でしたので、まだ同じ人間のつもりでいました。自分で言うのも何ですが、その頃から時たま、ジキルとハイドのように二重人格になることがずっとあったのですが、それが、ここ最近は落ち着きつつあると同時に、新しい人格に置き換わりつつあるように思うのです。

スピリチュアルではウォークイン、みたいなお話が時々出てきます。放棄された体を別の宇宙の魂が入り込んで使う、というお話です。入り込んできても定着するまでには数年かかり、そうなると、性格にせよ好き嫌いにせよ趣味にせよ、以前とは全く違う人格になる、と言われています。その文脈で言うと、融合すると言うよりは、入れ替わり、として理解されています。

私の場合、元々の魂があって、それが若い頃の辛い経験によって、3つの光の玉が砕け散ったような感じになり、10分の1のオーラでしばらく生きてきたように思うのです。ですから、今から思えば、あのような意識の薄いぼうっとした状態というのは、魂が10%で生きている状態だったように思うのです。

では、残りの90%はどうなっていたかというと、体から離れて、私を守っているいわゆる守護霊が持っていてくれたように思います。

それはこの地上の辛い人生を体験するためでもあり、この地球の闇の部分を体験するためでもあります。どん底に叩き落として、そのことで、人々の苦しみというものを理解しようとしたわけです。それは何度もタイムラインを遡ってやり直した結果、たどり着いた、人生計画の一部であったと言えます。割と今までの計画は頓挫しており、今回は、割とお試しで、運よく、かろうじて何とかなっている状態のように思います。

そして、プルシャが1年数ヶ月前(昨年の2月)に入り込んできたときは、どうやら、保管していたオーラの半分ほどが戻ってきた状態だったように記憶しています。それは子供の頃に幽体離脱した記憶で、まずは半分(あるいはもうすこし少なめ)だけ入れて、オーラを定着させることが目的でした。それがここ1年数ヶ月の間に起きてきたわけです。

・生まれた時:オーラ(魂)100%
・子供の頃:オーラ(魂)の90%が離脱、残り10%のオーラ(魂)が残る
・青年期:10%のオーラ(魂)で過ごす。意識が朦朧とした人生。ぼやけた人生。
・中年期:離脱していたオーラのうち半分が戻ってくる。50%のオーラ(魂)の状態にまで回復。ハイヤーセルフと50%融合、ハワイのカフナの言うとロウアーセルフとの融合。ようやく一般人相当に戻る。
・今後:残りのオーラを回復させる。これが残りの50%のハイヤーセルフとの融合、ハワイのカフナ式でのハイヤーセルフ相当との融合。これからの課題。

そして、その定着を確認できて安定したら、残りのオーラを入れる段階になるわけですが、どうして2回に分けたかというと、一気に入れるとオーラが定着しなくて拡散してしまい、覚醒もできずに不安定化して変な意識状態になり、いわゆる覚醒失敗になってしまって取り返しのつかないことになる可能性があるために、そのようにしたようです。

2回に分けたとしても同様の危険性はあるのですけど1回で一気に入れるよりはリスクは少なくて、その辺り、子供の頃に幽体離脱して時空を超えて(子供の頃からしたら)未来の自分(それは、今の自分のこと)の状態を見定めて、残りのオーラを入れる時期が来るまで待っているようです。

最近は割とオーラが融合して定着し始めた気がしていて、そろそろかな、という気も致しますが、決めるのは子供の頃に幽体離脱した自分ですし、時空を超えて、子供ながらに時空を超えた観点から時期を見定めるわけで、子供の頃の自分の判断が正しければうまくいくことでしょう。

オーラの総量的には保存していた方が多いわけで、感覚だけでなく、記憶や性質も入れ替わってきているということは、オーラが定着してきた、ということだと思います。

スピリチュアルで、ハイヤーセルフと繋がるとかプルシャとの融合あるいはウォークインというお話は、私にはそのまま当てはまらないように思います。それらのお話のような場合も世間にはあるにはあるとは思いますが、私の場合、子供の頃に分離してしまったオーラとの再融合だった、(それだけではなさそうですが、)それが基本だった、と考えるのが適切のような気がしてきました。それを、ハイヤーセルフと繋がると言うのかプルシャが入ってきたと言うのか、あるいは、(ヨーガスートラの)ダルマメガサマーディと言うのか、それは解釈によるのかなと思います。そういう言い方もできますが、単純に、沖縄のユタや民間の伝承でいうように、落としてしまった魂を回収した、という解釈の方がわかりが良いようにも思うのです。

幽体離脱した時の記憶によりますと、分離してしまったオーラと、溜めておいたオーラとは、同じようでいて少し別物のようにも思うのです。子供の頃に3つの光の玉が砕け散った時に体から離れていったオーラが基本的には守護霊によって保管されていて、それが今になってようやく半分体に戻ってきたというのはそうだとしても、どうも、かなり昔にグループソウルから分離して課題が残っているオーラが保管されていた、という感じがするのです。理屈から言えば子供の頃に分離したオーラであるわけですが、それは、かなり昔の分霊のオーラであるようにも感じるわけです。

これは少し謎だったわけですが、降りてきたインスピレーションによれば、どちらも正しい、とのことです。そもそも私の分霊としてのオーラの出元はそれら過去の分霊のオーラであるわけですから、分離したのは子供の頃だとしても、感覚としては昔のオーラだと感じるのは、それはそれとして正しい、とのことです。そういうことであれば納得です。

それ以外にも、今後の活動ために足りない部分、必要なスキルと知識を兼ね備えた分霊が新たにグループソウルから少し分離して、量としては多くはないですが、その追加の魂のオーラも私の中に少し含まれているように感じます。ですから、子供の頃に分離する前に戻っただけではなくて、更に追加があるわけです。

そうしてオーラの追加があると感性や考え方、生活習慣や仕事の好み、場所のお気に入りまでもが変わってきているように思います。これは私が変化するというよりも、入ってきたオーラの性質が反映されつつあり、元々のオーラの性質はそのままだとしても、オーラの総量としては入ってきた方が多いため、考え方にせよ何にせよ、入ってきたオーラのものが優勢になりつつあるように思います。

そして、過去のオーラに基づく感性や考え方は、最初は抵抗をしたり昔の生き方を続けようとしたものの、最近は抵抗が小さくなり、新しく入ってきたオーラとしての考え方、新しく入ってきた魂の感性が割と優勢になってきているように思うのです。最初こそジキルとハイドのように性格が入れ替わっていたこともありましたが、最近は落ち着いていて、昔の性質、昔の考え方、昔の性格や感情は、割と表に出なくなってきています。生活の上で、新しい性質が表に出ることが多くなり、次第に、その二面性も少しずつ解消してきて、性格の入れ替わりも少なくなってきたように思うのです。

こうして、保存していたオーラのうち半分が融合し、定着し、やがては、おそらく訪れるであろう、残りの部分のオーラの融合に備えているのだと思います。