インド・ティルバンナマライ https://w-jp.net/topics/インド・ティルバンナマライ/ インド・ティルバンナマライ 究極の静寂、ラマナ・アシュラムとアルナーチャラ山 https://w-jp.net/2019/1492/ <br /> ラマナアシュラム(チェンナイ近郊ティルヴァンナーマライ)に到着。<br /> 想像以上に不思議な雰囲気でびっくりしました。<br /> <br /> 第一印象は「(努力ゼロの)究極の静寂」ですね。ファンタジーっぽく言うなら「天界へのゲートウェイ(ポータル)が開いている場所」とでも言えますかね。ここにシバ神やパールヴァティなどの神様が出てきても何ら違和感ありません。<br /> <br /> <br /> <br /> ヨガや瞑想でのサマーディは「努力有り」のサマーディから上級である「努力なし」のサマーディまで段階がありますが、この雰囲気は上級の「努力なし」の方なのかなと漠然と勘ですけどそんな気がしました。この雰囲気を味わえたのは貴重です。この雰囲気は地球上で私が知っている中ではとても特殊で、なかなか同じ感覚の場所はないように思えますので遠路遥々無理して来てよかったです。<br /> <br /> ここは聖者ラマナ・ マハルシのために作られたアシュラムですが本人はアシュラムに興味がなく周囲の人が勝手に作ったという場所だそうです。アシュラム創立が1922年、マハルシ死去(マハーニルヴァーナ)が1950年だそうですから亡くなって70年近く経ってもエネルギーを感じます。<br /> <br /> ここは「火」のようにわかりやすい熱のエネルギーが充満しているという感じではないです。世界各国の聖地では火に属するエネルギーを感じることも多いですけど、火の属性ではないですね。もっと根源的な、私が知っている「(漆黒の)無」よりも遥かに深くて想像もつかない深淵まで落ちてゆきそうな、少し恐怖も感じるくらい深い「無」がここにはありますから、感じやすい人は怖いと思うかもしれません。最初は静寂だと思いましたけど、じっと見ると無の深淵がある気がしました。そう言えばどこかの本で似たような究極のサマーディの解説を読んだ気もします。それって、こういう無の深淵の雰囲気のことだったのかもしれないと漠然と勘ですけどふと思いました。最終的な状態へ辿り着くために超えなくてはいけない壁といいますか。<br /> <br /> でも、基本は静寂なので瞑想はしやすいと思います。ただしクッションはなくて石の床ですので意識はリラックスしていても先に足に限界がきそうですが。<br /> <br /> 自分と比べるのも聖者に失礼ですけど、ラマナ・ マハルシのいる境地は私よりも遥か遠く先に達していると思いました。まあ、他の書物でも無の深淵と向かい合う話を読んだ気もしますし、そのあたりは私はまだまだなのでしょう。<br /> <br /> ちなみに、アシュラムの宿泊は予約が一杯だったので近くに泊まります。アシュラム内部は写真禁止なので写真は門だけです。<br /> <br /> ここにいると自然に「思考の波」が何かに吸い込まれてゆきます。思考の波こそが自我の元で、自我は一般的には「私」と言われているものですがヨガ哲学では自我は思考の機能の幻影みたいなものであって魂のような意味合いでの「私」とは異なると説きます。その自我の元になっている思考の波が吸い込まれるものですから、自然に自我および「(一般的な)私」という概念が消えて行ってしまいます。そこできっと恐怖が起こるわけですね。自分というものが消える恐怖。理屈で言いますと「自分」というものの消滅はきっと成長の途中で必ず通過する地点ではあるが、それは実はとても恐ろしいものかもしれないと思いました。ここにいるだけでその感覚を垣間見れる気がします。<br /> <br /> 「あるがままに ラマナ・マハルシの教え」によると「サマーディに入ろうとするときに起こる恐怖と体の震えは、わずかな自我意識がいまだに残っているためである。だが、自我が何の跡形もなく完全に死に絶えるとき、人はただ至福だけが広る純粋な意識の空間にとどまる。そして震えも消え去るのである。」とあります。「ヨーガの極意」(小山 一夫 著)でもこれらのことが解説されていました。自我が消えようとする時に恐怖を感じるが、サマーディによって自我が消え去ると恐怖もなくなり至福に至る、ということだと思います。私はサマーディとかそういうレベルではないですけど、方向性として。<br /> <br /> ■アルナーチャラ山麓の洞窟等<br /> <br /> <br /> ■アルナーチャラ山頂は閉鎖中 (2019/2現在)<br /> 町中央の巨大テンプルの裏にあるマンゴーツリーケーブの方から登り始めましたが、どうやら今は頂上に登ってはいけないようです。道が閉鎖されています。中腹の洞窟などは行けます。<br /> <br /> 6ヶ月前に2人が登った時に滑って落ちて骨を折ったのが閉鎖の原因だそうですが、来年にはまた登れるようになるみたいです。無理に登れないこともないですが、禁止されている状態で登るのも何だかな。<br /> <br /> ということで、シバ神の山に登るのは中腹までで、頂上はお預けのようです。<br /> <br /> <br /> <br /> この山は裸足だとばかり思っておりましたが洞窟以外は靴OKで、頂上にも靴でいいと地元の人は言っています。事故の影響で安全第一になったのですかね? 以前は知りませんけど。<br /> <br /> 素足で登るにしても中腹にあるラマナマハルシが7年住んだ小屋に靴を置いて往復すれば良さそうに思いました。<br /> <br /> →2回目登ったら一部の現地住民が靴置いてけ&10ルピー保管料のアピールしていましたが無視<br /> <br /> <br /> <br /> ラマナアシュラムから登ってくる外国人の数割は裸足ですね。そういう雰囲気なんですかね。<br /> <br /> 途中、猿がいましたけど人間への警戒が薄くて手渡しでバナナの皮食べていました。せっかくなので私も手渡ししてみましたが足元で普通にバナナの皮食べていました。これはインドのいくつかの聖なる山で起きていることで、ここよりも更に警戒ゼロの猿がいるのはたしかインド西部のジュナーガドにある山に登ってジャイナ教の神殿見に行った時はここ以上に猿が礼儀正しくてきちんとお座りして食べ物をじっと待って順番にもらっていましたし、猿なのにどこか顔つき品があって背筋が伸びていてびっくりしましたよ。それと比べると何ですが、それでも警戒心の希薄な猿がいるのはここが聖なる山という印だと思います。<br /> <br /> 一方で、シバ神の聖なる山とかでも凶暴で人の荷物やバナナや食べ物を奪いに来るような猿がたむろしていたりもします。同じシバ神の山でも大違いですね。<br /> <br /> ■思考が消え去る場所<br /> 思考の波が治まって静かになることでリラックスできる場所は世界中にいろいろあって、ここもその1つです。ヨガでも同様の効果があったりします。<br /> <br /> でも、恐怖を伴って自我そのものが(自動的に、意図せずして)溶けてゆく感覚は他ではあまりありません。ここが特異なのはその点においてです。ここにいるだけで内面の変化が味わえる気がします。<br /> <br /> 聖者と共にいることはとても恐ろしいことだ、というような文節を読んだことがあって、それは指摘の鋭さという意味合いで今までは理解していたのですが、それよりもむしろこの自我が溶けてゆく感覚の方が恐怖な気がします。それに比べたら指摘の鋭さなんて所詮は頭の良さだったりもするので、本質的ではないのかもしれません。と言うのも、本をパラパラと立ち読みしたら、ラマナ・マハルシは指摘するというよりも基本的なところを何度も説き続けているので、聖者の語りとは本来こういうものなのかもしれないと思いました。指摘してどうこうというのは占い師や霊能者やサイキックのお仕事で聖者のお仕事ではない感じですね。<br /> <br /> 神というものがいるとしたら、光(太陽)だけでなく闇(あるいは月)もある存在なのでしょう。その方がしっくりきます。神の領域は「意識が飛ぶ」というか深い眠りの奥底にあるような、深い深淵の無を性質として持っていると思います。簡単に言うと「神にも光と影がある」みたいに言えるのかもしれないですが、その光も影もとても深くて、光は全てを覆い尽くす光だし、闇は全ての「私」や意識を消し去って「無私」にしてしまう、人によっては恐ろしい力なのかもしれないです。<br /> <br /> よく「無私」なんて気軽に言いますが本当の無私は無の深淵に落ち込んでいって私というものが消え去る怖さがあるものなのかもしれないです。完全に私が消えれば悟りとかになるのかもしれないですが、そんなのはそうそう起きないでしょうから悟りなんてあまり考えてもしょうがないのかなと。悟りが来る時は勝手に来るでしょうし。光はヨガとかだと太陽やピンガラで影は月やイダとか呼び方はいろいろあるけれども本質はどれも似たこと言っている気がしますね。<br /> <br /> 女性/月/イダ/女神のエネルギーが本質的には無の深淵で自我が溶けてゆく感覚だとすればここラマナアシュラムのエネルギーの本質は女神のエネルギーということにもなるのかもしれないですけど、私はまだ短期滞在ですし、今のところ女神の面を多く見ているだけで、実は太陽のピンガラの面も多々あるのかもしれないですけど。聖者ですから両方の性質があっても良さそうなものですけど聖者といえども個性はあるので男性でも女性的な雰囲気の男性の聖者がいても不思議ではありません。<br /> <br /> Mon, 04 Feb 2019 00:00:00 +0900 インド・クンバメーラ2019 https://w-jp.net/topics/インド・クンバメーラ2019/ インド・クンバメーラ2019 クンバメーラ、ISKCONテンプルのキャンプ https://w-jp.net/2019/1497/ <br /> ISKCONテンプルのキャンプも発見。敷地が他の普通のとこの2倍以上ありますね。巨大で、割とガラガラです。一部はまだ設営中のようにも見えます。期間が始まってオープンしてもまだ工事中なんてインドでは割と普通ですけど。<br /> さすが世界中にある団体なだけあって規模が違いますね。<br /> <br /> Sun, 20 Jan 2019 00:00:00 +0900 クンバメーラ、ヨガナンダSRFのキャンプ https://w-jp.net/2019/1496/ <br /> ヨガナンダのSRF(Self-Realization Fellowship) キャンプを発見。瞑想ホールのオーラが凄くてビビりました。これは本物ですね。キャンプですので施設は簡易的ですし騒然としているクンバメーラの中にあっても静寂のレベルがかなり違うということはここにいる人たちのエネルギーレベルがかなり高いように思います。<br /> <br /> <br /> <br /> スタッフに聞くと、ババジのクリヤヨガを正統に正しく継承しているのはここだけだと言います。あれ? なんだか似たようなことをリシケシのシャンカラナンダのクリヤヨガアシュラムでも聞きましたね... お互いにそれぞれが正統を主張しているんですかね? そう言えば口コミサイトで、過去にクリヤヨガの派閥闘争があったとかチラッと読んだ気がしますけど、今はそれぞれ勝手に正統を名乗っているのかもしれないですね。私としてはどれが正統かは分かりませんけど、エネルギーの高さで言ったらここはかなり高いと思いました。エネルギーの質もちょっと違うかも? 同じババジ系列なのに雰囲気が違います。<br /> <br /> <br /> <br /> リシケシのシャンカラナンダのクリヤヨガの先生は「ヨガナンダのところはテクニックを簡単にしてババジのテクニックを全部伝えてはいない。完全なのはうちだけだ」と言っていましたが、実際にヨガナンダのところを見た今としては「だから何?」という感じです。むしろ、現代の覚者が現代人向けにテクニックを解きほぐしてくれたことの意義の方が大きいと思います。<br /> <br /> ここは、クンバメーラのクリヤヨガキャンプに行ったときのような違和感も感じませんでしたしね。<br /> <br /> ここはちゃんとやっているところですね。基本的なところがしっかりしているという印象を受けます。シャンカラナンダのクリヤヨガの先生のように言葉の説明の中に煽りがありませんし、何より言葉の1つ1つ、行動の1つ1つが落ち着いていて好感が持てます。シャンカラナンダの方は人々がちょっとドヨンとした感じでしたが、ここにいる人たちはそんなこと全然ありません。凄くパワフルです。エゴの力強さではなく、基本的な生命力の強さがあるように感じます。おそらくその生命力の強さが根源的な「愛」とか言われているものなのでしょう。<br /> <br /> いろいろなところをちょっとづつ見学できるのはクンバメーラの良いところです。<br /> <br /> クリヤヨガ系列はその始祖のババジから始まっていてババジの弟子は沢山いるのでババジもクリヤヨガもヨガナンダも全部クリヤヨガ系列で、クリヤヨガを名乗っている団体が多いので未だに混乱します。しかも、パタンジャリのヨガスートラなどにも基本的概念でクリヤヨガって出てくるので団体名なのかヨガスートラの話なのかも最初は混乱するのです。<br /> <br /> そんな同じクリヤヨガや同じババジでも団体によって随分と雰囲気が違うんだなあ、と思いました。<br /> <br /> 寝床は雑魚寝のドミトリですが広いのでシャンカラナンダのクリヤヨガより1人あたりのスペースが十分にありそうです。あちらは畳1畳の割当でしたからね... しかも一泊5,000円(苦笑) こちらは値段を聞いても外国人料金は問い合わせてくれと言われました。<br /> <br /> そう言えば、そもそもクリヤヨガには瞑想ホールすらなかったですしね。あるいはあの小さいテントが瞑想ホールだったのかもしれないですが。<br /> <br /> ヨガナンダのところは1年間練習を続けたらイニシエーションができるそうです。ここのスタッフが言うには、よそでいきなりイニシエーションを受けさせるのは間違っているとのこと。それは確かにそうだよねえ、と妙に納得しました。よくわからないうちにイニシエーション受けさせてドネーションっていうシャンカラナンダのクリヤヨガは違和感ありましたからね。そちらのスタッフの説明も納得いかないものでしたし。お金儲けと思われても仕方がないです。<br /> <br /> ヨガナンダのところは有名すぎて今まで割とスルーしていましたけど、このブースを見て見識を改めました。<br /> <br /> Sun, 20 Jan 2019 00:00:00 +0900 クンバメーラ、ヴィヴェーカナンダのキャンプ https://w-jp.net/2019/1495/ <br /> ヴィヴェーカナンダのキャンプを発見。西洋に広くインド哲学を広めた初期の巨人の1人で、私も「ラージャヨーガ」本を読んで勉強になりましたが、どんなところかと思えば意外にこぢんまりとしています。割と普通というか巨人にしては普通すぎて、イメージより随分と小さいかも。<br /> <br /> Sun, 20 Jan 2019 00:00:00 +0900 クンバメーラの堂々としすぎなドラッグ密売人 https://w-jp.net/2019/1494/ <br /> クンバメーラ会場を歩いていたら変なインド人が「スモーク、スモーク!」と言って話しかけてきたのです。私はタバコは吸わないのでそう伝えても何故か引き下がらず懐から何か鉄の塊を引っ張り出して口に当てるそぶりをして「これだ、これだ」と言います。なんじゃこりゃ? この鉄の塊、初めて見たぞ... するとその変な男が懐からもう1つの袋を出して「これだ、これだ」と再度言いますが、何のことかよく分からないので「なんじゃこりゃ?」と聞いたら「ドラッグだ」と言うではありませんか。はぁ~。すぐ目の前に特設の警察出張所があるのに堂々とドラッグ売りつけてくるような場所なんですね、ここ。警察が見ていますよ。<br /> <br /> <br /> <br /> 私がたしか2006年頃、初めてインド旅行をした時にバラナシで数回ドラッグ買わないかと言われて無視したことがありますが、その時はこっそりという感じで密売人が話しかけてきたのに、こんなに堂々としていて、しかも写真撮らせてくれと言ったら普通に撮らせてくれるなんて、なんて堂々としているドラッグ売人なのでしょう(苦笑)<br /> <br /> ドラッグがこういう形をしているなんて初めて知りましたよ。まあ、あんまり興味ないですけど。話のネタ程度ですね。まあ、北のカシミールとかにはドラッグ多いらしいですし、外国人が集まるゴアとかバラナシとかには売人が多いという噂は聞きますけど、バナラシは上のような感じでしたし、ゴアにしても私は滞在が短かったせいか、ドラッグなんて聞いたことないですけどね。まあ、聞けば教えてくれるのかもしれないですけど、興味ないので。<br /> <br /> それにしても、旅行記とか読むとドラッグのことがよく書いてあってインドはドラッグ大国だというイメージが元々あったのですが、実際に旅行してみるとドラッグなんて接する機会は皆無というか、上に書いたバラナシ(2006年)以降は全くそういうことがなくて今回13年ぶりにドラッグの売人に話しかけられました。しかもこんなに堂々としている密売人がいるんですね(苦笑)<br /> <br /> もちろん私は買わなかったのですが、写真を撮ったのでチップをくれと言われてチャイ代10ルピー(約18円)渡しました。<br /> Sun, 20 Jan 2019 00:00:00 +0900 クンバメーラ2019ヨグマタ相川圭子キャンプを見学 (クンブ・メラ) https://w-jp.net/2019/1489/ <br /> インドのクンバメーラ(クンブ・メラ)2019にてヨグマタ相川圭子のキャンプを発見。ほんとにあるんですね... ただ、いまヨグマタはここにはいないそうです。<br /> <br /> <br /> <br /> パイロットババジっぽい人が人々に祝福を与えていたので私も列に並ぶことに。(別人かも?)<br /> 正座から足元にお辞儀しておでこを床につけるのですが、このグルジが貫禄あって皆のお辞儀に全く違和感がないです。こういうのがカリスマのあるグルジなんですねえ。しかも嫌味っぽくなくて超自然体。確かに修行進んでいそうです。弟子たちも落ち着いているので、真面目にきちんとやっているところなのでしょう。<br /> <br /> 私も皆と同じようにおでこを床までお辞儀したけど自然な感じでした。私はここの信者ではないしヨグマタの本もほとんど読んだことありませんけど、祝福を受けるのは誰でも良いみたいな感じでした。<br /> <br /> ふと思ったのですが、クンバメーラはお祭りであることはもちろんですが、ヨガ団体の展示会みたいなものでもあるかもしれませんね。ヨガの人たちは一生に1人のグルとか言っていますけど多くの伝記を読むと複数人数から教えをもらうのがほとんどな気がしますしね。良い人たちが集まっているところにもっと人が集まるし、逆もまたしかり。<br /> <br /> その後、急に具合悪くなって、隣が政府の無料アユールベーダ病院だったので薬をもらいました。しばらく安静にします。3時間ほど眠ってから帰ってきました。<br /> 具合が悪くなったらすぐそこに無料の病院があるなんて、なんて運が良いのでしょう。<br /> きっとグリーンサラダが原因ですね。<br /> バンガロール長期滞在時はお腹が強くなって、お腹が痛くなっても半日で回復していましたが、久々に滞在したらお腹が弱くなっているみたいです。<br /> ただ、最初にインド旅行した時は4~5日調子が悪かったのが、今回は1日半くらいで回復してきたのでまだ耐性は残っているようです。<br /> <br /> <br /> <br /> ヨグマタのキャンプ(ブース)がクンバメーラにあることがあまりよくわかっていなくて都市伝説の類いと思っていましたが、この看板と写真の大きさ本気ですね。家の作りもよそより随分としっかりしていました。<br /> Fri, 18 Jan 2019 00:00:00 +0900 クンバメーラ会場で見かけた興味深い人達 https://w-jp.net/2019/1491/ <br /> ずっと単焦点の標準レンズ相当ばかり使っていましたが、今度の新しいコンデジが40倍ズームなので意外に構図の自由度があって面白いです。<br /> 遠くからまるで隠し撮り状態で撮れてしまいます。今までミラーレス一眼でしたがこの新しいカメラはコンデジで、コンデジなのに機能が良くてカメラの進化に驚いています。使いやすくて思い通りに撮れるので気に入っています。<br /> <br /> 女性ももっと撮りたかったのですが、実はサドゥやスワミはほとんど男性なので女性はサリー着たメイドさんがいるくらいです。<br /> <br /> Wed, 16 Jan 2019 00:00:00 +0900 クンバメーラ会場の寺院からの展望 https://w-jp.net/2019/1493/ <br /> クンバメーラで展望の良い寺院に登ってみました。<br /> ここから見える範囲でクンバメーラの10分の1あるかどうか? さっぱり規模感がわからないくらい広いです。来場者数も多いですけど敷地も広いので意外に混雑はそれほど感じません。というか空いている印象すら受けます。<br /> 日本の有名な祭りの方がよほど混雑している気がします。<br /> <br /> Tue, 15 Jan 2019 00:00:00 +0900 クンバメーラ2019 早朝パレード見学 https://w-jp.net/2019/1490/ <br /> 今朝はクンバメーラの興味深い儀式(?)を見ました。ガンジス川とヤムナ川が交わる地点(概念的にサラスワティ川とも言うらしい)に向かって裸のサドゥたちが行進し、最後には沐浴するのです。<br /> バラナシやリシケシで沐浴見てもいまいちその重要性がピンと来ていなかったのですが、この本気の人たちを見たら沐浴とはこういうことなのかと少し実感した気がします。<br /> <br /> 日本人からすると汚いガンジス川の沐浴なんて微妙な人が多いでしょうが、こういう感覚でインド人は沐浴しているのでしょうかね。<br /> 何故真っ裸なのかはよく分かりませんけど。どうやら裸なのはシバ派の人たちのようです。<br /> <br /> 時間と場所がよく分からなかったので2時に起きて2時半に出かけて3時半頃から散策し、それっぽい場所でスタンバイしていたら5時55分から見れました。どうやらパレードが始まってから最後のガンジス川&amp;ヤムナ川合流地点に移動して来るまで結構かかるみたいですね。私はゴールで待っていましたのでかなり時間がかかりましたが見れて良かったです。<br /> <br /> <br /> <br /> インド人に聞いたらこれはMain Bathの日限定だそうで、明日の朝にこれはないそうです。着いて早々にこれが見られてラッキーでした。<br /> 次は21日の朝がチャンスかも? とも思いましたが21日にはありませんでした。初日限定なのでしょうか?<br /> <br /> 裸な上、早朝で気温7度しかないので震えてます...<br /> <br /> <br /> <br /> Tue, 15 Jan 2019 00:00:00 +0900 ゲーム https://w-jp.net/topics/ゲーム/ ゲーム 懐かしのネットハック(NetHack)をチートでプレイ [RPGゲーム] https://w-jp.net/2018/1488/ <br /> 30年前のコンピュータ黎明期に私を熱狂させたネットハック(NetHack)がまだ生き残っていることにびっくりしました。<br /> 当時は普通にプレイして最高で15階前後(?)の別世界みたいなところに行くのが限界だったような気がしますがあまりよく覚えていません。<br /> <br /> <br /> <br /> 今回ちょっとプレイしてみたくなりましたが、流石に真面目にプレイしている年ではありませんのでもちろんチートします。 元々NetHackには探索モードとかついていますがそれを使ってしまうと正式クリアにならなかったり何かと不便なことも多いので、せっかくソースコードがあるのですからソースに手を入れます。<br /> <br /> 普通はワルキューレが最初から良い盾を持っているのでやり易いですし、魔法は何度も覚え直さないとどんどんと忘れるシステムなので普通にやるには力が強いキャラの方がやり易いのですがチートしてしまえば魔法は何回でも使えますしHPとMPは関係ないのでエルフの女魔法使い(ウィザード)で行きます。魔法使いと言えばなんとなくロードス島戦記の女性のエルフのイメージが残っています。<br /> <br /> 今回はチートするためにソースコードからビルドします。環境はMacです。<br /> まずは以下をダウンロード<br /> ソースコード nethack-361-src.tgz (公式ページ)<br /> 日本語パッチ jnethack-3.6.1-0.3.diff.gz (JNetHackページ)<br /> メモ: 以下のように文字コード変換しつつパッチ適用する必要がありそう。 <br /> cat jnethack-3.6.1-0.1.diff |iconv -f cp932 -t utf8 | patch <br /> ・・・と思ったら3.6.1はgcc5を使っていて、gcc5はMac OS Mojave Ver 10.14.3 には対応していなくてビルドが通らないので英語の最新版を以下からゲットしてやり直し。<br /> https://github.com/NetHack/NetHack Ver 3.6.2 (Beta)<br /> <br /> ■コマンドのメモ<br /> GCCが必要なのでBrewを使ってインストール<br /> brew install gcc<br /> <br /> ビルドしてインストール<br /> sh sys/unix/setup.sh sys/unix/hints/macosx10.10<br /> make install<br /> <br /> どこにインストールされたのかなと思ったら Users/ユーザ名/nethackdir にインストールされていましたので起動するにはコマンドラインから以下を実行すると開始します。<br /> nethackdir/nethack<br /> <br /> このままでは移動にテンキーを使えなかったり不便なので Users/ユーザ名/.nethackrc というファイルを作って設定します。<br /> <br /> OPTIONS:number_pad<br /> 参考:<br /> や &lt; で同じキーを押すと階段を上り下りする。ペットがいる場合は隣接していないと付いてこないので注意<br /> k を押してから方向キーを押すとキック。閉じている扉を蹴り破ることができる。<br /> dで荷物を置く。魔物の死骸をペット近くに置くとペットに餌をあげるという意味になる。<br /> eで食べる(チートするなら関係ない)<br /> ,で拾う(お店の商品など)<br /> pでお店で買った代金を払う<br /> wで剣装備, Wで鎧装備, Aで剣/鎧解除<br /> Pで指輪やお守り(アミュレット)装備, Rで指輪やお守り(アミュレット)解除<br /> Zで魔法<br /> @ 自動で物を拾うモード(Auto Pick up)の切り替え<br /> aで道具を使う。例えば、暗いところでランプを使うと遠くまで見えるようになる。魔法のマーカ(Magic Marker)を使うと何も書いていない巻物に呪文を書き込むことができる。何を書けるかはNethack Wiki: Magic markerを参照。「magic mapping」等。<br /> $で現在の所持金表示<br /> r 巻物を読む<br /> qで何かを飲む<br /> tで物を投げる<br /> #chat で話しかける<br /> #loot で地面にある大箱(Large Box)を開ける。鍵がかかっている場合は鍵を「.」に対して使うと箱の鍵を開けることができる。<br /> #adjust で道具に割り当てられたレターのアルファベットを変更できる。<br /> <br /> ■チート<br /> ビルドし直す度にsaveディレクトリがクリアされてしまうのを避けるためビルドは make install の前後に少しコマンド追加して行います。<br /> mkdir save_backup ; mv ~/nethackdir/save/*.Z save_backup/ ; make install ; mv save_backup/*.Z ~/nethackdir/save/<br /> <br /> src/allmain.c<br /> 83行目のfor (;;) {のループがコマンド入力の処理なのでこの辺りにいくつか処理を埋め込む。if (context.move) {の上あたりが良さそうです。<br /> <br /> MAX HPを9999に設定<br /> u.uhpmax = 9999;<br /> 常時体力回復、体力が少ない時の急回復。ずっと体力MAXでも良いのですがどのくらいダメージ食らっているのか分かるようにこうしてあります。<br /> if (u.uhp &lt; u.uhpmax / 2) {<br /> u.uhp = u.uhpmax * 2 / 3;<br /> }<br /> if (u.uhp &lt; u.uhpmax) {<br /> u.uhp++;<br /> }<br /> MAX MPを9999に設定<br /> u.uenmax = 9999;<br /> 常時MP回復、MPが少ない時の急回復。ずっとMP MAXでも良いのですがどのくらいMP消費しているのか分かるようにこのようにしてあります。<br /> if (u.uen &lt; u.uenmax / 2) {<br /> u.uen = u.uenmax * 2 / 3;<br /> }<br /> if (u.uen &lt; u.uenmax) {<br /> u.uen++;<br /> }<br /> 常時食事回復 (これで、倒した獲物はペットに全部食べてもらえば良いです)<br /> if (u.uhunger &lt; 900) {<br /> u.uhunger++;<br /> }<br /> すぐにレベルアップするためのおまじない<br /> if (u.ulevel &lt; MAXULEV &amp;&amp; u.uexp &lt; newuexp(u.ulevel) - 20) {<br /> u.uexp = newuexp(u.ulevel) - 20;<br /> }<br /> <br /> <br /> 食事での死亡(体力0)を避けます。<br /> src/eat.c 2215行目の u.uhp += otmp-&gt;cursed ? -rnd(20) : rnd(20); でランダムにより体力低下して死ぬ可能性があるのでこの後に判定入れます。<br /> u.uhp += otmp-&gt;cursed ? -rnd(20) : rnd(20); ここはそのまま<br /> if (u.uhp &lt; u.uhpmax / 2) { この行追加<br /> u.uhp = u.uhpmax / 2; この行追加<br /> } この行追加<br /> <br /> <br /> お金たくさん<br /> src/hack.c の以下を変更<br /> money_cnt(otmp) ここはそのまま<br /> struct obj *otmp; ここはそのまま<br /> {<br /> return (long) 9999; この行追加<br /> <br /> お店で買い物をするときに変なメッセージが表示されるが購入はできるので気にしない。<br /> <br /> <br /> ウィザードモードでなくても常に「Saveファイルを取っておくか」を選択できるようにする。<br /> <br /> sys/mac/macmain.c 101行目あたりの条件文を外す<br /> // if (discover || wizard) { この行をコメントアウト<br /> if (yn("Do you want to keep the save file?") == 'n')<br /> (void) delete_savefile();<br /> else {<br /> (void) chmod(fq_save, FCMASK); /* back to readable */<br /> nh_compress(fqname(SAVEF, SAVEPREFIX, 0));<br /> }<br /> // } この行をコメントアウト<br /> 常にSaveファイルを残したいのであれば更にコメントアウト。(この場合「最初からやり直す」場合はセーブファイルを消せば良い。)<br /> // if (discover || wizard) { この行をコメントアウト<br /> // if (yn("Do you want to keep the save file?") == 'n') 更にこの行をコメントアウト<br /> // (void) delete_savefile(); 更にこの行をコメントアウト<br /> // else { 更にこの行をコメントアウト<br /> (void) chmod(fq_save, FCMASK); /* back to readable */<br /> nh_compress(fqname(SAVEF, SAVEPREFIX, 0));<br /> // } 更にこの行をコメントアウト<br /> // } この行をコメントアウト<br /> src/restore.cも変更する必要があります。<br /> // if (!wizard &amp;&amp; !discover) この行をコメントアウト<br /> // (void) delete_savefile(); この行をコメントアウト<br /> <br /> 既存Saveファイルの上書き確認を無くして常に上書きにしたい場合は src/save.c 149目以降 を直します。<br /> if (fd &gt; 0) {<br /> (void) nhclose(fd);<br /> clear_nhwindow(WIN_MESSAGE);<br /> // There("seems to be an old save file."); この行をコメントアウト<br /> // if (yn("Overwrite the old file?") == 'n') { この行をコメントアウト<br /> // nh_compress(fq_save); この行をコメントアウト<br /> // return 0; この行をコメントアウト<br /> // } この行をコメントアウト<br /> }<br /> これで「死んだら最初からやり直し」みたいな鬼ゲーから普通にSaveできるゲームに変わります。<br /> <br /> <br /> 魔法を「必ず成功」にする。<br /> src/spell.c 1713行目のpercent_success関数のreturnを100にする。<br /> percent_success(spell)<br /> int spell;<br /> {<br /> return 100; この行を追加<br /> 魔法は使うごとにどんどん忘れてしまうので、忘れないように記憶度(Retantion)を強制上書き<br /> src/spell.c 912行目あたりで<br /> spellknow(spell) = KEEN; この行を追加<br /> if (spellknow(spell) blessed = 1; この行を追加<br /> otmp-&gt;cursed = 0; この行を追加<br /> <br /> <br /> アイテムを拾った時に強制的に「ろうそく」にする。クリアに必要だが見つからない時の緊急用。<br /> 上と同様にsrc/pickup.c 1530行目のpick_obj関数の先頭で設定<br /> otmp-&gt;otyp = TALLOW_CANDLE; この行を追加<br /> ただし、これは他の属性はそのままなので重さや種類などは変わないままなので挙動が変になります。あくまでもクリアのための緊急用。拾う場合は「a 使う」コマンドが使える種類のものを拾ってすぐに祈りの燭台(Candelabrum of Invocation)に付けてしまいましょう。<br /> <br /> 巻物を必ず「祝福された」属性にする。<br /> src/read.c 402行目のif (!seffects(scroll)) {の上あたりで強制的に属性を設定。<br /> scroll-&gt;blessed = 1; この行を追加<br /> scroll-&gt;cursed = 0; この行を追加<br /> 稀に呪われた巻物を読みたい時もあるかもしれないですが、その時はコメントアウトしてビルドし直して下さい。<br /> 上にある「アイテムを拾った時に必ず”祝福された”属性にする。」で十分ならばこれは不要。<br /> <br /> <br /> 巻物を読む時、数量を2に設定(その後1つ使われるので残りは2になる)<br /> 上と同じくsrc/read.c 402行目のif (!seffects(scroll)) {の上あたりで強制的に設定。<br /> scroll-&gt;quan = 3; この行を追加<br /> <br /> <br /> 巻物を読んだ時に特定の巻物を読んだことにする。[非常用]<br /> src/read.c 402行目のif (!seffects(scroll)) {の上あたりで強制的に巻物の種類を設定。 これは、使用する巻物に該当の属性をつけてから巻物を読むと言う処理になる。よって、2つ以上持っている場合はその巻物の種類が変わってしまって1つ消費すると言う動きになるので注意。<br /> <br /> 虐殺の巻物の場合。<br /> scroll-&gt;otyp = SCR_GENOCIDE;<br /> 祝福された巻物ならクラスごとまとめて虐殺できる。(参考: 何を虐殺すべきか)<br /> 虐殺候補: 「lich」 リッチ等 「;」巨大ウナギ系 「V」ヴァンパイア 「Z」ゾンビ 「T」トロール 「N」ナーガ 「P」プリン 「n」ニンフ 「h」マインドフレア(ドワーフも) 「c」コカトリス <br /> <br /> 鑑定の巻物の場合<br /> scroll-&gt;otyp = SCR_IDENTIFY;<br /> これは非常用。例えば敵が強過ぎて通過できない時に虐殺の巻物を読みたい、等という時に一時的に使うことを想定。読み終わったらソースを戻してビルドし直さないとその巻物しか使えなくなるので注意。<br /> <br /> <br /> 敵へのダメージ増大<br /> src/weapon.c 349行目の return tmp; の上で値を増やす<br /> tmp = (tmp * 5) + 100; この行を追加<br /> return tmp; この行はそのまま<br /> 強い敵が出るまではこれは不要かも。普段はノーマルで、増殖したデーモンなど倒すことができない魔物に一面囲まれて倒すこともできず逃れることもできないような状況でのみ使うと良いかも。ダメージを与えられない敵が現れたら値を増やす。<br /> <br /> 杖の使用可能数を強制設定<br /> src/zap.c 2199行目の if (!zappable(obj)) の上で値を強制設定<br /> obj-&gt;spe = 10; この行を追加(10回に設定)<br /> if (!zappable(obj)) この行はそのまま<br /> <br /> <br /> 「祈る」(#prayコマンド)を必ず成功させる。<br /> src/pray.c 1834行目のdopray関数の中にあるウィザードモードの処理を流用する。<br /> <br /> 1846行目の<br /> if (wizard &amp;&amp; p_type &gt;= 0) {<br /> を<br /> if (p_type &gt;= 0) {<br /> にする。<br /> <br /> <br /> <br /> ■攻略<br /> 階段が2つある階の片方からノームの鉱山(Gnomish Mines)に行ける。まずはそこを攻略してから階段が2つある階まで戻る。<br /> 普通は攻略までに何十回も死んで(最初から)やり直しで、たまにしか攻略できません。毎回レベル1からやり直しなので、そのくらいまでで大抵は気力が果てます。今回はチートしているので更に先に進みます。これから先はあんまりしたことがないので初めての場所が多いです。<br /> <br /> オラクルの神託所(The Oracle)に到着<br /> <br /> 拡張コマンドの #chat で話しかけることができる。50じゃ大したことは聞けないが2000払えば重要な情報を教えてもらえる。例えばメヂューサの倒し方とか、最後の破壊神モーロック(Moloch)の聖域(サンクチュアリ)に入る方法など。<br /> <br /> <br /> そのうちまた階段分岐(登る階段が2つの部屋)が出てくるが、倉庫番ゲームのような岩動かしパズルを解く必要がある。なんとまあ。こんなの昔あったっけ? 最後の通路は落とし穴なので岩で塞がないといけないようだ。最初はクリア不可能かと思ったが、これは倉庫番そのものではないので幾つかの岩を杖の魔法で破壊することでクリア。この階、魔法のdig(掘る)は無効にされてしまうので杖がないとクリアできないのかも? 前の階で拾った2つの杖を使ってクリアするという面な気がしてきました。<br /> <br /> <br /> この階はそんなに難しくありませんが一番奥の岩の下に杖が隠れていました。<br /> <br /> <br /> この階は敵が多く出るので最後の通路に敵が挟まるとクリア不可能になるので注意...<br /> 攻略すると動物園(というか魔物ぎっしり部屋)があり、その奥に良いアイテムが落ちている。今回の場合は軽量化の鞄。鑑定しないと普通の鞄のように見えるが、中に入れると重量軽減される筈。<br /> <br /> そして、元のダンジョンまで戻る。<br /> <br /> <br /> すると、祭壇「_」を発見。アンダーバーですけど、祭壇です。属性があって、自分と同じ属性でないと変なことが起こります。<br /> これは低い階に出現することもありますが今回はこれが初です。ここに物を置くと呪われているかどうかを調べることができます。<br /> 又、新鮮な魔物の死体を #offer コマンドで捧げると良いことがあります。属性を自分のものに変更できたりします。<br /> とても困った時は #pray で何かいいことがるかもしれませんが祈りすぎると神様が怒って罰が下ります。<br /> <br /> <br /> もうちょっと進んだらいきなりテレポートの罠(?)に引っかかり、故郷(Homeland)っぽいところに飛ばされました。これは職業によって飛ばされるところが違うようです。どうやら Dark Oneというのを倒してEye of the Aethiopica というのを取り戻せば良いらしい。依頼を受けた部屋の奥の隠し扉の奥に階段があったのでそこからクエスト開始。<br /> <br /> <br /> Dark Oneを倒してEye of the Aethiopicaを入手し、依頼主に話しかければクエスト終了。<br /> 銀のベル(silver bell)入手。鑑定すれば開放のベル(Bell of Opening)になる。クリアに必要。<br /> ちなみに、クエスト最後にある祭壇で祈ったら魔法使い最強の武器 マジックベーン (Magicbane) が出てきました。<br /> <br /> <br /> その後、深い階の隠し金庫に入るとローディオス砦(Fort Ludios, フォートローディオス)に飛ばされた。<br /> <br /> <br /> 魔物の群れを倒すと沢山のお金が手に入るが、チートしているのならばあまり関係ない。<br /> <br /> <br /> 元のダンジョンを更に降りてゆくとメデューサレベル(Medusa level)に到達。<br /> <br /> オラクルの神託所(The Oracle)で以下のような情報が入手できますが、普通にメデューサの神話の話を知っていれば想像がつく内容です。<br /> <br /> <br /> 私はたまたま魔法使いで cone of cold の魔法が使えるのでそれで地面を凍らせて進むことができますしチートしているから魔法使い放題だから良いものの、魔法やアイテムがなければ途方にくれそうな場所です。同魔法が使えてもチートしていなければ魔力や魔法の記憶度(Retantion)が足りなくなりそうなくらい水に囲まれています。彫像の1つに入っている反射の盾(shield of reflection)を装備してメデューサの部屋に行くとメデューサが石像になっている。何もメッセージがないので分かり辛いが反射の盾無しで行くと石化されてゲームオーバーなので違いがわかる。メデューサがいた場所に石などが散乱しているので分かり辛いが、その場所に下に行く階段がある。<br /> <br /> <br /> 地下29階の「城(Castle)」に到着。落とし穴はジャンプの靴を履いて #jump あるいは浮遊の靴で飛び越える。<br /> <br /> <br /> 地味に攻略して地下30階に到達。ここは「死の谷(Valley of the Dead)」と言う階のようです。攻略ページだとこの階からゲヘナとなっていますが、メッセージを読むとこの階はゲヘナではなくて次の階からゲヘナのようです。変わったのかな? 流石に敵が強くなってきて進みが遅くなってきました。祈っても自分の神様に願いは届かない階にまで来てしまったようです。デーモンが増殖して囲まれたら動けなくなってやられ放題なので、チートしていなければあっさりゲームオーバーっぽい感じです。<br /> <br /> <br /> 階段が見つからないのでそこらじゅうdig(掘る)魔法で穴を開けてようやく階段発見。ほとんどの壁はdig(掘る)が無効ですが一部の壁は掘ることができました。<br /> <br /> <br /> そして31階のゲヘナへ突入。<br /> <br /> ちなみに、ここまでに覚えた魔法は以下。<br /> <br /> 魔法を覚えたならば同じ巻物は不要になります。巻物は1回使うとなくなりますが魔法であればMP消費するだけですので。例えば鑑定の魔法を覚えたら鑑定の巻物は不要になります。<br /> よく使う攻撃の魔法は Finger of Death ですが敵の種類によっては Cone of Cold や Magic Missile が効いたりします。<br /> 池などを凍らせてその上を歩くには Cone of Cold が使えます。<br /> 壁を壊すには dig (掘る) を使います。<br /> <br /> <br /> 何階か下がると迷路っぽい面に来ますが、dig (掘る) 魔法が使えるので迷路になりません。<br /> <br /> <br /> 迷路を超えると広い部屋に出ました。地下34階です。暗いのでランプを使っても周囲しか見えません。どうやら水が多い階のようです。<br /> どうやらここはジョウビレックスの沼(Juiblex's swamp, ジョウビレックスフロア)と言うようです。<br /> <br /> <br /> やがて、アスモデウスの隠れ家(Asmodeus' Lair, アスモデウスフロア)に到着。地下36階<br /> アスモデウスはチートしていてもなかなか倒せない。30攻撃くらいしても倒せなかったのでチートのダメージ数を少し増やしたら一撃で撃退。ダメージを与えるためのしきい値を超えていなかったのかな?<br /> <br /> <br /> 地下37階、バアルゼブの隠れ家(Baalzebub's Lair, ベルゼブブフロア)に到着。<br /> <br /> <br /> バアルゼブ(Baalzebub)は通行料を要求してくるので素直に払います。<br /> 払わないか金額が少ないと怒って悪魔を召喚してきますが、これがとてつもなく強くてチートしていても倒せずに殺されてしまいますので払ったほうが良さそう。他の抜け道は知りませんけどこのあたりになるとお金なんて使い道もないので払っても問題なしですし、そもそもチートしているのでお金は関係ないです。チートしているととてつもない金額を要求されてびっくりしますが、チートを外して何度か試してみたら1500とかの要求の時もあったので、それほど法外と言うわけでもなさそうです。相手の懐具合をみて決めているようなな感じです。<br /> <br /> <br /> 地下39階、オーケスの町(Orcus-town, オーケスフロア)を通過します。<br /> <br /> <br /> 同階に分岐があったので階段を登ってみると「熱と煙が消えた」と表示されたのでゲヘナ以外のところに通じているような感じですね。<br /> <br /> <br /> どうやらここは「ヴラドの塔(Vlad's Tower)」らしい。<br /> 吸血鬼ヴラド(Vlad the Impaler)を倒して祈りの燭台(Candelabrum of Invocation)を入手する。クリアに必要。<br /> <br /> <br /> 地下45階で 偽の魔法使いの塔 (Fake Wizard's Tower)を発見。<br /> 池を魔法で凍らせてから壁をdig(掘る)魔法で穴を空け、中にいる吸魔の怪物(disenchanter)を倒したけど大したものを持っていない。<br /> <br /> <br /> 地下47階で同様の 偽の魔法使いの塔 (Fake Wizard's Tower)を発見。<br /> この真ん中に行くと魔法の入り口が作動して本当の魔法使いの塔 (Fake Wizard's Tower)に行ける。<br /> <br /> この奥に イェンダーの魔法使い(Wizard of Yendor)がいて倒す必要があるが、倒しても倒しても強くなって復活してくるのでまだ倒さずに入り口だけ確認してまずは通常の迷宮を行けるところまで攻略する。その後、魔法使いの塔 (Fake Wizard's Tower)でイェンダーの魔法使い(Wizard of Yendor)を倒す。<br /> <br /> <br /> 最後の部屋は何やら凄い感じがするらしい。そこでイェンダーの魔法使い(Wizard of Yendor)を倒します。<br /> <br /> <br /> 倒したらスペルブック(Spellbook)を入手し、鑑定すれば 死者の書(Book of the Dead )になります。クリアに必要。<br /> <br /> <br /> 地下48階の「足元から神妙な振動を感じる」場所に行きます。<br /> <br /> ここで何をすれば良いのかはオラクルの神託所(The Oracle)で聞くことができます。<br /> <br /> まず、祈りの燭台(Candelabrum of Invocation)にろうそく7本を付けます。<br /> <br /> <br /> その後、その祈りの燭台(Candelabrum of Invocation)を使います。<br /> <br /> <br /> 次に開放のベル(Bell of Opening)を使います。<br /> <br /> <br /> 次に死者の書(Book of the Dead )を読みます。<br /> <br /> <br /> すると、マップが変わって階段が現れます。<br /> <br /> <br /> 地下49階。この部屋の入り口でも特別なメッセージ「薄気味悪い感じがする部屋だ」が表示されました。<br /> <br /> <br /> 破壊神モーロック(Moloch)の祭壇および司祭を発見。<br /> <br /> <br /> 警告を無視して侵入すると神聖を犯したことで怒って攻撃してきます。<br /> 倒すと イェンダーの魔除け(Amulet of Yendor)を落とすので入手。<br /> <br /> その後、地上まで延々と戻る。<br /> <br /> <br /> 地上に戻ると、もう少し試練が続きます。<br /> <br /> <br /> 最終試練(Final Test)だそうです。<br /> <br /> ここまではRPGですが、この最終試練(Final Test)は5階あるが、そのうちの最初の4階、土のレベル・風のレベル・火のレベル・水のレベルは毛色が違うというか、作者が別でしょ? って思わせるほど雰囲気が違う。ただ単に面倒なだけで「ゲーム」になっていない。ここまではちゃんとした古典的RPGなのにここは攻略方法らしき攻略方法も大してなくて、どっかの意地悪な頭の良いプログラマが後付けした感がプンプンします。せっかくここまで面白いゲームなのに、こういう意地悪なプログラマが首突っ込んでゲームバランスを崩すのは許せないね。ほんと、もったいない。この最終試練(Final Test)いらないでしょ。 面倒で時間かかるだけでゲームになってないし。最後の天上界(Astral Plane)は最後だからこのくらいでも良いと思いますけど。<br /> <br /> 最初は土のレベル(Earth Plane)。どこかにある魔法の入り口(ランダム)を探すと言う微妙な構成。魔法の入り口は元々空間だった所のどこかにある。<br /> <br /> <br /> 次は風のレベル(Air Plane)。空に浮いているので浮遊の靴などを使わないと移動できない。<br /> 広いマップだが、動くと所々雲が晴れて、雲が晴れた範囲では扉探索の杖(wand of secret door detection)が使える。<br /> <br /> <br /> 今回は右上で見つかった。どうやら大体同じあたりにあるらしい?<br /> <br /> <br /> 次は火のレベル(Plane of Fire)<br /> 地上のどこかに魔法の入り口があるので探す。今回は中央上部にありました。<br /> <br /> <br /> 次は水のレベル(Water Plane)。水の中の水たまりを動きながら魔法の入り口を探す。<br /> とは言っても、入り口は移動しているらしいのでこんなの運次第。<br /> しばらく動いていたらなんだかよくわからないうちにワープして天上界(Astral Plane)へ。<br /> <br /> <br /> 「&amp;」マークのペスティレンス(Pestilence)が死に至る病気を撒き散らすのでユニコーンの角で直しつつ撃退。チートしていても油断していたら数<br /> ターンでやられてしまうほど手強い。<br /> <br /> <br /> さて、最後の祭壇に到着。イェンダーの魔除け(Amulet of Yendor)を捧げてみますが、何か変...<br /> <br /> <br /> エンディング?<br /> 「トート神は捧げ物を受け入れた。そして、力を得たことで戦いの神アンフル(Anhur)に対して優位になり、トート神は支配力を得た。」<br /> 「アンフル神(Anhur)は激怒したが、貴方はトート神により守られているため死ぬことはなかった。」<br /> 「オレンジ色の煙が貴方を包んだ...」<br /> <完?><br /> <br /> あれ? 何かメッセージが変... 昇天する筈だけれども... この神殿の司祭に話しかけたら、どうやらここはトート神の神殿らしい。ふむ。 確認してみたら最初はアンフル神(Anhur)を崇めていたので、違う神に捧げてしまったっぽいです。どうやらバッドエンドしてしまった模様。チートしているのでセーブポイントからやり直し。<br /> <br /> <br /> 同じ階の左の方に行ってみる。そこにも祭壇と司祭がいる。<br /> <br /> <br /> ここは神が違って プタハ神(Ptah)の神殿らしい。<br /> <br /> <br /> 試しに捧げてみると、やはり同様のバッドエンド。<br /> <br /> <br /> 右の祭壇に行ってみるとそこはアンフル神(Anhur)の神殿。ここがどうやら正解のようです。<br /> <br /> <br /> エンディング<br /> 「貴方はイェンダーの魔除け(Amulet of Yendor)をアンフル神(Anhur)に捧げた...」<br /> 「目に見えない合唱団が歌い始めた。そして貴方は輝き始めた...」<br /> 「アンフル神(Anhur)の声が鳴り響いた:(死ぬべき運命にある人などの)生物よ! よくやった!」<br /> 「お前の貢献の見返りに、お前を不死にしてやろう!」<br /> 「貴方は (神話などの)神格化された半神半人の称号を得て、昇天した。」<br /> <完><br /> <br /> <br /> 全マップ<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> Sun, 30 Dec 2018 00:00:00 +0900 openMSXで三国志II MSX2版 チートコード付 https://w-jp.net/2018/1487/ <br /> 懐かしの三国志IIをプレイ。<br /> <br /> <br /> <br /> ■openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> 国4番并州のお金沢山: poke 0xBD40 255<br /> <br /> Thu, 25 Oct 2018 00:00:00 +0900 openMSXで大航海時代[初代] MSX2版 チートコード付 https://w-jp.net/2018/1486/ <br /> 懐かしの大航海時代[初代]をプレイ。<br /> <br /> <br /> <br /> ■openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> 主人公キャラのボーナスポイントを50にリセット: poke 0xBDF9 50<br /> 所持金たくさん: poke 0x9DB2 255 (「自分の情報」画面および取引前に有効。画面次第で有効)<br /> 名声: poke 0xA8D4 数字 (イベント発生するように少しづつ) (「自分の情報」画面および取引前に有効。)<br /> <br /> Wed, 24 Oct 2018 00:00:00 +0900 openMSXでシュヴァルツシルトII ~帝国の背信~ MSX2版 チートコード付 https://w-jp.net/2018/1484/ <br /> 懐かしのゲームをプレイ。<br /> <br /> <br /> <br /> openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> FUND poke 0xC49F 255<br /> RESOURCES poke 0xC4C1 255<br /> 第1艦隊 poke 0xBC3E 5<br /> 第2艦隊 poke 0xBC49 5<br /> 第3艦隊 poke 0xBC54 5<br /> 第4艦隊 poke 0xBC5F 5<br /> 無所属A poke 0xC277 5<br /> <br /> Tue, 23 Oct 2018 00:00:00 +0900 openMSXでシュヴァルツシルト ~狂嵐の銀河~ MSX2版 チートコード付 https://w-jp.net/2018/1483/ <br /> 懐かしのゲームをプレイ。<br /> <br /> openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> 資金 poke 0xC49F 255<br /> 資源 poke 0xC4C1 255<br /> 第1艦隊 poke 0xBC3E 35<br /> 第2艦隊 poke 0xBC49 35<br /> 第3艦隊 poke 0xBC54 35<br /> 第4艦隊 poke 0xBC5F 35<br /> 無所属A poke 0xC277 35<br /> <br /> Mon, 22 Oct 2018 00:00:00 +0900 openMSXでXak2 (サーク2) MSX版 チートコード付 https://w-jp.net/2018/1482/ <br /> 懐かしいプレイ。<br /> <br /> <br /> <br /> TurboRでないと動きが遅いのでTurboR推奨です。(BIOSの変え方はこちら)<br /> <br /> openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> 所持金たくさん: poke 0x6E15 255<br /> EXP(0~255): poke 0x6E10 数字<br /> EXP(たくさん): poke 0x6E11 数字(1から加減して)<br /> <br /> パン: poke 0x6E16 数字(100くらい)<br /> 干し肉: poke 0x6E17 数字(100くらい)<br /> ゲミルポーション: poke 0x6E18 数字(100くらい)<br /> テレポートマジック: poke 0x6E1B 数字(100くらい)<br /> アストラルリング: poke 0x6E1F 数字(100くらい)<br /> <br /> ■操作方法<br /> F2 メニュー<br /> X ジャンプ<br /> C 攻撃 (剣あるいはフォースショット。切り替えはMSXの「かな」ロックなのでMACだと右OPTIONキーで切り替え)<br /> <br /> ■攻略<br /> 特に悩まずシナリオを進めれば良い。<br /> <br /> <br /> ■分かり辛いポイント<br /> 東天王ボグレウスは蛇のリングを装備してから対戦。<br /> Mon, 08 Oct 2018 00:00:00 +0900 openMSXでハイドライド[初代] [MSX版] チートコード付 https://w-jp.net/2018/1479/ <br /> ハイドライド[初代]をプレイ。<br /> アクションRPGとして当時は随分と人気でした。久しぶりなのですっかり忘れていました。<br /> <br /> <br /> <br /> openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> LIFE回復<br /> poke 0xE002 100<br /> <br /> EXP増加<br /> poke 0xE004 100<br /> <br /> ■簡単な操作方法<br /> スペースキーを押している間は攻撃モード<br /> <br /> ■目的<br /> フェアリー3匹を見つけ出した後、アン王女を助け出す。<br /> <br /> ■簡単に攻略<br /> <br /> 以下でフェアリー救出<br /> <br />  <br /> 十字架入手 <br /> <br /> お城に入り、吸血鬼を倒してランプ入手 <br /> <br /> 魔法の壺を入手し、開いた洞窟に入る。<br /> <br /> 鍵を入手 <br /> <br /> 洞窟の先から出て、動く木をつついて2人目のフェアリー救出<br /> <br /> <br /> 墓場の宝箱からイエローストーン入手。<br /> <br /> ウィスプがいる洞窟で勇者の剣入手。<br /> <br /> レッドアーマーを何匹か連続して倒し、正義の盾を入手。<br /> <br /> 同じ迷宮でゴールドアーマーを何匹か連続して倒すと宝箱出現、ブルーストーン入手。<br /> <br /> ファイアーボールを連続で5回受けてからウィザードを倒すと3人目の妖精救出。<br /> <br /> <br /> 3人目の妖精救出と同時にバラリス城の島に自動的にワープ。<br /> <br /> <br /> ドラゴンを倒すと不死の薬を入手。<br /> <br /> バラリス城の前でスペースキーを押すと中に入れる。<br /> <br /> 一旦は閉じ込められるが、十字架を下から壊すと脱出できるので一旦外に出る。<br /> <br /> <br /> 外に出ると水路が干上がっている。<br /> <br /> <br /> 干上がっている通路に出てきた宝箱からレッドストーン入手。<br /> <br /> バラリス城に再度突入。<br /> <br /> <br /> バラリスを倒すとエンディング<br /> Sun, 23 Sep 2018 00:00:00 +0900 openMSXでハイドライド2 [MSX版] チートコード付 https://w-jp.net/2018/1475/ <br /> 懐かしのハイドライド2。昔、頑張って自力でクリアしたことを思い出します。それにしても、当時の自分はよくこんなの自力でクリアしたな... 確か、ノーヒントのRED CRYSTALも探しまくって自力で見つけた筈。<br /> <br /> <br /> <br /> ■openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> LIFEを9千9百に: poke 0xE020 0x99<br /> MAGICを9千9百に: poke 0xE026 0x99<br /> STRを99に: poke 0xE022 0x99<br /> GOLDを5万に: poke 0xE056 5<br /> <br /> ■操作<br /> リターンキーでメニュー。物を捨てるにはDボタン<br /> スペースキーでATTACK/DEFEND切り替え<br /> 会話モード切り替えは 0キー<br /> F1~F5 ATTACK/DEFENDモードに応じた魔法。DEFENDのF2でサーチの魔法<br /> <br /> ■攻略<br /> とりあえずレベルを上げてDEFEND中にF1キーで使えるSEARCHの魔法を身につける。<br /> これで、画面の中に何が隠されているのかがわかる。<br /> 次に、墓場の中で1つだけ、体当たりすると赤く光って壊れる墓石がある。これを壊すと砂漠の中に街が出現する。<br /> <br /> <br /> <br /> 川の横でキーを入手<br /> <br /> <br /> <br /> 岩の下のダンジョン攻略<br /> <br /> <br /> <br /> キー 1つ入手。<br /> 呪文「PURITY」入手<br /> <br /> 次に塔に向かう。<br /> <br /> <br /> <br /> 5階でレーザーソード入手。<br /> 5階でORCをいくつも倒してキーを入手。<br /> <br /> 次に、水路に入って浮島のダンジョンへ。<br /> <br /> <br /> <br /> 鍵を使う場所が2つあり、エレメントを左右それぞれ2体倒す。<br /> エレメントそれぞれから、右側は鍵1つ入手、左側は鍵を使ってGREEN CRYSTAL入手。<br /> <br /> 次に、BLACK CRYSTALを持って砂漠の街がある座標に行き、左上でMYSTIC-DRUGを入手。<br /> <br /> <br /> <br /> BLACK CRYSTALを捨ててから砂漠の街に行き、岩の下のダンジョンで入手した呪文を唱える。右側の水門から地下迷宮へ。<br /> <br /> <br /> <br /> 地下迷宮・地下1階<br /> <br /> <br /> <br /> 鍵を入手。<br /> オイルが湧いているので補給。<br /> <br /> <br /> <br /> 地下2階にワープ<br /> <br /> <br /> <br /> この顔を下から押して道を開く。そして、そのすぐ横にある宝箱からキー入手。<br /> <br /> 次に、以下でGOLD CRYSTALを入手。<br /> <br /> <br /> <br /> 続いて、DREAM STAFF入手。これで、敵の魔法で能力値が下がらないようになる。<br /> DREAM STAFFのすぐ下からWARPして地下3階の上の方に行き、以下の階段で地下2階に戻る。<br /> <br /> <br /> <br /> そして、以下でPURPLE CRYSTAL入手。<br /> <br /> <br /> <br /> 地下3階の以下から地下4階へ<br /> <br /> <br /> <br /> 以下のマップで一旦上の画面に行ってから戻ると石像が出てくる。その状態で再度上の画面に行くと裏画面に切り替わる。いわゆるデュアルダンジョン。<br /> <br /> <br /> <br /> ドラゴンを倒して先に進み、鍵を入手。かなり硬いが、CLOUDの魔法を使うと楽。<br /> <br /> <br /> <br /> 同じ階で BLUE CRYSTAL を入手。<br /> <br /> <br /> <br /> 地下3階に戻り、以下(或いは他の落とし穴などから)から地下4階へ。<br /> <br /> <br /> <br /> この石像をFIREで打つと壊れる。その場所の宝箱から RED CRYSTAL 入手。<br /> <br /> <br /> <br /> 地下1階に戻り、妖精を見つける。(GOLD CRYSTALを入手した後ならいつでも良い)<br /> <br /> <br /> <br /> 地下4階の以下に妖精と一緒に行くと隠し階段が見つかる。<br /> <br /> <br /> <br /> クリスタルを一通り入れる。<br /> <br /> <br /> <br /> 最後に、チェスのコマみたいなものを左右にそれぞれ押すとエビルクリスタル出現。<br /> <br /> <br /> <br /> MYSTIC DRUGを使用する。使用する際に BLACK CRYSTAL を持っていると効果がないので持っていたらあらかじめ捨てておく。半透明状態になってエビルクリスタルに重なる。しばらくそのまま動かずに耐えているとエンティング。<br /> <br /> Wed, 23 May 2018 00:00:00 +0900 openMSXでドラゴンスレイヤー4 MSX2版 チートコード付 https://w-jp.net/2018/1474/ <br /> 久々にドラゴンスレイヤー4をプレイ。昔、自力ではクリアできなかったのだがチートを使って攻略を見ながらようやく攻略。こんな難しいゲーム、よく他の人はクリアしていましたね・・・。チートなしでクリアできる気がしませんよ。<br /> <br /> <br /> <br /> ■openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> HP: poke 0xC067 100<br /> MAGIC: poke 0xC068 100<br /> KEY: poke 0xC06A 100<br /> GOLD: poke 0xC069 100<br /> <br /> <br /> <br /> 攻略で参考にしたファミコン版とは微妙に違うが、そのくらいは攻略の面白さということで許容範囲内。だいたい一緒です。<br /> <br /> ■操作方法<br /> SHIFTでジャンプ<br /> Zで砲(?)を発車<br /> リターンキーを押すと道具選択モードになる。もう1回リターンキーを押すと道具次第で選択中状態あるいは1回だけ使えるものであれば即使用する。<br /> ESCキーでステータス表示、もう1回ESCキーを押すと戻る<br /> <br /> ■大まかな手順<br /> ポチで出撃。ドラゴンの肖像画から右下に行き、階段状になっている所の最上段から隠し道を上に行き、ファイアロッドを売っているショップのすぐ横から隠し道を通って上に行き、ボス撃退してクラウン入手。<br /> <br /> ゼムンで出撃。最初ずっと右に行き、一番奥を1つ下に行った画面でグローブ入手。ドラゴンの肖像画から左上に行き、グローブを使って先に進み、ショップでマトックを購入。クリスタルがないと途中から戻れなくなるので注意。マトックを購入したら一旦戻る。<br /> <br /> リルルで出撃。マトックとクリスタルを持つ。ドラゴンの肖像画から左下に進み、下に落ち、画面をずっと右に行き、ハシゴをずっと下った後、左にずっと進んでから一番奥の画面で上に抜ける隠し道を通り、マトックで岩を崩してジャンプシューズ入手。<br /> <br /> リルルで出撃。マトックとジャンプシューズとクリスタルを持つ。ゼノンでマトックを入手した先に進み、ボスを撃退してクラウン入手。<br /> <br /> リルルで出撃。マトックとジャンプシューズとクリスタルを持つ。ドラゴンの肖像画から右上に進み、下に落ちないように右に進み、肖像画があるところから下に落ちてウィング入手。回り込んで上に戻るか、あるいは再出撃し、ウィングを入手するために落ちた場所にある肖像画から上に進む。その後、左にずっと進んでボスを倒し、クラウン入手。<br /> <br /> メイアで出撃。ウィングとクリスタルを持つ。ドラゴンの肖像画から左下に進む。ショップでロッドを購入。途中のInnでロッド装備してから先に進む。そのショップのある画面の左下から隠し道を通って下に行く。<br /> <br /> ロイアスで出撃。クラウンとジャンプシューズとクリスタルを持つ。ドラゴンの肖像画から右下に進み、とある小さな肖像画の下でクラウンを持ったまま上を押してワープ。ワープ先でドラゴンスレイヤー入手。クリスタルで戻る。<br /> <br /> ロイアスで再出撃。ドラゴンスレイヤーを持ち、ドラゴンの肖像画に行ってドラゴンを倒す。エンディング。<br /> <br /> <br /> <br /> ↓ドラゴンスレイヤーの入手先。MSX2版はドラゴンの肖像画から右下に行った先にあるここからワープ<br /> <br /> <br /> <br /> ↓ラスボス<br /> <br /> Mon, 21 May 2018 00:00:00 +0900 openMSXで悪魔城ドラキュラ [MSX版] チートコード付 https://w-jp.net/2018/1464/ <br /> 久々に悪魔城ドラキュラをプレイ。<br /> 以前はつまらないミスで体力減らしてやり直しなんてことも多かった気がするが、チートを使えば純粋にゲームとして楽しめます。<br /> チートするだけで現代ゲームになるということは、それだけ出来が良いということでしょう。<br /> <br /> <br /> <br /> ■openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> 体力回復 poke 0xC415 32<br /> ハート最大 poke 0xC417 0x99<br /> プレイヤー数を9に設定 poke 0xC410 9<br /> <br /> Sun, 25 Mar 2018 00:00:00 +0900 openMSXでアルギースの翼 MSX2版 チートコード付 https://w-jp.net/2018/1463/ <br /> 懐かしのアルギースの翼をプレイ。<br /> かつて名作を輩出した工画堂スタジオの作品です。<br /> <br /> <br /> <br /> ■openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> 王子のHP回復 poke 0xDC33 255 (非戦闘中に実行) (虹の指輪を取ると自動HP回復で無効にされてしまうのでボスの場合は戦う直前に実行、或いは虹の指輪をそもそも入手しないようにする)<br /> 姫のMP回復: poke 0xDC3D 255<br /> お金たくさん poke 0xDC2F 255<br /> 鷹の餌MAX(20) poke 0xDC40 20<br /> <br /> ■攻略メモ<br /> 街を出てすぐ右上にあるオーグネットの街に行って鷹をもらう。<br /> 古文書を読む。<br /> <br /> <br /> 「ドメルの泉から東に向かい、地の精霊のいる山に行き、れっちの杖を使う」<br /> <br /> 右下にある大きな木に行く。<br /> <br /> <br /> 「れっちの杖」入手。以下で「れっちの杖」を使って山を超える。<br /> <br /> <br /> <br /> 以下で「聖なる壺」を入手<br /> <br /> <br /> <br /> 以下の枯れた泉で「聖なる壺」を使って蘇らせる。「水晶の玉」入手。<br /> <br /> <br /> <br /> 「水晶の玉」を使ってメイの塔に入る。本龍神を倒して「黒き龍の鍵」入手。<br /> <br /> <br /> <br /> 「黒き龍の鍵」を使ってお城に入る。<br /> <br /> <br /> <br /> 宝物殿で「水の木馬」入手。<br /> <br /> <br /> <br /> 古文書発見。<br /> <br /> <br /> <br /> 以下で「水の木馬」を使って西の地に行く。<br /> <br /> <br /> <br /> 砂漠のオアシスに入り、「黒き龍の鍵」を使い、妹を仲間にする。「白き龍の鍵」入手。<br /> <br /> <br /> <br /> ゼラム高原で風の精霊を呼び出す。「風の鈴」入手。<br /> <br /> <br /> <br /> 「風の鈴」を使って風の塔に入る。<br /> <br /> <br /> <br /> 古文書発見。<br /> 「虹の指輪」入手。(HPのチートが無効化されてしまうので注意)<br /> 「ぐふうしん」を倒して「天空の鐘」入手。<br /> <br /> 白き龍の鍵でアテパル城に入り、天空界に行く。<br /> <br /> <br /> <br /> 神殿で「空の冠」入手。<br /> <br /> <br /> <br /> 「空の冠」を使って天空城に入る。そうえんしんを倒して「龍の玉」入手。<br /> <br /> <br /> <br /> 沼地で「龍の玉」を使って妖獣の城に入る。<br /> <br /> <br /> <br /> ラスボスの「ミノリン」を倒してエンティング。<br /> <br /> Thu, 22 Mar 2018 00:00:00 +0900 openMSXでメタルギア2 ソリッドスネーク MSX2版 チートコード付 https://w-jp.net/2018/1462/ <br /> MSX版メタルギア、PS2版のメタルギア1~3はクリアしたのだがこのメタルギア2ソリッドスネークはプレイしていなかったのでプレイ。<br /> <br /> <br /> <br /> ■openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> HP回復(32,或は任意) poke 0xCA53 32<br /> ハンドガン銃弾回復(9xx) poke 0xD602 9<br /> サブマシンガン銃弾回復(9xx) poke 0xD606 9<br /> プラスチック爆弾回復(99) poke 0xD619 0x99<br /> 対空ミサイル回復(99) poke 0xD611 0x99<br /> 地雷回復 (15) poke 0xD61D 0x15<br /> グレネード回復(9xx) poke 0xD60A 9<br /> リモコンミサイル回復(9xx) poke 0xD616 9<br /> ※武器は数が0になると消えるものもあるので注意。<br /> <br /> ■操作方法<br /> F1 ポーズ<br /> F2 武器<br /> F3 装備<br /> F4 無線<br /> F5 セーブ・ロード<br /> SPACE + (M or N) スタンディング→ホフク<br /> SPACE or M or N ホフク →スタンディング<br /> SPACE スタンディング中:武器<br /> M or N スタンディング中:パンチ<br /> <br /> ■無線周波数<br /> 140.85 ロイ・キャンベル (FOX HOUND) 作詞司令官 →途中で140.66に変更<br /> 148.38 マスター・ミラー 教官<br /> 140.93 ジョージ・ケスラー 軍事顧問<br /> 140.15 ホーリー・ホワイト ジャーナリスト。敵施設情報<br /> 140.40 ヨゼフ・ノルデン 動物情報<br /> <br /> ■タップコード<br /> 以下の表の縦横の組み合わせ<br /> A B C D E<br /> F G H I J (Kがない)<br /> L M N O P<br /> Q R S T U<br /> V W X Y Z<br /> 1 2 3 4 5<br /> 6 7 8 9 0<br /> <br /> Wed, 21 Mar 2018 00:00:00 +0900 openMSXでディーヴァ MSX版 [STORY4 アスラの血流] チートコード付 https://w-jp.net/2018/1460/ <br /> MSX版ディーヴァを久々にプレイ。<br /> <br /> <br /> <br /> openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> FUND(お金)たくさん: poke 0xC3F9 0xFF<br /> 惑星戦のP1 ダメージ回復: poke 0xD408 0xFF<br /> <br /> <br /> <br /> キー操作で分かりづらいもの:<br /> 艦隊戦で戦闘開始: ESC + RETURN<br /> 惑星戦で撤退: F5<br /> <br /> <br /> <br /> 新型OM砲入手方法: 惑星2に全艦隊を集結させるとクリシュナシャークからもらえる。<br /> <br /> <br /> ナーサティア双惑星への航路発見方法: <br /> 惑星No.24以外を全て攻略し、かつ、敵艦隊を全滅させずに泳がせておいた後、惑星No.24に艦隊を配備しておいて12月にMATURを攻略すればナーサティア双惑星への航路が開く。間違って違う月に攻略してしまった場合、税率を90%とかにすればすぐにクーデターが起こって中立に戻るので再度攻略すれば良い。敵艦隊の近くに艦隊を配備しておかないと勝手に惑星戦を仕掛けて自滅し、バッドエンドになるので注意。惑星戦を仕掛けるかどうかはランダムのようなので小まめにセーブしておいてやり直せば良い。<br /> <br /> <br /> 最後、ナーサティア双惑星を攻略してエンディング<br /> <br /> <br /> エンディング<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> Tue, 06 Mar 2018 00:00:00 +0900 openMSXでフロッピーディスク(Disk/FDD)を使う方法 - エメラルドドラゴン https://w-jp.net/2018/1461/ <br /> openMSXをインストールした初期状態だとC-BIOS (Compatible BIOS, 互換性BIOS)がインストールされており、そのままではフロッピーディスク(Disk/FDD)が使えませんのでBIOSのROMを変更する必要があります。入手後、マニュアルに書かれたフォルダに置けば設定からBIOSを変更することができます。私はとりあえず PanasonicのWSXに変更してみました。実機を持っていたのでなんとなくこれを選びましたがどれでも大差ない筈です。<br /> TurboRが良ければGTにすればよいです。<br /> <br /> Macであれば インストールフォルダの share の下に systemromsフォルダを置きます。<br /> <br /> もっと具体的に言うと、openMSXをダウンロードしたばかりの状態ではパッケージの中のshare/systemromsは空っぽなので、どこかから入手して(必要に応じて展開して中身を)この中に置きます。<br /> <br /> ■BIOSの変え方<br /> 以下のメニューから選びます。一旦選択し終わったら、再度メニューを開いて「Set Current Machine as Default」をクリックしておけば次に起動した時も現在のBIOS(マシン)で起動しますので便利です。<br /> <br /> <br /> 試しにエメラルドドラゴンを読み込んでみます。オープニングが無事表示できました。プレイも普通にできます。<br /> <br /> <br /> <br /> ■攻略メモ:<br /> 祈りの丘から降りて左に向かい、ウルワンの街に行く。<br /> <br /> <br /> <br /> ■ウルワンの街:<br /> タムリンに会う<br /> 長老に会う<br /> 酒場でバルソムに会い、仲間に加える<br /> <br /> <br /> <br /> 情報収集:<br /> バギンという魔道士がゴーレム封印のためにマジュレスの洞窟にいる<br /> エルバードのお城がある<br /> 南の森はジュルメス<br /> 西の森はマンドラゴラ<br /> <br /> 相談コマンドを使う:バギンに会おうということになる<br /> <br /> 街の左上にあるマジュレスの洞窟に行く<br /> <br /> ■マジュレスの洞窟<br /> バギンに会う<br /> 情報:魔王ガルシアがエルバードを滅ぼすために送り込まれてきたらしい<br /> バギンが仲間に加わる。<br /> 奥の部屋でゴーレムを倒す。<br /> <br /> ■ウルワンの街:<br /> 情報:エルバート城は南西にある。ただし、西のマンドラゴラの森と南のジュルメスの森の魔物は強い。<br /> なので、森には入らずに南西にある町に行く。<br /> <br /> ■エルバートの町<br /> 酒場でバルソムの話を聞く。フラワルド男爵を倒す決心。<br /> 情報:ザーマの砦に魔軍が集結中。<br /> 情報:キルデールの町の道具屋はレジスタンスの連絡員<br /> 情報:北にある、堀に囲まれているのがサダの砦。そこから山沿いに北西に行けばザーマの砦<br /> 情報:エルバート城は南の谷間を東へ行く<br /> <br /> ■エルバート城<br /> 情報:ジュルメスの森へ行くにはこの下の谷を東へ行く<br /> 王様に会う。サダの砦に向かって魔王討伐隊として単独行動を命じられる。<br /> ハスラム、ファルナが仲間になる。<br /> 地下牢は立ち入り禁止。<br /> サダの砦は北にある。(町のちょっと右上あたり)<br /> <br /> ■サダの砦<br /> 情報:神弓サオシュヤント<br /> 情報:魔将軍オストラコンの配下に魔蛇鬼ヘルム、魔戦鬼バシタ、魔闘鬼パラゴ<br /> サダ司令官に会う<br /> 情報:オストラコンの魔軍の主力部隊がフウォーウィー周辺のレジスタンス軍を鎮圧するためアーパスの砦へ南下した<br /> このチャンスにザーマの砦を叩く。<br /> 森の敵はまだ強いので森には入らずにザーマの砦に行く。<br /> <br /> ■ザーマの砦<br /> 敵のパラゴという司令官が砦の出口の鍵を持っているが、囚人の中に紛れ込んでしまった。<br /> 囚人全員と話をした後、相談コマンド。その後、パラゴと話して倒す。<br /> ザーマの鍵入手。<br /> サダ司令官と話す。<br /> ザーマの鍵で表の通路を使って西へ抜ける<br /> 情報:キルデールの町は南西に向かって森を抜けるとある<br /> <br /> <br /> <br /> ■キルデールの町<br /> 情報:魔軍はアーパスの砦に撤退<br /> 情報:魔軍の目的はダードワの森<br /> 情報:エルムは魔法を使う<br /> 情報:オヴィングストンの洞窟は入り口が岩で埋もれている。オヴィングストンの洞窟はザーマの砦の北。<br /> 情報:サオシュヤントはオストラコンに奪われた弓を取り戻そうとしている。<br /> 情報:南にあるリベンジャーの森を東へ抜けるとスローシュの洞窟がある。西へ抜けるとアーパスの砦。<br /> 情報:フウォーウィーのレジスタンス指導者はホスロウという闘士<br /> 情報:金塊は道具屋で高く売れる<br /> オヴィングストンの洞窟に向かう<br /> <br /> ■オヴィングストンの洞窟<br /> フィトマの指輪入手<br /> <br /> シルバードラゴンと話す。<br /> 全てのカギはエメラルド・グレイスにある。銀の鱗もその1つ。<br /> これから残り4つの秘宝を集める。<br /> <br /> <br /> <br /> 出口にバギンがいない。バギンの杖入手<br /> 相談コマンド。とりあえずキルデールの町に戻ることになる。<br /> <br /> ■キルデールの町<br /> 酒場の主人から情報入手。バギンはスローシュの洞窟に向かったことを聞く。<br /> <br /> 相談コマンド。スローシュの洞窟に向かう。<br /> <br /> ■スローシュの洞窟<br /> バギンからの手紙入手。<br /> <br /> <br /> ■キルデールの町<br /> 情報:タップ爺さんはぶどう酒が好き。<br /> ぶどう酒を道具屋で入手。先頭キャラ(?)のアトルシャンが持つ。<br /> タップ爺さんに話しかける。<br /> レジスタンスの連絡員であることを打ち明けられる。<br /> アーパスの砦を超えるには魔軍に変装しないといけないと言われる。<br /> 書簡をフウォーウィーの酒場にいるホスロウに届けてくれるなら魔軍兵士の鎧を貸してくれるように道具屋の主人に頼んでもらえる。<br /> 道具屋で魔軍兵士の鎧を入手。<br /> <br /> 相談コマンド。ホスロウに書簡を渡してからナナイの村に向かうことになる。<br /> <br /> ■アーパスの砦<br /> 西へとすぐに抜ける。中の敵は強すぎるのでまだ入らない。<br /> <br /> ■フフォーウィーの町<br /> 情報:町外れにあるのは前線司令部<br /> 情報:オストラコン直属の司令官バシタ<br /> 情報:南東にダードワの村<br /> 情報:オストラコンは魔軍前線司令部にいる<br /> 情報:ダードワの酋長はオストラコンに連れ去られた。<br /> 酒場でホスロウに会う<br /> <br /> 相談コマンド。<br /> <br /> 情報:ファルナにとってオストラコンはジュリアス将軍の仇。ジュリアス将軍はエルバードの軍師で半年前までドゥルグワント城で指揮を取っていた。<br /> <br /> 前線司令部に突入する。オストラコンに斬りかかるとエルムとの戦闘。<br /> <br /> <br /> <br /> レジスタンスのホスロウの所に戻る。<br /> <br /> 情報:オストラコンはアーパスの砦に戻った。<br /> 情報:オストラコンがエルバードを攻撃開始。エルバードの司令官サダが戦士。ザーマの砦が落とされるのも時間の問題。<br /> <br /> ハスラムはエルバードに戻る。仲間から外れる。<br /> <br /> ホスロウの手紙を入手。それをダードワの酋長に見せる。<br /> レジスタンスは、一旦北東にあるアジトの洞窟に一旦引き上げる。<br /> <br /> 相談コマンド:ナナイの村に向かうことになる。<br /> <br /> 情報:南東にダードワの村<br /> <br /> ■ダードワの村<br /> ダードワの酋長と話す。<br /> 情報:ナナイは禁断の村<br /> <br /> ヤマンが仲間になる。<br /> <br /> 相談コマンド。ダードワの森の入り口は村の東の外れにある。<br /> <br /> ■ナナイの森<br /> ダードワの村から東へ<br /> 最初の分岐を北(東へは行かない)<br /> 次は西(北へは行かない)北へと回り込む道を見つける<br /> 次は西(北へは行かない)<br /> 次は西(北へは行かない)<br /> 突き当たりを北<br /> 次は東(北へは行かない)北からでも同じ<br /> 突き当たりを北、すぐに西(東はいかない)、すぐに北(西は行かない)<br /> 突き当たりを南(北には行かない)東に抜ける道を探す<br /> 北にずっと行き、少し東に行ったところを再度南。<br /> 南側に二股で分かれている南への2つへの道のうち、東側を少し進む。そこに、東への抜け道がある。<br /> 抜け道の後、北へ。北を回り込んで少し東、そこから南に<br /> <br /> 情報:ナナイの村、魔獣ゴーメズが襲った。ダードワの村も襲われた。その結果、ナナイで生贄が始まった。なのでダードワはナナイを見捨てた。<br /> <br /> 相談コマンド。ゴーメズを倒すためゴーメズの巣に向かう。<br /> <br /> ゴーメズの巣は村の左下から岩山を回り込んだ所にある。すぐそこ。<br /> <br /> ■ゴーメズの巣<br /> バギンを見つける。<br /> <br /> 情報:バギンはファルナのお父様。かつての魔導師。20年前、別働隊としてエルバード城を叩くが失敗し負傷した。その時助けられたのがナナイの村のフィトマ。フィトマが連れていた赤子がファルナ。恩人フィトマのため魔獣ゴーメズを倒す決心をする。そして、魔獣ゴーメズを倒す力を得るためにオヴィングストンに向かった。指輪はフィトマのもの。指輪とエメラルド・グレイスの秘密を言う前にバギンは生き絶える。<br /> <br /> <br /> <br /> 魔獣ゴーメズを倒す。<br /> <br /> 相談コマンド。エルバートへ行くことになる。<br /> ひとまずダードワの村まで戻る。<br /> <br /> ■ダードワの村<br /> 相談コマンド。アーパスの砦を越えられないので、ひとまず砦の東にある隠れ家の洞窟へ向かうことになる。<br /> <br /> 北西に向かってフフォーウィーの町へ。<br /> <br /> ■フフォーウィーの町<br /> 北東にあるアジトの洞窟に向かう。<br /> <br /> ■レジスタンスの洞窟<br /> ホスロウがパーティーに加わる。<br /> <br /> <br /> <br /> アーパスの砦に残っている魔戦鬼バシタを倒すことになる。<br /> <br /> ■アーパスの砦<br /> 魔戦鬼バシタを倒す。<br /> <br /> 相談コマンド。キルデールの町に向かって魔軍の小隊を倒すことになる。<br /> 北東に向かってキルデールの町へ。<br /> <br /> ■キルデールの町<br /> 魔軍の小隊を倒す。<br /> <br /> 相談コマンド。ザーマの砦を落としてエルバードを救うことにする。<br /> <br /> 酒場でハスラム死亡の情報入手<br /> タップ爺さんに話しかける。<br /> <br /> 相談コマンド。<br /> <br /> 武器屋で新しい武器が売っている。<br /> <br /> 北東に向かって森を抜けてザーマの砦へ。ザーマの砦は下から。<br /> <br /> ■ザーマの砦<br /> 司令官を倒す。<br /> <br /> オストラコンはフラワルド男爵の屋敷で待っていることを知る。<br /> <br /> 砦を北に抜ける。<br /> 森の敵にはまだ勝てないので入らない。<br /> <br /> 砦を抜けたら右手の岩に沿ってずっと進んでから南に下がるとサダの砦。<br /> そこから南西に向かってエルバートのエルバート町へ。<br /> <br /> ■エルバードの町<br /> フラワルド男爵の屋敷に行く。オストラコンと遭遇。<br /> <br /> <br /> <br /> ダートワの森にある古代神の力の象徴「アヴェスタ」と引き換えにハスラムを渡そうと取引を持ちかけられる。<br /> ミスラ・ミフルの砦に来るように指示あり。<br /> <br /> 相談コマンド。ナナイの村へと向かうことになる。<br /> <br /> 北西のサダの砦から北へ向かい、左手の岩山沿いに進んでザーマの砦へ。<br /> ザーマの砦から南西に向かって森を抜けてキルデールの町へ。<br /> キルデールの町から西へ抜けるとアーパスの砦。<br /> アーパスの砦のすぐ南がフフォーウィーの町。<br /> フフォーウィーの町を南東に抜けてダードワの村。<br /> ダードワの村から東に向かってナナイの森。<br /> ナナイの森を抜けてナナイの村へ。<br /> <br /> ■ナナイの村<br /> 宿にいるヤマンに話しかけ、仲間にする。<br /> ダードワの村に戻る<br /> <br /> ■ダードワの村<br /> 酋長に話しかける。<br /> 本棚からダードワの森の地図入手<br /> <br /> SPACE + RETURNキーで地図表示<br /> <br /> <br /> <br /> 左下の神殿を目指す<br /> <br /> 情報:アヴェスタはもうここにはない。ゴールドドラゴンがジュルメスの森に持ち去った。<br /> 情報:古代神とはダートワの神の恩恵を受けしホルストいう種族を指す。ドラゴンが降り立つ以前の話。<br /> 情報:ダードワの神とはこの大地そのものであり万物の創造主<br /> <br /> ジュルメスの森の地図を入手<br /> <br /> ダードワの村まで戻してもらえる。<br /> <br /> 相談コマンド。ジュルメスの森の入り口はエルバート城の東、と判明。<br /> <br /> ダードワの村から北西に抜けてフフォーウィーの町へ。<br /> フフォーウィーの町のすぐ北がアーパスの砦。<br /> アーパスの砦を北へ抜ける。<br /> アーパスの砦から東へ行くとキルデールの町。<br /> キルデールの町から北東に向かってザーマの砦へ。<br /> ザーマの砦を北東から抜けて、右手の岩山沿いに進んでから少し南下し、サダの砦へ。<br /> サダの砦から南西に向かってエルバードの町へ。<br /> エルバードの町の南西を少し下がってから東に回り込むとにエルバート城。<br /> エルバート城の前をずっと東に進むとジュルメスの森<br /> <br /> ■ジュルメスの森<br /> <br /> <br /> <br /> ジュルメスの神殿から洞窟に入り、アヴェスタを入手する。<br /> <br /> 黄金の牙を入手。<br /> アヴェスタを入手。<br /> <br /> 相談コマンド。<br /> <br /> キルデールの町に戻る。<br /> <br /> ■キルデールの町<br /> <br /> 情報:バージルの町に住むワラムルは名医<br /> 情報:フフォーウィーの武器屋には秘密の武器がある。合言葉は「9」<br /> <br /> フウォーウィーの町に行って武器を入手する。<br /> <br /> ミスラ・ミフルの砦へ行く。<br /> <br /> キルデールの町の北、川沿いを北上し、橋を渡る。<br /> 橋を渡ってすぐにあるのがミスラ・ミフルの砦<br /> <br /> ■ミスラ・ミフルの砦<br /> オストラコンと戦闘。<br /> 奥の宝箱を入手。マジック・ローブ。これがないとタムリンは今後きついので必ず入手して装備。<br /> <br /> 外に出る。<br /> <br /> ホスロウと別れる。<br /> カルシュワルがパーティーに加わる。<br /> ファルナと別れる。<br /> <br /> まずは南西のヘルロードの町を目指す。最終的にはドゥルグワント城に行く。<br /> <br /> ■ヘルロードの町<br /> 魔軍を討伐する。<br /> <br /> ヤマンと死別。<br /> サオシュヤントが加わる。<br /> <br /> 情報:サオシュヤントが教えを受けた仙神フシュルヌムならエメラルド・グレイスやアヴェスタのことを知っている筈。<br /> <br /> 西の湖のほとりで首飾りを入手。首飾りを村の人に返す。同じ場所にヘソクリあり。<br /> <br /> 南西の森の開けた場所に剣が埋まっている。<br /> 根気強く掘り続けるとデーモン・スレイヤー入手<br /> <br /> 街の北西にあるヘルロードの洞窟を抜ける。<br /> <br /> ■フシュルヌムの館<br /> 仙神フシュルヌムと話す。<br /> <br /> 情報:<br /> ホルスは古代に栄えた種族。3000年前にドラゴンと争う。<br /> ホルスは西の平原、ドラゴンは東の大地に棲み分ける事になる。<br /> ホルスは西の平原を砂漠にしてしまい、ヘルマンド山に逃げ込む。<br /> エメラルドドラゴン復活のための体となるべき5つのエメラルド・グレイスをドラゴンの長老が作り出した。<br /> ハスラムはまだ生きている。助ける方法はワラムルに聞く。<br /> ワラムルはバージルの町に住んでいる。最近、足を悪くした。<br /> <br /> 相談コマンド。ヘルロードの町に戻ることになる。<br /> <br /> ■ヘルロードの町<br /> 酒場でホスロウと話す。ホスロウがパーティーに加わる。<br /> <br /> 相談コマンド。ドゥルグワント城に向かう。街の南西<br /> <br /> ■ドゥルグワント城<br /> <br /> 左の塔:左のレバー<br /> 右の塔:左のレバー<br /> <br /> 相談コマンド。最下層に行く。<br /> <br /> 情報:将軍ジュリアスはカルシュワルの父<br /> <br /> カルシュワル死亡。<br /> 黒水晶入手。<br /> サオシュヤントの弓を入手<br /> <br /> フォーウィーの町に行く<br /> <br /> ■フォーウィーの町<br /> メリルの家に行く。ウィード夫人と話す。メリルが行方不明。<br /> <br /> 相談コマンド。「メリル・ウィードの章」開始。<br /> <br /> 舞台:フォーウィーの町、マンドラゴラの森<br /> 登場人物:メリル、ウィード夫人、魔法使い、斜め向かいのおばあさん<br /> <br /> 斜め向かいのお婆さんと話す。<br /> マンドラゴラの森に薬草を取りに行ったことを知る。<br /> ウィード夫人に再度話す。メリル捜索をお願いされる。<br /> <br /> 街の北のアーパスの砦を北に抜け、ザーマの砦を東に抜け、ザーマの砦の北にあるマンドラゴラの森を目指す。<br /> <br /> ■マンドラゴラの森<br /> 中央の小屋で魔法使いと話すが、女の子はまだきていない。<br /> <br /> 少し歩いていると、マン・イーターと遭遇する。<br /> マン・イーターの中からメリルが出てくる。<br /> <br /> 小屋の魔法使いと話す。<br /> ちょっとした戦いの後、マンドラゴラを入手する。<br /> <br /> ■フォーウィーの町<br /> メリルの母親と話す。元気になる。<br /> 名剣ガラティン入手。<br /> <br /> ドゥルグワント城のすぐ南から別マップに移り、南西に進むとバージルの町がある。<br /> <br /> ■バージルの町<br /> 名医ワラムルと話す。<br /> 黒水晶の呪いが解け、ハスラムが元に戻る。仲間に加わる。<br /> <br /> 名剣ガラティンはハスラムが装備<br /> <br /> 情報:魔王殿はウォウルカシャ湾の真ん中<br /> 情報:ウォウルカシャ湾にある、東を小カシャ島、西を大カシャ島<br /> <br /> 酒場で船のチケットを買う。<br /> <br /> 街の北西にある船着場から船に乗る。小カシャ島へ行く。<br /> <br /> ■小カシャ島<br /> <br /> 情報:町を山沿いに南に行くと遺跡の洞窟。古代神の伝説にある洞窟<br /> 情報:大カシャ島には海の神殿があり、そこの巫女は古代神の末裔<br /> 情報:大カシャ島への船は出ていない。<br /> 情報:遺跡の洞窟は大カシャ島に繋がっている。<br /> 情報:南の森には妖魔がいる。<br /> <br /> 相談コマンド。島の南にある遺跡の洞窟に向かう。街の南の岩沿いにある<br /> <br /> ■遺跡の洞窟<br /> ウォウルカシャ湾の地図入手<br /> 大カシャ島の地図入手<br /> <br /> 柱に触ると柱が落ちてくる。幾つかある。<br /> <br /> 黒い石板に触るとボス出現。<br /> <br /> 紅の古文書入手。