正しい宇宙人は、地球人の自由意志を尊重して見守ってくれる

2024-08-17公開 (2024-06-18 記載)
トピック:スピリチュアル: カルト

宇宙人にもいろいろいて、一番誠実なのは地球人の自由を尊重して最後の最後まで見守ってくれる存在です。地球の大規模破壊が起こる時は例外として助けますが、それ以外は観察者でいるのです。宇宙には自由の法則があって惑星の運命はその惑星の人に委ねられています。例外があってその惑星に転生する場合はある程度は関われますけど、基本は宇宙の側と惑星の運命は別であるべきなわけです。その法則をわかっていて惑星の人類を尊重する存在こそが本来、地球人が付き合う相手なわけですけど、実際、様々な勝手な目的のために地球人に接触してくる宇宙人はいて、例えば、融合して新たな存在になりたい、みたいな勝手な理由を持っている存在もいるわけです。その本来の目的を隠してヒーリングだとか様々な隠し事をして、地球人を手のひらで操るような、それでいて表だってはいい人のふりをする、そんな宇宙人もいるわけです。そして、そのような宇宙人がカルトの背後にいたりします。

本当に素晴らしくて(地球人の)自由と選択を尊重してくれる存在とは、実は、手出しをしてくれない、直接的には助けてくれない、表向きには冷たい存在のようにも見えたりします。地球人は未だに戦争や争いを繰り広げていて未熟ではありますが、それでも、根気よく見守ってくれるのです。

直接的に助けてくれるようでいて実は裏の目的がある存在もいます。例えば前に書きましたようにヒーリングと称してオーラを植え付けて融合あるいは食事として取り込むことを目指している存在もいます。

人は時に、直接的な効果(ヒーリングなど)を対価として本当に大切なものを明け渡してしまいます。それは最終的にオーラを奪われるということでもありますし、オーラの融合あるいはオーラを食べられてしまうということもあります。

もっと本質的なことを言えば、素早く助けられることにより、人間は選択の自由があって何でも可能であるという選択と未来に対する希望を奪われているということでもあります。失敗は失敗でもなんでもなくて学びの一環であるわけなのに、助けてもらうことを繰り返した結果、いつの間にか頼るようになってしまい、選択の自由が狭められていくわけです。ヒーリングをすると悩みは確かに消えてしまったりしますが、それはそもそも、そのオーラの元である宇宙人の存在が感情に乏しくてパワーだけに満ちている、ということでもあります。人間は感情豊かですから、感情に乏しいが強いパワーの存在のオーラを与えられたら悩みがなくなって力に満ちた感じになりますが、それは本当に人間が求めている道なのでしょうか? 地球人は宇宙人とは生き方が違う筈です。 更には、ヒーリングと称してオーラを与えられて、最終的には融合あるいは食べられてしまう運命に導かれることは本当に幸せでしょうか。そのように、悩みがなくなったかのように見えるヒーリングを受けたところで、本質的なところで、その悩みというのは解決したわけではないわけです。ただ、感情や悩みに無頓着になってエネルギーが強い状態になる、というのが、一部の宇宙系のヒーリングであり、オーラを与えられるという状況なわけです。

それよりも、直接的には助けてくれないけれども自由と選択を尊重して対等のメンタルに育つまで根気強く導いてくれる存在と、どちらが本来付き合うべき存在でしょうか? 直接的には助けてくれないけれども、知識は与えてくれます。それを理解して行動するのが地球人の側に期待されています。ですが、人々は、直接的に助けてくれる存在の方を素晴らしいと思いがちです。人は往々にして、「効果がある」ということを選択の基準にします。ヒーリングや術などで、効果があるから行う、という選択肢をします。そして、往々にして、基本の基本である宇宙の大原則、「自由」というものを忘れてしまうのです。それは人と人の間でもそうですし、惑星においても同様です。