<br /> <br /> 他のところにある黒い石板から大カシャ島に移動<br /> <br /> ■大カシャ島<br /> <br /> <br /> <br /> 出たら北に向かい、岩沿いに西に行って村に行く。<br /> <br /> おばあさんと話、森の何処かにある、100年に1度実をつける2本の木があることを聞く。<br /> ↓ 禁断の実はこのあたり<br /> <br /> <br /> お婆さんにあげる:お礼に金塊<br /> おじいさんにあげる:お礼にハイポーション<br /> <br /> 海沿いに進んでマップ左中央にある海の巫女の神殿へ<br /> <br /> ■海の巫女の神殿<br /> <br /> 情報:魔王を倒すには山の巫女の助けが必要。彼女の助けを得るにはこの島の南東にある禁断の洞窟に行き、青白き古文書を手に入れること。<br /> <br /> ■禁断の洞窟<br /> 青白き古文書を入手<br /> <br /> 海の巫女の神殿に戻って海の巫女と話す。<br /> 海の巫女の神殿すぐそこの線路沿いに北に行ったところにある古代の洞窟に行く。<br /> <br /> ■古代の洞窟<br /> テレボスタ入手<br /> <br /> 海の巫女の神殿に戻って海の巫女と話す。<br /> 古代の洞窟の抜け道が開かれ、マルギアナへいけるようになる。<br /> <br /> ■マルギアナ<br /> <br /> 情報:山の巫女は魔王に力を封印されてしまったが青き古文書があればどうにかなるらしい。<br /> 情報:東に行くと山の巫女の神殿がある。<br /> <br /> 途中、ガルシアが襲ってくる。<br /> <br /> <br /> 東のマップへと続く。<br /> <br /> <br /> ■山の巫女の神殿<br /> 山の巫女と話す。<br /> <br /> サオシュヤント用の深紅のレザー入手。弓の本来の力が引き出せるようになる。<br /> 魔王殿へ。<br /> <br /> ■魔王殿<br /> <br /> 通路に魔邪鬼カリマーがいるので倒す。<br /> ↓左側通路<br /> <br /> <br /> その他、通路にいる敵を一通り倒す。魔妖鬼ゴリアスと戦闘。倒す。<br /> <br /> 魔王ガルシアと戦闘。倒す。黒き爪(黒龍の爪)を入手。<br /> 情報:主人公たちが古代神と呼んでいるホルス達は今もヘルマンド山中に生きている。魔王ガルシアを召喚し、アヴェスタを探させたのもホルス達。<br /> <br /> テレポスタはホルスにしか使えない。タムリンがテレポスタを使って脱出。<br /> タムリンがホルスであると判明。<br /> <br /> <br /> <br /> ホスロウがバージルの町に残り、パーティーから離れる。<br /> 自動的にエルバードへ戻る。<br /> <br /> ■エルバードの町<br /> 相談コマンド。エルバード城へ向かうことにする。<br /> <br /> バルソムに話すと、ファルナから、西の砂漠のオアシスに来るようにとの伝言。<br /> 西の砂漠の地図入手。<br /> <br /> バージルの町に向かう。<br /> <br /> ■バージルの町<br /> ワラムルと話すとハスラムのHPを増やしてもらえる。<br /> <br /> ■小カシャ島<br /> 島の南端近くでミスティーナに話しかけ、サブシナリオを行う。<br /> <br /> 〜ミスティーナの章〜<br /> 舞台:小カシャ島<br /> 登場人物:ミスティーナ、アルテミス・フローラ、パールシー長老<br /> <br /> <br /> <br /> ペンダントを残して、風と共に消えた。<br /> 長老を訪ねる。<br /> <br /> 情報:ペンダントの紋章は南の森に潜むアルテミス・フローラという妖魔のもの。フローラの迷宮が南の森に浮かび上がる。<br /> <br /> ミスティーナに話しかける。パーティーに加わる。<br /> アルテミス・フローラ自身が妖魔ではなく、妖魔が取り付いているとのこと。<br /> <br /> すぐ北にあるフローラの迷宮に入る。<br /> <br /> ■フローラの迷宮<br /> アルテミス・フローラに取り付いていた妖魔を倒す。<br /> <br /> ローヤル・レイピア入手<br /> <br /> 近くにある遺跡の洞窟を超えて大カシャ島へ。<br /> 古代の洞窟を通ってマルギアナへ。<br /> <br /> サギーに話しかける。<br /> サギーはハダル博士の甥<br /> <br /> ハダル博士に話しかける。サブシナリオ開始<br /> <br /> 〜サギーの章〜<br /> 舞台:マルギアナの町、ギアナの洞窟、エンヴィームの洞窟<br /> 登場人物:サギー、ハダル博士、ジゴラ博士<br /> <br /> 東の入江沿いに2つの洞窟が出現した。サギーと一緒に調べに行く<br /> <br /> <br /> ■ギアナの洞窟<br /> 粒子カッター入手<br /> ヴィームの書を入手<br /> <br /> 一旦ハダル博士と話す。<br /> <br /> ■エン・ヴィームの洞窟<br /> 柱を押す<br /> 黒い石碑からワープ<br /> ジゴラ博士と話す。<br /> 左にある石碑も調べておく。<br /> <br /> ギアナの洞窟の一番奥の宝箱から鍵を取って来る。<br /> <br /> 大きな宝箱を開ける。<br /> ヴィームの戦車に乗ったハダル博士を倒す。<br /> <br /> ジゴラ博士に話しかけ、サブシナリオ終了<br /> <br /> 西の砂漠に向かう<br /> <br /> ■西の砂漠<br /> <br /> <br /> オアシスでファルナと会う。ファルナがパーティーに加わる。<br /> すぐそこにある石板を読む。<br /> <br /> 「西の砂漠の守護神として、我が魔力によって作りし大鳥ラーにホルスの監視を命じる。また、我が肉体を犠牲とし、アヴェスタを封印す。」<br /> <br /> 相談コマンド。<br /> 情報:エメラルド・ドラゴンの魂/精神が封じ込められた剣が西の砂漠の北にある山腹の湖にある。砂漠の北東の山際に潜む砂漠の守護神、大怪鳥ラーを倒すことで、砂漠の何処かに洞窟の入り口が開く。<br /> <br /> ファルナに粒子カッターを装備。<br /> <br /> 砂漠の北東で大怪鳥ラーを倒す。<br /> 北西の端の山沿いに入り口出現。<br /> <br /> ■ホルスの洞窟<br /> 巨大アリを倒す。<br /> 棺桶を調べると戦闘開始。赤竜の角を入手。<br /> <br /> エメラルドグレイスが揃っていると開く扉を通る。<br /> <br /> 地上に出て、泉の南側に向かう。<br /> <br /> ■泉の南側<br /> ヴェンディダードの声を聞く。<br /> 剣を引き抜く。<br /> <br /> 情報:ヴェンディダードの剣と5つのエメラルド・グレイスでエメラルド・ドラゴンを復活できる。それは同時にアヴェスタの解放を意味する。<br /> ホルスの道からホルスの城塞都市に向かう。マップ右側中央<br /> <br /> ■ホルスの道<br /> タムリンの出生が明らかになる。タムリン=フィアル<br /> <br /> <br /> <br /> 外に出るとホルスの町<br /> <br /> 情報:<br /> ティリダテスは3000年以上王家に仕えている占い師<br /> ティリダテスはタムリン(フィアル)の父上である王の仇<br /> ティリダテスがアヴェスタを作り出した<br /> <br /> ■ホルスの地下迷宮<br /> 装備を入手<br /> <br /> ■ホルスの城塞<br /> 装備を入手<br /> <br /> ティリダテスと戦闘<br /> <br /> 情報:<br /> ティリダテスはタムリン(フィアル)の祖父ストラティ2世に仕えていた。<br /> ストラティ2世は最後の戦いで竜族の王プラティナ・ドラゴンと刺し違え、死亡。<br /> 跡を継いだタムリン(フィアル)の祖父ストラティ3世は竜族と和平。ティリダテスはそれに耐えられなかった。<br /> ティリダテスがアヴェスタを使って竜族に呪いをかけた。<br /> アトルシャンの持つ剣はヴェンディダード<br /> <br /> ザンディーグと戦闘<br /> <br /> エンディング<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> Mon, 05 Mar 2018 00:00:00 +0900 openMSXでチートする方法 - 魔城伝説II ガリウスの迷宮 https://w-jp.net/2018/1458/ <br /> 久々にMSXエミュレータ openMSX で遊ぶことにしました。名作「魔城伝説II ガリウスの迷宮」をやってみます。<br /> これは面白いのですが、矢/お金/鍵は無限にしないとクリアに時間がかかってしまいますのでチートして楽しむことにします。<br /> <br /> 以下はチート方法のメモです。<br /> <br /> 環境はMacですがショートカットキーの違い以外は同一です。<br /> https://openmsx.org/manual/user.html<br /> <br /> まず、以下でコンソールを開きます。<br /> PC: F10<br /> Mac: Cmd+L<br /> 再度同コマンドを使ってコンソールを閉じることができます。<br /> <br /> <br /> 続いて、メモリの番地と値がわかっているのであれば以下でメモリを上書きできます。<br /> poke 0xF123 55<br /> これは、0xF123番地に55(10進数)を書き込むという意味です。MSXは8bitですので10進数で0~255あるいは16進数で0x00~0xFFを指定します。<br /> 16進数指定であれば以下のようになります。<br /> poke 0xF123 0x37<br /> <br /> (この時、数値が符号付か符号無しかで扱いが変わるのですが、実際のころほとんどの場合は符号無しなので上記のように行えば良いと思います。稀に符号有りだった場合は一番上の1ビットが符号になりますので-128~127 (0x80~0x7F)になります。)<br /> <br /> 番地がわからない場合、番地を探すことになります。<br /> 最初、以下コマンドでメモリのスナップショットを取ります。<br /> findcheat -start<br /> <br /> 続いて、現在の値を以下で検索します。<br /> findcheat 1<br /> これは、現在メモリの値が"1"になっている番地を検索して候補を絞り込むコマンドです。<br /> <br /> <br /> <br /> 16進数指定もできます。<br /> findcheat 0x10<br /> <br /> 候補が多い場合は以下コマンドで前回のfindcheatと変化がないメモリ番地のみに絞り込むことができます。何度か行っておくと絞り込みやすいです。<br /> findcheat equal<br /> <br /> <br /> ちなみに、MSXにはBCDという数値の扱い方があります。懐かしい響き!<br /> 普通、コンピュータは2進数ですので16進数ですので0~15の値がメモリに書き込まれますが、10~15を使わずに0~9だけを使ってメモリに保存していることがあります。これはゲームの種類にもよります。<br /> <br /> ですので、画面上に 25 と表示されている時、それが16進数に変換されて0x19として保存されている場合もあれば、BCDとして 0x25で保存されている場合もあります。<br /> <br /> findcheatコマンドを繰り返す度にリストが狭まっていきますので、やり直したい場合は findcheat -start に戻ります。<br /> <br /> さて、実際のプレイで行ってみましょう。<br /> <br /> <br /> <br /> プレイ直後です。<br /> 矢の数は0です。<br /> findcheat -start で初期化し、findcheat 0 で検索します。<br /> <br /> 少しプレイして矢を入手します。10になりました。<br /> 再度、コンソールで検索します。<br /> <br /> <br /> <br /> 候補が3つです。findcheat equalコマンドを打ってもこの3つは変化ありません。どうやらこのうち何れかのようです。このくらいまで絞り込めれば、再度同じことをするよりは Try &amp; Errorの方が早いです。<br /> <br /> メモリを書き換えた後に矢を1つ入手してみれば正しく書き換えできたかどうかがわかりますので、矢を入手する直前で状態セーブし、メモリ書き換えてから矢を入手することで期待通りになるかどうかを確認します。<br /> <br /> 状態セーブ: PCはALT+F7 MacはCmd+S<br /> 状態ロード: PCはALT+F8 MacはCmd+R<br /> <br /> 最初を試してみます。<br /> poke 0xE046 0x99<br /> このゲームのこの値はBCDなのでこのように16進数で指定します。これで矢の数が99になった筈です。表示上はそのままですが、矢を入手すれば数が増えるので期待通りに動いていることがわかります。<br /> <br /> せっかくですので100の位も変えたいですよね。<br /> メモリは隣同士であることがほとんどなので、同じように候補を絞り込んでもいいのですが、上の番地の1つ後に書き込んでみましょう。<br /> poke 0xE047 0x09<br /> もちろん poke 0xE047 9 でも同じこと。<br /> <br /> MSXのCPUはZ80で、Intelの86系統なので上の位と下の位がメモリでは引っくり返るというような懐かしい知識を持って来なくても、どうせ隣のどちらかなのだから前か後ろを試してみればどちらかが当たりです。<br /> <br /> こうして以下が判明しました。<br /> <br /> 矢の数の100の位を9にするコマンド: poke 0xE047 0x09<br /> ゴールドの数の100の位を9にするコマンド: poke 0xE049 0x09<br /> 鍵の数の100の位を9にするコマンド: poke 0xE04B 0x09<br /> <br /> コンソールでは上下キーでコマンドのヒストリが出せますので数が減ってきたら定期的に同コマンドを打つことで数が再設定できます。<br /> <br /> これで楽しく遊べます。<br /> <br /> ■Macでのファンクションキー<br /> ちょっと罠なのが、このゲームに限らず F1~F5を使いたいときにMacだとデフォルトだとMac用機能が優先されて、エミュレータのF1~F5が動作しないことがあります。こんな時はMacのキーボード設定を開いて「F1, F2などのキーを通常のファンクションキーとして使用」にチェックを入れるか、あるいはFnキーで使います。(私の外付け純正キーボードにはFnキーはないですが)<br /> <br /> ■呪文<br /> WORLD1 YOMAR<br /> WORLD2 ELOHIM<br /> WORLD3  HAHAKLA<br /> WORLD4  BARECHET<br /> WORLD5  HEOTYMEO<br /> WORLD6  LEPHA<br /> WORLD7  NAWABRA<br /> WORLD8  ASCHER<br /> WORLD9  XYWOLEH<br /> WORLD10  HAMALECH<br /> <br /> ■見つけ辛いアイテムのメモ<br /> 法衣 右上の緑背景のマップと、その左に繋がっている赤背景の境目にある緑背景の画面の敵を全滅させる。効果は、WORLD8のキー操作が普通になる。<br /> サーベル WORLD6クリア以降に入手可能。WORLD7の画面から右に1つ、下に2つ行った画面の敵を全滅させる。効果は、攻撃力2倍<br /> 壷 ワールド8の画面の1つ左、2つ下、1つ左の画面で剣を右に3回、剣を左に3回、続いて3回ジャンプ。効果は、経験値2倍<br /> 短剣 ワールド8の画面の1つ左、2つ下、2つ右の画面で移動する足場に乗ったままカーソルを右・下・左・上の順に押す。効果は、UMBRELLAと入力することでコウモリ全滅させる。<br /> キャンドル WORLD5の下の画面の敵を全滅させる。WORLD5の透明な床のマップを表示させる効果があるが、これがなくても問題なくクリアできる。<br /> 十字架 WORLD3の画面の1つ下、1つ左、2つ下の画面で足場から壁を打ち込み、透明な通路に入る。一度ここに入ると壁が出来てしまって、失敗時にはコンティニュー或いはWORLD往復しないと再挑戦できないが、エミュレータであれば状態Save/Loadで問題なくリトライできる。透明な通路の中に落とし穴があるので注意。これがないとラスボスにダメージを与えることができない。<br /> <br /> <br /> そして、サクッとクリアです。矢/鍵/ゴールドが無限になるだけで現代ゲームになって十分に楽しめます。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> ちなみに、openMSXをダウンロードしたばかりの状態ではC-BIOS (Compatible BIOS, 互換性BIOS)が入っており、日本語に問題があったりディスクが使えなかったりして微妙なので、パッケージの中のshare/systemromsにどこかからダウンロードしてきてこの中に置くと実機のBIOSが使えます。私はとりあえず PanasonicのWSXにしてあります。どれでも大差ないとは思いますが同機種を持っていたのでなんとなくこれを選んでしまいます。 BIOSを変えずにC-BIOSのままだと動作が微妙に遅いような? さすが実機BIOSの方が動きが良いですね。<br /> Sat, 03 Mar 2018 00:00:00 +0900 openMSXでザナドゥ MSX版 チートコード付 https://w-jp.net/2018/1459/ <br /> エミュレータでプレイ。<br /> <br /> <br /> <br /> openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> ゴールドたっぷり: poke 0xF045 0xFF<br /> 食料たっぷり: poke 0xF042 0xFF<br /> CSTを255に設定: poke 0xF04F 0xFF<br /> MAX HPを 255xx に上げる: poke 0xF036 255 (食料消費も増加するので注意)<br /> MAX HPを 655xxxx に上げる: poke 0xF037 255 (食料消費も増加するので注意)<br /> 鍵の数を255にする: poke 0xF04D 0xFF<br /> カルマを 0 にする: poke 0xF03F 0<br /> エリクサーを255にする: poke 0xF04E 0xFF<br /> F.Exp沢山: poke 0xF02D 0xFF<br /> W.Exp沢山: poke 0xF031 0xFF<br /> <br /> アイテム数を255に設定:<br /> Spectacles: poke 0xF09A 255<br /> Red Potion: poke 0xF09B 255<br /> Lamp: poke 0xF09C 255<br /> Black Onyx: poke 0xF09D 255<br /> Fire Crystal: poke 0xF09E 255<br /> Mattock: poke 0xF09F 255<br /> Hourglass: poke 0xF0A0 255<br /> Winged-boots: poke 0xF0A1 255<br /> Mantle: poke 0xF0A2 255<br /> Demons Ring: poke 0xF0A3 255<br /> Balance: poke 0xF0A4 255<br /> Pendant: poke 0xF0A5 255<br /> Candle: poke 0xF0A6 255<br /> Ruby: poke 0xF0A7 255<br /> Br.Potion: poke 0xF0A8 255<br /> Mirror: poke 0xF0A9 255<br /> Bottle: poke 0xF0AA 255<br /> <br /> ドラゴンスレイヤーの熟練度を255にする<br /> poke 0xF0BC 255<br /> <br /> ■攻略<br /> MSX版はLevel0に何度でも戻れる。ギルドでレベルアップするのではなくLevel0に戻ってレベルアップするのが基本(チートするならあまり関係ない)。<br /> Level 1~10の塔の中に入ってそれぞれボスを倒すのが基本。そのためのレベルアップ。ボスがいないレベルもあるし、複数いるレベルもある。<br /> レベルは戦士と魔法それぞれ個別に上げる。どちらでも良い。好きな方で。<br /> 敵を倒すときは、最後の1匹は必ず剣で倒す。そうしないと赤い宝箱(道具が出てくる)が出ない。<br /> 食料が必要。定期的に買う。<br /> 装備は e キーから。所有道具は i で確認。などなど。詳しくはどこかのページを見てください。<br /> 塔の中が暗い場合はランプを使う。e -&gt; i でランプ(C)を装備してから塔に入り、リターンキーで道具を使う。<br /> チートしてるなら、塔の中ではマントルを使って壁通り抜けしながら攻略すればあっという間にクリアだけれども、流石にいきなりボスばかり倒すのではあっけなくて面白みにかけるので一応は通路通りに辿ることにするとそれっぽくなる。流石に今のご時世にきちんと上下位置を揃えないと隣の部屋に行けないというのでは面倒すぎるので、自動的に扉を通り抜けらるようになる、というくらいの使い方がゲームバランス的に良いかも。<br /> ちなみに、戦闘中は道具の持続時間が経過しないので全部殺さずに1匹だけ残して全滅直前にしてから攻略、という技がLevelによっては使えます。その場合はマントルだけじゃなくデーモンズリングも使って無敵状態で進むと良いでしょう。確かレベル4はそれが出来たはず。<br /> やればすぐに分かりますが、塔の中のマップは横4しかなくて、左右に進むと1つ上か下にループしています。ですので、マントルを使って左右どちらかにずっと進んでゆけばいつかはボスに遭遇しますし、全ての部屋に入ることができます。<br /> 攻撃してこないキャラは敵に見えても敵ではないので攻撃してはいけません。殺してしまうとカルマが溜まってテンプルやLv10の塔に入れなくなります。カルマを減らすためには沢山敵を倒さなくてはいけません。<br /> ボスは上斜めに突っ込むとダメージが少ないです。<br /> ラスボスはLevel9にいるのですがラスボスに一度は歯が立たずに殺されるでしょう。その後、Level10でドラゴンスレイヤーを入手し、ようやくラスボスを倒します。ただし、ドラゴンスレイヤーはラスボスのキングドラゴン以外には弱いので2番目に強い剣を多用することになりますが、残った少ない敵を使ってドラゴンスレイヤーの熟練度を少し上げないとラスボスとの戦いがきついので訓練用にレベル8前後の敵を全滅させずに少し残しておくと良いでしょう。(チートするならあまり関係ありません)<br /> <br /> Fri, 02 Mar 2018 00:00:00 +0900 openMSXでXak(サーク) MSX版 チートコード付 https://w-jp.net/2014/77/ <br /> 懐かしいゲームを久々にプレイ。<br /> 意外に覚えているもので、割とすぐにクリアできました。<br /> <br /> このゲームは音楽がよく出来ているので、サウンドトラックだけ久々に聞こうと最初は思ったのだが、2部まで進まないと全部の曲が聴けないようなのでついでにクリアしてしまいました(笑)<br /> <br /> <br /> <br /> openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> GOLDたくさん: poke 0x1C63 255<br /> EXP(255まで): poke 0x1C60 数字<br /> EXP(たくさん): poke 0x1C61 数字(最初は1とか2で加減しつつ)<br /> P(HP 小): poke 0x1C52 数字<br /> P(HP 大): poke 0x1C53 数字(1~3程度)<br /> <br /> [1~2部]<br /> 道具:パンを99個にする: poke 0x1C25 99<br /> 道具:ホシにくを99個にする: poke 0x1C26 99<br /> 道具:ライトニング・ボルトを99個にする: poke 0x1C2F 99<br /> 道具:デス・スペルを99個にする: poke 0x1C30 99<br /> 道具:デス・インテグレイトを99個にする: poke 0x1C31 99<br /> 道具:テレポートマジックを99個にする: poke 0x1C33 99<br /> <br /> [2部]<br /> 道具:ゲミル・ポーションを99個にする: poke 0x1C2B 99<br /> 道具:ベヌラ(クサ)を10個にする: poke 0x1C2E 10<br /> <br /> 以下は攻略メモです。<br /> <br /> ■操作基本<br /> メニューはスペース押しながらリターンで開く<br /> <br /> 道具は選択状態にしたままで装備状態になるものと、<br /> 装備状態にした後にリターンを押すと使ってなくなるものがある。<br /> <br /> それとは別に、武器や防具は別メニューで選択すると右下に表示される。<br /> <br /> 敵のいるところでスペース:攻撃モード<br /> <br /> <br /> <br /> ■フェアレスの町<br /> <br /> スタート地点。<br /> 右の方の家に入ってエリスに会う<br /> <br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; メガネ探しを依頼される<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 教会へ行く<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 他のゲームみたいにピカピカ光ってないので注意(苦笑)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 右の中央のあたりに体当たりすると見つかる<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; <br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; メガネを見つけて戻ると、メッセンジャー「ピクシー」から伝言を預かる<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 父の名前はドルク<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 敵はバドゥー<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 戦いの神デュエル<br /> <br /> 武器を揃える<br /> <br /> 街の南から外に出る<br /> <br /> <br /> ■街の外<br /> <br /> 南西の毒沼の先はまだ行かない。<br /> <br /> 北東の森の中にフレイがいるので助けて街まで送り届ける<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; すぐ右のマップに家があるので入ると父親がいる<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 怪我をしているので街まで届けることになる。<br /> <br /> 街に戻ってフレイの怪我を治す<br /> <br /> その後、フレイの家に戻る<br /> <br /> すると、木の精を倒してくれと頼まれるので上の方のマップで倒す<br /> <br /> <br /> <br /> フレイの家に戻ってお礼をもらう。<br /> <br /> フレイの家の少し下のマップから東へ向かい、モルムの砦へ<br /> <br /> ■モルムの砦<br /> <br /> 入ってすぐ右の部屋の扉の中に入る<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 中の人が答えない場合は街での会話等が足りないので一端街に戻る。<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 中の人が答えてくれればこの砦攻略の準備が整っている印。<br /> <br /> 次に、左の階段から上に向かい、部屋の北にかかっている鍵を入手<br /> <br /> そして、入ってすぐ右(男のいる部屋のすぐ左)の部屋から薬を入手し、<br /> メニューから薬を選択して、男の前でリターンを押すと男に渡せる(分り辛い)<br /> <br /> 証を見せてくれと言われるので、同様にメニューで選択してからリターン。<br /> (他のゲームなら自動的に認識されるのになあ・・・)<br /> <br /> すると、マスターキーをもらえるので砦の中を自由に回れるようになる。<br /> <br /> 「武術の本」でSTRとDEFアップ<br /> <br /> 将軍の書いた手紙(ニルの箱)を見つける<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; バヌワの街の妹、フェル・バーウに届けて欲しい、とある<br /> <br /> その先で、「なにも反応がない」と出る扉に何回か触れると入れる<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 1Fの奥からスープを持ってきてくれないかと頼まれる<br /> <br /> 1Fの右奥からスープを持って行く<br /> <br /> 出口の扉まで行って、「開かない」というイベントをする<br /> <br /> その後、男に戻ると水槽について説明を受ける<br /> 水圧調整室の鍵を入手<br /> <br /> 水圧調整室に入るが、水槽に何か詰まっているようなので水槽室の鍵をもらう<br /> <br /> 水槽室でドラゴンを倒す<br /> <br /> 倒した後、水圧調整室で水圧を下げれば出口から出られる。<br /> <br /> しかし、その先の道は崩れているので、男と話した後にフェアレスの街に戻る<br /> <br /> ■フェアレスの町<br /> <br /> 病院でフレイの回復を見届ける。<br /> <br /> 街から出て、少し南に行ったところから西へ向かい、ノルマナの町へ<br /> <br /> ■ノルマナの町<br /> <br /> 街の入口にピクシーがいる。<br /> <br /> 村長からゴンドラの使用許可をもらう<br /> <br /> 街でデス・インテグレイトの魔法を持って行く。この先の洞窟の岩を崩すのに使う。<br /> <br /> ■ゴンドラの先の洞窟<br /> <br /> ズゥーンが捕まっているので助ける。<br /> <br /> ■盗賊のすみか<br /> <br /> 外に出ると酒が欲しい人がいるので持って行く<br /> <br /> 持って行った後、何度か話しかけるともう1つ酒を持ってくるよう頼まれる。<br /> もう1つ酒を持っていった後に何度か話しかけると盗賊の鍵を預かるよう言われる。<br /> <br /> 盗賊の鍵を使って赤い宝石入手。<br /> <br /> ノルマナの街へ戻る。<br /> <br /> ■ノルマナの町<br /> <br /> ズゥーンに襲われているので倒す<br /> <br /> 倒したら一度街の外に出てから街に戻ると街の人が戻っている<br /> <br /> 村長の家でESPメダルをもらう<br /> <br /> ■ゴンドラの先の洞窟<br /> <br /> 上にマークの付いている入口のようなところでESPメダルを使うと入れる<br /> <br /> 次に、門番(ロックバイター)を2つ越える。<br /> 証を見せろ、というので「王家の紋章」を装備してリターンキーで見せたことになる。<br /> <br /> エレメント戦。<br /> <br /> <br /> <br /> 倒すと石像が「導きの石」を見せるように言うので「赤い宝石」を装備し、<br /> 像の真ん中で使うと通れるようになる(こういうところ分りづらい)<br /> <br /> 3つ目の門番(ロックバイター)を越えると1部終了。<br /> <br /> デモの後、2部へ。<br /> <br /> <br /> ■ネムヌの町(ホビットの街)<br /> <br /> 村長に会う<br /> <br /> ユーイに会って、塔に行った兄について聞く<br /> <br /> <br /> ■ゼグラードの塔<br /> <br /> ノームの宝箱を開ける<br /> <br /> 死霊からネムヌの街のユーイへのメッセージを頼まれる<br /> <br /> ネムヌの町に戻ってユーイへ会う<br /> <br /> ■ネムヌの町(ホビットの街)<br /> <br /> ピクシーに会う<br /> <br /> ユーイに会う<br /> <br /> 街の出口の男から、ピクシーがさらわれてゼグラードの塔の方に行った旨を聞く<br /> <br /> ゼグラードの塔の入口でリューンに会う。自分と同じく神の息子らしい<br /> <br /> ■ゼグラードの塔<br /> <br /> ノームの子供が通路にいるので助ける<br /> (通路の真ん中なのでわかりやすい)<br /> <br /> 助けたらノームの宝箱へ<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; ディスペル・マジック(魔法解除)をもらう<br /> <br /> ゴーストに見えるホビット「ケイン」を助ける<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; ディスペル・マジックで助ける<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; ネムヌの町に戻ってペットの「ラビィー」を受け取る<br /> <br /> 伝言を頼まれた死霊に会うとブロード・ソードをもらえる<br /> <br /> 魔法がかかっていないので街に戻ってかける。<br /> <br /> 先に進むとネクロマンサー(マントの男)との戦闘<br /> <br /> <br /> <br /> ゾンビを何度か倒した後、ピクシーを連れたまま逃げてしまう。<br /> <br /> 溶岩地域に追いかける<br /> <br /> <br /> ■溶岩地域<br /> <br /> 北東のそれほど離れていないところに避難している人たちがいる<br /> <br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; レイチルと話す<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 子供のために父親が炎の砦に行ったことを聞く<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 様子を見て来ることを頼まれる<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; <br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 耐火マントを入手<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 炎のカーテンを通過できるようになる<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; <br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 炎の砦のガス室の中に最強の鎧があるとの情報<br /> <br /> ■炎の砦<br /> <br /> 右側の階段の先でガスマスク入手<br /> <br /> 左側に行き、ガス室の中でプレート・メイル入手(最初から魔法がかかっている)<br /> <br /> 左側の、もう1つのガス室および回廊のような部屋を抜けてゆく<br /> (ガス室の右側にある階段はまだ上れない)<br /> <br /> レイチルのお父さんがいるので助ける<br /> 音がするので、先ほどの回廊の部屋に戻る<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 橋桁がなくなっている<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; レイチルのお父さんのところに戻る<br /> <br /> レイチルのお父さんに何度も話しかける<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 橋桁を上げる装置のところに連れて行く<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; きせきの薬をもらう<br /> <br /> レイチルのところに戻る<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; レイチルの前できせきの薬を使う(持っているだけではだめ)<br /> <br /> そこにいる老人に3階への行き方を教えてもらう<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 1Fの兵士の寝室の暖炉に仕掛けがあると教えてもらう<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; ドラゴンの指輪の情報入手<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; ベッドの近くにある<br /> <br /> 炎の砦に入ってすぐ上にある寝室の暖炉に水をかけて中のスイッチを入れる<br /> <br /> もう一つの寝室(最初にガスマスクがあった寝室。たしか)の左から2番目のベッドの下を調べる<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; ドラゴンの指輪があるが届かない(えー?)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 「ラビィー」を使って取る<br /> <br /> <br /> <br /> それっぽい部屋の奥でドラゴンの指輪を使うとシューティングステージ開始。<br /> <br /> <br /> <br /> ■サラマンダー戦<br /> <br /> シューティング面でサラマンダーを倒す<br /> <br /> <br /> <br /> 倒すとリューンが倒れているのでグレート・ソードとサーク・ディープル(緑)を受け取る<br /> <br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; ヒント入手:同じ建物に2度入らずに最後に紋章の建物に入る<br /> <br /> 例:一端Gのあるマップに行ってから青いマークでリセット後、G B F D C E A 青いマークで抜ける<br /> <br /> ■バドゥー戦<br /> <br /> 倒すとエンティング<br /> <br /> <br /> <br /> Sat, 01 Mar 2014 00:00:00 +0900 openMSXでThe Castle [MSX版] https://w-jp.net/2013/60/ <br /> 懐かしい The Castle を久々にプレイ。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> 久々でも案外覚えているものですね。<br /> <br /> 細かな解き方は忘れている場合もあったのですが、意外とすぐにクリアできました。<br /> <br /> 攻略を書こうとも思ったのですが、難易度はさほど高くないですし複雑な面は少しだけなので気が向いた時にでも。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> Wed, 06 Nov 2013 00:00:00 +0900 openMSXでグラディウス [MSX版 初代] https://w-jp.net/2013/43/ <br /> 10数年ぶりに初代のグラディウスをプレイ。<br /> このくらいの簡単な(?)シューティングゲームの方が何度遊んでも楽しいですね。<br /> <br />  <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> Fri, 19 Jul 2013 00:00:00 +0900 openMSXでメタルギア [MSX版 初代] https://w-jp.net/2013/42/ <br /> 当時プレイしようとしてプレイし損ねたゲームをようやくプレイ。<br /> PS版のメタルギア1~3はクリア済なので、その原型をプレイできたのは面白かった。<br /> <br /> この年代のゲームにしては凝っていて、何日も遊べるクオリティ。<br /> 当時人気が出て、その後も人気が出たのもよくわかる。当時の神ゲームの一つですね。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> 攻略メモを貼っておきます。<br /> ------------------------------<br /> <br /> メタルギア [MSX版 初代] 攻略メモ<br /> <br /> 連絡周波数<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 120.85<br /> <br /> 操作方法<br />   N パンチ<br />   M パンチ<br />   F1 ポーズ<br />   F2 武器選択<br />   F3 装備選択(カーソル位置が選択状態。レーションのようなものはスペースで使用)<br />   F4 無線機<br /> <br /> ■ビル1 1F<br /> <br /> トラックでレーション入手<br /> トラックでカード1入手(兵士がトラックを出るのを待ってから入る)<br /> トラックで双眼鏡入手<br /> 少しマップを戻ってからカード1を使ってドアをくぐり、ガスマスク入手<br /> <br /> トラック左でハンドガン入手<br /> トラック真ん中は入る必要なし(敵だけ)<br /> トラック右で、兵士が出てきた後に地雷入手<br /> <br /> ハンドガンの左のマップで警備の交代があるのでその隙にドアをくぐる<br /> <br /> 開かないドア:2つ<br /> <br /> ■ビル1 3F<br /> <br /> 弾薬入手(部屋に入り直すとまたあるので50まで補充)<br /> 弾薬のある部屋の下の扉をカード1で開ける<br /> 弾薬のある部屋の下の部屋<br />   男を助ける<br />   右の扉をカード1で開ける<br /> 弾薬のある部屋の下の部屋の右の部屋はガス室なので扉を開けた後にガスマスク装備<br /> ガス室の下<br />   左に扉2つ。上の扉は開かない。下の扉で捕虜救出<br /> ガス室の下の右のマップから扉の中へ入り、P(プラスチック)爆弾入手後、右の部屋に抜ける<br /> 2つ右のマップに移り、カード2入手<br /> ガス室の下に戻り、上の扉をカード2で開ける。リモコンミサイル入手<br /> カード2のあるマップまで戻る。左上の扉の中にはレーション<br /> <br /> 高圧電流のあるマップ<br />   リモコンミサイルで電源破壊後、突破<br /> <br /> 高圧電流の上のマップ<br />   ドアをカード1で開け、捕虜救出<br />   周波数情報  120.33 レジスタンスのDIANE<br /> <br /> その上の部屋<br />   扉があるがとりあえずスルー<br /> <br /> その左の部屋<br />   上の扉の中で段ボール入手<br /> <br /> その左の部屋にカード2を使って入る<br />   真ん中の扉に入ると4人敵がいる。倒すとサイレンサー入手<br />   その部屋の右の扉をカード1で開け、グレネード・ランチャー入手<br /> <br /> その右の右の部屋に戻り、上の扉からエレベータで屋上へ<br /> <br /> ■ビル1 屋上<br /> <br /> まだ進めない。<br /> ウィンド・バリアを突破するためにボム・ブラスト・スーツを探す指令あり<br /> <br /> ■ビル1 1F<br /> <br /> 最初の1つ下の画面<br />   監視カメラは段ボールでごまかす。<br />   扉をカード2で開けて捕虜救出<br /> <br /> その1つ下の画面<br />   右の扉をカード2で開けてサブマシンガン入手<br />   左の扉をカード1で開けて捕虜救出<br />     秘密の独房へ行く情報入手<br /> <br /> その1つ下の画面から左の画面に移るとイベント発生<br /> <br /> 独房<br />   左の壁を殴ると変な音がして破壊可能<br />   グレイフォックス救出<br />   その部屋の下の壁を破壊して脱出(変な音がする箇所)<br /> <br /> 独房の外<br />   道具がないので扉は開かない。<br />   右の画面に行くとボス(ショット・メイカー)出現<br /> <br /> ショット・メイカー<br />   素手で殴っても倒れないので、右下の扉を殴って開けて装備回収後に倒す<br />   発信機は使うことですぐに捨てる<br />   画面上側に回り込むと敵の攻撃が当たらないポイントがある。<br />   壁から出たり入ったりして1発づつ打てば無傷で倒せる。<br />   ボスを倒した後、左下の扉をカード2で開けてカード3入手<br /> <br /> ボスの右の画面<br />   すぐ上の画面に移動<br />   下の扉はまだ開かない<br /> <br /> ボスの右の上の画面<br />   左の壁を殴ると違う音がするところにプラスチック爆弾を仕掛けて破壊<br />   中から敵のユニフォーム入手<br />   ボスの右の画面に戻る<br /> <br /> ボスの右のマップ<br />   ボスの画面に通じる扉の反対側、少し上よりを殴ると違う音がするのでプラスチック爆弾で破壊<br />   破壊した壁を抜け、右上の画面で同様に左の壁を破壊<br />   同様に左上のマップで下側の壁を破壊<br />   扉をカード3で開け、ボム・ブラスト・スーツ入手<br /> <br /> エレベータで2階へ<br /> <br /> <br /> ■ビル1 2F<br /> <br /> 最初の画面<br />   左の画面へ<br /> <br /> 最初の画面の左の画面<br />   扉に入る前に左のマップから道具を入手<br />   道具入手後、扉に入る。回転物が動いている部屋を下に抜ける<br /> <br /> 扉の向こうの画面<br />   下の画面に移動<br /> <br /> 扉の向こうの画面の下の画面<br />   左の扉の中から地雷入手<br />   右の扉をカード3で開け、捕虜救出<br />     中庭に行く情報入手。屋上からパラシュートを利用する<br /> <br /> その下の画面<br />   下の扉の中から赤外線スコープ入手<br />   右の扉はまだ開かない<br />   <br />   エレベータ前まで戻る<br /> <br /> エレベータ前の画面<br />   1つ下の画面へ<br /> <br /> エレベータ前の画面の下の画面<br />   1つ下の画面へ<br /> <br /> 赤外線の罠の画面<br />   赤外線スコープで赤外線をかわす。<br />   下の画面へ<br /> <br /> 1つ下の画面<br />   扉をカード1で開き、捕虜救出<br /> <br /> 更に1つ左の画面<br />   中央扉をカード3で開き捕虜救出。ドクターの場所の情報。中庭の独房にいる。<br />   左の扉をカード3で開き、ボス戦(マシンガンキッド)<br /> <br /> マシンガンキッド<br />   ハンドガンは微妙に届かないので近づいてサブマシンガンで倒す(味気ない)<br />   上の扉をカード1で開けるとパラシュート入手<br />   左の扉はまだ開かない<br />   エレベータに戻り、屋上へ<br /> <br /> ■ビル1 屋上<br /> <br /> エレベータ前<br />   リモコンミサイルがMAXではない場合は2つ下の画面の扉をカード3で開いて補充<br />   エレベータ前から左の画面へ<br /> <br /> エレベータの左の画面<br />   左の画面へ<br /> <br /> エレベータの2つ左の画面<br />   下は後で行くので左の画面を先に行く<br /> <br /> エレベータの3つ左の画面<br />   下の画面へ<br /> <br /> エレベータの3つ左、1つ下の画面<br />   扉の中で弾薬補充<br /> <br /> エレベータの3つ左、2つ下の画面<br />   扉をカード2で開き、捕虜救出。パラシュート使用方法のヒント入手<br />   エレベータの2つ左の画面に戻る<br /> <br /> エレベータの2つ左の画面<br />   下に行く。動く床<br /> <br /> エレベータの2つ左、3つ下の画面<br />   敵が浮いているので必ず見つかる(?)。強行突破。<br />   左の画面へ<br /> <br /> エレベータの2つ左、3つ下の画面の左の画面<br />   リモコンミサイルでスイッチ破壊。<br />   扉をカード3で開く<br />   入口から敵が入ってくるので全部ハンドガンで撃退。その後、地雷探知機入手<br />   扉を出たらずっと右に進んでハインドDと対決<br /> <br /> ハインドD<br />   死角(とでも言うのかな)がたくさんある。<br />   コックピットの左側から、グレネードの照準がコックピットに当たるようにして攻撃<br />   グレネード20発で破壊<br />   破壊後、上の画面へ<br /> <br /> ハインドDの上の画面<br />   左の画面へ<br /> <br /> ハインドDの上の左の画面<br />   パラシュートを装備して落下<br /> <br /> ■ビル1 1F<br /> <br /> 最初の画面<br />   下の画面へ<br /> <br /> 下の画面<br />   地雷探知機を使用<br />   右のトラックの中からカード4入手<br />   左のトラックは罠なので注意。乗らないように。スタート地点近くまで戻される<br />   上の画面に戻る<br /> <br /> 最初の画面<br />   扉をカード4で開く。ドクターが連行された後の独房<br />   左の画面へ<br /> <br /> 左の画面<br />   左の扉をカード4で開く。ドクターがビル2に移されたとの情報入手<br />   上の扉へ<br /> <br /> 左の上の画面<br />   最初の方と同じ画面。<br />   右のトラックで地雷を15まで補充。(兵士が出た後に入る)<br /> <br /> 左の上の右の画面<br />   上の扉から外(荒野っぽい)に出る<br /> <br /> ■荒野<br /> <br /> 最初の画面<br />   右のトラックは罠なので乗らないように。<br />   左のトラックでプラスチック爆弾入手<br />   地雷原なので地雷探知機を使う<br />   左右の画面に移っても同じ画面に戻るだけなので上に進む<br /> <br /> 2つ上の画面<br />   トラックの中にレーション<br />   ミサイルが飛んでくるが左右の画面を切り替えてリセット可能<br />   2つ上の画面に移動するとボス(タンク)出現<br /> <br /> タンク<br />   地雷で破壊。<br />   真ん中は主砲が来るので行かない。<br />   マシンガンの前あたりに地雷を1度に何発もしかけることが可能。<br />   装備画面に行ったり画面切り替えたりすると地雷が消えるので、レーションは地雷を置いていない時に使う。<br /> <br /> タンクの2つ上の画面<br />   ユニフォームで検問突破<br />   連絡用周波数変更 120.13<br /> <br /> ■ビル2 1F<br /> <br /> 最初の画面<br />   水路に入って左の画面へ<br /> <br /> 左の画面<br />   水路から真ん中の扉をカード4で開き、入る<br /> <br /> タンク<br />   タンクがいるのでグレネードで倒す<br />   ぎりぎりなので注意<br /> <br /> タンクの上の部屋<br />   赤外線に気をつけて右の部屋へ<br /> <br /> タンクの上の右の部屋<br />   下の部屋へ<br /> <br /> タンクの上の右の下の部屋<br />   水路の真ん中は体力を奪われるので注意。<br />   左の扉をカード2で開き、入る。中でアンテナ入手<br />   アンテナにより、妨害電波を無効化して連絡できるようになる<br />   下の部屋は最初の画面だが右の扉はまだ開かないので行く必要ない<br />   右の部屋から右上の部屋に行っても右の扉はまだ開かないのでまだ行く必要ない<br />   赤外線の部屋に戻ってエレベータ<br /> <br /> 赤外線の部屋<br />   上り専用エレベータに乗って屋上へ<br /> <br /> ■ビル2 屋上<br /> <br /> ずっと危険状態なので強行突破。<br /> <br /> 最初の部屋<br />   扉をカード2で開き、捕虜救出。ドクターの場所情報入手。地下牢にいる。<br /> <br /> 道を進み、扉をカード4で開けてカード5入手。<br /> 次のマップからカード5で扉に入り、エレベータで2Fへ<br /> <br /> ■ビル2 2F<br /> <br /> 最初の部屋<br />   ローラを避ける。<br />   部屋に入ってからまっすぐ下に行くと落とし穴なので避ける<br /> <br /> 最初の部屋を出た画面<br />   左の画面へ<br /> <br /> 最初の左の画面<br />   空いている扉から捕虜救出。砂漠を渡るためのコンパス情報入手<br />   右上の扉へ<br /> <br /> 最初の左の上の画面<br />   左から変なキャラが近づいてきて攻撃してくるのではむかわずに避ける<br />   右の扉をカード5で開いて右の部屋へ<br /> <br /> 最初の左の上の右の部屋<br />   左上の扉をカード3で開くと捕虜救出。レジスタンス情報。<br />     周波数120.48でレジスタンスJENNIFER<br />   右上の扉はまだ開かない<br />   左の部屋からエレベータに戻る<br /> <br /> 最初の左の上の画面<br />   下の画面へ<br /> <br /> 最初の左の画面<br />   右の画面へ<br /> <br /> 最初の画面<br />   エレベータで地下へ<br /> <br /> ■ビル2 地下<br /> <br /> 最初の部屋<br />   部屋の中にいる犬を倒して部屋の外に出る<br /> <br /> 最初の画面<br />   この先はガス地帯という情報入手<br />   左上の扉をカード5で開けて捕虜救出<br />   右上の扉をカード3で開けて、その先にある空いた扉でレーションと弾薬およびプラスチック爆弾補充。他の扉は開かないので最初の画面に戻る。<br />   左の扉をカード5で開く。<br />   入る前にガスマスク装備<br /> <br /> 最初の左の画面<br />   上の画面へ<br /> <br /> 最初の左の上の画面<br />   右の画面へ<br /> <br /> 最初の左の上の右の画面<br />   変な音がする壁をプラスチック爆弾で破壊<br />   上の部屋へ<br /> <br /> 最初の左の上の右の上の画面<br />   扉をカード1で開いて捕虜救出<br />   左の部屋へ<br /> <br /> 博士の扉の画面<br />   カード5で扉を開くと博士がいるように見えるが、落とし穴があるので話しかけてはいけない。<br />     罠にはまると、本物は2Fにいるとの情報入手して死ぬ<br />   部屋から一旦出て下の画面へ<br /> <br /> 博士の扉の下の画面<br />   左の画面へ<br /> <br /> 博士の扉の下の左の画面<br />   扉をカード5で開き、レーション入手<br />   博士の部屋まで戻る<br /> <br /> 博士の部屋<br />   左の扉に入る<br /> <br /> 博士の部屋の左の部屋<br />   カード6入手。<br />   カード6で下に抜ける。(ガスマスク装備を忘れずに)<br /> <br /> 博士の扉の画面<br />   左の扉をカード6で開けて抜けるとボス(FIRE TORRPER)と対戦<br /> <br /> FIRE TORRPER<br />   サブマシンガンで撃破<br />   エレベータで2Fへ<br /> <br /> ■ビル2 2F<br /> <br /> 最初の部屋<br />   右側の通路から下の画面へ<br /> <br /> 最初の下の画面<br />   右の画面へ<br /> <br /> 最初の下の右の画面へ(変なキャラがいる画面)<br />   変なキャラがいるが無視<br />   カード5で右の部屋へ<br /> <br /> 変なキャラがいる右の画面<br />   JENNIFER(120.48)に無線連絡後、右の扉にカード6で入ってロケットランチャー入手<br /> <br /> 変なキャラがいる画面<br />   右上の扉をカード2で開き、入る<br /> <br /> 変なキャラがいる画面の上の画面<br />   右の画面へ<br /> <br /> 変なキャラがいる画面の上の右の画面<br />   JENNIFER(120.48)に無線連絡すると扉が開くので入る。中でコンパス入手<br />   変なキャラがいる画面に戻る<br /> <br /> 変なキャラがいる画面<br />   左下の扉をカード1で開き、入る<br /> <br /> 変なキャラがいる画面の下の画面<br />   左の画面へ<br /> <br /> 変なキャラがいる画面の下の左の画面<br />   開いている扉は、銃弾が十分ならば入る必要ない。敵に見つかる。<br />   上の画面へ<br /> <br /> 変なキャラがいる画面の下の左の上の画面<br />   上の画面へ<br /> <br /> 変なキャラがいる画面の下の左の上の上の画面<br />   扉をカード6で開けてドクター救出<br />     エレンがビル1の地下にいて、交換条件で情報提供。<br />   上向きエレベータの画面に戻る<br /> <br /> 上向きエレベータの画面<br />   右の画面<br /> <br /> 上向きエレベータの右の画面<br />   上の扉をカード6で開き、解毒剤入手。中に敵がいるので注意<br />   下向きエレベータの部屋に戻る。変なキャラがいる部屋の下向き右側の扉をカード5で開いた先にある。<br /> <br /> 下向きエレベータ<br />   1Fへ<br /> <br /> ■ビル2 1F<br /> <br /> 下向きエレベータのある画面<br />   左の画面へ(荒野への出口のある画面)<br /> <br /> 荒野への出口のある画面<br />   左の画面へ行き、カード6で扉を開けてフラッシュ・ライト入手<br /> <br /> <br /> ■荒野<br /> <br /> ビル1へ<br /> <br /> ■ビル1 1F<br /> <br /> 最初の画面<br />   右の画面へ<br /> <br /> 最初の右の画面<br />   エレベータで地下へ<br /> <br /> ■ビル1 地下<br /> <br /> 左下の扉からボスと戦った画面へ<br /> <br /> ボスと戦った画面<br />   左下で弾薬補給<br />   左の画面へ<br /> <br /> ボスと戦った画面の左の画面<br />   左上の扉をカード6で開ける<br /> <br /> ボスと戦った画面の左の上の画面<br />   右中央の扉をカード6で開ける。<br />   部屋の中には落とし穴があるので注意<br />   右の壁を殴ると変な音がするのでプラスチック爆弾てエレン救出<br />   部屋から出たら、上の画面へ<br /> <br /> ボスと戦った画面の左の上の上の画面<br />   上の扉をカード1で開ける。<br />   中は暗いのでフラッシュ・ライト使用<br /> <br /> 暗い道<br />   落とし穴に注意。<br />   DIANE 120.91<br />   <br />   行き止まりの右側の壁をプラスチック爆弾で破壊して突破。<br />   ビル2に戻る。抜けた先はガス地帯なので注意<br />   <br />   2Fへ行く<br /> <br /> ■ビル2 2F<br /> <br /> 変なキャラがいる画面の左下の扉をカード1で開き、博士のところへ。<br /> <br /> 博士から情報入手<br />   ビルから北20キロのビル3地下100階にメタルギアはある<br />   破壊方法は、装甲の薄い脚部にプラスチック爆弾をセットする。<br />   順番は<br />   R R L, R L L R L, L R R L R, L R... 後は忘れたらしい<br />   16個セットする。<br />   <br />   ビル2を出る扉のカードはARNOLDが持っている。<br />   ARNOLDはロケット・ランチャーに弱い<br /> <br />   ARNOLDとは、倒せない2体のこと。<br /> <br /> 変なキャラがいる画面<br />   ロケットランチャー4発で倒し、カード7入手<br />   <br />   下向きの右側扉をカード5で開き、エレベータで1Fへ<br /> <br /> ■ビル2 1F<br /> <br /> 最初の部屋<br />   下の扉から外に出る<br /> <br /> 最初の画面<br />   左の画面へ<br /> <br /> 左の画面(荒野への出口がある画面)<br />   上の画面へ<br /> <br /> 荒野への出口がある画面の上の画面<br />   水路に入って右の画面へ<br /> <br /> 荒野への出口がある画面の上の右の画面<br />   上の画面へ<br /> <br /> 荒野への出口がある画面の上の右の上の画面<br />   水路を通って左の画面へ<br />   <br />   補足:<br />   右の扉はカード5で開いて捕虜がいるが、階級MAX(4)の筈なので無視してOK<br />     水路がビル3に繋がっているとの情報入手<br />   <br />   上の画面(ビル3)はまだ行く必要なし<br /> <br /> 荒野への出口がある画面の上の右の上の左の画面<br />   カード7で扉に入り、砂漠へ<br /> <br /> ■砂漠<br /> <br /> サソリがいる画面<br />   コンパス装備して上へ<br />   サソリはなるべくかわす<br /> <br /> サソリがいない画面<br />   解毒剤を使う<br />   上の画面へ<br /> <br /> 扉の前<br />   敵と遭遇。<br />   無線で右端のトラックに入るよう指示されるが、入るとトラックが動き出して前の方のマップに戻されてしまうので指示を無視。<br />   左から2つ目のトラックには弾薬<br />   上の扉をカード7で開けて入る<br /> <br /> ■ビル3 1F<br /> <br /> 最初の部屋<br />   無線で左の扉に入るよう指示されるが、入っても何もないので無視。(カード1で開けられる)<br />   右上の壁をプラスチック爆弾で破壊して突破。上の画面へ<br /> <br /> 最初の上の画面<br />   落とし穴に注意<br />   エレベータで地下100階へ<br /> <br /> ■ビル3 地下100階<br /> <br />   JENNIFERから、壁の向こうに酸素ボンベがあるとの情報入手<br />   初期位置からまっすぐ下、壁の向こう側の下側をプラスチック爆弾で破壊し、中から酸素ボンベ入手<br />   左右の画面の扉は開かないのでビル2に一端戻る<br />   <br />   補足:<br />   左の画面で、BIG BOSSから電源を切るように指示があるが無視<br /> <br /> <br /> ■ビル2 1F<br /> <br /> 酸素ボンベを装備し、すぐ右の画面から水路を上に進む。<br /> <br /> 水路から出る画面<br />   上の画面へ<br />   上の画面は電流が流れている床があるので立ち位置に注意<br /> <br /> 水路から出る画面の上の画面<br />   電流スイッチをリモコンミサイルで破壊後、左上の扉をカード1で開き、弾薬補充<br />   左上の扉の中でSCHNEIDERから無線があり、OUTER HEAVENの正体を言う直前でやられる<br />   右上の扉をカード7で開き、入るとボス戦(COWARD DUCK)<br /> <br /> COWARD DUCK<br />   真ん中に落とし穴があるので注意。<br />   捕虜を殺してはいけない。JENNIFERの兄がいる<br />   後ろに回り込めば当たらないのでハンドガンで倒す<br />   倒すとカード8入手<br />   JENNIFERの兄から、「脱出するときは左端のはしごを登る」ように指示<br />   水路を戻る<br /> <br /> 水路から出る画面<br />   左端から下の画面へ<br /> <br /> 水路から出る画面の下の画面<br />   左の画面へ<br /> <br /> 水路から出る画面の下の右の画面<br />   扉をカード6で開き、プラスチック爆弾をMAXまで入手<br />   ビル3の地下100階に戻る<br /> <br /> ■ビル3 地下100階<br /> <br /> 最初の画面<br />   右の扉をカード8で開いて捕虜救出<br />     OUTER HEAVENのボスはFOX HOUNDER総司令官BIG BOSSとの情報<br />   左の画面へ<br /> <br /> 最初の左の画面<br />   BIG BOSSから電源を切るように指示があるが無視<br />   上の扉をカード8で開く。ガス地帯なのでガスマスクをしてから入る<br /> <br /> 最初の左の上の画面<br />   扉をカード8で開けてもその先には進めない。<br />   左上のあたりをプラスチック爆弾で破壊して進む<br /> <br /> 最初の左の上の上の画面<br />   落とし穴があるので注意<br />   扉をカード1で開き、上の画面へ。ガス地帯&地雷原なのでガスマスクをしてから入る<br /> <br /> 最初の左の上の上の上の画面<br />   ガス地帯&地雷原なので注意<br />   上の扉をカード1で開き、次の画面へ。電流床なので注意<br /> <br /> 電流床の画面<br />   止められないので強制突破するとメタルギア戦へ<br /> <br /> メタルギア戦<br />   入手した情報通りにプラスチック爆弾をしかける。情報の続き(最後)はR<br />   破壊後、左の扉(開いている)に入るとビッグ・ボス戦<br />   基地が爆破されるタイムカウント開始<br /> <br /> ビッグ・ボス<br />   ロケットランチャーで撃破<br />   タイム制限を破るとゲームオーバー(単に死ぬだけ)<br /> <br /> ビッグ・ボス撃破後、脱出<br /> <br /> エンティング<br /> <br /> <br /> Wed, 17 Jul 2013 00:00:00 +0900 openMSXでハイドライド3 [MSX版] チートコード付 https://w-jp.net/2013/37/ <br /> ハイドライド3をプレイ。<br /> 高校くらいの時に遊んだ懐かしのゲーム。意外と覚えているものですね。さくっとクリアできました。こういうシンプルなゲームは時間が経っても楽しめるものですね。<br /> <br /> openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> 経験値を65xxxにする: poke 0xD03A 0xFF<br /> 経験値をxx255にする: poke 0xD039 0xFF<br /> 精神力を100にする: poke 0xD038 100<br /> <br /> 基本的なこと:<br /> 攻撃してこないのは敵に見えても敵ではありません。攻撃してはいけません。敵ではないキャラを攻撃すると精神力が下がります。<br /> 定期的に食料を食べないと体力が減ってゆきます。攻撃力や防御力が減って、そのうちライフも減った筈。<br /> 夜になったら宿屋で寝ないと体力が減ってゆきます。同上。<br /> 経験値を稼いでも自動的にレベルは上がらず、教会に行かないとレベルは上がりません。<br /> 魔法は雲の上の街で経験値と引き換えに買うことができます。<br /> 敵と向かい合ってやられそうなときには「幻覚」の魔法で反転させて後ろから攻撃すると有利です。<br /> 荷物にはそれぞれ重量があり、現レベルの体力に応じた最大重量以内で持ち運ぶ必要があります。<br /> お金はお札ではなくてコインなので、敵からコインを入手するとどんどん重くなります。最初に地上で入手する「両替機」を使うことで軽くできます。<br /> 職業は初心者は「僧侶」がお勧め。魔法が十分に使えるので。<br /> ある程度進んだら、防御の装備をするよりも薬草をたくさん持って「無敵」を使いながら進む方が効率的。薬草は、お店だと一定数しか買えないが天空の町でなら幾つでも貰える。<br /> <br /> <br /> <br /> 攻略メモを貼っておきます。<br /> <br /> --------------<br /> <br /> ■ハイドライド3 [MSX版] 攻略メモ<br /> <br /> 森の町からスタート<br /> 町から北に向かって宝箱から両替機入手<br />  →敵を倒すと小銭が貯まるが、持てる重量を超えると動きが遅くなるのでそれを避けるために両替機を定期的に使う。クリアが目的であれば売ってしまえばVIPカードがいつの間にか持ち物に加わるので、使うと小銭が貯まるのでお金にはあまり困らなくなるが両替機が使えないので後々ちょっとだけ面倒になることも。<br />  町の周辺でレベルをいくつか上げる。職業にもよるが、レベル3~5になったらハーベルの塔へ。<br /> <br /> ハーベルの塔<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 2階 魔法のお守り<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 6階 エレベータのスイッチ<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 113階 光の剣(エレベータの階入力を一端キャンセルしてから中に入って調べる)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 176階 雲の石<br /> <br /> 天空の町<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; お城で薬草が無料でいくつでももらえる<br />   ハーベルの塔に戻って経験値稼ぎ。使いこなせるだけのレベルが必要だが光の剣を入手した後であれば割と簡単。<br />   ハーベルの塔で稼いだ経験値で呪文を覚える。最後の「無敵」まで覚えるのはここでもらえる経験値ではきついので、「移動」まで覚えたらとりあえず先に進む。<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 城の入口横から城壁辿って、雲の切れ目から「雲の石」装備状態で落ちると水のお城へ<br /> <br /> 水のお城<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 暗唱カードを応接室の左上で入手。地上から水の城に入れるようになる<br /> <br /> 森の町<br /> ランプ入手<br /> <br /> 地下の町の近くにある、1つだけお墓があるところでオイルが取れる。夜ならばスーパーオイル。<br /> あるいは、あらかじめ天空の町で入手しておく。<br /> <br /> 地下の町(墓場を下から突くと開く)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; オイルを持っていなければここで入手<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 左中央のマップから壁を通り抜けて倉庫へ<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 一番奥の宝箱を2回調べて慰霊の洞窟へ<br /> <br /> 慰霊の洞窟<br /> ランプは、最初にランプを使ってからオイル(あるいはスーパーオイル)を使う。<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; まほうのよろい(不要なら取らなくても良い。重いので)<br />   壁を通り抜けないといけない場所が数カ所あるので壁に向かってキーを押し当てて通過<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 次元のおまもりをついでに取っておいてもいい(後からだとランプ再入手が面倒)。たまに500gが惜しいこともあるので後でも良い。<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 竜を倒すとドラゴンの牙入手。竜が口を開けた瞬間を狙って攻撃し、炎が出る直前に避ける、という動作を繰り返す。<br /> <br /> <br /> <br /> 水のお城<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; ドラゴンを倒したら水のお城へ行って王様から褒美をもらう。ジムの巻物入手<br /> <br /> 失われた宮殿<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 森の町の左上あたりにある湖のマップでジムの巻物を使うと失われた神殿が姿を現す。<br />   レベル上げと呪文覚えのためにとりあえず経験値稼ぎ。1Fの敵が効率的。<br />   「無敵」を覚えた後にここでクリアに必要な経験値まで一気に稼ぐのが効率的。<br />   レベルをある程度上げて、呪文も「無敵」まで覚えたら先に進む。<br />   もう経験値稼ぎは不要な状態にしてクリアまで一気に行くのが良い。<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 2FのレーザバリアスイッチをOFFにする<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 3Fで宇宙コンパス入手<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; コンピュータのメモリバンクを2回調べると座標が出てくる(例:X=31,Y=4)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 2Fの奥に宇宙服がある<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 宇宙服入手後、宮殿から出てから地上の切れ目から落ちると宇宙。宇宙服を装備してから落ちること。装備していないと一瞬でゲームオーバー。<br /> <br /> 宇宙<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 宇宙コンパスで宇宙船を探して中に入る。誤差があるので座標の周囲を探す。<br />   コンパスがなくてもどこかに宇宙船はあるので、しらみつぶしでも何とかなる。<br /> <br /> 宇宙船<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 角笛入手(幻想の町を出現させる)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 奥のコンピュータバンクから次元のお守りの場所を聞く<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; (慰霊の洞窟の古代文字から南へ3歩、西へ5歩の場所にある)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 妖精のかぶと入手(忘れずに。クリア条件にひっかかっていた筈)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 偉大な弓入手(重いので最後に入手するのがいい。そのまま移動呪文で脱出)(他の2つのクリア条件を満たしていさえすればこれはなくてもクリアできる筈だが心配ならばこの装備でボスまで。これの代わりにひかりの剣でもよいが、その場合は他の2つのクリア条件を必ず満たすこと。妖精のかぶとが1つと、もう1つは忘れたが、普通は持っている筈のアイテムなので問題ない)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 一度宇宙船から失われた神殿にワープ(?)しておくと、次からは失われた神殿から宇宙船に来れるようになる。そうすれば宇宙コンパスは捨てて良い。<br /> <br /> 慰霊の洞窟(先に次元のお守り入手済なら不要)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 次元のお守り入手<br /> <br /> 次元の扉<br />   地上にある変な門を次元のお守りを身につけて通ると異次元へ<br /> <br /> 幻想の町<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 墓のあるマップで角笛を吹けば入れる<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; お店で聖水入手<br /> <br /> 森の町<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 聖水で封印を解いて洞窟へ<br /> <br /> 封印の洞窟<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 聖なる光を10カ所浴びる。精神力が高くないと浴びられない。見つけにくい場所(隠し通路の先等)にもある。全て浴びると呪いが溶けて扉が開く旨が通知される。聖なる光を浴びても呪いが解けたと言われない場合はまだ残りがあるので探す。<br />   バラリスの像入手<br /> <br />   ↓他のマップと比べて分り辛いのでここだけマップを作りました。青い矢印は通り抜けられる壁。黄色いバツ印が聖なる光の場所です。<br /> <br /> 地下1階:<br /> <br /> <br /> 地下2階:<br /> <br /> <br /> 幻想の町<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 牢獄にいる男と話して出口のお守り入手<br /> <br /> 時の扉(異次元の右端にあるマップ)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; バラリスの像を20時以降(確か)に使うとガイザックの基地っぽいところへ。<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 時間の進みが早いところがあるので食料は多めに持つ。<br /> <br /> ガイザックの基地<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 妖精を助ける(クリアに必要)<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 基地にある他のアイテムはクリアには不要<br /> &amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; ガイザックを倒す(口の中に入って攻撃)<br /> <br /> <br /> <br /> エンティング<br /> <br /> <br /> MSX1版とMSX2版があります。MSX2版の方が画像は良いのですがMSX1版の方が動きがスムーズでアクションが軽やかでしたのでMSX1版の方が好きです。<br /> Tue, 09 Jul 2013 00:00:00 +0900 openMSXでFMPACを使う方法 - クリムゾンMSX2版 https://w-jp.net/2013/35/ <br /> 自宅でテレビやビデオを見てばかりでは何なので懐かしのMSXのゲームをプレイしてみました。タイトルは「クリムゾン」。知る人ぞ知るマイナーゲームだが、当時は3まで出たのでそこそこ売れていた筈。でも、1が一番バランスおよび内容がいいような気がする。・・・ということでプレイ。<br /> <br /> これはFMPACにデータをセーブするのだが、openMSXで使うには少しコツがいります。<br /> FMPACがなくてもクイックセーブ/クイックロードだけでも遊べますが、途中で他のゲームをプレイしたい場合に不便でしょう。<br /> <br /> FMPACを利用するには、まず fmpac.rom を見つけてくる。(フロッピーディスク(Disk/FDD)を使う方法で同様に入手できるかもしれません)<br /> その後、 Macであれば インストールフォルダの share の下にある extensions フォルダに同ファイルを置きます。<br /> (ファイルを置いたら一旦openMSXの再起動が必要かもしれません?)<br /> <br /> そして、まず最初にSlot1に目的のゲームをセットします。この場合はクリムゾンです。<br /> 続いて、<br /> menu → Hardware → Extensions → Add<br /> から<br /> Panasonic SW M004 FMPAC<br /> を選択します。<br /> すると、Slot2にセットされます。<br /> <br /> この状態でリセットをかけます。<br /> menu → Reset MSX<br /> <br /> これで使用できます。<br /> <br /> <br /> openMSXのチート(メモ) (チートのやり方はこちらを参照)<br /> お金たくさん: poke 0xC0FE 0xFF<br /> 主人公経験値たくさん: poke 0xC06B 0xFF<br /> <br /> 主人公HP255: poke 0xC064 255<br /> 主人公MP255: poke 0xC065 255<br /> イザベラHP255: poke 0xC084 255<br /> イザベラMP255: poke 0xC085 255<br /> アーノルドHP255: poke 0xC0A4 255<br /> アーノルドMP255: poke 0xC0A5 255<br /> <br /> <br /> <br /> 一部、行ったりきたりややこしいので攻略メモを書きました。一応貼っておきます。<br /> <br /> ■クリムゾン [MSX版] 攻略メモ<br /> <br /> 最初の町<br />   バドーラの勇気を待っているおばあさん。持ってくるとクリムゾンを倒すアイテム情報<br />   赤い鍵の扉がある。中にはバドーラの勇気がある<br /> <br /> 遺跡の谷(最初の町の南東)<br />   最初の建物をまっすぐ上がるとワープ。 カンドセの町の西にある廃墟の町に繋がっている。最初は行かなくていい。<br />   2つ目の建物の中に生き別れのおじいさん(金のメダルを息子に渡す)<br />   3つ目の建物には何もない(たぶん)<br /> <br /> しりょうの谷(最初の町の南)<br />   3つの石を入れる石像がある<br />   上方にある階段:宝箱の中に白い石<br />   左下にある階段:宝箱の中に赤い石<br />   右下にある階段:生き別れた息子に会うと青い石<br />   石像に3つの石を入れると階段が現れ、中に赤い鍵がある<br /> <br /> ----------------------------- ここで一区切り<br /> <br /> カンドセの町<br /> <br /> カンドセの町の西にある廃墟の町<br />   最初の建物<br />     最初の廃墟の町に行くワープ<br />     赤い鍵の扉の中にワープ(どこかの遺跡。更にどんどんたどるとゴライアの力を待っているおじいさんがいるところまで行けるが、最初は行かなくて良い)<br />     バドーラの勇気を待っているおじいさん。5つの玉をそろえたらまた来る。こだいのよろい入手可能<br />   2つ目の建物<br />     緑の扉がある。中には、しらばっくれているような人がいる。ドーサの町で情報を得ておくと襲いかかってくる。倒せばマイクロボート入手<br /> <br /> エロイアの城<br />   バドーラの勇気を待っている女王。バドーラの勇気を持って行けばイザベラに指令を出してくれる。<br /> <br /> もぐねすの山<br />   青い扉<br />     中にこおりの玉<br />   イザベラがいる。女王に会った後に来ると仲間になる。青い鍵を持っている<br />   しゃべれないのろいを解いてくれる怪物がいる。のろいを解くと共にみどりの鍵がもらえる<br /> <br /> ドーサの町<br />   宿屋でボートを盗まれたという情報を得ておく。カンドセの町の西にある廃墟の町の緑の鍵を抜ける前に。<br />   宿屋に緑の鍵。クリムゾンを弱らせる情報。マチテスの仮面について<br /> <br /> ドーサの町の東にあるしゃべらずの森<br />   下から回り込んで右上に行き、階段から降りる。分岐路の中央に出た後、右下の階段に行く。 <br />   タンイーターを倒した後、モグネスの山に戻る<br /> <br /> ---------------- ここから後はマイクロボート入手後<br /> <br /> キャンプ場<br />   リンダを助けるとかげろうの玉<br /> <br /> 湖の向こうの城<br />   アーノルド王子と合流<br /> <br /> 沼地<br />   アーノルド王子合流後におばあさんに会えば毒を調合してくれる<br /> <br /> 橋<br />   イエズムを倒すと銀でできた鏡を入手<br /> <br /> 一件宿<br />   魔物を倒すと闇の玉入手<br /> <br /> ヨンバン村<br />   インキュバスを倒して娘を取り戻して欲しいという要望。取り戻すと光の玉入手<br />   <br /> ヨンバン村の南の城<br />   インキュバスから娘を取り戻す<br /> <br /> ヨンバン村の西の山<br />   おじいさんに会えば炎の玉<br />   5つの玉がすべて揃ったら、カンドセの町の西にある廃墟の町(上記)でこだいのよろい入手<br /> <br /> ------------------- ここで5つの玉がすべて揃う。一区切り<br /> <br /> シークスという町<br /> <br /> シークス南西の廃墟<br />   1つ目(入口入ってすぐ南)の建物<br />     ワープで4つ目の廃墟にワープ<br />   3つ目(一番西)の建物<br />     ラプノスのゆうきを待っているおじいさん。こだいのたて入手可能。ラプノスのゆうき入手後に来る。<br /> <br /> 4つ目の廃墟<br />   1つ目(一番南東)の廃墟<br />     シークス南西の廃墟から続いてくるワープ<br />     2つ目の廃墟に行くワープ<br />   2つ目の建物<br />     1つ目の建物に続くワープ。外に出て3つ目の建物へ行く<br />   3つ目の建物<br />     4つ目の建物に続くワープ<br />   4つ目の建物<br />     3つ目の建物に続くワープ<br />     入口をすぐ右に行ったところに、ゴライアのちからを待っているおじいさん。こだいのつるぎ入手可能<br /> <br /> 4つ目の廃墟を抜けた先にある沼地<br />   地下にラプノスのゆうきがある。シークス南西の廃墟に戻ってこだいのたて入手<br /> <br /> 4つ目の廃墟を抜けた先にある沼地を超えた先にある城<br />   黄色の扉。後回し。<br /> <br /> シークスという町の西にあるかみなり山<br />   6番目以外は以下のような位置関係ですべて繋がっている。<br />   *1**2**3*<br />   *********<br />   4*******5<br />   *********<br />   ***7**8**<br />   6番は小屋にたどり着く。ゴライアのちからを入手。4つ目の廃墟に戻ってこだいのつるぎ入手<br /> <br /> 偽物のクリムゾンの城(シークスの町の南)<br />   偽物クリムゾンを倒すと黄色い鍵入手。4つ目の廃墟を抜けた先にある沼地を超えた先にある城に行く<br /> <br /> クリムゾンの城(本物。4つ目の廃墟を抜けた先にある沼地を超えた先)<br />   黄色の扉の前に、逃げてきた敵がいるので合い言葉を聞いて黄色の扉から突入<br />   黒い扉があるが一端後回し。<br />   右奥の宝箱に黒い鍵があるので見つける。見つけたら入れなかった扉を開ける<br />   黒い扉は、黒い鍵があった場所からすぐ左に行った先と、城の入口から入ってすぐを左にある<br />   城の左奥の黒い扉の奥には主人公の父親がいて、扉の順番が書いてある。赤→緑→青<br />   入口近くから左に行った先にある黒い扉の向こうにはシークスの村の長老がいて白い鍵をくれる<br />   白い鍵を入手したらシークスの村に一端戻ってマチテスの仮面を入手<br />   いよいよラスト。気合い入れてクリムゾンを倒す。<br /> <br /> <br /> Sat, 06 Jul 2013 00:00:00 +0900 レイディアントシルバーガン(Radiant Silvergun) 2200万点プレイ by ZAT https://w-jp.net/2006/1328/ <br /> <br /> 2006年3月9日、Windows Media 9 で再エンコードのため画質が向上しました。<br /> ダウンロード (183M)<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> Thu, 09 Mar 2006 00:00:00 +0900 ITスタートアップ: 日本 https://w-jp.net/topics/ITスタートアップ: 日本/ ITスタートアップ: 日本 英語でIT人材は海外へ流出する。まるで交通インフラ整備で地方の過疎化が起きたように。 https://w-jp.net/2018/1481/ <br /> 私の出身は田舎なのですが、私が生まれる前後の40~50年ほど前はまだ道もそれほどよく整備されておらず、政治家が出馬して交通インフラ整備を主張したものでした。「交通インフラである新幹線、高速道路、バイパスが整備されれば地方と都会が結ばれて町(田舎)は豊かになる」と言ってよく当選していました。その後、公約通りに交通インフラが整備されて起こったのは全くその逆で、地方のリソースが都会へと流出するようになったのです。田舎の人は田舎暮らしに興味を失い、都会に惹かれ、田舎は過疎化しました。これは地元の土建業に仕事を与えるための票集めの論法にすぎなかったのかもしれず、こうなることは政治家はよくご存知だったのかもしれませんし、ご自身が主張されるように意図しない結果だったのかもしれませんが、とにかくそのようになりました。<br /> <br /> 同様のことが、田舎を日本、地方に住む人々を日本人と読み替えてみます。特に、IT人材の日本人に置き換えて考えてみます。田舎で交通インフラに相当するものがIT人材にとっては英語になるでしょう。田舎の人が交通インフラを手に入れたのと同様に、日本に住むIT人材が英語を手に入れつつあります。田舎の人が田舎に留まる必要がなくなって都会に出て行ったのと同様、海外への扉である英語を身につけた人材は日本という小さな島国に留まる必要はなくなります。田舎で面倒な年寄りの面倒を見たり粘着性の人々と付き合ったり地元の名士の相手をするよりは都会に出てゆくことを選ぶ人が大勢いたのと同様、税金は年々高くなり、年寄り向きの政策ばかりが通るこの日本にいつまでも留まって搾取され続ける必要はないわけです。元々IT人材であればスキルも海外と共通ですので海外進出はし易くなります。<br /> <br /> 政府としては、英語ができるようになって海外の人材を日本に取り込みたいと思っているのかもしれませんが、実際に起こるのはその逆で、人材の世界への流出になるでしょう。実際、友人と私もその話をしており、こんな日本に留まっているよりは海外で働こうと色々と策を練っています。日本の企業で安月給に留まるよりは、海外で働くことも視野に入れています。<br /> <br /> 噂話ですが、その友人によると、戦後の教育で英語の読み書きを重視して会話を教えなかったのは日本の人材を海外へ流出させないようにするためだったそうです。であれば、その政治家はとてつもなく優秀だったのでしょう。<br /> <br /> アメリカにIT関連で赴任している知人曰く、今や日本こそがグローバルに見て一番「安くて」コストパフォーマンスが良い人材だという。<br /> <br /> 私と友人は以前からそのようなことを話し合っていたのだが、友人の赴任先の社長さん(日本人赴任者)もその意見に同意しているという。<br /> <br /> その根本原因は、言葉は悪いがその赴任先の社長さんの言葉をそのまま言うと「日本には24時間働く馬鹿が大勢いるから」だという。アメリカ人は絶対に週末は働かなくて教会に行くし家族との時間を大切にするが日本人は会社のために週末を潰すと言う。インド人も祭りや自己都合でかなり休むし、そもそもインドですら給与がかなり高くなってきているので日本人とそう変わらない給与の人もいたりする。シンガポールの給与はとっくの昔に日本人を抜かしている。日本人はサービス残業をするような人もいるので、赴任先の社長さんのような発言も納得できる。<br /> <br /> これは私の周囲では周知の事実だが、今だに日本人はインド人が「安い」人材だと思っている。確かに月給ベースで見たら日本人より安いことが多いが、分業の文化で事細かくに指示する必要があるし、日本人は曖昧な要求でもなんとか作ってくれる。グローバルにみればそれは「コンサル」であり高給取りの仕事であり、月300万円の仕事であるのだが日本では実装レベルの担当者が細かい要求を聞いてくれる上に、本来は顧客の責任のことまでIT開発会社の責任として押し付けられるのが当然になっている。グローバルに見たらそれは通じないので、同じことをインドの会社に発注したら追加請求されるところを日本の会社は請求しないので発注者側から見たら日本は「安く」見える。よって、グローバルにみれば日本人は「安い人材」だ。かと言って日本で高いお金を取ろうとしても取れないので単価は上がらない。日本の顧客(クライアント)はパワハラが多くて、要求をしっかり出せないのに怒鳴ったり殿様対応を当然のように要求してくるので面倒だし、そもそもあまりお金を払う気のない乞食のような顧客が多いのでやっていられないと思っている人は私の周囲に大勢いる。乞食のような顧客はいかに安く作ったかを自慢するし、どこかのおかしなIT技術者がパワハラされるがまま安く作ってしまったりするとそれが定説になってしまうし、裁判の事例を見てもクライアントに有利に働いているし、請負の法律も長年の保証を義務化しており、IT開発会社はとてもやっていられない状況になっている。IT技術者があまりにも安く作ってしまって、IT技術者はカツカツの生活をしていながら顧客が潤うような状況を数多く見てきたが、何故かはよくわからないがIT技術者はそんな安く作るのが当然だと思っているらしい。であれば、世界の状況を一度知った日本人のIT技術者が英語という武器を手に入れたら海外に出てゆくのは当然。外に出られるのであれば、こんなパワハラと乞食がたむろしている国で奴隷のように使われる理由はないわけです。<br /> <br /> 日本だと、会社にもよるが、サービス残業をしないとパワハラでネチネチと精神をやられ、深夜残業や休日出勤せざるを得ない精神状態に追い込んで最後は使い捨てされる場合も多い。特に富士通系列は最悪だし、子会社ならまだともかく、下請けのパワハラは尋常ではなく、そもそも論理的に破綻していることを言って精神的に追い詰めるのでもともと健全な人も数年のうちに精神をやられるかそれに染まって加害者側に回ることが多い。日本で健全なIT企業は、昔ながらのところではなく、新興の、自身でサービスを提供しているところは健全な場合もある。それよりは、海外の方が健全なことが多いし給与もきちんとしていることが多い。もちろん、変な会社も多いですけど。<br /> <br /> とまあ、とある日、そんなことをチャットで話していました。<br /> <br /> この種のサービス残業およびパワハラ、そして一部には「暴力」のある日本のIT業界は必ずや世界で日本の評判を地に落としてゆくでしょう。これは寝言ではなく、私がかつて務めていた会社のシンガポール支社に転職してきた現地採用の子が、富士通のシンガポール支社で働いていたときに日本人赴任者が他の赴任者を罵倒して精神的におかしくさせたばかりか、殴る蹴るを繰り返していてとても怖かった、と話していた。赴任しているくらいだから日本ではそれなりに評価を受けていたのだろう。であれば、これは単なる下っ端の戯言として片付けるわけにはいかない。口でパワハラするばかりか、暴力で相手を膝まづかせようとするようなやり方では、到底、世界の心を掴むことはできない。それが小さな吹けば飛ぶような会社ならばともかく、日本を代表する富士通のような会社で行われているのでは日本の評判は地に堕ちる。その現地採用の子は本当に怖がっているらしく、それほどであれば、他の人にその噂はとてつもなく広まっているだろう。少なくとも、私のかつての赴任者仲間では有名な話だったので小さな赴任者社会では知れ渡っていると思われる。こういう話は広まるのが早いし信憑性もある。<br /> <br /> そもそも、要求をきちんと出せない時点で日本のITは下に見られている。要求をきちんと出すのは世界標準のITでは当たり前だが、日本では裁判所までが発注側(クライアント)寄りになっており、クライアントはあまりよく分からないのだからITシステム開発会社がそのくらいは考慮すべき、などという判決を堂々と出しているが故にクライアントが曖昧な要求で良いという風潮が定着している。<br /> <br /> 私のかつての赴任者社会では日本のITはさほど優秀でもない、というのが定説だが、日本のマスコミは日本人IT<br /> 優秀説を広めているので実際に世界を見ている赴任者仲間の肌感覚とはかなりズレがある。<br /> <br /> だからと言って私のような個人が何を言ったところで大きなところは変わらないので、個人ができることと言ったらITの仕事を辞めるか或いは世界に出てゆくという選択肢になるわけです。<br /> <br /> 考えようによっては、日本のITは安いのだから海外から日本に発注するのならアリかもしれないですしね。日本にいるIT技術者が死ぬ思いで作るのが当然だと思っているのであれば、自分で決めたルールなのだからそれに従えば本人も不満はないのでしょう。嫌ならば辞めるか出てゆけば良いのです。私としては日本のIT技術者が総ボイコットして欲しいと思っていますが、それに甘んじているのならば使わせて頂くまでのことです。まあ、そういう機会があれば、の話ですけど。<br /> <br /> 日本の場合、事細かなことを言うと「そんなことより大局を見るべき」とか言われ、大局を語ると「もっと細かな事を考えろ」と言われ、結局は押さえつけるだけの詭弁でしかなく、あれこれ言葉で「ごまかし」をされるだけの日本ではお互いがお互いを引っ張りあって落ちてゆくだけです。海外の場合はそこははっきりしていて、事細かに指示が出せない人は下に見られます。大局を見るのはマネージャーの役目ですから、例えば実装者が大局の誤りに気付くことがあったとしても、それを指摘こそすれ、自分の責任とは考えず、日本のように、それをカバーするために週末まで働くようなことはしません。海外であれば、それは顧客或いは仕様を纏めた人の責任だから自分には責任がないと完全に割り切って考えますから、その責任をカバーしようとは思いません。これは良し悪しではありますが、世界はそう言うところなのですから日本人が他人の責任を負おうとしても理解されないですし、そう言う世界と関わり合いを持つ日本人は尻拭いばかりする役目に回されることもあります。<br /> <br /> 海外では説明責任があります。間違ったことを言えば責任はありますが、日本の場合は「クライアントはよくわからないのだから開発会社が指摘するのが当然」などという裁判の判決が出てクライアントの責任が問われないことがあります。だから、クライアントは「俺はよくわからない」という黄金の言葉を連発するのでしょう。海外ならそんな発言は裁判でも無視されます。<br /> <br /> ですから、海外に出るのであれば海外のやり方を理解しないといけないですね。日本の場合は仕様書が出来上がっても、ページ数さえあれば「こんなにも出来ている」とみなされるのですが、海外の場合は、その通りに実装してきますから、論理的におかしかった場合でも責任は絶対に取りません。それがグローバルスタンダード。顧客の落ち度をITシステム会社が被るなんて言うガラパゴスな日本の風潮は世界では通用しません。顧客にとってはそれが天国でしょうけど、海外のITシステム会社に「安いから」と言って発注したら、要求をしっかり出せない日本のクライアントは必ず泣き目を見ます。結局、日本のIT技術者を搾取するのが一番安上がりと気付くことになりますが、それも、日本にIT技術者がいる間だけのことです。海外の人材が入ってきたり、日本の人材が海外に流出したらそんな状況も変わってゆくでしょう、と思いたいところですが、今日本で奴隷のようにこき使われているIT人材が年寄りになって引退しないと変わらないでしょうね。あと数十年。私はそれを待つわけにはいかないので、他の方法を考えないといけないわけです。<br /> <br /> 海外だと、そもそも「怒鳴る」ような人材は下の下とみなされますからね。更には「暴力」なんて全く相手にされないどころか、人間扱いされません。メンタル面での振る舞いも重要ですけど、足を引っ張りあっている日本ではリーダーが出にくい状況になっていますからね。かと言ってIT技術にしても、日本の場合は「文系の方がいい」なんて言われているような状況で、コーディングもまともに出来ない人材が「コーディングなんて下がやるもの」なんて言っているので、設計からコーディングまでマルチにこなす世界の人材と渡り合える人は稀ですし、日本の場合、そう言う人は評価されないので伸びません。日本がIT技術凄いなんて言っているのは日本人だけなのに、多くの日本人はそれを信じません。ただ単に、昔は日本円が強かっただけの話ですが、今は為替ドル円レートはそのままでも、海外の物価が数倍にどんどん跳ね上がっていますので日本人はどんどんと貧乏になってきていて、お金でも海外に負けつつある。こんな状況も海外は知りつつありますから、ますます日本人は世界で目立たない存在になってゆきます。イギリスのように「自分たちはかつて世界を治めていて、技術も凄かった」と自称する国になってゆくのでしょう。自称天才の国・日本、と言うわけです。<br /> <br /> ■事例<br /> 日本の発注者(クライアント)は往々にして、リスクを外注に丸投げします。そして、出来なければ「請負契約」を盾にして無理やり作らせます。又、日本の発注者(クライアント)は何度も見積もりを繰り返して、無料のままIT開発会社に「発注前提」と言って騙して作業させて、ある程度出来てきたら再度見積もりをして更に安いところに発注して終わりにするような悪質な発注者(クライアント)がゴロゴロいます。<br /> <br /> 例えば、iPhoneとAndroidアプリを改造して20万円とかで希望を出すような場合、更にそこから値切ってくるような悪質さです。例が悪いですかね? 例えば、一軒家を500万円で建ててもらおうとしているのにいくつも相見積もりを出して、建築会社に迷惑をかけるようなものと言ったら解りが良いでしょうか。一軒家を500万円から450万円に値切ってくるようなお客は建築会社は相手にしなくて追い出すでしょう。そんな感じの発注者(クライアント)がゴロゴロいます。それでいてVIP対応しないとキレてくるのですからたまりません。500万円で家を建てるなら自分で勉強をするのが当然で、しかも、何件も相見積もりを出すなんていう非常識なことをしたら建築会社はキレて当然です。開発会社だって同じです。モンスター・クライアントの相手なんてしていられません。値引きするためには多少なりとも人を使わないと行けませんが、当然、費用がかかります。もともと激安で作ろうとしているのであればクライアントが内容について説明をして協力をするのが当然なのにVIP対応が当然だから勝手に開発会社が調べて提案すべきと思っているモンスター・クライアントが意外にわらわらといます。そんな激安で作るのならば1社に見てもらったら発注すればいいのに、明らかに発注直前まで無料で検討してもらった案件をそのまま流用して他の会社に続きを検討させるような非常識な会社がゴロゴロしているのです。<br /> <br /> 具体的には、この前、簡単なiPhone/Androidアプリの改造だと言うから話を聞きに言ったところ「俺はよくわからん」と社長直々に言った挙句、担当者もいない有様。よくわからない、などというのは責任を持ちたくなくて、後で「分からないと言っただろう」と言って開発会社に全責任を負わせるための発言だからそんなことを言う時点で受注はナシと思ったがもう少しだけ話を聞いてみることに。聞くと、相見積もりをしていて、他の会社は16万とかでやると言っているからもっと安いところを探していると言う。こんな、一軒家を500万円で建てようとしているようなものなのに開発会社に作業を少なからずさせて何件も見積もり出しているようなコスト感覚のないような顧客というだけで幻滅したので受注はナシと判断。今回せっかく作業しても次の仕事があるかどうかも分からない、と言う継続性のない相手という時点で更に受注はナシと判断したが、とりあえずいつ頃作ったのか聞いたら何年も前だと言うではないか。それでいて16万で改造すると言っている他の会社は見誤っていると完璧にわかったので、やはり受注はありえないと判断。多分、受注した会社は後でそれに気付いて追加で100万円でも請求しようとするだろうが、それでおそらくモメにモメるだろう。簡単にキレるようなモンスター・クライアントに追加で100万請求なんて受け入れるわけがない。説明してあげようかなと思ったけど、あまりにも非協力的だったので勝手にさせることにした。受注しないのなら関係ないですからね。発言からいろいろ見抜くのもスキルのうちで、非常識なクライアントにわざわざ教えてあげる必要もないわけです。<br /> <br /> ちょっと専門的になってしまうが、iPhoneのアプリの開発言語は昔はObjective-Cという言語でその後Swiftという言語に変わったのだが、作成した年と最後に更新した年を聞くだけで昔のObjective-Cだとわかった。最後に更新した年はSwiftはまだなかったのだ。であればSwiftより難易度が高いので単価は高くなるが、他の開発会社は見積もりを間違っていると判断。更には、今はSwiftが主流なので各種機能がSwift対応がメインになってきているし、改造しようとしたらSwift対応が必須になって追加請求が必要になるだろうと推測した。もしかしたらObjective-Cのまま頑張るかもしれないが、きちんと直そうとするならSwift対応が必要になるだろう。もしかしたらObjective-Cだと審査で落ちる場合もあるかもしれないのもリスクだ。少なくともSwiftは古いバージョンだと審査が通らないので、それも十分にあり得る。おそらくSwiftへの更新には200~300万円かかるが、もしかして100万円でやる酔狂な会社もあるかもしれない。どちらにせよ16万円の仕事ではない。<br /> <br /> そんなことを説明しようかと思ったが、クライアントが聞く耳を持たないし、そもそも説明してあげる義務もないので黙って断ったら案の定キレてきた。「俺の時間を無駄にしやがって」とか言うが、20万で発注しようとする非常識なクライアントがそんなことを言う権利はない。これが常識的な価格である100~200万円払う気のあるクライアントならそんなことも言う権利がなくもないが、非常識な価格しか払うつもりがないクライアントがそんなこと言っても、ただのモンスター・クライアントでしかない。<br /> <br /> こんな非常識なクライアントがゴロゴロしている日本ですから、IT技術者はそんなクライアントを相手をしても精神を擦り切らすだけで人生の無駄遣いです。<br /> <br /> そんな非常識なクライアントでも、たまに酔狂なIT技術者・IT開発会社が受けてしまって安く作れることもあるかもしれないですから世の中は不思議なものです。でも、大抵の場合はそんな非常識なクライアントは相手にされないでしょうけど、学生上がりの世間知らずなベンチャー開発会社は騙されるかもしれませんね。私が上で話を聞きに行ったところも、長い間、学生上がりのベンチャー開発会社に作らせていたがその会社が事業を閉じたので他の開発会社を探していると言うことだったが、その学生上がりのベンチャー開発会社は都合の良いカモになって色々してあげていたんだろうなあ、と想像できます。元々の要求にないことを次々に行って作らせるようなクライアントは、程度問題ではありますが、非常識なほどやらせるようなクライアントは相手にしてはいけないのです。16万で大改造させるような非常識なクライアントは、酔狂な人以外は相手にしないでしょう・・・ と思いたいところですが、それでも世の中は不思議なことに、それでも仕事をする人がいるんですねえ。日本ってとても不思議なところです。そんなに安いならIT技術者なんて辞めてしまった方が稼げると思いますけどね。乞食のように金のないクライアントや金を払うつもりがないクライアントとはそもそも付き合わなければいいだけなんですけどね。仕事に関しては、お金の切れ目は縁の切れ目です。<br /> <br /> きちんとお金を払う顧客ならば、開発会社もきちんと対応するのです。500万円で家を建てようとしている人は建築会社にあれこれVIP対応を期待することはできないのと同様、たった20万円しか払おうとしない顧客が開発会社にあれこれとVIP対応を要求するなんておかしな話です。それでいて対応が少しでも気に食わないと怒鳴ったり罵ったりネットに悪口をばら撒いたりするモンスター・クライアントがいるわけです。たまに、このような常識外れの安値でやらせようとしているのにも関わらずVIP対応の必要性の正当性を論してくるような勘違いもいるから面白いですね。そう言う話はきちんと金払う人だけができるのですよ。そう言う常識的な対応は、お金を払っている人だけが受け取ることができるのです。常識を論する資格があるのか、というお話です。<br /> <br /> そんな仕事は最初から察して引き受けないのが一番ですが、引き受けた後にそれが判明して、あまりにも揉めるならば開発会社は「お金はいらないから開発を辞める」と言って一切手を引くのが潔いやり方です。損害賠償請求されるかもしれませんがそれも仕方がないでしょう。開発を続けた方がよほど損失になることが多い筈なので早めに引けばいいのです。それでも開発会社は続けてしまうからクライアントになめられるわけです。途中で辞めるのは海外だと普通ですよ。要求をコロコロ変えたとしても、きちんとお金払うなら普通にやってくれますが、要求を変えても追加でお金を払おうとしない顧客は相手にされなくなります。それがグローバルスタンダードです。<br /> <br /> 私も、日本で受注開発をやろうとした時に、最初は健全に費用請求しようと思いましたが、24時間働いて安く作業するような「馬鹿なIT技術者」が大勢いるためにコスト競争に勝てないとすぐに気付き、受注開発はやめました。日本でやるならWebサービス提供しかないですね。受注開発は立場が悪すぎます。他人のためにリスクを背負ってあげるようなカモのIT開発会社が減らない限り日本の状況は変わらないのでしょうね。<br /> <br /> この世は喜劇でしかないと思いますよ。労せずして金を山のように稼ぐ人がいる一方、逆の人もいる。正当かどうかは自分が決めることでしかない。この安値でやるのが正しいと思えばそうなるし、違うと思えばそうなる。判断を相手に譲り渡してしまって、自分の判断をしていない人が多いからこんなことになるのだ。上に書いた学生上がりのベンチャーのように、相手の意見をハイハイ言って聞いていたら倒産してしまったなんてことはよくある話だ。倒産してもクライアントは全く同情してはくれないよ。下級の人材ほど「顧客の言うことはハイハイ聞くべし」という社是を掲げている。そこに「自分」がないので相手に搾取されるわけです。<br /> <br /> 最低100万、適正200~300万円の仕事を20万円が予算だと言われて、断ったら怖い系の圧力で罵倒された経験がある人がどのくらいいるだろう? 開発会社はITのプロで、クライアントはITに関しては全くの素人だ。単純な概要レベルのキーワードも知らないようなレベルの素人クライアントが顔を真っ赤にして怒鳴って開発会社にやらせることが正当化されるような業界に未来はないよ。日本でも若者はそんな仕事には関わらない方がいいし、海外では全く通用しない。怒鳴った時点で下の下の下流ですからね。論理的に静かに言えない人材は世界では全く通用しません。怒鳴られた時にちょっとでも検討する気配を見せたら「ニヤリ」とした顔を垣間見せるモンスター・クライアントがいますが、その気持ち悪さったらありゃしないです。安くこき使おうとしているのがミエミエです。こんな業界、誰も関わるべきではないです。それでも、悪徳商法のごとく、世間知らずの若者は騙されるのでしょうね。繰り返しますが、日本でIT関連の仕事につくなら自社サービスやっているところをオススメしますよ。受注開発には関わらない方が良いです。あるいは、海外に出てゆくかですね。<br /> <br /> 日本人はお人好しなのか、何かちょっと言われるとすぐに真に受けます。海外の場合、理由がなければスルーするのが当たり前ですが、理由がなくても日本人は間に受けます。海外では、理由が矛盾しているような場合は御都合主義と見なされて完全に相手にされなくなりますが、日本人は何故かそんなクライアントや上司にも付き合ってしまうのです。下流の人材になればなるほど理由が矛盾するものです。下流の人材になればなるほど怒鳴ったりマインドコントロールして他人をコントロールするものです。そんな下流の人材は世界では通用しません。日本のマインコントロール社会に染まる前に、特に若者は世界へと出て行くのがいいと思いますよ。上にも書いたように、自社サービスをしている会社はそれぞれなので良いところはあると思います。とはいっても、少なからずこう言った文化に影響はされているでしょうから、日本のIT業界は全くお勧めしませんね。<br /> <br /> IT技術者は論理が大事で緻密な作業をする筈なのに顧客に矛盾した要求を出されてもハイハイ答えていたら、出来上がった時にクライアントに「なんだこれは」「こんなの頼んでない」と怒鳴られて炎上しますよ。かと言って矛盾点を指摘すれば「お前はうるさい」と言われることもあるし、ハイハイ答えつつ違うように少しづつ説得して方向転換しつつ作るという高等テクニックが必要とされる面倒な日本のIT社会ですよ。それでいてお金が安いのだからやっていられませんね。海外へ出ましょう。<br /> <br /> 日本で一番下とみなされている「IT土方」みたいな人が一番海外で活躍できると思いますよ。日本の場合はほとんど丸投げですからプロジェクトマネージャーや設計者の理解よりも一番下の実装者の理解の方が進んでいることが多々ありますから、そこにこそノウハウや技術が貯まっているのです。<br /> <br /> 海外では設計者と実装者とが一体になってプログラマと呼ばれていますので、日本でコーダを意味するプログラマとは役割が違っています。海外でプログラマと言えば設計から実装およびテストまで一通りできないと通用しませんので、日本の設計者は設計が中途半端でコーディングはできないので海外で通用せず、日本のプロジェクトマネージャーのほとんどは下任せできちんと指示できないので海外では通用せず、日本で一番下とみなされているプログラマこそが海外で通用する人材なわけです。日本ではプログラマは実装するだけだと評価されていますが実際は設計はプログラマが行っていて設計をしている筈のシステムエンジニアは成果泥棒しているだけなんて普通によくあることですからね。そうじゃない場合の方が珍しいのでは。あるいは、分担制ではなく同じ人がシステムエンジニアとプログラマを兼ねている場合はうまくいっているかも知れませんが、それはつまりは海外で言うところの設計から実装までできるプログラマなわけで、そのプログラマは海外で通じるでしょう。<br /> <br /> というわけで、設計もできてプログラミングもできる人材は英語を勉強してどんどんと海外へ出ましょう、というお話でした。海外で一番稼げる人が安い給与で甘んじている必要はありませんよ。<br /> <br /> 大人が子供に勉強の必要性を教える時に給与だとか就職だとかばかり言いますが、重要なのはそこじゃないと思いますよ。勉強しないでいると「まとも」な人がいる会社に就職できないから、理屈がきちんと通じる会社に勤めるためには勉強した方が良いのですよ。そうでなければ訳のわからない上司の下でパワハラ・モラハラだけでなく、訳のわからないことを言われたり理不尽な押し付けをされてメンタルをやられます。学歴が低かったり給与が安いところほど「訳のわからない、精神的におかしい、他人を見下す人」がいる割合が多くなります。だから、きちんと勉強して「まとも」な人がいる会社に勤めるべきなんですね。<br /> <br /> ITバブル以前は優秀なプログラマが大勢いたんですけど、最近はよくわかりませんね。どこに行ってしまったのでしょう。あまり見かけなくなりました。趣味に走ったり、辞めてしまったのかもしれないですね。<br /> Fri, 05 Oct 2018 00:00:00 +0900 ITスタートアップを2年で終了することにしました https://w-jp.net/2018/1477/ <br /> 会社を休眠することにしました。設立から2年。形としては個人事業に戻ることになります。法人は今期(来月末)で終了です。<br /> お世話になった方、ご心配頂いたり支援をして頂いた方、ありがとうございました。ひとまず一旦、ここで区切りにしたいと思います。<br /> 対外的に大した結果は出ていませんが、最初の1年でやりたいことは大体やり切った感じですので個人的にも十分満足です。2年目は惰性で続き、今は終了に向かっています。もし売上が上がって動き出していたら極限まで不幸になっていたかもしれませんので、おそらくこれが一番良かったのでしょう(詳しくは詳細参照)。<br /> <br /> [詳細]<br /> <br /> ウェブ系のソフトウェア事業的には法人格があるかどうかはそこまで重要ではないのでもともと法人格がなくても良かったかもしれませんが気持ち的にも経験的にも、あるいは受注開発などでの対外的な付き合い的には作って良かったと思います。法人にすると色々とお金がかかりますしリスクはもともと大きなものを想定していたものの、それより遥かに大きなリスクがあると実感しました。勉強になります。自己資金の小資金でお試しをして、この辺りが損害も少ないので引き際と言ったところです。株で損切りできない人はこのままズルズルと続けるのでしょうね。ある意味、とても良かったとも言えます。ここでリセットです。<br /> 資金は自己資金ですし借金もありませんので他人に迷惑をかけていないために簡単に辞めることが出来ました。これで出資者がいたり借金があったりしたら簡単には辞められなかったでしょうね。やはり起業は自己資金に限ります。おそらく、資産を全て売ってでも金返せと言われていたかもしれません。日本の場合、出資と借金の違いがよく分からない人が多いですから、出資をした筈なのにいざ損が出たら(内臓売ってでも)金返せと平然と言う人が大勢いますから。<br /> <br /> ■全ては完璧<br /> 成功も失敗も含めて全ては完璧です。喜びや悲しみも含めて全ては完璧なのだと思います。<br /> なまじ中途半端に会社が動いていたら見た目は好調で人を雇ったりしたらなかなか辞められなくなって、よくあるように「運営資金を借りていたら雪だるま式に増えていって、連帯保証人になっていて最後には破産」になっていたことでしょう。今まで勤めていた企業のサイズに応じて企業や起業の大・中・小をそれぞれ垣間見ることが出来て興味深かったです。私の場合、使っていた人材が国内ではなくて海外なので閉じやすいというのもあるかもしれません。<br /> 成功も失敗も全てに(隠れた)理由があって完璧でしたし、これからも完璧でしょう。こうなるように見えざる手が導いていたように思います。<br /> <br /> ■やっぱりお金が大事<br /> お金、学歴、あるいは実績がないと世の中で相手にされません。当たり前と言えば当たり前。お金なら最低1億円。世の中にインパクトを与えたいと思うのであれば10億円は必要。お金を稼ぐという目的での事業化は長期目線になる。世間を騒がせているスタートアップは数十億円つぎ込んで赤字のまま上場したりしているから生半可では勝てない。お金を効率的に増やすなら投資あるいはIPOしかないが、初期費用の捻出であれば投資しか選択肢がない。投資でお金を稼いでから実業で世の中に貢献する、というのが流れになる。アイデアがあってもお金がないと実現しません。私の場合、コスト最小で利益最大を狙ったけれどもあえなく空振り三振。それはそれでダメージが少なくチャレンジできたのでよしとします。見た目良く体制を整えていて利益でていなかったら今頃自己破産でしょう。<br /> <br /> ■融資?<br /> 銀行にお金を借りに行くと連帯保証人にさせられてしまうので銀行から借りるという選択肢はないです。ベンチャーの成功確率は1割以下なのに1回の失敗で破産なんてところに賭けるわけがない。お金を借りて社長になるのはほぼ確実に破産コースです。一時は大金を手にしていい思いをするかもしれないですが。一時の夢に溺れて多額の借金を背負うというのが失敗コースの定番です。<br /> <br /> ■投資?<br /> 成功しているところのほとんど借金/融資ではなく自己資金あるいは投資を受けています。ただ、投資を受けるにしても、日本での投資環境は非常に悪い。学歴で信用してもらうには東大やハーバードのレベルでないと雑魚扱いされます。実績で主張するのであれば有名な国際コンテスト表彰レベル、従業員数でいうと初期で10人は居ないと雑魚扱い。VCの投資を受ける場合、上記のいずれかにマッチしていないと雑魚扱いです。しかも、日本の場合はVCが異常に多くの株を要求するので、ベンチャーと言いつつも実質は単なる雇われ社長になっていることが多い。雇われ社長であるならばそもそも普通に会社に務めた方がいい。博士号を取ったような優秀な人材が起業する場合であっても「出資」と「補助金」の違いがわかっていないからVCに株の97%を渡して事業家が株保有3%とかいう冗談のような事例が多々あるため、日本のVCはそういう「安い」起業家を探すことが多いようです。日本の起業家は甘く見られています。アメリカなら起業家が多く取るのが当たり前ですが、そのような投資は日本では期待できない。日本の場合、事業家は投資家からカモとして見られている面があります。<br /> <br /> お金を出してもいいかも、という話があったとしても、大抵は条件が悪すぎる。利回り要求だとか金利だとか。あるいは、投資と言っておきながら実は金貸しだったり。投資と融資の違いがわからないカモを探している人もいるようです。あるいは、そもそも貸す気がなくて事業のネタが欲しいだけだったり。融資だとか事業化だとかそれっぽい態度を取って一緒にやると言いつつも実際はほとんど動こうとせず、こちらにほとんど考えさせて自分は利益を受け取るだけのいわゆる「フリーライダー」もわらわらと寄ってくる。私の場合、特に最初は毅然とした態度で拒否できなかったので時間を無駄にしてしまった。初期メンバー間での創業者間契約のようなものが特に大事。口頭だとトラブルになるし、お互いに相手に対する期待が違ったりすると必ずトラブルになる。自分が貢献していると思っていても相手はそうは思っていないことも多々ある。お互いの思いと実際の貢献はまた別だし、後のフェーズで役立つことはあるかもしれない、とか思惑が付き纏うが、ベンチャーあるいは投資としては今の目の前の現実だけを見て基本は判断する必要がある。だから、使えないと思った人材は切る態度が必要。最初から将来を見据えて付き合うのはあり得るが。やはり、人を見る目がとても重要。<br /> <br /> ■事業をやり直すのであれば<br /> まず10億円キャッシュで用意する。これくらいないと本業で活躍できない。世の中、お金があれば解決できることが多い。<br /> ある程度の規模になってから赤字になったら追加で億円単位でお金が必要になるので余裕資金まで想定しておく必要がある。キャッシュがないと立て直しもできない。<br /> <br /> ■2年間の収支<br /> 収支はもちろん赤字ですが、会社運営するにしては小さな数字だと思います。<br /> 作業場は自宅ですし出費もさほどないですから。 <br /> <br /> ■そもそもの目的<br /> Webサービスの立ち上げがそもそも目的で、それは単体の売上は小さいけれども積み上がるものを想定していた。この種の事業は省力で倍々に伸びてゆく可能性がある一方で、特に最初は黒字化に時間がかかることが想定されていたために短期のキャッシュのために受注開発も行うことにしたという経緯がある。今後、受注開発だけ続けると言う選択肢もあったが、受注開発はリスクが大きいのでそれであればフリーあるいは普通の従業員でも良いし、そもそもの目的であるWebサービスが上手く立ち上がらないのであれば続ける意味もあまりない。<br /> <br /> ■Webサービスの話<br /> 開発者向けWebサービスはニッチな需要を狙ったが、この種のものは移り変わりが激しいため、予想以上に小さな会社は相手にされなかった。会社のインフラとして選ばれるのはMicrosoft Azure, Amazon Web Service, Google Cloudなどが多いのは当初からわかっていて、それでも市場が大きいので少しでも取れれば良いと思っていたが、予想以上に相手にされないし、マーケティングのコストもかけられないし私自身の知名度もないので新たなマーケット形成には至らなかった。アメリカを見てもこの種のインフラ系スタートアップは利益を上げられずにクローズしてオープンソース化したり大手に買収してもらっているところが多く、後者のような買収によるイグジットを当初は想定していたのですが、とりあえず前者になりそうだ。ある程度の知名度がある会社の中で働いていたときは一応話を聞いてもらえたりしたが、会社が新しくて自分にも知名度がないと全く相手にされない。技術的な話をして通じるのは実務者ですが、その実務者から好意的な反応をもらったとしてもこちらの会社の知名度で採用されないし、結局は大手やMicrosoftやAmazon,Googleなどが選ばれる。担当者からすれば、小さな会社を選ぶよりは大手を選んでおいたほうがリスクが少ないし、トラブルがあったときに「マイクロソフトの不都合です」「Amazonの不都合です」「Googleの不都合です」と言っておけば上司も「しょうがないか」と思ってもらえるという風土もありますね。上司は結局、その説明を更に上司にしなくてはならないので一番安全なものを選ぶ事が多いでしょう。本当に多大なメリットがありでもしない限りは。それを理解させるにはマーケティングに費用をかけて社長のレベルまで「いいね」と言ってもらえるようなマーケット作りをする事が理想ですが、そんなお金はもちろんありません。一点突破しようとしても、結局は私がターゲットにしているくらいの規模ですとエクセルやAccessだけでなく最近流行りのキントーンやセールスフォースが競合になるのでなかなか厳しいです。最終的には、自分が作るアプリのバックグラウンドでばかり使うことになりました。それはそれで自分は便利でいいのですが。普通は何人もで開発することを1人で出来ましたし。言っても他人にはあまり理解できないことではありますが。<br /> <br /> Webサービスは開発を簡易化するものですが、開発で簡単ツールを使っていると「じゃあ安くしろ」という圧力がかかりますので、一般的には大変なことを実は簡単に行って高いお金を取るのが受注開発のセオリーになります。ですから、自分たちで用意しているWebサービスと受注開発というのは実は相性が悪いです。Amazon Web Service, Microsoft Azure, Google Cloudの場合、それ自身ではなく協力会社がそのクラウドを使って顧客に提供していたりしていますが、まともにそれをやると大した額を取れなくて破綻します。それでいてどうしてうまくやれているかというと、協力会社が受注してそのクラウドを使うと月額のキックバックがあるらしいのです。ですから、自分たちは最初顧客からあまり取らなくても将来的な月額収入が必ずあるので成長していけるわけです。自分たちで両方提供してしまうと「じゃあ安くしろ」の圧力に対して説明が難しいです。両方やる、と言うのは理想的に見えて実は相性が悪かったかもしれない、と言うお話です。<br /> <br /> ■会社の今後<br /> 休眠なので再開しようと思った時にすぐに再開できるのがメリット。とりあえず、私の目指していたようなWebサービスを開発する分には会社があってもなくても基本は関係ないので休眠で十分です。受注開発のように損害リスクのある事業があるのなら無限責任を回避するために会社を残しておくのも手ですが、それは契約で何とかなるし、ひとまず身軽になるために一旦会社を休眠します。<br /> あまり使われていないサービスは閉鎖。オンライン英会話スクールはどうするか微妙。フィリピン側次第では個人事業で細々と継続です。<br /> <br /> ■IT関係の受給と今後<br /> IT関係は技術の高さや品質の良さよりもコストで選ばれる時代。特に日本はそう。アメリカに行くならITは面白そうですが、日本だと単なる下請けが多いので面白くないし、受注開発は発注側がよくわかっていないので面倒な話が多い。ある程度の規模の会社であれば付き合う相手もまともで話が通じるが、小さい会社だと付き合う相手が訳のわからないところだったりするので話が進まない。アイデアだけ言って自由に作ってくれと言っておきながら次々に修正してきて、しかも変更費用払おうとしない会社がたくさんいるので1社でもそういうところと付き合ったらあっという間に会社潰します。中規模から大きくなればなるほど金払いと常識的な事項に関してまともになってゆきます。<br /> <br /> 大手であればコンサル費用は月300万で、加えて制作費は月100万円は取れるが、小さな会社が付き合う相手だとコンサル費用なんてとても払えずに、とても安い制作費だけであわよくばコンサルもしてもらって修正費用も全て含めてもらおうとしているセコイところが多いし、大抵の場合は見積もり出しただけで終わりだったり、この業界は見積もり段階で少し作業してしまうとその成果物を請求できずに勝手に流用されてタダ働きさせられることが多い。かと言って、タダ働きしないと受注できない世界なので、セコイところは多くの会社にタダ働きさせてある程度の検討が進んでから製作だけ安いところに発注しているような世界。受注開発は大変な割に儲からないので、やるならばやはりWebサービスしか選択肢はない。これはやる前からわかっていたことで、今更何かが変わったわけでもない。<br /> <br /> 単価はアメリカが月300万円なのに対して日本だと60~100万円なので経費を考えると大して高くないですし、この金額を出せるのはそれなりの規模の会社だけなので、小資金でスタートアップしようとしているところはあわよくば安く使ってもらうことばかりを考えている事を考えると、受注開発を続けるにしても面白くはない。インドのオフショア開発も宣伝してみたが反応は薄い。どうやら最近はベトナムでのオフショア開発が人気のようだ。<br /> <br /> ■起業家いろいろ<br /> 起業家にはピンからキリまでいることがわかりました。ある程度の大きな企業に勤めているとそこの従業員も付き合う相手もそこそこまともで「説明する」という基本的なことが当たり前に出来るのですが、起業家あるいは小さい会社の付き合う相手は訳がわからない説明をする人がいたり、明らかに全く分かっていないのにプライドだけ大きくて怒鳴ったり開き直ったり自分は全部分かっていると嘘ぶる愚か者がいたりして呆れ果てました。解釈が4つも5つもあってそれぞれにメリットとデメリットがあって、その人は何も具体的なことを言えないでいるのに私が纏めたら後付で「当然だろ。そう考えるのが当たり前」とか後出しジャンケンをしてくるばかりか、明らかに全然理解していないのに「自分はそんなの全部分かっているからその程度のことを纏めて御苦労様だねと」か高みの見物を嘘ぶってフリーライドしようとする人とは話しても無駄なのです。顧客なら我慢して「そうですか」とも言いますが、起業パートナーで自分から実業をせずにポジショントークをしてくる人は速攻で縁を切らないといけません。特に起業の初期メンバーで成果物のない人を信用してはいけないのです。日本の会社なら、飲み会などで相手のアイデアを引き出すことで上司がフリーライドできたのかな、と思います。特に起業家はお互いの信頼関係が大事ですから、お互いに相手の成果をきちんと覚えておいてお互いに相手を認めることができる人でないと信用されないのは、会社の中でも一般社会でもスタートアップでも同じのようです。特にスタートアップは相手に対する評価が厳しいかもしれません。速攻でお互いに切ってきますから。<br /> <br /> アイデアだけ言えば具体的なことを自分で考えなくても何処かの誰かがいつの間にか考えて作ってくれると思っている人を相手にしても時間の無駄だし、そもそもスタートアップの初期メンバーに含めてはいけないのです。そんなときのよくある間違いが、相手と議論してしまうことでした。自分のことがわかっていない愚か者と議論したり論しても時間の無駄になるどころか逆に激しく怨まれるのです。最初の段階で適当に相手を褒めて怨まれないようにして付き合わないようにするのがいいようです。使えない人材を切っただけなのに怨まれるのですから。本当に使える人なら縁がなかっただけと解釈して次の場所で活躍すればいいだけのことでしょう。実際にリードしていけるくらいの人材であればこんな勘違いをすることはない筈ですから、勘違いをしているということは成功体験が薄いのでしょう。<br /> こういうのは、最初の勘が一番正しいことが多いです。その勘が間違っている可能性もあるにせよ、ある程度以上の確率で勘が正しいのであればとりあえず勘を信じるのが良いようです。<br /> <br /> スタートアップというと派手なイメージがあって、参加しようとする人も派手なところに乗っかろうという魂胆の人が少なからずいます。スタートアップでは幅広い色々なことをしなくてはならないのですが、「参加する貴方自身が実行しなくてはならない」という基本的なことがわかっていない人が一定数います。ギャグのような実際のやり取りとして、色々検討を進めるうちに「そんな大変なこと、一体、誰がそれを行うのか?」「貴方に決まってるでしょ」ということがあります。自分で作業をするというイメージがないままにスタートアップに参加してしまう人もいるようです。そんな根本的な勘違いが一定数ある。企業に務めて大事なことは「コツコツと積み上げること」ですが、一定数の人は、スタートアップをすればコツコツ積み上げなくてもいきなりジャンプして大金持ちになれると思っているようです。むしろスタートアップの方がやる事が多くて幅広くて、大企業に務めている以上にコツコツと全てを広範囲に積み上げる必要があります。その事がわかっていない人があまりにも多い。スタートアップを傍目から見て物珍しさを楽しむのと参加して実行するのでは天と地ほど違う。物見遊山あるいはフリーライダーは最初から参加させてはいけない。そういう人に限ってプライドが高くて、始めたはいいものの大変ですぐにイラついてきたり、ちょっとだけやっただけなのに物凄く進んだかのような錯覚をしていたり、大した成果物もないのに自分は凄くできるだとか自分は貢献しているだとか自分の貢献を奪っただとかトンチンカンなことを主張してきて、最終的には怨まれる。だから、そういうトラブルメイカーは最初から参加させてはいけない。話もしてはいけない。最初の勘でまずは切り分ける。途中でわかった段階で切り捨てる。役に立っていないことがわかっていながら話に絡めさせていると、いつの間にか自分が凄く貢献したかのような勘違いをされて、それに応じた分け前がないと後で必ずトラブルあるいは密かに怨まれる。<br /> <br /> 又、元々務めていた企業での体質が抜けないのか何なのか自分で動くという意識が薄いらしく、(意図的にせよ無意識的にせよ)自分が動かずに指示だけするなどして相手に動いてもらおうとするのはスタートアップではもってのほか。指示だけして自分は動かないつもりならばお金を出して投資家になるべき。それはそれで有りですが、金も出さずに口だけちょっと出して成果を貰おうとするフリーライダーもいた。私が少し話をした限り、若い人材がやっている有望なスタートアップは皆、自分たちで全て行おうとていた。一方、年寄りが怒鳴って動かすような旧来体制、あるいはニヤニヤして都合よくタダ働きさせようとするような胡散臭い年寄りのいるところではフリーライドやタダ働きが横行していた。全く違うので見分け方は簡単だ。概ね、バブル世代より上で少人数でやっている子会社、特にワンマン系のところは旧体制でフリーライドやタダ働きさせようとしているところが多い。若いスタートアップは、良くも悪くも純粋で、自分が騙そうとすることはあまりないが、騙されやすいところもあるかもしれない。上にも書いたように議論で決着つけようとして無駄で、何となく言い包められそうになると「そうなのかなあ?」と思いそうになってしまうが、所詮は頭が騙されているだけで、本質は頭ではなく自分の直感にあるので、直感がやはり正しい。頭で「そうかなあ」と思っていても直感が「間違っている」としたら直感が正しいので、相手を議論で論破する必要はなく、ただ「判断」を下せばいいだけだ。長く付き合う相手であれば相手の意見を尊重して、直感と違ったとしてもまずは相手を受け入れるなどする必要はあるが、ビジネスの判断はこれで良い。長く付き合っても意見を変えようとしない相手は、やはり切るしかない。<br /> <br /> マスコミのイメージだとスタートアップは優秀だとか宣伝していますが、スタートアップで優秀なのは初期メンバーと黎明期のメンバーだけで、後から入ってきた人は企業規模に応じたそれなりの人々なのです。<br /> <br /> 世の中は面白いもので、ITのことが分からなくても怒鳴って安く使い倒すことでITスタートアップしているような会社もありました。とある会社では社内にIT担当がいなくて、学生上がりのIT開発会社に発注していたのですがそのIT開発会社が倒産したから外注先を探しているとのことで話を伺ったところ、明らかに安い金額で、しかも「自分は技術はよく分からない」と言い切る有様。基本的なキーワードも知らないようです。話をするうちに、次々に要求を出して相手が倒産するまでこき使う未来が見えたので速攻で断ったのですが案の定キレられました。この会社のレビューが最低ランクだったのも容易に理解できます。あの規模のWebサービスを元々受け持っていたIT開発会社が倒産するなんて普通はあり得ないと思ったのでどうしてだろうかと疑問に思っていたのですが、どうやら常識外れの安い単価と非常識な要求を次々にこなしていて倒産したのだろうなあ、というのが垣間見ることができました。そういうスタートアップも世の中にはあるようです。やはり、最初の段階の勘を信じて切るのが重要ですね。バブル世代以上のワンマンな旧体制のスタートアップと付き合ってはいけないのです。<br /> <br /> 常識的な単価の提示に対して、「自分は技術がよく分からない」と言っている本人から「○○は幾らで作ったそうじゃないか。何でそんなにかかるんだ?」などと言われたりするギャグのような状況で笑ってはいけません。要求が違う事を説明しているのに理解していないのでしょう。同じものを作るのならばきっと同じコストで出来るでしょう。要求が違うのに同じコストや期間でないと可笑しいと言い切る分からず屋と付き合ってはいけません。顧客ならば説得するのですが、スタートアップのメンバーとして参加しておきながら理解せずに一人でトンチンカンな事を言うのであれば、速攻で切らなければなりません。<br /> <br /> ある時、10年前に有名スタートアップが1人でWebを作ったのだから今でも1人で作れる筈で、1人作れないのは可笑しい、もっと安く作れる筈だと小馬鹿にしながら言ってきた人がいます。こういうのとは付き合ってはいけないのです。そもそも要求が違うのです。説明しても理解できなかったのでしょう。その程度の人だったのです。早いうちに薄々気付いていたのですが切るのが遅かったのが反省点です。10年前だとWebだけシンプルに作れば良かったですし決済もオンラインで即時決済ではなかったでしょう。それは特に初期バージョンではそうです。当時はPCブラウザだけの対応だけで良かったですしデザインはシンプルでも十分通じましたが、今はWebはモバイル対応が当たり前ですし、Webのモバイルは使い勝手が悪いからiOS(iPhone/iPad)のアプリとAndroid用のアプリを「ネイティブ」で作りましょう、という話をしているのに10年前のWebしかなかった時代の事を持ち出して「◯◯は1人で作ったそうじゃないか。」と人の見積もりを馬鹿にして、「どうして1人で作れないのか? 可笑しい。もっと安く作れる筈だ」と言ってくるような人とは付き合ってはいけないのです。自分が理解していない点を説明して理解してもらおうとしたら、プライドを傷つけられたらしく恨んでくる有様。本当に時間の無駄でした。iOS(iPhone/iPad)のアプリとAndroid用のアプリの対応にしても、昔は「ガワアプリ」と言ってWebブラウザを被せただけのもので良かったのですが今はネイティブにそれぞれ作り込まないとそもそもiOSだと審査が通らないですしユーザの使い勝手も悪い。そんな事を十分に説明した筈なのに上記の事を言うような決定的に勉強不足で理解力が足りなくて、おそらく人の話をきちんと理解していなくて、理解していないのに分かったと返事をしていたような、人を小馬鹿にしたような態度を取るような起業家とは付き合ってはいけないのです。今から思えば、いいように返事だけしておいて全部私に作業させようとしていたフリーライダーだったのでしょう。世の中、色々な人がいるものです。ちゃんと自分の無知を認めていさえすれば全て教えるつもりでいたのに頑固に「自分は全部わかっている」と言う態度を貫くものだから、もちろん切りました。この種の人はスタートアップを酒のつまみにするくらいのが合っています。スタートアップを酒のつまみにしたい人と実際に行う人とは天と地の違いがあるわけです。越えられない壁があります。人当たりが良くてそれっぽい事を言う人に最初は惑わされても、一緒に仕事をすれば本物かどうかすぐに分かります。でも、そのような人が悪いと言うつもりはありません。人はそれぞれ自分が行える事を行うのであって、理解の範疇を超えたものが手に負えないのは誰にでもあり得る事です。それの限界を認める事が出来るかどうかも人の器であり、認める事が出来ないからと言って、誰からも咎められるものではありません。好きに生きれば良いのです。私の知らないところで。一応年上だしリスペクトしていたら次第に勘違いしてきたので、そう言う頭の悪い人とは相性が良くありません。多少のことは目を瞑って(密かに)相手を教育するつもりでいたのですが、実際のところ相手の教育が進む前に勘違いの方に進んでしまったのです。私はよくこうして相手を勘違いさせてしまう事が多いのですが、どうしたらいいものか。そもそも頭が良ければそんな勘違いもしない筈なのですが。過去の偉大なスタートアップは立ち上げ時から何年も積み上げてきて、立ち上がるまでは1人で作ってきたというのは理解できます。時間をかければそれは十分可能でしょう。しかし、我々は上記のような多彩なアプリを1ヶ月かそこらで作ろうとしているわけですから、1人では到底無理です。考えればすぐにわかることです。見積もりに期間という概念もなければ要求の幅という概念もなくて「1人」という言葉だけを取り上げて他人を貶めるような人は速攻切ってしまって良いのです。こういう人は、業界で「シーンスター(Scensesters)」と言うのかもしれません。シーンスターを起業家に含めてはいけないですね。絶対に。<br /> <br /> ■IT技術職いろいろ<br /> 技術職自体はやってもいいのですが、この業界は疲れる人が多くてエネルギーヴァンパイアや成果泥棒や技術泥棒だらけですし、アメリカと違って日本人技術者の単価は安いので費用対効果は最悪です。続ける意味ないです。趣味では多少続けても良いのですが。<br /> <br /> AI技術者になるべく勉強すると言う選択肢もあるにはあります。日本でも最近はAIの高度人材は市場で需要があるが、結果が見えにくい職業で、結果を出せるAIはかなり難しいのでブームが過ぎたら高コストのAI人材はお荷物と見なされるでしょう。本格的なAIができるまで10年間頑張るか? と言われると、それは微妙です。<br /> 日本のIT受給でいうと、どんどんと海外発注が増える筈なのでそこに入り込むという選択肢もなくはないが、そもそもITに関する個人的な興味が薄れてきている。<br /> IT関係で目新しいことは当分出てこないでしょう。ITでの勝者はほぼ確定しつつありますし。業界再編くらいはあるかもしれませんですが、IT革命ほどの大きな流れは当分来ない。<br /> <br /> ■IT業界とその他の業界の違い<br /> IT技術は見えにくいので「見積もり」がし辛い状況にあります。建築などではほぼ正確な見積もりが出せますがITは正確に出せないので「要求変更による追加請求」が発生することがありますが、契約書に見直し条項があったとしても、請求する方もされる方もとてつもないストレスになります。人によっては後出しの詐欺だと思うことも少なくないでしょうが、固まっている業界ではないのですから仕方のない面もあります。一品物を作ろうとしているのに依頼主が既製品のつもりだったということなんて珍しくありません。そもそも、小さな会社の付き合う相手ですと要求が曖昧であることが多く、であれば見積もりも正確にすることは不可能です。例えば、オープンソースを入れて終わりにしたいだけなのに一品物の請求をされたという発注主と、相当にカスタムしないと要求を満たせないから請求する業者との認識のズレはそうそう埋まりそうにありません。久々にこの世界を垣間見て、やはり受注開発は素人相手にしてはいけないのだと思い知りました。発注主が「ITはよくわからない」と言っていたら受注は見送ることです。必ずトラブルになります。上にも書いたように、どこそこはこれで出来たというではないか、などという金額が一人歩きして、それは「簡単なのになんでそんなにかかる」なんて話にすぐに結びつきます。素人さんを相手にしてはいけないのです。建築業界はある程度のコンセンサスがあって幾らくらいが妥当か基準があります。IT業界はどんどんと変わりますし、要求も変化しています。建築業界は要求はそうそう変わりません。IT業界だとWebのPC向けのシンプルなHTMLを1つ作ってサーバも1つで良かった時代はとうの昔に終わっていて、HTMLならPC/スマホ/タブレット対応は当たり前ですしデザインも凝らないといけないですし、そもそもスマホとタブレット向けにはネイティブなアプリを別途作る時代なのに過去の偉大なスタートアップが15年前に1人で作っていたから1人で作れるはずだとか本気で言い出して私の見積もりはおかしいと言い出すような世間知らずの素人を相手にしてはいけないのです。傍目に見て話を受け流す分には世間話で害はないですが、仕事で関わってはダメです。IT業界がどんどんと移り変わっていることすら認識していないような素人さんがITに参入してくる時代ですから、ここは厳しく関わりを切らないと自分が不幸になります。 きっと、子供の頃から今まで、相手を厳しく切るということが苦手だった私にそのような壁を作って相手を切る訓練をさせてくれたのでしょうね。 そうでなければ搾取されてしうだけでしょうから。 そのような成果泥棒やエネルギーバンパイヤと縁を切るために起業した筈なのに起業してまでそのような成果泥棒やエネルギーバンパイヤあるいは相手をコントロールしようとするような人と関わるなんてことになったらコントのような可笑しな状況になってしまいます。 上にも書いたように、自分では凄くできると思っていたりしますと厄介で、本当に使えないのに自分は最高とか思っていたりすると関係を切るときに苦労します。 本当に面倒くさいです。 上に書いたように簡単に恨まれます。 そのくらいなら、ある程度の安定した企業で細々と搾取されていた方がマシということになってしまう。 IT革命の余韻が続いており、未だに「あわよくば私も一攫千金」という訳の分からない人が大勢いますのでなかなか大変ではありますが、ある意味、面白い世界とも言えなくもないです。私はもう十分で、お腹いっぱいという感じですが。 こういうのは諸刃の剣で、恨まれる人のことを考えてしまうと自分も同化してしまうので、綺麗さっぱり切るしかないのです。そして、関与して汚れてしまった部分は祓うしかないのです。戦おうとすれば巻き込まれるのです。汚れは祓って清めるしかないというのは神道的な考え方ですが、ここではそれが正解のように思えます。<br /> <br /> ■人生のサイクル<br /> 子供の頃から始まったコンピュータやその他諸々、人生のサイクルがちょうど1周した、という印象です。ここが分かれ目。もう辞めても良いです。<br /> もし、なまじ会社が中途半端に動いていたら辞めるに辞められなかったので、やはり私の人生は完璧です。<br /> <br /> ■私生活の今後<br /> 本業ではほとんど儲けがないし、投資もここ2ヶ月で大きな損益が出たので資産的には全てが2年前に戻ったような感じです。<br /> いろいろ経験できたので良いとしますが、もし奥さんがいたら「実家に帰らせて頂きます」と言われてしまう状況かもしれないです。<br /> <br /> 今後のことはあまり見えていませんが、成功も失敗も含めて全ては完璧ですので何とかなるでしょう。<br /> 夏休みはヴィパッサナー瞑想してきた後、ベトナムに2週間ほどヨガしに行きます。冬には1~2ヶ月インドに行くかもしれません。来年2月にKumbh Melaという聖者のお祭りがあるので見学したいのです。<br /> 来年春以降のことはわかりませんが、何かやりたいことが出てきたら普通に就職、あるいはそれまでの投資の結果如何によっては他の選択肢もあるかもしれません。<br /> 大学院に行って学び直すというのも手ですが、勉強なんてすっかり忘れてしまったのでやり直しも大変ですし授業についていくだけで一苦労かと思うとなかなか重い腰が上がりません。大学院案内を見ても、コンピュータ系の学科はもはや興味がないし、MBA等を取り直してもどれだけ有効に使えるかどうかもわかりません。興味があるとすればインド哲学とかですけど、そうなると私が苦手な文系の科目を受験勉強し直さなければならないので、それはそれでとても大変です。<br /> 今後のことはこれから数ヶ月かけて考えます。<br /> <br /> <br /> [追記]<br /> <br /> サイドビジネス時代も含めると約10年間運営してきたオンライン英会話スクールを閉鎖することにしました。<br /> <br /> 主な理由はフィリピン現地でメインの某スタッフ兼先生がニュージーランドに移住することになったからで、新たなスタッフとか事務局とか運営とか送金とかスタッフの信頼性とか競合とか先生教育とか先生募集とかいろいろ勘案した結果、クローズすることにしました。運営コストはほとんどかからないので継続してきたのですが、再立ち上げでフィリピン行ったりするとコストが利益に見合わないかな、と。10年前は小さなベンチャーが乱立していましたが今は淘汰されてきていますしね。そろそろ潮時です。<br /> <br /> 思えば10年前、リーマンショックの時に勤めていた会社が「一時帰休」とかいう謎な仕組みで1週間に2日ほど休みになって(会社はその分、国から補償金もらって)週休4日になったのでその空き時間を使って英会話スクールをサイドビジネスで立ち上げたのが最初でした。いやあ、懐かしいです。あの時は本業はそっちのけでめちゃくちゃ楽しんでいました。新規事業ってのはこうじゃないとね。思いのままにやってましたよ。フィリピンにも何度か行って、セブ島行ったり、ミンダナオ島の僻地にも行きましたっけ。現地マネージャーとのトラブルも懐かしい思い出です。いろいろありましたねえ。本業も新規事業でしたがあまり興味がなくて努力30%でなんとなくこなし、興味のほとんどは英会話スクールの時期でした。同じ新規事業でもやり方も考え方も全く違いましたね。本業よりもサイドビジネス万歳と思っていましたね。この時期はアフィリエイトの仕組みも始まったばかりで毎月ポイントが沢山入ってきて良かった時代です。今はアフィリエイト全然だめ。<br /> <br /> 思えば、私なんてWeb黎明期の2000年時代からデータベースとかWebとかずっと作ってきていたのに本業の会社ではあんまりそのこと言わなかったから、Web分野はほとんどサイドビジネスでやっていましたね。あの頃はまだまだウェブの黎明期でしたし色々と新しい仕組みを試したりしましたね。最初はシンプルなWeb1.0でしたがやがて動的な仕組み(jQuery)が出てきてそれに切り替えたり、Webのブラウザだけで動くホワイトボードを作って先生と生徒が同じ画面を見て教材を背景に線引きマークできるようにしたり、AndroidやiPhoneのスマホアプリも作りましたっけ。Webだけでリアルタイムで動く(flashなどのプラグインの不要な)ホワイトボードは当時は画期的で、凄く面白かったのです。今でこそ当たり前ですけどね。今でこそPayPalなんてのも当たり前ですけど出てきた当時は凄いと思ってオンライン支払い後にすぐにWebシステムに反映・連携できる仕組みを作って、支払いを自動化できるようになったのを実感して面白がっていました。1人で作っていましたので時間はかかりますけど、そんなに急ぐものでもないですし言うほど時間はかからないので楽しみながら作っていました。こういうやりたい放題なところが新規事業の良いところです。もっと儲かれば良かったのですけどね、最近は大手がシェア伸ばしすぎというかデフレ経済で100円ショップ状態なので儲けが少ないのです。日本人ってデフレ経済しかできないのだろうか? と思ってしまいます。Appleみたいにプレミア付けてどんどん値上げすればいいのに、デフレ経済していたら事業の発展もないと思うんですけど。80円で仕入れて100円で売る商売していたら大変でスタッフが疲弊するだけでは。案の定、フィリピンの英会話で上場した某会社の決算を見ると散々な結果で、あんな価格とサービスしていたら発展もないのがよく分かります。上場ゴールで本人たちはいいんでしょうけど、業界のコスト構造を潰して上場ゴールしてもらったら業界全体が迷惑です。上場ゴールで独占してくれればまだ良かったのですが、中途半端なシェアで絶対勝者がいないので潰しあいの持久戦になっており、微妙です。<br /> <br /> それでも、スタッフがニュージーランド在住ならネイティブ料金取って再立ち上げする手もありますけどね。でも、とりあえずは閉鎖ですっきりします。フィリピン人先生のスクールはもう厳しそうですが、しばらく経って大手が独占したら料金上げてくる筈なので全体的に単価が上がったらまたチャンスあるかもしれないですけど。まあ、それは今後のお話。割と区切れ目としては良いタイミングっぽいです。<br /> <br /> <br /> 今だから話せるびっくり昔話。<br /> <br /> 最初のマネージャーは女性でしたが、私が度々フィリピンに行っていると、何故か周囲の先生たちはそのマネージャーと私がカップルになればいいじゃん、みたいな扱いをし始めました。とある時には事務所にマネージャーの両親が手伝いに来たりしました。両親も心配だったのでしょうか。マネージャーの両親は落ち着いていて普通なのですが、マネージャー自身は元遊び人ぽくて、いろいろ噂を勘案すると、昔はセブ島で外国人をはべらかしていたこともあるっぽくて、カップルはあり得ないと思っていました。周囲の先生の私とマネージャーへの扱いが段々と変わり、なんだか変だなー と思いつつもスルーしていたのですが、ある時セブ島に行って様子を見ようとすると、他の先生が「2人で近くの島に遊びに行ってきたら?」とか言って煽る一方でマネージャーはというとどこか苛ついているのとベッドインに誘うような感じが混雑していたのですが、非常に違和感があるのです。これは裏があるな・・・と思って急に予定変更してその後、マネージャーとは会わないようにして帰国しました。本当に私が好きで私の行動に苛つくのとは全然違って、私が思い通りに動かないから苛ついているのがミエミエでした。こんな違和感ありありのハニートラップにかかるような私ではありませんよ。<br /> <br /> 会わないようにしたら、元々お金とか方針とかで行き違いがあったのがマネージャーの中で爆発したらしくて、私のことを「それでも男か」と言って、私を抱けとでもいいたそうな感じでヒステリーになっていました。<br /> <br /> 最後には、「次来たときは私の安全は保証しない」とか怖いことを言い出しました。フィリピンで恨みを買った外国人は5,000円くらいで雇える殺し屋(ヒットマン)に狙われて銃などで命を落とすことがよくあるそうです。現地在住の日本人が言うには、そんな値段だから、殺し屋が来たら倍の価格で依頼主を殺してくれ、と殺し屋を買収できたりするらしいです。フィリピンは何でもありですね。そんな脅しも受けたので人気のないところには絶対行かないようにして無視して帰国。心の中ではこのマネージャーは区切りのいいところでクビだと判断した上での帰国です。殺しの脅しを受けてまで雇い続けたりはしませんよ。もちろんその後、マネージャーはクビにしてスタッフ入れ替えました。いろいろあって向こうも強情になり、スクール運営に支障が出そうで悠長にできなかったので無理やりやったのですが、そのマネージャーに従う先生は授業拒否していたので新規の先生を入れてスクール継続。マネージャー入れ替えも先生入れ替えもうまく行きました。<br /> <br /> ここまでならよくある現地マネージャーと日本の本社とのトラブルで、それほど珍しくもありませんが、驚くのはその後です。<br /> <br /> しばらく様子見していたら1人の先生からチャットが来て「知っていますか? ○○は子供を生んだそうですよ」というのでびっくり! 他の先生に聞いたら「貴方の子供じゃないの?」「最初は貴方の子供かと思った」とかいうのですが、していないのに生まれるわけないじゃん... てことで、どうやらあのマネージャーは私の子供ってことにしたくてベッドイン誘っていたようです。やれやれ。違和感はこれだったか...<br /> <br /> まあ、こんな女も世間にはいるので、人によってはよく聞く話かもしれません。<br /> <br /> 驚くというか笑ってしまったのはその次。<br /> <br /> どうやらその子供は親戚の同年代の男と夜な夜な楽しんでいたらできてしまった子だというではありませんか。<br /> <br /> はぁ〜? 最後のオチはそれかい!<br /> <br /> 「三等親離れてりゃべつにいいんじゃないの? 近親相姦でもないんでしょ?」とも思ったが、とある先生が言うには「もう彼女は幸せにはなれない」という絶望的なことを言っていますので、周囲の意見としては彼女の行動はフィリピン社会では認められないようです。<br /> <br /> はぁ〜。日本ならひっそりとおろすのかもしれませんが、フィリピンだとそのまま産んでしまうんですね. .. 赤子を殺さない分だけマシなのかもしれませんけど。キリスト教の社会だからおろさないのかも。<br /> <br /> フィリピンではこんなハニートラップもあるよ、というお話でした。<br /> <br /> 私はフィリピン人の恨みを買ったし脅しも受けたのでそれ以降フィリピンに行っていません。今後行くとしても厳重注意あるいは事後報告で行きますよ。それでも殺される時は殺されますから、もうフィリピンにはあまり行かないと思います。恨みを買ってしまうとフィリピンは怖いところです。そもそも私をトラップにかけようとしたのはフィリピン側なのにどうして私がここまで恨まれなきゃならないのだ。<br /> <br /> 資本は日本側でウェブもシステムも集客宣伝も日本側のコスト負担だが利益のほとんどはフィリピンによこせという強情フィリピン人は、そもそも経済とか株式がよくわかっていない感じだったので、ほんと、一部のフィリピン人なのか一部のフィリピン女性に限ってのことなのかわからんが、強情なだけで話を理解せずに、単に、自分が現地マネージャーだから全部よこせという主張は理解に苦しむことがあった。あまりに頭が良すぎると扱いが面倒だしあまりに馬鹿だと指示が面倒と思ったのでそこそこの頭の人をマネージャーにしたが、どうも人選が微妙だったっぽい。どちらかというと中央より頭悪い方に寄ってるマネージャーだったのかも。<br /> <br /> 殺されるリスクまで持って運営するのもバカバカしいので、そういう意味では英会話スクール閉鎖で良かったのかもしれないです。フィリピンとの関わり合いが薄れますからね。フィリピンに行かなければそうそう殺されないでしょう。いつか元マネージャーが金持ちになって国際殺し屋を雇ったら怖いですけど、そこまで心配してられないですし。人によっては一生恨みを持ち続ける人がいますから、油断はできないです。<br /> <br /> <br /> 事業振り返りの続き。去年のふり返りを含みます。<br /> <br /> 10年間にいろいろなことがありましたが、現地マネージャーを切るとか、恨みを持たれそうなことをする時は最悪一生恨まれる可能性を受け入れてからやります。<br /> <br /> 当時は現地マネージャーに殺人予告的な警告を受けたわけですが、さすがにそれは行き過ぎで予想外だとしても、ずっと恨んで思念波を送ってくるくらいの人はたまにいます。<br /> <br /> 切るときはもちろん「自分が絶対に正しい」という信念があるのが大前提です。ビジネス、特に新規事業の立ち上げで使えない人材を切るのは重要です。恨むのは相手の自由選択、切るのはこちらの選択です。切るときは相手を恨んだりはしませんけど、切られた方は恨みが残ることがあり、その恨みは一生続くこともあるので、切る時は一生恨まれる可能性を加味してやります。<br /> <br /> 日本の多くの会社はローカルのマネージャーの多大な要求を断るのが苦手で、勘違いしてしまったローカルのマネージャーを切るのはもっと苦手な気がします。現地で監督している本社人材に権限がないので、ローカルのマネージャーは本社のご機嫌取りしていれば安泰です。これは、本業の会社で赴任している時に実際に起こったことです。他の会社の噂を聞くこともあります。<br /> <br /> 世間一般で「現地に権限委譲」が叫ばれていても、日本の会社は勘違いのローカルマネージャーに権限を与えてしまいますから権限委譲しなかった方がよほど良い事になったりします。<br /> <br /> 私のサイドビジネスの場合は1人ですから好きなようにできました。<br /> <br /> 切ると決めたら切らなきゃダメだと思います。ローカルのマネージャーが勘違いしたら終わりですよね。本社のご機嫌取りをしている一方でやりたい放題であれば切るしかないです。まあ、多くの会社は切れないでズルズルと損失が拡大するわけです。<br /> <br /> 新規事業であれば使えない人材を切るか、そもそも関与させないのが一番です。前にも書きましたがスタートアップにはフリーライダーがわらわらと近寄ってきますからね。フリーライダーはそのうち棚からぼた餅を貰うまで次々とスタートアップを狙い続けるのでしょう。フリーライダーあるいは勘違いマネージャーは切る必要があります。まあ、このあたりは前にも長々と書きました。<br /> <br /> 切ると決めたら切る側は確信がありますが、切られる側は恨みを持つことがあり、表面上は明るく仲良く振る舞っていつつも恨みを晴らすチャンスをずっと待っていたり、根回しして蹴落とそうとしたりする性根の悪い人が少なからずいます。去年のスタートアップ立ち上げでもそういう人がいましたね。まあ、本人はうまくやっているつもりでも蹴落とそうとしているのがバレバレですけどね。私は大抵、鈍感なふりして好きなようにさせていますよ。私ってどうやら油断される方なので油断しいている人を見抜くのは簡単です。そんな人に仕返しや対処をするとカルマに巻き込まれますからね。他人を蹴落とそうとする人はそれがカルマになって自分に返ってきますから、私がわざわざ相手してあげる必要はありません。勝手に落ちてゆきますし、すぐに落ちないとしてもそれは私には関係のないことです。<br /> <br /> 蹴落とそうとしている人はヨガのヤマニヤマで「他人の悪口を言わない」ってのに反していますから本人の成長が阻害されますし、邪念のこもった贈り物をして自分の仕返しを他人に肩代わりさせようとするのもよくないです。ヤマニヤマの「他人から贈り物を貰わない」という項目のはこういう文脈で理解できると思いますよ。贈り物にはその人の念がこもっていますからカルマに巻き込まれてしまうわけです。よくわからない人から贈り物をもらったら神に捧げればよいわけです。周囲でそういう人の手駒にならないように振る舞うのも人生の処世術ですけど、手駒になってしまう人はカルマに巻き込まれているわけですから、行動は気をつけないといけないですよね。自分には関係ないカルマに巻き込まれても面倒なだけです。蹴落とそうとしている人特有のニヤついた顔は気持ち悪いし、モノに宿った念ですぐにわかりますよ。本人は「うまくしてやったり」と思ってほくそ笑んでいるのかもしれないですけどね、バレバレですけどね。その人のカルマなんだなあ、と理解して、関わらないでいるのが良いです。家のカルマとかその人のカルマとか、いろいろありますよね。ちょっと突けばどんどんカルマが出てきますから、関わらないのが良いです。仕返しして満足するような人はエゴが大きいんですよねえ。人間である以上、程度問題ではありますけど。許容範囲外ということです。<br /> <br /> <br /> まあ、事業とかスタートアップとかしているとカルマに巻き込まれやすいですから、都度スルーするしかないですね。<br /> <br /> フィリピンだとキリスト教ですけど、キリスト教の宗派にもいろいろあって、現地マネージャーはマイナーな宗派に入っていて考え方がよくわからないことがありました。周囲の先生もマネージャーのことを「とある時、生まれ変わったとか何とか言っていたけれども、どういうことか、よく分からない」とか言っていました。宗教的な思考(ドグマ)はよく分からないです。その人のカルマなんでしょうかねえ。セブ島で外国人の男をはべらかして、その後、その宗派で生まれ変わったらしい。よくわからない。<br /> <br /> 前のスタートアップで一緒だった人も宗教というか仏教系で、仏教系なのに他人を恨んで仕返し目論んでいるような感じで、その人には「潰してやろうか」と脅迫されたのでその後あまり話していません。一度脅迫されたら一生ものだと思うのがマイルールです。その後の態度が軟化しても脅迫は一生ものだと思うのがマイルールなのです。仏教とかヨガとかやっていてもヤマニヤマという基本ができていない人も多いんだなあ、と思いましたよ。ヨガとか仏教とかしていてもカルマは人によっては根強く働くんだなあと思って興味深く眺めていますがその人のカルマの輪からは離れていますよ。一見すると仲良く明るく振舞っていても恨みは一生消えないことがある、ということが私にはわかっていますから、一回でも脅迫してきた人とは基本的にその後一生ずっと付き合わないようにしています。これはマイルールです。マイルールを破って「まあ、大丈夫かな」と思ってしまうと私が忘れた頃に仕返しされたり罠張られたりするので、このマイルールは絶対ですね。一度でも私を恨んだ人に対しては一生ずっと決して油断しないのがマイルールです。一度でも油断したら後ろから刺されますよ。<br /> <br /> こっちは許したつもりでも、脅した本人は私のことを「脅しに屈するカモ」とみなす可能性が高いので、そうであれば仲直りするよりも一生関わらない方が良いのです。「脅したりして申し訳無い」と誤ってきてもマイルールが適用されますから、一度でも脅してきた人は相手しません。表立っては仲直りする可能性はありますけど、マイルールが優先されます。多くの場合は恨みは一生ものと思っておいた方が安全ですしマイルールが正しいことが多いので。<br /> <br /> そうしてネチネチと蹴落とそうとしている人のカルマに巻き込まれないのが大切ですけど、無意識的にせよ巻き込まれている周囲の人は、無意識に巻き込まれたことで苦い人生経験を積んでいるのだと思いますよ。本当に賢い人はカルマに巻き込まれないですからね。<br /> <br /> 勘違いしたマネージャーとか、恨んで根回しして蹴落とそうとしている人とかに何を言っても無駄だからこそ切るしかないわけです。本人に言っても否定するだけです。一見道徳的で振る舞いは礼儀正しくても、裏は透けて見えますからね。こういうのは議論しても無駄です。結局は本人が自分で気付くしかないわけですが、本人が気付くまではカルマの車輪を回し続けるので、カルマに巻き込まれたくなければ離れて見ているか、あるいは関係を切って無関係になるしかないです。特にクレクレ君は切るしかないですよね。言葉たくみに取り入るけれども実際の実務が使えない雰囲気ばっかりの人は何なのでしょうかねえ? スタートアップの初期メンバーじゃなくてイチ営業ならそれでいいのかもしれないですけど。<br /> <br /> 私は基本的に「与える人」であり続けたいと思っているし、だから相手に良い条件を提示するけれども、どうやら一部の関係者には私がカモに見えるらしいんですよね。そんな好条件なのはカモか世間知らずだと思うらしい。だから、私が相手からカモとか世間知らずと思われたらその人は切るわけですが、そういう人に限って長期にわたって恨んでくるんですよねえ。棚から牡丹餅がもらえそうだから近寄ってくるんですかねえ。あるいは、甘やかしたから勘違いしちゃったのかなあ? ほんとに使える人材ならネチネチした復讐に長々と気力使わずに新しい事業なり社会貢献とかに精を出せばいいのに、陰ながら復讐に燃える暇人も世の中には多くいるんですよねえ。最初からそれを見抜けない私も人生経験が足りないのか、あるいはそれも私のカルマで、多大な要求を跳ね除けることが私のカルマ解消なのかもしれないなあ、とも思ったりします。<br /> <br /> と、いうことで、事業を少しふり返ってみました。<br /> <br /> スタートアップの方は実例がないと分かり辛いかもしれませんけど、スタートアップのクローズ時のことは以前にとても長く書いたのでここでは書きません。<br /> <br /> まあ、要は、切ると決めたら切る、ってことです。<br /> <br /> ここ10年および去年の振り返りでした。<br /> <br /> さて、今年はどうしましょうかね。<br /> <br /> Wed, 11 Jul 2018 00:00:00 +0900 キントーン(Kintone) https://w-jp.net/2017/1300/ <br /> <br /> <br /> <br /> とある案件でキントーン(Kintone)を使ってみましたので感想を記載しておきます。<br /> <br /> ■結論<br /> データと画面が一体なのでアプリケーション作成がわかりやすい。<br /> エクセルではちょっと足りないがリレーショナルデータベースを使ってしっかりとしたアプリケーションを作るほどでもない、という小規模で簡単なアプリケーションに向いたソリューションであるように思えます。<br /> 多少複雑であっても、最初からしっかり設計して将来的に変更しないアプリケーションであればキントーンに向いている。とりあえず作ってみてどんどん改造してゆくという用途には意外に向いていない。どんどんと新しいアプリケーションを作成するのに向いたソリューション。<br /> 本来の使い方ではないかもしれないが、本格的なアプリケーションを作る前のモックアップやプロトタイプとしての使い方もありかもしれません。<br /> <br /> ■良い面<br /> すぐに画面ができる。<br /> 画面とデータが分かれていないのでわかりやすい。<br /> 簡単なアプリケーションであればすぐに作って運用できる。<br /> <br /> ■悪い面<br /> 画面とデータが分かれていないのでデータを保持したまま画面だけ変えることが困難。<br /> 改造する際に既存データの保持に難あり。<br /> 具体的には、<br /> エキスポートしたデータをそのままインポートできないことが多く、加工や特別な考慮が必要になる。<br /> 複数行文字列フィールドで改行が入っているだけでエラーになる。<br /> 添付ファイルのインポートが未サポート。<br /> テーブルのインポートが未サポート。<br /> レコード番号を強制的に設定してインポートできない。エキスポートしたデータをレコード番号も含めてそのままインポートしたいことがあるがインポート時のレコード番号の扱いがそれにサポートしていない。<br /> ルックアップの参照先になっているコアなフィールドの編集が困難。該当フィールドをルックアップしている他アプリのルックアップを一旦全て削除してそのアプリの更新をしないとコアなフィールドの編集ができない。その際も、一旦ルックアップフィールドを削除する時にデータも一緒に消えてしまうのでデータをエキスポートする必要があるが、それがテーブル内のフィールドの場合はインポートできないので手動で戻すかREST API などの特集な考慮が必要になる。ルックアップフィールド自体も似たような項目を再設定しなくてはならない。<br /> たとえばリレーショナルデータベースでは一旦作ったテーブルを分割して正規化し直すことがあるが、キントーンでは同様の変更をするためには上記のようにデータエキスポートおよびインポートが必要になる。リレーショナルデータベースであればデータと画面が分かれているのでデータを保持したまま安全に変更ができるがキントーンの場合はデータが失われないように注意して多くの作業が必要になる。<br /> 改造時の不都合としては、フィールド参照のために使われるフィールドコードを変更しても既存データに関しては元のフィールドコードのままな時がある、と言う点。これはバグなのかもしれないが、テーブルのフィールドコードを変更しても既存レコードに関しては昔のフィールドコードでしかアクセスできないので旧フィールドコードと新フィールドコードの両方で動くように作る必要がある。GUIで単純なアプリを作っている間は問題にならないが、javascriptでカスタムする時に新旧フィールドコード両方に対応しないと動かないことがあるようなので改造時の落とし穴になる。リレーショナルデータベースであればスキーマ変更は全体に対して行われて一貫した構造を持つのでこのような不具合は発生し得ない。やはりキントーンは改造時に難がある。<br /> <br /> <br /> ■その他 特徴<br /> 用語に特徴があります。キントーンは「アプリ」と言う単位で管理します。リレーショナルデータベースで言うところのテーブル相当ですがキントーンはアプリの中に別のテーブルを持つことができます。<br /> 又、リレーショナルデータベースに慣れているメンバーが「ルックアップ」を勘違いする場合があるようです。リレーショナルデータベースの場合、マスタデータにIDをもたせてそのIDを別テーブルから参照するような使い方をよく行います。別テーブルに実データは持たないことが多く、マスタデータが更新されれば同IDで紐付けられている箇所は全て最新データで表示されるような使い方が普通です。<br /> 一方で、キントーンの場合はデータをそれぞれのアプリで全て保持していますので、マスタデータを更新してもそれをルックアップしている別のアプリのデータはそのまま保持されます。再度ルックアップの操作を行うことで最新データに更新されます。<br /> これは、良し悪しであると思われます。リレーショナルデータベースの場合はマスタデータを更新するだけで全てのデータが最新で取得できますので便利です。一方で、そういった挙動を理解する必要があります。挙動を理解できない人、あるいは、ゲストユーザが多くてそのような挙動の周知が難しい場合などは単純なキントーンが向いています。<br /> リレーショナルデータベースを使っていてもキントーンのようにデータをわざわざコピーして保持すべき場合がありますが、アプリケーションによってデータを参照しているだけなのかコピーしているのかは分かれますので挙動の理解に混乱が生じる場合がありますが、キントーンであれば常にコピーする挙動ですので理解が簡単です。<br /> <br /> それと、時期にもよるのかもしれませんが私が試した時は度々動作が不安定になることがあり、作成して翌日試したら全く動かなかったりしたことがありました。ブラウザの問題でもないようです。そのくらいの安定度ですので、一旦作ってから顧客が触ってみた時に全く動かなかったりすると とばっちりがこちらに来たりして微妙な感じです。こんなくだらないことで顧客の信用を失いかけたりします。特に、技術に疎い顧客だったりしますと。そういうこともあり、今後はキントーンの案件とはあまり関わり合いたくない感じです。上に書いたように自分でプロトタイプ作成のために使うのならばアリかもしれませんが、請負で作成するのは遠慮しておきたいところです。簡単に見えるのにも関わらず基本設計がイマイチで制限が多く、微妙なのです。<br /> Sun, 25 Jun 2017 00:00:00 +0900 VR上の集会場 Cluster https://w-jp.net/2016/1279/ <br /> 今回はVR関連のスタートアップClusterをご紹介します。<br /> ここはバーチャル上の集会場を提供するサービスです。アニメで出てきそうなアイデアですね。イベントの種類にはこだわらないようで、ライブやカンファレンスなどバーチャルらしく会場を好きに使えるようです。<br /> 2015年創業の日本・東京発のスタートアップで、2回の投資を得ていますが額にしたら最初は約1千万円、次も5000万円なのでSeedステージを抜け出たとは言いがたいようです。<br /> ちょっと使ってみようと思いましたがChrome/Firefoxではうまく使えませんでした。<br /> アイデアとしては面白いと思うのですがVR系のスタートアップは多くありますのでその差別化が課題ですね。それと、まだこれだけではどのようにお金を稼ぐのかが見えてこないですね。<br /> 大規模投資をまだ呼び込めていないようですし、これからどちらの方向に進むかが鍵ですね。まだ始まったばかりなのでいくらでも方向転換できるでしょう。<br /> <br /> <br /> Sat, 19 Nov 2016 00:00:00 +0900 アメリカ移住 https://w-jp.net/topics/アメリカ移住/ アメリカ移住 アメリカのグリーンカード(移民多様化ビザ抽選プログラム) DV-2020 https://w-jp.net/2018/1480/ <br /> 去年の申し込み DV-2019で落選したアメリカのグリーンカード(移民多様化ビザ抽選プログラム) が今年も発表されました。<br /> <br /> ■オフィシャルページ<br /> Electronic Diversity Visa Lottery<br /> <br /> ■応募期間<br /> 2018/10/3 正午 〜 2018/11/6正午 (Eastern Daylight Time, EDT, GMT-4)<br /> <br /> 基本的には去年の申し込み DV-2019と同じだと思います。<br /> <br /> ■去年との違い<br /> 顔写真で落とされた可能性があるので今年は写真を撮り直しました。去年は家のマンションの壁を使って撮影したが、ほんの微妙に壁の影が入っていたのでそれで落とされた可能性があります。顔写真の背景は真っ白でないといけないのです。近所で真っ白の壁を探したがなかなか見つからないので、背景色を選択できて画像ファイルをスマホにダウンロードもできる証明写真機Ki-Re-i(キレイ)を使うことにしました。背景色選択機能と画像ダウンロード機能をつけると 1,200円(!) もするが、仕方がないです。<br /> <br /> その後、Photo Toolで顔写真をトリミングしたら、Macでセーブできなかったので結局はGIMPを使って自分で正方形にトリミングおよび 600x600にリサイズしました。<br /> <br /> ということで、応募完了です。あとは結果待ちです。<br /> <br /> こんな簡単な抽選申込に代行業者を使う意味がわかりません。写真のチェックにはいいのかもしれませんが、代行するよりも、とことんまで写真を撮り直した方がいい気がします。もしかしたら当選後のサポートには良いのかもしれませんが、それは当選した時に考えれば良いことですし。当選確率1%ですから当選する前から代行を頼む意味はあまりない気がします。<br /> <br /> ■結果<br /> 落選でした。また来年ですね。<br /> Wed, 26 Sep 2018 00:00:00 +0900 アメリカのグリーンカード(移民多様化ビザ抽選プログラム) DV-2019 下調べ&申請 https://w-jp.net/2017/1302/ <br /> 2017/9/13現在、申請することは確定ではないが、アメリカの移民多様化ビザ抽選プログラム、通称グリーンカードについて調査中。<br /> <br /> ■当選確率<br /> 約1% (オフィシャルな統計)<br /> <br /> ■オフィシャルな情報<br /> 移民ビザ 移民多様化ビザプログラム(グリーンカード抽選プログラム)の概要 (日本語)<br /> 米国永住者に関する一般的な情報 (日本語)<br /> 移民多様化(DV)ビザ申請に関しての詳細な情報 (英語)<br /> 移民多様化(DV)ビザ申請ページ (英語)<br /> <br /> ■DV-2019プログラム<br /> 応募期間: 2017年10月3日(火)正午(東部夏時間)から2017年11月7日(火)正午(東部標準時間)まで。 → 下に追記したように、期間が変わりました<br /> 詳細: Diversity Visa Lottery Instructions<br /> <br /> サイトがよく落ちているので動いている時を見計らって早めに申請することが肝心。<br /> <br /> ■応募資格<br /> 過去5年間に2年以上の就業経験が必要<br /> O*Net OnLineでの記載で以下のグレードに適した業務経験のみ<br /> Job Zone 4か5<br /> Specific Vocational Preparation (SVP) range が 7.0 以上<br /> 参照: Job ZoneとSpecific Vocational Preparation (SVP) rangeの基準<br /> IT系の業務であればかなりが上に当てはまるが単なるDeveloperだとSVPが6なので足りなかったりする。<br /> 移民を高度人材に絞っていることがわかる。<br /> <br /> → (2017/11/5修正) 勘違いでした。「高校卒業」或いは上の条件を満たすこと、となっていました。高校卒業よりも上の条件を満たすことの方が遥かに難しい気がするのですが...<br /> <br /> ■申請料<br /> 自分でやれば無料<br /> <br /> 多くの代行業者があたかもオフィシャルのようなホームページを沢山持っているので注意。<br /> そもそも、このくらい自分で申請できる英語力がなければ現地でやって行けないのでは? という気もする。<br /> [オフィシャル] 詐欺の注意勧告<br /> <br /> ■永住権とは<br /> 国籍とは別。グリーンカードを持てばアメリカに永住して就労できる。<br /> <br /> ■メリット<br /> アメリカで就労できる。<br /> 最低5年以上の居住でアメリカ国籍を申請できる。<br /> アメリカの自由の文化の中に居住できる。<br /> <br /> ■デメリット<br /> 1年のうち半分はアメリカに在住する必要がある。<br /> アメリカを一定期間(6ヶ月以上)離れる場合はアメリカ出国前に再入国許可証(通常は2年)を取得すると離れることができるが、アメリカにいない期間が長いと入国管理官が入国を拒否するリスクがある。アメリカの入国管理官は強い権限を持っているので入国を拒否されたらなすすべがない。<br /> <br /> アメリカの所得税は属人主義課税らしい。聞きなれない言葉だが、日本の場合は属地主義で、日本に住んでいる場合にのみ収入に対して課税される。一方、アメリカの属人主義課税の場合、アメリカに住んでいなくても課税される。<br /> よって、将来的にアメリカから離れて他の国に住んだとしても課税される。それを逃れるためにはグリーンカードを放棄するしかない。<br /> <br /> アメリカ国籍を入手する場合、日本国は2重国籍を許していないので自動的に日本国籍を放棄することになるのでパスポートを日本国に返納しなければならない。人によっては日本のパスポートを保持し続けたり使用し続けているようで、それで使える場合も多いようだが厳密に言えば違法及び詐欺行為になるらしいのでお勧めできない。基本的にはアメリカ国籍と日本国籍のどちらかを選ぶことになる。後者であれば日本国籍のままグリーンカードを維持することになる。<br /> <br /> 将来的にトランプより激しい反移民政策を行う政権が現れた時に永住権の延長が不可能になったり再入国が拒否されるリスクがある。実際、グリーンカードで20年住んでいる人がトランプ政権下で入国を拒否されたという事例もある。日本はアメリカの友好国なのでそれほど心配はいらないだろうが、政策に左右されるリスクがある。過去には日系人排斥運動もあった。これから関係がそこまで悪化するとは考えにくいが、一応のリスクはある。<br /> <br /> ■年金<br /> アメリカの年金は10年以上の加入で受領可能。ただし金額的にはとても少ないとのこと。<br /> アメリカに住む場合、公的年金を頼らずに自己責任として自分で資産運用するなり資産を作るなりして老後に備える必要があるらしい。<br /> <br /> 日本で加入した年金を受給する条件は、2017年までは加入25年が必要だったが10年に短縮された。<br /> 日本の年金は、海外居住中は掛け金を払う必要はないが加入年数には加算される。金額はそれなりに少なくなるが年数が達すれば受給可能。<br /> <br /> ■確定申告<br /> アメリカの場合は個人が必ず確定申告をする必要がある。<br /> 上記のようにアメリカの所得税は属人主義課税なのでアメリカの外に住んでいても申請する必要がある。<br /> アメリカ国外に所有している資産についても申請する必要がある。<br /> <br /> ■グリーンカード放棄する場合の注意<br /> 多くの資産がある場合はグリーンカード放棄時に課税される可能性があるので、もしそのような選択をする時に資産があるのであれば注意。<br /> これは、税金逃れでアメリカ永住権/国籍を放棄する人がいたためにこのような仕組みになっているらしい。とりあえず私にはあまり関係ない。<br /> <br /> ■家族の呼び寄せ<br /> 夫婦であれば当選時に一緒にグリーンカード入手できる。<br /> 最低5年以上居住してアメリカ国籍を取得すれば親・兄弟を呼び寄せできる。中国人がこの手法で、一番優秀な人をアメリカに移住させてから国籍入手し、家族丸ごと移住するらしい。<br /> <br /> ■スケジュール<br /> 毎年9月頃にプログラムが公開される<br /> 10月頃 申請期間<br /> 4月頃  当選結果発表<br /> 5月以降10月頃まで 5万人に達するまでグリーンカード申請を受け付ける。面接がある。5万人に達したら、たとえ当選していたとしてもグリーンカードは入手できない。よって、当選したからと言って必ずグリーンカードが入手できるとは限らない。<br /> <br /> 面接後、ビザが発行されたら6ヶ月以内にアメリカに入国する。このビザはまだグリーンカードではない。<br /> 入国後、グリーンカードが送付されるのでアメリカ国内の住所が必要。<br /> 続いて、ソーシャルセキュリティーナンバー(SSN)の発行も必要。ソーシャルセキュリティーナンバー(SSN)がなければ就労できないので渡航直後から働き始められるわけではない。送付にはだいたい1ヶ月ほどかかる。<br /> アメリカの運転免許証を入手する。日本より簡単らしいが州によって違うのでその時になって調べても十分。<br /> <br /> ■不動産価格<br /> Redfin Home'sのようなサイト。 いま勢いがあるらしい。手数料が安い? 個人間取引が中心? サイト自身が不動産業者なので手数料が抑えられるところがメリットらしい。情報もホットで頻繁に更新されるとの噂。<br /> Zillow こちらもHome'sのようなサイト。 普通の物件情報サイトなので古い情報が残り続けたりもするらしく、ちょっと微妙との意見もあるが、とりあえず相場を見るには十分。<br /> <br /> カリフォルニアでは一軒家が安くても7000万円。1億越えは普通。ただしそれなりに広い。<br /> ポートランドはそこまででもないがいい値段する。<br /> シアトルもそこまででもないがいい値段。<br /> 居住予定はないが参考までにハワイを調べてみたらカリフォルニアといい勝負。<br /> ニューヨークの不動産はコンドミニアム(日本でいうマンション)が基本だが、中心部であれば80平米でも2億とか普通にする。<br /> <br /> コンドミニアム(日本でいうマンション)の場合、アメリカではHOA (Homeowners' Association)という管理組合があり、いい値段の管理費を取っている。多くの場合はセントラルヒーティングのビルなので光熱費も管理費に含まれている。値段は日本と比べるととても高く、例えば80平米程度のマンションであれば月額800USDなどもざらにある。安いところは光熱費が含まれていないようだが、それでも月額USD300はざら。<br /> <br /> 賃貸にしても日本の倍から4倍の値段がかかるので居住費が重くのしかかる。<br /> ニューヨークであれば25平米くらいの1人暮らしで月額2,500USDは普通。<br /> シリコンバレーだと月額2,000USD。どこも年々上がり続けているので情報が古いかもしれない。<br /> おそらく1〜2割増しで考えていた方がいい感じだ。<br /> ポートランドはまだお手頃で月額1,000USD以下で見つかるようだが、仕事があまりないかもしれない。<br /> <br /> ■住宅ローンの金利<br /> 日本に比べると金利は高い。<br /> 日本と違って、貸し手の都合で「固定金利」であっても金利上昇するリスクがあるので注意。各種条件やらなんやら特例がわんさか付いているので素人には理解不能。特に無知な移民は狙われる?<br /> <br /> ■シリコンバレー<br /> 最近は家賃の上昇によって人が逃げ出している。<br /> いわゆるスタートアップの給与でシリコンバレーに住むことは困難になりつつあるらしく、これからのスタートアップにはシアトルが人気らしい。<br /> <br /> ■シアトル<br /> 住みやすいらしいが、中心部は既に大都会だ。<br /> カリフォルニアと比べて家賃が低い。<br /> <br /> ■ポートランド<br /> 住みやすさで上位に入っている。ポートランドは事業の税金は割と高いが消費税がないので生活はしやすいかもしれない。ポートランドはオレゴン州に属しており、少しポートランドを離れれば広大な自然があるのも魅力。<br /> <br /> ■ニューヨーク<br /> 車なしで生活するならばニューヨーク。<br /> 家賃が高いので最低年収がそれなりにないと生きてゆくことも困難。<br /> <br /> ■ハワイ<br /> 世間一般ではハワイ移住が人気らしいが、ハワイの仕事は安いものが多く、一方で家賃や物価は高いので島内の収入だけで生きていくことは困難。既に十分働いて儲けた人がリタイアする場所のようだ。<br /> <br /> ■生活するのに必要な年収<br /> 上記のように居住費がかかるので日本よりも高い年収がないと生きてゆけない。<br /> 日本よりも高収入に見えるかもしれないが出費も多いので単純比較はできない。<br /> <br /> ■生活保護<br /> グリーンカード保持者に対する生活保護制度はない。<br /> アメリカ国籍を取得すれば生活保護制度を受けられるが、自立のための制度であるので金額はとても少なく、5年で打ち切られる。日本の制度のように最後に頼りにするような種類のものではない。<br /> <br /> ■医療費<br /> 悪名高い医療費は生活を圧迫する。<br /> 就職していれば、まともな会社であれば保険が付いてくる。一方、職を失うと保険も失うのが普通。<br /> 無保険で大きな病気になった場合、医療費を払えなくて破産することもよくある。そのままホームレスになるようなこともざらにあるらしい。<br /> <br /> ■厳しい現実<br /> 昔アメリカやカナダに移住した人の話を聞くと「とにかく渡航してしまうんだ」のように話す人が割といる。生活にしても英語にしても向こうで数年暮らせばなんとかなる、というわけだ。昔は英語を学ぶ機会も少なかったし、それが普通だったのかもしれない。<br /> 昔はアメリカの人口も1億人程度だったが今は3億人。そこに入って暮らすとなると自分1人の重要度というか位置付けの重さも人口に応じて軽くなっている。昔はアメリカは豊かで移民を助ける余裕があったが今はそれどころではない人が増えている。<br /> とりあえず飛び込めばなんとかなった、というのは昔の話。今は、考えなしに飛び込んだら野垂れ死ぬ。<br /> アメリカやカナダに移住するにあたって周到に計画を立てなくてはいけない時代。<br /> 今の時代にとりあえず飛び込んでなんとかなるかもしれないのは南米やアフリカ。もはやインドもそういう状況ではなくなりつつある。どこも人口が増えているので行くならば早くしなければ時流を見失う。特にアフリカはこれから爆発的に成長する。<br /> 昔のアメリカ移住者の言葉を真に受けて飛び込んでも、環境が異なっているのだから結果は異なる。<br /> <br /> ■仕事<br /> 日系企業は駐在員の給与と現地採用の給与の差がありすぎて、会社によってはそれがヒエラルキーを形成している。<br /> 現地採用の給与はアメリカ系企業と比べて遥かに低いが、さすが日系企業だけあって、アメリカ系よりは首を切られにくい傾向がある。なので、長く勤めるには良いが駐在員とのおつきあいができるほどの給与は出ないと思った方が良い。<br /> <br /> 仕事の優先度としては以下<br /> 1. 資金調達できるのであれば自らスタートアップを始める<br /> 2. アメリカ系企業に勤める。マイクロソフトなども大量に人材を必要としているので意外に狙い目<br /> 3. どこも雇ってもらえなければ、最終手段として日系企業で妥協する。ビザの関係で日本人がアメリカに滞在し辛くなったため現地採用の人材が取り辛い状況が続いており、ビザさえあれば比較的日系企業に就職しやすい状況らしい。アメリカに慣れるまでの息継ぎにもなるかもしれない。給与が安くても日系企業の緩い感じは魅力的。アメリカに現地化した日系企業は給与が低いだけのブラックな場合が多いので注意が必要。<br /> 4. それでも雇ってもらえずに就職失敗するならば日本に帰国<br /> <br /> 2017/10/9 追記:<br /> 写真をスマホで撮り、公式のPhoto Toolでトリミング。その写真を使って自分で申請。あっという間に終わりました。<br /> 大した手間でもないのに代行業者に任せる人が大勢いることにびっくりです。当選率が1%とするとほとんどの場合はこの簡単な申請をして不合格通知をして終わりなわけで、それでUSD60〜80程度取るのですから相当いい商売です。気になるのは写真くらいですが、これでダメと言われたらしょうがない、というくらいのレベルです。実際に当選して渡航することになったらその経験を生かして私も代行業者やろうかなとか思ってしまいます(笑) ただ、公式サイトで詐欺サイト注意喚起をしているのでこんなおかしな状況も今のうちだけかもしれません。トランプ政権になってアメリカの抽選ビザプログラムがいつまで続くかもわかりませんしね。今から参入するのも時遅しという感じです。<br /> <br /> 8月に出ていた記事です<br /> [BBC] US immigration proposals: What's in the Raise Act?<br /> どうやらトランプ政権はDiversity Visaを廃止する方向で検討中のようです。<br /> 普通に考えれば施行は来年か再来年ですが、トランプ政権のことですから今年のプログラムも大統領令で急に廃止してくる可能性もなくはないのが怖いところです。<br /> <br /> 2017/10/19 追記:<br /> メールが届いて「重要なアナウンスがあるのでホームページを確認して下さい」とシンプルな案内だけが書いてありました。<br /> 何だろう? と思ってホームページを確認したところ、以下の記述あり。<br /> 「技術的な問題により、10/3から始まったエントリは一旦終了しました。10/3-10の申請は無効ですので再度申請して下さい。該当者は再度申請しても重複申請にはなりません。新たに10/18正午から11/22正午 (Eastern Standard Time)まで申請を受け付けます。これらの期間に申請をしたもののみ有効になります。10/3-10に申請した際の申請番号は無効ですので破棄して下さい」<br /> ですって。<br /> 10/10-17に申請したものはどうなるかな? と思ったら、日本語サイトには「17日以前の申請は無効です」とあるので、全員が再申請する必要あるようです。記載内容から判断すると10/10以降はうまく申請ができていなかったような感じです。<br /> <br /> 2017/11/2追記<br /> トランプ大統領が抽選ビザ廃止を明言。ニューヨークテロ犯が抽選ビザで永住権を取っていたため、それを受けての今回の発言。<br /> 抽選制の永住ビザ発給制度、トランプ大統領が廃止を要求<br /> 今年のプログラムが途中で打ち切られるか、或いは、来年以降どこかで廃止の可能性が高まってきました。<br /> もしかしたら今年が最後になるかもしれません。<br /> <br /> 2017/11/4追記<br /> アメリカのいくつかの州で最低賃金が15ドルになりました。ニューヨーク、シアトル、サンフランシスコなど。<br /> シアトルで最低賃金15ドルが実現したワケ<br /> 実際のところ過酷な労働は不法入国者が最低賃金以下でこき使われるのが実態でしょうから実態通りの数字ではありませんが、それでも、マクドナルドなど大手チェーンの時給はこれに合うはずです。<br /> 興味深いのは以下の発言。<br /> 引用:「いまのところ、最低賃金のアップによって、労働者により多くのお金が回る一方、失業率も物価も上がっていない。右派はいつも、賃金の引き上げで経済がクラッシュすると脅しますが、それはシアトルでは起きていないし、これまでほかの地域でも起きなかった。米国での最低賃金引き上げの歴史をみれば、ほとんどのケースで雇用は減るどころか増えています」<br /> 最低賃金を上げることで人々の購買力が高まり、多くの企業が潤い、雇用は増えるのでしょうか。<br /> それとも、アメリカは富の集中がされすぎていて不均衡是正が必要ということだったのでしょうか。<br /> アメリカの物価を考えると、今まで最低賃金が低すぎたのかもしれません。<br /> <br /> ■結果<br /> 落選でした! 残念です。<br /> <br /> <br /> <br /> ■翌年<br /> 翌年も申し込みます。詳しくはこちら<br /> Wed, 13 Sep 2017 00:00:00 +0900 スピリチュアル https://w-jp.net/topics/スピリチュアル/ スピリチュアル ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想は宗教でした[千葉で受講] https://w-jp.net/2018/1478/ <br /> <br /> <br /> そもそも原始仏教ですから宗教そのものですよね。何故に無宗教を名乗っているのか疑問ですが、最近の新宗教はそんなものでしょう。<br /> <br /> ここには信仰と教義があって、異論を許さないので実質は宗教だと判断しました。<br /> 瞑想手法それ自体はアリだと思いましたが、ここに信頼できる指導者はいませんでしたので宗教としても微妙です。<br /> <br /> 私は色々と気付くところがあって面白かったのですが、多くの参加者が混乱してメンタルをやられていましたので、瞑想初心者がいきなりこんな長い瞑想をすべきではないと強く思いました。初心者が長い瞑想を行うと不快な思いが心を支配して混乱をきたすためとても危険です。怒りの沸点が下がってしまって日常生活に支障をきたすかもしれません。一番の問題点は、ここに信頼できる指導者がいないことです。混乱した人を適切に処置せず、処置する意思もなくスルーする方針のようですので、特に初心者はいきなりここで長い瞑想をやらない方が良いと思います。心に混乱をきたしている方に対する運営側のケアは皆無でしたので、知人に聞かれたとしても私がここを勧めることはないでしょう。<br /> <br /> 各種の問題はきちんとした瞑想指導者、グルの存在がいれば適切に方向修正できるものだと思いましたが、信頼できる指導者がいなかったのが何よりも問題だと思いました。<br /> <br /> 長い瞑想を初心者にさせるべきではないとつくづく思いました。瞑想に興味があるなら近所の信頼できる瞑想指導者に定期的に指導を受けるのが良いと思います。瞑想初心者がここに行く意味はあまりないと思いました。ここには、瞑想や精神世界につきものの各種の落とし穴にハマっている人が多く見受けられました。<br /> <br /> 精神世界の初心者によくあることですが、自分のやっている精神修行、例えばこのゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想について特権意識を育ててしまっている人も見受けられました。その特権意識も精神的な混乱の1つで、特権意識やら何やらにしがみつかないと心の平静を保てないのでしょう。であれば、それは「瞑想できていない」ということになるのですが、そのような指導をきちんとしてくれる感じではありませんでした。<br /> <br /> 他のヴィパッサナー瞑想も色々ありますし、指導者がきちんとしているところに定期的に通うのがいいと思いました。その後で、そのグルがここを勧めるならやってみてもいいかもしれませんが、いきなり初心者がこんな長い瞑想を受けたら混乱をきたすか特権意識を持つか、何がしかおかしくなる可能性があります。<br /> <br /> 無宗教を謳っていますが、それは表面上のことで、実際のところは原始仏教を基本にしておりますのでまさに宗教そのものです。<br /> ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想は上座部仏教(小乗仏教)ですので大乗仏教と違って勧誘はほとんどありません。勧誘がないから宗教ではないと思っている人もいらっしゃるようですが、宗教かどうかはそんなところで決まるわけではありません。<br /> <br /> ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想は原始仏教なので「神」の概念が希薄なだけで実際のところ宗教であり、いわば「神の概念がない宗教」だと思いました。神を拝めていないから宗教ではないと言う理解は正しくはありません。原始仏教では神を拝めるのではなく自分自身が悟りを開くために修行するのでありますから、それは宗教なのではないでしょうか。方針なり教義なりに帰依するところがあるのでここは宗教です。ここが宗教ではないとしたら仏教も宗教ではなくなります。<br /> <br /> 無宗教を装っていますが、それは単に方便に過ぎませんね。ちゃんと宗教の教義が存在しますし、教義ですから議論など受け付けずに一方的に押し付けますし、他の瞑想などの他の精神修行をしている人を歓迎しないところはそんじょそこらの宗教よりもよほど宗教です。