宇宙人からしたら地球人が未熟なのは、それはもう、当然のことです。それだからと言って地球人に適当なことを言って(本当ではないことを言って)言いくるめてヒーリングと称するオーラの融和をして自分たちの目的のために地球人を操るような存在は、自制心が足りない、ということもできます。直接的で単純ではありますが、エネルギーに満ちているわけです。そのような存在を神のように拝んでいる団体もいます。そのような場合、直接的には宇宙人の手足となって地球征服(とは表だっては言いませんけど)を目指していたりします。それは、その宇宙人の力の程度に応じて地球上でも力を得ることになります。カルトがおかしなことを言っている場合、背後の宇宙人が適当なことを吹き込んでいる可能性があります。そもそも対等に思われていないわけですので、とりあえず、なんとなくそれっぽいことをでっちあげて教え込まれているわけです。例えば「人生は1度きり」みたいな話もそうで、確かに、ヒーリングと称するオーラを融和させる術を繰り返して育てられた結果、死後に宇宙人にオーラを丸ごと取り込まれて融合されて本当に食べられてしまうのであれば人生はそれっきりなわけで、嘘ではないとも言えるかもしれません。

このあたり、とてもわかりにくいところであります。道徳的あるいは教義として「対等である」というのは地球に住む者であれば教え込まれていて、カルトの教義にもそのように謳われていたりします。ですが、本当にそうであるのか、実態としてそうなのか、というところを見抜くためには、ある程度の人生経験が必要なわけです。それでも見抜けないからカルトに関わっているという所以でもあるわけですが、見抜けないからこそ、裏のある宇宙人にいいように使われるわけです。これはもしかしたら、本当に誠実な宇宙人との関わりをもつ経験がなければ対等な誠実な関係というのがどのようなものなのかそもそも理解できないかもしれません。ですから、致し方ないことなのかもしれません。対等なふりをしていて、実は違う、というのは普通にあります。そのくらい、宇宙人からしたら地球人は「人間と獣」くらいの違いがあると思われていたりしますから、なんとなく誤魔化されていたりするわけです。

一方、直接的には関与はほとんどなくて、それでも、見守ってくれている存在があります。それこそが正しい宇宙人なわけですけど、ほとんどの場合、人々はそのような存在のことに気付きません。

こういうことを説明しても理解しないのがカルトの所以で、効果がある術を知っているだとか、自分たちはそうではないだとか、エゴの抵抗を繰り返すわけです。更には、こういうことを指摘する側こそが「貴方はまだわかっていない、貴方はエゴの抵抗がある(だから我々を理解できないのだ)」と、逆に、指摘してくれている側が何か足りないかのように指摘し直してきます。

・本当にエゴの抵抗をしているのはカルトメンバー
・そのカルトメンバー自身が、カルトを認めない他者あるいは指摘してくれている人に対して、「それは、エゴの抵抗。このお話を受け入れられないのは、貴方のエゴが抵抗しているから」とか、トンチンカンな解釈をする。
・更には、カルトメンバーは「関わるということは、同じ面があるから」とかいう、スビリチュアルの勘違いを楯にして同質の土台に立つように周辺を固める。関わっても同質とは限らないのが真理なのに、関わるだけで同質だという同意を取ろうとする。そんなこと言ったら、先生とか全員が子供と同質ということになってしまいますし、弟子と師匠も、師匠が弟子と同じということになってしまいます。関わっても同質とは限らないのが真理です。

カルトと関わると、そのようにめんどくさいお話に巻き込まれてしまいます。そもそもカルトのこのようなお話はスルーするのが良いわけですが、スピリチュアルをしていると普通に見えて実はカルトという団体がいて、特にパワー重視の団体はこの種の落とし穴にはまりがちです。

いいことばかり宣伝している誇大広告のカルトは避けて、地味な誠実なスピリチュアル団体と付き合うのが良いように思います。その場合においても、宇宙の法則である自由と選択が自身にも適用されますから、自身の独立と立脚が基本になるわけです。