心理学など、宗教以外の学問の分野であれば「何故」の質問について徹底的に答えてくれますが、ここは質問をしても質問を遮って一方的に「そんなことより、指示されたことだけをしていれば良い」と圧迫してくるので、とても宗教的です。ここが宗教なら宗教でもいいので、最初から無宗教なんて言わずに宗教だと言えば良いのです。無宗教なんていうから変なことになるのです。<br /> <br /> ただのセミナーに見せかけていますし、上座部仏教(小乗仏教)ですので勧誘はないですが、思想は宗教なのです。大乗仏教でしたら他人を助けることが自分を助けることに繋がるので勧誘がありますが、上座部仏教(小乗仏教)は他人を助ける前に自分が悟らないと助けられないという思想ですので勧誘は基本的にないわけです。でも、手段が違うだけでどちらも宗教ですよね。特に戦後は、宗教法人なのに宗教ではないと主張する団体もあったり、宗教ではない団体なのに宗教っぽい団体がいたりしますよね。ここが無宗教だなんて信じ込むのは世間知らずか、自分が信ずる宗教が他にあるので方便をわかっていつつもその理屈に乗っかって受講する人か、宗教嫌いかだと思いますよ。でも、他の信仰をここの人に明かしたらいい顔されないでしょうけどね。だって宗教ですから。明確に、他の瞑想をしている人は拒否する方針が書かれてありますし、実際に話をした際もそうでした。「他の瞑想」と書かれてありますが、自分たちが宗教を名乗っていないから「他の宗教」と言えないだけで、実質的には「他の宗教や他の瞑想は拒否します」と言うことだと理解すればいいと思います。ですから、排他的なところもしっかり宗教なのです。そんじょそこらの宗教よりもよほど宗教していますよ。これは、ある意味、褒め言葉です。堂々と宗教を名乗ったら良いと思いますよ。新規受講を考えている方は、ここが宗教だと思っていた方がいいと思いますよ。やっている本人たちは激しく否定するでしょうけど、それをあえて聞くのは野暮というものです。<br /> <br /> <br /> <以下、細かく記載しますが、とても長いです><br /> <br /> <br /> ■予習<br /> ゴエンカ式ヴィパッサナー (Vipassana) 瞑想 受けることにしたのでまずは予習です。<br /> <br /> 昔、私がインドのダラムサラに旅行した時に偶然に瞑想センターの前を通りかかり、その時は何なのかよくわからなかったのだが閉ざされた門から奥を覗き見た時のとてつもないオーラに圧倒されて、「よく分からないが、ここは凄いところだ」と思って後ほど調べてみたらそれがヴィパッサナーの瞑想センターだったのです。<br /> <br /> 本当はそこで受けようかと思っていたのですが最初の説明は日本語で聞いた上で疑問点も日本語でクリアにして正しいやり方を知った方がいいなということでまずは日本で受けることにしました。ダラムサラであれば日本語の音声テープが聞けるという話だったので一通りの説明は日本語でわかりそうでしたし、時期が合えば日本人のスタッフも常駐しているという噂のダラムサラでしたが、スタッフ事情に詳しい友人がいるわけでもなく、であれば、必ず日本人がいるとも限らないので、まずは日本で受けてみようと思ったわけです。英語は普通に話せるので英語で受けても良かったのですが、この種の専門用語の説明を英語で聞いてどこまで理解できるか微妙だったのです。<br /> <br /> 結局、日本で色々と本を読んで予習したので今となってはインドで受けても良かったかなという感じではあるのですが、ダラムサラはまたの機会があれば受ければいいので、とりあえず日本で受けます。<br /> <br /> ヴィパッサナーに関する説明などは色々と本やWebがあるのでそれを見てもらうとして、いくつかメモ的にだけ書きます。<br /> <br /> *** 予習です。まだ受けていませんので間違っているかもしれません。 ***<br /> <br /> ■瞑想の種類<br /> 大分類としてサマタ瞑想(集中の瞑想)とヴィパッサナー瞑想(観察、気づきの瞑想)がある。<br /> <br /> サマタ瞑想:集中型の瞑想。瞑想の対象に意識を集中して対象と合一させる。主体と客体が融合した意識の状態がサマーディ。<br /> ヴィパッサナー:狭義では、気付き(サティ)による瞑想。広義では、サティやサマタ瞑想及び道徳など広範囲の事柄を含む。<br /> <br /> ■最初の3日<br /> 息に意識を集中する。本によっては「鼻腔に意識を集中する」と書いてあるが、意識の集中よりも息に意識を集中することが本質のようだ。<br /> <br /> 「ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門」を予習で読んだら「鼻腔に意識を集中する」と理解したのですが、バンテ・H・グナラタナ著の「マインドフルネス」を読んだら、本質は息を観察することのようです。後者の著書「マインドフルネス」の説明はとても分かりやすくて本質が書かれてあるように思えました。<br /> <br /> この最初の3日間は、基本的な集中(サマタ)を育てるためのもの。ヴィパッサナーに入るための準備期間。<br /> <br /> ■4日目以降<br /> 段階を追ってヴィパッサナーを実習してゆく。指導者の指示に従って進めるとのこと。本には詳しく書いていないが、意識を体の各所に当てたりするらしい。<br /> <br /> ■最終日<br /> 期間中にヴィパッサナーのほんの一部でも垣間見ることができればラッキーで、何も意識が変わらずに終わる人もいるようですが、それでも、やり遂げれば何がしかの変化はある筈だそうです。<br /> <br /> ■ゴエンカ式のヴィパッサナー<br /> ヴィパッサナーにも流派があるようなのですが、有名なのはゴエンカ式。<br /> <br /> ■ヨガとヴィパッサナー<br /> ゴエンカ式のヴィパッサナー瞑想はヨガの瞑想と相入れないようです。<br /> ただし、ヨガの体操の部分とヴィパッサナー瞑想は一緒に行っても良いとのことです。<br /> <br /> これはちょっと微妙なところです。<br /> <br /> ゴエンカ式のヴィパッサナーをしている団体の主張として相入れないと言っているのです。<br /> 一方、ヨガの方からすれば、人に合う瞑想は色々あるのだから、好きなものをすれば良いというのが基本にあって、ヨガ式をするのであればマントラとかそれをすべき、という、かなり懐の広い解釈です。<br /> <br /> ■[受講前にまとめた] 現在までの私<br /> 今から約2年前にヨガを始めたのですが、ヨガを始めてから瞑想も始めました。ヨガは段階を追ってサマーディを目指すので、とても理論的です。とは言いましても、しばらくは瞑想も「こんな感じなのかな? 」と、腑に落ちない感じでやっていました。ヨガを始めてから約1年、ヨーガスートラなど書物を漁ったり、センターで瞑想したりしていたらちょっとしたレベルアップがあって、ある時、思考を「止める」と言ったら正しいのか微妙なところですが、「意識が呼吸だけに向いていて考え事がない状態での至福」を感じられるようになり、それを境にして、瞑想がとてつもなく楽しくなってゆきました。<br /> <br /> 瞑想を始める前、あるいは最初は、心が勝手にお喋りして止まらない状態が普通です。呼吸に意識を向けなさい、と言われても、それが最初は出来ているかどうか見分けがつかないことが多いです。そんな時の状態は、だいたい2種類に分けられます。1つ目は「呼吸を観察しているぞ」と心の中でお喋りをして観察している気になっている状態。これは観察できていないです。もう1つの状態は、呼吸を絶え間無く観察し続けて、一瞬一瞬の呼吸の感覚が絶え間無く認識できて、その間中ずっと『心のお喋りをしない』状態を保てているのであれば、観察できています。<br /> <br /> 前者の状態は、割と昔から瞑想で「できていない例」で言い伝えられていることです。心が自己主張し始めて「私は呼吸を観察できている」「瞑想できている」と言い出すのです。心(エゴ, マインド)が自己主張して「私はできている」と言い出すのです。本当に観察できているのであれば、そのような心の動きすらも見つめて、そのまま受け流すことができるようになるわけです。観察できているのであれば、心の動きに惑わされない「静けさ」の雰囲気がその人から漂ってきます。人によっては、その静けさから「高貴な匂い」を漂わせることもあります。これは全て感覚的なものですが、その絶対的な認識は、明らかに「違い」として現れます。最終的な悟りに達していなくても、観察があまりできない人と、それなりにできる人とは、やはり雰囲気が違うものだと思います。これは、オーラの違いとしても現れます。オーラは一次的な感情の乱れによっても変わりますから、オーラがそのまま意識のレベルにはならないのですが、ある程度の判別にはなります。観察できていない人のオーラは大抵濁っていますが、観察できている人のオーラは基本的に綺麗で、日々の生活で時々汚れますがすぐに綺麗な状態に戻ります。<br /> <br /> 昔から、私は瞑想とは関係なしにサマーディをしていたのですが、最近になるまでそれがサマーディだったのだとは知りませんでした。サマーディとはどのような状態なのかずっと分からずにいたのですが、ヨーガスートラに書かれた段階を追って瞑想をするにつれ、サマーディ自体は昔から度々経験していたことを知ったのです。とは言いましても、サマーディにも多くの種類があり、私が何かに打ち込む時に現れるサマーディ、主体と客体が一体化するような種類のサマーディは割と低い段階のサマーディであることも知りました。それはそれである程度(とは言ってもかなりの)至福ではあるのですが、それだけではとても「悟り」などと言えるような種類のものではありません。仏教でもサマーディは段階に分かれています。<br /> <br /> 又、ヨガを始めて少し経った頃から「ナーダ音」が聞こえるようになりました。これは、ある程度の浄化が進んだ「しるし」とされています。(詳しくはこちらを参照)<br /> <br /> クンダリニーに関しては上がっていないものの、俗に「まどろみ型クンダリーニ」と言われるような小さな小さなクンダリーニ経験はしたことがあります。ムーラダーラ・チャクラ(会陰)に電気ショックが走って、その後、アジナ・チャクラ(眉間のサードアイ)に抜けて小さくボンッと爆発するようにしてエネルギーが抜けたことはありますが、噂に聞くような本格的なクンダリーニ経験という訳でもなかったですね。今年の1月6日のことです。クンダリーニは1回で大爆発を起こして上がる場合と少しづつ何度も上がる場合とがあるようなので、後者だとすれば最初の1回目としてはこんなものかもしれません。かと言って、特別何かが変わった訳でもないのですが。今のところ。おそらくはクンダリーニそのものが上がったと言うよりも殻が割れて準備が整ってきた、と言うくらいのものだったと思います。あるいは、(クンダリーニそのものではなく)クンダリーニのシャクティ(性力)が上がったと言う解釈もできますが、そのあたりの明確な判断はできません。<br /> <br /> 今までそれと認識することはなかったですが、生活の中で「集中」という意味でのサマーディは数多く経験していたように思います。ただし、そのサマーディは、サマーディ中は至福になるものの、サマーディを終えてしまうと元に戻る、という一時的なものでした。<br /> 20年以上前から、例えば自転車で旅行している時にたまに訪れる至福の状態ですとか、プログラミングを組んでいる時にロジックと一体になることによるサマーディ。などなど。20年前の私は、言葉として「サマーディ」とは言わないものの、似たような状態を求めていました。<br /> サマーディの体験はカタストロフィに似たものがあって、通常の状態とのギャップが大きければ大きいほど至福が大きくなる、という種類のものでした。ですから、元々ストレスが多かった私にとってサマーディ状態はとてつもない至福だったわけですが、歳をとるにつれ、通常の状態が落ち着いてくるとサマーディ体験は割と軽いものになってゆきました。サマーディ体験を連ねるにつれて、至福の状態に対して違和感も感じるようになってゆきました。このサマーディが永続的になるのかどうかという点に関しても疑問でしたし、サマーディ状態そのものに対しても、外界からの刺激にとても弱いサマーディの状態でしたので24時間続けるには不向きだったのです。サマーディ状態はちょっとした外乱や敵対的勢力の意思で簡単に崩されるだけでなく、驚かされたりすると心身の奥底までとてつもない傷を負いますから、仕事場や外で行うのは危険なことだと思うようになりました。アメリカのように個室ならばいいのですが、日本だと集中している時に意識に邪魔が入ると心にとつてもないダメージを負います。実際に深いダメージも受けたことも多々あります。日本の職場は意識の集中状態に対する認識が薄くて、むしろ、相手を驚かせるほどの元気さが逆に評価されるような「集中できない」「サマーディには危険な環境」の職場や日常生活で無理やりサマーディを追い求めていた訳です。10年くらい前からは、「このままでは危ないと」いう認識に至りましたので色々と環境を変えたり、職場を離れて個人活動することで精神的な安定を取り戻してゆきました。サマーディは、集中力を使って無理矢理に一体状態を作り出しますので、その状態においてはとても能力が高まって、例えばプログラミング等の能力が飛躍的に高まりますが、それは非常に脆いものであるわけです。その頃は、自宅あるいは安心できる環境以外ではサマーディ状態にはならないようにしていました。とは言いましても、多くサマーディを体験していると、普段の状態にもそのサマーディが浸透してくるようで、それほど能力低下もなく普段の活動はこなせましたが、やはり集中して結果を出すにはサマーディの方が良いようです。<br /> <br /> というわけで、こんな状態で、ヴィパッサナー (Vipassana)瞑想 受けてきます。さて、どうなりますか。<br /> <br /> <br /> <br /> ■受講しました<br /> <br /> ヴィパッサナー瞑想合宿終了。11泊12日。<br /> 毎日色々な発見があって一人で面白がっていました。<br /> <br /> <以下は個人的な勝手な感想です><br /> <br /> ■面白かった点<br /> <br /> <br /> ・アーナパーナ瞑想は、集中を養うための瞑想という説明だったが、実際には、ヨガでいうところのナディ、気功で言うところの気脈を開く瞑想なのかな? と感じた。<br /> ・アーナパーナ瞑想で主要ナディであるイダとピンガラが実在することを鼻からマニプラ・チャクラ(臍のあたりにあるソーラープレクサス・チャクラ)まで始めて実感。<br /> ・アーナパーナ瞑想で主要ナディであるスシュムナ(背骨に沿って存在)が鼻からアジナ・チャクラ(眉間のサードアイ・チャクラ)、ヴィシュッダ・チャクラ(喉のスロート・チャクラ)、アナハタ・チャクラ(胸のハート・チャクラ)くらいまで通じている感覚があった。<br /> ・意識を当てて緩めるというヨガ手法に通じるものがあった。<br /> ・長く座っていられるようになった。股間が開いてきた。背筋が真っ直ぐになってきた。<br /> ・ヴィパッサナー瞑想は浄化の為の瞑想という説明だったが、それよりも、体内エネルギーのワークのような感じがした。体内エネルギーを感じたり動かしたりして、詰まりを取り除くことで結果として浄化が起こるのかなと。<br /> ・4日目くらいから森の景色が変わってきた。最初は森を見ても狭い範囲しか見えていなかったのが広範囲を同時に見れるようになり、風に揺れる葉の動きが視界全体でそれぞれ動いているさまを俯瞰すると、まるでアメリカ国立公園の美しい風景を見ているようで、千葉の単なる田舎であっても「この世界、自然はなんて美しいのだ」と感じることができた。同じ景色を初日はありふれた日本の田舎だと思っていたので、見方一つで随分と変わるものだなと思った。そういえば似たようなことを南米旅行中に感じたかもしれないことを思い出した。日本にいても見方一つで世界は美しくなるのだなと改めて思いました。視界があまりにもはっきりしてきたため、視界上部を遮っているまつ毛が微妙に視界の邪魔になってきて、まつ毛を切ってしまおうかとも思ってしまったくらいでした。<br /> <br /> <br /> ■席の割り当てについて<br /> <br /> <br /> ・席が狭いので近くにエネルギーヴァンパイアがいたらかなり疲れる筈。今回はいなかったけれども、運が悪いと消耗しそう。と言うのも、席は最初に一方的に指定されてしまって固定なので。<br /> <br /> <br /> ■瞑想方法の指導者(先生)はいるけど精神的グル(導師)はいない<br /> <br /> <br /> ・指導者はいるけどグルがいないから皆が勝手にやっているという感じ。指導者はいて、決められたやり方を守るように指導はするけれども、個人ごとの状態を見るわけではなさそうなので、私はちょっと微妙に思った。グルであれば個人の状態を見て適切な指示を下す筈。<br /> ・指導者はグルではないです。私が指導者に対して質問をして回答を得た後、確認のため「私はこんな感じの経験をしました。まず最初に...」と説明しようとしたら言葉を遮られ、「そんなことはするな。試すな。言われたことだけをやれ」と一方的に言われて、自分のことを説明する感じではなかった。一段上に座っているところから話しかけられるので、話を聞いてもらうという感じではない。この一方的な感じは弟子に寄り添うグルではなく、単にやり方を教えつける「教師」でしかない。<br /> ・指導者は外国人。何となくホームシックっぽい? ある程度の真理を得ていると言う感じでもなく、海外にいるそこらのおっちゃん。オーラもあまり感じない。よくいる教師という感じ。<br /> ・指導者に質問をした時、鼻でフッと笑って見下している感じが伝わってきて微妙だった。瞑想指導者と言えばそれなりに高い瞑想の境地にあって静寂の極致にあるのかなと勝手な想像をしていたのだが、実際には、瞑想初心者(スピリチュアル初心者)にありがちな特権意識が育ってしまっている感じでした。瞑想でその特権意識を無理やり抑えているけれども指導をする時は顕在意識が出てくるのでエゴが見え隠れするのかなあ、という気もしました。グル(精神的指導者)というよりも、テクニカルな瞑想手法を教えてくれる教師と思った方が良さそう。<br /> <br /> <br /> ■アーナパーナ瞑想が軽視されている印象<br /> <br /> <br /> ・アーナパーナ瞑想からヴィパッサナー瞑想に移行するタイミングは人それぞれ違う筈で、それをグルが見極めると本当は良さそう。指導者はいるけどグルはいない。人によっては何年もアーナパーナ瞑想でもいい筈。全然集中できなかったと落ち込んでいる人がいました。<br /> ・アーナパーナ瞑想はここでは割と軽視されているような印象ですが、実際のところ、かなり奥深いと思いますよ。<br /> <br /> <br /> ■イダとピンガラおよびスシュムナの感覚<br /> <br /> イダとピンガラはヨガで言うナディ(エネルギーの通り道、気道)で、スシュムナ(背骨に沿って存在)の周囲をぐるぐる回って存在しています。この3つのナディが主要なものです。一番重要なナディがスシュムナ、次にイダとピンガラです。<br /> <br /> <br /> ・書籍によってイダとピンガラの経路は微妙に違いがあるのでどれが正解なのかよく分からなかったのですが、今回感じた自分の実感と照らし合わせてきっとこれだ、と言う感覚を掴むことができました。<br /> ・スシュムナも今まであまり感じることはなかったのですが今回は少し感じました。<br /> <br /> <br /> ■本来はサマーディを極めた後に行う瞑想<br /> <br /> <br /> ・ブッダの瞑想。本来は集中のサマーディを極めてからやる瞑想だがそれ以前にしてしまってもそれなりの効果はありそうだが、あまりにも早すぎると魂の密度が薄くなって空っぽになってしまいそう。何故そう思ったのかと言うと、ヴィパッサナ受講者やスタッフの、特に女性を見ていてそんな気がしたから。存在が薄い感じがします。ヴィパッサナー瞑想は本来は、奥底に最後に残ったサンスカーラ(カルマの種)を浮かび上がらせる瞑想なのでしょう。95%浄化されている人が残りの5%を浄化するために奥深くのサンスカーラ(カルマの種)を浮かび上がらせるのでしょう。でも、50%浄化されている人が残りの50%を浄化しようとしたら空っぽになり兼ねません。後者であればヴィパッサナーの前にアーナパーナ瞑想なり何なりで浄化をまずすべきなのかなと。オーラ的に説明すると、まずは自分のオーラをしっかりと中心に集めて安定させてからでないと次のステップに進むべきではないと思います。精神やオーラの安定がアーナパーナ瞑想で、それだけをすべき段階の人が先走って次の段階であるヴィパッサナー瞑想をするから空っぽになるのかな、と。 とは言いましても、勝手に私がそう思っただけですけどね。行うべき瞑想を見極められるグルがいれば素晴らしいのに、グルがいないのが残念なところ。他のヴィパッサナーはどうなのかな。ゴエンカ式ではないヴィパッサナーもあるので。<br /> <br /> <br /> ■他瞑想をしている人に対する態度<br /> <br /> <br /> ・他の瞑想をしている人はあんまりウェルカムじゃないのは噂通り。<br /> ・ヨガをしたら聞こえるようになったナーダ音について聞こうと思っていたのだが、指導者に他の質問をした際にヴィパッサナー以外を聞ける雰囲気でなかったので結局聞かなかった。コースマネージャーにも聞こうとしたが、前置きとしてヨガ瞑想していると言ったら一方的に話を遮って話し始めて、ヨガ瞑想してるならそれをすれば良くて、両方するのは良くないですよ、と言われて一方的に壁を作られたのでこのような特殊なことを聞く感じではなかった。<br /> ・ゴエンカ式のヴィパッサナーは他の瞑想をしている人を拒絶しますが、どうやらテーラワーダ式のヴィパッサナーやキリスト教的ヴィパッサナーはそうでもないっぽいです。<br /> ・私は、「手法」としては他の瞑想と組み合わせることは基本的に問題ないと感じましたが、それよりも、この宗教団体モドキの「教義」によって禁止されているのだと理解しました。宗教団体モドキですから、教祖モドキが禁止と言えば禁止なわけです。<br /> ・ゴエンカ式ヴィパッサナーやっている人は指導者をグルとは言わないみたいですが、グルっぽいゴエンカ氏あるいはグルっぽい人に従うのなら、それはそれで良いでしょう。それも一つの選択です。でも、ゴエンカ自身が「自分はグルではない」と言っているようだから受講者自身がグルを頼ることができなくなり、理屈を自分でこねなくてはならなくなり、自分で他の瞑想がダメな理由を言わなくてはならず、それ故に、ドツボにハマっているような気がします。受講者は、それがわかるレベルにはそうそう達しないでしょう。グルであれば「グルがそう言っている。私はグルを信頼している」で終わりなのに、変に理屈をつけてドツボにハマる。だからヒステリーになる。グルグルと回ってしまうわけです。ゴエンカ氏も罪作りですね。<br /> ・上に書いたように、ヴィパッサナー瞑想をすることで自然がとても美しく見えてワクワクしている気分で最終日を迎えたのにも関わらず、コースマネージャーにちょっとヨガ瞑想のことをたったの「1分」質問しただけで簡単に半ギレされて軽く怒鳴られて、それは私にとって予想外のことだったのでハートに防御が入っていなくてかなり神経がやられてしまった。1分でキレるなんておかしいでしょ。よって、その半ギレによって「自然がとても美しく見えてワクワクする気分」がどこかに吹き飛んでしまい、コースマネージャの半ギレをそのまま受け取ってしまったオーラが最終日は私の中に少し残ってしまった。よって、私と話した他の人もそのどす黒いマネージャーのオーラを間接的に受け取ってしまっていたかもしれない。他の精神ワークをしてはいけないと言う禁止事項があったので通常であればこんな時にするような浄化などをすることができず、仕方なく期間中に教わったことで対処しようとしたが、それだと半ギレされて受け取った黒いオーラを完全に浄化するには至らなかった。やれやれだ... 勘弁してくれ。ゴエンカ師はよく怒鳴っていたというので、おそらくゴエンカ式は怒鳴るのが許されているのだろう。それが最初からわかっていればそもそもここに行かなかったかもしれないのに。怒鳴ることが正当化されているような団体はロクでもないです。<br /> ・私の昔からの知り合いで、京都のセンターが出来たばかりの頃から瞑想していて、建設のために寄付したような人であっても同様のことを言われて足が離れたと聞いていましたので、千葉と京都とどちらも同じ方針のようです。ゴエンカ氏が明確にそう言っていますし、規約でも「他の瞑想をしている人は奉仕者として参加できない」と言っています。その、私が話を聞いた、他の瞑想をしている人は、「今回は参加しても良いですが、どちらか片方の瞑想だけにして下さい。何があっても責任を取れません」と言われたのだとか。次回はマネージャ次第で参加を断られる可能性を示唆しているっぽい感じだったそうです。責任のことを言うのは、やはり、集中して瞑想を続けると窮地に陥る時も多々あるのでしょう。瞑想に関しては危険性は確かにあるので、自身が把握していない瞑想をしている人に関しては責任が取れない、というのはわかります。であれば、そう言えば良いのであって、他の瞑想についてゴエンカ氏がつらつらと問題点を連ねるのは微妙です。それよりも、自分たちがやっている手法以外のことは分からないので責任が取れないから受講させることはできない、ということであればはっきりとそう言ってくれた方がわかりが良いです。グダグダと理由をゴエンカ氏が並び立てるよりよっぽどわかりが良い。瞑想には確かに多くの危険性があると思うので。講義の中でも安全性について説明が多くありました。グルがいれば安全なやり方を組み合わせて弟子にやらせることができるのですが、それでも瞑想であるからには危険性は残るでしょう。それだけの覚悟が本来は瞑想に必要なわけですが、それを技術的な手法にしてしまったのは一長一短ありますね。ここのヴィパッサナーやっている人が他の瞑想がいけない理由をいくら連ねても説得力に欠けます。それを判断できるのはグルのレベルの人だけなのだから、素直に「自分はよく分からないけれども、グルのゴエンカ氏がそう言っているので従っている」とでも言ってくれた方がよほど素直でわかりが良いです。同様に、グルにヴィパッサナーを勧められたのだとしたらその理由を真似っこして言うのではなく、そのまま「グルが勧めたのでやっている」とだけ言えばいいのであって、グルが言った理由をおうむ返しで言っても説得力がないのです。グルが自分にヴィパッサナーを勧めたと言う人が受講者にいて話をしたのですが、他の瞑想のことを馬鹿にしてくる感じでした。他の瞑想は意味がなくて、日本人にはヴィパッサナーだと信じ切っており、他の瞑想をしている人を見下している感じでした。せっかくヴィパッサナーを10日間受けたのに結果がこれでは残念すぎます。これも素直に「グルが私に勧めたので、私はグルに従っている」と言えばそれで十分なわけです。グルは貴方にそう言ったのであって、他の人に勧めたわけではないのだから、ヴィパッサナーが貴方に良いとグルが言ったとしても、グルとしては他の人に言ったわけでは決してないでしょう。それを、他人も同様と思ってしまうのであれば、その受講生は所詮はそのレベルです。<br /> ・そう言うわけで、他の瞑想をしている人に対しては組織は意外に排他的。いや、噂どうりなのかも。他の人の話を聞くと、「そのことを言うと面倒なので最初から他の瞑想していることを言わないで参加する」と言う人や、奉仕者をしている人であっても同様に「言わずに参加している」と言う人もいる。私は正直に直球の質問をしてみたら、上のように、あっけなく壁を作られてしまいました。<br /> <br /> <br /> ■かつて、ブッダの時代はヴィパッサナー瞑想は特別だった。<br /> <br /> <br /> ・ゴエンカ式ヴィパッサナーは、ブッダの時代にまで遡って、ブッダの時代にはヨーガよりブッダの方が優れていたと主張し、だから今でもブッダの手法が優れていると主張している。何故かは知らないが、今もヨーガは当時のままであることを前提に話をしている。ゴエンカ式ヴィパッサナーと比べるべきは当時のヨーガではなく現在のヨーガではないのか?<br /> ・ヨーガはブッダの時代を経てシャンカラチャリヤや大勢の偉人により柔軟にブッダの意見を取り入れており、ヨガの瞑想はもはやブッダの時代のように「集中のみ」ではなくなっている。というか、ヨガの瞑想が集中というのはある種の誤解というか分かりやすさのための初心者向けの方便であって、最初はそういう理解で良いけれども、聖典(古典)の解説書や修行が進んでいる人の本を読むとそんな薄っぺらではないことがわかります。各種の書物を読むと、ブッダの言っているヴィパッサナーの手法もヨガ瞑想には余すところなく取り入れられており、ゴエンカ式ヴィパッサナーの言うところの「ヨーガは(マントラなどで)集中しか行わない単純な瞑想」なんてのはかなりの偏見に満ちています。ヨーガにとって「(マントラへの)集中」は瞑想のほんの始まりにすぎない。<br /> ・現代においては、ヨーガと原始仏教を区別することにそれほどの意味があるとは思えない。どちらも古典ではないか。<br /> ・私には、ヴィパッサナー瞑想とヨガ瞑想がそれほど違うとは思えない。もちろんやり方は違うが、本質は同じではないか。これは、私が短くも瞑想を体験して、特にナーダ音に関する認識を経て感じた現時点での結論。<br /> <br /> <br /> ■ヨガ系の人から見たヴィパッサナー瞑想<br /> <br /> <br /> ・マントラなどのヨガ瞑想も集中系(サマタ系)だとよく言われますが、それは「最初」だけの話で、瞑想が進むにつれヴィパッサナー瞑想になってゆきますので、実際のところ、ヨガ瞑想とヴィパッサナー瞑想はそうは変わりません。<br /> ・ヨガ系の人の話を聞くと、ヴィパッサナーについて概ね肯定的。他の瞑想者の参加を拒否しているのはヴィパッサナー側のみ。ヨガ系の人はあまり「よくない」ということを言わなくて、「良い」と「凄く良い」しか言わない人が多いので、そういう意味でヴィパッサナーを「良い」と言っている人が多い感じです。もちろん「凄く良い」と言っている人もいて、ヨガをしていても、瞑想に関してはヴィパッサナーが良いと言っている人も中にはいるようです。ヨガ系の人の基本スタンスとしては、合う合わないは人によってそれぞれあるのだから、色々と試してみて自分にあったものを選べば良い、と言います。ヴィパッサナーの人も説明としてはそういうのですが、ヨガの人はナチュラルにそのことを言うのに対して、ヴィパッサナー側は少しヒステリー気味に反応してくるところが、何故なのかはよく分からないところです。言葉としては同じだけれども、ナチュラルの程度に差があります。<br /> ・ブッダが生きていた時代はたしかにヨガ瞑想と言えば集中系(サマタ系)でサマーディを求める瞑想でしたので、ブッダの時代でいえばヴィパッサナーとそれ以外の瞑想、という対比は成り立ちます。しかし、既にブッダの時代から2500年以上経っていますから、ヨガ瞑想もヴィパッサナーを取り入れており、今や、そう変わらないと思います。ゴエンカ式は古典に基づいていますから、今のヨガ瞑想ではなくブッダの時代のマントラなどのヨガ瞑想を題材にあげてヴィパッサナーの良さを論じています。ここに誤解の生じる点があるわけです。<br /> ・あまり勉強せずにただゴエンカ式の説明だけを聞いた人は、ヨガ瞑想とは集中系(サマタ系)だからゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想が優れていると思ってしまうかもしれません。その思考は「集中しか行わないサマタ瞑想、サマーディ瞑想」と「ヴィパッサナー瞑想」の対比に簡単に陥ります。それは、「ブッダの時代のヨガなどの瞑想」と「ブッダ式ヴィパッサナー瞑想」を比べているわけです。実際のところヨガ瞑想はブッダ式ヴィパッサナーをも取り入れて、今やヴィパッサナーと言っても遜色ないのですが、それでも、ゴエンカ式を信奉する人の中には「ヨガ瞑想はただのサマタ瞑想で集中しかしない」などと言う人がいます。<br /> ・ゴエンカ式ヴィパッサナーをしている人がこういう点を知らないだけならいいんですけど、上に書いたように、(ゴエンカ式)ヴィパッサナー瞑想こそが最上で他の瞑想は駄目なんて言っている人は、自分の無知で他人を馬鹿にしているのであり、とても愚かだと思います。<br /> ・最初に述べたように、精神世界の初心者は特権意識を育ててしまうことがよくあります。せっかく悟りを目指すヴィパッサナー瞑想しているのに特権意識が育つなんて、とても残念すぎます。初心者はある程度仕方がないのかもしれないです。誰しもが通る道なのかもしれません。<br /> <br /> <br /> ■グルの不在<br /> <br /> <br /> ・瞑想手法や哲学はブッダに沿っているし良いものだとは思うが、やはり、弟子の見極めができるグルがいないのがとてつもなく残念。もっと遥かに良くなる素質がある気がしました。グルはいないけれども伝統を変えずにひたすらに守っている、と言う感じです。それはそれで悪くはないし、必要なことではあるように思うが、ちょっと物足りない。守るために多くのものを捨てている印象。<br /> ・指導者がきちんと補って追加説明をすればいいのに、ただ座っているだけで、ゴエンカ氏のオーディオを「プレイ」するスイッチをカチっと入れるのが日課であり、質問時間は細かく聞く感じでは全然なくて壁がある。教科書を読んで聞かせるだけのただの平凡な教師でしかない。<br /> <br /> <br /> ■昔習った、体系化されていない、広義のヴィパッサナー瞑想<br /> <br /> <br /> ・20年ほど前にスピリチュアル系で心の観察による瞑想を習ったことがあったので、懐かしい感じを受けた。それは、仏教のヴィパッサナーほどは体系化されていなかったが、おそらく、その大元はテーラワーダ仏教などの「動きながら全てを把握する瞑想」だったのかなと。それは広義ではヴィパッサナー瞑想に含まれるのかなと。食事をするのも瞑想、歩くのも瞑想、思想を観察して受け流すのも瞑想、という感じは、仏教系ほど専念されてはいないけれども、ポイントは同じ感じでした。ですので、すんなりと入っていけました。ただ、ヴィパッサナーの場合は心の観察だけではなくて感覚が重要としているのが違うところで、講和の中でその点を重視しています。<br /> <br /> <br /> ■心の観察だけでなく、体の感覚を使う<br /> <br /> <br /> ・ヴィパッサナー瞑想では心の観察だけでなく、体の感覚を使います。前者の心の観察は特に初心者にとっては観察における強弱だけの問題なので集中のサマーディがあるなしに関わらず頑張って心の観察をするか、あるいは慣れてくれば自然に観察しさえすれば良いのですが、後者の体の観察は、いわゆるオーラの観察でもあるわけで、集中のサマーディがあるなしで大きく違ってくる印象を受けました。集中のサマーディが達成、あるいは、ある程度の集中ができる場合はオーラが体の周辺に留まります。その留まっているオーラが体の各所を海流のようにうねうねと各方向に波打っては消えてゆくのを観察するのがヴィパッサナー瞑想なのですが、集中ができない状態ではオーラが針のように周辺に発散してしまって周囲に不快な印象を撒き散らし、本人はと言うと激しい思想の流れで苦しいだけのように思います。そこは頑張って集中するのでしょうが、であれば、そのような人にはヴィパッサナーではなく10日間ずっとでもアーナパーナ瞑想で観察だけさせていれば良いと思うわけです。その方がずっと成長するはずです。少なくとも、アーナパーナ瞑想で息を観察して最低5秒間は息だけを観察して無心になれるくらいでないとヴィパッサナーに入るべきではないのかなあと個人的には思いました。無心と言っても、無理やり抑えているのと自然に心が落ち着いた無心とは随分と違うのですが、どうにかして5秒間も無心にできないのであればまずは集中を学ぶべきでしょう。<br /> <br /> <br /> ■ヨーガでは段階的に瞑想に進む<br /> <br /> <br /> ・ヨーガでは段階的に瞑想に進みますが、ヴィパッサナーは最後のステップとして使えるのではと思いました。既に瞑想はある程度できていて、その先に使う瞑想ですね。ですから、きっと多くの人にとっては、ヴィパッサナー瞑想をしているつもりでいるが実際は本当のヴィパッサナー瞑想ではなく単なる集中の瞑想に実質なっているのではないかな、と思いました。最近はヴィパッサナーとかマインドフルネスが流行っているのでこれが人気になっていますけど、本来は瞑想と言うと集中から始めるわけです。<br /> ・ヨーガの目的はヨーガスートラにあるように「心の制御(死滅)」と言うことで、その8段階の最後にはサマーディがありますが、そのサマーディは一つの到達点ではあるのですがそれがそのまま悟りではありません。ヴィパッサナーではサマーディを「基礎」として悟りへと至らしめる瞑想であるわけですが、まず、ヨーガスートラで言うところのヤマやニヤマと言った道徳的な面、あるいは仏教でいうところのシーラによる基礎があって、その上に集中のサマーディがあり、サマーディで「心の制御(死滅)」があってようやくこのヴィパッサナーに至るわけです。このことをは頭ではとりあえず理解すべきでありますが、本質は体験して見ないと分からないので、まだヴィパッサナーの段階に至っていない人がいたずらにこの瞑想をしてもさ迷ってしまうのでしょう。何人かに話を聞きましたが、明らかに迷っている人が見受けられました。本来はグルがいて適切な導きをするべきなのですが、基本的に各人に任されていて放置なのでケアはなされません。単に場とやり方の指導をするだけなので、適切な効果を出せない人も多いのでしょう。<br /> <br /> <br /> ■サマーディの集中の度合い<br /> <br /> <br /> ・仏教ではサマーディに8段階あるようで、サマーディは集中を極めること、と広義では説明されていました。印象としては、仏教のサマーディは集中9割観察1割と言う印象です。ヨーガのサマーディはコンテキストによって様々ですが、集中9割と言うことはないように思います。ヨーガのサマーディはコンテキストによって集中3〜7割を意味している印象ですので、仏教で「サマーディをしているだけでは悟れない」と言っても、それは「集中9割の瞑想をしても悟れない」と言う意味に置き換えると良さそうです。ヨーガではサマーディにはいくつも種類があるので、言葉だけでは分からず、きっとグルの言うニュアンスを聞かないとどれを指しているのかよく分からない気がします。ヨーガでは、最初は強い集中から初めて心が落ち着かせ、心が落ち着いてきたら次第に集中を弱めて行って観察を増やして行くのかなと。ヨーガでは強弱のバランスを取るのに対して、ヴィパッサナーは手法自体を切り替えているのかなと。ヴィパッサナー瞑想合宿においては集中はアーナパーナ瞑想、観察はヴィパッサナーと役割を分けていましたが、もっとアーナパーナ瞑想が注目されても良いのではと思いました。<br /> <br /> <br /> ■メッターバーバナ瞑想をして愛を広める?<br /> <br /> <br /> ・ヴィパッサナーの最後にメッターバーバナ瞑想をして周囲に愛を広げる、と言うことでした。これって、講義の中で散々批判していた「自分の周囲にカバーをして覆い隠してしまう瞑想」そのものでは? と思いました。 ちょっと矛盾を感じます。自分のやっていることを誤魔化すために他を批判するのは良くあることですけど。実際、スタッフなども薄っぺらいカバーをしている人が散見されました。スタッフは単なるボランティアなので普通の人とあまり変わらないとはいえ、この方法に共感したのだからそこからある種の傾向は見て取れるでしょう。私はメッターバーバナ瞑想そのものは素晴らしいと思ったのですが、単に、主張に一貫性がないなと思っただけです。精神世界は何でもありですから、こう言う小さな違和感を見逃してしまうと間違った方向に導かれると思います。<br /> ・勝手な想像ではありますが、メッターバーバナ瞑想は、ブッダはヴィパッサナー瞑想をした結果として「そのような状態になった」という種類のもので、元々は瞑想ではなかったのではないかなと受講中にイメージが降りてきました。悟りを得た後、愛の状態になったのかなと。受講中は調べ物などもできないですし、指導者にやり方以外のそのような余談を聞くフレンドリーな雰囲気ではなかったので聞いていないので本当のことはわかりませんけどね。そういうわけで、メッターバーバナ瞑想には違和感があります。あくまでもヴィパッサナー瞑想で悟りを得たら愛が溢れた状態になったのであって、メッターバーバナ瞑想で愛を想像するのは上に書いたように「心にカバーをかける」種類の瞑想なのかなと思いました。このあたりが、ヴィパッサナーのスタッフに違和感を感じた理由かもしれません。宗教ではないと言っておきながら、どこか宗教チックな盲目的な雰囲気なのです。個人的な主観的な印象ですけどね。メッターバーバナ瞑想で覆いをかけて、異論を唱える人は追い出すような雰囲気です。相談しようとして話すだけでも何か不思議な拒絶反応があるので、おかしな感じです。あそこのスタッフのようになりたい、とは思いませんでした。惹かれません。指導者にも魅力を感じませんでした。うまくヴィパッサナー瞑想ができない人をそのまま返すと問題になるのでメッターバーバナ瞑想をくっ付けて取り作った、と言うようにも想像できてしまいます。どちらにせよ、講義の内容とこのメッターバーバナ瞑想の間には違和感があります。再度繰り返しますが、メッターバーバナ瞑想それだけならば異論はありません。そう言う愛の瞑想も「アリ」だと思います。ただ、講義の内容と矛盾している、と言うお話です。こう言う矛盾を見逃すと精神世界において囚われることになりかねません。<br /> <br /> <br /> ■ダラムサラとの比較<br /> <br /> <br /> ・元々は、私がインドのダラムサラを旅行している時に通りかかった瞑想ホールがヴィパッサナーとは知らずに凄いオーラだけを感じて、「これは何だろう」と思って調べてヴィパッサナー施設だったという話から受講を考えました。それ以前にも何度かヴィパッサナーのことは聞いていたけれども受けるほどではなく、実際に施設を見て受けようと思ったのでした。ですので、本当はダラムサラで受けようかと思っていたのですが、最初の1回は説明を日本語で聞きたかったので日本の千葉で受けたのでした。雰囲気としては、日本のそんじょそこらよりは良いけれども、ダラムサラの圧倒的なオーラと比べると寂しい感じです。日本ではもう受けることはないかな。<br /> <br /> <br /> ■今回の受講生は真面目?<br /> <br /> <br /> ・今回は、他の回と比べて随分と真面目な受講生だったらしいです。初めての参加だったので良くわかりませんが。<br /> <br /> <br /> ■同じことはヨガでも達成できる<br /> <br /> <br /> ・10日間座る環境はなかなかないので貴重ですし良い経験にはなりましたが、これを受講しなくても同じようなことはヨガで達成できそうな気がしました。そういう意味では、ヨガの良さも再認識しましたし、一度に長く座ることの良さもありました。確かに、最終的な悟りのためにはこのような瞑想も必要なのかもしれませんが、この世の99.99999%の人は悟りなど遥か遠い筈です。であれば、間違いの少ない瞑想をした方が良いです。<br /> ・もともとヨガをしていたので、これを受けなくても、実はヨガで十分だったのかもしれないです。ヨガをしていなければかなり劇的な差があったのかもしれませんが、もしかしたらとてつもない致命的な落とし穴にハマって一生を台無しにしていた可能性もあります。ヨガをしていたからこそ致命的で絶望的な破壊的な結果を避けられたのは確かだと思っています。だからこそ、初心者にゴエンカ式は勧めません。<br /> <br /> <br /> ■怒りの沸点が低い<br /> <br /> <br /> ・ヴィパッサナー愛好者の中には、いらつきや怒りの沸点が異常に低い人がいる。会場でも会ったし、上に書いたマネージャーもそうだった。過去の受講生にもそういう人がいました。これはどういう事だろう? ヨガにせよヴィパッサナーにせよ、非暴力は基本的な道徳として語られている。ヴィパッサナーであればシーラ、ヨガであればヤマのアヒムサーだ。それは物理的に傷付けないだけでなく、言葉で傷付けないことも含まれる。更には、思考で相手に悪い思念を送らないことも含まれる。ヴィパッサナー愛好者が悟りのために努力する過程で簡単にキレて相手を傷つけるのは基本的な道徳に反している。こういう矛盾点は精神世界ではきちんと押さえないと変な方向に進む。違和感があるということは、何かが間違っているのだ。<br /> ・ヴィパッサナー瞑想を本来の形であるところの深いサムスカーラ(カルマの種)を浮かび上がらせるための瞑想としてではなく、葛藤を手早く捨て去るための瞑想として使っている人が多いのでは、という気がしました。だから葛藤はなくなってもその根っこにある葛藤の種であるサムスカーラ(カルマの種)を根絶するところに至らず、単に表面的な葛藤を消し去って終わりになる。すぐに表面的な葛藤を捨て去るようになると、葛藤をきちんと受け止めることに慣れなくなる。根源の種が残っているから慣れない葛藤がやって来ると簡単にキレる。怒りの沸点が低くなるのはこういうことなのかなと。<br /> ・精神世界には怒りの原因を遠ざけてピースを保とうとする人が少なからずいるのです。怒りの原因を否定しまくって自分の周囲をピースっぽく保ちたいけれども不愉快なことがちょっとでもあるとすぐにキレる、という感じです。ピースのことを履き違えているのかなと。そう言う人たちが言うピースかどうかなんてのは所詮は感情レベルだから、本当に客観視できれば感情は重要ではないとわかるし、もちろん成長すればピースな状態は増えるけれども、それは不愉快を否定して得られるものではない。むしろ、不愉快は過去のサムスカーラ(カルマの種)を明らかにしてくれる重要な大切なものです。精神世界に凝っている人の中には不愉快を避け続ける人がいるけれども、普段はピースでもちょっと傷つけられてすぐにキレるのは本当のピースではない。種のサムスカーラのうちに滅することができれば良いですが、出てきてしまった現象には対峙するしかないわけです。否定ではなく、しっかりと見て理解する。キレて避けていたら、何度でも同じレッスンがやって来ます。<br /> ・この種の人々は、ピースをネタにしてヒエラルキーを作ることがあります。他人の葛藤を指摘してヒエラルキーを作るような人たちはピースのことを履き違えています。ちょっと引っ掻かれただけで崩れるようなピースを一生懸命守りつつ、同様の考え方をした同等レベルの人が集まってピースのヒエラルキーを作っている団体が精神世界には一定数います。ここは完全にそうだとは言い切れませんが、少しその傾向が垣間見られました。<br /> <br /> <br /> ■やはり、グルの不在が根本原因<br /> <br /> <br /> ・上にも書いたように、手法はいいのだからグルがいて適切なタイミングで適切な瞑想を与えたり支持するのであればとても効果的だと思います。ですから、とてつもなく惜しいです。もっと良くなる筈なのに勿体無いです。こういうのは人の意識と密接に関わっているのでタイミングがとてつもなく重要なのに、思想面の制約を優先させてしまっているからグルの存在を否定してしまい、結果、グルがいないがゆえに変な方向に行ってしまう人が後をたたないのでしょう。<br /> ・きちんと効果を判断できて、適切な時期に受けるのであれば効果はあります。でも、グルがいないのであればそれはほとんど雲を掴むようなものなのでは? だからこそ惜しいです。ホント。<br /> <br /> <br /> ■無宗教の仮面を被った宗教団体<br /> <br /> <br /> ・ヨーガでは神様がいるので守られている感じがあります。ヨーガとヴィパッサナーのどちらも「宗教ではない」と言っている点に関しては同じですが、その立ち位置が随分と違う気がしました。ヨーガでは多神教、ヴィパッサナーは無神教寄りの印象です。ヴィパッサナーでは「悟った人」と言う意味での「ブッダ」を頂点に置いていますのでそれは非人格化されているのですが、非人格化の手法としてヨーガでは多神教、ヴィパッサナーでは無神教を選んだと言うことであれば重点の置き方が違う気がします。ヨーガでも仏教でも世界を「ブラフマン」などと読んで「全てが神」と言う世界観を作っている一方で、その点は変わらないのですが、ヴィパッサナーでは「ブッダ」を頂点に置くと同時に非人格化かつテクニック化しています。ここのヴィパッサナーでは「全てが神」と言う視点が薄くて、「自身が悟る」と言う「テクニック」にフォーカスしているわけです。これは他の宗教を信仰している方でも参加できるようにする配慮だった筈が、やがては多神教という視点を失わせてしまったという感じでしょうか? 推測ですが。<br /> ・ヴィパッサナーは無宗教をうたっていますが、実際は、思想を矛盾なく組み立てるためには無宗教にせざるを得なくて、だから無宗教と言っているが、その思想以外を排除しているので立派な宗教だと個人的には思うのです。例えば、個人がそれぞれ悟る必要があるからグルの存在が否定されて指導者だけがいる。グルがいないから個人に沿った修行が与えられずに決めたれたカリキュラムを受講生が選ぶスタイルになっている。思想を絶対化している宗教が仕方なく無宗教を標章しているのだと判断しました。おそらく関わっている本人たちは否定するでしょうが。思想を優先させすぎてシステムがうまく動いていないように見える。もしかしたら小さくゴエンカ氏がやっていたときはじグルっぽく指導していたのかもしれないが、今となっては決まったシステムを維持するだけの団体になっているような気がした。とある詳しい人に聞いたら、やはり組織が大きくなると硬直化するし、やっぱりきちんと指導できるグルがいないのですかね、と言っていました。ゴエンカ氏はグルなのにグルではないと自分では言っていたのではないか。そして思想を優先させてしまい、本来いた筈のグル相当の自分がいなくなっておかしなことになっている。単なる理屈でグル不要と言っているだけであればグル相当の人を違う呼び名でも良いから担当させるべきでは。<br /> ・詳しい人が言うには、ヴィパッサナーは大乗仏教とも違って無我の思想に基づいているためにその後出てきたヨガのシャンカラチャリアと違って見えるそうです。時代の違いを思えば、ヴィパッサナーはブッダの時代のものですから当時は未分化だったり説明が不十分な点もあるでしょう。技法を復活させるつもりが、古い時代の思想も復活させてしまって混乱を導いているのかもしれません。後の時代の人々の努力は無視してブッダに帰依しているのでしょう。でも、本当は帰依なのに思想的に帰依と言えないから色々な矛盾が出てくる。後の時代のシャンカラチャリアのような偉人の努力もここには反映されていないわけです。<br /> ・思想で無宗教を謳っているので本来は受講生の疑問や異論を受け止めるべきだが、実態は宗教なのに思想的に無宗教と言わざるを得ないためにシステムとして指導者のエリアを厳密に分け、手法以外の質問は一切受け付けない仕組みにしたのでしょう。質問を受け付けてしまうと矛盾が明るみに出て、本当は根拠が「ゴエンカ氏を信じる」ところにあるのにも関わらずそのゴエンカ氏本人から「宗教ではないので信じずに自分で判断しなさい」と言われているので自己矛盾に陥り、キレるのだろう。自己矛盾から目を逸らして生きていたのに、その自己矛盾を突きつけてくる人に対してキレて壁を作る。たしかに精神世界には面倒な人が多くいるが、ほぼ初対面で二言三言話しただけの私にいきなりキレてくるのはどういう事だろう。一般のボランティアならともかくマネージャーの態度がそれですし。ありのままを言ってもらえた方がわかりが良いです。例えば「ゴエンカ氏は自分で判断するようにと言っているが、自分はまだ理解が十分ではないので、ゴエンカ氏の意向に反してはいるが今のところはゴエンカ氏の発言を信じて活動している。だから、これこれのことは、私はまだはっきりとはわからないが、ゴエンカ氏がそう言っているので従っている。」というように。それは「二兎を追う者は一兎をも得ず」みたいなことわざを半ギレになりながら言われるよりもずっとわかりが良いのです。でも、それができないんですよね、おそらく。<br /> ・ある程度の瞑想の境地に達したら、自分が怒鳴ったらそのダメージは相手ではなく自分の方に大きく跳ね返ってくることを体感的に知っていますので、一定レベル以上の人は他人を傷つけることができなくなる筈なんですけどね。怒鳴ることができるのであれば、そういうレベルなのでしょう。ヨガで言うヤマのアヒムサ(非暴力)、ヴィパッサナー瞑想でのシーラがなければいくら瞑想しても上に境地にたどり着くことはないのかな、と思います。ここで言っている「自分に大きく跳ね返ってくる」とはカルマのような理論的な話ではなくて、頭で理屈で考えることではなくて、体感的に、その怒鳴った瞬間に体と心で瞬時にその通りに大きく跳ね返ってくる結果を、文字通りそのままの意味で体感することを意味しています。<br /> <br /> <br /> ■グラウンディングとヒステリー<br /> <br /> グラウンディングとはスピリチュアル用語で、地面あるいは地球を信頼して繋がりを作り、繋がりを保つことです。<br /> <br /> <br /> ・ここのヴィパッサナー瞑想は「アーナパーナ瞑想」「ヴィパッサナー瞑想」と「メッターバーバナ瞑想」で成り立っているが、いわゆるグラウンディングに関するワークが抜けているため、エネルギーが頭に集まりがち。指示されていない精神的なワークを自分ですることは許されていないため、10日間の間ずっと頭にエネルギーが偏ることになる。普通であればグラウンディングしてエネルギーを下におろすような状況でも自分でのワークは許されていないので頭にエネルギーが溜まりがちになる。瞑想の指示は「観察するように」とだけなっていて、「エネルギーを動かす」とはなっていないので、頭に溜まっているエネルギーを何日も観察することになるのです。これは健康に悪いです。こんな時もグルがいれば適切な指示がされるのに、機械的で硬直的なカリキュラムでは危ないです。上達して軽く観察するだけの状態であれば問題ないのかもしれませんが、「観察できていない箇所があったら数分観察しなさい」と指示があるので、意識をそこに集めると頭にエネルギーが多少集まります。単に私が力を入れすぎなだけかもしれないですが、ヴィパッサナー初心者だからこそうまくできていない時のケアが必要な筈で、実際はそのようなケアは皆無ですので、10日程度なら致命的にはならないとはいえ、それなりに危険です。ヒステリー気味になっていた人もいました。<br /> ・7日目くらいまでは面白かったのですが、8日目くらいから飽きてきて集中が途切れたところをバランス若干崩してしまいました。それでも色々と発見があったので興味深かったのは確かですが。もっと柔軟性のあるスケジュール、あるいはグルがいれば一旦休憩とか柔軟にできたと思うのですが。そういえば、他の人はグループ瞑想以外の自由瞑想時間にホールにいなくて部屋で寝ていたりしたので、私も全てに参加せずに少し休めば良かったのかもしれません。<br /> <br /> <br /> ■クンダリーニ<br /> <br /> <br /> ・クンダリーニに関係する体験はありませんでした。いつもあるようなムーラダーラ(会陰)の感覚は変わらずありました。上に書いたように各種ナディのエネルギーの流れは感じましたが、ムーラダーラからのクンダリーニは感じませんでした。<br /> <br /> <br /> ■浄化<br /> <br /> <br /> ・ヴィパッサナーの目的は「心の浄化」なのですが、思っていたより変わりませんでした。上に書いたようにグラウンディングに関する不具合で、逆にちょっとエネルギーのバランスを崩してしまいました。自分でそれを補正するような精神的ワークが禁止されていましたので安定を崩したままになり、ちょっと微妙でした。<br /> <br /> <br /> ■ヴィパッサナー瞑想によるマインドコントロール<br /> <br /> <br /> ・最近は職場でヴィパッサナー瞑想を薦める場合があるとのことだが、もし上司がパワハラや虐待の常習犯で部下にこのヴィパッサナー瞑想を受けさせるとしたら、その目的はおそらくマインドコントロールだろう。その場合、部下は瞑想についての知識などほとんどなく受けることになるだろうから、結果としては本来の深いサムスカーラ(カルマの種)を浮かび上がらせる瞑想としてではなく、表面的な葛藤を取り除くに留まる。表面的な葛藤を取り除くためにヴィパッサナー瞑想を使用した場合、一見するとピースになって良い結果を生み出したように見えるが、おそらくは上記のように怒りの沸点が下ってストレス耐性は下がるだろう。そこに上司のパワハラがぶつかれば簡単に心が折れて従順になるだろう。上司からすれば部下のストレスをうまく取り除いた上に自分に都合の良いようにマインドコントロールできてイエスマンができあがるわけだからパワハラ上司からすればとても有り難いセミナーだと言える。この種の瞑想はある程度の信頼関係がある環境で生活することを前提にしているため、もし強いストレスとピースを交互に与えられると仕事場ならばパワハラ、子供であれば虐待になるわけだが、臨界点を超える前に再度ヴィパッサナー瞑想を受けさせればとりあえずのストレスは解消され、再度搾取できるようになる。精神世界は明るくてピースなイメージがあるが、そこにつけ込んで搾取しようとしている人々も詰めかけているため、気を付けないと精神的に奴隷になって一生他人に搾取され続ける可能性がある。それに気付かないでいる人も多い。このヴィパッサナー瞑想それ自体は悪いものではなく、使い方によっては強力な結果を生み出すが、そのようなパワーのあるところに搾取者が近寄ってくるのは世の常かもしれません。それに気付いて搾取されないようにするのも精神世界における一つのレッスンであるわけです。<br /> <br /> <br /> ■ゴエンカ氏はよく怒鳴り散らしていた<br /> <br /> <br /> ・ゴエンカ氏はよく怒鳴り散らしていたらしいので、この団体は怒鳴る風土なのかもしれませんね。ゴエンカ氏は自身が怒鳴ってもケロっとしていたらしいので、ここでも、怒鳴った方はケロっとしているのかも。些細なつまらないことで怒鳴られるなんて、そんな団体とはつきあっていられません。無宗教の皮をかぶった宗教団体ですから、教義に合わないことに対しては怒鳴っても良いのでしょう、としか解釈できません。宗教団体で良くあるように、私が何を言ったところで、私を悪者にして自分たちを正当化するだけでしょうから、何を言ったとしても無駄です。聞く耳があるのであれば言葉を遮って半ギレになったりしないです。自分たちが主張しているように宗教団体ではなくて手法を教えているだけの団体であれば聞く耳があって改善してゆく意思がある筈ですが、やり方を信じるか信じないかの2択であればそれは宗教です。自分たちでは「10日間受けた後、これが良いかどうか判断しましょう」と言っていますのでこの言葉だけを見れば非宗教ですが、実際のところ、疑問に答えようとしなくて、疑問の内容をしっかりと聞こうともしなくて、やり方だけ伝えて、不都合があれば怒鳴ってマインドコントロールしようとするのであれば、それは宗教でしょう。こう言う団体とは、言っても無駄とわかったまま付き合うか、離れるかの2択です。でも、マインドコントールにかかってしまった人はこの2択すら選べないです。ヨーガなど他の瞑想をしていながら隠して奉仕者したり受講したりしている人は前者なのでしょうね。でも、そういう2重性を持ったまま瞑想をするのは良くないと思いますけど。心を隠したまま瞑想をしたところで成長はなかなか難しいと思います。その点に関しては、もし隠すのであれば「二兎を追う者は一兎をも得ず」と言うマネージャーの話は確かに正しいと思いますが、私の感覚では、単なる使い分けだけの問題なので他の瞑想と適材適所で使えば良いと解釈できたので、隠したりはしないです。そんなことを言うと無宗教の皮を被った宗教団体のここに激しく拒絶されるのでしょう。ここは、他の瞑想と使い分けようとする人がいれば、ゴエンカ氏のように躊躇せず怒鳴ってくるのでしょう。宗教団体と怒鳴るのが組み合わされるのは、ほんと最悪ですよ。愛とムチの使い分けですから、それって「虐待」「悪い意味での躾け」「パワハラ」の種類ですからね。心が萎縮して、言うことをハイハイ聞く人ができても仕方がないです。どうも、それをやられたかのような萎縮している奉仕者がちらほら見られました。上に書いたように、多少のマインドコンロールが入っているのかもしれません。宗教団体に入る人は自ら望んでマインドコントロールされ、それで心の平安と自分では思い込んでいる状態に落ち込んで行くのですから、他人がどうこう言っても仕方ありませんけど。<br /> ・最終日に参加者の心のケアをせずにそのまま解散にして終了になったのだが、私としてはこの「放置」とも言えるやり方を見て、かなりこのシステム及び団体に疑問を感じた。最終日(帰る日の1日前)の夜以降は指導者との質問の時間がなくて、生活場所も分かれているから指導者との接点もなく、かと言ってマネージャーに話をしたら半ギレされてまともに対応してもらえないし、結局、多くの人は参加者同士でとりとめのない話をしていたような感じで、最重要の瞑想に関する肝心な質問を最後の最後でできずに参加者はそのまま解散になっていたのが印象的だった。最終日の昼間までの普通の質問時間における他の参加者の質問もいくつか聞いていたが、指導者が外国人だからか何なのか、いまいち的を得ない返答で、質問者は「は、はあ・・・」みたいな感じで納得度が低かったのも印象的。途中での理解度がその程度なのだから、そんな参加者のケアを最後の最後でこそしっかりと行うべきなのに、最後の対応を放棄してしまう団体のあり方は、私の常識にはそんな終わり方なんてないのでかなり衝撃的でした。「放置してしまっていいんだ!?何だそりゃ?」てな感じのショッキングな最終日でした。上に書いたように、思想的に個人を重要視しているからグルの存在を認めないのでしょうね。上に書いたように実際はゴエンカ氏が「グルではないと自分では言いつつも実質はグル」だったのですから、であれば、ゴエンカ氏がいなくなった後も「実質的なグル」が必要なのにそれを欠いているのでしょう。<br /> ・質問時間の質疑について「哲学的議論はせずに、瞑想のやり方の質問だけにすること」と注意書きがあるが、多くの人は哲学的議論をしたいのではなくて、ただ単に納得したいだけだと思いますよ。それを「哲学的議論」とか言って質問者を切り捨てているところにこの団体の化けの皮が見え隠れします。結局は「やり方」しか教えません、と言いさえすえば済むのに、哲学的議論とか言って話を誤魔化している。確かに講義オーディオでは仏教的な話を聞かせているが、それはただの録音であって生きた講義ではない。その生きた講義及び教えをするための指導者かと思っていたのに、指導者は座っているだけで、講義は録音オーディオを流すだけで、質問タイムには「やり方」の質問しか受け付けないというのであれば、自分たちが言葉でいくら誤魔化していても、単に「やり方」しか教えないと言うのがこの団体の方針なのだろう。だから、最終日(帰る1日前)の午後以降は指導者への質問タイムがないのだ。そもそも指導者とは生活エリアが分かれているので終わった後に個別に質問したり挨拶したりもできない。なんとも「放ったらかし」の印象を受ける。10日間(前後も合わせれば12日間)も拘束する合宿で、最後のこの放ったらかしはかなりショッキングだ。凄く違和感があります。運営側はそれでいいと思っているのだろうか? ゴエンカのシステムが生まれた国では後のフォローがあったのかもしれないが、フォローも大してない日本で、自ら勉強したり再度瞑想会などに参加しないと理解も進まないような合宿で、最後の最後にも微妙な面を突き付けられました。これは、他の人に勧めることはできないです。上に書いたように、個人主義だから個人が勝手にやればいい、と言う趣旨なのでしょう。実際は宗教団体なのに、思想的に個人主義だからシステムとして放置するのでしょう。そう言う主義主張の、非宗教の皮を被った宗教団体ということでしょう。こんなことをいくら言っても、おそらくキレられたり怒鳴られたりするのが想像できるので、わざわざこんな非宗教の皮を被った宗教団体に指摘することはしません。私はここの実態がわかったので、この団体は自分たちで勝手にやっていてくれればいいのです。私は、この団体に何か言いたいのではなく、私が理解したことを書いているだけです。もっと変な団体はいくらでもあるし、この国は自由の国なのですから、誰しもが自分の好きに信仰すればいいのです。無宗教ですと言われてハイそうですかと考えもせず信じ込むことも個人の自由なので好きにすればいいのです。<br /> <br /> <br /> ■ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想者は他人に興味がない?<br /> <br /> <br /> ・長くヴィパッサナー瞑想をやっているように見受けられる女性マネージャーがボソッと「色々な人がいますねえ」と興味なさそうに呟いていたが、他人に対するゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想者の基本的なマインドの持ち方をよく表しているような気がしました。自分がまず悟ろうとする上座部仏教がベースになっているからでしょうか? 他人にあまり興味がないように見受けられました。ですから、精神的に混乱をきたしている人がいても放置なのでしょう。会場はただの「場」であって、他人と交流する場所ではないと最初の説明オーディオで言っていましたが、文字通り、そう言うことなのでしょう。それは、他の参加者との交流だけでなく、指導者との交流すらもする場所ではない、と言うことのようです。基本的にここは「放置」が方針のようです。<br /> ・私なんかは、精神的に混乱をきたしている人を放置する方針の運営側に対してイラっとしてしまうたちなので、こことはあまり合わないですね。方向性の違いですかね。世の中にはこういう方針の団体もあるのですね。もっと変な団体も山ほどあるので、たまたま人生の通りすがりに見た変わった景色だと思うことにします。<br /> <br /> <br /> ■ヴィパッサナー瞑想依存症?<br /> <br /> <br /> ・もしかしたらこのような浅い瞑想を繰り返すことでヴィパッサナー瞑想依存症になるかもしれない。やがては何かがおかしいと気付けば良いのだが、気付かない人もいるかもしれない。精神世界には数多くの落とし穴があるので、ハマって成長が鈍化することもあるかもしれません。結局は自己責任ではあるのですが、致命的で取り返しのつかない落とし穴が多いのも精神世界です。何世代もかけて培ってきた英知を無駄にすることもあるかもしれません。<br /> <br /> <br /> ■浄化の2つの道<br /> <br /> <br /> ・魂のオーラは、光を注ぎ込んで浄化するか消滅によって浄化させるかの2択です。レッスンを活かして成長の糧にするのが光による浄化、もうどうしようもないオーラを切り離して無に返すのが消滅による浄化。しっかりと奥底の種であるサムスカーラを見て理解するのが光による浄化です。安易に葛藤を切り離して無に返すのは消滅による浄化です。後者にはレッスンによる学びがありませんから、上に書いたように、同じようなことが起こると沸点が低くキレてしまいます。成長とは学びですから、一見すると浄化されていてピースでもその実態がどうなのかがとてつもなく重要だと思うわけです。<br /> ・レッスンが重要とわかっている人は、一時的な葛藤も仕方がないものとして受け止めます。消滅による浄化を常にしている人はちょっとの葛藤も悪として受け止めますから、後者のようなコミュニティの中では非常に些細なことで傷付かないように気を付け合うことになります。お互い沸点が低くてすぐにキレますからね。そして、ちょっと葛藤がある人を責め立てることでヒエラルキーを作る。前者のようなコミュニティでは許容範囲がとてつもなく広いために葛藤も一時的なものとして受け入れられますから、そのピースさは後者とは別次元のものになります。そもそも前者のようなコミュニティでは他者の葛藤にそこまで興味がなくてそれぞれが自分のピースを楽しんでいますから、多少の葛藤はそもそも問題にならないのです。後者のような許容範囲の狭いコミュニティはピースのために多大な努力を払い、そしては疲れてゆくのでしょう。そんなコミュニティがあるなんて、ほんと世界は広いです。両方とも一見するとピースに見えるが見分け方は簡単です。前者は独立した個々個人がピースで他人にはあまり干渉しない。後者はピースをネタにヒエラルキーを作っている。前者は風通しが良くて気持ちがいいが、後者はピースと苛つきが交互に来る。後者のコミュニティでは相手の問題を指摘することでヒエラルキーを形成しようとする。後者のコミュニティからは独立が失われ、依存によるピースのヒエラルキーが形成される。前者のコミュニティには意見の多様性があり、それでもピースを保つよう個々が努力している。後者のコミュニティでは意見の多様性が失われ、考える力を失い、リーダーの意見に従うことが正しいとされるようになる。これはまさに宗教ではないか? であれば後者を宗教と呼んでも差し支えないだろう。私はこのヴィパッサナー瞑想団体を非宗教の皮をかぶった宗教団体の実態だと認定しました。<br /> <br /> <br /> ■やはり、無宗教の皮を被った宗教団体<br /> <br /> <br /> ・この種の団体に関わっている人は自分ではおかしい点を絶対に認めなくて、いろいろと理屈をこねてきます。話を聞くと「そうかなあ?」と思ってしまうこともありますが、所詮は宗教ですので違和感を感じたら離れることが重要です。もしかしたらマインドコントロールされてしまって離れにくいかもしれません。それも全て自身のカルマですね。<br /> ・良いことも悪いことも全てカルマですが、やってきたカルマはレッスンとしてそこから学ばないと再度やって来ます。カルマを捨てているつもりが、実際には感情を切り離しているだけだから上記のように変になるんですね。一般的に宗教に関わっている人は変ですが、ここは非宗教なのに宗教っぽいのです。こればっかりは言葉でいくら説明してもわからない人にはわからないかもしれませんね。<br /> ・私は宗教もOKだと思っていますので、ヴィパッサナー 瞑想が宗教を名乗っても全く問題ありません。近代に入ってから、無宗教と主張している宗教団体が数多くありますしね。そう言うのも全て宗教だと私は思っていますから、ヴィパッサナー 瞑想が今更宗教だと言い出したところで何ら驚きません。<br /> <br /> <br /> ■日本と海外のヴィパッサナー瞑想<br /> <br /> <br /> ・私が参考にした人は全て日本人ですし日本での受講なので、他の国のことはわかりません。<br /> ・私が直接は知らないとあるインド人のグル(あるいはただのヴィパッサナー瞑想の先生)がヴィパッサナーは日本人向きだと言っていたと小耳に挟みましたが、インド人がどれだけ日本人のことを理解しているのか疑問です。とある人はそのインド人グルの言葉を真に受けて他の瞑想を小馬鹿にしていましたが、そんなところを見ると、どうもその考えは底が浅いように思います。深い考えであれば伝え聞くだけでも叡智が伝わってくる筈です。日本人なら簡単にマインドコントロールにかかるから効果が出やすいので日本人向きだと言っているのならばあり得ます。表向きはそうは言わないでしょうけどね。一応はグルなのに瞑想に対してそこまで深い理解がないだけかもしれません。効果だけを注目するのであれば、日本人にとってヴィパッサナーやマインドフルネスは効きすぎて危険な部類の瞑想に属するのかなとも感じます。あるいは、なんとなく勧めるために言った発言を日本人が曲解しているだけかもしれません。上に書いたように、ヨガ瞑想を本当にやっている人であればヨガ瞑想は結局のところヴィパッサナー瞑想に通じていて、どちらもそうは変わらないことを知っている筈なのですがおかしいですね。発言の奥を見れば「おかしい」と感じ取れる筈なのに、インド人がそう言ったからと言って、さほど深い理解もせずにそれをそのまま受け止めて自分の意見にしてしまうのでは、瞑想に対する理解もその程度なのでしょう。<br /> <br /> <br /> ■よく分からずヴィパッサナー瞑想を受けた方がラッキーな効果が出る?<br /> <br /> <br /> ・私が通っているヨガのクラスで一緒になる子が昔海外でヴィパッサナー受けたことがあるそうなので話を聞いてみたのですが、最後の方までずっと頭の中でお喋りが続いてトラウマとかが出てきて大変だったと言っていました。察するに、これは本来のヴィパッサナー瞑想ができていなくてアーナパーナ瞑想の呼吸観察による心の観察が最後までずっと続いたのだと思われる。この子は最後には落ち着いてきたとのことだったが、であれば、本来ならばグルが見極めてアーナパーナ瞑想だけずっとやらせるべきだった。何人かの知り合いの感想といくつかのブログの記事を見る限り、ヴィパッサナー瞑想と言いつつも最後までアーナパーナ瞑想の心の観察だけを行ったと思われる人が随分と多いように思える。どこまでヴィパッサナー瞑想を理解しているかはそれぞれだが、効果を見る限り、アーナパーナ瞑想の効果を見てヴィパッサナー瞑想の効果だと言っているように思える。ヴィパッサナー瞑想は瞑想初心者がいきなりはできないと思いますよ。いわば、始めての瞑想チャレンジで運任せでこのセッションを受けてラッキーなことに危険な方向に行かずにたまたまアーナパーナ瞑想の効果が出てヴィパッサナー瞑想が良かったという的外れな感想をしている人が見受けられます。これは本来危険なことで、よくわからず生半可にヴィパッサナー瞑想してしまうと上に書いたように表面的な葛藤を無くすために使ってしまい、変な方向に向かいます。実際、英語がなまじできるが故に海外で理解して受けてしまってキレやすくなった子もいました。元々はカバーをかけていたのが表に出やすくなってしまったのでしょうか。海外で説明が英語でよく理解せずに受けてしまった方が単なる心の観察がメインになるような気もしますので、もしかしたらその方が危険は少ないのかもしれません。ヴィパッサナー瞑想ではなく、アーナパーナ瞑想10日間したと言ったほうが良さそうなブログも多々あるわけです。よくわからずに受けた方がヴィパッサナー瞑想がピンと来なくて実質アーナパーナ瞑想していたけれども自分はヴィパッサナー瞑想していたつもりでした、という感じですかね。きっと自分ではそうそう気付かないでしょうけど。それは結果としてラッキーだっただけで、危険性は依然として存在するわけです。本来瞑想は危険を伴うのでグルの指導が欠かせないのです。一方で、準備ができていないのにヴィパッサナー瞑想をしてしまっておかしくなったりキレやすくなる人も多くいるわけです。ゴエンカ氏の時代にはそれも「なるようにさせておきなさい」と放置したらしいので、方針は変わっていないのかもしれません。きちんとグルが見て指導すれば良いのですが、ゴエンカ氏がそうだったのであれば今後も方針が変わることを期待できませんから、準備がある程度できた人以外はヴィパッサナー瞑想は避けた方がいいと思うわけです。ラッキーに期待して受講するのはお勧めできません。<br /> <br /> <br /> ■「悟り」なんて求めない<br /> <br /> <br /> ・「悟り」なんて遠いこと言ってる人はどこかフラフラしていたり、ちょっと胡散臭いことが多い。ここは、胡散臭いとまではいかないが、キレやすいのでフラフラしていると言って良いでしょう。胡散臭くはないので、そこは自制が効いているのでしょう。自制が効いている点は評価できるのでは。悟りなんて遠いこと言っている割にはフラフラ度合いが低いので、頑張っているような感じも受けます。ゴエンカ式に惚れ込んで、無宗教の皮を被った宗教として信仰を深めてゆけば、本当にある程度の浄化ができるのでは、とは思いました。ただ、色々書いたような落とし穴を避けることができればの話ですが。宗教団体には、そう言う面もあるでしょう。どんなにおかしく見えても、それで救われる人もいるわけです。どんなことであれ、実際にやってみると言う段階が先にあり、それをやってみた結果、理解をしたら最後には「手放す」と言う段階に来て、そして卒業してゆくわけです。私が違和感を感じたからと言って、他の人の行動をとやかく言うつもりはありません。それぞれに学びがあってやっていることでしょう。<br /> ・少なくとも自分は現時点では日本ではもう受けるつもりはありませんが、組織や指導に問題はあったとしてもそれを頼らずに受けるのであれば苗床としての場としては使える訳です。そういう観点からまた受けるかもしれませんが、今のところ受講予定はありません。それでも日本は微妙なので受けるとしたら海外ですかね。ヨガでも効果は同様だとわかりましたのでわざわざ受けない可能性も大いにあります。もともとは悟りのための瞑想ですが、99.9999999%は悟りなんて無理ですし、私が求めているのは悟りではなく「ある程度の」浄化ですので。ヴィパッサナー以外にも多くの選択肢があります。<br /> ・いくら悟りを語ったり求めたりしても、基本的な道徳のシーラやアヒムサーができていなければそれは単に心のエゴを増大させるだけの結果になるのでしょう。いわゆる「聖者のエゴ」が拡大して、「私は聖者だ。私は悟っている」みたいなことを言い出す最悪のエゴが育つことになります。そして、自分の考えにそぐわなかったりしたらキレて怒鳴って相手を追っ払い、心の静寂を保つのでしょう。実態は宗教ですから自分たちの考え方にそぐわなければ怒鳴ってもいいと思っているのでは。であれば、誠に滑稽だと思います。ルールに従って大人しくしていれば安泰に過ごせるということであれば、実態は宗教です。上に書いたように私は宗教もOKだと思っていますので、素直に宗教だと名乗ればいいのです。宗教であれば、ルールは「宗教だから」「これが教義だから」で終わりなのです。なまじ非宗教の仮面を被っているから変なことになる。実態は宗教なのに、非宗教を名乗っている宗教が本当に多いです。素直に宗教を名乗ればいいのですよ。こんなのを見て「宗教とは無関係」とか本気で言っているのは世間知らずだけだと思いますよ。わかっている人は「あー、ここも実態は宗教か」と思って、思っても何も言わない人がほとんどだと思いますよ。<br /> <br /> <br /> ■再受講?<br /> <br /> <br /> ・色々と違和感はありますが、色々とわかったこともあったので、私はまたいつか機会があれば海外のダラムサラとかで受けてもいいかなと思いました。でも、ヴィパッサナー運営側が他瞑想をしている人を拒否してくるなら微妙ですが。それか、他の方式のヴィパッサナー瞑想も良いかもしれません。<br /> ・私の場合、ここは宗教なのに無宗教を装っている「嘘」が見えてしまうので、その嘘が見えてしまった以上、ここに深入りすることは私の心に嘘をつくことになりますので千葉のここに通うのは今の所ないですね。海外でやるとしても、再受講生用の3日間コースとかですかね。ダラムサラが日本と違うのかどうかという点に興味が少しあります。<br /> <br /> <br /> ■他のテーラワーダ仏教 論者<br /> <br /> <br /> ・後日、タイのテーラワーダ仏教論者のプラユキ・ナラテボー師 のセミナーを受けましたが、同じヴィパッサナー瞑想とは思えないほどスタンスも説明も違って見えました。もちろん「気付き」と言う意味においては同じなのですが、こちらは他の瞑想を否定しないですし、かなりオープンです。ゴエンカ式とはかなり別物に見えます。ゴエンカ式だけを見てヴィパッサナー瞑想があーだとはとても言えないですね。ゴエンカ式はヴィパッサナー瞑想の代名詞のようになっていますが、あくまでもゴエンカ式の瞑想がたまたまヴィパッサナーだったと思った方が良さそうです。ゴエンカ式は無宗教をうたっておきながら宗教っぽい盲目的な感じで、プラユキ・ナラテボー師は仏教バリバリの筈ですが宗教っぽくないオープンな感じです。<br /> <br /> <br /> ■サマタ瞑想のサマーディを否定していい気になっている人たち。実際はサマーディは悟りの役に立つ。<br /> <br /> <br /> ・この種の人種がゴエンカ式には多少ながらいるような気がしました。サマーディには「物」と同一化するサマーディと非物質と同一化する概念上のサマーディがあり、藤本晃氏の本によると前者は悟りの役に立つが後者は悟りに役に立たないと言う。同書によると、サマタ瞑想のサマーディなしにヴィパッサナー瞑想で悟りを求めることは可能だがとてつもなくハードルが高く、仏教の経典にはまず「物」に対するサマーディを経てから何段階かを辿り、悟りに辿り着くという。やはり、ブッダ自身はサマーディを否定しておらず、後の解釈を行った人物がサマーディを否定しているのだとわかる。その理由は、否定することで優越感に浸れるから、と言うのが一定数あるのでは。或いは、単に無知なだけか。もちろん、私の理解が間違っている可能性もあるし後者の無知は責められるものではないが、前者の優越感は愚かだ。そんなことで瞑想をしても迷走するだけ。一方、確かに、サマーディの彷彿感に浸ってしまって成長が妨げられることも大いにあるので、サマーディの落とし穴に関する危険性は間違ってはいない。やはり、問題の根本原因はこのようなことを正確に教えてくれるグルがいない、と言うところに結局辿り着くのかもしれない。<br /> ・サマーディは段階があり、最初は彷彿感があるが、次第にその彷彿感が減って行くそうです。これは私の体験でも確かにそうだと思いますし、幾つかの書籍でもそのようなことを読んだ気がします。彷彿感が減るのは後退ではなく進歩だそうです。最後には彷彿感のほとんどない統一に至るそうです。「物」に対するサマーディで彷彿感がない段階まで至った後、悟りに向かうのがブッダの説いた道だそうです。だとすると、サマーディをある意味で否定しているゴエンカ式は悟りを語りつつも本当は悟りではなく現世利益を目的としているのかもしれません。<br /> ・色々書きましたが、ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想が悟りを求める瞑想とは言いつつも、多くの人は実は悟りなんて求めていなくて、単に楽になりたいだけだとすれば、その要求はとりあえず満たしているので、これで十分と思っているのかもしれません。本気であればこんな違和感なんてすぐに気付くでしょうから。<br /> <br /> <br /> ■初心者の長い瞑想は危険<br /> <br /> ヨガ系の「瞑想と霊性の生活3(スワーミー・ヤティシュワラーナンダ著)」に以下のようにあります。<br /> <br /> 初心者には、瞑想だけをおこなう修行法は固く禁じられるべきである。私たちの僧団では、決してこれを許さない。あなたが自分のさまざまの思いを完全に制御することができない間は、霊的生活の初期においてあまりにも多く瞑想することはあなたにとって危険である。こころを静めようとすると、禁じられた不快な思いが心中に浮かびはじめて混乱を引き起こす。これらは、あなたを圧倒してしまうことさえある。初期の段階では、瞑想に割り当てる時間は短くするのがよい。残りの時間は、仕事、奉仕、または勉学に費やされるべきである。<br /> <br /> この発言の前提は集中系(サマタ系)のサマーディ瞑想ですが、ヴィパッサナー瞑想の指導者は違う見解を持っているかもしれません。それでも、これは示唆に富んだ発言だと思います。特に初心者は集中系(サマタ系)と観察系(ヴィパッサナー系)の違いもよくわからないでしょうし、長い瞑想をいきなりするのは危険だと思います。と言うのも、10日目に話をした何人かは明らかにこの種の混乱に陥っている事が容易に見て取れたからです。何人かはストレスフルになっていましたし、自己嫌悪に陥っている人もいました。それに対してスタッフや指導者のケアはほぼゼロで、放置です。指導者は最終日は顔を出さないですし、解散の時間になったらさっさとタクシーでスタッフもそそくさと帰宅していました。こんな状況であれば尚更、知り合いにはこんな放置するのが方針のヴィパッサナー瞑想合宿なんて薦められないのです。この日本は自由の国なので、やりたければ好きにやればいいです。それは基本です。知り合いに勧めないと言うだけのことです。<br /> <br /> どちらにせよ、大半の98%の人はそれほど深い瞑想の境地に達することができないのだから、短い期間であればとりあえず何をやっても大差ないと思われます。やりやすいものをやれば良いのです。長い時間を瞑想して窮地に陥る危険があるとしても、ここは自由の国ですから好きにすればいいのです。 <br /> <br /> 瞑想は本来神秘行に属するものなのですが、この団体は、単に表面的なストレス解消が目的なのかもしれないですね。そんな気がしてきました。そう思った理由は、奉仕者が話をしているのを最終日に聞いた時に、浄化が目的みたいなニュアンスを何人かから聞いたからです。であれば、単に葛藤を捨てるだけのことですから上記のように感情を切り離す瞑想で十分なんでしょうね。カルマの根であるサムスカーラを根絶する本来のヴィパッサナー瞑想の使い方ではないですけど、表面上の葛藤を切り捨てるためにヴィパッサナー瞑想を使うのであれば、それもまた個人の自由ですしね。「浄化」という言葉は色々と解釈できますが、このように私が判断したのはその人となりとその口調ですので、あくまでも主観的な判断です。ふわふわとしていて存在が薄い感じでしたので、上に書いたように、葛藤をすぐに切り捨ててしまって空っぽになっている人なのかなあと思いました。別にそれを否定するわけでもなくて、物や手法が世界の各地を移動する時にその目的が変わることもよくありますから、日本に来た時に、説明は同じだとしても、その活用方法が異なってしまうのも、それはそれで文化としてよくあることですし、私としては否定もしませんし、単に興味深く眺めるだけのことです。表面的なストレス解消が目的であれば、それはそれで好きにすればいいんじゃないでしょうか。でも、瞑想のお題目としてはたいそうなことを言っていますけどね。実際はそんな実態なのでは。とは言っても、上に書いたように、瞑想初心者は葛藤に圧倒されてしまって危険な状況に陥ることも多々あると思いますけどね。それもまた、自由の国の自由な選択で起きている喜劇であるわけです。私は気付いたことを書いているだけで、他の人に変わってほしいなどとは思わないですが、本来の目的と表面的なお題目が違うのであればお題目を変えて、きちんとストレートに表現すべきだとは思っています。表面的な葛藤をなくす瞑想です、とはっきり言えばいいのです。サムスカーラという種を燃やしてカルマで転生がどうのこうのなんて言っても、そんな瞑想はそうそうできないでしょう。あそこにいた指導者ですらそういうレベルではないことが一目でわかりますし。<br /> <br /> ■共通点は「体験」<br /> <br /> 私の内なるガイドが言うには、「体験」に基づくのであれば共通点が見えてくるだろう、とのことです。確かに、言葉や論理では違って見えても、「体験」であれば似たものが見えてくるはずです。各種の状態や認識を言葉にすると違って見えるかもしれませんが、本質はきっと同じなのだと思います。 又、よくある例えですが、精神的成長という「山」を登る道はいくつもあるので、登った先の頂上からの眺めは同じであるわけです。見た目の違いで他の手法を区別したりしますが目的地は同じなわけです。精神的訓練をしてゆけば何がしかの経験がある筈で、それこそが共通点になる筈だと思います。<br /> <br /> ヴィパッサナー瞑想も各種ヨガ瞑想も本質はそうは変わりません。少なくとも私はそう思います。<br /> <br /> ■その後、インドのリシケシでヴィパッサナー瞑想の瞑想会を主催している人と話をしました<br /> 日本でヴィパッサナー瞑想というとゴエンカ式ですがリシケシでヴィパッサナー瞑想というと単に沈黙の瞑想を意味するらしいです。リシケシでヴィパッサナー瞑想の瞑想会を主催している人と話す機会があったのですが、「ゴエンカなんて知らない」って言われました。ヴィパッサナー瞑想を主催していてもゴエンカなんて知らないそうです。日本とはヴィパッサナー瞑想の意味するところが違うのかもしれないですね。興味深いところです。<br /> <br /> ■ゴエンカ氏から直接指導を受けたインド人の瞑想指導者と話をしました<br /> 私が千葉で受講した約4か月後、インドのリシケシでヨガを勉強した際にインド人の瞑想指導者と話をする機会がありました。そのインド人はゴエンカ氏から直接指導を受けて数ヵ月の瞑想をし、現在はヴィパッサナー瞑想のみならず各種の瞑想指導をしていました。話を聞いたところ、いくつか分かったことがありました。<br /> <br /> <br /> ・「どうしてゴエンカ式はヴィパッサナー瞑想と他の瞑想を組み合わせてはいけないのか?」と聞いてみました。回答としては2つ。1つはテクニカルな話で、ヨガのプラナヤーマとヴィパッサナー瞑想は手法的に同時にはできない、というのが1点。もう1点は、ゴエンカ氏は本気だったので自分のヴィパッサナー瞑想をとことん突き詰めてそれだけを集中して行いたかったので他の瞑想をしている人に入ってきてほしくなかった、という背景を聞きました。ゴエンカ式の説明で、私はてっきりテクニカルな話をしていると解釈していたのですが、どうやらテクニカルな話は重要ではなくて、むしろ、ゴエンカ氏の意図が反映されてあのような他瞑想を排除する規約になっているようですね。テクニカルな話であれば理屈でもって変わることもありそうですが、ゴエンカ氏の意図であればカリスマのゴエンカ氏が亡くなった今となっては他瞑想を排他する規約は半永久的に続きそうですね。<br /> ・ゴエンカ氏から直接指導を受けたインド人もまた、怒りの沸点が低かった。私がいくつか質問をしたところ不愉快な表情になって苛ついて声の調子が変わり、やがては私の言葉を遮り始めたので、ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想をしている人の多くが怒りの沸点が低くてキレやすいというのは、このようにゴエンカ氏から直接指導を受けて瞑想指導をしているような人であってもそうであるのだから、多くの場合に当てはまりそうです。おそらくはゴエンカ式をすると何らかの理由で怒りの沸点が下がる可能性がある、と思った方が良さそうです。ゴエンカ式をしているのであれば怒りの沸点が低い可能性がある、とも心の片隅に止めておいた方が良さそうです。そうでないと簡単にキレられてこちらが謝意してしまいますから、ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想をしている人には不用意に近付かない方がいいかもしれない、と改めて思いました。瞑想は心のピースを育てるためにしている筈なのに怒りの沸点が下がってしまってしまう人が多発しているということは、それは、手法のどこかが間違っているのだと思うわけですが、本人たちは現状に問題点を感じないのでしょうか? 不思議なところです。<br /> <br /> <br /> ■ネパールでゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想を受けたドイツ人と話をしました<br /> 上で書いた瞑想指導者と話したのと同時期に話をする機会がありましたが、この人もどちらかというと怒りの沸点が低くて、エゴが強くて、それでいてピースな環境を求めているタイプ。ピースは自らの内にあると言いつつもそのことがよく分かっていなさそうなタイプで苛つく沸点が低くてその度にピースを語っていました。めんどくさくてあんまり付き合いたくないタイプです。<br /> 自分がゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想を受けたことを誇りにしているらしく、ゴエンカ式は最も厳格で厳しいんだみたいなことを他の人に自慢していました。瞑想って自慢するようなものじゃないと私は思うんですけどね。瞑想を自慢している時点で既に瞑想のステージがあんまり進んでいないことを自ら暴露しているようなものです。上にも書きましたが、精神世界(スピリチュアル)の初心者によくありがちな落とし穴で、自分があたかも凄いような錯覚を感じてしまうのは、それが錯覚だとしても初心者はなかなかそれに気付けないものです。<br /> ゴエンカ式の経験者の中にはこのような精神錯乱者が度々いるので、きっと多くの人がうまく瞑想できずに10日間を過ごして、最終的に「俺はやり通したんだ」というエゴが拡大したり、あるいは、精神錯乱になったり、あるいはその混合タイプになったりするのでしょうね。<br /> 上にも書きましたが、ある程度瞑想が出来てからでないと10日間なんていう長い瞑想はしない方がいいと思うんですけど。エゴが駆り立てて「チャレンジ」する人もいるみたいですけど、そんな「チャレンジ」なんて言ってる時点で瞑想初心者ですから辞めておいた方がいいと思います。このドイツ人みたいにチャレンジの結果を誇りにしてエゴが拡大でもしたら逆効果ですし、エゴ拡大だけならともかく精神錯乱したら日常生活に支障が出ますしね。<br /> 私がそのインド人に「私も受けたよ」と言ったら自分のプライドが傷つけられたのか何なのか敵意のある視線と苛ついた表情、それに突き刺さるような思念波を送ってきていきなり頭痛がしました。余計なことを言わずに「凄いですねー」とか言って適当に流しておけば良かったですよ。なんでちょっと話しただけでその後もことあるごとに恨みの視線と攻撃的な思念波を受けなきゃならないのか。こっちが被害者ですよ。ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想の経験者とはあまり関わり合いもたない方がいいなあ、と改めて思いましたよ。私も自分がヴィパッサナー瞑想経験したなんてあまり他人に言いたくなくなってきます。<br /> <br /> ■インドやネパールでは宗教が生活に根付いている<br /> インド周辺国では宗教が生活に根付いていて日本で言うところの宗教的な概念は薄く、例えばインドはヒンドゥー教徒が多いと言われていますがヒンドゥー教は日本で言うところの宗教団体はなくて生活の一部であり神道のようにあって当たり前のものです。ネパールやミャンマーも宗教が根付いていますから、それらの国の人がゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想を宗教ではない、というのは分からなくもありません。しかし、日本から見たらそれは原始仏教でありますから、明らかに宗教なわけです。日本の人が神道を道徳的なものとして理解している一方で海外から見たら興味深い宗教であるのと同様の構図なのかなと思います。ふと気付けば、ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想をしている人はゴエンカ氏の言葉を真に受けて「宗教ではない」と言っているようにも思えますので、「原始仏教だから宗教でしょう」と言い返すのは大人気がないのかもしれません。とりあえず「そうですか」と答えておけばいい気もします。<br /> <br /> 私は宗教を否定しておらず、むしろ肯定していますので、ここが宗教なら宗教でもかまわないのです。<br /> <br /> 少し勉強すればここが原始仏教だと気付く筈なので、もしそれに気付かずにゴエンカ氏の言葉を真に受けて宗教ではないと思っているのだとしたら(そんな人は稀だと思いますが)やっていることと言っていることが合っていないということになりますから、行動と思考が分離した状態ではいくら瞑想をしても一定以上の境地に達することはないのではと推測いたします。思考と行動が一体になって初めて高い境地に達するのだと思います。原始仏教の時代には宗教という概念は希薄でしたし、人々に強制もしておらず、自由意思で修業をしたわけですから、強制や脅しがないという点では良いのですが、原始仏教を基本として精神的修業をする団体ということであればそれは宗教ですよ。堂々と宗教を名乗ったら良いと思います。最近は宗教を名乗らない宗教が多いですよね。<br /> <br /> ■サマーディ(集中)瞑想とヴィパッサナー(観察)瞑想<br /> (ゴエンカ式ではなく)テーラワーダ仏教(スリランカ上座仏教)の識者が書いた「沙門果経」(アルボムッレ・スマナサーラ著)を読んだところ、当時のブッダが置かれていた状況およびサマーディ瞑想(集中によるサマタ瞑想)とヴィパッサナー(観察)瞑想の位置付けがよく分かりました。少し引用します。<br /> <br /> 当時はサマーディ瞑想で禅定に達した修行者が、輪廻転成を乗り越えて解脱に達するためにヴィパッサナー(観察)瞑想に入ったのです。現代ではそのような回り道はしないで、ヴィパッサナー瞑想を実践しています。ヴィパッサナー瞑想だけで、集中力やさまざまな智慧など、解脱に必要な条件はそろうのです。「沙門果経」(アルボムッレ・スマナサーラ著)より<br /> <br /> ゴエンカ式のところでマネージャーにこの辺りのことを聞こうとしたらキレられたのですが、こちらのテーラワーダ仏教はとても理性的っぽい感じで好感が持てます。こちらが本物な気がします。<br /> <br /> ■生命力(パワー)が上がれば集中力(サマタ系)も観察力(ヴィパッサナー系)も高まる<br /> その後、再度のクンダリーニ経験(詳しくはナーダ音の記事を参照)をしたりインドのリシケシでクリアヨガを行ったところ、この認識に至りました。<br /> <br /> ここで言っている生命力(パワー)とはエゴのことではなく、根源から湧き上がってくる力、基本的な生命力のことを言います。観察系瞑想と集中系瞑想があると言われていますが、それは瞑想の2つの側面をそれぞれ表しているだけであって、体のパワーが高まれば観察も集中もどちらも高まるし雑念も消えるのかなと。<br /> <br /> 絶対的な視点から見ると観察系瞑想も集中系瞑想も同一で並列だが、個人から見た相対的な視点からすれば個々の性質に応じてどちらがやりやすいかという方向性があるので、相対的には観察系瞑想と集中系瞑想で良しあしが発生するのかなと。そこで言う良しあしとは人それぞれ向いているか向いていないかという個人的な視点だけであって、向き不向きあるいは好みの問題で良しあしが発生するが、絶対的にはどちらも同一なのかなと。「こっちが良い」とか言うと、あたかももう片方が悪いかのような印象を与えてしまいがちだが、そこで言う良しあしとは、単に個々の指向を言っているだけなのかなと。たとえば、もしかしたら集中が苦手ならば観察系瞑想が得意かもしれないし、そうなれば観察系瞑想が良いとその人は思うかもしれないが、集中が苦手だからこそ集中系瞑想をすべきかもしれない、という面もある。逆もまたしかり。人によっては片方だけやって一生を終えるかもしれないし、両方やるかもしれないが、瞑想は内面で起きていることなので、集中瞑想やっていても観察は高まるだろうし、観察瞑想やっていても集中が高まるだろうから、どっちもあまり大差ないのかなと。テクニックとしては色々あるのでそれぞれ良しあしはあるだろうけれども、概念としては観察系も集中系も視点が違うだけなんだと理解しました。<br /> <br /> 生命力(パワー)っていうのはクンダリーニだったり他のものだったりするようですが、どちらにせよ、目的は観察や集中ではなくて、観察や集中はアクション(行動)であってHow to(どのように実行するか)だからテクニックの部類なんですね。目的はパワーを高めることなのかな、と。パワーというと語弊があるかもしれないので、生命力を高める、と言った方が分かりやすいかな。生命力を高めることが目的で、その手段として観察瞑想や集中瞑想がある。<br /> <br /> もっと言えば、その根本はと言うと気脈(ナディ)開発なのかな、と。そんな気がしました。見方にもよりますが、気脈(ヨガで言うところのナディ)開発の観点からすればいろいろな瞑想の本質が見えてくる。結局のところ想念観察だとか観察瞑想とか言うのは結果というか現象や経験のお話であって、大切なのは気脈(ナディ)を開発してエネルギーアップすることであり、エネルギーアップすれば自然に雑念も消える。とある瞑想では想念観察とか全く言わないで気脈(ナディ)の開発に焦点をフォーカスしていたりします。<br /> <br /> 元気になればネガティブが消えるのは誰しもが経験して知っていることだと思いますが、それが高度なレベルで起きたときに覚醒だったり神経験がきっと起こるのであって、想念観察したり観察瞑想したからと言って覚醒するわけでもないのかな、と。重要なのは元気になること、というシンプルな点が実はかなり奥深いのかなと。<br /> <br /> 集中系(サティ)とか観察系(ヴィパッサナー)とかに長らく惑わされてきましたが、最近、本質は結局ここなのかな、という気がしてきました。<br /> <br /> Thu, 02 Aug 2018 00:00:00 +0900 アナハタ・ナーダの聖音とクンダリーニ(超感覚的なキーンという高周波 / 4096Hz / 鈴の音) https://w-jp.net/2018/1473/ <br /> ヨーガの聖典によると、体にあるエネルギーの通り道「ナディ」が浄化された時に「ナーダ」と言う超感覚的な音が聞こえると言う。それは浄化が一定に達したことを示す「しるし」でもある。特に、背骨を通っている主要なナディであるスシュムナが浄化されたことを示す「しるし」だと言われている。どのような音かというと、多くの鈴が遠くで鳴っている音のようでもあり、フルートのような音でもあり、金属音と言えなくもない。始まりも終わりもなくずっと流れている音だが、静かな場所でないと聞こえにくい。<br /> <br /> 私が聞こえる音について、とあるヨーガ系の出家者(スワミ)やヨガティーチャーに聞いたところ、上記のような回答を得た。聖典にもそう書かれている。しかし、一般に「耳鳴り」と言うとその原因はストレスにあると診断されます。肉体的な耳鳴りの場合は耳鼻科に行けば診断できますが、聴覚機能に問題がない場合はストレスが原因と判断されるようです。一方で、スピリチュアル的な耳鳴りというものが存在します。<br /> <br /> スピリチュアリスト、あるいはお寺の住職、あるいはヨーガの先生であってもこの耳鳴りの原因がわかる人はそれほど多くないようです。<br /> 尋ねた際、単なるストレスだと診断されたことも多々あります。100%の自信でストレスだと言い切る人も少なくありませんでした。一方で、ヨーガの聖典に関する知識を有する人、あるいはスピリチュアルな人はそれぞれ異なる見解を持っているようです。一部の人々はこの種の体験を同じくしており、その体験があるが故に、それは単なるストレスではないと確信を持って答えられるようです。<br /> <br /> ■ヨーガ<br /> ヨーガ的には「瞑想の時に聞こえる音」として「ナーダ(Nada)」の音であると解釈されます。それは、エネルギーの通り道であるナディが浄化されたことを示す印として解釈されます。具体的にはヨーガのプラナヤーマなどのクリアを毎日数回行えば3ヶ月でこのナーダが聞こえるようになると聖典に記載されています。ヨーガ的には常時聞こえる音としてではなく、瞑想の中で聞こえる音として一般的には解釈されています。<br /> <br /> この音は、打つことなく流れる音という意味の「アナハタ・ナーダ(アナハタの聖音)」と言われます。<br /> <br /> 「瞑想をきわめる(スワミ・シヴァナンダ)」には以下のようにあります。<br /> <br /> 内なる霊音。「アナーハタ」の音は、深く瞑想している時に聞こえる神秘的な内なる霊的な音です。その音が聞こえると、精神的な生気の回路である「ナーディ」が浄化したことを示します。これはプラーナーヤーマの実践を持続することによって体験できます。その音は、鐘やフルートやティンパニーの奏でる音楽のようであったり、巻貝が割れるような音であったり、雷や蜂の羽音のような自然の音であったりします。アナーハタの音は右の耳から聞こえ、両耳をふさぐとさらにはっきりと聞こえます(ヨニ・ムドラ)。心を集中してこの神秘の音を聞きましょう。この音は心の中にあるプラーナ(生命エネルギー)のバイブレーションです。<br /> <br /> 常時聞こえない人であっても、耳を塞いで内部の音に集中すれば微かな音が聞こえることがあります。ナウムクヒ・ムドラ(Naumukhi Mudra 九門のムドラ、ヨニ・ムドラとも言うようです)で親指で耳、人差し指で目、中指で鼻孔を塞ぎ、薬指と小指を上下の唇に置いて口を塞ぐと超感覚的な音が聞こえることがあります。それがナーダ音ですが、浄化が進めばそれが常時聞こえてくるようにもなります。浄化が進んでも常時は聞こえない人もいるようです。<br /> <br /> ヨーガ的にはこの超感覚的なナーダは後頭部にあるビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ)あるいはヴィシュッダ・チャクラ(喉のチャクラ)で聞こえる音ということになっています。始まりも終わりもない、止まることのない超次元の感覚で聞こえる音です。<br /> <br /> 書籍により聞こえる場所の記述はまちまちで、ビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ)で聞こえるという記述とヴィシュッダ・チャクラ(喉のチャクラ)で聞こえるという記述がそれぞれありますが、ビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ)はヴィシュッダ・チャクラ(喉のチャクラ)の副次的なチャクラですので、どちらで聞こえると言っても間違いではないような気がします。ビンド・ヴィサルガはマイナーですので普通はヴィシュッダ・チャクラ(喉のチャクラ)で聞こえると言えば十分かもしれません。他の場所で聞こえるという話については少し下に記述します。<br /> <br /> 以下、「Meditation and Mantra (Swami Vishnu-Devananda著)」の英文を訳しつつ引用します。<br /> <br /> アナハタの音(またはメロディー)は、瞑想の習慣の始めの段階でヨギが聞いた神秘的な音です。この主題はナダ・アヌサンドナナ(Nada-Anusandhana)と呼ばれ、神秘的な音に探求されます。これはプラナヤマのためナディ(Nadis, アストラルの流れ)の浄化の徴候です。音はまた、 Ajapa Gayatri Mantra "ハムサ・ソーハム(Hamsah Soham)" を10万回唱えた後に聞こえるかもしれません。耳を閉じてもしなくても、右耳から聞こえます。 閉じた耳を通ると音がはっきりしています。 PadmaまたはSiddha Asanaの、Yoni Mudraで座り、左右の親指で耳を閉じることにより音をしっかり注意して聞くことができます。場合によっては、左耳を介して音を聞くこともできます。 右耳からだけ聞く練習をしましょう。 あなたは右の耳でのみ聞こえますか? 右の耳ではっきり聞こえますか? 鼻の右側にある太陽のナディ(ピンガラ)のために。 Anahataの音はOmkara Dhvaniとも呼ばれます。 それは心臓のプラナの振動によるものです。<br /> <br /> 同じ本の別の箇所に以下のような記述もあります。英文を訳しつつ引用します。<br /> <br /> 聞こえるNadaは10種類あります。 最初はChini(Chiniという言葉のような)です。 2番目はChini-Chini、3番目はベルの音、4番目はConch(巻き貝)の音である。 5番目はTantri(リュート)、6番目はTala(シンバル)、7番目はフルート、8番目はBheri(ドラム)、9番目はMridanga(ダブルドラム)、10番目は雲のこと、つまり雷です。<br /> <br /> あなたが神秘的な音の梯子の上段に足を置く前に、あなたの内側の神(最高の自己)の声を7つの仕草で聞くことができます。 最初はナイチンゲール(ウグイスに似た鳥)の甘い声のようなもので、仲間と別れる歌を唱えています。二番目はDhyanisの銀のシンバルの音で、輝く星を目覚めさせます。 次は、殻の中に投獄された海の妖精の美しいメロディーです。 そして、これに続いてヴィーナ(Veena)の唱歌が続きます。 あなたの耳での竹のフルートが五番目の音です。 それは次にトランペットの一吹きに変わります。 最後は雷雲の鈍い轟音のように振動する。 7つ目の音は他のすべての音を呑み込む。 それらは死んで、それ以上は聞こえません。<br /> <br /> 同本には体験談も記載されています:<br /> "1ヶ月間プラナヤマをやった後、フルート、ヴァイオリン、ベル音、鐘のクラスターからのMridang音、ほら貝の音、ドラム音、雷鳴、時には右耳からのみ、時には両方の耳から、甘美なメロディーな音を聞き始めました。" .... <br /> <br /> 何処でこの音が聞こえるかは諸論があり、上に記載したビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ) 以外にも、アナハタ・チャクラ(ハートチャクラ)から聞こえると言う意見やヴィシュッダ・チャクラ(スロート・チャクラ)あるいはアジナ・チャクラ(第3の目)、はたまたサハスララ・チャクラ(クラウン・チャクラ)から聞こえると言う記述もたまに見かけます。<br /> <br /> これに関しては、ヨーガの4つの道であるカルマ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガ、ギャーナヨーガのそれぞれで聞こえるチャクラが違うと言う解釈を見かけたことがあります。引用できませんが、たしか、バクティ(敬愛)の道であればアナハタ・チャクラ(ハートチャクラ)から聞こえて、ラージャ・ヨーガの道であればアジナ・チャクラ(第3の目)から聞こえて、ギャーナ(ヴェーダンタの知識)・ヨーガであればサハスララ・チャクラ(クラウン・チャクラ)から聞こえると言う解釈もあるようです。おそらく、進む道によってそれぞれ活性化しやすいチャクラがあって、そのチャクラで聞こえやすい、と言うことでしょうか。<br /> <br /> ですが、多くの場合、ナーダ音というとビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ)、ヴィシュッダ・チャクラ(スロート・チャクラ)、アナハタ・チャクラ(ハートチャクラ)のいずれかが原因とされているようです。この中で、ビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ)はヴィシュッダ・チャクラ(スロート・チャクラ)の副次的なチャクラですのでビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ)とヴィシュッダ・チャクラ(スロート・チャクラ)は一纏めにすると、ビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ)あるいはアナハタ・チャクラ(ハートチャクラ)の2つが主要なものになります。<br /> <br /> 私の場合は頭の中の中央か少し後ろ気味なので、ビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ) から聞こえると言う解釈が一番しっくりきます。ただ、このビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ) とアジナチャクラ(第3の目)の本体である松果体は位置的に近いので、どちらとも取れます。アジナチャクラ(第3の目)と言うと一般的には眉間をイメージしますが、核は松果体にあるので、そこで聞こえているのかもしれません。<br /> <br /> ■アナハタ・チャクラ(Anahata Chakra)<br /> アナハタ・ナーダ(アナハタの聖音)と同じアナハタという言葉がアナハタ・チャクラ(ハートチャクラ)に使われています。<br /> この語源は同じで、どちらも「打たない」という意味です。<br /> 「an」は否定、 「ahata」は「叩く」や「打つ」を意味しているから、アナハタは「打たざる」と言う意味になる。<br /> <br /> ヨーガの本山博先生によると、「アナハタ・チャクラでは非物理的、超越的次元の、止まることなく絶えることのない、初めも終わりもない音、アナハタナーダ(アナハタの聖音)と呼ばれる音が聞こえるといわれます。」とのことです。<br /> <br /> ■気圧の可能性<br /> 天気によって気圧が変わると耳鳴りをする時がある。<br /> ただし、それは肉体的な不快感を伴うことが多く、この種のスピリチュアルの耳鳴りとは趣が異なる。<br /> <br /> ■身体的な原因の可能性<br /> 頭蓋骨の左右のバランスが崩れている時に起こる可能性がある。<br /> それが原因であればヨーガのアサナなどをきちっとすれば治る、とヨーガの先生から言われた。<br /> その先生も過去に耳鳴りをしたことがあり、ヨーガのアサナで治したことがあるらしいです。<br /> <br /> ■スピリチュアル<br /> スピリチュアル的な解釈としては、途絶えることのない高周波は、天使が近くにいる印、あるいは、自らの波動が高まると聞こえる音だと解釈されます。スピリチュアリストは「もし高周波の音が強すぎて辛い場合は『少し弱めにして下さい』あるいは『辛いのでもう少しだけ離れてください』と天使に頼めば良い」と言います。天使に頼むだなんて、なんともロマンティックな解釈です。また同時に「この高周波は自らを浄化してくれている」とスピリチュアリストは解釈しています。<br /> <br /> 4096Hzに着目しているスピリチュアリストは、第9オクターブの4096Hzが天使界の扉を開く音と言っている方もいます。地球の振動周波数(8Hz)の9段階目の倍音が4096Hz。<br /> <br /> 【4096Hz Angel gate 2 地上と天使界をつなぐ音色】クリスタルチューナーサウンド 祝福の音 癒し ヒーリング効果・浄化用BGM 天使の周波数<br /> <br /> ちなみに、私が最近ずっと聞こえているのはこの 4096Hz の音に近いです。日によって多少の上下はあります。これと似ていますが、完全に同じではありません。耳で聞こえる音とはちょっと違うので、聞き比べると似ているような気もしますが、なんだか、もっと広範囲の周波数が混ざっているような感じですかね。高い音程と言えばそうですし、もっと低いような気もしないでもないです。自然界の音のように混ざってノイズになるというよりは、超感覚的にそれぞれの音程が頭の中のどこかで「それぞれ」聞こえているという感じで、高い音程があるのはそれはそれで正しいですし、低い音程があるのも、それはそれで正しいのかなと。「なんとなく高い音程が優勢に聞こえるのであればこんな風に聞こえる、そんな雰囲気」としか言いようがないです。このムービーでは音量が大きくなったり小さくなったりしていますが、実際に聞こえるのは音量が一定です。始まりもなくて終わりもない音です。<br /> <br /> クリスタルチューナーという4096hzの浄化用音叉も売られているようです (私は使ったことがありません)。<br /> <br /> ちなみに、スピリチュアリストが「天使が近くにいる印」と言っているのは、おそらくは天使の波動が高いので天使のオーラに包まれて自分が一時的に高い波動になるから聞こえるのかな、と思っています。というのも、人間と天使の違いは波動の高さと肉体があるかないかという点ですので、人間であっても波動が高い人の近くに行くと同じような高周波が聞こえることがあるので、おそらくは天使だけでなく人間でも霊でも、とても高い波動の魂(スピリット)の近くに行くと自分の波動が感化されて一時的に波動が高まって高周波が聞こえるのかな、と思っております。<br /> <br /> ■スシュムナとアナハタ音<br /> 一つの解釈としては、ヨーガ的なアナハタの音は背骨を貫いているスシュムナと言う一番重要なナディ(エネルギーの通り道)が浄化される時に聞こえる音なのでしょう。それは、浄化されていなくて詰まっている時に聞こえる音とも解釈できます。詰まり方に応じていろいろな音が混ざって聞こえる。やがて浄化が完了すれば聞こえなくなる。主に、ザラザラとした音。ただし、おそらくは完全に詰まっていると全く聞こえなくて、過渡期に聞こえるのかな、と。<br /> <br /> 仮説ですが、ザワザワした音はスシュムナというよりはイダとピンガラの音に類するもので、ゴーという轟音に類する音はスシュムナに類するもののなのかもしれません。このあたりはまだ想像です。エネルギーの高低によっても音の聞こえ方が違うのは物理的世界の音の鳴り方にも似ているのかもしれません。もっと高い神秘的な音は超感覚的な音で、高位の世界に繋がっているもの。スピリチュアリストが言っているのは主にこちら。チャクラおよびナディ毎に違うような気がします。高次の世界においては世界は「幾何学図形と音だけ」とのことなので、それが見え始めた、聞こえ始めた、と言うことなのでしょう。どちらも類推ですが。ナディの音や、チャクラの音などがそれぞれあるのでしょう。<br /> <br /> 前述の「Meditation and Mantra (Swami Vishnu-Devananda著)」によると、音が聞こえたことは超感覚的な世界が存在していると言う印であり、サダハ(精神的修行をしている人)にとって大きな精神的な助けになる、とも書かれています。超感覚的な世界を体感できなくてこの世界を離れる人が多い一方、このような「しるし」を見つけることで確信が持てるということでしょう。この音は精神修行(サダナ)においてごく初歩的なマイルストーンとみなされているようです。精神世界に足を1歩踏み入れた、と言ったところでしょう。<br /> <br /> ■イギリスのスピリチュアリスト協会の講師の話<br /> 「霊媒神秘修行 イギリスへ」(開堂慈寛 著))によると、イギリスのスピリチュアリスト協会の講師から説明に基づくと頭痛がするのはスピリチュアルな能力が目覚める前触れだと言う。これは古くからの言い伝えであるとか。霊聴や霊視などの各種霊能力あるいは何らかの能力が出てくる可能性がある。能力は人によるので必ずしも出てくるわけではない。とのこと。スピリット(精霊)が近くにいることを示すので、あまりに辛ければ、少し離れてください、とお願いすればいいとのこと。同書に、頭痛だけでなくて耳鳴りのことも書いてあったような気もするのですが今見直しても見つかりません。気のせいでしょうか。<br /> <br /> ■ライトワーカー的解釈<br /> 「ライトボディの目覚め」によると、とある段階(第8レベル)で脳下垂体と松果体が成長した時に激しい耳鳴りになることがある、と書かれています。又、甲高い口笛のような音が聞こえるときは、おそらく高次元の存在があなたにコンタクトしようとしているのでしょう、とも書かれています。<br /> <br /> ■禅<br /> 禅においては「禅病」として知られる有名な逸話に白隠禅師の夜船閑話があります。<br /> 白隠禅師は熱心に修行をした後、禅病になってしまった。その症状の1つとして「激しい耳鳴りで、まるで川のせせらぎの間にいるような状態」(白隠の読み方、より引用)になったと言う。<br /> <br /> 解釈としては、スシュムナあるいはイダかピンガラを流れるアナハタ・ナーダ(アナハタの聖音)を超感覚的に聞いたのでしょう。<br /> <br /> ■年寄りの耳鳴り<br /> 夜船閑話の解説書「夜船閑話講和(大西良慶著)」によると、「歳をとると耳の奥にセミが鳴いているようにジーと言っているときもあるしガーと言っている時もある。そんな音の聞こえるのは平和なときではない。やはり、のぼせ上がった時の状態」と言っている。この本の著者は、白隠禅師が聞いた耳鳴りは悪い状態を示すサインだと考えているようです。白隠禅師が超感覚な音を聞いたというよりは、単にストレスによる耳鳴りになったという解釈のようです。<br /> <br /> ビンドス・チャクラから聞こえる超感覚的な音は精神状態に関わらず常に聞こえて基本的には一定なので白隠禅師の経験した耳鳴りとも、上記のような年寄りの耳鳴りとも違う感じです。次に記載するように、白隠禅師の耳鳴りはクンダリニー体験による轟音であった可能性があります。その場合、アナハタ・ナーダ(アナハタの聖音)に分類されます。上記のように単なる年寄りの耳鳴りだったとはとても思えません。<br /> <br /> 白隠禅師の書籍をいくつか読んだのですが、その解説書を書いている方も住職だったり禅師だったりするようですが、この耳鳴りをうまく解釈している人はその中にはいませんでした。本に書くようなことではなくて、本には当たり障りのない一般人向けの説明だけが書かれていて、実際にお寺で修行するならばナーダ音は当たり前のことなのかもしれないですが。<br /> <br /> 本を読む限りは、「白隠禅師は一生懸命修行したら禅病になってしまってストレスによる耳鳴りがするようになってしまった」と書かれてあるものもあります。実際のところ、ナーダ音それ自体は単なる「浄化が一定度進んだという印」であって肯定的なものであり、一方で、白隠禅師がクンダリニのエネルギーを頭に集めてしまっていわゆる禅病になったというのは別の話として解釈するのが良さそうです。<br /> <br /> ■キーンという高周波がナーダ音なのかストレスによる耳鳴りなのか見分ける方法(質問のお便りがありましたので追記)<br /> キーンという音はヨガの修行が進むと精神状態がとても落ち着いてリラックスして聞こえるものがナーダ音と言われます。心がざわついていて聞こえるものはストレスによる耳鳴りであることが多いですが心がざわついていてもナーダ音が聞こえる方もいらっしゃいます。基本は、リラックスしていればナーダ音でストレスがあるなら耳鳴りであることが多いです。リラックスして聞こえるナーダ音は問題ありませんので基本はほおっておけばよいと思います。ストレスで聞こえる耳鳴りであればストレスを取り除いてリラックスするのが良いと思います。<br /> <br /> ■ゴーピ・クリシュナによるクンダリニー体験<br /> ゴーピ・クリシュナによると、最初のクンダリニー体験に「滝が落ちてくるような轟音」があったと言う。それは、一筋の光の流れが脊髄を通って脳天にまで達したときの音だったと言う。(ゴーピ・クリシュナ著「クンダリニー」より引用)<br /> <br /> この後、ゴーピ・クリシュナはクンダリニ症候群(あるいは禅病)として知られる状態になったのだが、その理由として著者は、「本来ならば脊髄に沿っているスシュムナを使ってクンダリニーを上げなくてはならなかったのだが、それ以外のナディ(エネルギーの通り道)から誤って上がると霊的にも肉体的にも重大な混乱が起こり、治る見込みのない障害者や気狂いになったり時には死ぬこともある。特に酷い場合、右側にあるピンガラを通ってクンダリニーが目覚めると、外から鎮めようとしても全くコントロールの聞かない体内熱のために、最悪の場合、文字通り焼け死んでしまうこともある。」と言う。そこで、この著者は、左側にあるナディ(エネルギーの通り道)であるイダを目覚めさせることを考えついた。それを実行して、助かった。同書には、もう1つの重要な指示が書かれている。「行法を修めている間、行者は胃袋を空にしてはならない。三時間おきに軽い食事を取るべきである」 これに従い、著者は助かったと言う。(「クンダリニー」より)<br /> <br /> スシュムナをクンダリニーのエネルギーが上昇する時に轟音が聞こえたと言うことは、これはスシュムナあるいはイダとピンガラに関する音なので、アナハタ・ナーダ(アナハタの聖音)と言って良いでしょう。<br /> <br /> ヨーガにおいても、古典的にはプラナヤーマの呼吸法などでスシュムナを浄化することを重視しています。スシュムナを浄化しておくことにより、不意にクンダリニーが上昇してしまった時に致命的な事故を防ぐと言う意味合いもあるでしょうし、意識的にクンダリニーを上昇させるための準備として浄化が重要視されているのでしょう。同書にはそのようなことも書かれています。<br /> <br /> どこに書いてあったのかは忘れましたが、何かの聖典にも右のピンガラからクンダリーニを上げることの危険性について言及していたような気がします。<br /> <br /> クンダリニー体験で聞くアナハタ・ナーダ(アナハタの聖音)と、クンダリニー制御が不完全な場合に起こるストレス・精神不安定が原因の耳鳴りは全く異なるものだと思います。白隠禅師の聞いた轟音はクンダリニー体験のアナハタ・ナーダ(アナハタの聖音)だったように思いますが、それ自体がストレスの耳鳴りではなく、白隠禅師は有り余るエネルギーの制御が時に不安定になったがためにクンダリニ症候群(あるいは禅病)になったのであり、アナハタ・ナーダ(アナハタの聖音)が聞こえるからと言ってクンダリニ症候群(あるいは禅病)であるとは限りません。白隠禅師の体験したクンダリニーのアナハタ・ナーダ(アナハタの聖音)を指摘して後世の解説者はクンダリニ症候群(あるいは禅病)だと解釈していることが多いですが、これは解釈の誤りだと思います。<br /> <br /> ■クンダリニーヨーガ的な音<br /> 行法の1つに、体内でのプラーナ(生命エネルギー)循環を行う方法があるが、この時、ビンドゥ・チャクラ(ビンド・ヴィサルガ, Bindu Visargha)から超感覚的な音が聞こえる。(「クンダリーニ・ヨーガ」より)<br /> <br /> ■3ヶ月で浄化され、ナーダ音が聞こえる<br /> 「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」には以下のようにあります。<br /> <br /> (2章10番) アヌローマ・ヴィローマ [片鼻交互呼吸法]により 3ヶ月で一定の浄化を達成することができます。満足、平和、満足感があります。 あなたがヤマとニヤマを遵守している限り、これはすべて達成されるでしょう。 単に左右の呼吸だけでは十分ではありません。誰もがプラナヤマを練習することができますが、もしヤマとニヤマがなければ、心は正しい方向に進まないので、成功は容易には達成されないしょう。<br /> <br /> ヤマと二ヤマというのはヨガの八支則(はっしそく)の最初の2つで、基本的な道徳について言及されています。条件下でプラナヤマのクリア(浄化)を行うことにより3ヶ月でナーダ音が聞こえるまでに浄化されると聖典の古典に述べられています。ただ、周囲を見ると何年も何十年も聞こえてこない人も大勢いるので、古代の人々にとってはそうであっても、現代の人に3ヶ月が適用できるかどうかは良く分かりません。少し下に詳しく記載するように、私個人としては毎日ヨガを始めてからだいたいそのくらいで聞こえてきたのですが。最初の10ヶ月は週1回90分レッスン、その後3ヶ月はほぼ毎日ヨガ90分をしたら聞こえてきました。<br /> <br /> ■スピリチュアリストの著書「オーラ13の魔法の法則(小宮ベーカー・純子著)より<br /> この著者は、額のアジナチャクラから蝶形骨にかけてバイブレーションが響き始めて、その影響で耳鳴りがするようになったとのことです。耳鼻科での診察は問題なし。悪いどころか聞こえすぎるとの診断だったそうです。時期としてはチャネリングやオーラ感知ができるようになった頃から耳鳴りが始まったとのことです。ちなみに、私も耳鼻科に行きましたが診断は問題なしでした。<br /> <br /> ■スピリチュアリスト、ドリーン・バーチューによる解釈<br /> おそらく、この高周波による耳鳴りを「天使の声」と言い出したのは彼女でしょう。あるいは、彼女がこのことを広めたのでしょう。神や天使の声を聴くことをクレアオーディエンス(Clairaudience, 透聴能力)と言いますが、天使界からのメッセージをダウンロードしている時に聞こえる音だという解釈のようです。彼女の場合、この音は「左耳」から聞こえるそうです。<br /> <br /> ヨーガの大家が「右耳」と言っているのに対して彼女は「左耳」と言っています。ちなみに私は左寄りで聞こえますが、両方から聞こえている感じでもありますので、どちらか一方ではありません。頭の中央のやや左寄りから聞こえています。これを左耳と言えばそうなのかもしれませんが。<br /> <br /> 主要ナディであるイダとピンガラは、右にあるピンガラが交感神経で太陽がシンボルで活力を司り、左にあるイダが副交感神経で月がシンボルで癒しを司りまます。諸説あるようですが、ピンガラは肉体的エネルギーを司り、イダは精神的および高次のエネルギーを司ると言う解釈もあります。この解釈に従うと、ヨーガの大家は肉体的エネルギーに近いところのクンダリニーやそれに類するエネルギーを活性化して右の鼻に繋がっているピンガラの音を右耳と言うか右側から聞いたのに対し、スピリチュアリストは高次の精神エネルギーを活性化して左の鼻に繋がっているイダの音を左耳と言うか左側から聞いたのだ、とも解釈できますね。<br /> <br /> ヨーガの言うナーダ音は主に瞑想中に聞こえる音ですが、スピリチュアリストが言う高周波の耳鳴りは常日頃から聞こえるものを意味します。<br /> <br /> ■左右の解釈<br /> ヨーガ的には、右にあるナディ(エネルギーの通り道)をピンガラ、左をイダと言います。右のピンガラは太陽がシンボルで活動的であり交感神経、左のイダは月がシンボルで鎮める役目の副交感神経です。これを音と合わせると、左から聞こえる音はイダ的で癒し、右から聞こえる音はピンガラで活動的、とも解釈できます。 ただし、これは体の中を鼻から始まってムーラダーラチャクラ(会陰部あたり)に繋がっている「ナディ(エネルギーの通り道)」に関することです。これに関する音であればこのような解釈でいいのだと思います。<br /> <br /> ■左右とチャクラ<br /> ヨーガ的には、胸のあたりに副次的なチャクラであるスーリア・チャクラ(太陽のチャクラ)とチャンドラチャクラ(月のチャクラ)があります。<br /> <br /> ■古代エジプトの左右の目<br /> 「フラワー・オブ・ライフ」によると、古代エジプトには3つの神秘学派があったとのことです。<br /> 男性性の学派は「ホルスの右目」女性性の学派は「ホルスの左目」、そして「ホルスの中央の目」<br /> ここでも、右が男性、左が女性になっていますね。<br /> <br /> ■古典的なスピリチュアリストによる解釈(混乱しないように注意)<br /> シャーリー・マクレーンの「ゴーイング・ウイズイン」によると、「第3の目(チャクラ)は脳の下半分、神経組織、耳、鼻、人格の目である左目を支配している。」「王冠のチャクラは松果腺と対応しており、脳の上半分と右の目を支配している。」と記載があり、左目がアジナチャクラ(第3の目)、右目がサハスララチャクラ(クラウンチャクラ)に対応しているとのことで興味深いですが、この書籍以外でこのような記述をほとんど見かけないので、このような説もあると言う理解でとりあえず頭の片隅に置いておくくらいがいいと思います。<br /> <br /> 余談ですが、松果腺は、ヨーガ的にはサハスララチャクラ(クラウンチャクラ)ではなくてアジナチャクラ(第3の目)と関連していますので、その部分の解釈も異なっています。<br /> <br /> 更に余談ですが、「フラワー・オブ・ライフ」で紹介されている古代エジプトにおける13チャクラシステムによると、松果体は3つのチャクラに繋がっているといいます。「第3の目(アジナチャクラ)」「クラウンチャクラ」およびその中間にある「45°のチャクラ」に繋がっているとのことです。現代で一般的な8チャクラシステムと13チャクラシステムは別の理論体系のようなので基本的には併用できないようですが、真実は1つなのでそれぞれの側面から解釈できそうです。<br /> <br /> これらは解釈がそれぞれ微妙に違っていて混乱を招くかもしれませんし、ヨーガなどで一般的な話とちょっと離れているので、一旦忘れた方がいいかもしれません。<br /> <br /> ■ナーダ音に集中して瞑想するナーダ・ヨーガ<br /> 上と同じ「Meditation and Mantra」から訳しつつ引用します:<br /> <br /> あなたは瞑想の間、様々な種類のアナハタの音である鐘の音、ケトルドラム、雷鳴、コーチ、ヴィーナやフルート、ハチの鳴き声などを聞くことができます。 心をこれらの音のいずれかに固定することができます。 これもSamadhiにつながるでしょう。 <br /> <br /> これはいわゆるナーダ・ヨーガとしての瞑想だと解釈できます。ナーダ音に集中して瞑想する方法でもサマーディに到達できるようです。<br /> <br /> ■ヴェーダンタ流派の解釈<br /> 又、同本「Meditation and Mantra」によるとヴェーダンタ系の流派は違った解釈をするようです。瞑想の間に現れる光や音を幻覚(マーヤー)だとして無視するようです。訳しつつ引用します:<br /> <br /> ヴェダンタの道にいる学生は、これらの音と光を無視します。 彼はすべての形を否定することによって、ウパニシャドの偉大な発言の意義を熟考しています。 "太陽はそこに輝いておらず、月や星も輝いてはいない。また、この稲妻は輝かない。そして、この火が輝く可能性もっと低い。彼が輝く時、彼に続いて全てが輝く。彼の光によってすべてが光ります"。 彼は次のように瞑想します:"均質な本質の中で、空気は吹いていません。火はそこで燃えていません。音や触感、臭いも色も、心もプラナもありません。私は満足しているSiva、私は満足しているSiva",<br /> <br /> これも、日常に聞こえる音のことではなく瞑想中に聞こえる音のことを言及しています。<br /> <br /> ・・・と以前書きましたが、その後、ヴェーダンタをインドで習った方にお話を伺ったところ、ヴェーダンタは経験を無視しないし体験を否定しないので、「経験を無視する」「経験を否定する」というのは良くある誤解だとのことです。ヴェーダンタでは経験のその先を見ているので、経験は否定しないものの経験に重きを置かない、ということのようです。ヴェーダンタを習うと周囲や本からこのような体験を見聞きすることも多いので、そんな経験もおそらくあるだろう、とのことで、否定はしないものの、ヴェーダンタの道にいる人はその先を見ているので、経験にはあまり興味がないようです。ヴェーダンタでは「サット・チット・アーナンダ(Sat-Cit-Ananda)」という言葉で表される、現象のその先、常に変わらないものを求めているようです。現象や経験には始まりがあって終わりがあるが、ヴェーダンタではそのような有限なものではなく永遠の至福を求めているようです。そのゴールを表す言葉がサット・チット・アーナンダ(Sat-Cit-Ananda)であり、全てのものや現象に永遠性と至福を見出せるよう道を歩んでゆくようです。<br /> <br /> ■ヘミシンク体験者<br /> 日本のヘミシンク関係者の書籍でも、似たような高周波について言及がありました。静かなところで作業をしたり本を読んでいる時に聞こえる高周波のようで、似たものだと思われます。ヘミシンクを行ったからと言って必ずしも聞こえるわけではないようですが。<br /> <br /> ■仏教系の解釈<br /> 仏教では世界を3つに分けている。<br /> 人が住む欲界、中間的な色界、欲望を超越した無色界<br /> <br /> 仏教的には、瞑想で聞こえるヴィジョンや音は「色界」に属するものであって、それはまだ欲望が残っている世界に属するものであると解釈するようです。(出典はどこか忘れました)<br /> <br /> ■ナーダ・ヨーガにおけるアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)とアナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)<br /> スワミ・サッチヤナンダ(Swami Satyananda)の弟子であるジョーティルマヤナンダ(Jyotirmayananda)の著作「タントラ・ヨーガ瞑想法」によると、アナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)とアナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)は若干異なるようです。<br /> <br /> ヨーガでは体は大まかな3つの階層で構成していると考える。「肉体(物質とプラーナ)」「細身(メンタル質とアストラル質)」「真我(コーザル体)」であるが、それぞれの体が違った音を聞く、ということになっている。「細身」で聞こえるのがアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)であり、「真我」で聞こえるのがアナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)とのことです。最初に聞こえ始めるのがアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)であり、後に聞こえるのがアナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)になる。<br /> <br /> ■禅の公案「隻手の声(せきしゅのこえ)、隻手音声(せきしゅおんじょう)」<br /> 上記のジョーティルマヤナンダ(Jyotirmayananda)は「タントラ・ヨーガ瞑想法」において禅の公案である「両掌で叩いて音あり、片掌で叩いて何の音があるか」と言う問いに対して明快に答えている。もちろん、肉体においては片手で叩いても肉体が聞こえる音は出ない。ジョーティルマヤナンダによると、これはまさにアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)が聞こえる修行段階に至ったかどうかを試す公案なのだと言う。これは頭で考えることではなく、実際に聞こえるようになるまで修行し、実際に体験すべきことなのだと言う。<br /> <br /> アナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)の「an」は否定、 「ahata」は「叩く」や「打つ」を意味しているから、アナハタは「打たざる」と言う意味になる。肉体で打たずして聞こえる音であるアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)が聞こえるかどうかで修行の進み具合を確認したのでしょう。<br /> <br /> 白隠禅師の禅宗では、かなり初期の段階でこの公案を解かされるという。<br /> であれば、このナーダ音が聞こえると言う「しるし」はかなり初歩的なものであると思われる。<br /> <br /> ■ナーダ・ヨーガを長年勉強した人に隻手の声(せきしゅのこえ)について聞きました<br /> ヨガ・オブ・ボイスというナーダ・ヨーガとその他を組み合わせた手法を提唱している、大学院教授でもあるシルビア・ナカッチさんのワークショップがあったので参加したことがあり、その際に上記の禅の公案「隻手の声(せきしゅのこえ)」について聞いてみました。彼女によると、禅の片手拍手の話は元がサンスクリットなので同じことを意味しているという。アナハタが「打たない」だから、その話が公案になったのだろう、とのこと。 推測なのか、あるいは、そういう常識なのか?<br /> <br /> 私は、この禅の公案は白隠禅師の発案かと思っていたが、たしかに、サンスクリットのアナハタの意味が先にあったと解釈した方がしっくりきます。そのように解釈した方が良さそうです。<br /> <br /> ■ヨガナンダの自叙伝によると<br /> パラマハンサ・ヨガナンダの「あるヨギの自叙伝」には「神秘的なオームの音は、ヨガの初心者でも、しばらく練習を積めば聞くことができるようになる。この至福に満ちた霊的鼓舞を受けるとき、修行者は、実際に聖なるものとの触れ合いが出来たことを確認するのである。」と書いてあります。ここで言うオームの音とはアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)の音であると推測できます。<br /> <br /> ■アナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)<br /> アナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)と混同されやすいアナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)はジョーティルマヤナンダ(Jyotirmayananda)によると「境界のない」とか「特質のない」と言う意味になる。これは宇宙の始源的な響き、あるいは、内なる沈黙の響きであるとされ、瞑想の最も深いサマーディに関係した沈黙の音になるが、日常で何も聞こえていない状態の普通の沈黙という意味とは全く異なる、音としてしか感知できない沈黙の響きになる。この認識が「マントラのオームが宇宙の根本原理」という理解や、あるいは、宗教は違えども聖書における「はじめに言葉あり」のような理解にも繋がってゆくらしい。このように、ナーダを使って悟りを得ようとするナーダ・ヨーギたちの一派がいるようだ。<br /> <br /> これまた興味深い。私の場合、アナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)は聞こえるがアナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)はまだこれから、という感じですね。ようやく状況が見えてきました。<br /> <br /> ■アナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)とアナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)はやはり同じ?<br /> 上記のようにアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)とアナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)は違うものである、と著名なスワミがおっしゃっていますが、その一方で、ナーダ・ヨーガを30年も勉強した大学院教授でもあるシルビア・ナカッチさんに聞いてみたところ、アナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)とアナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)は同じだ、とのこと。ナーダ・ヨーガの専門家がそう言うのだから、やはり発音違いで同じものなのかもしれない? 混乱します。 彼女によると、元はサンスクリットなので、「タ(ta)」と「ダ(da)」の違いは問題ではなく、同じだ、とのこと。 うーむ。 本当はそれが正しいのか、あるいは、そもそも、このことはあまり知らなくてもいい知識なのかもしれない。 一般的にはアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)しかない、ということでいいのかもしれません。 これが違うと主張したところで、それを体験していなければ説明のしようがないですし。 体験せずに主張したらトリビアっぽくなってしまうかもしれません。<br /> <br /> あるいは、ヨーガ行者など神秘行全般によくあることだが、私のような、セミナーに参加しただけの部外者の質問には曖昧に答えて誤魔化しているだけで、やはり別物であることを本当は知っているのかもしれない? 確信を持って話しかけてきた人にだけ本質を伝える、と言うやり方なのかもしれない。 あるいは弟子入りしないと本質は教えない、とか。 一般的には同じということにしてアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)しかない、としてしまった方が説明としてもわかりやすいし、説明したところで理解できる人は限られている。アナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)の先に到達できそうな人にだけ秘密を明らかにする、というのがヨーガ的なやり方でもあるかもしれないです。 謎は残る。 ここからは、自分でアナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)を体験してみるしかないかもしれません。<br /> <br /> ■ナーダ・ヨーガの修行法<br /> 上記のジョーティルマヤナンダ(Jyotirmayananda)の書物にはナーダ・ヨーガの修行法が紹介されている。その注意書きに以下のようにある。<br /> <br /> 「しばらく実習を続けているうちに、昼間何もしていない時に突然音が聞こえてくるようになる。そうしたら、その段階でこの方法を中止する。しかし、これは決して幻聴などではない。ただこの音が、実習者の日常生活の邪魔になり、何ら有益なものをもたらすことがないので、止めるに越したことはないわけである。非常に熟練したヨーギーなら、目覚めている間中、ずっと一日中でも、霊的な声を聞き続けていることができる。ただこのためには、ここでは言及していない非常に特殊な準備をして、グルの直接的な指導を仰ぐ必要がある。しかしそこまでゆくと、これはもうシッディ(神通)に属する未知の声を聴こうとするための修行になってしまう。」<br /> <br /> ということで、一般的には、この音を聞く訓練はやり過ぎないのが肝心のようです。私は別に、ナーダ系の特殊な訓練をしていたわけではないですけどね・・・。私の場合、聞こえてくるようになった理由はおそらくヨガの普通のプラナヤーマです。インドのアシュラムや一部の上級者がやるようなバストリカのような難しいものではなく初歩的なものしかやったことがありません。それでも基本的な浄化(クリア)がされるには十分なのかもしれません。<br /> <br /> ■音がずっと聞こえるようになってしまった場合<br /> 「シャンバラからの伝言(成瀬雅春著)」によると、ナーダ・ヨーガの実習を行なっていると音が耳に残ってしまうことがあり、その時は「カパラバティ・クリア」を行うと治ると言う。<br /> <br /> ■ナーダ・ヨーガによる音の4分類<br /> 成瀬雅春先生による「精神世界の扉」ではナーダ・ヨーガによる4種類の音の分類を紹介しています。<br /> 「ナーダはサンスクリット語で『流れ』とか『音』を意味している。流れというのは音の流れでもあり、意識の流れでもある」とのこと。<br /> その4種類とは<br /> ・ヴァイカリー 通常の耳で聞こえる音<br /> ・マディヤマー 聞こえる音と聞こえない音の中間。神妙な囁きのような音<br /> ・パシャンティー(パシュヤンティー) 耳で聞こえる音ではなく「観える音」<br /> ・パラー 聞こえない音、沈黙の音というような意味であるが、宇宙の始原的な響きであり、瞑想の最も深い部分<br /> と説明しています。<br /> <br /> マディヤマーがいわゆるナーダ音であると解釈できます。<br /> <br /> ジョーティルマヤナンダ(Jyotirmayananda)によると「ヴァイカリーからマディヤマーへ移行する段階の中間的な次元の音がアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)」と書いてありますので、文字通りに解釈するとヴァイカリーとマディヤマーの間ということになりますが、意味を考えるとマディヤマーがそもそも中間的な音という意味ですので、ヴァイカリーからパラーへと向かう時に中間的なマディヤマーの段階で聞こえる音、と解釈することにします。おそらく翻訳が微妙なだけでしょう。<br /> <br /> アナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)は「真我(コーザル体)」で聞こえる音ということですので、明確に記載はないですが、おそらくはパシャンティーやパラーが該当すると思われます。<br /> <br /> 「瞑想と霊性の生活3(スワーミー・ヤティシュワラーナンダ著)」には以下のように記載があります。<br /> <br /> 私たちが話すとき、私たちが耳で聞くものは、ヴァイカリーと呼ばれる、粗大な形の音にすぎない。それは、声帯、舌、その他の動きから生まれる。その背後に、思考過程の産物である言葉がある。これはマディヤマ音である。思い自体は、パシャンティ音と呼ばれる、もっと精妙な衝動から生まれている。パシャンティは非顕在のシャブタ・ブラフマンから発するのであって、その音の過程はパラーと呼ばれている。それゆえ人の思いの生活は、パラーから発して、パシャンティとマディヤマを通り、ヴァイカリーに至るまでの領域を持っている。<br /> <br /> ■Vaikhari/Madhyama/Pashyanti音の分類<br /> Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修)P559には例と共に明確な説明が記載されています。<br /> ・物理的な耳で聞こえる音: Vaikhari音。誰かがフルートを吹いていて誰かが聞く場合。<br /> ・耳で聞こえるような気がするが実際には心(マインド)で聞く音: Madhyama音。どこか離れたところで誰かがフルートを吹いていて、誰かがフルートを吹いているのを貴方が感じる場合。<br /> ・他人には聞こえず瞑想の中で聞こえる音: Pashyanti音。誰もフルートを吹いていないのに貴方がそれを聞く場合。<br /> <br /> ■金蔵の書<br /> 神智学協会の設立者であるH・P・ブラヴァツキーがチベットで修行した時に入手した「金蔵の書」の邦訳が「沈黙の声」に掲載されているのですが、そこにも上で紹介した7種類の音について記載があります。<br /> <br /> &amp;nbsp;「Meditation and Mantra」の記述「沈黙の声」の記述1ナイチンゲール(ウグイスに似た鳥)の甘い声鶯の声2銀のシンバル銀のシンバル3殻の中の海のメロディ貝から聞こえる海のメロディ4ヴィーナの唱歌ヴィーナの歌5竹のフルート竹の笛6トランペットの一吹きラッパの音7雷雲の鈍い轟音のように振動轟々たる雷鳴7つ目の音は他のすべての音を呑み込む。それらは死んで、それ以上は聞こえません。第七の音はその他の音一切を呑み、一切の音は消えて、早きこえず。<br /> 音に関してはほぼ類似で、おそらく出典がほぼ同一なのですが、こちらには更に説明があります。それによると、最後の第7の音が聞こえるのとそれ以前の6番目の音とは決定的な違いがあるそうです。第6の雷鳴の音までは低次の人格と結びついており、第7に達すると低次の人格が克服されて内なる真我(アートマン)が現れたことを意味するそうです。その時、いわゆるサマーディ状態になるとのことです。解釈が難しいところではありますが、同書によると、クンダリーニが上昇するにつれて段階的にこれらの音が聞こえて最終的にサマーディになる、とも読めます。<br /> <br /> 又、同書にはこれとは別に、「高き瞑想の神秘的階調」と表現しているアナハッド・シャブドというエーテルの世界の音にも言及されていますが、詳しい説明はありません。<br /> <br /> 私の場合、ナーダ音が普段から割と聞こえており、日常生活のほとんどは支障が無いものの、クラシックコンサートやオペラを聞きに行く時にナーダ音がコンサートの音と混じって聞こえてコンサートだけを楽しむのに支障があったり、あるいは、コンサート中は自分が周囲に迷惑をかけないように息の音まで気をつけないといけないのにナーダ音がずっと聞こえているが故に呼吸の音も含めて完全に音が消えているかどうかを自分で確かめ辛い、といった、音に関する日常生活の不便がたまにあるので、この音を意識的に消すことができればいいなあ... とたまに思うのです。なにせ、ナーダ音とは「始まりも終わりもない音」でずっと流れていますから、特別それが不快ではないにせよ、むしろ心地いいものではあるのですが、時にその音を消したいなあと思うこともあるわけです。 前置きが長くなりましたが、そういうわけで、この文脈です。最後のところに、「第7の音はその他全てを飲み込んで、もはや聞こえなくなる」、と記載があります。一生ずっとこのナーダ音と付き合うことになるのかな... とも思っていたのですが、どうやら次のステージに進めば聞こえなくなるようです。そう思えば、ちょっと安心してきました。<br /> <br /> そういえば、ドリーン・バーチューの本にも高周波はそのうち聞こえなくなって言語化して聞こえるようになるとか何とか記載があった気がします。どこに記載があったのかは見つけられませんが。<br /> <br /> 1番目のウグイスの声。これは、微かに聞こえるナーダ音のことでしょう。私は最初は気のせいかと思っていましたので、この段階ははっきりとは認識していません。エアコンの音かと思っていた微かな音が実はそれだったかもしれません。具体的に気付き始めたのは2番からで、この1番目のウグイスの声単体ではチ・チ・チ・チ・チ・チという微かな音なので単体ではそれと気付きにくい気がします。<br /> <br /> 2番目の銀のシンバル。だいたい2017年11月頃からこの音を認識し始めました。ヨガを始めて1年くらい経った時のことです。そのうち最初の10ヶ月は週1回90分レッスン、その後3ヶ月はほぼ毎日90分レッスン、と言う頻度でヨガをしていました。最初は1番のウグイスの声のようなチ・チ・チ・チという音から始まって(エアコンの音と似ているのでそれだったかもしれませんし、ナーダ音だったかもしれません。ここは微妙です)、次第に高周波のピーという音が聞こえてきて、時々シャリシャリという感じの多くの鈴(神楽鈴の音程をもっと低くしたような静かな音)が遠くで鳴っている音というか田舎の秋のスズムシやバッタ等の虫の音を遠くで聞くようシャンシャンした音が聞こえました。あるいは、遠くでかなりの数のミンミンゼミが鳴いているような音(耳につくような音ではない感じ)の時もあります。それは、自然が奏でる曲とも言えなくもないです。メロディはないですが不快ではなく、聞いていて落ち着く音の時があります。基本的にはそうではなくて単なるピーという音なのですが。人によっては「モータ音」と言うかもしれない。或いは「サーサー」と言う音。振幅はほとんどないので「サーーーーーーー」と言う感じですが。これは、3番目の貝の海のメロディと言えなくもないです。1番のウグイスの声はエアコンなのかナーダ音なのかどちらなのか微妙なところではありますが、2番以降はナーダ音としか考えられないですね。どこに行っても聞こえるのでナーダ音の可能性が高いです。<br /> <br /> 4番のヴィーナのような低い音は良くわかりませんが、重なって聞こえているとすればそういう音もあるかもしれません。単体ではよくわからないですね。5番目のフルートの音は高周波としてはずっと聞こえています。私の場合、ふと気づいた時には既に2番から5番までが聞こえていた感じですね。6番目のトランペットは、たまに片耳から聞こえますが頻度は低いです。トランペットというよりはもっとゆっくりとした音の音量が次第に大きくなって、次第に音量が小さくなってゆくという感じです。<br /> <br /> 私個人は上に書いたようにヨガのシャバアサナの時に聞こえてきてその後は常時聞こえるようになりましたので「座禅の瞑想中の時だけ」聞こえるようなナーダ音は経験しておらず、常時聞こえるようになってからは座禅の瞑想中でももちろんずっと聞こえるようになりましたので、座禅の時「だけ」聞こえるような一時的なナーダ音は経験していないのですが、もしかしたら人によっては座禅の瞑想中にだけ聞こえるナーダ音というものがあるのかもしれません。一般的には「瞑想中に聞こえる音」としてナーダ音が紹介されていることが多いようですので、推測するに、座禅をして瞑想をすると聞こえるようになった人が多いのかなあと推測しますが、私はもはや常時聞こえるので確かめようがありません。<br /> <br /> 2018年初め頃から2番の銀のシンバルや3番の海のメロディが聞こえなくなってきました。5番のフルートは変わらず聞こえます。状態が進むにつれて聞こえる音に変化があるのでしょうか。<br /> <br /> 2018年6月、頭の中で「プツ」「プツ」と言う細かな気泡が弾けるような小さな小さな音が時々することに気付きました。ナーダ音に比べて音量が1/3~1/5くらいの小さな音。骨が鳴る音と似ているが、感覚的には骨が鳴る音とはちょっと違う感じ。もしかしてこれをトランペットの一吹きと言うのかもしれませんが、(6番の)トランペットにしては時間が随分と短いです。日本人が一吹きと聞くと10秒や20秒の長い音をイメージしますが、この著者はとても短い一吹きの0.2秒とかそういう音を意味していたのだとしたらこれが該当するかもしれません。あるいは、時々聞こえた長い音がトランペットなのかもしれません。ちょっとこれは微妙ですね。まだ聞こえていないだけかもしれません。<br /> <br /> 7番目は心当たりがないのでまだですかね?<br /> <br /> 2018年7月、ナーダ音が、左と右で聞こえ方が違う。左はフーという感じの高音で、右は左よりちょっと低い音と左よりちょっと高い音とザラザラ音との3つの音が混ざっている感じ。左は音量がわずかに大きくなったり小さくなったりして、ちょっと波打っている。1つの周波数の音量が増減しているというよりは、音量一定の周波数が複数混ざり合っていて、その波形が重なって大きくなるタイミングと小さくなるタイミングがあるような感じ。左は右ほど周波数分かれてはいないので別々の音が重なっているようには聞こえず、単に波打っているように聞こえるが、やはり複数の音が重なっていると思うのが理屈に合っている。でも、それは7番目の「雷雲の鈍い轟音のように振動」というほどのものではない。やはり7番目はまだのようです。<br /> <br /> 2018年9月以降、時々ですが大きな体の蜂がそこら中でブンブン言っている音をたまに聞くようになりました。その時は、体が活性化しているので何かの変化の予兆かもしれません。<br /> <br /> ■ナーダ音の言語化<br /> 幾つかの書籍によると、最初はナーダ音として高周波が聞こえるだけだが、やがてはそれを解釈する構造が自分の中にできてきて言語化されて聞こえるようになると言います。ただし、「言語化」と言うのは、そう表現するしかないから言語化と言っているだけで、超感覚的に直接的に意味が解釈されるような種類のもののようです。<br /> <br /> 例えば、先に述べたスピリチュアリスト、ドリーン・バーチューも似たようなことを言っています。高周波が聞こえている状態においては、意味がわからなくともプログラムをダウンロードしているのだとか。そしてやがてはその意味がわかるようになる、と言っています。<br /> <br /> ライトワーカーによる「ライトボディの目覚め」によると、やがて頭部上方に言語解釈の霊的なクリスタルが作られて意味が解釈できるようになると書かれています。<br /> <br /> ヨーガ的にはナーダ音はビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ)と言う副次的なチャクラで聞こえることになっていますが、このチャクラは「副次的」とあるようにヴィシュッダ・チャクラの副次的なチャクラであり、ヴィシュッダ・チャクラは喉にあって言語や浄化を司るチャクラですので、ナーダ音の言語化にはこれらのチャクラが使用されると解釈できます。ただし、ヨーガ的には「ナーダ音が言語化されて解釈される」と関連付けて解釈することは少ないようです。 それらはほとんどの場合独立して語られ、単に、ビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ)でナーダ音が聞こえる、と言う事項と、それと独立するような形で、ヴィシュッダ・チャクラで言語およびテレパシーを扱う、と言うように、別々のこととして述べられていることがほとんどです。あるいは、ビンド・ヴィサルガ(Bindu Visargha, ビンドス・チャクラ)のことは持ち出さずに、単に「耳はヴィシュッダ・チャクラの領域」とだけ言われることもあるようです。<br /> <br /> 「ダライ・ラマの密教入門」にはこのことを示唆していると思われる記述が見つかります。<br /> 「喉のところにある滴は、単なる音の現れを意識に生じさせる機能を持っています。それは通常の状態では不浄な音の現れを生じさせています。この滴の機能を用いると、修行中には『無敵の音』が得られ、『仏陀の境地』を達成する際には、この無敵の音によって、『究極の言語』が得られるのです。」<br /> 滴というのはチャクラと解釈できます。最初は意味のない高周波が聞こえるが、修行によって音が変わり、やがてはその音は言語として解釈できるのだ、と読めます。<br /> <br /> ここは、私は以下のように解釈しました。<br /> <br /> 「肉体(物質とプラーナ)」で聞こえるのは普通の音。<br /> 「細身(メンタル質とアストラル質)」で聞こえるのが高周波のアナハタ・ナーダ(Anahata-Nada)です。ここでは言語化はされていません。<br /> 「真我(コーザル体)」で聞こえるのが(いわば)言語化された、アナハダ・ナーダ(Anahada-Nada)で、ダライ・ラマの言うところの「究極の言語」。<br /> <br /> 「ダライ・ラマの密教入門」によると、瞑想のサマーディや身体のヨーガによって心を鎮めて行くと「微細なレベルが機能し始める」と書かれてあります。これは文脈的に「真我(コーザル体)」のことであると解釈します。<br /> 同書によると、微細な意識のレベル(おそらく真我、コーザル体)では、「心(意識)」と「エネルギー」は一体のものになるようです。対象を「知る」という観点からは「心(意識)」になり、運動するという観点からは「エネルギー」になるが、それは一体である、とのことです。<br /> <br /> その状態に至るまでにきちんと瞑想やヨーガで修行していないと危険な状態に至るとも書かれています。<br /> 「修行が完成していない状態で光明を現そうとすると、喉のところにあるエネルギーセンター(受用輪)が圧迫され、光明が現れるどころか死に至る危険すらあるのです。このように、ある種の技法はとても危険を伴うものなのです。」(「ダライ・ラマの密教入門」より)<br /> 修行のためには経験を積んだ師に頼ることが重要ということが強調されています。喉の圧迫感は私にも度々あるので、修行(或いは「浄化」)がもっと必要のようです。私はこういう修行を大して積んだ訳でもないし、近くにこういう指導ができる師匠も見つからないので手探りに浄化をしてみます。仕方がないです。この喉の圧迫感は前から謎だったので、こういう理由だとようやく分かったのでこれで対策が打てます。<br /> <br /> 瞑想のサマーディやヨーガでは、心の死滅、或いは心の安定、という状態がゴールになります。その先に「真我(コーザル体)を目覚めさせる」、という段階が待っているのだと読み取れます。スピリチュアリストにせよ、ライトワーカーにせよ、ヨーガのジョーティルマヤナンダ(Jyotirmayananda)にせよ、ダライ・ラマにせよ、宗教や流派は違えども、意外と皆、似たようなことを言っているようですね。<br /> <br /> ■瞑想とナーダ音<br /> 瞑想には色々とやり方がありますが、「Meditation and Mantra」に記載のあるヨーガ系の瞑想手法の場合、このナーダ音が聞こえてきても無視するように指導されます。この手法はマントラ(オーム、あるいは伝授された個人的なマントラ)を唱えて集中するのですが、ナーダ音が聞こえてきたとしても元々集中していたマントラに集中を戻すように指導されます。あくまでもこの手法(流派)の場合の話です。<br /> <br /> 同書およびHatha Yoga Pradipikaには、このナーダ音をそのまま瞑想に使用できると記載があります。その場合、ナーダ音に集中することで瞑想を行います。呼吸やマントラに集中するのではなくてナーダ音そのものに集中します。その手法でもサマーディを達成できるとのことです。<br /> <br /> ■ラマナ・マハルシの見解<br /> 著書「不滅の意識」によると以下のようにある。<br /> <br /> 質問者: ナーダ・ヨーガ(nada-yoga 音に対する瞑想)を修練している時、私は鈴やこだまのようなサイキックな音を聞きます。<br /> マハルシ:その音がラヤ(laya 心が一時的に休止している空白の状態)に導くのでしょう。これらの音を聞いているのは誰か注意して見るのを忘れないようにしなさい。もしあなたがあなたの内なる真我をしっかりと捕まえて手放さないならば、あなたが音を聞くか聞かないかは重要なことではないでしょう。主体を見失わないように保っておきなさい。ナーダ・ヨーガは確かに集中の1つの方法ですが、それを達成した後は真我に焦点を合わせなさい。もしあなたが主体を見失うと、あなたはラヤに入って行くでしょう。<br /> <br /> 真我とは神智学で言うコーザル体あるいはヨガ的なアートマンのことですから、この記述からも、ナーダ音は(ここに明確な記載はありませんが)細身(メンタル質とアストラル質)に属するものであって、真我(コーザル体、アートマン)に属するものではないと解釈できます。<br /> <br /> 同書には、同様の質問がもう1つ掲載されています。<br /> <br /> 質問者:集中された心が静止する前に、あるいはその後に、ヴィジョンを見たり神秘的な音を聞くことがありますか。<br /> マハルシ:それらは前にも後にも現れます。重要なのはそれを無視し真我にのみ注意を払うことです。瞑想の間に見えるものや聞く音は、心を乱し、心を誘惑するものと見なさなければなりません。それらが求道者を惑わすことと決して許してはなりません。ヴィジョンは瞑想に妙味を添えますが、しかし、それ以上の何ものも与えることはありません。<br /> <br /> ここでも、上に乗せた瞑想手法の解釈と似たようなことが述べられています。<br /> <br /> どうやら、ナーダ音は集中の手助けにはなるが、それ以上のものではない、と言うのが複数の覚者による見解のようです。ナーダ・ヨーガ的な瞑想では物理的に聞こえる音、あるいは、ナーダ音に集中することで意識を深めてゆくのでしょう。瞑想のために利用する物理的な音やナーダ音など諸々は、いわば補助道具なのでしょう。そして、ある程度の段階に至ったのであればそこから先は(補助器具であるところのナーダ音などを手放して)真我を見出してゆくのだと思います。<br /> <br /> この記述だけを見たら、「そうか。真我を見出せばいいのか」とだけ思ってしまいがちですが、まずその前に、きちんと段階を追って、ナーダ音やヴィジョンが現れる段階を得てからようやく真我を見出す段階に至るのであって、いきなり真我を見出そうと瞑想しようとしても、かなり無理があると思います。ヨーガ・スートラに述べられているように、まずはヤーマやニヤマという道徳的なところから始まり、呼吸法のプラーナヤーマ、姿勢のアサナ、感覚から自由になるためのプラティヤハーラ、そして集中のダラーナ、瞑想のディアーナ、そして至福状態のサマディに至るわけですが、真我を見出すと言うのは最後のサマーディの段階ですし、ナーダ音が聞こえると言うのは瞑想のディアーナ段階ですから、段階をきちんと踏むことが重要であるのは大前提であるわけです。<br /> <br /> 瞑想の解説で「ヴィジョンや音などは重要ではない」と言う記述は多くの書物で見ますし、瞑想に詳しい人もそう言うことが多いので、それはそうなのでしょう。この解釈としては、「現実は現実として、それが心の中で聞こえたり見えたりしているのだから否定する必要はない。ただ、それは重要ではないので、特別な注意を払う必要がない」と言う程度のものだと思うわけです。<br /> <br /> 後日、同じラマナ・マハルシの別の書籍から言及している箇所を発見したので引用します。<br /> <br /> ナーダはヨーガの聖典に述べられています。しかし神はそれを超えているのです。血液の循環、呼吸作用、その他の身体的機能は必然的に音を生み出します。その音は不随意で継続的です。それがナーダなのです。「ラマナ・マハリシとの対話 第1巻」(ムナガーラ・ヴェンカタラーマイア著)<br /> <br /> ここだけを読むと「ナーダ音は肉体が出している音である」と解釈してしまいそうになりますが、「ナーダ音は真我(アートマン)が出している音ではない」と解釈した方がスッキリします。というのも、彼はこの文節では「体か、あるいは、真我(アートマン)か」という2択で話をしているように解釈できるからです。彼の話をするのであれば文字通りでいいのかもしれませんが、他の聖典との整合性を考えるとこのように解釈した方がスッキリすると思いました。<br /> <br /> ■ナーダ音が聞こえ出した最初の時<br /> <br /> 私がナーダ音が最初に聞こえたのはヨガの最後のシャバアサナの時でした。<br /> <br /> 最初は、いつものように呼吸や思考を観察していただけでした。ヨガをするにつれて思考の波が穏やかになってゆき、やがては、散発的に連続5秒前後くらいならば思考がない状態で息だけを静かに観察できるようにはなっておりましたので、その程度で息だけを観察しているだけでも十分にリラックス出来てはいたのですが、更に深くリラックスしたいと思い、たしか息を吸ってからちょっと止めて少しづつ吐きながらその息に少し注意を払うことで思考の波をより深く鎮めようとしました。心の言葉にならない程度の細かな波をグッと静めようとしたわけです。最初は試行錯誤で、特に何も変わりませんでした。ですが、とある日、変化が起こりました。もともと目を閉じていたので視界は一応暗かったのですが、思考の波を意思の力で鎮めることにより、より一掃の暗闇の静寂に包まれたのです。それは、視界が暗闇に包まれただけでなく、体全体が暗闇の静寂に包まれたのです。その瞬間、息のことも意識になくなり、視界が暗闇に包まれ、深い深い静けさの暗闇の中に「無」とも言える意識が漂ってきて、とても心地よかったことを覚えています。<br /> <br /> それが日をあけて数回続いたでしょうか。一旦慣れればその状態にシャバアサナからすぐ移行する事ができましたので、何回かそんな事が続きました。それはそれは落ち着いた深いリラックスだったわけですが、その静寂の「無」の中から、急に音が聞こえてきたのです。それがナーダ音の始まりでした。<br /> <br /> 段階的にまとめます。<br /> 1. 最初は、心のお喋りのなすがまま。心のお喋りに反応することで心のお喋りを増幅させてしまう段階。<br /> 2. 心のお喋りに付き合うことなく、心のお喋りを観察できる段階。<br /> 3. 呼吸に意識をすることで心のお喋りを止めて呼吸の観察に戻すことができる段階。<br /> 4. 呼吸だけを意識して心のお喋りがない状態を最低5秒間は継続できる段階。<br /> 5. 思考の波が十分に静まる、あるいは、意思の力で思考の波を沈めて体全体が暗闇の静寂に包まれる段階。<br /> 6. シャバアサナの時、暗闇の静寂の中からナーダ音が聞こえて来た。<br /> 7. シャバアサナの時だけでなく、日常生活においても普通にナーダ音が聞こえるようになった。<br /> <br /> 上に書いたようにナーダ音には複数の種類があり、一番最初の「ウグイスの声」はこの静寂の暗闇の前にもシャバアサナの時に聞こえていたような気もしますが、このウグイスの声は微妙な音なので、なかなか日常生活の音との見分けが難しかったような気がします。高周波のピーと言う音や鈴の音は暗闇の静寂を経験した後に聞こえて来たような気がします。これらの高周波は分かりやすい音です。<br /> <br /> 音それ自体は、地方に旅行した時などで音が全くしない場所で静寂のキーンという音が聞こえるような感覚に似ていたり、あるいは、ヨーガの手法「ナウムクヒ・ムドラ」で耳・目・鼻・口を塞いだ時に聞こえる音(これもアナハタ・ナーダだと言われる)に音自体は似ているので、聞こえるかどうかの話で言えば昔から聞こえたのですが、意識の状態はかなり違います。<br /> <br /> ナウムクヒ・ムドラをすれば一般人でもかなりの確率でナーダ音を聞くことができると思いますし、地方に旅行して静寂のキーンという音を聞いたことのある人は一般人でもかなり大勢いるでしょう。そのような一時的な体験でナーダ音が聞こえたと言うのと、意識の静寂と共に常に聞こえるナーダ音の間には随分と差がある気がします。どちらも「静かなところで聞こえる」という点に関しては一緒ですが、その内容はかなり違うと思うわけです。意識の静寂と共に聞こえるナーダ音は常に聞こえますから、誰かと会話していても重なって常に聞こえる高周波です。音量は日によって多少変わるもののある程度は一定ですから周囲がかなり騒がしいと被ってしまって聞こえにくくなりますが、静かな場所で話す時の人の会話と同じくらいの音量で常に聞こえる高周波なので、音量はそれなりにあります。地方の旅行での静寂のキーンは特殊な体験ですが、意識の静寂と共に聞こえるナーダ音は日常生活の延長です。普通に生活していて、例えばネットで調べ物をしたり会話したりしていても普通にナーダ音も聞こえ続けています。<br /> <br /> その後、何人かとナーダ音について話したのですが、それでふと思うのは、ナウムクヒ・ムドラや地方の静かな場所でナーダ音を聞いて「私はナーダ音が聞こえる」と言っている人がぼちぼちいるということです。「それは、ナウムクヒ・ムドラや地方の静寂で聞こえる、アレでしょ?」みたいな感じ反応してくる人もいて、「そのくらい、私にも聞こえるよ?」みたいな反応をする人もいて、その一方で、「ナウムクヒ・ムドラなら私もそれっぽい音が聞こえるよ? 普通じゃないの?」みたいな、あまり特別なものではないという反応が多く、私の言うことにもあまりピンと来ないようです。私の説明の仕方が悪いのかもしれませんけど、ナウムクヒ・ムドラや地方の静寂で聞こえるナーダ音であれば聞こうと思えばおそらくほとんど全ての人が聞こえると思います。人によっては家が静かなのでいつも聞こえるという人もいるでしょう。<br /> <br /> ナウムクヒ・ムドラであれば私が子供の頃に同様の遊びをした際にもナーダ音っぽいものが聞こえていた気がしますし、私もヨーガを始める前に地方の旅行をした時も静寂の音を聞いたことがありますので、何人かと話をしてもやはり同様の感触を受けましたので、きっと割と普通のことなのでしょう。ですから、私が周囲にナーダ音のことを言っても、説明すると「私もたぶん聞こえる」みたいな反応があったりして、ちょっと話が噛み合いません。私が言っているのは、ナーダ音そのものよりも、意識の状態の変化が重要だと思うわけです。意識の状態で言うと、単にそれらで聞こえる状態と静寂の意識からナーダ音が広がるのとではかなり違うと思うのですけどね。こう言う説明をいくらしても理解してもらえないのかもしれないです。<br /> <br /> 上記のような無を体験した上でのナーダ音は特殊な手法や環境に依存するものではなく、その心の静寂はヨーガの時間だけでなく普通の生活の時間にまで広がってゆきました。心の静寂の副作用でナーダ音が聞こえたとしても、この心の静寂があるのであればナーダ音くらい許容できます。人によってはナーダ音を禅病のように忌まわしいものとして認識していますが、心の静寂を伴うナーダ音が忌まわしいものであるわけがありません。この種の行法は落とし穴が沢山あるので、進むにつれ落とし穴に落ちることもあるかもしれません。とは言え、ナーダ音それ自体は心の静寂と結びついていると思うわけです。<br /> <br /> ヨーガの書物を見ると、この心の静寂に逃げ込むな、と言う教訓が書かれている事があります。確かに、その通りかもしれません。この心の静寂は必ず通るものだと思いますので、それ自体は一定の地点に到達した「しるし」であることには違いないと思いますが、それに安住していたら成長はありません。この世界に生きていると言うことは心の静寂を保つだけでなく、教訓を学んだり平和を広めたり、その目的がある筈で、心の静寂を得たら行動してゆく事が必要なのでしょう。このように書くと、もしかしたら「心の静寂と言う方向は間違っている」と解釈する人がいるかもしれませんが、心の静寂、あるいは無という状態は、きっと誰しもが通るものなのでしょう。それは成長に必要なもので、それに留まらず精進を進めましょう、と言う事なのかなと思います。<br /> <br /> ■ナーダ音と耳を塞いだ時に聞こえる音との関係<br /> 上記のように、ナウムクヒ・ムドラ(Naumukhi Mudra 九門のムドラ、ヨニ・ムドラ)で目、口、耳を塞いだ時に聞こえるのもナーダ音なのかとしばらくの間そう思っておりましたが、それを否定している記述を「瞑想と霊性の生活3(スワーミー・ヤティシュワラーナンダ著)」で後ほど発見致しました。<br /> <br /> それはあなたが指で耳をふさいだ時に聞こえるハミング音ではない。<br /> <br /> ただ、「ハミング音」と言っているのが少し引っかかります。強く耳を塞いで感覚が変になる時に聞こえる音ではないですよ、と言っているだけかもしれません。であればナウムクヒ・ムドラ(Naumukhi Mudra 九門のムドラ、ヨニ・ムドラ)で聞こえる音はやはりナーダ音と言うことになりますが。これはちょっと微妙なので、判断は保留ですね。<br /> <br /> ■ジャダ・サマーディ(jada-samadhi)とラヤ・サマーディ(laya-samadhi)<br /> <br /> 「タントラ・ヨーガ瞑想法」(スワミ・ジョーティルマヤナンダ著)には上で私が体験した静寂の暗闇について、2つの似た状態について記述がありました。<br /> <br /> <br /> ・「古来この『無・意識』の世界はジャダ・サマーディ(jada-samadhi)として知られており、ヨーガではタマスの領域とも呼ばれている。これは肉体上、精神上の、激しい混乱の原因となる。この段階が最も危険である。この段階では、いとも簡単に『無・意識(not-consciousness)』の中に落ち込んでしまう恐れがあるからである。この段階では、先へ進めば進むほど危険性が増大する。そして実習者は、よくしばしば、この『無・意識』の中に落ち込んでしまう」<br /> ・「次の段階の『無・意識』は、ラヤ・サマーディ(laya-samadhi)と呼ばれ、心臓の鼓動がとまってしまう事態も起こり得る。この段階では、シンボル(帰命神の像など)が自動的に浮かびあがってきて、その像が間断なく保持されているかどうかと言うことが、決定的なポイントとなる。」<br /> <br /> となると、私は像は見ていないので私が経験したのは前者のジャダ・サマーディ(jada-samadhi)ですかね? ネットで検索すると、前者にあるのは無であり沈黙ですが、後者には絶対的な至福が付いて来るのが大きな違いのようです。でも、上にあるようにラマナ・マハルシによるとナーダ音は「ラヤ(laya 心が一時的に休止している空白の状態)に導く」とありますので、ラヤ・サマーディ(laya-samadhi)だとも解釈できます。どちらなのでしょうね。<br /> <br /> 前者が落とし穴だとして、後者にしてもラマナ・マハルシによればそれすらも求道者を惑わすまやかしであり、どちらも通過点のようです。私のがどちらであったとしても、静寂の暗闇の経て初めて以下に記載するプラティヤハーラの感覚が掴めてきましたので、どちらにせよこの状態にずっと逃げ込んでいてはいけないのはそうなのでしょう。だとしても、この段階はきっと必ず通るのかなと思いました。ただ、私の場合はほんの短い時間ですのでサマーディという名前がつくほど大げさな体験ではないですが。どちらにせよ止まってはいけないという点に関しては同じなので進めば良いだけのようです。<br /> <br /> ■プラティヤハーラ<br /> この「心の無」の状態を体験する前は、ヨーガで言うところのプラティヤハーラ(制感)のことがいまいちピンと来ていませんでした。プラティヤハーラとは、簡単に言えば以下のようなものです。<br /> <br /> プラティヤハーラは「向けて集める」の意味。出て行こうとする心の力を引き止め、それを感覚の奴隷から解放することです。(スワミ・ヴィヴェーカーナンダの「ラージャ・ヨーガ」より)<br /> <br /> 無の体験をして、このことがよく理解できるようになりました。 昔は、このこと自体は頭で理解できるのですが、それが現実として自分ができている感覚があまりありませんでした。ヨーガでの段階にはプラティヤハーラ(制感)、ダーラナー(凝念、集中) 、ディヤーナ (瞑想)、サマーディ (三昧)とあるのですが、それぞれの説明はここに詳しくは書きませんけど、無の体験をする前はその違いと状態がわかるようなわからないような、何とも微妙な状態でした。<br /> <br /> そこで、この無の経験をしたら、これこそがプラティヤハーラ(制感)なのかな、と思いました。もしかしたらそれはダーラナー(凝念、集中)と言ってしまっても良かったのかもしれないですけど、これら4つは連続的で、基本的には同質のもののようです。<br /> <br /> ■プラティヤハーラ(制感)、ダーラナー(凝念、集中) 、ディヤーナ (瞑想)、サマーディ (三昧)<br /> スワミ・ヴィヴェーカーナンダの「ラージャ・ヨーガ」から引用します。<br /> <br /> インドリヤ(感覚器官)は外界に向かって働いていて、外界の対象に接触する。それらを意識の支配下に置くことをプラティヤハーラ(制感)という。自己に向けて集める、という意味である。心をハートの蓮華、または頭の中心に集中するのをダラーナー(凝念、集中)と言う。<br /> <br /> この定義からすれば、上に書いた<br /> 「3. 呼吸に意識をすることで心のお喋りを止めて呼吸の観察に戻すことができる段階。」はプラティヤハーラ(制感)<br /> 「4. 呼吸だけを意識して心のお喋りがない状態を最低5秒間は継続できる段階。」はダラーナー(凝念、集中)<br /> と言うことになりますね。<br /> <br /> スワミ・ヴィヴェーカーナンダの同書によると<br /> ダラーナーの1点集中を基礎として、ある種の心の波が生じる。これらは他の種類の波に飲み込まれることなく、他の全てが退いてついに消えて行く間に、徐々に顕著になって行く。つぎに、これらの波の数々は消えて1つに席を譲り、たった1つの波が心に残る。これがディヤーナ、瞑想である。<br /> 全ての心が1つの波、1つの形になった時、それがサマーディと呼ばれる。ただ、その思いの意味だけが存在する。<br /> <br /> とあります。これは、上に書いた<br /> 「5. 思考の波が十分に静まる、あるいは、意思の力で思考の波を沈めて体全体が暗闇の静寂に包まれる段階。」<br /> このことでしょうか? スワミ・ヴィヴェーカーナンダの説明とも少し違う気もします。 瞑想のやり方が間違っているのでしょうか? 瞑想のためには「対象」となる物あるいは概念がないといけない、みたいな話をヴェーダ系の先生から聞いたことがあるので、もしかしたら、私が対象を何も設定していないからこのような感じになるのかもしれません。だとすれば当然の結果というか、これはこれで良いのかも? このような時にグルがいないと微妙に困りますね。可能性としては、何かが間違っているからナーダ音が聞こえてきた、と言う可能性も一応あることを頭の片隅に置いておきたいです。精神世界は色々な落とし穴がありますから、常に気をつけていないといけません。<br /> <br /> ■プラティヤハーラ(制感)、ダーラナー(凝念、集中) 、ディヤーナ (瞑想)、サマーディ (三昧)は本質的に同じ?<br /> これら4つの段階について、ヨガの根本経典である「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」にハタヨガの視点から関連する記載がありましたので、参考までに引用します。<br /> <br /> (4章2番の解説) ラージャ・ヨガには8つのステップがあります。〜(中略)〜 ハタヨガの視点によると、プラナがスシュムナにある一定の時間滞在しているときプラティヤハラ(制感)と呼ばれ、もう少し長く滞在するとダーラナの集中と呼ばれることを意味します。 さらに長い間だと、それはディヤナ(瞑想)と呼ばれます。 さらに長い期間の場合、それはサマディ(三昧)と呼ばれています。<br /> <br /> ここでスワミ・ヴィヴェーカーナンダの「ラージャ・ヨーガ」に戻ると、以下のようにあります。<br /> <br /> もし心がその中心に12秒集中することができるなら、それはダーラナであり、12のそのようなダーラーナ(凝念、集中)(約2分半)はディヤーナ(瞑想)であり、そして12のそのようなディヤーナ(瞑想)(約30分)は、サマーディであろう。<br /> <br /> ハタヨガ的にはプラナの制御、ラージャ・ヨーガ的には心の制御と言う視点の違いはあるものの、これら4つの違いは基本的に時間の長さと言う点が興味深いです。<br /> <br /> 感覚的には、ナーダ音はプラティヤハーラ(制感)を基礎としてダーラナー(凝念、集中) を超えたあたりで聞こえて来るのかな? と言う気がしました。そう言う意味では、一般的に言われているようにディヤーナ (瞑想)で聞こえる、と言っても差し支えないのではないかと、そんな気もします。<br /> <br /> ちなみに、「Meditation and Mantra」にはこれらの区別について以下のようにあります。<br /> 訓練されたヨギにとって、感覚の撤退(プラティヤハラ)、集中(ダーラナ)、瞑想(ディアーナ)、超自然状態の始まり(サマディ)の区別はぼやけている。瞑想に坐るとすべてのプロセスがほぼ同時に起こり、 非常に迅速に瞑想状態になる。<br /> と言うことで、割と同質のものであると読み取れます。説明のためあるいは修行者にとっては段階を踏んで練習してゆくわけですね。<br /> <br /> ■ハタ・ヨガ・プラディーピカ<br /> このヨガの根本経典「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika)」は古典に属するもので、文章自体はネットで公開されていますが、その解説がないと読解が困難な代物です。上記の「Meditation and Mantra」と同じ著者のSwami Vishnu-Devanandaが書いた解説書にはいくつかナーダ音について言及があります。 これは詳しく読まないと理解が困難なのですが、ナーダ音に関する箇所のみ訳しつつ抜粋します。<br /> <br /> (1章57番) (特定の修行では) ナーダ(アナハタチャクラまたはソーラープレクサスから来るアナハタ音)に集中します。<br /> (2章20番の解説) 何人かはナーダ(内面の音)を聞き、他の人は光を見る傾向があります。 〜(中略)〜 外的な経験は、人それぞれ違った形ではっきりと現れます。〜(中略)〜 経験は違っても、1つだけ共通な事があります。それは、心がとても落ち着いて平和であると言う点です。これは、ナディが浄化されたことを示す重要な中心的なポイントです。<br /> <br /> この他にもハタヨガにおけるナーダ音の言及がいくつかあり、古典においても割と同様のことが言及されているようです。それと、ハタヨガの訓練において、各種の行法とナーダ音とは関係があることが言及されています。<br /> <br /> (4章1番の解説) ナーダは音や波のエネルギーを意味します。 Binduは点を意味します:ここで点は中心または核です。 カーラとは超越的な波であることを意味し、時代を超越した状態、無空間状態、非二重の状態で終わります。 ナーダとビンドゥはシヴァとシャクティのようなものです。 ビンドゥは原子の中の核のようであり、ナーダは核の周りを旋回する電子であり、エネルギーはカーラです。 ナーダとビンドゥの波長が変わると、それはエネルギーになります:純粋な波です。 シヴァ主はすべてを凝縮しました。 ナーダ(音のエネルギー)、ビンドゥ(静的な力)、カーラ(超越的なエネルギー)。<br /> <br /> おそらく、このあたりが最終的に理解されることなのでしょう。今はただの知識ですが。<br /> ナーダの状態を更に超越するとカーラになる、と言うことでしょうか。<br /> <br /> (4章29番) 感覚器官よりも心が優れている。 プラナは心の主です。 プラナのラヤ(Laya/吸収)が優れていて、ラヤはナーダ(内側の音)に依存しています。<br /> <br /> これまた謎めいています。ラマナ・マハルシも上に引用したようにラヤ(Laya/吸収)について言及しています。このあたりに更なる秘密がありそうです。<br /> <br /> (4章31番)吸気と呼気の停止があると、感知の物体に向かう誘惑が破壊される。 心身の活動がないとき、ヨギは吸収(ラヤ/Laya)に成功します。<br /> (4章32番)精神的活動と肉体的活動の両方が静まると、記述不可能な状態のラヤ(Laya/吸収)が起こります。これは直感的にしか実現できず、言葉では記述できません。<br /> (4章34番)人々はラヤ、ラヤと繰り返し言い続けます。しかし、それはどのように定義されるのだろう? ラヤはväsanas(性格に影響を与えるすべての意識下の力)が再燃しないこと、すなわち感覚における対象の再起が起こらないこと。<br /> <br /> 大胆に意訳すると、ラヤとはカルマの再燃が起こらないように起こる「吸収」の作用と言える。それはサマーディ状態のラヤと非サマーディ状態のラヤ(ブラフマンによるラヤ)がある、と言うことでしょうか。それは全体的な自己(Self)のラヤと、個人に基づくラヤの2種類だとも解釈できます。<br /> <br /> 一方、上にあるように「ラヤ(吸収)はナーダ(内側の音)に依存している」と言うことは、ナーダ音が聞こえるようになると(個人に基づく)ラヤ(吸収)が発生し、浄化が進む、とも解釈できる。おそらくはブラフマンによるラヤは普通に存在しており、それはそれで少しづつ浄化されるが、多くの人の場合はそれでは十分ではなく、個人に基づくラヤが起こることで浄化が加速される、とも推測できます。あくまでも推測です。<br /> <br /> 上にあるラマナ・マハルシの見解によると、ラヤ(吸収)に入らずに真我(コーザル体)に焦点を合わせるよう書いてあります。一方、このハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika)ではラヤ(吸収)を達成するようにかかれてあります。これはどういうことでしょうか。 解釈としては、ラヤ(吸収)は細身(メンタル質とアストラル質)のお話で、ラマナ・マハルシはもっと高い真我(コーザル体)に意識が合っているのだと思います。そうは言っても、まだ浄化が十分にされていない人はまずラヤ(吸収)で誘惑などを飲み込んでカルマの輪廻を止めるのが先なのかな、とも思います。ラヤ(吸収)である程度の浄化が達成されたらラマナ・マハルシの言うように真我(コーザル体)に焦点を合わせるのでしょう。<br /> <br /> 更に続きます。細かい行法は割愛して概要だけ引用します。<br /> <br /> (4章66番)シヴァ神はラヤの達成のための方法を数多く与えた。<br /> (4章67番)muktasanaに座ってsambhavi mudrãをし、その中の音に集中して耳を傾けるべきです。 これらは右の耳から聞こえます。<br /> (4章68番)耳、鼻、口、目を閉じます。 すると、純化されつつあるスシュムナで明確な音がはっきりと聞こえます。<br /> <br /> muktasanaはスカアーサナっぽい座禅の座り方で、sambhavi mudrãはナウムクヒ・ムドラに似た、顔を覆うムドラです。<br /> <br /> (4章69番)すべてのヨガの実践には、アーランバ、ガタ、パリチャヤ、ニスパッティの4つのステージがあります。<br /> (4章70番)アーランバワスター:(最初の段階で)、ブラフマ・グランティ(ムーラダーラ・チャクラにあるブラフマの結び目)の開幕があります。 それから、空白(Void)から生まれる至福があります。 それと同時に、(飾りのような)さまざまな甘い音や、(心の中のアーカーシャから生まれた)アナハタ・ドヴァーニ(Anähata Dhvani)のような乱れのない音が体の中で聞こえます。<br /> <br /> グランティとは主要ナディであるスシュムナにあるとされている3つのブロックのことです。あまり意識していませんでしたが、いつの間にかムーラダーラ・チャクラのブラフマ・グランティが解放されていたのでしょうか? これは、気付く場合もあるし気付かない場合もあるようです。<br /> <br /> 確かに、半年以上前に会陰のムーラダーラ・チャクラからアジナ・チャクラまで軽い電気ショックが走ってアジナチャクラから軽い空気爆発しつつエネルギーが抜けたことがあったので、その時に何かあったのかもしれません。<br /> <br /> 空白(Void)から生まれる至福については、確かに、上で書いたように私がシャバアサナで感じた深い暗闇の静寂は空白(Void)とも言えるかもしれません。至福は昔より感じますけど、絶対的かと言うとそこまででもない気がします。<br /> <br /> (4章71番)アーランバワスター段階では、ヨギは彼の心が(至福で)満ち溢れており、輝く身体を得ています。 彼は光り輝く甘い香りを放ち、すべての病気から解放されています。<br /> <br /> 私はこんなに体が丈夫ではないし風邪も引くので、自分がこうだとは到底言えないですね。私とはちょっと違う感じです。<br /> <br /> (4章72番)ガタバワスター:第2段階では、プラナは(アパナ、ナーダ、ビンドゥ)と一体化し、中央(スシュムナ)に入る。 それから、ヨーギはアサナがしっかりとし、彼の知性はより鋭くなり、彼は神々と等しくなります。<br /> <br /> 私はこんな感じではないですね。まだまだのようですね。<br /> <br /> (4章73番)最高の空虚(Void)にあるビシュヌ・グランティが貫かれたとき、それは素晴らしい幸福を示す。 それからケトルドラムのような轟音があります。<br /> <br /> ビシュヌ・グランティはアナハタ・チャクラ(ハート・チャクラ)にあります。<br /> これは私はまだのようですが、上記にあるケトルドラムの言及と被っているのが興味深いです。7段階の音で言うと「雷鳴」が似ているのかもしれません。<br /> 私の次の課題はビシュヌ・グランティかも。アナハタ・チャクラが抜けていない感じなのが課題です。<br /> <br /> (4章74番)パリチャヤバワスター:第三段階では、マルダラ(インドの打楽器、小さなドラム)のような音が耳鳴りの中で聞こえます。<br /> (4章76番)ニスパッティ-アバスター(第4の状態):プラナが(アジナ・チャクラにある)ルドラ・グランティを突き抜けると、それはイシュワラの座席に行きます。 その後、ヴィーナの共鳴を想像するかのようなリュートの音が聞こえます。<br /> <br /> これらはまだまだのようです。でも、それぞれの段階ごとに音が割り振られているのが興味深いです。その音で進歩の段階を知ることができるわけですね。<br /> <br /> (4章80番)私は、眉間の瞑想が、短時間でサマーディを達成するための最善の方法だと思う。 ナーダ(ヨガ)によってもたらされる吸収(ラヤ)は、ラージャヨガの状態を達成するための簡単な手段です。<br /> (4章81番)ナーダの集中を通してサマディを練習する偉大なヨーギは、全ての表現を上回るほどの深い喜びがハートから溢れ出る経験をするでしょう。<br /> (4章82番)彼の両手で耳を閉じて音を聞くムニ(ヨーギ)は、定常状態に達するまで心を固定しなければならない。<br /> (4章83番)この(アナハタ)音を聞くと、次第にその音量が上がり、やがては外部の音を圧倒するでしょう。心の不安定さを克服したヨギは15日間で満足と幸せを得るでしょう。<br /> <br /> この83番は納得できます。<br /> <br /> (4章84番) 練習の初期段階では、様々な顕著な内面の音が聞こえます。 しかし進歩が起こると、それらはますます微妙になります。<br /> <br /> この後、上に記載したのと類似の、各種の音の例が続きます。<br /> <br /> (4章89番)心がどんな内面的な音に最初に集中するとしても、それは安定状態に達して、最後にはそれと1つになります。<br /> (4章92番)心がナーダの音に縛られ、その移り気をあきらめたとき、それは優れた安定性を達成します。<br /> <br /> 上に引用した「Meditation and Mantra (Swami Vishnu-Devananda著)」にもナーダ音を使った瞑想方法が記載されてあったような気がしますが、そこでは「ナーダ音を使った瞑想方法もある」と言う程度の簡単な紹介でした。一方、この古典「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika)」では、ナーダ音を使った瞑想をかなり推奨していますね。最後の方でこれほどまでにナーダ音のことを言及するとは思いませんでした。この後も、しばらくナーダに関する記述が続きます。<br /> <br /> ナーダ音が特殊なものではなく、このような古典できちんと細かく語られていることに安心しました。<br /> <br /> ■右耳で聞く<br /> 上記の通り、「瞑想をきわめる(スワミ・シヴァナンダ)」「Meditation and Mantra (Swami Vishnu-Devananda著)」「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」いずれも、ナーダ音は右耳で聞くとあります。<br /> <br /> 私の場合、いつも聞こえているのは中央の少し左寄りで響いているような感じで、右耳で聞いているわけではありません。以前は右耳に意識を向けても特に変化がなかったのですが、最近(2018年9月末)は右耳に意識を向けると、中央左寄りで響くナーダ音と似ている音、ただし音量が小さい音(3分の1くらい?)が右耳から聞こえるようになりました。両方から聞こえているような感じですが右耳の方は意識しないと存在をあまり感じません。<br /> <br /> 上記のように「Meditation and Mantra (Swami Vishnu-Devananda著)」には「右耳でのみ聞く訓練をしましょう」「右耳はピンガラと関係」とあり、同著者によるハタ・ヨガ・プラディーピカの4章67番には単に右耳で聞こえるとだけ書いてあります。<br /> <br /> 「ヨーガ根本教本(佐保田 鶴治著)」にもハタ・ヨガ・プラディーピカが掲載されており、右耳という点に関しては同じですが、それはピンガラではなくスシュムナーから聞こえるとあります。<br /> <br /> 4-67 右の耳で、内部の[スシュムナー気道から発する]音を一心に聞くべし<br /> <br /> 括弧で括ってあるということは、[スシュムナー気道から発する]の部分は著者の解釈でしょうか? <br /> <br /> 「ヨーガ根本教本(佐保田 鶴治著)」には、このあたりのことが「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」よりも詳しく書かれていて興味深いです。<br /> <br /> 又、「瞑想と霊性の生活3(スワーミー・ヤティシュワラーナンダ著)」には以下のようにあります。<br /> <br /> アナーハタ・ドゥワニはスシュムナーの働きと結びついている<br /> <br /> とのことですのでナーダ音はスシュムナーとの関連と思って良さそうです。<br /> <br /> ■クンダリーニ<br /> クンダリーニの前段階のちょっとした経験として、2018年1月に電気ショックがムーラダーラ・チャクラ(会陰)に走って、その後アジナ・チャクラ(眉間)の眉間の肌の少し上の空中で爆発してエネルギーが抜けたことはあります。クンダリーニかどうかは微妙なところで、単に刺激が走っただけな感じです。人によっては「まどろみ型クンダリーニ」と呼ぶ場合もあるようですが。急激型だと一気に上がるらしいですが、急激型ではない感じです。(その後のクンダリーニ体験続きは下記参照)<br /> <br /> ナーダ音とクンダリーニの関係につて、上の「沈黙の声」にも少し言及がありますが、「瞑想と霊性の生活3(スワーミー・ヤティシュワラーナンダ著)」に面白い記述があります。<br /> <br /> ホーリー・マザー「クンダリニーが目覚める前に、人は、アナーハタ音を聞きます。」<br /> <br /> このアナーハタ音はナーダ音のことであると解釈できます。なかなか面白いです。<br /> <br /> この本は出版している団体の出展ブースで買ったのですが、そこで売り子をしていた何人かにこのアナーハタ音について聞きました。すると、その時点で出版準備中のプラナヤーマの本にナーダ音について少し書いてあると言っていました。そして、その他の本にも少し言及されていたと思うが、特別これに焦点を当てた特集はなかった筈とのことでした。散らばっているのを探すしかないようですね。<br /> <br /> 例えば、「続・ヨーガ根本経典(佐保田 鶴治著)」に掲載されている古典のゲーランダ・サンヒターに記述があります。<br /> <br /> (5章79~80) 右の耳のなかで内から発する心地よい音が聞こえるであろう。初めにコオロギの音、次にはフルートの音、それから、雷、太鼓、蜂、ドラ、さらに進むと、トランペット、湯沸かし太鼓、ムリダンガ鼓(南インドの両面太鼓)等の騒音楽器の音及び太鼓の音が聞こえてくる。<br /> (5章81~82) そしてしまいには、かのアナーハタの音の響きが聞こえ、その音のなかに光が存在し、その光の中にマナス(こころ)が存在し、そしてこころはそのなかで消えてしまう。これがヴィシュヌ神の高御座に達した境地である。かくの如く三昧(サマーディ)に達するであろう。<br /> <br /> てっきりナーダ音とアナハタ音(アナハタ・ナーダ)とは同一だと思っていたのですが、ゲーランダ・サンヒターでは区別して記載されています。言われてみると、分けて考える方がしっくりきます。<br /> <br /> 広義でのナーダ音は超感覚的な聖音・霊音全てを指すと思いますが、ゲーランダ・サンヒターの言うアナハタ音はアナハタ・チャクラに結びついた特別の音と光を意味しているようです。<br /> ただ、私が最初に理解していたように、アナハタ音が広義のナーダ音の意味として使われていることも多い感じなのでコンテキスト次第ですかね。<br /> <br /> それを踏まえると、ホーリー・マザーの発言は2つの可能性があります。<br /> ・広義のナーダ音が聞こえ出した場合の話<br /> ・ゲーランダ・サンヒターで言うところのアナーハタ音が聞こえ出した場合の話<br /> 元の文だけではどちらなのかは区別できませんが、どちらにせよ通る道のようなので、今のうちからあまり気にすることもなさそうです。そのうち謎は解けるでしょう。<br /> <br /> 私の場合、広義のナーダ音は聞こえているものの、ゲーランダ・サンヒターで言うところのアナーハタ音はおそらくまだです。聞こえている音のいずれかがそれなのかもしれませんがハート(アナハタ・チャクラ)から聞こえていると言う感覚もないですし、音の中に光は見えませんので。<br /> <br /> 「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」を見ると、以下のようにあります。<br /> <br /> (2章20番)ナディが(完全に)浄化されたら、内側の音(アナハタ)が聞こえ、完全な健康が達成されます。<br /> <br /> これは、最初読んだ時は「聞こえてくる音は全てアナハタ音」と解釈していたのですが、その可能性ももちろんありますが、ここにわざわざ「完全に」と記載していると言うことは、ゲーランダ・サンヒターで言うところのアナハタ音を意味しているのかもしれません。完全ではない時にも聞こえてくるナーダ音があることを前提にして、完全に浄化されるとアナハタ音が聞こえる、とも読めなくもないです。そうはいっても、「浄化されたら聞こえる」と言う言い方からすればそれは深読みし過ぎかもしれませんが、元はサンスクリットなので解説者の意訳が入っている可能性もあります。<br /> <br /> ■ナーダ音とスシュムナ<br /> 「瞑想と霊性の生活3(スワーミー・ヤティシュワラーナンダ著)」には以下のようにあります。<br /> <br /> スシュムナ(菅)は多くの人々の場合には、閉ざされたままの状態にある。浄化、強烈な求道心、および心の集中によって、この管は開かれ得る。霊性の流れはそのとき、その管の中を上昇し、精妙な霊的な音楽を生み出す。古代ギリシアのピタゴラス派の神秘家はそれを、「天上の音楽」と読んだ。ヒンドゥの信者たちは、ときにそれを「クリシュナの笛」と呼ぶ。永遠のクリシュナの笛がそれである。宇宙霊から発せられる神の音楽は魂を魅了し、霊意識のより高い境地に導く。<br /> このように精妙な宇宙の脈拍は、心が静まり、霊性の流れが意識のより高いレベルに昇ったときにのみ、きくことができる。しかしそれは、霊性の道を歩む人すべてが、必ずきく、というものではない。心がそのリズムに同調している人にだけ聞こえるのである。それとは別の経験をする、高度な魂たちもいるだろう。<br /> <br /> ■思いそれ自体がナーダ<br /> 同署から引用します。<br /> <br /> 耳に聞こえる音より精妙な音は、ラジオ波のような電磁波である。思いそれ自体がナーダ・ブラフマン(又はシャブダ・ブラフマン)、すなわち宇宙心の、永遠の、超感覚的、広大な拍動の、一つの現れなのである。<br /> <br /> ■オームとイーシュワラ<br /> ヨーガ・スートラやヴェーダではオーム音は神聖とみなされており、宇宙全体を意味する「イーシュワラ」と同一とみなされている。例えばヨーガ・スートラの1.27には次のようにある。<br /> <br /> 1.27 イーシュヴァラをことばで表したものが、神秘音オームである (「インテグラル・ヨーガ(スワミ・サッチダーナンダ著)」)<br /> 1.27 「彼」のあらわれたことばは、オームである(「ラージャ・ヨーガ(スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ著)」)<br /> <br /> 前者は意訳で、後者が原文のサンスクリットに近いようです。サンスクリットでは明確に神がオームであるとは言っていませんが、解説者のスワミがそれをそのままイーシュヴァラと言ってしまうほどオームとイーシュヴァラとの概念は一体になっているようです。<br /> <br /> 「瞑想と霊性の生活3(スワーミー・ヤティシュワラーナンダ著)」にも明確に「パタンジャリもまた、彼のヨーガ・スートラの中で、オームはイーシュワラ、すなわち神の象徴である、と述べている」とあります。<br /> <br /> ■オームとイーシュワラから始まり、ナーダとして現れる<br /> 上にあるようにヴァイカリー(通常の音)、マディヤマー(思考過程の産物である言葉)、パシャンティー(思いそれ自体)、パラー(ブラフマンから発せられる音)ですので、オーム音やイーシュワラはパラーの階層であると解釈できます。一方、ナーダ音は狭義ではマディヤマーですから、それよりは数段階落ちるわけですね。それでも、ナーダ音はオームやイーシュワラへと導いてくれるのだ、と言うことなのでしょう。<br /> <br /> 補足:広義でのナーダ音はマディヤマー以降の神秘的な音全てを指していると思います。その場合、ヴァイカリー(通常の音)かそれ以外の神秘的な音か、と言う2分割になるので、ここで言いたいことを表すには不十分です。<br /> <br /> ■ナーダ音とクンダリーニ<br /> 上でホーリー・マザーが言及しているように、ナーダ音とクンダリーニとは関係があります。<br /> <br /> それを理解するためにはいくつか前提の知識が必要です。<br /> <br /> ■スシュムナと浄化の関係<br /> スシュムナは普通の人の場合、不純物が詰まっていて働いていません。<br /> 浄化をする事でスシュムナが開き、そこにプラーナ(生命エネルギー)が流れ込みます。<br /> これは、特に「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」で多く述べられています。<br /> <br /> (2章4番)ナディが不純物でいっぱいになると、プラーナが中央のナディ(スシュムナ・ナディ)に入ることはありません。 <br /> <br /> ■スシュムナの浄化とナーダ音<br /> スシュムナの浄化がされるとナーダ音が聞こえます。<br /> 「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」には以下のような記述があります。<br /> <br /> (2章72番の解説) プラナがスシュムナに入ると、あなたは内面の音を聞くことができ、平和な状態を感じることができます。<br /> <br /> 内面の音とはもちろんナーダ音です。<br /> <br /> ■スシュムナの浄化をしてからクンダリーニの覚醒<br /> 上記のように古典では(主要ナディである)スシュムナの浄化をまずしてからクンダリーニの覚醒と言う順番になっています。<br /> そのスシュムナの浄化が達成されつつある「しるし」がナーダ音であるわけです。<br /> ナーダ音が必ずしも誰しもが聞くものではないとはいえ、聞こえる人であるならばナーダ音が「しるし」として使えるわけです。<br /> <br /> であれば、スシュムナが浄化されていない状況、すなわち、スシュムナが不純物で詰まっている状態でクンダリーニを覚醒させるととてつもなく危険である事が理解できます。<br /> <br /> ■クンダリーニの覚醒、2分類<br /> クンダリーニの覚醒には、大きく分けて2つあると言われているようです。<br /> <br /> ・急激型:轟音と共に一気に上がる<br /> ・緩慢型:少しづつ上がる<br /> <br /> この分類は気功で有名な高藤聡一郎氏による分類のようですが、手元にある高藤聡一郎氏の本には同様の記述は見つけられませんでした。<br /> <br /> これについては「ヨガと冥想(内藤 景代著)」に以下のような記述があります。<br /> とぐろを巻いた蛇で象徴される、クンダリーニは、根源的な火のような生命力です。その炎のようなエネルギーを、一気に登頂まで、呼吸法で上昇させるのは、頭まで熱くなって、気が逆上することで、危険なのです。<br /> 古代からのチャクラ覚醒法は、下から上昇するクンダリーニ・シャクティの荒々しい力で、つぼみのように封印されたチャクラを突き破れば、チャクラは開花するという方法です。まったく、男性原理的な発想で、チャクラの機能が狂ってしまう可能性の方が高いのです。<br /> <br /> 急激型のクンダリーニ覚醒がいわゆる「ヨガ病」あるいは「クンダリーニ症候群」と言われている状態を引き起こすのだと思います。<br /> <br /> それは、 スシュムナが浄化されていなくて不純物で詰まっている状態でクンダリーニを上げようとするからおかしくなるのでしょう。<br /> <br /> ヨガの古典には緩慢型しか述べられていないように感じます。<br /> 世間一般でのクンダリーニのイメージと違い、急激型に関する記述は見つかりません。<br /> <br /> ■再び、ゴーピ・クリシュナによるクンダリニー体験<br /> ゴーピ・クリシュナによるクンダリニー体験は急激型だったわけですが、これを再度振り返ってみると、更に気付く事があります。<br /> <br /> まず、クンダリーニ体験をする前の状態ですが、「クンダリニー(ゴーピ・クリシュナ著)」の最初の方のページにそれまでやっていた修行内容が書いてあるのですが、それは蓮の花のイメージに集中して一体になり彷彿感を感じるサマーディ瞑想で、その記述には「音が聞こえた」とは書いてありませんでしたので、少なくともナーダ音の「しるし」は出ていなかったようです。ナーダ音が必ずしも聞こえるわけではないとはいえ、ゴーピ・クリシュナがクンダリーニ症候群に陥ったのであれば スシュムナは浄化されておらず詰まっていたと判断してよいでしょう。<br /> <br /> クンダリーニ経験をした後、ピンガラから上げてしまってイダから上げることを思いついたのは上記の通りですが、その記述で「脊髄をジグザグ状に動いて昇り」と書いてあることにに気づきます。以下の部分です。これは、右側のピンガラからクンダリーニを上げてしまったことに気付いた後にイダからもクンダリーニを上げようと決心して実行する瞬間の記述です。<br /> <br /> パチンと気道に音がしたかと思うと、銀色流れが白蛇の這うがごとく脊髄をジグザグ状に動いて昇り、最後に生命エネルギーの光り輝く滝となって脳髄にふりそそいだのである。<br /> 至福の白光で私の頭は満たされた。<br /> <br /> スシュムナであれば背骨に沿って真っ直ぐですから、ジグザグであると言うことは、記載の通りイダを目覚めさせたのだと思われます。<br /> <br /> 最初読んだときはピンガラとイダの組み合わせを「そんなものかな」と思って素通りしたのですが、スシュムナでクンダリーニを上げたとの明確な記述は見つかりません。であれば、以下のような状態だったのでしょう。<br /> <br /> <br /> ・ピンガラ(右、太陽):最初にクンダリーニが上がった気道<br /> ・イダ(左、月):死にそうになった時に必死の思いで開いた気道<br /> ・スシュムナ:詰まっていて稼働していない気道<br /> <br /> であれば、 スシュムナが動いていない以上、しばらくの間ずっとゴーピ・クリシュナが一般人とそうは変わらない状態で聖者とは言い難い状態だったのも理解できます。ヨガの本流であれば緩慢型で修行しますので、ゴーピ・クリシュナが同様の事例を識者から聞く事ができなかったのも理解できます。<br /> <br /> ゴーピ・クリシュナの「生命の海」の章を読むと、最初のクンダリーニ体験は「(滝が落ちてくるような)轟音」だったが、クンダリーニ症候群から回復するきっかけになった神秘的な彷彿の神を感じる体験においては「蜜蜂の群が発するような音ともとれる心地よいリズムとメロディ」が聞こえたとありますので、この音が一つの基準になりそうですね。上にある「瞑想をきわめる(スワミ・シヴァナンダ)」からの引用には、蜂の音がアナーハタの音だとかかれてあります。一方、上記の「続・ヨーガ根本経典(佐保田 鶴治著)」にあるゲーランダ・サンヒターの引用にも蜂の音が書かれてありますが、ゲーランダ・サンヒター的な分類では蜂の音そのものはアナーハタ音ではなくその前に聞こえる広義のナーダ音と言う位置付けですので、ゴーピ・クリシュナがクンダリーニ症候群から回復した時点ではまだゲーランダ・サンヒター的なアナーハタ音は聞いていないのだと解釈できます。であれば、まだスシュムナは完全に浄化されていないということでしょう。<br /> <br /> ゴーピ・クリシュナは、クンダリーニ経験の後に少しづつナディの浄化が起こっていったのだと解釈できます。古典や各種の聖者が伝えるところでは、最初にナディの浄化をした後にクンダリーニを覚醒する順番になっていますがゴーピ・クリシュナは順番が逆だったのでクンダリーニ症候群で苦しんだのでしょうね。それでも、何とかすれば本来の覚醒にまで至れる可能性があるのは希望があります。ゴーピ・クリシュナはクンダリーニ症候群に12年苦しんだ後に自称「神体験」に至ったようですが、その時点では蜂の音を聞いただけでまだ超感覚が目覚めていなかったと記載していますので、まだそれは自身が言うような「神体験」ではなかったのでしょう。<br /> <br /> クンダリーニ症候群から回復するきっかけの体験では音だけでなく「透明な銀色の光」も見たそうです。最初の体験の時は「赤い光の輪」だったと書いてありますので、これらの色も関係しそうですがナーダ音とはあまり関係がないので割愛します。どちらにせよ、まだ完全に覚醒しておらず、単にクンダリーニ症候群にそれほど悩まされない程度にまでナディが浄化されたのだと解釈できます。<br /> <br /> 近年、クンダリーニは急激型で覚醒するのが主流だと思われているようですが、緩慢型こそが本来のクンダリーニ覚醒法だと思います。何故かと言いますと、様々な古典を読むとクンダリーニは「自然に上がる」と書かれており、古典をきちんと読めば緩慢型の道しるべがはっきりと書かれているからです。最初は急激型のことを「自然」と言っているのかなと思っていたのですが、理解が深まるにつれて急激型が「自然」とは思えなくなりました。それは、急激型のイメージが最初に私の中にあったからそう読んでしまっていただけで、実際は緩慢型が書かれいるのだと理解するようになりました。<br /> <br /> 急激型のことなどどこにも書いていないのに急激型がクンダリーニ覚醒の本流のように世間一般で思われているこの状況は危険ではありますが、そうは言っても世間一般でクンダリーニ覚醒はそうそう起きないのでそれはそれで問題ないのかもしれません。あるいは、もしかしたら日本の仏教の一部の流派が急激型を基本としているような気もします。禅宗はそんな気もしますがどうでしょう。少なくともヨーガの古典を読む限りは、聖典のコンテキストは急激型ではなく緩慢型を意味している印象です。ゴーピ・クリシュナは座禅でクンダリーニ体験をしたようですし、禅宗に急激型クンダリーニのイメージが強いので、もしかしたら座禅と急激型は関係があるのかもしれませんがそこは謎のままです。座禅との関係というよりも、浄化(クリア)を行わずに瞑想をしてクンダリーニを目覚めさせるからクンダリーニ症候群になる、という推測はできますが私は禅宗に詳しくはないので単なる想像の範疇を超えません。<br /> <br /> ナーダ音それ自体は単なる浄化の「しるし」ではあるのですが、意外にもそれはクンダリーニと繋がっているのが興味深いです。<br /> このあたりの知識は見解によって多少異なるとはいえ割と似通っているのも面白いところです。<br /> <br /> ■クンダリーニ体験2回目。ナーダ音は普段通りでした。<br /> クンダリーニとの関係を追記して程なく、寝ている時に「まどろみ型クンダリーニ」の2回目が起こりました。2018年11月後半のことです。<br /> <br /> 上に記したように、1回目は2018年1月にムーラダーラに電気ショックが走ってアジナ・チャクラで爆発のようなものが起きてエネルギーが抜けました。私はこれを「まどろみ型クンダリーニ」かと思っていたのですが、第2回目を体験してみると、この第1回目はクンダリーニとはとても呼べる代物ではなく、単に、今までふさがっていたナディ(エネルギーの通り道)の蓋、あるいはチャクラにかかっていた蓋に圧力のようなものがかかってポンと外れたという程度の簡略的なものだったことを理解しました。2回目と全然別物ですね。<br /> <br /> それまでの出来事を簡単に時系列で記しておきます。<br /> <br /> <br /> ・2015年1月 インドのアシュラムで生まれて初めてのヨガ 2週間 合宿。その後しばらくブランク。<br /> ・2016年10月 日本の近所でヨガ再開。1週間ごと1回90分<br /> ・2017年8月 ヨガの頻度を上げ、ほぼ毎日90分<br /> ・2017年10月 雑念が減ってくる。ようやくヨガをしている感じになってくる。ヘッドスタンドが短時間だがようやくできるようになる。<br /> ・2017年11月 ナーダ音が聞こえ始める。ヨガをほぼ毎日し始めてから約3ヶ月後<br /> ・2018年1月 第1回目のクンダリーニ体験。ムーラダーラの電気ショックとアジナ・チャクラの爆発。ほんの少しのエネルギー。<br /> ・2018年11月 第2回目のクンダリーニ体験。クンダリーニ本体はまだ上がっていない。2つの光の筋が上がっただけ。<br /> <br /> 第2回目は1回目から10ヶ月後に起こりました。2回目はそれっぽいクンダリーニ体験で、ベッドで寝ている時に起こりました。1回目はリクライニングチェアでウトウトしている時に起こったので、寝ている時に起こりやすい体質なのかもしれません。体験を簡単に記しますが、最初、寝ている時に夢の中で体全体がグルグルと回転し始めました。回転軸は頭から足に向かって、左回転だったと思います。この「回転」は、「クンダリーニ・ヨーガ(成瀬 雅春著)」にも回転が肝と書いてあるので興味深いところです。別に、回転を意識していたわけでもなく、この本にしても数ヶ月に読んだきりだったので回転のことなんて忘れていましたが不意に夢で回転していたのです。そんな回転の夢を見ていたら、いつの間にか背中の下の方、お臍の後ろあたりが熱くなって脈拍が強く打っているのを感じました。そこだけ脈拍が凄いのです。強いエネルギーも感じて、温度はマグマほどではないにせよ、エネルギーの動き方はマグマと言って良いほどグツグツ煮え立っている感じでした。寝ていましたので、もしかして単なる夢だったのかもしれませんが、体の異常を感じて、さすがに意識が戻ってきました。やがてそのグツグツ感は治まってきて、熱感が抜けてゆきました。どうやら、胸や頭に上昇はせずにそのままの場所で熱は動かずにそのまま消えていった感じでしたので、ふと目を覚まして手をそこに当ててみるとかなり暖かくなっていますが火傷するほどではありません。<br /> <br /> 面白い体験だったなあと思って再度寝たのですが、その夜、約2時間後に急に腰あたりに2つの小さなエネルギーが発生し、左右それぞれ1本づつ光のエネルギーの光線が腰から目の上の頭蓋骨あたりに向けて2〜3秒かけて真っ直ぐ上昇し、頭蓋骨に当たってちょっと曲がったところで停止。そのまま10秒ほどエネルギーの筋はそのまま保っていたのですが、やがてエネルギーが消えてゆきました。細長い風船に空気が入って、空気が入るときは片方から膨らんでいくが、萎む時は全体が同時に萎む、というような感じの動きでした。<br /> <br /> クンダリーニはスシュムナから登るという知識があったので、スシュムナではなくその両脇から2つの筋が真っ直ぐ登ったのが意外でした。イダとピンガラは螺旋状にスシュムナの周りを回っているはずなので、真っ直ぐ登ったということは、それともまた違うナディなのでしょうか? それとも、やはり単なる夢だったのでしょうか? 頭の中にはエネルギーの感覚が少し残っていますが、今のところ、日常生活に変化はありません。<br /> <br /> ゴーピ・クリシュナのようにクンダリーニ症候群になったら嫌だなあと思っていたのですが、数日経ってみても体調はいつも通りなので、とりあえず問題ないようです。彼の場合はピンガラで目覚めてイダを使っていなかったのが問題だったので、少なくとも左右対称に登っているという点は少しは安心していいのかなあ、と解釈しています。<br /> <br /> クンダリーニの体験をしたところで、特に何が変わったわけでもないですが、強いて言えば、ちょっと元気になったかな? という程度のものです。最初に感じたマグマのようなものそれ自体が登ったわけではなく、ほんの小さな2つの光の筋が登っただけなので、エネルギー的にはほんのちょっとなのかもしれません。やがて、この本体が登ると更に変化があるのかもしれません。変化と言えば、前より体がポカポカするので、ちょっとだけ寒さに強くなったかな、という気はしますが元々の寒がりは完全には治りません。<br /> <br /> ゴーピ・クリシュナの体験では「ゴー」という轟音が聞こえたとのことでしたが、私の場合はウトウト夢を見ていたような感じでしたので完全には覚えていませんが、意識が戻った時に聞こえていたのはそのようなゴーという轟音ではなく、いつも通りのピーという高周波のナーダ音でした。半分は寝ていたので曖昧ですが。<br /> <br /> それと、クンダリーニ2回目の後は、性欲が極端に減ったような気がします。体の中のエネルギーのフォーカス・ポイントがハートから上に移ったような感覚があります。今までマニプラ・チャクラ(臍のあたりのソーラ・プレクサス・チャクラ)の感覚は私はほとんどなかったんですけど、そこに何かが存在しているような感覚になりました。体の各所でエネルギーの変化がありますね。全体的に元気になった感じがします。性欲は減っていますけど。元々最近はブラフマチャリア(禁欲)を心がけていて、夢精もしないように気をつけていました。ですので元々性欲は減っていたのですが、更に減った感じです。<br /> <br /> 変化をまとめると<br /> <br /> ・以前より元気になった。もともと元気がない方だったので、ようやく普通になったかも。<br /> ・性欲が極端に減りました。性欲がより高いエネルギーに昇華された、ということ?<br /> ・以前よりお腹と胸がちょっとだけポカポカしてます。寒さに強くなったのかと思いきや、薄着では普通に寒いので、そこまでではないようです。<br /> ・背筋がちょっと固くなったかも?<br /> ・ネガティブが減った。<br /> ・睡眠時間が減った。もともと寝すぎの8時間睡眠が10~20%減で6時間前後へ。<br /> ・声が以前より出るようになった。<br /> <br /> でも、翌日から少しづつエネルギー・レベルと意識レベルが数%づつ低下しているので、これは初動として捉えた方が良さそうです。この感覚を定着させるベく、生活習慣の見直しやヨガの継続、および、各種の書物にあるように、意識が完全に切り替わるには何度もこのような体験をする必要があるのかもしれません。2週間ほど経過したところ、半分くらい元に戻った感じですが、まだ変化を感じられます。体験直後の状態を維持するには生活習慣をもっと見直した方がいいのかもしれません。<br /> <br /> 人はどんどんと変化できる、というのを毎年のように実感できて、人生面白いです。今の感覚は、子供の頃の意識状態と比べたら全然違いますし。もともと何年かおきに大きく自分を変えてきていますが、最近はそのペースが早まってきたかもしれません。<br /> <br /> 特にクンダリーニ・ヨーガの修行をしたわけでもなく、普通のヨガをしているだけですけどね。プラナヤーマはそれに含まれているので普段からしていますけど、そのくらいです。<br /> <br /> ■クンダリーニとアナーハタ音<br /> ホーリー・マザーの発言 「クンダリニーが目覚める前に、人は、アナーハタ音を聞きます。」 についてですが、私はどれがアナーハタ音なのかはわかりませんが、もしかしたら既に聞こえているのかもしれません。この辺りは微妙なところです。<br /> <br /> いくつか可能性があります。<br /> <br /> ・既にアナーハタ音が聞こえている<br /> ・まだ聞こえていない? 聞こえていなくてもクンダリーニ経験はある? ゴーピ・クリシュナのように、おそらくはナーダ音が聞こえる前にクンダリーニ体験をする場合もあるような感じなので、この可能性もあります。<br /> <br /> ゲーランダ・サンヒターの記述に基づくと、アナーハタの音は光と結びついていますので、それはアナハタ・チャクラが動き出した後に聞こえる音のようにも解釈できます。あるいは、推測ではありますが、アナハタ・チャクラにあるヴィシュヌ・グランティというナディ上にあるエネルギーのブロックが破壊された後に聞こえる音という推測もできますが、このあたりも微妙です。 もう少し様子を見たいと思います。<br /> <br /> ■超感覚の世界が存在しているという「しるし」<br /> 「Meditation and Mantra (Swami Vishnu-Devananda著)」には、ナーダ音が聞こえることによって超感覚の世界が存在しているという「しるし」を見つけることになり、確信が持てるようになると書いてある。音だけだと耳鳴りの可能性もあるので私の場合は100%信じられずにいたのだが、聖典に書かれてあるクンダリーニに近い体験をすることで、聖典に書かれてある超感覚の世界が実在することにより一層確証が持てるようになりました。<br /> <br /> ■クンダリーニは何回も上げる必要がある<br /> 「クンダリーニ・ヨーガ(成瀬 雅春著)」あるいはシバナンダ師の「Kundalini Yoga」によると、クンダリーニを上昇させて頭に保持できるようになるまで修行を続ける必要があるという。一回だけ上げて終わりというわけではないのですね。これはまたの機会に追記あるいは別途記したいと思います。<br /> <br /> 本当は信頼できる、クンダリーニの経験があるグルが近くにいればいいんですけど、そうそう見つかりませんね。<br /> <br /> ■求めない者に与えられる<br /> 子供の頃から「求めない者に与えられる」と言う言葉の謎解きをしてきました。<br /> 何故かこのキーワードが事あるごと心に浮かんでいだのですが、その確かな根拠が不明でした。<br /> <br /> 今思うにその根拠とは、「求めない者」の部分が無心の純化のしるしであるナーダ音が聞こえる人を指し、「与えられる」の部分がクンダリーニなのかな、と言う気がしてきました。<br /> <br /> グルグルと探し求めた挙句、とてもシンプルな1つの結論に達した気がします。<br /> <br /> 2つの方向性があるような気がします。<br /> <br /> ・シバナンダ先生が仰るように、「リラックス」して「ピースな心」で純化することでナーダ音に至り、「自然に」クンダリーニに至る道。緩慢な道。力を抜く道。<br /> ・特別な経験や体験を「求めて」熱烈な修行をする道。急激な道。純化をあまりせず、ナーダ音に至らずクンダリーニに至る道。修羅の道。力を入れる道。<br /> <br /> 後者は往々にしてクンダリーニ症候群になって苦しむ可能性があるような気がします。人は往々にして自らの体験を特別視しますが、その体験自体は否定する必要はないにしても、特別視したり何かの体験を求める部分はエゴですので、そのエゴは純化の妨げになるのでしょう。<br /> <br /> 私は前者でいきたいものです。でも、他者から見たらどちらも同じに見えるかもしれないですね。前者も体験が特別である点は変わりませんし、違うのはマインドの使い方のみかなとも思います。力を抜くという点がポイントになりそうです。力技でクンダリーニを目覚めさせたとしても、純化ができていなければ苦しむわけですが、後者の人はその苦しみをも必要なものとして受け入れるのかもしれませんが、前者はそのような苦しみなしにすんなりと成長に至るわけです。おそらくは。<br /> <br /> ■ヨーガ行者・本山博先生の体験<br /> 「密教ヨーガ(本山博著)」には先生本人の体験談が述べられておりますが、そのムーラダーラ・チャクラの目覚めのところに以下のようにあります。<br /> <br /> ある朝、いつものように御神前で行をしていると、尾骶骨から下腹部がとても熱くなり、下腹部の中に丸い、赤い、多少黒味がかった光が、熱い白い水蒸気がシュッシュッとみなぎっている真っ只中に、爆発寸前の火の玉のようにオドロオドロしく見えました。すると脊柱を、ものすごい力が頭頂まで突きぬけて、座ったままで自分の肉体が3~5cmほど上昇しました。ほんの1~2秒の出来事でしたが、たしかに自分の肉体が持ち上がったのです。非常な驚きと、恐怖と戦慄を感じました。身体中、頭中が熱くなって、その日は頭痛がして何もできませんでした。2、3日は体が熱かったように思います。また、頭頂や頭内にエネルギーがつまった感じがして、自然に頭頂のブラフマンの門のあたりをこぶしで叩きました。叩くと、いくらか気分が良くなったのです。これが最初のクンダリーニの上昇経験だったのです。<br /> <br /> いくつかの体験談を見ると、このように、最初のクンダリーニ経験で体調を悪くされる方が割と多いように思われます。私の場合は上昇エネルギーが軽かったということもあるのかもしれませんが、エネルギーが頭頂から「抜ける」ということはありませんでしたし、頭痛もありませんでした。ここに2、3日は体が熱かったとありますが、私も、特に最初の2〜3日は体にオーラが充満していて体が熱かったです。日が経つにつれてその熱さは落ち着いていき、1週間くらいしたら熱さが安定しました。経験前よりは遥かに体が暖かいので寒さにも少し強くなりましたが、その熱さがとても強かったのは、たしかに、経験後2〜3日の間だったように思います。私は寝ていたので自分の体が上がったという感じではありませんでした。おそらく、私の場合も、クンダリーニのエネルギーそのものが上がったわけではなくその一部が上がっただけだと思います。クンダリーニのエネルギーの圧倒的な力を感じましたが、背筋の腰の少し上のあたりで感じたクンダリーニのエネルギーの高さと、上昇した一筋の光のエネルギーは比べ物にならないほど違いがあって、上がったのはほんの一部の一筋の光ではありますが、それでも、たったそれだけでも意識と体を活性化させるには(とりあえずは?)十分なほどだと思いました。本山博先生やシバナンダ 先生が言われるように、何度も何度もクンダリーニを上昇させることで上のチャクラを次第に活性化させてゆく必要があるのでしょう。<br /> <br /> 本山博先生によると、クンダリーニ経験を前後していくつかのチャクラが活性化するが、本山博先生の場合は必ずしも下から活性化して行ったわけではないようです。同書に述べられているサッチナンダ先生の見解によると、最初はアジナ・チャクラから活性化させるべきだと言います。ムーラダーラ・チャクラやスワディスタナ・チャクラにはカルマが眠っており、アジナ・チャクラが目覚めることでそのカルマを制御できるようになるので、その前にムーラダーラ・チャクラやスワディスタナ・チャクラが目覚めるとカルマが制御不能になって危険な状態に陥る可能性があるとのことです。<br /> <br /> 私の場合、最初のクンダリーニ経験の後、お腹のあたりがとても暖かかくて意識がかなり変わったので、おそらくはマニプラ・チャクラ(臍のあたりのソーラ・プレクサス・チャクラ)が活性化したように思います。まだ完全にアナハタ・チャクラ(胸のハート・チャクラ)は活性化しておりませんが、少し動いてきた感じがあります。クンダリーニ経験の前はカルマに翻弄されて意識が持っていかれることも時々あったので、多少なりともムーラダーラ・チャクラやスワディスタナ・チャクラが動いていたのだと思います。マニプラ・チャクラが動き出したことにより、カルマに翻弄されることが減った気がします。世間では哲学書や宗教書で「気付き」が深まることによりネガティブが減るという教えがありますが、マニプラ・チャクラの意識は「気付き」ではないですね。意識の波動が切り替わることにより、そもそもネガティブのレベルに落ち込まなくなる、という感じです。おそらくは、「気付き」が重要というのはそれはそれで正しくて、マニプラ・チャクラが目覚めていない状態では「気付き」によって気を付けて自らの発言や行動を抑制するしかない、という経験則による教えなのかなと思います。そうして道徳的な生活を送ることにより浄化してゆくのかな、という気がしますが、それと、マニプラ・チャクラなどで感じる絶対的な意識の変化とはかなり別物のように思います。<br /> <br /> 最初のクンダリーニ経験から数週間経った後、次第に意識のレベルとエネルギーのレベルが下がってきているので、意識とエネルギーが元の状態に落ち込まないように生活習慣や行動にも気をつける必要がありそうです。ですから、まだまだここが終わりではなさそうです。<br /> <br /> ■チャクラは1つづつ開くのではない<br /> スピリチュアル本ではチャクラは1つづつ開くようなことが書かれてありますが、「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」などヨガ系の教えでは、まずスシュムナをプラーナ(生命エネルギー)で満たすかクンダリーニを上昇させることによってそれぞれのチャクラを目覚めさせる、と書いてあります。本山博先生の経験談にも順番は人によってそれぞれ違うようなことが書かれておりますが、それでも、上のチャクラの方が開くのが難しいという点に関しては共通しているようです。<br /> <br /> ■クンダリーニが目覚めなければ何も始まらない<br /> 「瞑想と霊性の生活3(スワーミー・ヤティシュワラーナンダ著)」にはホーリー・マザーの同様の発言があります。<br /> <br /> 弟子「マザー、クンダリーニが目覚めなければ何も得られませんね」<br /> ホーリー・マザー「わが子よ、その通りです。」<br /> <br /> よって、以下の順番になるのでしょう。<br /> 1. 浄化<br /> 2. ナーダ音が聞こえるようになる。 (聞こえない人もいる)<br /> 3. クンダリーニ経験<br /> 4. 意識の変化、チャクラ体験<br /> <br /> であれば、世の中の風潮でチャクラがどうのこうのと言っているのはかなりレベルの高い話であり、ほとんどの人はチャクラなんて関係がないことがわかります。それはヨガ系の教えでもグルからそのように伝えられますし、実際その通りなのでしょう。世の中の流行でチャクラを学んだりしてみても実際の現実の変化にはそうそう繋がらず、であれば、地道に浄化からするしかない、ということなのでしょうね。これは、特別な人のみがチャクラを扱えるという意味ではなくて、おそらく誰でもこの手順でチャクラ覚醒に至ってチャクラを扱えるのだが、その段階に達している人が少ないという意味です。<br /> <br /> ■ほとんどの時間は浄化に費やされる<br /> 「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」には以下のような記述があります。<br /> <br /> 浄化することから始めなければならない。 残りは自動的に来ます。 実際、ほとんどの場合、私たちは浄化に時間を費やします。<br /> それは1つの人生、10の人生、1000万の人生、あるいはわずか10秒かかるかもしれません。どれもあり得ます。<br /> <br /> これはおそらく真実だと思います。ヨガや神秘行をして何も変化しない場合、ほとんどは浄化に原因があるようです。<br /> であれば、チャクラがどうのこうの言ってもほとんどの人には実はまだ関係ないのだということがわかります。<br /> <br /> 2回目のクンダリーニ経験の後の至福状態は2週間ほどで大分元に戻ってしまいましたが、それでも、至福とエネルギーに満ちた状態を短期間であっても経験したのは大きいです。ポジティブになるということはあそこまで溢れ出るエネルギーに満ちていることであって、頭でどうこう考えたり思考をマントラとかで押さえ込むこととは全く別次元の状態であり、自分が全く別人になった感覚になりましたので、その状態を維持することが今後の課題ですね。日本で生活をしていると他のネガティブな人と接触したり食事が良くなかったり部屋の環境が良くなかったり、色々な原因で状態とエネルギー・レベルが下がっていってしまいます。ヨガの世界で言われているように、クンダリーニなどを扱う時にはアシュラムで泊まり込みして食事や生活習慣をきっちりとしないと崩れていってしまう可能性が高い、というのは、その通りなのかな、とも思います。幸いにして私の場合はクンダリーニ後に大変な思いをしていないので、このくらいのエネルギー低下で済んでいるのは、割と良い方なのかなという気もします。<br /> <br /> ■クンダリーニは必ずしもスシュムナから上げる必要はない?<br /> ピンガラからクンダリーニを上げるとクンダリーニ症候群になる、と上で書いたのですが、Swami Satyananda Saraswati著の「Kundalini Tantra」には、「スシュムナからクンダリーニを上げるのが通例のようになっているけれども」、という前置きの後に「古典には必ずしもスシュムナから上げる必要がないと書いてある」とありました。ピンガラから上げた場合は外的に働きかけるシッディ(パワー)を得て、イダから上げた場合は未来を見通す力を得て、スシュムナから上げた場合はジーヴァンムクタ(生きながらの解脱)を得る、と同署には書いてあります。おそらくは古典の目的が解脱であるためにスシュムナから上げる方法を記載してあるのだ、とSatyanandaは解説しています。イダとピンガラを目覚めさせるのに比べてスシュムナを目覚めさせるのは格段に難しく、特別なノウハウが必要になり、グルの助けあるいは神的な力の助けが必要になるとのことです。であれば、ピンガラのパワー系シッディである物体操作・破壊の力が使えるインドの聖者であるとか、イダの透視系シッディである千里眼や予知能力の力が使える西洋の魔女とかが必ずしも解脱していない、というのも納得できます。イダとピンガラが目覚めるのは早くてスシュムナが難しいのであれば解脱した人を見つけるのが難しいのも理解できます。インドの聖者の特徴として、インドは修行者に男性が多いためにピンガラが開花しやすく、よって物体操作系の話が多いのだと思います。一方、欧米の魔女は女性ですからイダが開花しやすく、よって、透視系の話が多いのも理解できます。もちろん両方あるいは逆の場合もあるでしょうが、多いのはこのパターンかと思います。<br /> <br /> そして、解脱を目的にしている人たちは往々にしてシッディの力を持っているがそれを重要視せずにスシュムナによる解脱を目指しているのも理解できます。解脱が難しいからこそシッディに拘らずに修業をしているのですね。シッディ(力)が目的であればそれに迷わされてしまい、往々にして解脱に辿り着かなくなってしまうのでしょう。<br /> <br /> 私の場合、スシュムナが動いたような感覚はまだなくて、単に2本の光の筋が通っただけなので、解釈としてはイダとピンガラが通ったような気もするのですが、多くの書籍には「スシュムナが浄化されて初めてクンダリーニが目覚める」と書いてあるので、このあたりがよく分からなかったのです。「であれば、私のは何だったのだろうか?」と言う疑問がありました。Satyanandaの解説に基づけば、それも十分あり得ると解釈できます。とは言っても、現時点では上記に書いたように体力がついたり睡眠時間が減ったり意識が向上した以外は得に取り立てた変化もなくて普通に体力がついただけなのとそう変わらない感じなので、まだまだだ、という感じです。一回通っただけでは不十分でその後のメンテナンスが重要とも言いますしね。<br /> <br /> ■クリアヨガ的な解釈<br /> Swami Shankarananda Giri著の「Kriya yoga Darshan」には以下のようにあります。<br /> <br /> <br /> ・(瞑想中に見える)光は物理的な体(Gross Body)の反応によるもの。振動はメンタル(アストラル, Astral)に属するもの。そして音はコーザル体に属するもの<br /> ・音は5つのエレメントの1つである無(Void, 虚無,Vacuity,空)から来る。<br /> ・この音が聞こえるようになれば、もはや外部の雑音に影響されなくなる。<br /> ・光、振動、音は5つのエレメントである火(Fire)、空気(Fire)、エーテル(Ether, Vacuity)にそれぞれ対応している。他の2つのエレメントである水(Water)と地(Eatrh)は物理的な体に対応している。火はそれ自体で顕現することなく、何かの燃料を投下する必要がある。内部あるいは外部の光を作り出すことにより過去の行動や考えの結果作られたカルマを焼くことができる。<br /> ・瞑想の目的は光(物理的な肉体に対応, Kalatitam)、振動(アストラル体に対応, Bindu)、音(コーザル体に対応, Nada)の先に行くことにある。最終的な状態(Paravastha)では光も振動も音もない。光、振動、音は精神的修業(サダナ)の初期の段階では重要だが、サットヴァ・ラジャステ・タマスの質の先の段階に進めばそれは重要ではなくなる。光、振動、音は我々の日常生活から意識を解き放つために必要な助け舟であり、光や色などを頼るのは、とある段階では非常に重要になる。<br /> <br /> それぞれ3つの体に対応しているという解釈は初めて見ました。他で見た記憶がありません。<br /> <br /> 雑音に影響されにくくなるのは、確かにその通りだと思います。周辺の物理的なノイズが多くても内部のナーダ音に耳を傾ければ心境はあまり影響されません。それでも、静かな方が集中できて良いのは変わらずその通りではありますし、ナーダ音が聞こえていたとしても、特定の周波数というか特定の高音だけ異常に頭に響いて頭にダメージが来るので、一般的に雑音に影響されなくなるとはいえ、やはり瞑想は激しい刺激がないような静かな環境で行う方がいいと思います。例えばドアがうまく閉まっていなくてカタカタなっていて、時々大きくカタンと鳴るような音が私は苦手です。<br /> <br /> 明確にナーダ音だとは書いてありませんのでもしかしたらナーダ音とは違った音のことを意味しているのかもしれないと思い、アシュラムでクリアヨガを長くやっている人に聞いてみたところ、別の書物のことですから明確に「同一だ」とは言わなかったものの、「その音を聞いたところで精神修行(サダナ)に妙味を加えるくらいで、特に意味はないものだ」、という話と、「その音を聞いたのであればその音がどこから来ているか探ってみると良い、もしかしたら肉体の音かもしれないし、チャクラかもしれない。しかしチャクラの音は最初は聞こえない」、という話でしたので、他の流派でもナーダ音について似たような質疑応答があって瓜二つなので、やはりこれはナーダ音を意味していると判断しました。<br /> <br /> 光でカルマを焼くいう解釈は初めて見ました。確かに、ヒンドゥ教のプージャ(火の浄化の儀式)ではカルマを浄化するようなことが言われていますし、真言宗の護摩やその他の仏教でも火の儀式はカルマを燃やすという解釈は度々見るところではありますが、瞑想中に見える光でカルマを焼くとはちょっとした発見です。確かに、宗教の火の儀式が人間の内部で行われている精神的活動を象徴するものだとすれば瞑想中に見える光でカルマを焼くというのは理にかなっています。文面は解釈が2通りできて、火を燃やしてカルマを焼く(燃料は別にある)のか、カルマ自体が燃料なのか、どちらかなのかはこの文面では分からないですが、どちらにせよカルマを減らすことができそうです。クリアヨガをやっている人に聞いたら、この種の火はマニプラチャクラ(ソーラープレクサス・チャクラ)で出るそうです。その火と光との関係がどこまであるのか微妙です、というのも、「これから先は体験してみるように」、と詳しい人から回答があったので明確な答えはその時はもらえませんでしたので。<br /> <br /> とある流派では単に「瞑想中に光や音を聞いても重要ではないので無視すること」と教えているのに対して、クリアヨガでは(ある段階までは)それに頼りなさい、と言っています。私としてはこのクリアヨガ的な解釈の方がしっくりきます。そういえばハタ・ヨガ・プラディーピカにもナーダ音を使った瞑想方法が書かれてあったのを思い出しました。そうとなれば、やはり無視するよりは(とある段階に達するまでは)きちんと頼った方が良さそうですね。<br /> <br /> ここでは音だけにフォーカスしていますが、その前段階の光や振動にもフォーカスされていて興味深いです。私は心のイメージを使った瞑想が苦手というか、そもそも光もあまり見えないしイメージも苦手な方なので心のイメージを使った瞑想はしてこなかったのですが、それが得意な方もきっといらっしゃると思います。振動の瞑想ってあまり聞かないですけど、例えば、マイナーな例になってしまいますけど霊動法とかがそうなのですかね? 私は霊動法の経験はないので見当違いかもしれないですけど。或いは、滝行などでブルブルっと震える修業とか? でも、滝行はちょっと違うかな。私の場合、ヨガのプラナヤーマやアサナで(おそらく)ある程度浄化されてからナーダ音にたどり着いたので、他の道のことはあまり分からないです。きっといろいろなやり方があるのでしょう。<br /> <br /> ちなみに、シバナンダ系のスワミに聞いたら「音は無視してチャクラ(アジナチャクラ)に集中して瞑想しなさい」と言われましたが、同じ流派の文献を読むと2通りの解釈があって、「色や音は無視しなさい」というのが瞑想系の本「Meditation and Mantra (Swami Vishnu-Devananda著)」に書いてある一方で同じ著者の「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」にはナーダ音によって最終的なサマーディに導かれる、という内容が解説されています。もしかしたら意識の成長段階によって何が良いのか違うのかもしれませんね。<br /> <br /> ■スワミも激しい耳鳴りに悩まされることがある<br /> Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修)P586によると、スワミも日常生活で常時続く激しい耳鳴りに悩まされることがあると言います。<br /> <br /> スワミMuktanandaはある時、睡眠とナーダ音を両立できなかったがために14日連続で眠ることができなかった。彼の体はどのようなナーダ音であったとしても反応した。"この天国の音楽の段階では、ヨーギはダンスの芸術を獲得する" 彼は働いている時、動いている時、食べている時ですらずっとナーダ音を聞いていた。そして、ナーダ音が激しくなってくると怒りを感じたこともあった。<br /> <br /> スワミであっても激しいナーダ音に怒りを感じることがあるのですね。興味深いです。流石に14日連続で眠れなければストレスもたまりますよね。<br /> <br /> ■右耳か左耳かは重要ではない<br /> Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修) チャプター4 Verse 67 P563によると、「聖典には右耳で聞こえると書いてあるが、左右どちらの耳で聞こえるかは重要ではない」と質疑応答と共に記載されています。私は中央の左寄りで聞こえますけど、左右についてはあまり気にする必要はないようです。この本はビハール・スクールの本なので信頼できますし、有名なSwami Satyananda Saraswayi監修ですのでまずは信用していいと思います。<br /> <br /> ■ヨギにとってのナーダ音の意味<br /> 同書 Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修) には「ヨギにとってナーダ音はクンダリーニ・シャクティと意識の上昇を意味している」という記述もあります。<br /> <br /> ■グランティを破る時に聞こえる音<br /> 同書 Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修) Verse70〜71(P567)の説明には、ムーラダーラチャクラにあるブラフマ・グランティというエネルギー・ブロックが破れる音が「ベルの音」あるいは「蜂が飛ぶ音」と書いてあります。私がナーダ音が聞こえ始めた最初の頃に聞こえていた音が実はブラフマ・グランティに関係していたなんて、ようやく謎が解けた気持ちです。自分の状態がようやくわかりました。随分と長く聞こえていた気がしますので、一瞬で破るわけではなさそうです。もしかしたら私がそうだったというだけで、一瞬で破るような人もいるのかもしれませんが。これは本文ではなくて解説のところに記載されてあるのですが、この著者はどうやってこれを知って確かめたのか、その情報元が気になるところではありますが。<br /> <br /> 凄く細かい点ですけど、ブラフマ・グランティがどこにあるのかという点において解説書によって若干の違いがあります。一般的にはこれはムーラダーラチャクラにあるとされています。<br /> <br /> <br /> ・「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」は、解説のカッコ書きの中で「ブラフマ・グランティはアナハタ・チャクラ あるブラフマの結び目」と書いてあります。これを読んだ時にあれっ?て思いました。<br /> ・「ヨーガ根本教本(佐保田 鶴治著)」に、解説文にて「梵天の結節はアナーハタ・チャクラのなかにある結節」と書いてあります。これを読んだ時にもあれっ?て思いました。<br /> ・Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修) Verse70(P567)には、解説文に「ブラフマ・グランティを破ってムーラダーラチャクラが動き出す」「ムーラダーラにあるクンダリーニから音が現れる」「聖典にあるUnstruckという単語はアナハタを意味するがこれはアナハタ・チャクラを意味していない。アナハタ・チャクラはもっと後の段階になる。」と書いてあります。この最後の説明がしっくりきます。よって、通説の「ブラフマ・グランティはムーラダーラチャクラにある」は合っていると解釈できます。聖典を読んでいると通説とは違う記述が度々現れますので、都度確認が必要だと思います。<br /> <br /> 同書 Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修) Verse73(P569)には、「アナハタ・チャクラにあるヴィシュッダ・グランティを破るとケトルドラムの音が聞こえる」とあります。私はドラムの音はあまり聞こえていない気がします。まだまだなのですかね。これは解説文ではなく本文の方なので他の本にも書いてあります。例えば「ヨーガ根本教本(佐保田 鶴治著)」には「無上の歓喜を予示するところの混合音と太鼓の音のような音とがノドのチャクラの空処で起る」とあります。「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」には「最高の空虚(Void)にあるビシュヌ・グランティが貫かれたとき、それは素晴らしい 幸福を示す。 ケトルドラムのような轟音があります。」とあります。<br /> <br /> Verse76(P574)の説明には、「アジナチャクラにあるルドラ・グランティを破るとフルートの音が聞こえる」、とあります。これまた明確な記述で、自分の状態を知るのにとても助けになります。私は高周波が今も常に聞こえている訳ですが、フルートというとそうかもしれないですが、フルートならば私が聞こえている音よりもっと高い音のような気もしますけど、今の音がフルートと言われればそうと言えなくもないのでそこは微妙なところです。これも本文ですので他の書物にも記載があります。「ヨーガ根本教本(佐保田 鶴治著)」には「フルートの音やヴィーナーを弾ずるような音が聞こえる」とあります。「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」には「ヴィーナの共鳴を想像するかのようなリュートの音が聞こえます。」とあります。<br /> <br /> ブラフマグランティを破っていた時の音が聞こえていた時のことを思い出すと、破ると聞こえるというよりは破られ始めると聞こえ出す、あるいは、破っている間は聞こえる、と解釈するのが良さそうです。 グランティというのはエネルギールート上にあるブロックですから、ブロックが破れだしたら音が聞こえるとして、ちゃんと破れるまで時間がかかるというのが私の理解です。ちゃんと破れてからクンダリーニ経験が起きたのだとすると、もうちょっと様子見で気長に待つのが良さそうです。 それにしても、音とグランティの関係が書いてある本をようやく見つけられて良かったです。<br /> <br /> ■クンダリーニとは?<br /> 「あるがままに(ラマナ・マハリシ著)」によると「クンダリーニとはアートマ、真我あるいはシャクティのもうひとつの名前にすぎない。我々はクンダリーニを身体のなかにあるように語る。なぜならわれわれ自身をこの身体によって限定された存在として見なしているからである。だが、実際クンダリーニは真我と異ならず、内側にも外側にも存在しているのである。」とあります。私の直感としてはこれは正しいと思います。一般的にはこれらはそれぞれ別のものとして認識されていると思いますが、ラマナ・マハリシ師の見解はどこか「しっくり」きます。<br /> <br /> 同様に「ヨーガの極意(小山一夫著)」によると「クンダリーニの覚醒とは単にエネルギーが高まりそれを制御できるようになったというだけの話です。クンダリーニの価値はそれをどう使うかにかかっているのです。」「クンダリーニが覚醒すれば人格が一変し聖者の如く立ち振る舞う、かのような話はあまり当たっていないと思います。」とありますが同感です。同署の中で他書「魂の科学(スワミ・ヨーゲシヴァラナンダ著)」の引用として「たとえクンダリーニが目覚めたとしても、それは大抵の場合、その一部が目覚めたに過ぎない」と書かれてあります。これも同感です。<br /> <br /> 「密教ヨーガ(本山博著)」では著者の体験談として初めてのクンダリーニ上昇経験が書かれてありますが、最初のクンダリーニ経験ではムーラダーラが目覚めただけで他のチャクラは更に開発しなくてはならなかったようなことが記載されています。又、「ムーラダーラチャクラの内に住むクンダリニーの目覚めなしには、どのチャクラも目覚めない」とも記載されています。私の感覚から言っても、クンダリーニ経験前は体の中の気の流れがほとんどない場所が多かったのが今は感じられるようになりましたので、クンダリーニ経験が全ての始まりであり、クンダリーニなしには何も始まらない、というのはその通りかなという気がします。<br /> <br /> 「ヨーガの極意(小山一夫著)」では気功の見解を紹介して「先天の気」と「後天の気」について解説しています。「クンダリーニとは先天の気を言います。この先天の気とは母胎内で流れていた気(元気)と生を受けた時に初めて得た気(真気)に分かれます。もしクンダリーニが全く動いていないとすれば人間の生命活動は途絶えてしまいます。つまりクンダリーニとは生命を維持するための根源的な力を意味するのです。これに対して後天の気とは生後に外部から取り入れる気の総称だと言えるでしょう。それは呼吸、水、太陽光、食べ物等に含まれる気に他なりません」<br /> <br /> 推測ですが、クンダリーニがアートマ/真我(いわゆる「魂」)であって先天の気でもあるとするならば、クンダリーニ体験をすることで魂がこの世にきちんと顕現されるということであり、その時に現れるのは過去の人生で培ってきた自分自身の魂であるのだから、過去の人生できちんと修行してきた人のクンダリーニ経験後とそうでもない人のクンダリーニ経験後では違いが出るのも当然なのかな、という気もします。 おそらく、生まれてきた時点では完全に魂が顕現していないのでしょう。生まれた時点では肉体とアストラル体やコーザル体の繋がりが弱くて、繋がることがクンダリーニ経験なのかな、という気がします。その繋がり方にもレベルや順序があって、まずはムーラダーラのような肉体的なところから繋がり始めて徐々にその秩序を保ちながら上のレベルで繋がってゆくのかな、という気がします。<br /> <br /> ■チャクラ<br /> チャクラが流行していますが、本格的にチャクラが重要になるのはクンダリーニ経験後です。クンダリーニ以前はチャクラの感覚があまりないことが多いと思います。クンダリーニ以前のチャクラはファッション(流行)なのかなとも思います。上に引用したホーリー・マザーの言葉通りなのかなと思います。<br /> <br /> ラーマクリシュナも同様のことを言っています。<br /> 霊的目覚めはクンダリニがその眠りから起こされない限り生じることはありません。(「ラーマクリシュナの教え」(ジャン・エルベール 編さん))<br /> <br /> シバナンダ系のとあるスワミは(又聞きですが)「チャクラはクンダリーニ経験がなければ単なる想像に過ぎず、クンダリーニ経験がなければチャクラのことを考えても意味がないからチャクラの話で盛り上がるのはやめなさい」と弟子たちに伝えているようです。本筋である「浄化」に集中しなさい、ということなのかなと理解しています。本筋ではない「チャクラ瞑想」とか「(ビージャ・マントラでチャクラを刺激する)クンダリーニ・ヨガ」などに時間を費やさないようにとの弟子への説教ということで理解しています。<br /> <br /> 私自身の経験から言うと、確かにチャクラがきちんと感じられるようになったのはクンダリーニ経験後です。でも、クンダリーニ以前でも例えば喉がガラガラして声が出し辛いとかハートが暖かいとか苦しいとかいう感覚は感じることはあったので、チャクラを「感じる」という観点は持っていてもいいのかなと思います。クンダリーニ以前のチャクラの修行とかは時間の無駄に終わることが多いと思いますが。<br /> <br /> ヨーガ的には「浄化」→「ナーダ音(聞こえない人もいる)」→「クンダリーニ」→「チャクラ」の順番ですね。<br /> <br /> ■クンダリーニは諸刃の剣<br /> 特に神智学系の人が好んで引用する一文がハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika)3章107番(バージョンによっては106番)にあります。<br /> <br /> <br /> ・「それ(クンダリニー)はヨーガ行者には解脱を、愚者には束縛を、与える。」(「神智学大要 第1巻 エーテル体」(アーサー E.パウエル著))<br /> ・「クンダリーニの覚醒は、ヨギには解脱を与え、愚者には苦悩のくびきを与える」(「チャクラ」(C.W.リードビーター著))<br /> <br /> この引用部分について原文には以下のようにあります。<br /> <br /> <br /> ・「クンダリー・シャクティはカンダの上方で眠っている。このことは、ヨーギーにとっては解脱の因となり、痴人には束縛の因となる」(ヨーガ根本教本(佐保田 鶴治著)の訳。これは3章の106番。107番ではなく。)<br /> ・「クンダリーニ・シャクティはカンダ(ナディが結合して離れている臍の近くの場所)の上に眠っています。 それはヨーギにムクティ(解放)を、愚か者には束縛を与える。 シャクティを知っている人は、ヨガを知っている人です。」(ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著))<br /> ・「クンダリーニ・シャクティはカンダの上で眠っている。このシャクティはヨーギにとっては解放の手段であるが、無知な人にとっては束縛となる。」(Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修) ) <br /> <br /> カンダについては3章113番あるいはバージョンによっては112番で解説されており、簡単に言うと「アヌスの上」となっています。<br /> <br /> ■クンダリーニ・シャクティと3つの体との関係<br /> Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修) には以下のように説明されています。<br /> ・肉体はプラーナ・シャクティの保存庫。<br /> ・心(マインド)はマナス・シャクティの保存庫。<br /> ・アートマはアートマ・シャクティの保存庫。<br /> 私たちはこれら3つから出来ており、互いに影響し合っている。心が何がしかに惹きつけられる時、これら3つの全てがその中に吸い込まれる。我々が何を願うかという意思をはっきりさせる必要があるのはこのためであり、それ故に、高い意識と知識を求める人が進歩するのはこのためである。<br /> <br /> ■神智学的な解釈に基づくクンダリーニの効用<br /> 「神智学大要 第1巻 エーテル体」(アーサー E.パウエル著)には以下のように記載されている。<br /> クンダリニーは「世の母」などといろいろな呼ばれ方をしている。<br /> 人間の肉体、エーテル体(幽体)、アストラル体、メンタル体その他はクンダリニーによって賦活(それに活力を与える)されているので、「世の母」という名称はふさわしくもある。クンダリニーは現在われわれに知られている限りではあらゆる界層に存在している。<br /> ただ、これは雲を掴むような話ですので、ひとまず私たちに手が届きそうな範囲でもっと具体的には以下のように関係するようです。<br /> クンダリーニの主な動きは、各エーテル(幽体)中枢を経由しながら賦活(それに活力を与える)して、アストラル経験を肉体意識にもたらすことである。アストラル体の感ずる力、すなわち、正確な理解というところまではいかないが、ともかく感受する力を呼び覚ます。<br /> 前提として、神智学においては肉体の次にエーテル体(幽体)そしてアストラル体と続きますので、クンダリーニによって肉体とアストラル体を結ぶ部分のエーテル体(幽体)が活性化されます。<br /> 「神智学大要 第2巻 アストラル体[上]」(アーサー E.パウエル著)では少し表現を変えて同様のことを以下のように説明しています。<br /> クンダリーニの主な機能は、エーテル体のチャクラを通過することによってチャクラに勢いを与え、これらのチャクラと肉体とアストラル体との連結門として活用できるようにすることである。<br /> <br /> ■クンダリーニは生まれ変わるごとに上げる必要がある<br /> 以下のような記述がある。<br /> クンダリーニは生まれ変わってくるごとにこれを支配する努力をくり返さなければならない。それは真我である霊はもちろん常に同一であるが、各体は生まれ変わるごとに新しいものとなっているからである。しかし、いったん完全に支配してしまえば、次の生からは反復も容易になってくる。「神智学大要 第1巻 エーテル体」(アーサー E.パウエル著)<br /> <br /> ■クンダリーニがアジナ・チャクラに届くと主の声が聞こえる<br /> 同書には以下のような記述がある。<br /> 書籍「沈黙の声」にはクンダリニーが眉間のチャクラに達してそれを十分に活気づけると主の声(この場合は高次の声を意味する)を聴く力が開ける、と記されている。それは、眉間にある脳下垂体が働くようになるとアストラル体と完全に繋がり、それを通じて内部より発する意思をすべて受信しうるようになるからである。「神智学大要 第2巻 アストラル体[上]」(アーサー E.パウエル著)<br /> クンダリーニがエーテル体を活性化することによって肉体からエーテル体を通じてアストラル体と繋がる、ということだと思います。クンダリーニがエーテル体だけでなく全ての根元のエネルギーだとしても、主に我々に関連するのはこの辺りなのでしょうね。<br /> <br /> ここで、「沈黙の声」の原典(邦訳版)に実際にどのように書かれているかを確認してみると、以下のようにあります。<br /> クンダリーニを心臓の部屋、世界の母の住み給う懐にあらしめよ。しかるとき、心臓より力興って第六の天、即ち汝の眉間に登らん。力が一なる大霊の呼吸とならば、万有に満つる声は汝の<至上我>の声なり。「沈黙の声」(H・P・ブラヴァツキー 、竜王出版のバージョン)<br /> 原文より神智学大要の方が随分とわかりやすいです。<br /> <br /> ただ、「神智学大要 第2巻 アストラル体[上]」(アーサー E.パウエル著)には「大抵の人は、このチャクラの覚醒に初めて着手したとすれば、それを今生で実現するのは不可能である。」と、絶望的な事も記載されています。<br /> <br /> ■音のないところ<br /> ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika)4章101~102番に「音のないところ」の境地が描かれている。この記述は難解な部分もあるので幾つかの書物を見比べてみます。<br /> <br /> (4章101~102番) アナーハタ音のひびきが聞こえる間は虚空についての想念はまだ存在している。かの音も無いところが至上の梵、至上の我であるとうたわれている。音の形で聞こえるものはシャクティに他ならない。すべての存在の没入する場であり、そしてなんらの形相の無いものこそが至上神(アートマン)である。 「ヨーガ根本教本(佐保田 鶴治著)」<br /> (4章101~102番) アーカーシャの概念(音の生成)は、音が聞こえている限り存在する。音の無い状態はパラ・ブラフマンあるいはパラ・アートマンと呼ばれている。ナーダとして聞こえる音は何であれ、それはシャクティであるに過ぎません。最高の真実は形がないものです。それこそがParamesvara(至上の主、Supreme Lord)です。「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」<br /> (4章101~102番) アーカーシャの概念(音の本質)は音が聞こえている間は存在する。音のない状態こそが最上の真実であり、至上のアートマン(Supreme Atma)と呼ばれている。神秘的なナーダの働きとして聞かれるものは何であれシャクティに過ぎない。全ての要素(panchatatva: panch + tatva, 五大元素, Prithvi (Earth), Jal (Water), Agni (Fire), Vayu (Air) and Akash (Space))が中で溶解しているもの、それこそが形のない存在(formless being)であり、至上の主(Supreme Lord, Parameshwara)である。「Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修)」<br /> <br /> Swami Muktibodhanandaによる解説を引用します。<br /> 五大元素はそれぞれの質(quality)を持っている。音はアーカーシャ・タットヴァの質であり、五大元素のうち最高で最も繊細なものです。音が存在していることを意識していたり、あるいは、貴方が音そのものであったとしても、そのような状態であるうちはまだ貴方は最高の状態の中に溶け込んではおらず、まだ最高の状態になってはいません。アートマンの中では"これ/存在する(is)"とか"これではない/存在しない(is not)"という概念は存在しない。よって、"音が存在する"とか"音が存在しない"という概念も存在しない。よって、音が聞こえているということはアートマンの中にはいないことがわかります。「Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修)」<br /> <br /> おそらく、このあたりがナーダ音の真実の最終理解なのでしょう。意識の壁を突破しなければこの最終的な状態は理解できないのかなと思います。<br /> <br /> 同書では、この後にスピリチュアルで有名なたとえ話「波と海」が紹介されています。<br /> 個人としての存在は例えるなら海における波です。波は海とは隔てられているように見えるかもしれませんが、しかしながらそれは全体の一部であります。「Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修)」<br /> <br /> このたとえ話は有名すぎてスルーしてしまいそうなところですが、ナーダ音の最終理解と結びついてこの話が出てくるところがとても興味深いです。このたとえ話はわかるようでいてわからない話で、とりあえず頭で理解することはできますが、いくら理解してみたところで私という存在はあくまでも個人として分かれているし、それが一緒だと言われても最初はよくわからないわけです。世間で多くの場合はこのたとえ話は「道徳」として語られているように思えますが、このハタ・ヨガ・プラディーピカでそれがまさにナーダ音との繋がりとして説明されているところがとても興味深いわけです。<br /> <br /> 瞑想はやがてサマーディになる。その時、意識は瞑想の対象(Object)と一緒になり、二重性は融解する。「Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修)」P452<br /> <br /> よって、ナーダ音の場合はナーダ音そのものが瞑想の対象(Object)であり、ナーダ音との二重性を融解させるところが次の目的地になります。<br /> <br /> アートマンの属性はサッチダナンダ(satchdananda, Sat:存在 + Chit:意識 + Ananda:至福)として知られている。私は存在(Sat)している、私は意識(Chit)している、私は至福(Ananda)だ、私は執着していない、私は光に満たされている、私は二重性に囚われていない、という状態。音を対象(Object)としたサヴィカルパ・サマーディです。「Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修)」P589<br /> <br /> 音と同一化して、音が聞こえないところにまで到達することがサマーディである、と解釈できます。サマーディには各種あってサヴィカルパ・サマーディはその1つです。<br /> <br /> そう言えば、クリアヨガの先生とナーダ音について話をした時に、「その音の発生元を確かめなさい」と言われたのを思い出しました。その意図としては、「物理的な音でないことをまず確認しなさい。ナーダ音であるならば内から聞こえている筈で、その場合でも、内なるナーダ音がどこから聞こえているか確認しなさい」と言われて、前半部分はともかく、後半部分の理解がその時はあまりできなかったのですが、今思えば二重性やサマーディに関することを言っていたのかなと推測できます。<br /> <br /> こうして「ナーダ音のないところにまで達するべきだ」「ナーダ音の発生源を見つける」「ナーダ音やその発生源と一体化する」、と道が示されました。その先にはサマーディが続きます。サマーディによってナーダ音は消え去る筈です。おそらく。もしかしたらサマーディ中だけ消え去るということなのかもしれませんが、そこはまだ体験していないので分かりません。<br /> <br /> ■覚醒の形態<br /> スワミ・ヨーゲシヴァラナンダは「魂の科学」の中で以下のように記しています。<br /> <br /> クンダリニーの覚醒には、次の2つの形態があります。<br /> (1) 生気の上昇 (Pranotthana)<br /> (2) 光輝状態の始まり。「魂の科学(スワミ・ヨーゲシヴァラナンダ著)」<br /> <br /> このうち、(1)の生気の上昇 (Pranotthana)の中にナーダ音があります。基本的には今まで調べた事と類似ですが、細かいニュアンスに違いが見てとれます。おそらく、生気の上昇は一般的にはクンダリーニとは言わない気がします。一般的には(2)の光輝状態の始まりだけがクンダリーニな気がします。<br /> <br /> 「生気の上昇」の説明が以下のように続きます。<br /> <br /> 身体下部で動くアパーナ気は瞑想修行によって興奮状態となり、ムーラダーラ・チャクラ内の神経を刺激します。蟻が這ったり湯や蒸気が動いているかのように感じられたり、時には、冷たく感じられ、体全体がゾクゾクしたり頭髪が逆立ったりもします。この生気の上昇は特別な調気法や身体浄化法(Shat Karma)によっても引き起こされる場合があります。浄化された後では、脊髄中にあるスシュムナー菅の基底部から上部に至るまでアパーナ気が動くのを感じられます。やがてその動きは早くなり、そのため、行者の四肢がよく痙攣したりします。他にも、ベルの鳴る音や、鳥がチイチイ鳴く声、コオロギの声、ドラムやシンバルの音、リュートやフルートの音、それに雷の音などを聞く者もいます。こうした音は、何年にもわたって聞こえ続けるのです。こうして修行を休みなく続けてゆけば、やがては諸々の障害が除かれ、スシュムナー菅の中を脳に至るまで、生気が自由に、しかも適量に流れるようになってきます。「魂の科学(スワミ・ヨーゲシヴァラナンダ著)」(P150~ 抜粋しつつ引用)<br /> <br /> この本では、ナーダ音の立ち位置がはっきりと示されています。この著者はインドのリシケシでヨガニケタンというアシュラムを作った聖者の筈なので、さすがに凄い見識ですね。 ニュアンスとして「完全に浄化されればナーダ音は聞こえなくなる」と読み取れます。実際のところはそこまで私が到達してみないとわかりませんが。 この本には、これに続く段階も記されています。<br /> <br /> やがて修行の段階が進めば、半覚醒の状態(Tandra)、よく眠った状態(Nidra)そして暗性優位の三昧(Tamasik Samadhi)といった境地を体験できるようになってきます。こうした境地はヨーガ・ニドラ(Yoga Nidra)と呼ばれることがあります。この段階では真の叡智を得ることは不可能ですので、これに続いて、叡智の光が輝きわたり意識もはっきりしているより高い三昧(サマーディ)の境地に入って行かなければ、解脱とか絶対者ブラフマンを知るといったことは不可能なままになってしまいます。「魂の科学(スワミ・ヨーゲシヴァラナンダ著)」<br /> <br /> 浄化の後にサマーディが続く、ということのようです。この後の段階でようやくチャクラが出てくるようです。<br /> <br /> (クンダリーニの)生気の上昇でチャクラに触れた感じはするかもしれません。しかし、それでもまだチャクラの姿は視ることができないでしょう。たとえ生気の上昇があった後でも、チャクラが暗性によって被われている間はチャクラの姿を視ることはできませんし、チャクラ内に隠されている力を経験することもできないのです。そうした状態のことを比喩して、蓮の花はまだ蕾のままで開花せずにいると言ったりします。しかし善性(Sattwa)の光が増してくれば花は開き、チャクラも見えてくるようになってくるというわけです。「魂の科学(スワミ・ヨーゲシヴァラナンダ著)」<br /> <br /> まとめますと、順番として以下になるでしょうか。<br /> <br /> <br /> ・浄化<br /> ・体の震え。ナーダ音が聞こえる(聞こえない人もいる)。 <br /> ・クンダリーニの1段階目「生気の上昇 (Pranotthana)」 (おそらく一般的にはクンダリーニとは言わない)<br /> ・暗性(Tamas)優位の状態。チャクラの感覚の始まり(触れた感じ)。(まだチャクラは見えない)<br /> ・半覚醒の状態(Tandra)、よく眠った状態(Nidra)、暗性優位の三昧(Tamasik Samadhi)などを経験する人もいる。<br /> ・クンダリーニの2段階目「光輝状態の始まり」 (おそらく一般的なクンダリーニはこれを意味する)(私は今ここ)<br /> ・ 善性(Sattwa)優位の三昧(サマーディ)、チャクラの開花(見えてくる)(私は未体験)<br /> <br /> まだまだ先は長そうですね。<br /> クンダリーニ体験である程度の段階まで来たような気がしていましたが、まだ頂上は遠いことに気付いた感じです。<br /> <br /> ■クンダリーニをサハスララまで上げる<br /> (上にも少し書きましたが)クンダリーニ経験をしたら終わりではなく、その後、更に練習を続けてクンダリーニをサハスララまで上げる必要があります。<br /> <br /> クンダリーニが目覚めたとしてもほとんどの場合それは直接サハスララにまで登りません。1つのチャクラからもう1つ上のチャクラへと登らせるためには集中と忍耐が必要です。時には後退し、再度多大な努力を使って再度登らせなくてはならないかもしれません。クンダリーニがアジナ・チャクラまで登ったとしても、それを保持するのは難しいでしょう。Sri Ramakrishna、Sri Aurobindo、 Swami Sivananda のような偉大なヨーギだけが長時間そこに保つことができました。最終的にクンダリーニがアジナからサハスララに登った時、合一(ユニオン)が起こります。しかし、その状態は最初のうちは長い時間続きません。長い期間、継続的な練習が行われた後でのみ純粋で革新的な合一の経験がやがては永遠のものとなり、そして最終的な解脱(モクシャ)に至るのです。「Meditation and Mantra (Swami Vishnu-Devananda著)」<br /> <br /> ここでチャクラの話が出てきますが、クンダリーニの目覚めは以下のようなものが正しいと思います。<br /> クンダリーニの目覚めは、あなたの振動レベルが上がることを意味します。「ああ、私のクンダ リーニは第 3のチャクラに達しました - 第 4のチャクラ - 今度は第 5のチャクラのほんの 2 インチです」などと考えないで下さい。 このようにクンダリーニが目を覚ますのではありません。 実際には、波動の周波数が増加すると変化するのはオーラの状態なのです。 これが実現されると、あなたの平和と喜びは比例して増加します。 普通の人が幸せだと思っているのは、貴方にとって痛みでしかなくなります。 官能的な経験はだるくて退屈になり、あなたはもはや飲酒、喫煙、賭博を必要としなくなります。その状態になると、クンダリーニが目を覚ましたことを意味します。 「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」(読みやすいようにセンテンスの順番を少し入れ替えました)<br /> <br /> チャクラの感覚というのはそれはそれとしてありますが、クンダリーニの目覚めとしてはこのようなものだと思います。人によっては、この記述を持ってして「チャクラの感覚はないのが正解」と思ってしまう人もいるようです。実際にヨーガの先生でそのような人がいました。ですが、この文章では、クンダリーニの目覚めはチャクラで分割されるようなものではない、と言っているだけだと私は理解していますし、自分の経験としてもそうだと思います。一方で、各チャクラの感覚というものはそれはそれとしてあります。<br /> <br /> ヨーガ行者の本山博先生はスワミ・サッチャナンダの主張を引用して以下のように伝えています。<br /> 目覚めたクンダリニーのエネルギー、シャクティが上昇しますが、ほとんどの場合、マニプラチャクラまで上昇すると、またムーラダーラチャクラに下降します。もし実習者がマニプラをこえて登頂までエネルギーが上がったような感じでも、それはシャクティの全体が上がったのではなく、そのわずかな一部が上昇したにすぎません。<br /> マニプラをこえてクンダリニーが上昇するには実習者は繰り返し繰り返し、熱心にクンダリニーを目覚めさせることが大切です。マニプラをこえてクンダリニーが上昇すると、もうなんの障害もないのですが、クンダリーニがムーラダーラやスワディスタナチャクラを目覚ましただけでは、いろいろな障害が生じると、サッチャナンダは言っています。 「密教ヨーガ(本山博著)」 ここで言うサッチャナンダとは、参考文献を見るとビハールスクールのSwami Satyananda Saraswatiのことのようです。私の手元には彼の著作物/監修として、上で引用した Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修) があります。いま手元にはないですが「Kundalini Tantra」もSwami Satyananda Saraswatiの著作ですね。<br /> <br /> ■仙道におけるクンダリーニ<br /> 高藤 聡一郎氏の「秘法!超能力仙道入門」には仙道の修行段階が紹介されていますが、最もポピュラーな北派「伍柳派」の修行法に興味深い記述があります。全体の流れとしては「小周天→大周天→出神→タオと一体化」 となるのですが細かい説明をするのはこの記事の主旨ではありませんので「小周天」に関しては同書あるいは「密教ヨーガ(本山博著)」を読んで頂くとして、大周天に関しては諸説あるもののとりあえずクンダリーニやスシュムナに関する行法と思っておけばまずは十分かと思います。<br /> <br /> 興味深いと思ったのは「大周天の実際の姿」という節であり、クンダリーニ・ヨーガの内容と類似しているのです。何故そう思ったかという決め手は、その2つ目の記述「馬陰蔵相(ばいんぞうそう)」です。<br /> <br /> 馬陰蔵相(ばいんぞうそう) - 気が精に変わらなくなり、睾丸やペニスが、子供のように奥に引っ込んでしまい、産精機能がなくなった状態。このとき、気が体内を巡るのが大周天。 <br /> <br /> これはまさに私がクンダリーニ経験(2回目)をした時から急にそのように変化した部分です。以前は割と性の問題に悩まされることも多かったのですが、今は性機能を意識的にコントロールできるようになりました。エネルギーの無駄使いをしないように基本的には性的な感性は出さずにエネルギーを体の上部の方に焦点を当てることで体の下部(ムーラダーラやスワディスタナ)にエネルギーが行かないようにしています。昔はこの制御が完全ではなくて性的欲求が出てきてしまったのですが、今はほぼコントロール下にありますし、時折バランスが崩れそうになっても瞑想などをすればコントロールは容易に戻るようになりました。性エネルギーが完全にゼロになったわけでもなく、性的な情報が目から入ってくればそれなりに性的な活力が活性化されたりもしますが、制御は以前より遥かにしやすい状態にあると言えます。<br /> <br /> パタンジャリの「ヨーガ・スートラ」に出てくるヨーガの八支則(アシュタンガ・ヨーガ)の1つ目「ヤマ(Yama)禁戒」の中に「ブラフマチャリヤ(Brahmacharya)禁欲」というのが出てきますが、大周天あるいはクンダリーニ経験(あるいはその他の状態?)の後でなければ本当のブラフマチャリヤはできないのでは、と今は思います。少なくとも私の場合はそうです。<br /> <br /> 以前のブラフマチャリヤは性の欲求を意思の力で押さえつけて性の問題が表に出ないように自分自身を律しており、それこそがブラフマチャリヤなのだと思っておりましたが、クンダリーニ(2回目)経験の後はブラフマチャリヤがとてもやりやすくなり、ブラフマチャリヤこそが自然の状態だと思えるようになりました。性の問題に悩まされていた頃の性欲を100とすれば以前のブラフマチャリヤによって60くらいにまで意思の力で性欲を無理やり押さえ込んでいたのですが、クンダリーニ(2回目)後の性欲は10前後で、必要に応じて意思の力で性欲を活性化させることもできますが基本は性欲が少ない状態になっています。これは活力が失われたということではなく、エネルギーがマニプラよりも上に来ていてスワディスタナへのエネルギーが制御されているために性欲が暴走しなくなっているのだと思います。エネルギーが上の方のチャクラに集まることで以前よりもポジティブなエネルギーの状態になっていますので、性欲がなくなったからと言って活力が失われたということではなく、性の方に費やされていたエネルギーがポジティブなエネルギーに変わることでエネルギーの無駄使いが減り、活力としては以前よりも確実に充実しています。<br /> <br /> 仙道的な説明で言うと「気と精のどちらにエネルギーを使うか」あるいは「気と精のエネルギー変換」というところになるかと思います。仙道の流派によっては「エネルギーを精(性)に使わずに気に使う」と解釈する流派や、視点を変えて「精(性)エネルギーを気に変える」とか解釈したりするようです。仙道には詳しくないので本を読んだ限りの理解ですが、「性エネルギーを気に変える」と言うのは違和感がありますね。根元のエネルギーがあって、それを性に使うのか気としてオーラとして使うのか、と言う視点の方がしっくり来ますが、このあたりは流派によって解釈がきっと異なるのでしょう。<br /> <br /> この書籍には大周天の要件が他にも書かれてあるのですが、その視点はクンダリーニ・ヨガにも応用できるといいますか基本は同一なのではないかと思いました。ヨーガとは表現方法は違いますが似たようなことが言われていますし、視点を変えてみてみると私に足りないものが見えてきた気がします。そのような意味で、この仙道の修行方法は興味深くて勉強になります。<br /> <br /> 仙道の「出神」とは自分の分身を出現させることですが、これを読んだだけだと奇抜な特殊なお話のように聞こえますが、ヨーガと関連してこれを読むと、これは肉体の分身ではなくて、ヨーガで言うところの「サハスララから自分の幽体を外に出す段階」に相当すると思われます。「密教ヨーガ(本山博著)」には本山博先生がサハスララから体の外に出る経験のことが書かれてありますが、同様の修行段階にあるのだと思われます。とすれば、表現方法が違うだけで類似の修行段階があると言うことで、仙道にせよヨーガにせよ根本は共通ということで興味深いものがあります。<br /> <br /> ■ハタ・ヨガ・プラディーピカに記されている「精力の克服」<br /> 上記と似た記述がハタ・ヨガ・プラディーピカにも見られます。3バージョンから引用します。<br /> <br /> <br /> ・(2章78番) ハタヨガの完成の兆候は次の通りです: (I)体が曲がるようになる、(II)顔が輝く、(III)明瞭な言葉、あるいは、内面の音(アナハタ音)が聞こえるようになります。 (IV)視力が明確になる。(V)身体のすべての病気から解放される。(VI)精液が制御される。(VII)消化の炎が刺激される。(VIII)ナディが浄化される。 (ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著))<br /> ・(2章78番) ハタ・ヨーガに成功したというしるしは、(1)身体が痩せる (2)顔色が冴えてくる (3)例の妙音がはっきり聞こえる (4)両目に曇りがない (5)無病 (6)ビンドゥ(精液)の克服 (7)消化力の旺盛 (8)気道が詰まっていない、等である。「ビンドゥの克服」というのは、注釈家によれば精力の消耗がないという状態のことだという。ある訳者は「精液を集中する」ことと解している。 (ヨーガ根本教本(佐保田 鶴治著))<br /> ・(Chapter 2 Verse 27) ハタヨガが達成されるのは次のような時です: 身体が痩せる。静かな表情。内なる音の現れ。きれいな目。無病。ビンドゥ(精液あるいは卵子)の制御。活発な消化の炎。ナディの浄化。 (Hatha Yoga Pradipika (Swami Muktibodhananda著, Swami Satyananda Saraswati監修))<br /> <br /> それぞれ同種のものをまとめて分かりやすい言葉に変えると以下のようになると思います。<br /> <br /> <br /> ・体が曲がるようになる。身体が痩せる。<br /> ・顔が輝く。顔色が冴えてくる。静かな表情。<br /> ・ナーダ音/アナハタ音が聞こえるようになる。<br /> ・曇りのない綺麗な目になる。<br /> ・体が丈夫になる。<br /> ・自然な(努力のいらない)ブラフマチャリア(禁欲)の達成。<br /> ・消化力のアップ<br /> ・ナディ(エネルギー/プラーナ/気の通り道)の浄化<br /> <br /> これらが現れることがハタヨガの完成の兆候であるならば、ハタヨガの先にまだまだあるということですね。一般的には、社会を健康に元気に過ごすためにはこのくらいで十分すぎるくらい十分なのかもしれないですが。<br /> <br /> <br /> Sat, 28 Apr 2018 00:00:00 +0900 ハイヤーセルフ、ミドルセルフ、ロウアーセルフ https://w-jp.net/2017/1454/ <br /> ■ハイヤーセルフの一般的な解釈<br /> 時代によって意味するところが変化しています。<br /> <br /> ・1990年代のニューエージブームにおける意味:「本当の自分」と言う自我<br /> ・現代主流で使われている意味:魂<br /> <br /> このことを理解するには、1990年代の時代背景を理解する必要があります。<br /> <br /> 当時は物質社会に生きる人々の多くが行き詰まりを感じており、その行き詰まり感からニューエイジブームが生まれました。そこでは、本来は統一感のある唯一の自我である自分自身が「物質社会に邁進する自分」と「それではいけないと感じて真実の生き方を求めている自分」に分離されていました。その分離が社会現象として起こっていましたので、共通認識として存在したわけです。ですから、ハイヤーセルフと言えば後者の「真実を求めている自分」と言う自我のことを指していました。そして、ハイヤーセルフが魂との橋渡しをしていたのです。<br /> <br /> 以下のような構図です。<br /> <br />  物質的な自我(メイン) 真実を求める自我(ハイヤーセルフ, まだ覚醒されていない意識) 魂<br /> <br /> 当時は、物質的な自我が魂に近づくためにハイヤーセルフと言う概念を必要としていました。<br /> しかし、この分離が解消されてバランスの整った状態になると、ハイヤーセルフと言う概念は消滅します。本来、どちらも自我だからです。<br /> 自我の分離が解消されると、単に自我と魂との繋がりになります。 このとき、ハイヤーセルフと言う言葉は行き場を失い「魂」を指すように意味が変化します。<br /> <br />  自我 魂(ハイヤーセルフ?)<br /> <br /> ハイヤーセルフの元々の意味は消滅しつつあるものの、慣習でハイヤーセルフと呼ぶようなことは続いています。昔と同様に「真実に近い認識を持つ自我」を指す時もあるのですが、それよりも、直接的に「魂」をハイヤーセルフと表現している場合が最近は増えているような気がします。ですので、最近書いた文章ではコンテキストによってどちらを意味しているのか認識する必要があります。<br /> <br /> ハイヤーセルフとのチャネリングの多くは魂に「直接」繋がったものではなく、「物質的欲求など常識の枠を取り去った時に自分の自我が真実に基づいてどのように考えるか」と言う自我とのコミュニケーションであることが多かったように思います。<br /> <br /> そうしてゆくうちに自我の分離が解消され、自我が透明な心を取り戻した場合には「魂に繋がる」と言う意味におけるハイヤーセルフとのチャネリングに移行してゆくこともあるのですが、それは元の意味とは異なってきます。ハイヤーセルフと言うのは元々「自我の分離」を前提とした概念が基本にあったのです。<br /> <br /> ■ハワイの先住民族によるハイヤーセルフの解釈<br /> 書籍「フラワー・オブ・ライフ」によると、ハワイの先住民族の解釈では「3つ」の層があります。<br /> <br /> ・ハイヤーセルフ(高次自己)<br /> ・ミドルセルフ(中位自己)<br /> ・ロウアーセルフ(低次自己)<br /> <br /> これは、一般的な「自己とハイヤーセルフ」という2層解釈とは異なっています。<br /> <br /> 2次元性の意識がミドルセルフ。<br /> ロウアーセルフは地球。端的に言うとロウアーセルフとは「無意識」。無意識は地球上全ての人と繋がっている。ユングの言う集合無意識。<br /> ハイヤーセルフは「すべてのもの」。<br /> <br /> 同書によると、ロウアーセルフに繋がってからでないとハイヤーセルフと繋がることはできないとのことです。<br /> ハワイ先住民によると、地球は2〜6歳くらいの子供であり、ロウアーセルフと繋がるためには無邪気に子供になって遊ぶ必要があるとのことです。スピリチュアリストがグラウンディングを重要視したりインナーチャイルドを「癒す」と言う言葉で表現しているのは、実はこのことのようです。「癒す」と言うと個人の心に傷があるかのような誤解をするかもしれませんが、傷があろうがなかろうが地球と繋がるためには無邪気になって遊ぶ必要がある。そのことをインナーチャイルドとか表現しているようですが、本質はインナーチャイルドではなくて地球と繋がるというところにあるようです。<br /> <br /> そして、地球であるロウアーセルフと完全に繋がった時、地球が貴方にハイヤーセルフと引き合わせてくれるとのことです。<br /> Tue, 21 Nov 2017 00:00:00 +0900 クンダリーニ症候群、或いは禅病 https://w-jp.net/2017/1452/ <br /> 世の中にクンダリーニ症候群、或いは禅病と呼ばれているものを知ったので調べてみました。<br /> <br /> タオ人間医学<br /> 密教ヨーガ<br /> <br /> 症状<br /> ・体の中に熱が篭ってしまい、注意散漫になったり日々の生活に支障を生じる<br /> ・頭痛、神経過敏、高血圧、不整脈、集中できなくなる<br /> ・熱が篭る場所としては下半身、心臓(ハート)、頭など。強烈な熱感或いは圧迫感を伴う。<br /> ・手足が冷たくなる<br /> ・涙が止まらなくなる<br /> ・時に幻覚・妄想・不眠症を伴う<br /> ・いわゆる自律神経失調症のような症状<br /> ・時には死に至る<br /> <br /> 症状の原因としては以下<br /> ・グランウンディング(地に足をつける)が足りない<br /> ・体の中のエネルギーの流れが滞っている。ネガティブな思想がエネルギーの流れを遮っている。<br /> <br /> 解決法<br /> ・エネルギーを体の中で循環させる。<br /> ・円天法などと呼ばれている方法で、背骨を伝わってムーラダーラ(Muladhara)チャクラからサハスララ(SAHASRARA)チャクラまでエネルギーを上げた後に、体の前面を通ってエネルギーが下に降り、またムーラダーラチャクラから循環させるようにしてバランスを取ります。エネルギーを体の前から下に下ろす場合はグラウンディングを意識します。<br /> <br /> この円天法はシンプルですがとても効果があります。クンダリーニ症候群の人は体の中に熱が篭っている状態なので、上記のようなエネルギー循環をするだけで劇的に回復したり、数週間で回復したりもできるようです。<br /> 円天法は一部のヨガでは基本に含まれていますので、クンダリーニ症候群とまでは行かないまでも体の中にエネルギーが滞っている場合など普段からして頂ける方法だと思います。<br /> <br /> エネルギーのブロック要因は各チャクラ特有のもののようです<br /> ・下半身のムーラダーラ(Muladhara)チャクラ。性的欲求の克服が必要。過去生も含めたカルマの克服が必要。<br /> ・下半身のスワディスタナ(Svadishthana)チャクラ。性的欲求の克服が必要。無意識で眠っているカルマの克服が必要。<br /> ・ハート(心臓)のアナハタ(Anahata)チャクラ。ネガティブな感情が渦巻いているとここで詰まってしまいますので楽観的になることが重要。<br /> ・喉のヴィシュッダ(Visuddha)チャクラ。<br /> <br /> このようなクンダリーニの覚醒は本来は師匠について行うべきものですが、時に、準備ができていない人に偶発的に覚醒してしまうことがあり、様々な症状が出てしまうとのことです。特にムーラダーラ(Muladhara)チャクラやスワディスタナ(Svadishthana)チャクラが目覚めるとあらゆる抑圧された感情が爆発的に現れ、いわゆるクンダリーニ症候群になりやすいそうです。このような時は適切な指導者が必要です。<br /> <br /> クンダリーニのエネルギーは、広く一般には下半身から頭に向かって上昇するもの、というシンプルな捉え方をされていると思います。しかし、この一般的な理解だけですとエネルギーが頭で詰まってしまうのです。場合によっては頭上にあるサハスララ・チャクラが開いてエネルギーが外に出ることで事なきを得る場合もあるようですが、エネルギーが抜けずに詰まってしまうとクンダリーニ症候群とか禅病などと言われているものになってしまいます。<br /> <br /> クンダリーニは背骨を通って上昇します。そこで頭の上に抜けたところから、次は体の前を通って下に回します。この部分がいわゆる「グラウンディング」と呼ばれているもので、地に足をついた生活をしているほどグラウンディングでエネルギーが下に回ります。ふわふわした生活をしているとなかなかエネルギーが下に下がりません。社会生活を投げ出して神秘主義に没頭した場合などもグラウンディングし辛いかもしれません。<br /> <br /> 円天法は色々とバリエーションがあるようですが、単純に体の前後を回すだけも効果があります。バリエーションによっては、体の後ろと前をそれぞれ通過させた後に再度頭まで背中を伝わって持ち上げ、次は体の内面を通って丹田まで下ろす、というようなやり方もあるようです。<br /> <br /> どちらにせよ円天法の基本は背中から上昇して体の前面から下降(グラウンディング)です。たったこれだけでクンダリーニ症候群あるいは禅病の症状が改善されるようです。<br /> <br /> ■追記<br /> その後、ナーダ音について調べていた時に意外にもクンダリーニついても色々とわかってきました。詳しくはこちらに記しますが、ざっくりと言うと、ヨーガで言うところのナディ(体にあるエネルギーの通り道、経脈)のうち、背骨に沿って存在しているスシュムナが不純物で詰まっているとクンダリーニ症候群になるようです。<br /> <br /> 円天法そのものがクンダリーニ症候群を防ぐというよりも、円天法のような行法はいわゆる浄化(クリア)に類する物で、クンダリーニを目覚めさせる前に各種のクリアをして浄化をしてからクンダリーニを目覚めさせないととてつもない混乱を引き起こす、ということのようです。詳しくは上記リンク先の最後の方に記してあります。<br /> <br /> ■追記2<br /> その後、クンダリーニ経験ぽいことが起きました。上リンク先と同じナーダ音に関する記事のページに追記してあります。<br /> Sun, 03 Sep 2017 00:00:00 +0900 スピリチュアルの「3倍返しの法則」 https://w-jp.net/2017/1434/ <br /> スピリチュアルの世界で、他人を恨んだり妬んだりすると自分に3倍で跳ね返ってくる、という法則がある。同様に、他人を判断すると自分に3倍で跳ね返ってくる、という法則もある。どちらも、その思念を飛ばせば自分に戻ってくる、という法則だ。<br /> <br /> それが実感できる人にとっては「その通り」で終わりなのだが、感覚に敏感でないとその意味するところは不明かもしれない。<br /> <br /> でも、考え方としては単純です。<br /> <br /> 他人を恨んだり妬んだり判断する時、その時必ず「集中」する筈です。その集中は、意識的にせよ無意識的にせよ、自らの波動を相手に合わせて行われるのです。自らの波動をラジオのようにチューニングしてわざわざ低くしてしまい、自らの波動が相手の低い波動に合ってしまうのです。ですから、跳ね返ってくる、というよりも、自らが低い波動にチューニングされてしまい、同様のトラブルが次々と舞い込むようになる、というわけです。ミイラ取りがミイラになる、というわけです。<br /> <br /> ですから、何か嫌なことがあっても、すぐにそれを「手放す」ことは重要です。手放さなければ、自らがその低いオーラと同調してしまいます。<br /> <br /> スピリチュアルな理解に従えば、「想い」とは単なる感覚器官の1つに過ぎず、「自分」ではありません。<br /> 例えば騒がしい土地を訪ねて騒音がとても煩い時に、人はその騒音を自分自身だとは思わないですよね。騒がしい土地だ、賑やかな場所だ、と思う筈です。それと同じことです。<br /> <br /> スピリチュアルな理解がない場合、「想い」が自分自身だと勘違いしています。別の言葉で言えば、「心が自分自身だと勘違いしている」とも言えます。心は周囲を感じるための道具でしかない、というのがスピリチュアルな立場です。「自分」とは心を超越したものであり、心の感情とは無関係に永遠に存在します。「魂」とも言えます。魂は心ではありません。魂は心を超越したものであり、心がポジティブになっていてもネガティブになっていても、魂は変わらずそこにあります。<br /> <br /> 魂が自己であり、心は感覚器官でしかありません。しかも、魂は実のところ周囲の人々と繋がっています。ですから、近くにいる人が怒っていたり妬みを感じていれば、まるで自分が感じるかのごとく怒ったり妬みを感じてしまうものなのです。もし自分が誰かに関して怒りや妬みの感情を発するならば、周囲の人に対して心の騒音を撒き散らしているのと同様になるのです。であれば、周囲の人はイライラし始め、同じような感情を発するようになるかもしれません。そして、その感情は自分に返ってきます。それがいわば「3倍返しの法則」になるわけです。<br /> <br /> そして、ある程度の内面の純化が起こった後は、上記のプロセスが加速します。他人に対してネガティブな思いを発すると、即座に自分に返ってきます。純化していなければ自らの思いは強くないのでネガティブな思考であっても届きにくいし、戻って来るときもそれなりです。しかし、純化されている状態でネガティブな思考を発するとその思いは強いので、自らに返って来る思考も強烈になります。純化すればするほどネガティブな思考を避けるべきです。その状態になれば、自ずとこの法則がわかりますから誰に言われなくてもネガティブな思考は避けるようになります。<br /> <br /> ネガティブな思考を発すると自分の心が曇りますので思考の力も弱まります。純化が進めば進むほどネガティブな思考を避けるようになり、思考の力も強くなります。この世界はよくできていると思います。<br /> Sat, 02 Sep 2017 00:00:00 +0900 科学と宗教、そして唯物論 https://w-jp.net/2017/1431/ <br /> 現実が1から100あるとする。<br /> 科学とは理論が証明された1から20の範囲を扱うものであり、時が経つにつれて20から21、22へとその範疇を増やしてゆく。範疇を増やす行為こそが研究であり、科学者が日々行なって謎を究明している。<br /> <br /> 科学の立場からすれば、証明されていない21から100までの範疇は「わからない」と言うのが科学としての正しい立場になる。<br /> 或いは、科学の立場から「仮説」を立てて証明を試みたりする。<br /> 証明された事実(1から20の範囲)と、証明されてはいない仮説(21から100の範囲)を扱って、仮説を証明して科学の範疇を増やしてゆくのが科学の基本的な立場だ。<br /> <br /> 一方で、宗教とは1から100全てを扱うものだ。だから、科学的に証明されているとは限らない。<br /> <br /> <br /> ここで話が終われば明確だ。<br /> <br /> しかし、厄介なことが現実には生じている。特に厄介なのは「唯物論」だ。<br /> <br /> 科学の立場からすれば、証明されていない理論は「仮説」或いは「わからない」としか言えないが、証明されていない内容に対して「間違っている」或いは「存在しない」と判断するのが唯物論だ。<br /> <br /> 科学的に証明された内容と宗教が矛盾している場合に科学的立場を主張するのは普通の科学の立場であり、論理的矛盾もなく、倫理的矛盾もなく、何の問題もない。ここで唯物論が問題になるは、科学の基本的スタンスを歪めて、科学が将来的に証明するかもしれない内容に対しても「存在しない」などと判断してしまう点にある。<br /> <br /> 例えば、ほんの数十年前まで「思いの力」は科学としては「仮説」或いは「わからない」とされてきたが、一部の人が科学的証明を試みてきて今は「思いの力」は存在することが科学的に証明されている。その一方で、唯物論者は長らく「そんなもの存在しない」と切り捨てていた。科学の立場と唯物論は異なるものであり、唯物論に立ったが最後、科学的進歩は終了してしまう。何故なら、科学が既に証明した内容以外は存在しないと自ら諦めてしてしまうからだ。ここに進歩はない。唯物論者は科学的進歩の在りようには目を瞑り、誰かが科学的に証明したら自らのスタンスを変えることで癌のように生き残る。<br /> <br /> 本来の科学の立場は最初に書いたように「仮説」或いは「わからない」と言う前提に立って科学の範疇を増やしてゆこうと努力し研究を続けてゆくものなのに、唯物論は世界の在りようを貶めるだけでなく、科学的進歩をも否定している。この隔たりはとてつもなく大きい。<br /> <br /> 唯物論は、形を変えた宗教として現在に存在しており、特に日本においては、あたかも唯物論こそが本来の科学の姿であると世間で信じられているという、おかしなことになっている。<br /> <br /> 科学が発展してきたヨーロッパやアメリカなど、たいていの国では唯物論など大っぴらに語られてはいない。<br /> 宗教的な理解および振る舞いがない人は、いくら頭が良くても尊敬されないのが世界のスタンダードだ。<br /> そして、宗教的な理解とは、上に書いたように、科学の範疇と宗教の範疇をしっかりと分離して区別するところにある。<br /> 宗教の範疇と、科学の範疇と、それぞれわきまえているということだ。<br /> <br /> 本来の科学としては、上に記したように「証明されていない事項は、本質的には『わからない』としか言えず、言えるのは仮説のみ」であるのにも関わらず、科学で証明されていないからと言って「存在しない」とみなしてしまう唯物論は、科学の皮を被った宗教でしかない。<br /> <br /> <br /> これが科学だけでなく宗教的にも多いな影を投げかけている。特に大きなものは「人の魂は存在するのかどうか」だ。<br /> <br /> 科学の立場からすれば、魂の存在とは「仮説」でしかなく、本質的には「わからない」としか言えない。<br /> 一方で、宗教の立場からすれば魂は絶対的に存在しているものだ。<br /> <br /> 唯物論的な立場としては、魂は科学で証明されていないので存在しないとみなす。魂が死後も継続するかどうかは宗教によっても解釈が違うが、魂が存続して転生輪廻が存在するとしている宗教の立場に立った場合、もし唯物論の立場になって「魂は存在しなくて生き物が死とともに終了する」と考えるのであれば、人間とは「偶然に生まれた単なる肉の塊」でしかなくなり、人から尊厳は失われてしまう。そこに根ざさなくても尊厳は存在すると考えるかもしれない。しかし、肉の塊でしかないのならばどうして人を殺すのがいけなくて人を傷つけることもいけないのか、という基本的な道徳に対する答えに対して延々と論理で対応しなくてはならなくなってしまう。唯物論では人間とは頭で考える論理的な生き物になってしまい、単なるロボットやコンピュータと変わらなくなってしまう。<br /> <br /> 一方で、宗教の回答はそうではない。多くの宗教において、人間の本質は魂であり、魂は論理を超えたものであるという立場を取っている。<br /> <br /> Fri, 01 Sep 2017 00:00:00 +0900 小豆島 お遍路 https://w-jp.net/topics/小豆島 お遍路/ 小豆島 お遍路 小豆島 お遍路 7日目(最終日) https://w-jp.net/2018/1472/ <br /> Tue, 10 Apr 2018 00:00:00 +0900 小豆島 お遍路 6日目 https://w-jp.net/2018/1471/ <br /> Mon, 09 Apr 2018 00:00:00 +0900 小豆島 お遍路 5日目 https://w-jp.net/2018/1470/ <br /> Sun, 08 Apr 2018 00:00:00 +0900 小豆島 お遍路 4日目 https://w-jp.net/2018/1469/ <br /> Sat, 07 Apr 2018 00:00:00 +0900 小豆島 お遍路 3日目 https://w-jp.net/2018/1468/ <br /> Fri, 06 Apr 2018 00:00:00 +0900 小豆島 お遍路 2日目 https://w-jp.net/2018/1467/ <br /> Thu, 05 Apr 2018 00:00:00 +0900 小豆島 お遍路 1日目 https://w-jp.net/2018/1466/ <br /> Wed, 04 Apr 2018 00:00:00 +0900 小豆島88ヶ所歩き遍路 7日間 <1拠点バス往復方式>2018年春 https://w-jp.net/2018/1465/ <br /> ■小豆島のお遍路をしようと思った理由<br /> ヨガなどの書籍で度々小豆島が出てきたので興味が出てきたため。<br /> 四国のお遍路は1400kmもあるが小豆島は150kmなのでお遍路入門として。<br /> <br /> 下調べ<br /> ■基本情報<br /> 小豆島八十八ヶ所めぐり - 小豆島霊場会を見ればわかる。<br /> バス情報は 小豆島オリーブバス<br /> <br /> 88ヶ所と言っているが、番外や奥の院などを入れると94ヶ所。寺院霊場30、山岳霊場10余、堂坊50。<br /> 全てのところに本堂と大師堂の両方がある訳ではなさそうな予感がするので線香やろうそくは若干少なめで良いかも?(追記:かなり余りました)<br /> <br /> ■準備<br /> 基本は上記ページに載っている。<br /> <br /> 装備品はやり過ぎの感がある。買わせたいのかな。<br /> <br /> ■持っていかないもの<br /> <br /> ・輪袈裟 使わない<br /> ・菅笠 使わない。普通の帽子を持ってゆく<br /> ・白衣(笈づる, 白装束) 使わない<br /> ・持鈴 金剛杖がなければいらない。あってもいらないのでは? →いらない<br /> ・金剛杖 富士山で買った金剛杖を持っていくかどうか悩み中。かさばるし重いので。→ いらない。トレッキング的には片方だけ手に持つとバランスが崩れて骨も歪みやすいから体にも良くない。<br /> <br /> <br /> ■持ってゆくもの<br /> <br /> ・数珠 インドで買ったラビスラズリの数珠を持ってゆく →小豆島は地味なので青い数珠は目立つ。普通のサンダルウッドとかので良かったかも。<br /> ・線香 1回の参拝につき身・口・意の3密を示す3本。本堂と大師堂でそれぞれ3本、計6本 ただし、片方だけの場合もあると予想。最大で564本。お寺や現地で買うと高そうなので100円ショップであらかじめ大量に購入<br /> ・ろうそく 本堂と大師堂でそれぞれ1本、計2本 最大188本 こちらもあらかじめ100円ショップで用意<br /> ・ライター 先が長くなっているタイプを用意。小さいライターだと手が焼けそう。100円ショップで用意<br /> ・経本 買うほどでもないので自作して印刷(以下参照)<br /> ・納め札 各所で自作用PDFが配られているのでそれを真似して自作し、印刷して持参(以下参照)<br /> <br /> <br /> ■悩み中<br /> <br /> ・納経帳 いらないのでは? 家の荷物増やしたくない。こういうのって捨てるのにも困るし、売るわけにもいかなくて持て余す。<br /> <br /> <br /> ■基本戦略<br /> 徒歩か、自転車か、バイクか、車か? →徒歩<br /> <br /> 徒歩の場合、宿はどうするか?<br /> <br /> 毎日宿を変える案で最初は検討したが、徒歩ルートの最後近くに必ずしもリーズナブルな宿があるとは限らなかったため、島の西部にある土庄(とのしょう)港に宿泊し、荷物はそこに置いてバスを使って軽装で回る方針に変更。<br /> <br /> 四国だとこの方法は使えないが、小豆島は小さいのでこれが使える。<br /> <br /> ■徒歩ルート<br /> 現地でマップも買えるようだが、Google Mapの"マイマップ"で徒歩ルートを公開している方がいたのでそれを参考にルートを作成。Google Mapで表示しながら歩く。一応印刷。<br /> <br /> <br /> このマップは私でなくても他の人でもスマホで確認できる。Googleにログインした状態で一旦 小豆島八十八ヶ所巡礼 お遍路 - Google マイマップ を開くと履歴に残る筈なので、その履歴がスマホと連動してスマホからこのマップを開けるようになる筈。あとは歩きながらスマホで地図を確認すれば良い。電波が届きにくい場所もあるので、宿で全てのマップを一旦スマホにキャッシュさせておいた方が安全だ。<br /> <br /> 基本は上記オフィシャルページに記載お勧めのルートおよび日数で行く。7日歩く予定だ。<br /> <br /> ■マップアプリ(Android版)<br /> 後日、Android用アプリを作成しました。<br /> 小豆島お遍路 徒歩ルートマップ<br /> <br /> シンプルな機能ですがとりあえず十分かと思います。マイマップで見ても同じですけど、専用アプリの方がなんとなく使いやすいかなと。<br /> <br /> ■納札<br /> エクセルでこんな感じのを作って印刷。仏像は国宝か何かで、小豆島のものではない。<br /> <br /> <br /> 一応、ダウンロード用のお遍路 納札テンプレートPDFも置いておきます。<br /> <br /> ■仏前勤行集<br /> 様々なページからのコピペと耳コピでお遍路用 仏前勤行集のPDF作ったので印刷して持参したが、2日目に80番 観音寺の住職と話をして、せっかくだから般若心経や御本尊の真言などが書かれた専用の経本(きょうほん)を用意すると良いと言うことなのでそこで購入。400円。般若心経はドロドロしたイメージだったのでHeart Sutraバージョンとかも印刷して行ったが、実際やってみると般若心境はそれほどドロドロした感じでもなく、お遍路にはHeart Sutraじゃなくて般若心経の方が合っているように感じる。この経本は専用なので軽くて薄いのも良いですしページ変えやすいし読みやすい。最初からこれにしておけば良かったかも。でも、般若心経や元になったHeart Sutraをいろいろ調べることで勉強になったから結果としては良いかな。この住職、私1人しかいないのに般若心経を太鼓付きで唱えてくれた。この住職の般若心経は随分とスッキリとした感じだったので、これならばHeart Sutraじゃなくて般若心経でも良いかな、と思ったのです。唱える人によって随分と違うのかもしれない。後で自分で般若心経を読んだ時も割と普通に読めたので、これは悪くないな、と。<br /> <br /> <br /> <br /> 前日到着<br /> 到着後、とりあえず土庄付近を散策。明日から歩きます。<br /> <br /> <br /> 到着初日、小豆島は意外にも喫煙天国で、タバコのヤニ臭で頭痛がする私には辛すぎるところでした。まさか歩く前から小豆島の洗礼を受けるとは思わなかった。安い宿にはどこも禁煙ルームがなくて、今日の部屋は消臭スプレーしても頭痛がするし、食堂では店主が横でタバコ吸っているのでめちゃくちゃ頭痛するし、お遍路の総本部に行ったら事務所が強烈なタバコのヤニ臭で頭痛どころか気絶するかと思った。いきなり帰りたくなった。部屋はその後変えてもらったのでヤニ臭の中で寝るという最悪の事態は避けられた。<br /> <br /> <br /> 小豆島 お遍路 1日目<br /> そして初日。<br /> <br /> 今日は1日目なのでまだ余裕です。<br /> 20kmは割とすぐですね。<br /> <br /> 今日は打って変わって快適。タバコ臭も全くなし。ほぼ平地のルートなのでウォーミングアップっぽい。途中のお寺で、お接待でジュースを貰ってしまいました。噂のお接待がいきなりありました。今日は平地なので良いですが、登り有りで同じ距離の日があるので少しペースアップしないといけないっぽい。バスの時間の制約もあるし。<br /> <br /> まだ勝手がよくわからないですが、歩きは大丈夫そうです。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> 小豆島 お遍路 2日目<br /> 今日は早々に山登りがありましたが、予想より早く、すぐ登り切ってしまった。ハイキング程度ですか。<br /> <br /> 寺院が雰囲気出てきました。いよいよです。<br /> <br /> 80番の通称「うどん接待寺」でうどんをご馳走になったばかりか、私1人しかいないのに般若心経唱えてくれた。今まで般若心経におどろおどろしいイメージがあったが、すっきりとした般若心経だったのでその住職のお勧めで遍路用のお経が書いてある小冊子を購入。自分で唱えてみたが、Heart Sutraと効果というか感じ方はそんなに変わらないかも。これからのお遍路は普通に般若心経で行く。他の人が全員般若心経なので一緒に唱えるのも悪くないかな。空いていて、今まで一度も他の人と一緒になったことがないけど最後までには1回くらいは。<br /> <br /> 平日だからか、お寺に入ってから出るまで他の人に会わないことが多い。大きなお寺を独り占め状態。住職しかいないこともあれば、住職もいない場合も多い。この過疎感が素晴らしい。四国は年間100万人のお遍路だが小豆島は5万人らしい。<br /> <br /> どうやら金剛杖はお寺に納めてそのまま置いて帰ることができるらしいので、家で持て余している富士山の金剛杖を機会があれば納めてしまいたいな。富士山でも今後使わないだろうし。重い木のタイプを買ってしまったので持ち上げるだけでも大変なのだ。<br /> <br /> 今日もタバコ臭全くなし。快適です。初日が極端に外れだったのか、あるいは早々に小豆島に適応したのか?<br /> <br /> バスの時間に余裕があったので、翌日早朝に回る予定だった第81番 恵門ノ瀧(えもんのたき)を今日中に回ることにする。往復2時間ほど。ここを回る時も、2時間歩いて参拝したのに会ったのは住職1人だけ。静かで、雰囲気が素晴らしい。贅沢です。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> 小豆島 お遍路 3日目<br /> 今日は夕方に雨が降りそうなので早めに切り上げたい。<br /> 先日、第81番 恵門ノ瀧(えもんのたき)を追加で回っておいたので今日の工程はそんなに長くはない。<br /> <br /> 途中、団体さんがバスで回っていて、団体さんはバスなのに、峠を越えた次の巡礼場所に徒歩の私の方が先に着いて、またご一緒、次のお寺にも私が先に着いてまたご一緒、なんてこともありました。般若心経もご一緒して、唱え方も勉強になりました。般若心経に抱いていた、おどろおどろしいイメージも解消しました。割と自然ですね。<br /> <br /> 最後、多少時間があったので第88番 楠霊庵(なんれいあん)から先に続く峠を超えてしまおうと思ったが、登る場所を間違えて藪の中に入ってしまい、急に険しい道になり、1時間半ほど彷徨い歩いた挙句、元のところにぐるりと戻ってきてしまいました。翌日は正しい道に入ったら整備された遊歩道だったので余裕だったのですが、私はてっきり、いきなり険しくなったこの山道は「大師さまが導いてくれる人だけが通過できる、一つの洗礼なのかな?」とか一瞬考えたのですが、単に道を間違えただけでした。昔はそんな感じで大師さまに導かれた人だけが88ヶ所回れるというレベルだったのかもしれませんが、今は余裕でした。昔の険しさを一瞬だけ垣間見ました。山の中を歩いたらトゲのある草が多くあって、レインコートに穴が空いてしまいました。あれま。雨が降ると意外に冷えます。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> 小豆島 お遍路 4日目<br /> 先日道に迷ったので、昨夜、宿でしっかりと道を確かめてから峠越えに臨んだところ、正しい道を進んだら余裕でした。下調べは大切ですね。<br /> <br /> 今日の道沿いには醤油の工場が沢山あります。昔はもっと沢山あったようですが、今はそれほど多くないらしいです。それでも、こんな小さな島なのに多くあるような気がします。今日もちょっとした山登りが沢山ありました。山の上の洞窟のお寺に行くとベンツに乗った観光客がちょっといました。週末だからかな。<br /> <br /> 歩きはまだまだ軽いですが、ちょっとだけ疲れが地味に溜まってきたかも。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> 小豆島 お遍路 5日目<br /> 今日もちょっとした山を歩きます。この日くらいから筋肉が少しづつこわ張り始めた。5日間も続けて歩くことなんてあまりないので、筋肉のこの変化を知れたのは収穫です。<br /> <br /> 小豆島は食堂が少ないですが、ちょうどお昼くらいのところにお好み焼き屋がありました。<br /> <br /> 今日のコースもほとんど人がいなかったのですが、途中、団体さんに会って、またもや2ヶ所くらいご一緒しました。近場の移動では歩きの方が早いようで、こちらは歩きなのに、シャトルバスで回る団体さんより私の方が先に着く、という感じでした。姫路から来た団体さんで、おばさん方がとても元気が良くて、最初から最後までズーーーーっと喋っていて、明るくて、パワフルでした。他のところでお接待でもらった飴を分けてくれました。<br /> <br /> お遍路がコミュニケーションになっているのかな。病院に通い詰めてコミュニケーションとかいう人たちよりずっと健康的な感じです。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> 小豆島 お遍路 6日目<br /> 今日は歩きが長い日でしたが、峠もきつくなくて、予定より早く回ってしまったので、明日の朝に回る予定だった第40番 保安寺(ほうあんじ)、第41番 佛谷山(ぶっこくさん)、第42番 西の瀧(にしのたき)、第35番 林庵(はやしあん)、第39番 松風庵(まつかぜあん)を今日のうちに回ってしまうことにしました。ちょっとした山登りなので時間的にどうかなと思いましたが、この辺りはバスも多いし、まだ早い時間だったので行くことに。<br /> <br /> 流石に6日目で、しかも20km歩いた後にこの山登りだったのでちょっと疲れが出てきました。でも、このくらいの負荷があった方がいいかも。多少はきつくないと。第42番 西の瀧(にしのたき)ではヨーガの勉強会があるとの張り紙がありました。なるほど。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> 小豆島 お遍路 7日目(最終日)<br /> 今日は追加で、気になっていた「別格本山・弘法の滝護国寺」に寄り道することにしました。ここは、とある昔のヨーガの大家が若い頃に滝に打たれて修行した場所とのことだったので行ってみたかったのです。その滝は希望すれば今でも打たれることができるようですが、水の流れは、季節的なものなのか、チョロチョロとしたものでした。その水は汲んで飲めるらしいので試して見たら、かなり気力が満ちてくる水でした。これは凄い。何か不思議です。人によっては「霊気が満ちた水」とも言うそうです。来てよかった。先日、時間に余裕があったので追加で回っておいたので、結果として時間に余裕ができて難なく追加で回ることができました。<br /> <br /> そして、小豆島八十八ヶ所お遍路7日間150km終了。きつすぎず、かと言って軽すぎない、楽しくスタスタ歩けるハイキングっぽい巡礼でした。峠と言ってもすぐに登りきるし、山と言ってもすぐ着くし、テンポよく次々に参拝できるので飽きなかったです。プチ修行ですね。こんなハイキングもどきで修行とか言ってたら本気で修行している人に失礼なくらい楽しく快適に歩けました。そうは言ってもちょっと修行気分を味わえるのでプチ修行という感じですね。<br /> <br /> 一部鎖場があると聞いていたのですが、実際はほんのちょっとでした。これならお年寄りでも何とか歩けるでしょう。<br /> <br /> 噂では、道中で大師様とすれ違った人が何人もいて、振り向いたら誰もいなかったとか、巡礼したら目が見えるようになった人がいるとか、昭和初期までは籠もって修行していた人が沢山いたとか、面白い話を管理人の方から聞くこともありました。管理人が管理しているまさにその巡礼場所で目が見えるようになった奇跡が起こったこともあって、目が見えなかった人が洞窟から出るときに大師様の像の目が光ったような気がして、そして目が見えるようになったとか。<br /> <br /> 私は弘法大師とすれ違うことはなかったのですが、どうやら弘法大師とすれ違う場所がいくつかあるらしくて、定期的に「弘法大師とすれ違おう」という主旨で会が開かれているらしいです。ちょっとびっくり。どこまで本気なのか? 小豆島巡礼を盛り上げるためのネタかもしれないですが、伝説は伝説として実際に伝承されているようです。<br /> <br /> 今まで般若心経なんて唱えたことなかったけれども、少し慣れてきました。<br /> <br /> 今回の歩きで、5日目くらいから普段使わない筋肉が強張り始めたので、数日では痛くならない筋肉を発見できたのは収穫。今回は荷物をホテルに置いて軽装で歩きましたが、アメリカのロングトレイルとかだと峠も何倍もきつくて距離も1.5~2倍だしテントや食料・水も運ばないといけないので半端なくきつさが違うはず。今回はロングトレイルのウォーミングアップになったかもしれないです。アメリカの前にスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路に行くのがステップとしてはいいかも? アメリカは一つ間違えると命の危険があるので。<br /> <br /> 今回は巡礼としても面白かったですが、ロングトレイルの準備としても良かったです。<br /> <br /> 歩き自体は問題なかったものの、日数が進むにつれて筋肉が頑くなって柔軟性が失われたのが今後の課題かな。体力的には問題ありませんでした。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> ■バス時刻表メモ 2018/4現在<br /> <br /> あらかじめ回数券3000円を購入(3400円分)<br /> <br /> 1日目 四 海 線 <br /> 長浜 → 土庄港 300円<br /> 16:46 → 17:09 (これに乗車)<br /> <br /> 2日目 四 海 線 <br /> 土庄港 → 長浜 300円<br /> 7:00 → 7:23 (これに乗車)<br /> <br /> (北廻り)福田線 <br /> 小部 → 東洋紡績渕崎工場跡 → 土庄港 300円<br /> 17:37 → 18:07 (これに乗車)<br />   18:08 → 18:15 (これに乗車)<br /> <br /> 3日目 (北廻り)福田線 <br /> 土庄港 → 東洋紡績渕崎工場跡 → 大部 300円<br /> 7:55 → 8:02 (これに乗車)<br /> 8:23 → 8:49 (これに乗車)<br /> <br /> 時間があったので追加でもう1つ峠を越えようとしたら、一つ手前のところを上がってしまい、藪の中を1時間ほど彷徨った挙句に元のところに戻ってきたので一旦この日は撤退。翌日は正しい登り口を地図で確認したら、正しい道は余裕でした。<br /> <br /> 坂手線・南回り福田線(上り) 300円<br /> 橘 → 土庄港 <br /> 15:52 → 16:38 (これに乗車)<br /> <br /> 4日目 坂手線・南回り福田線(下り) 300円<br /> 土庄港 → 橘 <br /> 7:55 → 8:41 (これに乗車)<br /> <br /> 坂手線・南回り福田線(上り) 300円<br /> 芦の浦 → 土庄港 <br /> 16:54 → 17:37 (これに乗車)時間があったので分岐点の安田駅まで歩いてから乗車<br /> <br /> 5日目 坂手線・南回り福田線(下り) 300円<br /> 土庄港 → 安田 → 芦の浦 <br /> 7:40 → 7:21 → 8:25 (これに乗車)安田で下車<br /> <br /> 坂手線・南回り福田線(上り) 300円<br /> オリーブ公園口 → 土庄港 <br /> 16:35 → 17:14 (これに乗車)この時間は道の駅の目の前まで来るので道の駅を見学してから乗車。<br /> <br /> 6日目 坂手線・南回り福田線(下り) 300円<br /> 土庄港 → オリーブ公園口 <br /> 7:40 → 8:10 (これに乗車)<br /> <br /> 時間があったので翌日早朝分の山岳寺院を追加で歩いてこの日は終了<br /> <br /> 坂手線・南回り福田線(上り) <br /> 小豆島中央病院 → 小豆島中央高校前 → 土庄港 250円<br /> 16:47 → 16:54 → 17:14 (これに乗車)<br /> <br /> 7日目 坂手線・南回り福田線(下り) 250円<br /> 土庄港 → 小豆島中央高校前 <br /> 7:40 → 7:55 (これに乗車)<br /> <br /> 時間があったので、追加で「別格本山・弘法の滝 護国寺」も見学。<br /> <br /> ■普通歩き遍路モデルコース 6泊7日<br /> オフィシャルホームページの方は変わるかもしれないので一応ここにも当時のものをコピペしておきます。<br /> <br /> (引用)<br /> (引用)<br /> (引用)<br /> (引用)<br /> (引用)<br /> (引用)<br /> (引用) Sat, 31 Mar 2018 00:00:00 +0900 スピリチュアル: ヨーガ https://w-jp.net/topics/スピリチュアル: ヨーガ/ スピリチュアル: ヨーガ シバナンダ先生のクンダリーニ・ヨーガ https://w-jp.net/2018/1485/ <br /> シバナンダ先生のDivine Life Societyで配布されている無料本 Kundalini Yogaを読んでいきたいと思います。案内によると、以下のようにあります。<br /> <br /> ■案内<br /> 宇宙の力の根底にある理論は、その最も薄い細糸まで分析されており、個人のこの偉大な根源の力を目覚めさせるための実用的な方法が示唆されている。 この書物は理論を説明し、クンダリーニ・ヨガの実践を説明します。<br /> <br /> ■序文「クンダリーニの目覚めの経験」<br /> 瞑想の間、あなたは神の姿を見て、神の匂い、神の味、神の触れ合いを経験し、神のアナハタの音を聞く。 あなたは神からの指示を受けます。 これらは、クンダリーニ・シャクティが目覚めたことを示しています。 ムーラダーラで騒ぎが起きる時。髪の毛が根元に立つ時。ウディヤナ、ジャランダラ、ムーラバンダが無意識に起こるとき。それによりクンダリーニが目が覚めたことを知ります。<br /> <br /> アナハタの音とはナーダ音のことですね。クンダリーニ・シャクティとは女神に象徴されるクンダリーニの力です。ムーラダーラは根のチャクラ、ルートチャクラです。ウディヤナ、ジャランダラ、ムーラバンダはそれぞれヨガの3つのバンダで、ヨガの手法的にはそれぞれの場所を固定することですが、それが自動的に起こるようです。私の場合、ナーダ音の記事に書いたようにナーダ音は聞こえていて、一度だけですがクンダリーニ・シャクティが少し目覚めた経験があります。バンダが自動的に起こるかどうかはよく分かりません。<br /> <br /> 意識せずに息が止まる「ケーヴァラ・クンバカ(Kevala Kumbhaka)」が自動的に起こるとき、クンダリーニ・シャクティが活性化していることを知ります。プラーナ(微細なエネルギー)の流れがサハスララ(クラウン・チャクラ)まで上がったと感じるとき、あなたが至福を経験したとき、あなたがオーム(のマントラ)を自動的に繰り返すとき、世界の思考が心にないとき、クンダリーニ・シャクティが目を覚ましたことを知ります。<br /> <br /> ケーヴァラ・クンバカ(Kevala Kumbhaka)は瞑想の上達を示す「しるし」の1つで、意識が静まってくると自然に息が止まるようになります。これは私の場合、瞑想中やリクライニングチェア、あるいはヨガのシャバアサナなどで割と自然に起こります。<br /> <br /> 瞑想において、目が眉間の中心のTrikutiに固定するShambhavi Mudraが起こることでクンダリーニが活性化したことを知ります。あなたの体の中のさまざまな部分でプラナ(微細なエネルギー)の振動を感じるとき、電気ショックのような震えを経験するとき、クンダリーニが活動的になっていることを知ってください。 瞑想中に身体がないかのように感じ、まぶたが閉ざされ、汗を流しても開かず、電気のような流れが神経を流れるとき、クンダリーニが目を覚ましたことを知ってください。<br /> <br /> 瞑想においてインスピレーションと洞察力を得るとき、その性質があなたに秘密を広げるとき、すべての疑いが消え、ヴェーダの聖典の意味をはっきりと理解し、クンダリーニが活気づいたことを知ります。あなたの体が空気のように軽くなるとき、騒がしい環境ですら平静の心を保ち続けるとき、仕事のために無尽蔵のエネルギーを持っているとき、それはクンダリーニが活発になっているのだと知ってください。<br /> <br /> 貴方が神への陶酔を得るとき、貴方が演説の力を成長させるとき、クンダリーニが目を覚ましたことを知ってください。 ヨガのポーズである様々なアサナを最小限の痛みや疲れで意識せずに行うとき、クンダリーニが活性化していることを知ります。あなたが美しく崇高な賛美歌と詩を無意識のうちに作ったとき、クンダリーニが活気づいたことを知ってください。<br /> <br /> 古典的なラージャ・ヨガおよびハタ・ヨーガ・プラディーピカーのような古典を元にしているようです。<br /> <br /> ■マインド(心)の少しづつの上昇<br /> チャクラは、重要な力としてのシャクティの中心です。 言い換えれば、肉体においてプラナヴァによって生み出された肉体におけるプラーナ・シャクティの中心であり、それぞれ司っている宇宙的意識に結びついた神々デバタたちであり、それらがこのチャクラ・センターの形で現れる。そのチャクラは物理的感覚では認識できません。それらを組織化する助けになるような肉体の該当部分が知覚可能であったとしても、肉体部分は死と共に崩壊してしまいます。<br /> <br /> プラナヴァの音が聖音オームであると聖典は言うが、その神秘はなかなか理解し辛い。プラナヴァによって魂や霊が顕現するような、神秘に属する知識らしい。<br /> <br /> 心の純粋さがヨガでの完成に繋がります。他人と触れ合うとき、貴方の行動を規制しなさい。他人に嫉妬感をしてはいけません。 思いやりのある人になりましょう。 罪人を憎むな。 誰に対しても親切でありなさい。 ヨガの練習に最大限の力を入れれば、ヨガの成功は急速になります。 <br /> 貴方は解放と強烈なヴァイラーギャ(利欲)を熱望していなければなりません。あなたは誠実で真剣でなければなりません。 サマーディ(瞑想の超越状態)に入るためには、激しい定期的な瞑想が必要です。<br /> <br /> 基本的な欲望と情熱を持つ世俗的な人間の心は、肛門と生殖器の近くにそれぞれ置かれているムーラダーラとスワディスタナのチャクラにそれぞれあります。心が浄化されると心は臍の中心であるマニプラチャクラに上がり、ある程度の力と喜びを経験する。心がより浄化されると心はハートのセンターであるアナハタチャクラに上がり、幸福を体験し、イシュタ・デバタ(理想神)の優雅な姿や守護神が視覚化されます。精神が高度に浄化されるとき、瞑想と献身が激しく深くなるとき、心は喉の中心のヴィシュッダ・チャクラに上がり、ますます多くの力と喜びを経験します。 心がこの中心に到達しても、それが下の中心に降りてしまう可能性があります。<br /> <br /> ヨーギが2つの眉間の中心のアジナ・チャクラに達すると、彼はサマーディを達成し、至高の自己(セルフ)であるブラフマンを実現します。 信者とブラフマンの間には、若干の分かれた感覚があります。もし彼が千枚の蓮子の花弁で象徴される脳の精神的な中心であるサハスララ・チャクラに達するとヨーギは超意識状態であるニルヴィカルパ・サマーディを得ます。彼は非二次元のブラフマンと一体になります。全ての分離感は溶けてなくなります。これは、意識の最高の面である最高のサムプラジュニャータ・サマーディです。 クンダリーニはシヴァと結びついています。<br /> <br /> ヨーギは喉のセンターにまで降りてきて生徒たちに指示を与え、他の人に良いことをします(Lokasamgraha)<br /> <br /> ■クンダリーニを呼び覚ますためのプラナヤーマ<br /> 以下のことを練習するときは、クンダリーニ・シャクティの座席である脊柱の基部にある三角形の形のムーラダーラ・チャクラに集中します。右の親指で右の鼻孔を閉じます。3オームをゆっくりとカウントするまで左鼻孔を通して吸います。あなたが大気でプラーナを描いていると想像してください。次に、右手の小指と薬指で左鼻孔を閉めます。その後、息を12オーム保持します。電流(プラーナ)を脊柱から下ろし、三角形のロータスであるムーラダーラ・チャクラに真っ直ぐに送ります。神経の電流(プラーナ)が蓮に当たり、クンダリーニが目覚めると想像して下さい。そして、6オームを数える間、右の鼻孔を通してゆっくりと吐き出します。同じ単位を使用し、同じ想像力と感覚を持って、上記のように右の鼻孔からプロセスを繰り返します。このプラナヤーマはすぐにクンダリーニを目覚めさせます。朝は3回、夕方は3回行います。あなたの強さと能力に応じて、徐々にそして慎重に数と時間を増やしてください。このプラナヤーマでは、ムーラダーラ・チャクラに集中することが重要です。集中力の程度が強く、プラナヤマが定期的に練習されている場合、クンダリーニは早く目を覚ますでしょう。<br /> <br /> これはアヌローマ・ヴィローマとして知られている片鼻交互呼吸法です。<br /> <br /> ■クンダリーニ・プラナヤーマ<br /> このプラナヤーマでは、プラカ(吸入)、クンバカ(呼吸保持)、レチャカ(呼気)の比率よりバーバナ(意図を心で感じること)が重要です。<br /> <br /> 肉体的な息のコントロールよりプラーナのコントロールが重視されます。<br /> <br /> 東または北に面して、パドマあるいはシッダ・アサナで座ってください。精神的に真のグル(精神的指導者)の蓮の足に平伏し、神とグルを賛美するストートラを朗読した後、クンダリーニの目覚めに簡単に導くこのプラナヤーマを始めます。<br /> <br /> インドの伝統的なヨガでは、何をするにも最初と最後にマントラ等のお祈りを唱えます。<br /> <br /> 深く吸い込み、音を出さないでください。あなたが息を吸うにつれ、ムーラダーラ・チャクラに潜んでいるクンダリーニが目覚め、チャクラからチャクラに上っていくのを感じます。 プラカ(吸入)の終わりに、クンダリーニがサハスララに達したバーバナ(意図を心で感じること)を持ちます。チャクラからチャクラに繋がる視覚化がより鮮明になればなるほど、このサダナ(精神的修行)であなたの進歩はより速くなります。<br /> <br /> しばらくの間、息を止めてください。プラナヴァ(聖なる音オーム)あるいはイシュタ・デバタ(理想神)を繰り返します。サハスララ・チャクラに集中します。母クンダリーニの恵みによって、あなたの魂を包む無知の暗闇が解消されたと感じてください。 あなたの全てが光、力、そして知恵によって浸透していると感じてください。<br /> <br /> ゆっくりと息を吐き出します。あなたが吐き出すにつれ、クンダリーニ・シャクティがサハスララ・チャクラから各チャクラを辿ってムーラダーラ・チャクラに徐々に降下していると感じます。<br /> <br /> ここでもう一度プロセスを開始してください。このプラナヤマを完全に賞賛することは不可能なほど素晴らしいです。 非常に迅速に完璧を達成する魔法の杖です。 数日間の練習でさえ、驚くべき栄光であなたを納得させるでしょう。 今日、この瞬間から始めましょう。神が喜び、至福と不滅であなたを祝福しますように。<br /> <br /> ■クンダリーニ<br /> クンダリーニという言葉は全てのヨガの修行者にとっておなじみのものです。それは力として知られ、7つのチャクラのうちの最初の1つであるムーラダーラ・チャクラに眠っているコイル状のサーペント(蛇)の形をしています。他の6つのチャクラは順番にスワディスタナ、マニプラ、アナハタ、ヴィシュッダ、アジナ、サハスララです。<br /> <br /> ジャパ(マントラ繰り返しの瞑想)、瞑想、キールタン(チャンティング)、祈りの形での全てのサダナ(精神的修行)は全ての美徳の育成と真理・非暴力・自制のような苦行の遵守はこのサーペント(蛇)の力を目覚めさせるために蓄積され、スワディスタナからサハスララへと続く一連のチャクラを通過します。サハスララは蓮の千枚の花びらとも呼ばれ、ムーラダーラに横たわっているシャクティのクンダリーニから離れてしまったサダーシヴァ(Sadasiva)あるいはパラブラフマンあるいはアブソリュート(絶対者)の座席とも呼ばれます。それはやがてクンダリーニが上に述べたように全てのチャクラを通過することで統合に至ります。主との統合をするテクニックであるヨガの修行者の解放がもたらされ、その努力が実って成功します。<br /> <br /> サハスララに住むシバとムーラダーラに住むクンダリーニ・シャクティが通常は離れており、それが合一すると覚醒に至ります。<br /> <br /> 官能的で性的快楽を楽しむ世俗的な人々の場合は、このクンダリーニの力は、霊的修行の形での刺激がないために眠っています。世俗的な富と豊かさを持つことによって得られた他の力ではなく、そのような霊的な練習を通して生み出された力だけがサーペント(蛇)の力(クンダリーニ)を目覚めさせます。 グルとしての称号があり、クンダリーニがすでに目覚めて上のチャクラのサダーシヴァ(Sadasiva)に到達しているスピリチュアルな指導者が同じゴールを達成しようとしている他者を導いて助けているので、先駆者の指示に従って修行者がシャーストゥラ(聖典)で禁じられているすべての規律を真剣に練習することにより、クンダリーニを取り囲むベールの層は晴れ始め、ついには裂かれ、サーペント(蛇)の力は上向きの方向に押されたり動かされたりします。<br /> <br /> 修行者の精神的な目に超感覚的な映像が現れ、言い表せない驚異と魅力を持つ新しい世界がヨーギの前に自らをさらけ出し、幾つもの層が次々にその存在と栄華を修行者の前に表します。そしてヨーギは神の知識と力と至福を得て、それは次々に増大します。クンダリーニがチャクラを貫くごとに、クンダリーニが触れる前にそのチャクラが花開きます。その力を手放さないでください。それは神聖な光と香りを放ち、神の秘密と現象を明らかにします。それは世俗的な人々の目から隠されており、彼らはその存在を信じることを拒否します。<br /> <br /> クンダリーニがヨーギの中心である1つのチャクラに登ると、ヨーギはヨギの階段を1ステップ上がる。もう1ページ、次のページ、彼は神の本を読む。クンダリーニが上に上がるにつれ、ヨーギはまた、精神的な完成であるゴールに向かって前進する。クンダリーニが6番目のセンターであるアジナ・チャクラに達するとヨーギは個人的な神であるサグナ・ブラフマンのビジョンを得て、サーペント(蛇)の力が最後のトップセンターであり十枚の蓮の花弁であるサハスララ・チャクラに達するとヨーギはサット・チット・アーナンダ(実在・純粋意識/知識・至福)の海の中で個人的人格が溶けてゆき、最上の魂である主と1つになります。彼はもはや普通の人ではなく、単純なヨギではなく、無限の神の王国を征服した完全に輝く聖人であり、幻想との戦いで勝利した英雄であり、無知の海あるいは天性の存在を超えて解放された人であるムクタであり、相対世界で苦しんでいる他者の魂を救う権限と能力を持つ優れた人であり、聖典は、可能な限り最高の栄光の道と彼の業績で彼を最も讃えています。 3つの存在であるブラフマ、ヴィシュヌ、シヴァですら天界の存在は彼を羨ましく思います。<br /> <br /> <br /> <br /> Mon, 26 Mar 2018 00:00:00 +0900 乳海攪拌 - ヒンドゥー教 天地創造神話のヨーガ的解釈(メモ) https://w-jp.net/2018/1457/ <br /> 乳海攪拌(にゅうかいかくはん, Samudra Manthan) - 天地創造神話Durvasaという聖者がいました。<br /> ある時、象に乗ったインドラ神が通りかかり、 Durvasaは花を摘んでインドラ神に花輪を作って捧げました。<br /> インドラ神は一旦受け取った後、象の頭にかけました。その理由は、自分にはエゴがないことを示すためだったのですが、象はそれを拒否して花輪を下に落としました。象は、インドの神話では「真実」を意味するシンボルです。象は、インドラ神がその奥底にはエゴがあることを見抜いていました。だから花輪を下に落としたのです。<br /> それを見たDurvasaは侮辱されたと思ってインドラ神を呪いました。 Durvasaは非常に力のある聖者でしたので、全ての神々が同様に呪われてしまいました。<br /> その呪いにより、神は3つの世界の制御(支配)ができなくなってしまいました。その3つとは、天国・地上・それを取り囲む環境です。<br /> 神様が世界を制御できなくなったので、代わりに悪魔が支配するようになりました。<br /> 神様はヴィシュヌ神にどうしたら良いのか尋ねました。ヴィシュヌ神は、次のように答えました。制御を取り戻すためには、神と悪魔が協力して海をかき混ぜなければならない。そうすれば、 Dhanvantari神がその手にエリクサーを持って現れるでしょう。そのエリクサーを一滴飲めば悪魔を退治して3つの世界を制御することができるようになるでしょう。<br /> 神様はそれを実行に移しました。悪魔もすんなりとそれに協力しました。悪魔もエリクサーを狙っていたからです。神と悪魔は山の周囲を巨大な蛇(サーペント, Serpent)でぐるりと囲み、頭を悪魔が持ち、尻尾を神様が持って、山を海に逆に入れて、蛇を引っ張り合いながら海をかき混ぜました。<br /> 山は海の底にぶつかり、スクリューのように地球を削り始めました。<br /> 彼らは助けが必要になり、ヴィシュヌ神に助けを求めました。ヴィシュヌ神は亀の形に姿を変えて海に潜り、山を背中に乗せました。<br /> その後、再度神と悪魔は巨大な蛇の両方を持って海をかき混ぜました。まるでチーズが牛乳から作られるように、海をかき混ぜたことにより、海は様々な物質に変わりました。<br /> 最初に出てきたのは毒です。その毒は3つの世界を全て破壊する脅威になりました。そこで、シバ神がその毒を手にとって、吸い込みました。神と悪魔がかき混ぜると他にも色々なものが出てきたのですが、最後に出てきたのがエリクサーを手に持ったDhanvantari神でした。<br /> 神も悪魔も、そのエリクサーを欲しがりました。<br /> <br /> 神はエリクサーを見て、「エリクサーを手に入れられる」と思いました。<br /> 悪魔はエリクサーを見た瞬間にエリクサーに飛びつきました。思うより早く体が行動したのです。そして、エリクサーを持ち去りました。しかしその後、悪魔は誰がエリクサーを独り占めするかを巡って争い始め、誰もエリクサーを飲むことができません。<br /> 神々は再度ヴィシュヌ神にどうにかして欲しいと頼みました。するとヴィシュヌ神はとても美しい女性に変身(転生輪廻)して悪魔の前に姿を現しました。そのエリクサーが欲しいと誘惑しました。そうすれば、全員に1滴づつ与えましょう、と提案しました。悪魔はそれに同意し、エリクサーを美女に手渡しました。<br /> 美女の案内に従って神と悪魔が並び、まず神に対して1滴づつ与えました。その後、悪魔にエリクサーを与えようとするその前に、その女性は姿を消しました。悪魔は騙されたと気づきました。とある悪魔はそれに気づいてエリクサーに手を伸ばし、するとエリクサーが2滴だけ落ちました。(この部分に関しては様々なバージョンがあるようです)<br /> <br /> この物語の意味この物語のDurvasaは貴方です。我々は、神の仕打ちに対して怒ります。そして、時に神を呪います。呪うと、神は3つの世界の制御を失います。<br /> その3つとは、体・心(マインド)・意識です。<br /> 神が制御を失うと、悪魔がそれらを制御するようになります。<br /> <br /> 悪魔は貴方のエゴ。<br /> 神は貴方のハイヤーセルフ、賢い貴方自身です。貴方の魂。永遠の自分。<br /> 「体・心(マインド)・意識」の3つは悪魔(エゴ)あるいは神(ハイヤーセルフ、プルシャ、魂)の影響下にあります。<br /> 我々の内に住む神の意識は調和に生きる道に導きます。<br /> 悪魔の意識は調和を失った生き方に導きます。<br /> 神を呪うと、悪魔が自身の行動を決定するようになります。<br /> このため、我々は身体的にも精神的にも磨耗します。<br /> 制御を取り戻すためには、我々は海をかき混ぜなくてはならない。海とは意識。意識をかき混ぜると、最初に出てくるのは毒です。ネガティブ、痛み、怒りなど。<br /> 自身の意識をかき混ぜ続けると、最後に出てくるのがエリクサーを持ったDhanvantari。それは各人の内にある癒しの主。<br /> エリクサーが現れた後、最初にエリクサーを手にするのは悪魔。悪魔はそのエリクサーを自身のために使用するでしょう。やがて、悪魔の前に魅力的な神が現れます。悪魔は永遠の幸せを約束されたかのように思います。エゴは騙されます。<br /> そして、エゴが調和を取るようになります。<br /> 貴方は永遠の調和にくつろぐようになります。調和のためにはエゴが消えさらなくてはなりません。<br /> 最終的に、貴方は全ての存在との一体感を感じることでしょう。<br /> 我々は光に包まれた存在であることを知ります。<br /> <br /> これが、ヨガとアユールベーダで伝えているものです。<br /> この物語は貴方自身の物語であり、我々は皆、この旅路の途中にいます。<br /> <br /> <内容は先日のアユールベーダセミナーに基づきます> Thu, 25 Jan 2018 00:00:00 +0900 ヨーガとアユールベーダの関係(メモ) https://w-jp.net/2018/1456/ <br /> アユールベーダはヨガの癒し(ヒーリング)の側面<br /> ヨガはアユールベーダのスピリチュアルな側面<br /> <br /> それは表裏一体<br /> <br /> ヨガを深めて自己認識が高まるとアユールベーダに遭遇する。 何故なら、悟りの道を進むには健康になる必要があるから。<br /> アユールベーダを学び、健康になるために必要なものは何かを突き詰めてゆくと、健康になるためには体だけではなく健康な意識も持たなければならない<br /> どちらの道を進んでいても両者はやがて遭遇する。<br /> <br /> 3つの要素:<br />  ・体<br />  ・心(マインド)<br />  ・意識(意識、ハイヤーセルフ, プルシャ、アートマン、内なる神)<br /> <br /> そのうち、アユールベーダは主に体と心にフォーカスする。<br /> ヨガは心(マインド)と意識(意識、ハイヤーセルフ, プルシャ、アートマン、内なる神)にフォーカスする。<br /> <br /> <内容は先日のアユールベーダセミナーに基づきます> Tue, 23 Jan 2018 00:00:00 +0900 ラージャヨーガ(パタンジャリのヨーガスートラ)- 心とは何か? ヨーガの目的と到達点 (読書メモ) https://w-jp.net/2017/1435/ <br /> ヨーガはサーンキャ哲学を基にしており、その用語を使えば心はチッタ(Citta)と言う。<br /> 魂のことをプルシャと呼ぶ。ヨーガにおいて「自己」とはプルシャのことであり、肉体や心(チッタ,Citta)のことではない。<br /> <br /> チッタ(Citta, 心)に現れる「想いの波」はヴリッティ(ス)(Vrttis)と言う。語源は「渦巻き」。<br /> 例えるなら、湖がチッタ(Citta, 心)、波がヴリッティ(ス)(Vrttis)。<br /> <br /> ヨーガの目的と作用は以下2文に集約される。<br /> 「心(チッタ、Citta)の作用(働き、諸状態)を止滅することがヨーガ」(Yogaヨーガ・Chittaチッタ・Vrittiヴィリッティ・Nirodhahニローダ)<br /> 「そのとき、見る者はそれ本来の状態に留まる」(Tadaタダ・Drashtuhドラシュトゥ・Svarupeスワルーパ・Vasthanamヴァスターナ)<br /> パタンジャリの記した「ヨガスートラ」はこの2文について説明している。<br /> <br /> 心(チッタ、Citta)にはグナ(Guna)と呼ばれている3つの状態がある。<br /> ・タマス(tamas)。闇の状態。獣や愚か者。惰性。<br /> ・ラジャス(rajas)。活動。活動的な状態<br /> ・サットワ(sattva)。静けさ。穏やかさ。明知。<br /> <br /> 心だけでなく、自然や宇宙全てがこれらの3つで構成されている。心・自然・宇宙が3つの状態を持つ前の素材は、アッヴィャクタ(定義を持たないもの。個別に分かれていないもの)と呼ばれる。3つの素材から構成される最高のものはマハット(Mahat, 知力、宇宙の知能)と呼ばれ、人間の知力はその一部であり、ブッディ(Buddhi, 覚)と呼ぶ。<br /> <br /> マナス(Manas, 意)は印象を集めてブッディ(Buddhi, 覚)に運ぶ。そしてブッディ(Buddhi, 覚)はそれが何なのか決定する。<br /> ブッディ(決定する能力、Buddhi, 覚)によってエゴイズム(アハンカーラ)が生まれる。ブッディ(決定する能力、Buddhi, 覚)が「動」だとしたらアハンカーラ(エゴイズム)は「反動」。<br /> <br /> 心(チッタ,Citta)の構成要素<br /> ・ブッディ(Buddhi, 覚)<br /> ・アハンカーラ(エゴイズム, 我慢)<br /> ・マナス(Manas, 意)<br /> <br /> 以下の順で知覚が生まれる。<br /> 1. 外の世界からの入力信号が感覚器官(目や耳)を通じて脳にある「器官(インドリヤ(ス))」に運ばれる。<br /> 2. 脳の「器官(インドリヤ(ス))」はそれらの入力信号を心(チッタ、Citta)に伝える。<br /> 3. 心(チッタ、Citta)では、マナス(Manas, 意)によって印象がブッディ(Buddhi, 覚)に運ばれ、印象を決定する。<br /> 4. ブッディ(Buddhi, 覚)による反応によって、アハンカーラ(エゴイズム)が生まれる。<br /> 5. これらの混合がプルシャに渡され、対象を認識する。<br /> <br /> 「内なる道具」(アンタッカラナ)と呼ばれるグループ<br /> ・諸器官(インドリヤ(ス))<br /> ・マナス(Manas, 意)<br /> ・ブッディ(決定する能力、Buddhi、覚)<br /> ・エゴイズム(アハンカーラ)<br /> これらは心(チッタ、Citta)で起こる様々な過程。<br /> <br /> チッタ(Citta, 心)と呼ばれる道具が食物を通じて得た力を使って「想い」(ヴリッティ, Vrttis)として放出する。よって、チッタ(Citta, 心)は知能のあるものではない。それでもチッタ(Citta, 心)に知能があるように見えるのは、背後にプルシャ(魂)がいるから。<br /> <br /> 3つの証明:<br /> 1. 直接の知覚、プラッティヤクシャ(Pratyaksa)。見て感じることで明らかなもの。世界が存在する、など。<br /> 2. 推理。アヌマーナ<br /> 3. 真理を見たヨーギたちによる知覚、アープタワーキャ(アープタ)。アープタの知識はその人自身から来る。文字の意味は「到達した」。<br /> <br /> 色々なヴリッティ(想いの波,Vrttis)<br /> ・ヴィカルパ。言葉の惑わし。真実性のない想い。チッタ(Citta, 心)が弱いと惑わされる。<br /> ・夢。寝ている時のヴリッティ(想いの波,Vrttis)が夢になる。<br /> ・記憶。スムリティ(Smrtih)。記憶とは、主体のヴリッティ(想いの波,Vrttis)が言葉などのきっかけによって意識に戻って来ること。<br /> <br /> ヴリッティ(想いの波,Vrttis)が消えた後に残るのは印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)。<br /> 印象(サムスカーラ, サンスカーラ, 行)は潜在意識にある想念。<br /> 印象(サムスカーラ, サンスカーラ, 行)が多数になると習慣になり、性格を形作る。<br /> <br /> ヴリッティ(想いの波,Vrttis)を完全に抑制された状態に保とうとする努力が「修行」。<br /> 抑制された状態をヴァイラーギャ(離欲)と呼ぶ。<br /> チッタ(Citta, 心)がヴリッティ(想いの波,Vrttis)に支配されるのを防ぐのがヴァイラーギャ(離欲)。無執着とも言う。<br /> ヴァイラーギャ(離欲)を実現すると、プルシャ(魂、真の自己)の性質が現れて来る。<br /> <br /> チッタ(Citta, 心)はサットワで出来ているが、ラジャスとタマスで覆われている。プラーナヤーマによって覆いを取り除くことができる。すると、マナス(Manas, 意)が集中できるようになる。集中はダーラナ(Dharana)と言う。<br /> <br /> 集中(ダーラナ, Dharana)するためにはプラティヤハーラも必要。<br /> プラティヤハーラは、自分の心(チッタ,Citta)を神経中枢に意のままにつけたり離したりできるようになること。文字としては「(自己に)向けて集める」の意味。<br /> <br /> 集中(ダーラナ, Dharana)すると時の概念が消滅する。<br /> よって、過去と現在が来て1つになる時、心は集中(ダーラナ, Dharana)した、と言われる。<br /> <br /> 集中(ダーラナ, Dharana)を続けて行うのが瞑想(ディャーナ、Dhyanam)。<br /> 瞑想(ディャーナ、Dhyanam)が更に深まり、瞑想の対象の形が消え去って意味だけを認識することをサマーディ(Samadhih)と呼ぶ。<br /> <br /> サマーディ(Samadhih)は2つに分けられる。<br /> 1. サムプラグニャータ(Samprajnatah)。自然を支配する力の獲得。「種ありのサマーディ」と呼ばれる。輪廻転生を産む種が残っているサマーディ。<br /> 2. アサムプラグニャータ。解脱を与えるサマーディ。「種無しのサマーディ」と呼ばれる。輪廻転生を産む種がなくなるサマーディ。<br /> <br /> ■瞑想及びサムプラグニャータ・サマーディ(Samprajnatah Samadhih) 各種<br /> この段階ではまだ、印象(サムスカーラ, サンスカーラ, 行)は残っており、心が完全には浄化されていない。<br /> <br /> 1. サヴィタルカ瞑想。ヴィタルカは「問い」、サヴィタルカは「問いを持って」と言う意味。力を得ても解脱は得られない。快楽を追求する世俗的な、虚しく無駄なサマーディ(Samadhih)。古い教訓。 ジャブダ(ことば)とアルタ(客体、音の意味)とジュニャーナ(知)が同時に起こる。<br /> ニルヴィタルカ瞑想。「問いのない」と言う意味。要素を時間と空間の外に出し、あるがままを想う瞑想。 ジャブダ(ことば)とアルタ(客体、音の意味)は存在せず、ジュニャーナ(知)だけがある。<br /> 2. サビチャーラ瞑想。「識別を持って」と言う意味。時間と認識の中にあるものとして想う瞑想。<br /> ニルヴィチャーラ瞑想。「識別をしない」と言う意味。サビチャーラの発展系。時間と空間を除き、あるがままの精妙な要素を想う瞑想。<br /> これら2つは、前の段階であるサヴィタルカ瞑想とニルヴィタルカ瞑想の対象を精微なもの(タンマートラ=微粒子、チッタ、自我)に変えたもの。<br /> ニルヴィチャーラ瞑想が純粋と結びつくと、真理によって満たされた叡智(リタムバラー・プラジュニャー、Ritambhara Prajna)を得る。この段階に達した人のことを悟りを開いた聖者・解脱者(ジーヴァンムクタ、ジーヴァントは生ける者、ムクタは解放された、の意味)と呼ぶ。<br /> 3. サーナンダ・サマーディ。至福に満ちたサマーディ。活動性及び惰性を取り除いた状態で行われる瞑想。<br /> 4. サースミター・サマーディ。「肉体を失った」と思うことができる状態。この状態で自然に融合する魂はプラクリティヤラと呼ばれるが、まだ解脱ではない。<br /> <br /> ■解脱を与えるアサンプラグニャータ・サマーディのための瞑想<br /> 思いが入るやいなや思いを取り除き、いかなる思いが心に入ることも許さず、心を真空状態にする。心に対する最大の支配力を示す。<br /> (間違った瞑想は、心をタマスで覆うこと。タマスは無知であり、心を不活発にすることで心を空っぽにしていると勘違いすることのないように。)<br /> <br /> アサンプラグニャータ以前の瞑想では、集中によってチッタのヴリッティ(想いの波,Vrttis)を押さえつけている状態。<br /> 一方、アサンプラグニャータになるとチッタのヴリッティ(想いの波,Vrttis)を作り出す「種」がなくなる。「種無しになる」と言われる。無限とも思える輪廻転生を生み出す種子がなくなる。<br /> <br /> <br /> ■種あり、種なしのサマーディ、という分類<br /> サビージャ・サマーディ  種のあるサマーディ。サムプラグニャータ・サマーディ(Samprajnatah Samadhih)、サヴィカルパ・サマーディ<br /> ニルビージャ(Nirbijah)・サマーディ  種のないサマーディ。アサンプラグニャータ・サマーディ、ニルヴィカルパ・サマーディ<br /> <br /> ■サムヤマ(Samyamah, サンヤマ)<br /> 集中(ダーラナ, Dharana)、瞑想(ディャーナ、Dhyanam)、サマーディ(Samadhih)の3つが同時に達成されるとサムヤマ(Samyamah, サンヤマ)と呼ぶ。サムヤマ(Samyamah, サンヤマ)によってシッディ(霊能)が生まれる。対象または対象となる観念の奥深くへと突き進むとその対象はその秘密を解き放つ。<br /> <br /> ■ダルマメガー(Dharma Meghah)・サマーディ(法の雲のサマーディ)<br /> ダルマメガー(Dharma Meghah):全ての美質がそこにある、と言う意味。<br /> 「高まりたい」と言う欲望さえ消えた時に起こるサマーディ。<br /> 神を求める気持ちが「無欲」によって達成される。ある時点までは努力を続けるが、ここに来ると努力がなくなって無努力になる。そして神を知る。ジーヴァンムクタ(聖者・解脱者)が現れる。<br /> 全ての苦悩(煩悩)とカルマ(業)は終息する。<br /> <br /> ■ニルビージャ(Nirbijah)・サマーディ<br /> 「インテグラル・ヨーガ」(スワミ・サッチダーナンダ著)ではこれがジーヴァンムクタ(悟りを開いた聖者・解脱者)の後に来るものとして最高のサマーディとしており、アサンプラグニャータ・サマーディはさらりと述べているのみ。<br /> 一方、「ラージャ・ヨーガ」 (スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ著) ではこれは一般的な最終状態としての説明の留めている印象。ぼかして書いてあり、これが最高とは明示しておらず、前の方でアサンプラグニャータ・サマーディを最終的に解脱をもたらすとして紹介してある。<br /> よって、ニルビージャ(Nirbijah)・サマーディとアサンプラグニャータ・サマーディおよびサーナンダ・サマーディやサースミター・サマーディとの関係も不明確。<br /> <br /> ■カルマ・アーシャ(カルマの袋)<br /> 過去世も含めて、全てのカルマが蓄えられている。<br /> <br /> ■カルマの3つの種類<br /> ・プラーラブダ・カルマ(生存のカルマ)<br />  現世において経験されるべくカルマ・アーシャ(カルマの袋)から取り出されたカルマ。このカルマに基づいて体を選ぶ。<br />  予期できなかった出来事の理由。偶然石にぶつかって怪我をする、等<br /> ・サンジタ・カルマ<br />  過去のカルマも含めた全ての合計<br /> ・アガーミー・カルマ<br />  新たなカルマ。わかっていて意図的に行ったもの。意図的に石を蹴ってつま先を怪我する、など。<br />  ジーヴァンムクタ(聖者・解脱者)はアガーミー・カルマの影響を受けない。<br /> <br /> ■神<br /> ほとんど完成されたが全ての力を捨てることができずに失敗した多くの魂を「神」と呼ぶ。<br /> そこを越えて絶対的な唯一神は存在しないとするのがサーンキャ哲学。ヨーギの中には絶対神がいるとする人たちもいるが、その場合でも、上記のような失敗した多くの魂を神と呼ぶ点に関しては同様。<br /> 神々の地位や、時の周期の支配者の地位をも望まない魂は解脱を遂げる。<br /> <br /> ■至高の支配者<br /> イーシュワラ(Isvarah, 至高の支配者)は特別のプルシャ(魂)であり、無限の知識を持っている。ヴェーダによれば宇宙の創造者。<br /> ただし、ヨーギたちにとってのイーシュワラ(Isvarah)は宇宙の創造者ではなく、全知全能の無限の知識を神と呼んでいる。<br /> <br /> ■悟り<br /> 「悟り」が真の宗教であって、他の全ては準備にすぎない。<br /> 説法を聞いたり、書物を読んだり、論理を辿ったりするのは基礎の準備をしているだけで、宗教ではない。<br /> <br /> ■エゴイズム<br /> エゴイズムとは、見る道具を見る者だと思うこと。「無知」の状態。<br /> 見るものはプルシャ(魂)、見る道具は心(チッタ,Citta)や感覚器官(インドリヤ(ス))。<br /> 心(チッタ,Citta)や感覚器官(インドリヤ(ス))が自分だと勘違いするところにエゴイズムが生まれる。<br /> 誰もプルシャ(魂)に苦痛を与えることはできない。プルシャ(魂)は心(チッタ,Citta)の理解を越えており、心(チッタ,Citta)が哀しもうが喜ぼうが、変わらずそこにいる。しかし、無知によって我々は自分が心(チッタ,Citta)だと思い、「自分は快楽・苦痛を感じる」と勘違いする。<br /> <br /> ■議論と結論<br /> ・議論がましいもの(ワーダ, Vada)<br /> ・決定的なもの(シッダーンタ, Siddhanta)<br /> 最初は議論(ワーダ, Vada)から入る。しかし結論に達した後はシッダーンタ(Siddhanta)に入り、それを強化する。ヨーギは議論の段階を通り過ぎている。ヨーギは心(チッタ,Citta)を超えたものを欲するので議論(ワーダ, Vada)はしない。<br /> <br /> ■印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)の分解・制御<br /> ヴリッティ(想いの波,Vrttis)が消えた後に残るのは印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)。印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)は心(チッタ,Citta)の中に眠っている。印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)は根であり原因。印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)も完全に分解し、制御する必要がある。<br /> 心(チッタ,Citta)やヴリッティ(想いの波,Vrttis)の認識は比較的容易い。しかし、印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)は深く眠っており、潜在意識として下の方で働いている。<br /> ヴリッティ(想いの波,Vrttis)が粗大に現れる前に、微かな原因であるうちに根元を制御することで種子となる印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)まで制御し、焼き尽くすことができる。<br /> 精妙な印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)は瞑想によって焼き尽くすことはできない。印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)はその原因に分解し、原因であるところのアスミター(asmita)/エゴイズムに分解すると、印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)はそれらと一緒になくなる。<br /> <br /> まず、印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)に付いて瞑想することによって表面に浮かび上がらせる。そこで、行為として発現させるべきかどうか判断できる(もちろん、行為にまで発展させないことを選ぶだろう)。次に、瞑想を続けてその原因にまで遡るとアスミター(asmita)/エゴイズムが横たわっていることがわかる。そこで心をより高いサマーディの中へ超越させるとそのアスミター(asmita)/エゴイズムがなくなる。アスミター(asmita)/エゴイズムがなくなれば、その中にある全ての印象(サムスカーラ(ス), サンスカーラ, 行)も一緒になくなる。<br /> <br /> ■精妙な微粒子タンマートラ(ス)<br /> 我々の心が日々、放出している。人々が神を礼拝する場所は良いタンマートラスに満ちている。<br /> <br /> ■グナ(性質, Guna = サットヴァ/ラジャス/タマス, sattva/tamas/rajas)の4つの段階(parvani)<br /> ・「定義のあるもの(visesa)」我々が感覚で捉えられる粗大な要素<br /> ・「定義を持たないもの(avisesa)」タンマートラ(ス)。<br /> ・「暗示だけされているもの(linga-matra)」ブッディ(決定する能力、Buddhi、知力、覚)。自然の最初の現れ。<br /> ・「しるしのないもの(alingani)」<br /> <br /> ■プルシャ(魂)<br /> 全知、全能、偏在。心ではない。物質でもない。自然でもないから変化することもない。<br /> <br /> ■プラクリティ<br /> この世を構成する基本物質。純粋な精神原理のプルシャに対する物質原理のプラクリティ。<br /> プルシャは「見る者」である一方、プルシャ以外の全てはプラクリティであり、「見られるもの」。<br /> <br /> ■プルシャの類義語<br /> サーンキャ哲学ではプルシャという単語を用いるが、ヴェーダンタではブラフマンとアートマンという言葉が出てくる。<br /> ・サーンキャ哲学:プルシャは個別の人の中にも存在するし、同時に遍在する魂。イーシュワラ(Isvarah, 至高の支配者)もプルシャの1つ。<br /> ・ヴェーダンタ:ブラフマンは遍在する絶対的存在。アートマンは個別の魂。しかしヴェーダンタでは最終的にブラフマンとアートマンは同一であることを導く。<br /> ということで、言葉は違うけれども似たようなことを説明しているようです。<br /> <br /> ■チッタ(Citta, 心)とプルシャ(魂)<br /> チッタ(Citta, 心)は主体として外界を見る。或いは、客体としてプルシャ(魂)に見られる。<br /> プルシャ(魂)は常に主体。<br /> 「自分」とは、ある意味では目撃者であり、ある意味では行為者とも言えるが、本当は目撃者。”本当”を見失っていると貴方は行為者になる。<br /> <br /> ■ヨーガの修練とチッタ(Citta, 心)<br /> ヨーガの修練は「チッタ(Citta, 心)」によって行われる。プルシャ(魂)はヨーガの修練を必要としない。プルシャ(魂)は放っておけば良い。ヨーガの修練を必要としているのはエゴ(自我)である自分。教えが与えられるのもエゴ(自我)である自分。<br /> より低い自分であるチッタ(Citta, 心)をエゴの行動から解き放てばプルシャ(魂)の輝きが増して「くつろぐ」ことができる。<br /> 寛ぎが増せば、チッタ(Citta, 心)が動いていない時はもちろん、チッタ(Citta, 心)が動いている時ですらヨーギはくつろぐことができる。ヨーギは行動を「楽しむ」。<br /> 聖典は、単なる知識理解のためのもの。エゴのための真理は、身近な生活にこそある。無私であることを学び、献身的な生活を送ること。行動は他者のために行うことでチッタ(Citta, 心)は平穏を得る。<br /> <br /> ■ジーヴァンムクタ(聖者・解脱者)とグナ(性質, Guna = サットヴァ/ラジャス/タマス, sattva/tamas/rajas)<br /> ジーヴァンムクタ(聖者・解脱者)になると、グナは目的を終えてその働きを辞める。<br /> それまで、グナの目的はプルシャに経験を与えることであった。その目的がなくなり、グナは元々のプラクリティに戻る。グナとして発現していない時はグナはプラクリティのまま。プラクリティが発現するとそれをグナと呼ぶ。その発現が終わると、プラクリティはプラクリティのまま安住する。完全に浄化されて「純然たる意識の力が、自らの純粋な本性の内に安住する」。<br /> <br /> ここに、パタンジャリが最初に述べたヨーガの目的は達成される。「チッタ(Chitta)・ヴィリッティ(Vritti)・ニローダ(Nirodhah)」が修練であり、スワルーパ(Svarupe)・ヴァスターナ(Vasthanam)が経験されること。<br /> <br /> 「心(チッタ、Citta)の作用(働き、諸状態)を止滅することがヨーガ」(Yogaヨーガ・Chittaチッタ・Vrittiヴィリッティ・Nirodhahニローダ)<br /> 「そのとき、見る者はそれ本来の状態に留まる」(Tadaタダ・Drashtuhドラシュトゥ・Svarupeスワルーパ・Vasthanamヴァスターナ)<br /> <br /> <br /> 以上、<br /> 「ラージャ・ヨーガ」 (スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ著) <br /> 「インテグラル・ヨーガ」(スワミ・サッチダーナンダ著)<br /> より Thu, 31 Aug 2017 00:00:00 +0900 スピリチュアル: マントラ https://w-jp.net/topics/スピリチュアル: マントラ/ スピリチュアル: マントラ ガヤトリマントラ(ガーヤトリー・マントラ, Gāyatrī Mantra) https://w-jp.net/2018/1455/ <br /> 最強のマントラにガヤトリマントラというものがある。<br /> ヒンドゥー教徒がグルからイニシエーションを受けて授かる神聖なもので、うやうやしい気持ちで受け取って静かに唱えるものだ。 <br /> 有名なのはサイババのバージョン。テンポやイントネーションで様々なバリエーションがあるようだ。<br /> <br /> <br /> <br /> ॐ भूर्भुवः॒ स्वः । <br /> oṃ bhūr bhuvaḥ svaḥ <br /> オーム ブール ブワッ スヴァハ <br /> <br /> <br /> तत्स॑वि॒तुर्वरेण्यं॒ । <br /> tat savitur vareṇyaṃ <br /> タット サヴィトゥル ヴァレーンニャム <br /> <br /> <br /> भर्गो॑ दे॒वस्य॑ धीमहि । <br /> bhargo devasya dhīmahi<br /> バルゴー デーヴァッスヤ ディーマヒ <br /> <br /> <br /> धियो॒ यो नः॑ प्रचो॒दया॑त् ॥ <br /> dhiyo yo naḥ pracodayāt<br /> ディヨー ヨー ナッ プラチョーダヤート <br /> <br /> <br /> <br /> &amp;nbsp;<br /> 別のバージョン<br /> <br /> <br /> &amp;nbsp;<br /> マントラは本来はイニシエーションを受けたヒンドゥー教徒以外が唱えてはいけない。誰でも唱えて良いのはシュローカ。<br /> 以下、簡単に意味を調べてみたのでメモ代わりに記載しておきます。<br /> &amp;nbsp;<br /> ॐ भूर्भुवः॒ स्वः । <br /> <br /> <br /> ॐ <br /> om<br /> オーム <br /> 聖音オーム、宇宙の根本原理ブラフマン<br /> <br /> <br /> भूर् <br /> bhūr<br /> ブール <br /> 神の自己存在、プラーナ、生命 <br /> <br /> <br /> भुव :<br /> bhuvaḥ <br /> ブワッ <br /> 神の絶対的な意識、天の世界との関係、すべての痛みや苦しみ(Apaana)の除去という神の役割 <br /> <br /> <br /> स्व :<br /> svaḥ <br /> スヴァハ <br /> 神のすべてに充たされて広がっている性質(all-pervading nature)、神の至福 <br /> <br /> <br /> &amp;nbsp;<br /> तत्स॑वि॒तुर्वरेण्यं॒ । <br /> <br /> <br /> तत् <br /> tat<br /> タット<br /> サンスクリット語で第三者を示す「あれ・その(that)」。無私の性質を意味する。無私無欲の意味の暗示。ここでは「その(神)」という意味。 <br /> <br /> <br /> सवितुर् <br /> savitur<br /> サヴィトゥル <br /> 湧き出る泉。存在する全てのものの源泉としての神。 <br /> <br /> <br /> वरेण्यं <br /> vareṇyaṃ <br /> ヴァレーンニャム <br /> 神の受け入れ。 <br /> <br /> <br /> &amp;nbsp;<br /> भर्गो॑ दे॒वस्य॑ धीमहि । <br /> <br /> <br /> भर्गो <br /> bhargo<br /> バルゴー <br /> 神の愛と力の栄光の光 <br /> <br /> <br /> देवस्य <br /> devasya<br /> デーヴァッスヤ <br /> 神。神の絶対的な性質の多面的な実態 <br /> <br /> <br /> धीमहि <br /> dhīmahi<br /> ディーマヒ <br /> 瞑想と私たちの心を神に集中すること <br /> <br /> <br /> &amp;nbsp;<br /> धियो॒ यो नः॑ प्रचो॒दया॑त् ॥ <br /> <br /> <br /> धीयो <br /> dhiyo<br /> ディヨー <br /> サンスクリット語で「知性」 <br /> <br /> <br /> यो <br /> yo<br /> ヨー <br /> 「誰か(who)」または「その(that)」を意味 <br /> <br /> <br /> न: <br /> naḥ <br /> ナッ <br /> 私達(人類全体)のもの <br /> <br /> <br /> प्रचोदयात् <br /> pracodayāt<br /> プラチョーダヤート <br /> 与えてください <br /> <br /> <br /> &amp;nbsp;<br /> 参考: <br /> ガーヤトリー・マントラ – Wikipedia <br /> 【マントラ】:ガヤトリー・マントラ:その①:訳と解説 | インド占星術. com ブログ<br /> ガーヤットリー・マントラの代替としてのシュローカと詳しい意味 Mon, 22 Jan 2018 00:00:00 +0900 経済 https://w-jp.net/topics/経済/ 経済 多くの日本人の資産を減少させる政策、アベノミクス https://w-jp.net/2017/1453/ <br /> 最近、確信に変わってきた。アベノミクスの正体。<br /> <br /> アベノミクス<br /> ・物価を2極化<br /> ・収入を2極化<br /> ・お金の価値を10分の1にすることで国の借金を10分の1にする<br /> ・現金預金だけの人は資産が激減する。<br /> ・資産家は今と同等の価値の資産を保持するが額面は10倍になる(お金の価値が10分の1になるが額面は10倍になる)<br /> ・多くの国民は貧乏になるが国内の生活には支障がない<br /> ・海外旅行がとても高い世の中になる<br /> ・外国人の日本旅行が激安になる<br /> ・日本の製品が激安になる。<br /> ・日本の人件費が発展途上国並になる。日本の人件費が激安になる。<br /> ・自治体案件の入札価格は高騰。その方面の企業業績は絶好調になる。<br /> ・市民相手の企業は一部を除き厳しいものになる。<br /> ・大手企業の株価は高騰し、日経平均は連騰。配当は微増。企業利益の額面での増加。しかしお金の価値が下がっているので企業価値としては変わらない。<br /> ・株価の上昇は物価の上昇に追いつかないが、それでも、現金で保持するよりは株で保持する方がマシ。株の方がインフレ耐性がある。<br /> ・不動産の価格は2極化。多くが投げ売りで激安になる一方、都心部など一部は更に高騰する。<br /> <br /> 海外の物価がここ10年で2〜4倍になっている上、為替レートにより円安が進んで円の価値が半分近くにまで落ち込んでいるため、現金で資産を保存している人は額面は変わらないにしても、海外基準で見るとその価値は既に2〜5分の1に落ち込んでいる。1000万円の貯金があった人であれば、海外基準の実質的価値は10年前の価値でいうところの200〜500万円しかない状況だ。<br /> <br /> 海外に住んでいたり海外旅行から帰ってきた人はこの実感があるのではないだろうか?<br /> 日本に旅行に来ている外国人、特に、発展途上国から来たような人であっても日本は安いと言っている状況からしても、このことが理解できるのではないだろうか。<br /> <br /> 春闘とかで数千円ベアアップとかで騒いでいるけれども、日本国民の資産の価値が激減しているのに人々やマスコミが全く騒がないのは報道統制されているからだろう。日本円の価値が激減しているのに給与アップを言い出す人がいないのも産業界にとっては都合の良いことなのだろう。だからマスコミは報道しない。<br /> <br /> 気づいている層は海外に資産を逃がしたり海外投資をしたり金に変えたり、色々と防御策を取っている筈だが、無知な平民は未だに銀行貯金やタンス貯金をしていて、その価値をこれから10年で更に半分とかに減らして行くのだろう。<br /> <br /> アベノミクスは「物価や給与を上昇させる」と言っているが、本当に狙っているのは「物価の2極化による物価の平均値の上昇」および「給与の2極化による給与の平均値の上昇」であり、多くの国民は貧困に陥る。最終的にアベノミクスは「平均値が上昇」したことを受けて「成功」と主張するか、あるいは、「物価が上がらなくて御免なさい」と素直に謝ることになるだろうが、どちらにせよ、本当の目的である物価および給与の2極化には成功するだろう。<br /> <br /> そして、最終的にアベノミクスが目指しているのは、「数億円稼いでセミリタイアし、一生安泰だと思っていた小金持ちたちが再度働かなくてはならない社会」を作ろうとしているのだろうと思う。数億円の価値が数千万相当になったならばセミリタイアなどとは言っていられなくなる。株や仮想通貨でお金を稼げる時代になったが、権力者は、ちょっと稼いでお金を持ち始めた国民からお金を奪い取って奴隷に戻そうと画策しているのだろう。<br /> <br /> 国民がある程度ネズミのように働いてくれるからこそ国が成り立つ、という原則に立ち帰ろうとしているのだろう。だから、お金をインフレさせて価値を激減させ、不均等になってしまった資産を一旦リセットして多くの人を貧乏にすることで社会の活力を復活させることを目指しているのだろう。それは、確かにアベノミクスが目指す「活気ある社会」に繋がるのかもしれないし、チャンスも生まれるのかもしれない。多くの人々の生活水準を下〜中級に落とすことによって。しかし、そんな状況でも賢いお金持ちは逃げ切るのだろう。<br /> <br /> 貧困層にとってはチャンス。<br /> 小金持ちにとっては悪夢。<br /> お金持ちにとっては変わらず安泰。<br /> <br /> 政府によって国民の懐具合を調整することは江戸時代から何度も行われて来ており、またそれが再現されつつあるということか。政府としてはきっとそうだろうが、違うのはこの情報社会。今後一層、多くの小金持ちが慌てふためくことになるのだろうし、過去に比べるとより多い人たちが逃げおおせるのだろう。<br /> Sun, 05 Nov 2017 00:00:00 +0900 アメリカ:JFK暗殺 https://w-jp.net/topics/アメリカ:JFK暗殺/ アメリカ:JFK暗殺 JFK暗殺資料公開開始! (一部は先送り) https://w-jp.net/2017/1433/ <br /> 一覧(英語)<br /> <br /> 下の"Bulk Download"とある行に書いてあるメールアドレスに、タイトル"JFK Bulk Download"でメールすれば一括ダウンロードできるようです。<br /> <br /> ちょっと見てみましたが、手書きの筆記体が達筆すぎて読みにくい! 全部読む人もいるのでしょうね。<br /> Fri, 27 Oct 2017 00:00:00 +0900 IT業界 https://w-jp.net/topics/IT業界/ IT業界 日本と海外とで違う作業分担 https://w-jp.net/2017/1395/ <br /> &amp;nbsp;日本での役割分担海外での役割分担名目実質名目/実質ビジネス設計コンサルタント 100%コンサルタント 50%システムエンジニア 50%コンサルタントシステム設計システムエンジニア 100%システムエンジニア70%プログラマ 30%プログラマ分野ごとのエキスパートがそれぞれ存在基本設計システムエンジニア 100%システムエンジニア50%プログラマ 50%詳細設計システムエンジニア 100%システムエンジニア 30%プログラマ 70%実装プログラマ (一般的なプログラマが何でもこなす)<br /> 上記のようないびつな状況を日本人は「当たり前」と思っていますから、まさにガラパゴス状態です。<br /> 海外のエンジニアがこのような状況を見たら「頭がおかしい」と思っても不思議ではないです。<br /> <br /> 日本人は「システムを作ることが不得意」と言われていることがまさにそのまま顕在化するのです。<br /> この状況で世間でよく言われているブラックな現象が次々に起こるのはすぐに想像できるでしょう。<br /> <br /> 思うに、コンピュータ黎明期にIT産業に入った一部のエンジニアやプログラマが優秀すぎるので素人顧客の要求に何とか答えられてしまっていたから今までこのようないびつな状況が長続きしてきたのでしょう。海外ならば相手にされないような顧客が相手にされる日本のIT産業は長い間甘やかされてきたとも言えるのかもしれません。<br /> <br /> 考えようによっては、日本のエンジニアはとてつもなくコストパフォーマンスが高いとも言えるわけです。<br /> 実際のところ、昨今の円安によって、多少なりとも安く見えるインドやベトナムの開発会社を作るよりも阿吽の呼吸で作業してくれる日本のITエンジニアの方が開発がしやすいし、トータルで考えると安いという噂を聞くことが多くなりました。<br /> <br /> 円安に加えて、海外の物価はここ10年間で2倍以上に上がっていますので、実質の日本人の単価は1/2〜1/4に下落しているため、特にアメリカから見ると日本人は「安い」人材になりつつあるのです。<br /> <br /> よって、上記のような状況は日本国内であればマイナスでしかありませんが、日本のIT開発会社が海外から仕事を取る、という働き方も今後は当たり前になってくるかもしれないと考えています。<br /> <br /> その場合、日本の素人顧客の訳のわからない話やブラックな要求に応えるよりかは、遥かに健全な仕事ができる可能性がある訳です。海外は人材の優秀さに幅がありますのでアホなクライアントも山ほどいますが、海外でのIT系は基本的に優秀な人材が担当していますので日本のような変な素人顧客はそもそも相手にしなければ良い訳ですので。<br /> Wed, 30 Aug 2017 00:00:00 +0900 単価が安すぎるIT受注開発 https://w-jp.net/2017/1301/ <br /> 私がもともとやっていた15年前はこれほど酷くはなかったが、最近は単価が安すぎて、見積もり依頼が来ても見送ることが多いように思える。<br /> 例えば、新規ポータルを立ち上げる仕事があるとして、その希望金額は良くて100万円。酷い時には10万円などという時がある。これでは1ヶ月以内に終わらせられるような「パッケージ」の仕事しかできないのだが、実際は独自性をたっぷりと組み込む必要があるので到底それでは終わらない。色々と改造していけば数ヶ月にもなるだろうが、この種の仕事ではスコープがしっかりと定義されていないことが多いのでダラダラと仕事が続くことになる。最低でも数百万は出すつもりの発注者でないと新規事業は受けられない。<br /> そんなこんなで、こんな条件の悪い仕事を受ける人がいるのだろうかと思っていると、しっかりとその値段で仕事をする人が現れる。一体、どこのどんな人がそんな値段で受けるのだろう... と、こちらが心配になってしまうほどだ。<br /> IT業界のマーケットは現在非常に悪い。私が1年前に起業した時はそれほど悲観的には思っていなかったが、今のマーケットは最悪ということがわかった。このような市場ではITの仕事を受ける人は次第に減ってゆく。私にしても、上記のような単価では相手にしていられない。やっていられない、というのが正直なところだ。<br /> 同じような仕事で最低300万円、作業に応じて1000万円、という予算であればチャレンジもするが、新規事業のポータルを独自で立ち上げて100万円だと安すぎる。<br /> <br /> 別の案件だと、アプリケーション関連でWebとiOSとAndroid全てに機能追加及び不具合修正、それにリファクタリングまで要求して1ヶ月15万円という冗談のような案件もあった。技術料が0円で誰にでもできる仕事ならともかく、WebにしろiOSにしろAndroidにせよ専門知識がないとできない仕事でこの値段はありえない。<br /> <br /> 業界外の人にはよくわからないかもしれないので例をあげると、家を立てる予算が100万円で工務店に行ったら大方は追い返されるか丁寧に断られるのがオチだろう。そこで客がキレて無理やり作らせようとしたら大げんかになるし、客が工務店に対してプロとしての対応を求めたのならば常識知らずで相手にされない筈だ。例えばそれが500万円の家だとしたら客の方が工務店に対して理解を示したり自分で十分に勉強をして工務店の負担が減るように協力する筈だ。<br /> <br /> しかし、IT業界では激安で家を建てさせようとしておきながら勉強もせずに丸投げして、挙げ句の果てにはキレて無理やりものを作らせるようなブラック発注者がうようよしている。<br /> <br /> 私が若かったら絶対にこのようなマーケット状態のIT業界を目指すことはないだろう。<br /> 若い人には、こんな殺伐としたIT業界に関わってほしくはないと思うので若い人がIT業界を目指さなくなったのは良いことだと思う。<br /> 一方で、自社でITを使ったサービスを立ち上げるのは若い人にもどんどんとやって行ってもらえればいいと思っている。これはIT受注開発とは全く異なり、サービスを世の中に提供することなので健全なことだ。<br /> <br /> 将来予想でIT技術者が不足すると言われているが、それは単に、安い金額で発注したい発注側と、安い金額の発注は相手にしたくない受注側とでミスマッチが起こっているだけのような気もするのだ。安い金額で発注すると何が起こるかというと、本来しなくてはいけないプロジェクト管理や設計をあえて省略し、金額内でできるものを作る。結果としてできが悪いものが納品されるが、発注者はその良し悪しもわからない。後になって設計や実装の不具合が出てくるのがオチだ。ベテランは昔のマーケットを知っているので昨今の悪いマーケットでは仕事にならないと感じ、ベテランは去ってゆく。一方で、素人のITエンジニア参入が増えてゆく。<br /> 安い金額のプロジェクトほど発注側にも素人率が増え、結果としてトラブルは多くなり、両者の負担も増える。いわゆるデスマーチが頻発する。前にも書いたようなブラックな発注者の割合も増える。<br /> <br /> どんどんと人員がIT業界から離れて行った方が業界が健全になる筈なので、若い人はそんなIT業界に近づかない方が良いし、年を取ったベテランも潮時と心得てIT業界から離れたらいいと思う。<br /> <br /> ITエンジニアは途轍もなく頭を使う仕事でIQが低い人はできない仕事であるのに、実際のところ一般職の事務員と変わらないか時給換算で考えるとはるかに低い給与で働いている人も多く、使っている頭とその給与とのバランスが取れていない。<br /> <br /> 言ってしまっては反発もあるかもしれないが、日本の技術者の給与は一部のインド人にも負けている。よくニュースになるマイクロソフトやGoogleの話ではなく、そこらへんにある普通のIT企業に負けている。もちろんインドは貧富の差が激しいのはご存知の通りだが、私はインドに住んでいたのでこのあたりはよくわかる。<br /> <br /> 日本人が日本でコストパフォーマンスを考えて働くならば、プログラミングが好きだとしてもプログラミングなどわからないふりをして事務員として働いた方がコスパが良いのが現状だ。<br /> <br /> 実際のところ、ブラックIT開発会社で働くくらいならそこらの訳のわからん事務員でバイトするか、あるいは、もっと極端なことを言うならばコンビニバイトの方が気楽な分マシかもしれないとさえ思ってしまう。在籍分の時給は一応出る訳だし。体をあまり動かさないから不健康になることを考えれば、建築業界とかでバイトや日雇いした方が体を動かしてサバサバしていて健康的な分、そっちの方が向いている人もいるだろう。体を動かす業界からすれば部屋の中のオフィス仕事の方がマシと思う人もいるかもしれないが、人格を否定する罵声が飛び交うブラックIT開発会社で心を病むよりマシかもしれない。<br /> <br /> もう日本のIT業界は終わった、という感がある。<br /> Fri, 25 Aug 2017 00:00:00 +0900 お金のない若者が希望を持てない社会 https://w-jp.net/2017/1269/ <br /> 若者が夢を見て起業を志し、資金調達をしようとしても、銀行に相談すれば個人の資産を担保にしなければお金は貸せないと言われる。事業なんて10回に1回成功すればいい方なのに、最初の事業に失敗したら個人の資産を失い、あるいは、山のような借金を抱えて人生終了あるいは自己破産という状態では勝率が低いのにも関わらずリスクばかり大きいため、それでも挑戦しようとする若者がいたらよほどの向こう見ずあるいはかなりの優秀かのどちらかでしょう。<br /> <br /> お金があれば、起業するよりも投資をした方が確実にリターンがあります。もしも若くしてお金があり、目的がお金を稼ぐ為だけであれば投資を選ぶことでしょう。それが理性的だからです。起業が成功する確率及びリターンを考えたら、投資の方が確実です。<br /> <br /> この日本の社会に、基本的欲求に基づく「問題」はほとんど存在しないと言えます。<br /> スタートアップのコンテストを見ても、基本的欲求に基づく大きな市場をターゲットにしたものはほとんどなく、ニッチな問題解決のための事業であることがほとんどです。<br /> <br /> 社会に大きな「問題」が存在しない世界。<br /> 年寄りは社会に問題だらけだったので、その分かりやすい問題を解決すればお金になりました。<br /> 同じように問題だらかの海外に行って問題を解決するのも手でしょうが、海外に興味がなければ国内にそのような大きな問題はもはや存在していません。<br /> <br /> あえて言えば、年寄りがお金を独占していると言う問題がありますが、それを解決しようとすると世代間の闘争を煽ることになりますのでここではあまり言いたくありません。<br /> <br /> 今の年寄りが若かった頃、大戦後の焼け野原の時代においては仕事の要求レベルも高くなくて、要求も割と単純で、要求は基本的欲求に基づくものなのでお互いの共通理解も簡単で、いわば簡単な仕事をこなせばお金になりました。古き良き時代だったと言えます。そうして簡単な仕事で経験を積んで次第に難易度の高い仕事をこなすようになって行ったが、今はそのような簡単な仕事の市場はないのですが、年寄りはそのことが理解できないのでしょう。今の世の中は、最初から要求レベルはMaxで、しかも単価は安いのが日本です。難しい割には儲かりません。<br /> <br /> ゲームで例えると、有名で面白いゲームというのは最初のザコ敵は弱いのが出てきて主人公はザコ敵を倒すにつれてレベルアップしてゆき、次第にボスを倒せるようになってゆくが、現実というのは悲惨なもので、過去においてはそのような面白いゲームのような現実があった業界もあったとしても、今は、最初からボス敵が出てきて主人公をボコボコにして一瞬にして主人公は殺され、ゲームオーバーになってしまう。このような、ゲームのバランスが崩れた、遊んでも面白くないゲームのことを業界では「クソゲー」と呼ぶが、今の日本の業界はまさにクソゲーのような、新規参入者が絶対に勝てない状態になっています。<br /> <br /> そんなクソゲーのような実態を知っているのかいないのか、年寄りは若者を「やる気がない」などと言うが、年寄りが自分勝手に好き勝手なことを言っているだけとしか思えない。起業家は事業経営の難しさを知っているので若者をそのように言う人はほとんどいなくて、安泰な公務員やサラリーマンがそのように言っているように思います。単純にその人たちの人数が多くて声がよく聞こえるだけかもしれませんが。<br /> <br /> そんな環境でも、一部の若者は果敢にも起業しようとします。<br /> <br /> スタートアップでの資金調達にはいくつかの形態がありますが、アイデアだけの状態でお金を出す投資家がシリコンバレーにいるが日本にはいません。よって、ある程度まで自己資金あるいは身近な人のお金、あるいは自分が連帯保証人になって銀行から融資を引き出して事業を一定度まで立ち上げる必要があります。どちらにせよ、成功するのはかなり難しい。<br /> <br /> やる気とアイデアがある若者はお金がない。投資家に見向きもされないのが現状です。<br /> やる気とアイデアがってもお金がなくて悶々としていたりチャレンジしようとしてもことごとく足を引っ張る人がいるのが現状です。<br /> <br /> ここ10年ほどの間、日銀は市場の流通量を倍にも増やしたが、その効果がほとんど現れていないと言う。銀行の流通量を増やしても投資に回されたり昔ながらの融資で投資家に貸し付けをしているのでは若い起業家にお金は回ってこない。<br /> <br /> 私に言わせれば、そんなことより、やる気のある若い起業家に1000万円ずつどんどんと配れば良いのにと思う。<br /> 流通量を増やすのと同じ額を起業家に配ったら、それだけで新しい事業が千も万も開始され続けたことでしょう。<br /> 既にビジネスコンテストなどがあるが、その賞金はせいぜい100万円とかでしかなく、事業を起こすのは不可能で、コンテスト荒らしの食事代に消えるだけの状況になっている。<br /> <br /> 1000万円を起業家に配るとなると悪用しようとする人も出てくるだろうが、単に1000万円を配るだけではなく、3人くらい雇うことを必須にして、役員報酬や給与にも制限をかけたり成果物をチェックするなど仕組みを作りさえすればそうそう悪いことはできません。人を雇うためには人を説得したりしなくてはならないのでコミュニケーション能力が低い人には務まりません。必ず複数人数でチームにすることが必要です。人を雇えば責任感も生まれてきますので、全員がグルではない限り、そうそう悪いこともできないでしょう。一方で、悪用した時の連帯保証人はつけてもいいかもしれません。そもそも事業において、ズルをしようとする人が一定割合で出てくるのは仕方がないことで、そこはしっかりとチェックするしかない。日本の場合、国の制度ができるとそれを食い物にして更に下請けを安く使って中抜きしようとする人が出てくるのは容易に想像できるので、業界に詳しくて崇高な理念を持った人を国側の責任者に据えないとうまくいかないとは思うのですが。<br /> <br /> 日銀がお金を剃り続けていた間、その代わりに上記のようにうまく起業家に配っていたらその中から新進気鋭の事業が多く出てきていたに違いないと思うのです。<br /> <br /> 今の世の中は、随分と違ったものになっていたことでしょう。<br /> 若者はより若い人材を雇うことでしょう。その方がやりやすいからです。<br /> 若者の就職先が増え、スキルも蓄積され、人材の交流も深まります。<br /> 旧来の組織のしがらみに悩まされることも少なく、新しい時代の組織のあり方を模索できたことでしょう。<br /> 大人が次世代を担う子供を養うと思えば、若者にお金を出すのも抵抗なく受け入れられることでしょう。<br /> そのお金はやがて大きく社会に還元される筈です。<br /> Wed, 09 Aug 2017 00:00:00 +0900 スキルの高い部下を言いなりにして成果泥棒する方法 https://w-jp.net/2017/1268/ <br /> 日本は「スムーズにやる」ことが評価されない国だ。特にITに関して評価されない。スムーズに行うには幅広い知識と高いスキルが必要で、それには高い報酬を払うのが世界標準だが、日本では「簡単なことをした」と見なして薄給になる。エンジニアが主張しても上司はキレて「お前は○○しただけのくせに偉そうなことぬかすな」と言えば報酬の話は飛んでしまう。スムーズに行えば評価が上がるのが世界標準だが日本では逆に評価を下げることができる。例えば周囲に「○○しただけのやつ」と言いふらし、レッテルを貼ることもできる。それを否定する人も日本にはいない。ほとんどの人は技術がよくわかっていないので、実際のスキルには関係ないところで、自分がそう思いたいという願いを外に投影して「その筈だから」と理屈をこねて他人の評価をする人がそれなりにいて、周囲や上層部はよくわかっていないので、とりあえず「わかりやすい」説明として真実のものとして受けれてしまう。周囲や上司、それに上層部からそのような低スキル人材として扱われれば本当はスキルのある人物は何も言わなくなり、自分はスキルがないのかもしれないと思い込み、上司の思惑通りに「成果泥棒し易い人」になる。こうなれば、何をしてもらっても部下は「○○しただけ」と自己評価し、上司はその成果を独り占めすることができる。スキルが実際にどこにあるのか上層部からはわからなくなり、人事は学歴などを元に「その筈」という当たり障りのないものになり、実情からかけ離れてゆく。<br /> <br /> もちろんこれは皮肉だ。<br /> <br /> このような日本のITエンジニアに未来はないし、実際、日本のITエンジニアは搾取されており、優秀な若者はITエンジニアを目指さなくなってきている。<br /> <br /> 個人的には、その判断は正しいと思う。このような業態に未来はないし、明るい希望のある若者が搾取されることがなくなるまで若者の参入は勧めない。<br /> <br /> 海外の場合、仕事は分解して単純化してから実施する。計画と実施は分離され、指示はローコンテキストで具体的になされる。よって、仕事とは単純なものであり、見た目にも分かりやすい。分かりやすいことが評価され、分かりやすくする技能自体が評価される。<br /> <br /> 一方、日本で同じようにすると分かりやすく分解してまとめる技能は評価されず、結果だけを見て「簡単」とみなされて評価されない。上司はもともと整理する気がないので部下が全部考えなくてはならないが評価されない。整理するというスキルは日本では評価されず、上司から「その通りだよ」と言われて「当たり前」のこととしてスルーされ、そのノウハウは上司があらかじめ持っていたものとして振る舞われる。こうして正々堂々と上司が成果泥棒をするのが日本だ。<br /> <br /> よって、上司からの指示は常にハイコンテキストで行われ、作業者は深く理解しなければならずスキルを必要とするが、部下は永久に評価されない。上司は部下の成果泥棒をするために生きているのが日本だ。上層部はこのような上司を大切にし、下っ端を蔑むことでヒエラルキーを維持する。<br /> <br /> 海外ではハイコンテキストの指示をローコンテキストにまとめるのはマネージャーあるいは上司の仕事だ。もちろんその成果は上司のものであり、実施は部下が行う。一方、日本では部下が全て行うが成果は上司のものになることが多い。海外では後出しの指示は全く評価されないどころか無能な上司とみなされるが、日本においては後出しの指示は当然のごとく行われる。日本のように後出しの指示を正当化するような文化は日本以外にはなく、海外で後出しの指示を正当化しようとすると「頭がおかしい」とみなされる。こういう意味において日本の仕事は受けない、と言っている人も多い。<br /> <br /> 日本の中でもトヨタは特殊で、作業標準としてローコンテキストが徹底されているようだが、その他多くの中小企業や大企業ですらハイコンテキストな指示が普通に行われているのが実情だ。そうしないと上司が自分の立場を守れないからだろう。海外のように全ての仕事を棚卸しすると安い人材に置き換えられるリスクが生じるとでも思っているのだろうか。仕事の内訳を非公開にして自分の立場を守ろうとする人が多い。ある意味、成果泥棒からの防御なのかもしれないが。内訳を非公開にすれば成果泥棒からも守れるし、周囲から難しいことをしていると見なされて評価が上がり、整理すれば評価が下がったり成果泥棒されるのが日本だ。日本の仕事の仕方に未来はない。トヨタは別格だがIT企業ではない。<br /> <br /> 海外のIT企業では各自が某かのエキスパートであり、専門性を持っている。日本ではエキスパートは埋もれているので、いたとしても見つけられないし虐げられていて自虐的になっているので名乗り出ない。<br /> <br /> 海外では数人でスムーズにできる仕事を日本では10人とかで大騒ぎをして仕上げることで評価される。日本でエキスパート数人が集まってスムーズに作っても評価されない。日本においては、忙しく見せることが鍵になる。そんな業界に未来はない。<br /> <br /> 日本には、過去に大騒ぎをして作り上げた技術的負債があるので、たとえ急に新しいやり方をしようとしても負債の処理に手間取ってしまい、志のほとんどは負債の処理に費やされてしまってなかなか成果が出ない。ようやく整理に一段落したところで人当たりがよくて説明のうまい人が来て成果を奪ってゆき、志があって新しいやり方を否定して去ってゆく。技術のある人物が過去の負債の整理に翻弄している影で口のうまい人がどんどんと昇格してゆくのを何度も見た。<br /> <br /> 部下がスマートな解決方法を提示しても「その通りだよ」と言って上司が成果泥棒し、部下がやる気を失ったり、うまく作っても仕方がないと思うようになってスマートではない方法を提示しても変わらず「その通りだよ」と言うのであれば成果物のレベルはどんどんと下がる一方だ。部下が、実装もメンテナンスも手間がかからないスマートな方法を提案しても上司は理解せずに、「説明」が簡単な方法を選んで手間ばかり増える選択をするのも日本の特徴だ。手間がかかった方が上層部にアピールできるし、低スキルの人材でも対応できるメリットはあるが作りがいまいちになる。上層部には効率化をアピールできるが実際のところ効率化にはなっていない。日本において、多くの人は、作りを良くするよりも上層部へのアピールのために大騒ぎをしたいらしい。そういう環境では、優れた提案をすると逆に「皆で知恵を出して工数を下げようとしているのにその目的を理解できない人」と解釈され、評価が下がる。<br /> <br /> 何が問題か? と思い巡ると、上層部や上司が技術のことをわからない、あるいは、昔に自分がやっていた頃の知識で判断しているのが問題であるように思える。実際のところ、上司は自分がわかっていないことを認めようとしないので、部下は分かりやすい説明ばかりするようになり、本筋から外れてゆく。<br /> <br /> せっかくリファクタリングして整理したコードを上司が素人目で見て、自分が理解できないからといって「これはダメだ。前の方が良かった」などと吐き捨てたり、前に書いたように、上司自身が理解できないことを「理解できない」と認めることができずに分かりやすい説明に飛びついて全部理解できているかのように自分自身を騙すような、受験などで一度も失敗したことのない人にたびたび見られるように自分の非を認めることができず、人間的に欠けているところのある人物が上司だったりすると、なまじ頭が良かったりするだけに最悪である。理解できなければヒステリーになったりすることもある。<br /> <br /> こうして、一部の日本の会社は「理解できないことがある」というシンプルな事実を認めることができずに自分たちは全て理解しているという幻想にしがみつき、いわば学歴戦争のヒエラルキーを守るために評価もそれに従い、自滅してゆくのだろう。<br /> <br /> 確かに学歴の高い人には頭の回転の早い人が多いのである程度優秀なのは真実だが、小賢しい人が幅を利かせている日本社会の将来は明るくないように思える。得てして、そういう人が早く昇格してゆく。<br /> <br /> このままであれば、かくしてエンジニアの成果は搾取されてゆくのであろう。実際、コスト的にもかなりの量の仕事をエンジニアに押し付けるブラックなやり方は、こうしたハイコンテキストな指示の仕方にも支えられている。ローコンテキストで指示を出すようになれば作業内容は明確になるし、後出しで「○○が入ってないぞ。こんなの当たり前だろ」などという発注元の横暴も拒否できるようになり、あるいは追加発注するのが当たり前になる。そもそも、後出しの指示が受け入れられるのは日本くらいだが。「こんなの当たり前だろ」「他はみんなこうしているぞ」みたいな決まり文句は世界では通用しないどころか、そんなことを言う業者は相手にされなくなる。日本も次第にその方向に向かっていると感じるが、まだまだだ。<br /> <br /> ローコンテキストで仕事をするやり方はシンプルで誤解がない。お互いに気持ち良く仕事をすることができるし、メインの担当者が不在であってもバックアップの助けも得られる。きっと、旧来のやり方で仕事をしている企業は若者にそっぽをむかれるようになるでしょう。旧来のやり方で仕事をしている企業はすぐ辞める若者に対して苦言を言うだろうが、やがては旧来のやり方が間違いだという共通認識が生まれる時代が来ます。<br /> 世界標準のローコンテキスト方式に移行しない会社はやがては若者だけでなくほとんどの人にそっぽを向かれることでしょう。<br /> <br /> 話は少し変わりますが、もしかしたら、この種の分断は1つの会社の中での特権階級と労働者階級の分断を意図したものかもしれません。いわばマネージャーが組合員をうまく操る方法の1つとして用いられている、とも考えられなくはないのです。であればその戦略はある意味成功していると言えるのかもしれません。様々な論理が詭弁でしかなく、本人たちも詭弁だと意識しているのだとすれば、あれだけ頭の良い筈の人々がすぐに見抜かされそうな下手な理屈で他人を黙らせようとしている理由も理解できます。結局、論破されたり見抜かされそうになると「黙れ」とか「煩い」とか「だからどうした」とか言って黙らせようとするところに、本質に近づけまいとする社内支配者層の本音が見え隠れする。結局、その程度の詭弁でしかないのでしょう。買いかぶりすぎかもしれないですが。<br /> <br /> 一方、同じようなことが会社の中だけでなく社会全体あるいは業界全体で起こるとき、そこで起こることは、評価されない技術者になる人が極端に少なくなる社会です。皆がジェネラリストを目指し、技術者は割に合わないからなろうとせず、関与しようとしない社会。エンジニアと言っても営業や商社マンのような人が増えている現状を見れば、既に社会から本当の技術者が減りつつあるのかもしれません。きっとそうでしょう。<br /> <br /> その結果に待ち受けているのは有能な労働者階級の消滅であり、経済的優位性しか持たずに他から調達する会社および社会です。その先に行き着くのは製造業が衰退して商社が多く存在するイギリスのような社会であり、技術は過去の栄光にしがみついて実際には経済で延命しようとしているイギリスの姿が将来の日本とダブって見えます。今どうにかしなければ見本としてのイギリスに向かってこのまま日本は加速して行くのでしょう。<br /> Sat, 05 Aug 2017 00:00:00 +0900 IT開発会社が苦労して、自分たちは責任を負わない酷いクライアントになる方法 https://w-jp.net/2017/1263/ <br /> クライアントは「技術のことはよくわからないので任せます」と開発会社に言えば良い。酷いクライアントになれます。<br /> そして、不具合が起きたら開発会社を怒鳴りつけて、「技術はわからないと言っているだろう」と責任転換をすれば良い。<br /> 開発会社の説明を理解してしまうと責任が発注元にも発生してしまうので、全責任を開発会社に負わせるために、何を説明されても「技術はわからないと言っているだろう」とキレましょう。それで大人しく対応してくれる開発会社であれば、もうその開発会社はクライアントの奴隷です。後から後から仕様に修正を加えても大人しく対応してくれる筈です。<br /> 普通、開発には納品後に無償で障害対応する期間が決められていますが、期間が過ぎていてもとりあえず怒鳴りつけて無償対応を迫りましょう。奴隷であればやってくれるかもしれません。<br /> <br /> もちろんこれは皮肉です。<br /> <br /> しかし、世の中にはこのような会社が意外に沢山あります。開発会社としては、「技術がわからない」と言ってくるようなクライアントには特に注意が必要です。相当の好条件でない限り、基本的にはお断りした方が良いでしょう。良いクライアントは沢山いらっしゃいます。少なくとも技術の概要、たとえばサーバーに何を使っていてデータベースは何で、プログラミング言語は何なのかなど、自分たちが使うシステムなのですから、担当者であればそのくらい知っていて当然です。この程度の基本的な事項の確認をするだけでキレて技術はわからないと言ってくるクライアントも世の中にはいます。それは上に書いたように、本当にわからない訳ではなく、責任を全て開発会社に負わせるために理解しない態度を貫いているのです。それが意識的にせよ無意識的にせよ。その姿勢には感服致しますが、そのような会社の関心事はコストにしかなく、理不尽な値下げ圧力およびあいみつで開発費はどんどんと削られるのが目に見えています。クライアントにとっての関心がコストのみだと、継続開発で開発会社を変えることも頻繁に執り行われます。これらだけが原因とは言いませんが、こういったクライアントと付き合うと会社の従業員は疲弊し、会社が破綻に向かいます。開発会社としては、このようなクライアントと付き合ってはいけないのです。<br /> <br /> 一方、開発会社から避けられるようなクライアントの将来も明るくないでしょう。クライアントの業績が良いときはおべっかを使って近寄ってくる開発会社もあるでしょうが、業績が良いときに大切にしなかった開発会社はクライアントの業績が悪くなった時に助けようとはしないでしょう。自業自得なのです。<br /> <br /> それでは、開発会社が協力してくれるようなクライアントのあり方とは何でしょうか? いろいろありますが、基本的姿勢としては、プロジェクトにしっかりと関与をするということです。丸投げにせず、少なくとも概要は自分たちで抑える。システム構成のメリット・デメリットを把握して、可能なことや不可能なことを理解する。そして、コスト分をしっかりと払うこと。問題を全て開発会社の責任にせず、原因が何なのか一緒になって考えること。言ってみれば当たり前のことをこなすだけでいいのです。担当者が発生中の障害やリスクを把握できていれば上々ですがなかなか難しいかもしれません。ここまで関与すると、なかなか開発会社を変えることができない筈なのです。<br /> <br /> プロジェクトは、細かく運用しようとすればきりがありません。小規模プロジェクトの場合はそれほど管理に工数をさけませんから、理想とは行きませんがある程度は肌感覚での運用になります。担当者が理解できないことももちろんあるでしょう。それでも、なるべく理解しようとする姿勢および関与しようとする姿勢がお互いの納得および満足に結びつきますし、開発会社との長い関係で肌感覚がわかってきます。<br /> <br /> 開発について偉そうに言える立場ではありませんが少し書かせて頂きました。特に、若くして希望に満ちあふれたIT起業家がこのような罠に陥らないでほしいと思う次第であります。<br /> <br /> <br /> <br /> 補足:<br /> ちなみに、海外からはこのような日系クライアントは避けられていて、受注したとしても後々「金はいらないから開発から手を引く」などという時もありますが、日系の開発会社は往々にして頑張ってしまうからクライアントは「これでいいんだ」と自分たちにお墨付きを与えることになります。本来であれば海外の開発会社がまともであることもあるのですが、日系企業からしたら海外の開発会社は役に立たない、あるいは使えない、という評価になります。実際にその通りである場合も多々ありますし、一方で、この事例のような場合もあると思います。<br /> <br /> 追記:<br /> 最近民法が改正されましたので、尚更このような理解が低いクライアントと付き合ってはいけないのです。瑕疵担保責任を悪用しそうなクライアントとは付き合わない方が良いのです。当初は良いお客様でも、理解できない状況が続けば急にモンスター化します。どちらにせよ、ITへの理解のあるお客様と付き合うのが良いと思います。<br /> Sat, 22 Jul 2017 00:00:00 +0900 インドのオフショア開発? インド人は使いようです。 https://w-jp.net/2017/1262/ <br /> インド人に「自由に」と言うと本当に自由に実行します。日本人のように空気を読んで相手の望むように行動することはあり得ません。よって、全ては前もって指示することが肝心です。<br /> 日本ではシステムエンジニアやプログラマが顧客のことまで考えて作ることが多いと思われます。対外的にはシステムエンジニアが全てを設計していると言っていても実際にはプログラマが考えていることが多く、日本の場合はプログラマがとても優秀であると感じます。一般的にプログラマと言うとコーダのことを指すのですが、実際には仕様から実装まで幅広く口を出すプログラマもそれなりにいます。それが日本の現状です。日本においてはプログラマと言う言葉と実態の間に差異があるのですが、アメリカでプログラマと言うと設計から実装まで幅広く行うハッカーのことを指しますので、アメリカの方が実態に即しているかもしれませんね。<br /> インドのオフショア開発をする場合、プログラマと言うと単なるコーダを指します。インドでシステムエンジニアという立場は曖昧で、設計からコーダまで幅広く指します。どちらにせよインドでは仕様を考えたり顧客重視という概念が薄いので、言われたことを自分なりに解釈して、自分が納得したものを作り始めます。あるいは、理解できなければお伺いを立てて、回答があるまで作業を中断します。自分の解釈で作るよりお伺いを立てる方がマシではありますが、どちらにせよ、基本的な立場は指示待ちです。<br /> これは良い悪いの問題ではなく、国民性にもよるものです。<br /> ですから、インドの国民性を考えて、インドに即したやり方をする必要があります。<br /> 逆に、インドに日本の国民性を理解してもらうという方法でもいいとは思いますが、インドは人材の流動性が高いために苦労して教育しても一瞬のうちに退社してしまうリスクを考えますと、インドはインドのままで良しとして日本側がインドに合わせる方が合理的でしょう。<br /> であれば、インドに即したやり方をするのであれば、ある程度まで仕様や実装のフレームワークをお膳立てするなどして方向性を定めることをしなければプロジェクトは崩壊に向かいます。<br /> そのコストを考えますと、プロジェクトごとにフレームワークを用意していたら見合いません。プロジェクト共通の考え方や実装のフレームワークを用意してあげて、それに即して作ってもらうのであればインドは手足として動いてくれることでしょう。<br /> 一方、インドに考えてもらおうと思うのであれば、おそらく日本人よりもコストはかかります。日本でも話題になるようなインドの優秀な人材は英語圏の企業に属していることがほとんどで、そこでの給与は日本と比べ物にならないほど多いのが普通です。<br /> ですから、コスト重視でインドを使うのであればフレームワークを使った定型作業が基本になります。<br /> インドの優秀な人材を使うのも良いですが、おそらく日本人からしてみたらインド人のプライドが強くて使い辛いと感じることが多いでしょう。しかも商習慣が違いますから日本のことはわからないことがほとんどです。<br /> 日本のことを考えるのであれば日本人が日本で考えるのが基本になり、一方、世界を軸足に全世界サービスを考えるのであれば高給のインド人を使うのもありかもしれません。そのような会社は一部で、ほとんどの場合インドにはコスト削減のために進出すると仮定すればあらかじめフレームワークを用意してそれに沿ってやってもらうのが基本になると思えます。<br /> 昔は圧倒的コスト優位性があったオフショア開発ですが、今は日本の賃金が停滞している一方で海外のコストがどんどんと高くなってきています。為替レートだけでなく、物価が世界的に高騰している一方で日本の物価はそのままなので、品質まで考えたら相対的に日本人のエンジニアが安い、という状況も普通にあり得るようになってきました。<br /> ですので、コスト削減のために闇雲にインド、というだけの安易な方法では失敗します。日本人の適正及びインド人の適正を見極めて適材適所に仕事を出す必要があります。<br /> それと、日本人だからといってふっかけてくるインド人に対してどのように対処するのかも重要です。 Sat, 24 Jun 2017 00:00:00 +0900 起業2017 https://w-jp.net/topics/起業2017/ 起業2017 IT起業10ヶ月振り返りとこれから https://w-jp.net/2017/1264/ <br /> 最初の半年は私が元々やりたかったフレームワーク作りをした。最初はパラグアイのホテルに1ヶ月籠もってプロトタイプを作ったのも良い思い出です。これは売り出すにせよ開発するにせよ必ず自分が使う道具だし、それを売る可能性も探りつつ、ある程度できた段階でスタートアップの展示会Slushに出したが反応はいまいち。起業半年後のことだった。もちろんこれまで売り上げなし。どうやら日本の場合、開発効率化するよりもITエンジニアを酷使した方が安いらしいし、いろんなフレームワークがあるので食傷気味という事情もあるようだ。<br /> <br /> そんなこんなでフレームワークには一区切りをつけ、日銭を稼ぐのと市場調査も兼ねてIT受注開発を始めた。そこでわかったのは、私がかつて受注開発をしていた15年前とは市場が大きく異なってしまったということだ。15年前は技術に応じたマーケットがあり、スキルは評価されてそれなりの価格で時間売りされていた。今は、主にクラウドソーシングの影響だろうか、発注元と発注先がとても近くなり、技術が買い叩かれるようになった。昔から下請け虐めは存在していたがそれはプロがプロを使い倒すといった種類のもので、ある種の加減があったが、今は素人が発注して素人であることを盾に技術者に責任転換するという悪習が蔓延しており、IT技術者の立場は昔より遥かに悪くなっている。昔から、IT業界の悪習は人月単価なので人月発注から成果報酬へ移行すべきとIT業界では言われているが、実際にそうなったら立場の弱い下請けが買い叩かれて更に単価が下がったということのようだ。その市場にのこのこ参入するのは賢い選択ではない。<br /> <br /> 起業して10ヶ月になり、今後の展望を考えると受注開発の市場がこれからすぐに良くなる見込みはないので条件の良いもの以外は受注開発はやめる。一方で、今まで非公開だったフレームワークのソースを公開して広く意見を求めようと思う。元々はソース非公開でサービスだけ売るつもりだったがプログラマはそういうサービスになかなか手を出さないし結局ユーザーがほとんどいないのでは作ったかいがない。方針転換だ。フレームワーク自体は無償提供してプレミアム機能の課金モデルか、あるいは寄付ベースのWikipediaのようなモデルにする選択肢もある。いずれにしても役立たないものあるいはよくわからないものであれば見向きもされないのであるが。それと同時に、いくつかのWebサービス立ち上げも継続するがこちらは望みが薄い。何かいいネタがあればいいのだが。<br /> <br /> そして起業2年で目処をつけて、上昇の兆しがなければ一旦会社を清算しようと思う。会社があると長期の海外にも行き辛いし日本の市場が悪いとなれば日本に拘ることもない。<br /> <br /> 元々会社の経費は最小限にしていて事務所も自宅だし給与も所得税が発生しない金額にしているので個人事業主プラスアルファの経費で会社運営の真似事が出来たのは良かっただろう。勉強不足ということはよくわかったので勉強にはなっている。資金も、まともに運営しようと思えば資本金が2,000万円は必要とわかったので、資本金数百万円でも実質ほとんど持ち出しなしで勉強したと思えば安いものだ。税金面でいうと私の売り上げだと個人事業主の方がメリットがある。個人だと無限責任になってしまうので受注開発はやめる。受注開発するなら株式会社で有限責任でないと危険なのだ。1年で終了も早すぎるし多少のクライアントもいるのであと1年は続けてチャンスを伺おうと思う。動くタイミングは自分の直感に従うことになるが、それは今ではない。<br /> <br /> 会社の展望はこれから考えないといけないのですが、ちなみに、元々の個人的なモチベーション的には既に満たされてしまったのです。中学や高校の頃にアセンブラでシューティングゲームを作っていた楽しさの集大成というとおかしいですけどその流れとしてのコンピューターへの興味がここで一区切りついたのです。仕事においても満足ですし、私生活においても世界一周をしたので満足しているのです。<br /> 大げさに言えば、今すぐ死んでも全く悔いはないのです。<br /> <br /> だから、これからのことは新しい目標ができないと先に進まないのです。しばらく慣性で進みますが、今後のことはまだ未定です。<br /> <br /> 話は変わりますが、最近、今までの人生が自己満足と欲望の塊だったと気付くことがあって、今まで何てつまらない人生を送ってきたのかと思っています。もっと利他のために活動するべき、という感情及び欲求が出て来ています。そういう意味でも、自分の活動を大きく変える時期に来ていると感じています。<br /> Mon, 24 Jul 2017 00:00:00 +0900 起業しました https://w-jp.net/2017/1260/ <br /> 世界一周の後、会社を作りました。<br /> ソフトウェア開発やクラウドのサービスを色々とやっていこうと思います。 Sun, 01 Jan 2017 00:00:00 +0900 インド・オフショア開発 https://w-jp.net/topics/インド・オフショア開発/ インド・オフショア開発 インド支社の後日談 https://w-jp.net/2017/1476/ <br /> あれから2年。<br /> <br /> インド子会社に残された日本人マネージャーは悲惨なことになった。<br /> インド人社長及びインド人マネージャーから無視されるだけでなく、事あるごとにインド人から「お前は黙ってろ」と罵られてコケにされ、除け者にされていたらしい。インド人マネージャーは日本人マネージャーの言うことを聞かないばかりか、自分たちが最高で日本人は頭おかしいと思っているらしい。<br /> 顧客が日本人であるのにも関わらず、日本人に向かって「君たちのやり方はアメリカでは通用しない」などと言って、顧客の方を見ずに自分たちのやり方に日本人が合わせるのが当然で、日本人のやり方は愚かで技術的に使えないから俺たちに全部任せろ、と思っているらしい。どうやら、あのインド人には「顧客のやり方に合わせる」という概念がないらしい。<br /> <br /> この日本人マネージャーは、私がインドにいた時にインド人の尻馬に乗って、状況をよく分かっていないのにも関わらずインド人の主張を擁護して私を批判したような人なのだが、私がいなくなって、ようやく自分が私と同じような対応をされて初めてインド人のダメさ加減を知ったようなのだが、自分がそう言う目に合わないと状況がわからないような想像力のない使えない日本人マネージャーだったと言うことか。そもそも、インド人に対応できるのは論理ではなくて力なので、力がなくて理屈ばかりこねるようなマネージャーをインドに送り込んだ人事のセンスのなさには呆れ返るのであるが。最初から失敗が目に見えていた。<br /> <br /> 本社の人事にこういうことを言っても、インド人たちは本社の人事に対して従順で完璧なるイエスマンなので、人事から返ってくる回答としては「素直なインド人じゃないですか。何が問題なのですか」などというセンスのなさ。インド人からしてみたら日本人などカモなのだろう。現場のインド人たちは、前にも書いたようにへへら笑ってニヤニヤした顔つきで過ごしていても誰も咎めることはない。<br /> <br /> パワハラしまくっていた非人格者の元インド社長は本社に戻ってから本部長になったらしい。<br /> <br /> 現場とインドの距離は離れ、やがては、インド支社は日本から仕事が来なくなったのだが、誰も責任を取らない。1年ほどの間、大した仕事がなかったので大勢やめて、使えない年寄りと使えないマネージャと若者だけが残った。それでも、仕組み的にお金は垂れ流しでインドに行くので給料は支払われるため、自分たちの給与を上げまくっても破綻しないと言う状況。現場に近いプロジェクトをしている部隊であれば原価管理が厳密なのでこのような状況は許されるはずもないが、開発部はぬるま湯だ。どうやら、マネージャーは日本人と同等の給与をもらっているらしい。よって、インドに仕事を出す単価も日本の協力会社に仕事を出すよりも遥かに高くて、それでいて内容もイマイチなのでほとんど仕事を出さない。それでもお金は勝手に落ちてくるのでインド支社は破綻しない。インドからすれば、自分たちが作り上げたシステムは素晴らしくて完璧だというのはある意味、皮肉にも正しい面がある。費用的に絶対に破綻しないシステムだ。<br /> <br /> 日本の本社の隠蔽体質及び「全ては成功しています」ということしか言えない社風が重なって、対外的にはインド支社は成功しているとみなされているらしい。それゆえに、インド支社は決してお取り潰しにならないし、めちゃくちゃやってパワハラしまくった元社長も上記のように本部長になって、本人は将来的に社長になるつもりらしい。本部長になるまでは皆から嫌われ無視されていたが、本部長になってから周囲の態度が代わり、急に「〜様」などと呼ばれているらしいが、よく聞くと皮肉で「様」と呼ばれているらしく、周囲は「なんであの人が本部長になったのでしょう?」と不思議がられているようだ。裸の王様とはこのことか。全ての失敗はうやむやにされ、発言した者には「余計なことを言うな」と逆に叱咤され、その影で利益を貪るインド人たちがたむろしていても、誰もそれを正そうとしない。<br /> <br /> 日本の会社では本当のことを言うよりも、全て素晴らしいと賛辞する人が喜ばれるのかもしれない。でも、おそらくトヨタのように優秀な会社の場合は本当のことを言わないと見抜かれるのだが。<br /> <br /> 確かに、係長以上になったら現状のことよりも周囲のモチベーションを上げることが必要になるが、それと、現実を否定して全て素晴らしいとしてしまうこととは、全く別のことだ。2年前のブログにも書いたように、「自信を持たせるために褒める」などと言う愚かで浅はかな施策が何年もの間、支社を停滞させ続けている。もはや開発部では誰もインドに関わり合いたくないが、他の部署に対してはそんなことは言えないのでなんとか継続させなくてはならず、そんな状況を分かっているのかいないのか、インド支社としては自分たちの主張を押し付けつつ、自分たちがやりたくない仕事は拒否している。支社なのに仕事を拒否するなんてあり得ないでしょう。それも、お金が垂れ流しなので仕事をしなくても安泰だからなのだが。<br /> <br /> 今では、インドがうまく立ち上がったと思っているのは世間知らずの上層部だけで、現場の人たちはほとんどがインド支社は使えないと思っている。確かに、多少は使える人も混じっているが面倒で使えないインド人マネージャーや勝手に追加を請求してくるインド人ラインマネージャ、約束を守らずにごにょごにょ言って誤魔化すインド人のラインマネージャ、口約束は守らなくてもいいと思っているようなマネージャーと関わり合いを持ちたくないと現場は思っている。<br /> <br /> インド人は顧客が日本人であるのにも関わらず品質基準を自分たちの主観で考える。このくらいであれば良い品質だとインド人が考え、それに対して顧客である日本人が指摘して修正させようとしても「お前たちはそんなこと考えるなんて頭おかしい」とまで陰口を叩くマネージャーがいる。顧客の求める品質ではなく自分たちの考える品質を満たせば満足というやり方は、前にも書いた通り、今までの日本の顧客及び過去の赴任者が諦めた結果として、もうインドなんてこの程度なんだからもういいやと思って、いい加減に褒めて終わりにしたり、とりあえず自信をつけさせるために褒めてしまえという安易な考えが続いたこともあるし、前にも書いたように前社長が自分が帰りたいがためにインド人を褒めまくってもう一人前だとお墨付きを与えてしまったのだから、もはや日本人のことを聞かなくなり、いろいろ指摘してくる日本人を鼻で笑っている状況がここ数年ずっと続いていたようだ。<br /> <br /> ある時、インドを立て直そうとして日本からマネージャーを赴任させようとしたが、インド側は「俺たちは完璧だからお前なんていらない」と拒否してきたらしい。拒否できるシステムにした本社の意向はどうであれ、拒否できるのだから拒否するというのがインド側の主張らしい。自主権を与えてしまったが故にその権利を最大限に行使する。日本のように空気を読んである程度は受け入れるなどということはせずに自分たちがその最大限の権利を手に入れたと判断してその権利を惜しむことなく行使する。そもそも、物事の道理というものがわからない子供のような精神の社会であるインドに対して自立などを求めるのが間違っているし、全世界一律に同じ制度を適用することが良いことだと判断した人事のセンスの無さにも呆れ返る。人事は所詮、現場のことなど他人事なのでどうでもいいのだろうと思わざるを得ない。現場からすれば。<br /> <br /> インド人が日本人を貶めるためのの基本的な戦略は情報封鎖だ。基本的に業務連絡は他のインド人メンバーだけにして、役職的には同じだとしても日本人には全く連絡をしないことで情報を制限させる。自分で本社に問い合わせざるを得ない状況にして、本社からすればどうして同じことをインド人と日本人に説明しなくてはならないのだと反発を起こさせる。一般的な業務連絡だけでなく、本業に関わることでも判断に必要な情報を与えずに判断だけ聞く。情報がない上にいきなり聞かれても完全な答えをすることができず、その回答を本社に伝えつつ「あいつは使えない。俺たちインド人に任せろ」という根拠にする。日本人赴任者がインド人に情報を伝達するように行っても、それはどこそこに置いてある、というような言い訳がましいことを言うばかりで解決にはならない。どこに置いてあるのかのアナウンスもしようとせず、自分が好きなところに置いて、それを持ってして情報公開していると言うアリバイにする。インド人の目的は「我らインド人が日本人よりも優秀であることを証明すること」であるのでその手段として正々堂々と同じ情報を元に考えて結論を出してその優秀さを証明すると言う手段ではなく、情報さえ閉鎖すれば考える以前のお話になってしまうのでたやすく勝利することができ、しかも、アリバイを作ることで情報公開の根拠を作れば同じ土台で勝負していることを対外的に証明することになるのでインド人の優秀さを対外的に証明できるようになる。前にも書いたように、結局は、インド人だけになる時にそのダメさ加減が表ざたになるのであるが。日本人は世話好きなのでインド人のダメなところを一生懸命フォローするがインド人はすべて自分たちの優秀さあってのものだと判断して日本人はいらないと思っている。だからと言ってインド人に任せてみるとうまくいかなくて、うまくいかないと発注の仕方が悪いのだとか誰それが悪いのだとか他人のせいにばかりして自分たちが原因だとは考えようとしない。<br /> <br /> インド人の給与は一般的にとても低く、IT系は新卒の初任給ですら親の収入を軽く超えることがよくある。それゆえに、全く何もなしていなくて役立たずであってもその給料を根拠にして自分がとてつもなく優秀で完璧だと勘違いすることが多い。<br /> <br /> 担当者が本当のことを言えばマネージャーから叱咤されて評価が下がり、一方、根本的な対策が打てずにプロジェクトがうまくいかなければその責任は担当者が負わされる。インド人は自分の非を認めず、うまくいけば自分たちが完璧だったから日本人はいらなくて日本人はそもそも大したことをしていなかったと報告し、一方で、うまくいかなければ日本人がきちんと機能していないから失敗したのであって自分たちは優秀で完璧だから最初から自分たちに任せろと言う。そう言うのであればということで試しに日本人が関与せずに任せてやらせてみてもボロボロで、その結果に対しても自分たちに非はなくて依頼内容がおかしいのだと言い出す始末。結局、どうやってもうまくいかないのに何故か自分たちは優秀だと言って譲らない。こういう口だけのはクビにしないといけないのだが、日本の会社は甘いのでそのまま放置し、状況が改善することはない。<br /> <br /> インド人全てが悪い人ではないが、今マネージャーになっている人の多くは悪がしこい人なので、そのような人を昇格させた過去の元マネージャ及び元社長は世間知らずであると言える。日本人同士であれば信義に基づいて良くしていくと言う前提条件が多くの場合に成り立つが、悪がしこいインド人の場合は、自分たちに対して悪い報告をする日本人は全て敵であるから徹底的に悪い噂を流すなどしてその人のことを本社が真に受けないようにし、一方で、そのような日本人は無視をしたり嫌がらせをして心がボロボロになるようにネチネチと攻撃する。心が折れてしまい、もうどうでもいいやと思って「インド人は優秀です」と言ったものならそれをアリバイにして「ほらみろ、俺たちは優秀なんだから俺たちに任せろ」と言うが、戦略的にそのように言わせるように仕組んでいるだけなので、出てくる成果物はやはりボロボロなものでしかない。言葉でどう言われようが行動と結果が結びついていないから、次第にインドは相手にされなくなってゆく。日本の開発部は仕方なくその尻拭いをするが、尻拭いを横目にみつつもインド人は「ほらみろ、俺たちは優秀なんだから日本人の助けなどいらない」と言って譲らない。もう、相手にしても仕方がないので、次第にインド人を相手にする日本人は減ってゆく。<br /> <br /> 色々な状況を本社に報告しても、ほんの少しでも不快な発言があればその言葉尻を抑えて「そんなことを言っているようではだめだ」とか「クビとか言っていないで他のことを考えろ」とか言う。本社マネージャーは「第3の道を考えろ」とか言うが、実際のところ、現地インド人マネージャーをクビにすることこそが第3の道であるのに、結局、本社マネージャーは現状を理解していないから色々と言って後回しにしているだけなのだろう。本質とはかけ離れているところを指摘して思考停止して無関係を決め込む本社マネージャーには嫌気がさした。理解力がないばかりか理解する気がないのではお話にならない。無関係でいるための口実を探してばかりで本腰を入れようとはせず、「寝た子を起こすな」などと逆に発言を抑え込もうとするマネージャーにも呆れ返る。こんな状況だと、インドからしてみたら日本人などカモでしかないだろう。<br /> せっかく不快にならないような言葉で説明していてもほとんど理解しないどころか興味がない日本の担当マネージャ。きちんとわかるように説明しろというのではっきりとした言葉を使って説明すると「お前はなんてことを言うのだ」と拒絶反応を示して現実を理解しようとしない。生理的に受け付けられない事態が起きているから日本のマネージャーが本腰を入れて対処しないといけないのに、生理的に受け付けないからそもそも理解しようともせず、対処するどころか、理解することすら拒絶し、関係者全員を異端者と決めつけてダメなやつらだと切り捨てる本社の一部マネージャー。そのような状況でも、インド人は日本からたまに来る日本人の上位マネージャー(部長クラス)に対してはVIP対応をするのでインド人はいい人たちだと上位マネージャーたちだけは思っているが、それ以外の平マネージャー以下に対してはインド人がガン無視あるいは軽視してへへら笑っているのでインド人とは付き合いたくない。しかし部長以上からはインドを使えと指示が来る。全くもって、インド人はなかなか良くやっていると皮肉れる次第だ。上の命令があるからインドを使わざるを得ないが、担当者や平マネージャーはインドと関わり合いたくないと思っている。その証拠なのかあるいはその他の会社施策があったからか、あるいは無関係なのかもしれないが、大勢のマネージャーと元インド赴任者が鬱になって休職しているらしい。どの程度の関係があるのかは個別事情だが。<br /> <br /> 元社長はパワハラの常習犯で、一部の赴任者に対して「おまえなんかいらないんだよ」と皆の前でゲラゲラと気持ちの悪い顔で笑いながら馬鹿にするような下品な人なのに、そんなのが本社に戻ってから昇格するなんておかしな会社だ。 役立たずなだけでなく周囲を貶めているような人が昇格するのだから。<br /> <br /> 何を決めるにしても「皆で決めたことだから」と言って責任者を決めず、自分の意思を通しておきながら自分で責任を取ろうとしないマネージャー。説明しても逆に質問ばかり繰り返していつまでも理解する気のないマネージャー。責任逃れのために理解していても理解したことを認めずに理解できない態度を続けて関与しようとしないマネージャー。糠に釘のインドマネージャーはこうした本社マネージャーの悪いところを受け継いだとも言える。それでいて、自分の意思を通す時だけマネージャーという立場を利用して、逆に、下からの意見は聞こうともしない。色々と意見があるのに、それを話す場も用意せずにいきなりディシジョンを伝えて来て、それに対して意見を言っても、もう決まったことだから、と言って話を聞こうとしない。マネージャーは間違ったデータを元に間違った決定を下していても、それを認めようとせずに自分たちは全て知っているとみなしている。マネージャーの間だけで情報共有されているポータルの情報がとてつもなく恣意的なもので、自分が担当している部下の評価を高めるために一部のメンバーを貶めるような評価にしていることがあり、それを見た他のマネージャがそれを元にして評価するものだからどんどんと変なことになってゆく。しかも、マネージャーも部下をきちんと見ることをせずに、他のマネージャーがそう言っているからその通りだと判断することが多くて、とつてもなくおかしな認識を持っているマネージャーが多くいる。目の前の人物を見ることなく「君は○○なんだって?」と恣意的で間違った情報をあたかも本当であるかのように、あたかも自分が全てを知っているかのごとく「○○なんだろう」と他のマネージャーから報告された嘘の情報を真実であるかのごとく主張して不遜な態度でマネージャーが部下に接したとしたら、部下はマネージャーがその程度の人物だと見限ってしまっても不思議はない。同じ情報をもとに思考力でマネージャーが部下に勝つのが本来であり、それでこそマネージャーは部下からの信頼を受けることができるというのに、情報を制限してマネージャーが部下をコントロールしようとしても、逆にマネージャーが部下から馬鹿にされるだけのことだ。情報制限でマネージメントすることほど馬鹿らしいことはない。<br /> マネージャーがきちんと判断できるAppleのような会社であれば最小限の人物が会議で決定して部下がそれを推進するという効率的な運営は正しいと言える。しかし、マネージャが部下の信頼を勝ち得ていない状況においてはマネージャが自己の権威を保つための情報封鎖でしかない。日本企業の競争力の原点は現場が優秀だからきちんと判断できるのに、とてもイマイチな判断しかできなマネージャに従わないといけないなら多くが辞めてしまうだろう。実際、早期退職で募集の2倍の人員が辞めて、部下が丸ごといなくなったマネージャも多くいたと聞く。部署が丸ごとなくなったところもある。<br /> 同じ情報を与えたら部下の方が優秀だと分かってしまうが故に自分の立場を守るために情報を与えないマネージャ。そのオペレーションの根拠として効率だとか何だとか理由をいくつも持ち出すが、結局、優秀ではない人物がマネージャーになってしまったが故に部下がついてこない、という単純な事実なのだ。使えない人物を昇格させてはいけないのだ。部下はマネージャーを尊敬していないのからマネージャーは単に命令して無理やり部下を動かさないといけず、そんな状況では部下はついて来ず、逆に、部下の拒否を招く。そんな状況で自己擁護するために、優秀だが使い辛い人材ほど低い評価になる。表向きの評価はそこそこなのだが、マネージャ間でのみ共有されているポータルの人事情報に有る事無い事書き込んで評価を落とそうとする小賢しいマネージャ。私の場合、私が作った箇所すらも「○○の作ったものをつけただけで彼は実質何もしていない」とか書かれていたことがある。反論しても嘘だと思われる状況。日本人のインド赴任者に対するインド人マネージャの評価も、本来の目的「インド人を優秀だと主張して日本人よりインド人を上位に位置づける」に沿った行動をなんのためらいもなく実行するため、日本人赴任者の評価も概ね低いものになる。自分たちインド人マネージャーを批判する者もいないのでやりたい放題。全ての成果物は自分の気に入った者の成果にするという恣意的な評価及びそれを許す体制がマネージャの信頼をますます落としている。<br /> 日本人マネージャーですらその程度で、そのポータルの情報を見たインド人マネージャーも勘違いしてとてつもなくおかしなことになっている。目の前の人材のことをしっかりと見ずに、権威のある人の意見が正しいとする会社は東芝のように自己肯定を繰り返すのだろう。内容を理解するよりは「分かりやすい」説明を良しとして、現実よりも「○○の筈だ」と言う理屈を優先させて評価をする。<br /> <br /> 担当者はルールに従って作業するのが主であり、マネージャは正しい判断をするのが仕事だ。マネージャの判断はルールで全てを決めることができるわけもなく、その時々の判断が必要になるのにもかかわらず、ルールにないから不可能だと答えるしか能がないようなインドのマネージャーは不要だ。その上、いくら説明しても「時間の無駄だ」と言って最初から話を聞こうとしないインド人マネージャが多い。可能だとわかっているのに実行しないのだとしたら日本人に対して嫌がらせをしていることになる。不可能だという時の顔がニヤニヤと薄ら笑いをして日本人を馬鹿にしているようなインド人マネージャーなのでどのような意図を持って嫌がらせをしているのかも自明だろう。そもそも話を理解しようとしてない。自分たちが前に行った決断は絶対的に正しくて反論の余地はなく、全ての人は自分たちに従いさえすればいいと思っている。理屈は通じない。物事の道理が理解できないほど頭が悪いと思うことも多い。<br /> <br /> インド人マネージャーの目的はいくつかあるだろうが、主に以下だ<br /> 1. 今まで日本人赴任者に不遜な振る舞いをされてきたのでストレスが溜まっており、その鬱憤を晴らすため<br /> 2. 日本人は不要でインド人だけで十分だと主張するために日本人を全て追い出すため。日本人よりインド人の方が優秀だと主張するため。そのために、プロジェクトにおいて他のインド人メンバーには告知している業務連絡が日本人に対しては連絡しない、といった嫌がらせが日常茶飯事となっている。情報を与えないことでそもそも判断する機会を奪い、言論を抹殺する。言論を求める時は情報をあらかじめ与えずに発言させて、前提条件が分かっていなくて的外れな発言をさせてインド人が優秀だと主張するためのアリバイとしてだけ発言させる。会議を呼ぶときにも情報を与えずにいきなり発言させ、発言がない状況にさせるか、あるいは、的外れの発言をさせてそれを指摘して日本人を弄ぶ。<br /> 3. 会社を自分のものにするため。法的に所有者がどうであれ、実質的に自分が社長になるため。一旦社長になってしまえばインドの法律においては辞めさせるのはかなり困難。給与も自分で決め放題。今は日本人より多い給与を貰っているインド人マネージャーは貰えるだけもらうつもりなのだろう。これは本当だ。信じられないのだとしたらインド人のことを知らなくて世間知らずなのだ。<br /> <br /> 今はインドに赴任している日本人がゼロになったと聞く。たったの2年なのに隔世の感がある。最後の赴任者はインドでアウェイ感を感じて暮らしていたようで、赴任というとそれなりに楽しい生活の筈なのに、インドの赴任は拷問のようになっている。今は希望者もおらず、誰も赴任していない。どうやら会社の規模も小さくするようだが、どの程度インド人が同意するのかは不明だ。<br /> <br /> 日本の開発部隊の人は、陰ながらこう言っている。「誰を生贄にしてインド赴任させようか」。一部のマネージャーもインドがとんでもないことになっていることに気づいているものの、自分の問題として解決しようとしているのではなく、日本にいる厄介者払いの場所として考えているのかもしれない。結局、噂が先行してしまったのでインド赴任を提示しても拒否られることが多いのだろう。一方、インド側もうまくインドを持ち上げてくれるような操りやすい人材、あるいは金づるの人材以外は欲しくないのか、堂々と赴任要請を拒否してくる。 普通に考えたら本社から指示された赴任の指示に従わないような支社は必要なくてお取り潰しあるいはマネージャー入れ替えでも不思議ではないのだが、とてつもなく不思議なことに今の今まで存続している。これも、元社長が睨みをきかせていてインド支社のことを悪く言う人を貶めているのかもしれない。だとすれば元社長が左遷される時がインド支社の終わりなのかもしれない。<br /> <br /> 元社長は、新インド人社長のことを高く買っていると公言しているが、公言するからには自分が率先してインドを使うのが当然であるのに未だにほとんど全くインドを使わずに他人にインドを使わせていることは言動不一致であり、実際にはインドが使えるとは思っていないのではないか。言葉でなんと言おうが行動が伴っていない元社長のことを真剣に捉える必要はないのだが、それでも上層部に気に入られて本部長になってしまったのだから周囲はある程度はイエスマンになってその指示に従おうとするが本人が実際に使ったとしても失敗したら元もこうもないので実際には使っていないのではないか。結局、他人に尻拭いさせているということだ。上にいくら気に入られて昇格したとしても、下はあんなのについていかない。<br /> <br /> それでも上層部はなんとかしてインドを使おうと思っているらしく、年間何人もインドから日本に赴任させて仕事をインドに引き継がせようとしているが、インド人からすれば「今」既にインド人が優秀だから日本に来て活躍している、と200%の自信でそう思っている一方で、日本人からすれば、今は使えないインド人だけれども日本に来て仕事のやり方を学んでもらえればインドに戻ってからその仕事を受け持ってくれるから、今しばらく我慢して付き合ってやればいい、と思って日本に来てもらっている。しかし、その意識のギャップがあるので、せっかく高い費用を使ってインド人を日本に赴任させて、ようやく立ち上がったと思っても、インド人からすれば仕事は終わったと思っているからインドに帰ったら違う会社にステップアップで転職してしまう。その割合は高くて8割にも達する。日本人からすれば、苦労して成長させてやったのにインドに帰ったらすぐに辞めてしまうから苦労の割に合わないと思うことが多い。インド人マネージャーからすれば「俺たちが優秀だからもっと人を送って貢献してやる」と言うが、勉強だけさせて、その後辞めてしまうという図式が続いている。よって、私なんかからすると、他の会社に移ることができないほどの出来の悪い人ほど赴任させて、帰ってからも転職しなさそうな使えない人を赴任させればいいと思うのであるが。日本企業は外資系に対抗できるほどの給与を支払うことができないのでこのくらいしか対処が無いであろう。アメリカ企業がインドに支払う額には到底対抗できない。<br /> <br /> それにしても、2年も経っているのに私が2年前に予想した通りの状況のままだし、未だに状況が改善されていないと言うのは一体どう言うことだろうか。私が最初に言ったようにマネージャー層を一掃して、もう1つ会社を作って新たなマネージャー層と共に再スタートするしか解決できない。とは言っても、もはや私とは関係のないことだが。最初から私に全て任せておけばよかったものを。今となってしまっては、永遠に負債を垂れ流すことになるのだろう。せいぜい年間数億円の垂れ流しができる財務体質なのは素晴らしい会社であると皮肉れるのかもしれないが。元社長がどれだけこのことを予期していたのかは不明確だが、会社をボロボロにしたあげく周囲には「素晴らしい」と触れ込んで昇格したのだから、古風な会社というのはおかしなものだ。自浄作用がなくて褒めるだけというのは日本社会の負の面を表しているのかもしれない。最近流行りの、日本を褒めるばかりの思考停止テレビチャンネルとよく似ている。そう言っている自分たちはもう年寄りだから、いい加減なことを言っても逃げ切れるからそれでいいのだろう。あの会社は「上層部が好きそうな振る舞い」をすればある程度は昇進するというのは現場での噂というか常識と化している。ことあるごとに、会社のメインメンバーが好きそうな振る舞いをしていい顔をしつつもその一方ではパワハラが許されるのでは未来はない。とは言っても、私は他の会社のことを知っているので、上場しているとある最悪のグループの最悪のパワハラに比べればこんなのは可愛いものであるが、下を見たらきりがない。<br /> <br /> インドに最近赴任していた人が帰任したが、やはり「インドはもうダメだ」と言っているらしい。<br /> <br /> ちなみに、インドの解決策は2年前にも私が提案した通り、ラインマネージャのインド人をクビにすることだ。もしも社長のインド人がかばうのであれば社長も辞めてもらうしかない。でも、あの会社にはそんな行動力が2年間もの間なかったのだから、これからもないだろう。<br /> <br /> これほどまでに修正能力のない会社であることに呆れ返る。誰も責任を取ろうとせず、インド人を放置している。<br /> 私はあの会社を辞めて良かったと120%の確信を持って言える。<br /> <br /> 私個人としは興味を失っていたが、噂を聞くにつれつくづく思う。<br /> <br /> 辞めた直後も120%の確信を持っていたし、2年経った今も、120%の確信を持って辞めて良かったと言える。<br /> <br /> 官僚主義で、「効率のため」と言いさえすれば何でもトップダウンで行なって良いとみなされる社風。下の意見は顧みず、かといって、何か起こっても下のせい。報告をあげても知らぬ存ぜぬで責任は下に擦りつける。何か起こって異論を唱えても、ニヤニヤした顔つきで「お前は知らないくせに」と蔑みながら罵るインド人たち。インド人には何を言っても無駄だし、変えることは不可能。クビにするしか手がないのにそれができない本社。<br /> <br /> こんなのにつきあってはいられないですね。勝手にやればいいです。<br /> <br /> 結局、インド支社は本部の役員や元社長の出世のネタだったんですよね。その役割が終わったのに誰も後片付けをしないからインド人にいいように利用されるのです。日本の会社というのはいいことばかり言ってダメなところを覆い隠して誰も尻拭いしようとしないから、例えば私のように本当のことを言う人が逆に悪者になって追い出されるのです。<br /> <br /> 大抵の人は日本の会社で「インドは素晴らしいですね」と言っていれば安泰なのですから、そうすれば会社のリソースを食いつぶして、いつの間にか会社が弱っているのに上層部は誰もそれに気付かない、と言う状況になるわけです。日本の会社が海外展開できないのもわかりますね。そもそもマインドが違うのですから。報告が全て「素晴らしい」「完璧」になっているのに一向に海外支社がうまくいかないのは、そもそも根本にマインドが違っているからうまくいかないのです。現状のボロボロの状態を完璧と査定すればそれ以上良くしないのがインド人で、そんな筈はないと思うのが日本人なのですから、その違いすらもわからずに海外には出るべきではありません。<br /> <br /> と同時に、インド人社長が本社の上層部にVIP対応をしますからインドがそれほど酷い事になっているとは上層部はつゆにも思わないでしょう。こうして、会社がインド人にいいように利用されるのです。そして、最終的にはインド人の考える品質へと下がってゆくのです。日本の技術も、インド人の品質が基準になってしまったらもう終わりですよね。<br /> <br /> 私のいたインド支社でも、インド人の考える品質が絶対的だと言う事になっていました。ですから、インド品質が基準になって、いつの間にか製品の品質が下がる、と言うのも時間の問題でしょう。日本の多くの企業様、御愁傷様です。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> ■インド支社の後日談 その2<br /> <br /> その後2年経ち、インド支社の人員は半分になったらしい。<br /> <br /> 若くて将来に希望のある人はことごとく辞め、使えない年寄りばかりが残っているそうだ。<br /> しかも、インド側で給料を勝手に上げたものだから日本人と同等にもらっているインド人ばかり。<br /> インドに発注しても日本の外注より遥かに技術力が劣っていて使えない上に人数を勝手に投入してきて無許可に請求書を送りつけてくるのでインドを使うプロジェクトはどんどん減っているが、新しく外から来た部長や副部長をVIP対応して懐柔することで新しい仕事を取るのはそれなりにうまいようだ。<br /> <br /> 最近も、そんな感じで新しく来て事情を知らない副部長を懐柔してプロジェクトを沢山取ったりしているようだが、社内にほとんど人員が残っていないので更に外注している。そんなことなら最初からそこに外注すればいいのに、と多くが思っているらしい。<br /> <br /> 技術力がないのに自分たちの技術が最高だと思っているので、日本側が「こうやれ」と言われても自分たちの頭でそれが出来ない場合は「そんなことはこの技術ではできない。日本側は技術を知らないからそんなことを言うんだ。インドに任せろ」とか言うが、日本側がサンプル作ったりして「できるじゃないか」と言うとプライドを傷つけられたと言って逆ギレしてくる。やれやれだ。自分たちが技術力ないことを受け入れることができないほど精神的に子供だと言うことは前にも書いた通りだ。<br /> <br /> こんな感じでインドにいいようにカモにされる日本の会社は多いのだろうなと思う。使えない人材を「切る」と言う選択肢が日本にはないから多くの場合で日本人は甘く見られる。使えない場合はすぐに閉鎖すればいいのに、支社を開設した上司が会社に居座っている間は閉鎖することができない日本の会社。そうしてインドにどんどん資金が費やされ、大した働きもしていないのに「インドは優秀」と言うことになってインド人の給与がどんどんと上がってゆく。私がいた会社では必要な分だけどんどんお金を払うような仕組みになっているのでインド側が給与をガンガン上げても決して赤字にならない仕組みだ。マネージャーじゃなくても日本人以上にもらっていて、バブル状態らしい。<br /> <br /> 色々調べたが、バンガロールの平均的給与と比べて、新人であれば1.2~1.5倍、中堅クラス以上で2~3倍払っているから、使えないような中堅クラスはその給与だとよそへ移ることができず、一方、新人の使える方はどんどん転職して行くから会社には使えない人材だけが残る。<br /> <br /> 潰そうかと言う話が出るたびにインドのマネージャー衆が日本のマネージャーをVIP対応して閉鎖を遅らせるが、実際は使えないことがわかる頃にはその日本のマネージャーは部署移動になるので、自分の手を汚したくないから閉鎖をせずに誤魔化して次の人に任せる。そんなこともあり、インド支社は使えないのに生き残っている。<br /> <br /> 状況としては前に書いた通りだし、何も良くなっていないし、場末感が漂っているので私としてはもうほとんど興味がないが、最後のエンディングがどうなるのかだけが興味がある。どのような終わり方をするのか? 早くエンディングが見たいのだ。 あまり長引かせると途中でチャンネル変えちゃいますよ。 早く終わりにしてください。<br /> Sat, 10 Jun 2017 00:00:00 +0900 インド支社の後日談 https://w-jp.net/2017/1261/ <br /> Sat, 10 Jun 2017 00:00:00 +0900 某インド組織に希望はあるのか? https://w-jp.net/2015/258/ <br /> 組織を作った「最初」が肝心。<br /> 今の組織は一旦解体し、「最初」からこつこつと積み上げる必要がある。<br /> 会社を作り直し、必要な人材は残して他の人材はいなくなってもらう必要がある。<br /> 特に、長くいるだけで偉くなった使えない人材は不要。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 某所のインド開発に希望はあるのか? https://w-jp.net/2015/257/ <br /> 若い頃の「最初」が肝心<br /> 若いうちに、物事の道理は重要だということを教え込ませる<br /> インド風に「道理は重要ではない。決定だけに従えば良い」という風土に染まった年寄りは排除する必要がある。<br /> 今の某インド子会社には、「道理はどうでもいいから俺たちマネージャに従え」という人が大勢いる。そういう人材はクビ。<br /> こつこつと「最初」から積み上げてゆけば組織が育ってゆく可能性がある。<br /> 育てる側が横着して、なんとなく偉そうだったり態度が良さそうな人を昇進させてしまうと、上記のような積み上げがないので後の人材がついて行かない。<br /> 今の某インド会社は若者に希望があるが、年寄りは役立たずが多い<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 某所のインド人の単価 https://w-jp.net/2015/256/ <br /> 2012年は人月単価40万くらいだったらしい<br /> 2013年は人月単価50万くらいだったらしい<br /> 2014年は人月単価60~70万円くらい(プロジェクトによって異なる)<br /> <br /> ただし、これに加えてインド人裁量で「取れそうなところからむさぼり取る」という勝手で一方的なサーチャージが加わる(もちろん発注元に無断かつ内訳は別の理由で誤魔化す)ので、気をつけていても本来かかった工数以上の人月で請求されるのがデフォルト。 なので、見た目の単価が上記で提示されたとしても、実際は1.5倍くらいだと思った方が良い。 (昔の実態は知らないので今の話のみ)<br /> <br /> よって、実際の単価は以下<br /> <br /> 2014年は90~110万円   (もう実質単価は日本人を超えている)<br /> <br /> あと気をつけないといけないのは、日本人の感覚だと「提示があった価格で、変更があるまで固定」と思いがちだが、インド人の感覚だと「時価」であり、その時点の時価で勝手に請求されるので注意。<br /> <br /> 最初に決め事で「この単価でやります」と約束していても「口約束ならば証拠がないから破ってもいいんだよ」みたいなことを平気で言うようなやつら。 これも、言葉ならば証拠が残らないから平気だと思って言っているんだろう。<br /> <br /> 上乗せ請求にしろ、単価を勝手に調整することにせよ、「だって、それだけかかってるんだもーん」みたいなふざけた意識で平気で好き勝手な請求書を出してくるので注意。インド人には「約束を守る」という感覚が薄いのか? とも思わざるを得ない。<br /> <br /> わかって意図的に不正をしているのであれば更に悪質だが、今はグレーであって、外から見ると明らかに意図的に見えるものの、のらりくらりと言い訳をしてかわしているので今のところグレーということになっている。<br /> <br />  個人的には、インド人マネージャーは「真っ黒」に見えるので、全くインド人は信用していない。何か都合の悪いことがあると「にこにこ」して誤魔化そうとするインド人マネージャー。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 日本人はよく勘違いされる https://w-jp.net/2015/255/ <br /> インド人は、請求できそうなら当初の約束以上の金額を請求してくる。<br /> それを見て、日本人が「おかしいぞ」と言っても「おかしくない」と言う。更に日本人がゴネた場合だけ色々と、すぐ分るような子供のような嘘をついて誤魔化そうとする。<br /> 最終的に日本人が「しょうがないな」とある程度のところで手を打つと、インド人は勘違いして「これでいいんだ」とか「解決済だ」と思う。<br /> 日本人からの信用を失っていることに気づいていないどころか、自分はよくやった、と自画自賛までしている。<br /> グループ内取引であっても、インド人は「相手は敵」だと思って請求している。取れるだけ取って、長期的な関係をあまり考えない。グループ内だから仕事はいくらでも来ると思っている。<br /> <br /> インドに発注するマネージャーは、面倒になって「もういいや」と手を打ちがちだが、それがますますインド人をつけ上がらせている。<br /> 日本人からしたら、インドと関わり合いを持ちたくない、となっても仕方がない。<br /> それでいて、インド人に「インドは信用されていない」とか言うと「傷ついた」とか言って露骨に嫌な対応をする。 指摘してあげたのに逆ギレされて、かなり頭痛の種になる。 意識のギャップがあるので、面倒なので指摘すらしたくなくなる。<br /> 日本人からしたら「勝手にしろよ、お前ら」って感じ。関わり合い持ちたくない。<br /> <br /> 日本人で歓迎されるのは、インド人の意見に忠実で、しかも「ATM」な人。<br /> 前の社長などはまさにATMで、インド人からしたら笑いが止まらなかっただろう。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 インド人の使い方を変えるのも手では https://w-jp.net/2015/254/ <br /> ・安い給料で働いてもらい、給料アップしたい人には転職してもらう<br /> ・インドへの仕事の出し方を、より細分化して外注でもそのまま組めるようにする<br /> ・チームではなく、単なる作業者としての扱いにする<br /> <br /> ・・・こうなれば好ましいとは思いますが、前述の理由により、某会社においてはこうはならないでしょう。<br /> <br /> もっと言うのなら、TATAコンサルティングサービスみたいなところに会社ごと売り払って、そこに発注するのがWin-Winと思う。使えないマネージャー層は総取っ替えになるでしょう。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 日本人従業員のメンタリティ https://w-jp.net/2015/253/ <br /> 日本人赴任者は短期間しかいないので、あまり嫌われたくないので金で解決しようとする(ように感じる)<br /> これはきっと某インド子会社に限らず某グループ全般の特徴かもしれない?(あるいは日本人全般の特徴?)<br /> <br /> ・給料を言われるままに上げる<br /> ・家賃を言われるままに上げる<br /> ・メイド給料を言われるがまま上げる(私はそうしない)<br /> <br /> 結局、インド人に都合の良い言い訳を赴任者が真似するようになる<br /> ・「インドはインフレしている」<br />  だからといって、言われるがまま給料を上げることにはならない<br /> <br /> ・「インド人に日本語を学ぶ意欲はない。メリットはない」<br />  日本語ができなければ仕事が来なくなるという現実を理解させれば変わるのでは。<br />  日本に興味があれば日本語も自然に学ぶはず。<br />  インド人に対して大した期待をしていないことの裏返し、か?<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 某所のインド人マネージャは「ぬかに釘」 https://w-jp.net/2015/252/ <br /> 「ぬかに釘」という諺が合っている。<br /> <br /> 何を言っても無視。<br /> <br /> 無視するだけならともかく、<br /> 人によってはにやにやして高みの見物。気持ち悪い。<br /> <br /> 何人かは、私が社長ならばクビの人材だ。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 典型的インド人のメンタリティ https://w-jp.net/2015/251/ <br /> 他人はどうでもよい。 自分さえよければそれでいい<br /> <br /> だから、偉くなったら他の人のことを考えない。<br /> とても「にこやか」に自分勝手に過ごす<br /> <br /> 周囲が困っていても、本人の心はとても平和<br /> 周囲が怒っていても、それは全く関係ない<br /> <br /> これが一種の「悟り」というものかもしれない。<br /> <br /> 周囲から見ればそやつは傍若無人。  本人の心はとても平和<br /> <br /> インド人の心の中はとても平和です・・・ って?<br /> 修行の場にはいいかもしれないですね。<br /> <br /> 普通は関わり合い持ちたくないですね。 何言っても「無視」ですからね、こういう人は<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 某所のインド人従業員のメンタリティ https://w-jp.net/2015/250/ <br /> 日本人赴任者は短期間しかいないのでインド人にとっては「仲良くする」ことが第一条件<br /> <br /> よく分っている人は、仲が悪くなれば将来的に仕事が来なくなることがわかっている。<br /> よく分っていない人は、あまり考えていない。(私としてはこっちの方が可愛らしくていい)<br /> <br /> よく分らないことでも笑顔でスルーできる人材が会社に残る。他の人材はいなくなる。<br /> <br /> 短期間だとわからないが、長期間いると、いつも笑顔の人材(例えばAdmin長)が、時として「へらへら」と笑うことがあるのに気づく。 心の中では馬鹿にしているのが、時々透けて見える。<br /> <br /> 2014年にインド人が社長になってから、新入社員や中途社員にふてぶてしい人が増えた感じがする。 日本人ならば取らない種類の人材だ。<br /> <br /> <br /> 日本から仕事が来なくても欧米から仕事が来るから、最終的には転職すればいいと思っている。<br /> <br /> 日本語を学ぼうという意欲がほとんどない。<br /> <br /> インドの単価が上がれば、日本語が通じる中国やシンガポールに仕事が取られるという現実がわかっていたとしても、他に行けばいいやと思っている(というように感じるし、実際、よく転職する)<br /> <br /> マネージャは英語化したいだろうが、担当者が選択できれば日本語に流れるのが現実だろう。<br /> <br /> 今は、マネージャ命令でインドを選択しているだけという現実がわかっていない。<br /> あるいは、それが分っているからこそマネージャーが来た時だけVIP対応で出迎えるのだろう。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 3倍詳細なスペックが必要。一方で1/2の単価 https://w-jp.net/2015/249/ <br /> 日本人に、スペック1~10のうち1~3だけ書いて発注したとする。単価は120万としましょう。残りの4~10は内容をよく理解すれば分ることなので仕様書には書いていませんが開発には支障がありません。分らないことがあればきちんと確認して、提案までしてくれるので手間がありません。<br /> <br /> 一方で、スペックを1~10まできちんと書いてインドに発注したとしましょう。単価は60万です。これは2014年現在のサンプルの単価です。インド人なのにこんなに取るんですよね。もはや安くはない。<br /> <br /> その内容はというと、スペックがちょっとでも抜けていたら、容易に想像できそうな箇所であっても自分で考えずに「スペックの不備だ」とか言ってごちゃごちゃ騒ぎ出します。<br /> <br /> スペックを提案してきた、と思ったらその内容が微妙で使えないことが多い。<br /> <br /> とにかく口数が多くていろいろ提案してきて、ほとんどが使えない提案だが、たまに提案が通ったりすると「ほれみたことか」と自慢および他人を馬鹿にする発言を始めるのがとにかくうざったい。 お前の提案の何%が通ったから言ってみろよ、って感じだ。 まるで全部通ったかのような自信のありよう。 勝手にやってろ、って感じ。<br /> <br /> 細かなところに気を遣わないから実際に出来上がるものの質が良くなくてテストが大変。<br /> <br /> そもそもこの人たちは効率良くないから出来上がるのが遅い。<br /> <br /> 設計がそもそも微妙で、変なイデオロギーで選んだりする。<br /> 最近の例で言うと、LINQが良さそうだとインド人が騒ぎ立ててそれを選んだらパフォーマンス悪いしバグ出まくり。 インド人は、周囲から指摘されても自信300%だから聞こうとしないし。 付き合ってられんわ。 幸い、私の責任範囲じゃないからある程度指摘しても聞かなかったからその後は頬っておいたけど、それみたことか、という感じ。<br /> <br /> 自信満々なのは前のトピックで書いたような各種原因があるから、インド人の自信満々の素質だけが原因ではないけれども。<br /> <br /> こんな感じだから、単価が倍違ったとしても、割に合わないと感じる。<br /> はるか昔の、単価が外国に比べて「10分の1」の時代のやり方をそのまま続けているように感じる。<br /> <br /> 今の単価で自分の頭で補完しないのならばインド人は本当にいらない。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 某所のインド人の「スペック」への考え方 https://w-jp.net/2015/248/ <br /> インド人は、スペックについて以下のように考える。<br /> ・仕様変更は悪。<br /> ・仕様変更するようなプロジェクトは「出来の悪い」プロジェクト。<br /> ・仕様変更するような仕様を書いた人は「できの悪い」人材。<br /> <br /> 雑感:<br /> このような捉え方は、インドのIT文化に沿って考えると理解できる。彼らは与えられたスペック通りに作ることをよしとしてきた。それが、今更になって「一緒になってものを作ろう」、と言われても状況が変わったことに理解できないだろう。 であれば、「きちんとスペックを与えてくれないと作れない」、と言うのも分る。<br /> インド人社長やマネージャーがこのような考え方だから、各プロジェクトのやり方も透けて見える。 プロジェクトの状況をきちんと見ているようには思えない。<br /> <br /> このような文化だから、日本人へ発注するよりもスペックを3倍は詳細に書かないとやってくれない。であれば、そのオーバーヘッドを考えるとインド人に発注するメリットがどれだけあるのか疑問。<br /> 3倍くらい書いても、「細かなケースが出てくるのはスペックの記述が足りないからだ」みたいなことを言われる。それだけ書かないと作れないのならば、インド人に出す仕事はない。<br /> <br /> スペックが固まってないことに対して「日本人は本当に駄目だなあ」みたいな偉そうな口ぶりをインド人たちから何度も聞いた。 いちいち疲れる。 それでいて、「じゃあ、お前たちはどうすればいいと思うんだ」と聞いても、かなり微妙なスペックばかり挙げてくる。 その程度でその自信かよ、と言いたくなるがぐっと堪える。<br /> <br /> 最終的にインド人の自信が多少小さくなって「俺たちは意外と出来が悪いのかも」と気付いてくれるようになったが・・・。 いやはや。 なんだかなー という感じだ。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 仕組みを理解せずに使っても気にしないインド人 https://w-jp.net/2015/247/ <br /> よく分らない仕組みを「動いているように見えるからこれでいいじゃないか」と言って結論を出そうとする。<br /> <br /> 理屈がおかしい仕組みを使って、それをそのままスペックにすることに違和感を覚えない。<br /> 「何が問題なんだ?」と言ってくる。<br /> <br /> この種の問題はインドだけに限らないが、インド社会全体にこの種の強い傾向を感じる。<br /> 「なんとなく、それっぽければいい」という感じを強く受ける。<br /> インド人は、物事について考え抜かない傾向がある。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 インド人の英語 https://w-jp.net/2015/246/ <br /> あまり上手ではない。<br /> 教育や育ちもあるだろう。もっと高学歴人材であれば英語も上手な筈。<br /> 訛りが凄いが、次第に慣れてくる。<br /> 文法も間違っていたりする。<br /> <br /> 余談:<br /> インド人からセールス電話が来た場合、あまり英語が通じないと向こうから一方的に切ってくる。<br /> 時にはいらついて「お前の英語はわからん」とか言ってくる。(それはお前だろー)<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 ”できる(can)"="Tryしてみます"という認識のインド人 https://w-jp.net/2015/245/ <br /> インド人の考え方として、<br /> 「できる(can)」という言葉は「Tryしてみます」という意味<br /> <br /> 出来ればラッキー<br /> 結果として出来れば「ほらできるんだよ」<br /> 出来なければ理由を言って終わり<br /> <br /> 出来たら出来たで、過剰に自信を持っていちいち偉そうに振る舞うのがとにかくうざったい。(人にもよるが、概してこんな感じ)<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 インド人の仕事の仕方 https://w-jp.net/2015/244/ <br /> 日本人の前では見せないようにしているが、あそこのインド人同士は仲が悪い。<br /> インド人同士では、以下のような仕事が普通。<br /> <br /> ・パワハラで他人を動かすのが普通<br /> ・人を罵るのが得意<br /> ・全部人のせいにする<br /> ・自分は全く悪くない、と主張する<br /> <br /> 時には、こういう背景が日本人相手でも口に出るので本心がわかる。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 期日は運が良ければ守られる。期日までに出来たらラッキー https://w-jp.net/2015/243/ <br /> 余談として、インド鉄道のサポートを受けた経験を書いてみる。<br /> <br /> 48時間以内に処理する、と書いてあったので待っていても返事がないので電話をして催促すると「とにかく待て」と言われた。<br /> 次の日にもそのまた次の日にも催促して、上司を呼び出して催促した。<br /> 結局それでもらちがあかず、3週間後にメールがようやく届いて「処理されました」と回答。<br /> <br /> (何のサポートを受けたのかは本題ではないので省略)<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 某所のインド人の見積もり精度 https://w-jp.net/2015/242/ <br /> <br /> いつまでにできますか、と聞いた時の回答:<br /> 「今日出来る可能性があります。明日にはできます」<br /> <br /> 翌日、できましたか、と聞いた時の回答:<br /> 「できていません。他の機能がうまく動いていません。」<br /> <br /> 翌々日、また聞いた時の回答:<br /> 「できていません。他の機能がうまくうごいていません。」<br /> <br /> 結局1週間後にできた。<br /> <br /> <br /> インド人:<br />  うまく行く場合の回答。2~3割の確率。<br />  もちろん人による。<br />  シニアの場合は5割以上の割合に上がる(気がする)<br /> <br /> 日本人:<br />  リスクを含めて8割の確率の回答をする<br /> <br /> <br /> 余談:<br /> インド人はスケジュールにおけるバッファをあまり考えないので、TOCによる改善は期待できないのでは。<br /> もちろん人によるだろうが。<br /> 日本人のように余裕を考える人種であればTOCはおそらく効果あるのだろうが<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 某所のインド人のスケジュールの仕方 https://w-jp.net/2015/241/ <br /> 実際にあったことだが<br /> 1週間のタスク(100%負荷)と、違う1週間のタスク(100%負荷)をシーケンシャルにスケジュールしていた<br /> <br /> <br /> 1週間経過したが、他の問題があってタスクを進められなかった担当者がいた<br /> するとリーダーは、以下のようにスケジュールを組み直した<br /> 1週間のタスク(50%負荷)<br /> 1週間のタスク(50%負荷)<br /> <br /> <br /> 工数が減っているのはどうしてだ指摘しても「やれ」と言っているだけ。<br /> 1日200%働けということか、と指摘しても「違う」と言っている。(なんだそりゃ)<br /> <br /> まるでブラック企業だが、インドであれば従業員に十分に給料を出しているのでこれでもいいのかもしれない。<br /> きっとリーダーにもよるだろう。<br /> <br /> インド人リーダーは、リスケジュールした上で「スケジュール通りです。遅延ありません」と報告したらしい。<br /> なんだそりゃ。 スケジュール詰め込んだだけじゃん。<br /> 出来ると思ってるの?<br /> <br /> 案の定、最後近くまで「オンスケジュール」(スケジュール通り)に進んでいた筈なのに何故か完成品が出てこない(苦笑)<br /> <br /> そりゃそうだよな。 出来るわけないじゃん。<br /> <br /> <br /> 別のスケジュール例。<br /> <br /> いきなり「明日から1週間でこれやって」と言われた担当者がいた。<br /> 違う仕事があるから無理、と言っても聞き入れないインド人リーダー。<br /> 違う仕事があるので20%で1ヶ月ならできます、と言うと「どうして1ヶ月もかかるんだ」と返される。何か会話がおかしいよ。基本的な考え方として「工数」と「期間」の違いをわかっていないのでは。<br /> <br /> マネージャーも似たようなことを言っていたので、マネージャーも工数と期間の違いをわかっていないのか、あるいはリーダーの理屈を鵜呑みにしているのか?(理屈はさすがに分っていると思うのだが)<br /> <br /> インド人にも優秀な人はもちろんいるのだが、そこらへんに転がっているようなインド人IT技術者の「リーダークラス」はこの程度なのかもしれない。<br /> <br /> <br /> 別の例。<br /> <br /> スコープ変化をリーダーおよびマネージャーが理解していないことが多々ある。<br /> <br /> 検討を進めるうちに今までの検討スコープでは足りなくてスコープが変更になったとしてもリーダーおよびマネージャーはそれに無頓着であることが多い。 スコープが変更になった後でも、元々計画していたものが出来ないのは何故か追求してくる。 インド人は長い間単純作業しかしてこなかったから、スコープ変更、という概念がインド人には薄いのかもしれない。<br /> <br /> スコープ変更になったら当然のことならがスケジュールも見直しが入るが、インド人はそう思わないらしい。<br /> いや、優秀な人はきっと見直すのだと思うが、あそこのインド人はそういうところに無頓着だった。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 某所のインド人と日本人の典型的コミュニケーションパターン https://w-jp.net/2015/240/ <br /> 日本人: 意見(というか苦情に近い)を言う<br /> インド人: 言い返す<br /> 日本人: 返事をする<br /> インド人: 言い返す<br /> <br /> ここで何が起こったでしょう?<br /> <br /> ■インド人の認識:<br /> 更に言い換えされていないので「解決」とみなし、すぐに忘れる。「問題なし」の認識<br /> ほらみろ、「俺は最高」「俺は完璧」という気持ちが高まる<br /> 俺たちの顧客は満足度最高。顧客エクセレンスを達成していると思っている。<br /> <br /> ■日本人の認識:<br /> こいつだめだ、もういいや。話は終了<br /> 未解決だと思っている<br /> 関わり合いを持ちたくなくなる<br /> 面倒なので適当に「Good Job」と言って立ち去る<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> 笑い話みたいだが、よく見た光景だ。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 年寄りは理解よりもディシジョンを正とする https://w-jp.net/2015/238/ <br /> インドの年寄りほど、論理的におかしくても「決まったことだから」と言ってそれ以上考えない。<br /> 物事の道理について考えが及ばない。<br /> <br /> インドの年寄りにとって、物事の道理は重要ではない。<br /> だから、矛盾した判断を数多く行っても平気。<br /> 年よりは凝り固まっていて、考え方を変えるのは無理。<br /> <br /> 一方、若い人は疑問は素直に言う。<br /> 若い人ほど見所がある。<br /> <br /> とは言っても、見所のある若者は次々と転職してしまい、 「人あたりが良いがあまり使えない」年寄りばかり残っている、という印象。<br /> ある意味、日本企業に向いている人材が残っている。<br /> <br /> <br /> ・・・多分これを読んだだけでは理解できないだろう。<br /> インド人の強情さというか、論理および物事の道理をわきまえないやり方は体験しないと分からないかも知れない。<br /> <br /> 道理を説いたり、理由を尋ねても「説明する必要はない」とか「お前、マネージャじゃないだろ。決まったことには従え」しか言ってこない総務のインド人マネージャーがいたのだ。 偉い人にはぺこぺこして、下の人間(赴任者は一応、子会社への出向という形を取っている)には権限をもって嫌がらせしてくるのだ。<br /> <br /> 帰任したらインドの会社に仕事を出さないとか妨害するとかいろいろ陰ながら出来るのに、わざわざインド嫌いを増やすなんてどういう魂胆か知らないが、おそらく自分が初めて持った権限を使ってみたかった、というだけの小さい人間だったように思える。<br /> <br /> とは言っても、インド人全般に、こういう「権限になびく」傾向は強い。<br /> <br /> <br /> 開発にしても、「○○にして下さい」という指示があったときに、それに矛盾があるかどうかまであそこのインド人は考えが及ばない。 きっと優秀なインド人ならば考えが及んで矛盾を指摘するのだろうが、あそこの低能なインド人は、矛盾に気付かないばかりか、それでは駄目だからこうしないと、と指摘したところで「なんでこれではだめなんだ」とか強情ばって、理由を説明してもなかなか理解しない。 理解する能力もない人間がリーダーをやっている。<br /> <br /> 歴史的にインド人は指示されたまま考えずに行う仕事のやり方をしてきたから、そういう仕事に長けた人間がリーダーをやっていたのだろう。 間違っていたら指摘しないといけないのが日本人的な当たり前だが、インド人からしてみたら、間違っていたら指示した人が悪いので自分は悪くない、となる。 それはそれで一理あるが、常識が異なっていると話が食い違う。<br /> <br /> そもそも、インド人が「単に言われたことだけやる仕事がいい」のであればインド人に仕事はない。 そのことを理解せずに、何か修正が入る度に日本のせいにして自分たちの責任にはしないことが日本側を苛立たせる。<br /> <br /> インド人の単価が1/10ならばそれでもいいかもしれないが、今の単価で、言われただけやる、なんて仕事のやり方は通用しない。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 品質が良くなるフレームワークを考えるのではなく、出来るか出来ないかで思考が止まる https://w-jp.net/2015/237/ <br /> 如何に品質が良くなるかやり方を考えて議論していると、<br /> インド人は「こうすればできるじゃないか」と言って安易な方法を取ろうとするのが常。<br /> <br /> 議論のポイントが合っていない。<br /> こちらからすれば出来るなんてのは当たり前のことで、品質およびメンテナンスの容易さまで考えるのが常識なのに。<br /> <br /> インド人にしてみたら、「こんな簡単なことをいちいち考え抜く日本人たちは頭が悪い。俺たち最高」と思っているようだ。<br /> <br /> そして出来上がってみれば品質がボロボロでデグレード(出戻り)しまくり。<br /> <br /> いろいろ指摘しているのに、インド人マネージャおよびリーダーは自信300%なのでインド人たちのやり方が最高だと思い込んでいて、話を聞こうとしない。<br /> <br /> それもこれも、前のトピックで書いたように、「インド人に対して諦めた過去の赴任者」「インド人に興味のない日本のマネージャ」「インド人の仕事にうんざりして、とりあえず褒めておけばインド人が満足」と思い込んで褒めまくった日本の発注部署がインド人を勘違いさせ、結果として、周囲の人の言うことを聞かなくなってしまった。<br /> <br /> 前にも書いたように、このような状況に加えて、インドを出世のネタにして「インドの優秀な部隊を作りました」と事実無根の評価をでっちあげて自分は逃げ出した過去の元日本人社長が状況を更に最悪にした。<br /> <br /> 元社長がそんなだから、インド人マネージャも冗長して「君、インドに来たらインドのやり方に合わせないと、君のようなやり方ではうまくいかない」とか言い出す始末。 おいおい、お前何様のつもりだよ。 お前みたいな、状況が把握できていないインド人マネージャーは普通のまともな企業ならばクビなんだよ。 品質が悪い原因はお前にも一員がある。 現場を見ずに偉そうに机に座っているだけの役立たずマネージャがいるから現場が勘違いして「これでいい」と思い込む。 結果として、最終的にはそのマネージャーとの仲は険悪になったが、なるべくしてなった、という感じだ。<br /> <br /> 私が関わったプロジェクトではプロジェクトリーダーがそれなりに状況をきちんと見る人だったのでプロジェクトリーダーの方から指摘してもらえたので助かったが。 インド人マネージャは今まで凄くうまく行っていると思い込んでいたのにプロジェクトリーダーからぼろくそに指摘されて落ち込んでいた。 なんだかなあ。<br /> <br /> 結果として、プロジェクトがいくつか引き上げになって、インドの仕事が減った。<br /> <br /> インド人たちは状況が分かっていないから、「なんで優秀な俺たちに仕事が来ないんだ」とか、とぼけたことを言っている。 何言ってるんだか。 お前たち、自分たちがどれだけ駄目かを分かっていないから仕事が来ないというのに。<br /> <br /> 現場はある程度「俺たちは実はあまり優秀じゃないかも」と気づき始めているのに、マネージャたちが全然分かっていない。<br /> <br /> マネージャーの判断基準は従業員の自信の強さを見て判断しているようにも思える。<br /> 現場を見れば誰が優秀か判断が付くのに、自信がある人を昇給させているように思える。<br /> <br /> よく言われるのは、インド人マネージャーが現場を把握していない、という日本からの見解だ。<br /> それはその通りだな、と現地にいてそう思う。<br /> <br /> たった100人くらいしかいない会社で何階層も役職を作って、上に立ったインド人マネージャーは部屋にいて出てこない。 他のマネージャーを呼びつけて偉そうな話をするだけのインド人マネージャーは日本から「あいつは、状況を理解していない」と思われていて、それは正しい。 たった100人くらいの会社で現場をきちんと見なくてどうするんだ、と思わざるを得ないが、彼らはそういう意見は無視する。 報告を待っていればいい、と思っているらしい。<br /> <br /> 前には、部下の報告を鵜呑みにし、インド側プロジェクト運営がうまく行っていて日本のスペックの悪口を叩くという、「よくある光景」を見た。 他のトピックで書いたように、スペックの通り作るだけでいい単価ではとっくにないし、この単価ではもっと上流工程をしないと「役立たず」とみなされるというのに、昔ながらの1/10単価だった時代の仕事のやり方を続けていては信頼を失うし仕事も来なくなるというものだ。<br /> <br /> 更には、とってつけたメールを取り出してきて特定の個人を攻撃して「あいつが悪い」と言い出す始末。 付き合っていられない。 コンテキストを無視して特定の文を取り上げて自分の都合の良いように解釈し、自分たちは全面的に正しくて相手が全面的に悪い、と主張するインド人の「良くある姿」がそこにはあった。<br /> <br /> 一旦リセットが必要なのだと思う。<br /> 「最初にいた」というだけの理由でマネージャーになった人材が幅を効かせているのでこんな訳の分からない状況に拍車が掛かったように思える。<br /> <br /> 会社が小さい時に取って、その時から「最初が肝心」ということできちんと育ててもらった人ならばともかく、インド人風の仕事のやり方でそのまま過ごしてしまったら、手を付けられなくなったということだ。<br /> <br /> とは言っても、会社が小さいうちから全てうまく人材を育てられるわけもなく、結局、会社が小さい時に取った人材は、多少会社が大きくなったら役立たずになることが多いのかもしれない、と思う。 可哀想なことではあるが。<br /> <br /> 一方、指摘できたのにもかかわらず指摘しなかった、<br /> インドをネタにして出世をもくろんだ元社長が一番の戦犯という見方もあるが。<br /> Sun, 17 May 2015 00:00:00 +0900 「やる」と言ってその場を取り繕い、実際には実行しないインド人 https://w-jp.net/2015/191/ <br /> これも、よくあること。<br /> 口先ばかりのインド人がマネージャーおよびリーダーになってしまった某インド子会社ではよく見る姿になってしまった。<br /> <br /> 日本側は内面で怒っていてもあまり言葉や表情に出さないので、インド人たちは「うまく取り繕った」と勘違いし、更には、自分たちが成功したと思い込んでいる。<br /> <br /> そういえば、こんなことがあった。<br /> <br /> インドの品質が最悪で、1つバグを直したら5つバグを新たに作るような状況だった。<br /> それを取り繕うために、「今週末はメンバー総出でテストをし直して、来週空けまでには報告します」とインド人が言った。<br /> <br /> 日本側はその発言で一端は怒りを収めたが、週末が過ぎても全く報告も何もなかったものだから日本側は怒り心頭に達するが、インド側はのほほんとしたものだ。 「何をそんなに慌てているのだ?」と、まったく状況を理解しない。<br /> <br /> 日本側は大騒ぎだが、インド側は状況を理解していないし、うまく取り繕ったと思っている。<br /> <br /> インド側は「します」と言ったものの、インドのニュアンスとしては「できる限りテストしてみますよ。挑戦(Try)してみますが、出来ないことももちろんありますよ。でも、やってみます」という意味合いで「します」と断言したのだ。<br /> <br /> そして、出来なかったのだから、報告もなかった、という次第である。<br /> <br /> 日本側は、インド人が「する」と言ったのにしないものだから怒る訳だが、インド側は「まったくもう。挑戦してみて駄目だったんだから仕方がないでしょ。 何いろいろ駄々こねてるの。 日本人はまったくうるさいなあ。 これだから日本人は、まったく。 」 と思っている。<br /> <br /> これは、端から見ればジョークのように思えるかもしれない。<br /> また、インド人を知らない人からしてみたら 「そんなの偏見だ。そんなことないでしょ」 と思うこともあるだろう。<br /> しかし、この状況は事実であり、インド人がこういう性質だということを知らないのだとしたら、それは世間知らずである。<br /> <br /> <br /> 余談になるが、インド人はよく働く、と社内では報告がされている。<br /> それはどういうことかと言うと、夜遅くまで頑張ったり、週末もよく出て働く、という意味合いにおいてだが、その一方で、インド人はよく休む。<br /> <br /> 祭りのシーズンになると、田舎に帰って祭りを楽しんだり家族と過ごすため、まる1週間から長くて10日ほど休むことが当たり前になっている。<br /> 突然の休み(体調不良、用事など)も頻繁にある。<br /> <br /> 週末の就業についても、私が「頑張っているなら、ちょっとは状況見てあげないとな」と思って週末に出てきてみれば誰もいなかったり、いても数人。 いる人も、午後になったり夕方になって来る人すらいる。<br /> そもそも、週末に来るように言った本人すら来ていないことすらある。<br /> いくら「週末頑張っている」とレポートしたところで、実態が伴っていない。<br /> <br /> これらのことを考えると、「インド人はよく働く」というインド人自身の報告は疑問だ。<br /> きちんと就業時間をカウントせずに、印象だけで報告しても意味がない。<br /> <br /> <br /> ・・・・とまあ、そんな状況で、先に書いたように「テストします」と言ったところで、メンバーが「わかった。出来るだけ頑張ってみるよ」という意識でいるので、結局テストなんて実施できなかったのだろう。<br /> <br /> 実施できなかったのならば「出来ませんでした」とレポートすればいいのに、それすら報告しようとしない。 何も報告せずに、日本側が待ちぼうけしたこともあった。 指摘すると「出来なかったものはしょうがない」とか言い訳をして、自分が何をしなくてはいいのか分っていない。 マネージャーやリーダークラスですらこの程度だ。<br /> <br /> この種のいい加減な物事の扱い方は、インド社会の縮図そのものだ。<br /> インド社会では、「分った。やってみるよ」というと、「トライしてみるが、出来ないこともある。明日は明日の風が吹くので明日になってもしも覚えていて気が向いたらやってみるよ。出来なくても気にしないでね」という意味になる。<br /> <br /> はっきり言って、インドの一般社会ではそれが普通で通用しても、国際ビジネスでは通用しない。<br /> <br /> こういったことを指摘しても、インドのマネージャーは「ここはインドだ」とかのたまう始末。<br /> 更には「俺はマネージャーだからお前の意見は聞かない」という、自分の頭で物事を考えない、物事の道理を理解しない、性根が腐っているインド人もいる。<br /> 物事の道理が通っていなくても、自分に権限があるのだから自分が決めたことであればそのまま通用すると思っている。<br /> <br /> 私が、そういう役立たずで強情なインドのマネージャーは癌だからクビにするように言っても、日本の本社は理解しない。 「クビとかじゃなくて、もっと他の方法を探せ」 と本社は言うが、インドの強情な人材にはいくら言っても無駄なのでクビしかないことを本社は理解しない。<br /> <br /> マネージャーがこの程度なら、リーダーもそれに倣うだろう。<br /> メンバーもそれに倣うのも時間の問題。<br /> <br /> 私をマネージャーよりも上の役職にしようにも、既にインド人が現地子会社の社長になってしまっているので人事権はインド人の手にある。 この社長もくせ者で、「インド子会社が必要な人材はこちらで本社に要求したい」とか言っている有様。 本社側は、こういうことを聞く度に対応に困るわけだ。 なんでこういう、本社の意向を無視するようなインド人を社長にしたのか? という意見は当然出る。 だが、一旦任命してしまった社長を辞めさせるのはインドの法人である以上、なかなか難しいものだ。<br /> <br /> 社長を辞めさせるために裁判をしたところで数年はかかる。<br /> しかもインド法人なので判決がインド側に傾く事例は多くある。<br /> <br /> そのような状況で、<br /> 社風に染まっていない若いメンバーにせっかく「あるべき姿」を教え込んでも、マネージャやリーダがそういう物事の扱い方をしていたら、「どうしてそんな風にしないといけないの?」という疑問が若いメンバーに生じてしまい、教育にも支障が生じる。<br /> <br /> それにしても、<br /> ちょっと優秀な人材が揃っているところであればこんなことにはならないはずだが。<br /> <br /> 最終的に、日本側に呆れられてプロジェクトの発注が来なくなっても「どうして仕事が来ないんだ」とか言う有様。 そこに対して、(上に書いたように)「君たちは、自分が言ったことを実行しないので、信用されていないんだよ」と本当のことを言ってあげると 「傷ついた」 とか言って落ち込む有様(苦笑) 精神的に子供なのだろう。 なかなか扱いが難しい。<br /> <br /> 自分で約束したことはきちんと実行してくれればいいだけの話なのだが。<br /> その当たり前のことが、インド人には難しいらしい。<br /> <br /> 日本人が何か言っても、インド人は自分たちの現在のやり方が正しいと信じている。<br /> 昔の仕事で発注元が「もういいや」と思って「わかったわかった。それでいいよ」と諦めて放置してしまったが故にそのいい加減な仕事のやり方が「事例」として残ってしまい、指摘しても「どうして今までやって来たやり方じゃだめなんだ」とすら言い出す始末。<br /> <br /> いろいろ説明しても、マネージャーがまず受け入れないから、チームリーダーも受け入れない。<br /> 「最初が肝心」であるし、それ以上に、理解して自分で考える能力のない人材がマネージャーをしているので話が全然進まない。<br /> <br /> マネージャーに指摘しても、「ここはインドだからインドのやり方じゃないとうまくいかない」とか、一見すると利にかなっているような発言をするものの、その実は「俺たちの適当さのどこが悪いんだ」という、自分たちのできの悪さを正当化するための詭弁に過ぎなかったりする。 こういう詭弁を使うような人材を昇格させては駄目なのだが。<br /> <br /> 日本にそういう駄目なマネージャーを首にしろと言っても、そのようなマネージャーは前のトピックで書いたように「インドが素晴らしいと嘘の評価することで自己の出世のネタにした日本人マネージャー/元社長」のせいで、対外的には「素晴らしく優秀なマネージャー」ということになっているから、日本側のマネージャーに言っても、そうそう簡単に理解されない。 本人たちも、上記のように「元社長からのお墨付き」があるから、ちょっとやそっと言われたくらいでは「何をお前は言っているんだ」という態度で「ふふん」っと鼻で笑っている。<br /> <br /> 結局、日本人マネージャー/元社長が詭弁でのし上がり、それを踏襲したインド人マネージャーが詭弁を使っている、という構図のように思える。<br /> <br /> 踏んだり蹴ったりである。<br /> 結局、そういう詭弁を使う日本人マネージャー/元社長のおかげで苦労するのは現場の人間だ。<br /> <br /> 別に、難しいことは言っていない。<br /> 「自分が言った約束は守れ。 できないなら放置せずに報告しろ。」<br /> 「インド式の Tryしてみます はやめろ」<br /> 「インド式の Tryしてみて、出来なければ忘れてしまって報告もしない、というのはやり方を改めろ」<br /> という、ごくまともなことを言っているだけのつもりであるが、こんなことすら、インド人には理解できないらしい。<br /> <br /> こういう話になると、何かに付けて、ごにょごにょ言い訳を言いまくって話を誤魔化して「これでいい」ことにしてしまうインド人。 やがては「お前はうるさい」とか「そんなことを言うのお前だけだ」とか言い出す始末。<br /> <br /> 日本にいる日本人の多くが同じようにインド人に不平不満を言っていて、同じことを言っているだけだが、そのことを他の人はあまり伝えていないらしい。 逆に、お偉い日本人が日本式の社交辞令で「うんうん。凄く頑張ったね。よくやった」とか言っているものだから、インド人が益々勘違いする。 インド人は「ほらみろ、俺たちは凄いんだ。優秀だ」と勝手に思って、思うだけならともかく、それを口に出してミーティングで得意顔をしているが、当の日本人に話を聞いてみると「インド人は駄目だね」と言っている。<br /> <br /> このギャップが生じる他の原因は、前のエントリで書いたように、ほとんどの日本人はインド人に対して「諦めて」いるので、特に何も言おうとしないから広がるばかりである。 多くの日本人は、インド人が勘違いするなら勝手にさせておけ、という立場である。<br /> <br /> そんな状況で、私のような人が現地に赴任していろいろ指摘すると、いちいち「どうしてだ」とか「今までこんなこと言われたことなかった」とか反発および、明らかな「苛立ち」と直面する。<br /> <br /> 前のエントリに書いたように、今まで長年関わってきた過去の赴任者およびインドに仕事を発注してきた日本人、インドをネタにして出世を目論んだ元社長、そういった過去の積み重ねがインド人の勘違いを作り上げており、もはやその勘違いは修正不可能なところまで来ているように感じる。<br /> <br /> ただ、プロジェクトを私と一緒にやって来たメンバーは私などと議論するにつれて「俺たちインド人は、思っていたほど優秀じゃないかもしれない」と思い直し始めたのは良い兆候であるが。 良い兆候とはいえ、インド子会社が出来てから7年。 それに気付くのが遅すぎるよ(苦笑)<br /> <br /> こんな状況を放っておくなんて、今までの赴任者は一体何をやっていたのだ、とつくづく思う。<br /> <br /> 多くの人が、一番簡単なやり方をしてきた。「褒める」という簡単なやり方だ。<br /> 褒めるのは、時と場合による。<br /> きちんと見て褒めるならば良い。<br /> しかし、盲目的に「もうどうでもいいや」と思って褒めまくった結果、勘違いを増長させることになった。<br /> それでも、多くの人は「インド人なんてどうでもいい」と思っているので、気にもとめていない。<br /> <br /> そして、後任者が過去の赴任者のツケを払うことになるが、そうして持ち直したところで、周囲からすれば「優秀なインド人と仕事をしただけ」に見えなくもないので損な役割である。 実際は、本当に駄目なインド人を何とかして持ち直しつつあるところなのに、口ばかりの人材が適当なことを言って昇格していては組織として「疲れ」が貯まってゆくだけだ。<br /> <br /> いろいろ書いたが、日本人の中にもしっかり部下を見れる人も多く居る。<br /> 相手がインド人であろうとも状況をしっかり見れる人もいる。<br /> <br /> 私がいた環境が、たまたまだったのか、或いは、多くの場合がこういうものなのかは事例が少なくてその判断は保留するが、少なくとも、私の周囲ではおかしなことが多く起こっていた。<br /> Wed, 29 Apr 2015 00:00:00 +0900 ごにょごにょごにょ、とまくし立ててたあげく、誤魔化しが成功すると「にやっ」とするインド人 https://w-jp.net/2015/183/ <br /> インド人が物事をごまかす時は、とにかく早口でごにょごにょまくし立てる。 日本人が質問をしようとしても、その質問を遮るように早口で何度も何度も喋り続けることも多い。 最初の質問を日本人が忘れてしまうまで早口は続く。<br /> <br /> その早口で日本人が混乱し、「ん?」という表情をして日本人の口が止まると、インド人は「にやっ」とするのが定番。 「よし、ごまかせたぞ」と思っていたり、「しめしめ、これで一件落着だ」、とでも思っているのが「にやっ」という表情から見え見えなのだが、当のインド人はこれで解決だと思い込んでいる。 その表情は見ていて気持ち悪いのだが、当のインド人はそれが笑顔だと思っている。<br /> <br /> 「にやっ」とした後も間髪入れずにインド人は早口で次の話題に切り替えたり、あるいは、当の話題ではあるがインド人が「こう思って欲しい」ことを早口でまくし立てる。<br /> <br /> 日本人からすると、「なんて使えなくて訳のわからないやつだ」ということになるのだが、インド人からすると、「これで解決」と思っている。 これは、インド式の「優秀」な人材だ。 物事を誤魔化すのはインドでは一つの習慣だからだ。 「わかった」と言って放置したり、「やる」と断言しても放置する。 早口でまくし立てて誤魔化すのはインドでは普通のことだ。<br /> <br /> こういう胡散臭いインド人は昇格させない方が良いのだが、何故か私がいた会社はこういう口ばかりのインド人が多く、多少は昇格してしまっている。 それがリーダーなんてした日には、バグが出ても認めずにぺちゃくちゃぺちゃくちゃまくし立てて誤魔化し、日本人が「なんだこいつ。もういいや」と相手にしなくなると、それをどう勘違いしたのか 「よし。私の主張は認められた」と思うのだから困ったものである。<br /> <br /> 「もういいや」と諦める日本人は大抵、日本から仕事を発注している。<br /> 次はインド人に発注しなければいいのだと思っていても、マネージャーはインドを使うように指示を出すので仕方がなく出している場合がほとんどである。<br /> <br /> 当のインド人は前回のいいわけをそれ以上追求されていないことをいいことに、前回は自分が成功したのだと200%思い込む。 日本人からすると、「またこの使えないインド人と仕事しなくてはならないのか」と嫌々ながらやっていたとしても、インド人からすれば 「前回これでOKだったのだから、今回もこのやり方で仕事をすればいい」 と自己正当化する。 その正当化のためにごちゃごちゃ言って誤魔化したのか、あるいはきちんと承認を取ったのかどうかはインド人には関係ない。 前回認められたのだから今回もそれで行けばいいと思っている。<br /> <br /> そんな状況で「それではダメだ」という指摘をインド人にしてあげても、当のインド人はそれを聞き入れず、「俺たちは今までこのやり方でやってきたんだ」と自己正当化する。 改善には興味があまりないようだ。 それよりも、自分たちが思ったやり方で納期までに完成させればいいと思っている。<br /> <br /> 前回も今回も、おそらくこれからも、インド人は「こいつらダメだ」と思われて仕事をもらっていたことを当のインド人は理解していない。<br /> <br /> とてつもなくダメだから、少しづつ改善しようと指摘事項を送ったところで、当のインド人の態度が上のように「今までこのやり方でやってきたんだ」というかたくなな態度では、日本側も困ってしまう。<br /> <br /> 2つポイントが挙げられる。<br /> <br /> ・最初が肝心、ということ。<br /> ・改善することをあらかじめスケジュールに組み込むこと<br /> <br /> インド人は、とにかく前例を作ろうとするようだ。そして、それに倣おうとする。 最初に、ごにょごにょまくし立てたり、半分騙してでもいいから相手を「OK」と言わせる。 そしたら、インド人からしてみたら「しめたもの」だ。 次からはそれをわざわざ変えようとしない。 これが基本的な態度。<br /> <br /> その性質が分った上で、「今までのやり方は完璧ではない」という共通認識をあらかじめ作っておくことが肝心。 そして、改善することをあらかじめスケジュールに組み込むこと。<br /> <br /> とは言っても、インド人はプライドが300%なので、改善なんてものはあまり受け入れないと思った方が良い。<br /> <br /> 改善を受け入れない態度が、下っ端メンバーだけならばまだいい。<br /> なんと、チームリーダークラスが堂々と「どうして今までやって来たやり方がダメなんだ」と言う。<br /> そんなチームリーダーだけならばまだマシかもしれない。 マネージャーまでが堂々とそういった発言をする。<br /> <br /> マネージャーの一部だけならばいい。<br /> マネージャーの、納品担当のトップですら同じようなことを言って日本を困らせる。<br /> <br /> 日本側からすると、「一体、どこのどいつがそんなことを許したのだ」となるが、当のインド人からしてみたら知ったことではない。 「日本人はいつも変な要求をしてくる。勘弁してくれ。 そんなのじゃ開発できない」 とか、上級マネージャーが発注元に文句を付けるありさま。<br /> <br /> <br /> この上級マネージャーは、日本からの評判がすこぶる悪い。<br /> 話のすり替えはするし、ごちゃごちゃまくし立てて話を誤魔化そうとする。<br /> それでも、インド側からしたら駄目なプロジェクトでもとりあえず納品まで話を付けるので役に立っているようだ。<br /> <br /> 本来であれば、<br /> 話を誤魔化すようなインド人は、いくら頭が良くても昇格させてはならない。 癌になるだけだ。<br /> <br /> この上級マネージャーにしても、どうしてこんなのがマネージャーなのかと不思議なくらいだ。<br /> <br /> <br /> これには背景がある。<br /> <br /> 昔、会社運営がうまく行かなくて、会社を潰そうと考えたことがあるが、とりあえず何人かを試しにマネージャーにして、インド人たちでどれだけ出来るか試してみよう、となった時に「たまたま」そこにいたからマネージャーになった人が今でもマネージャーを続けていて、その中で一番口達者だった人が上級マネージャーに居座り続けているというだけのことだ。<br /> <br /> 会社では、能力ではなく先に居た者が出世することがよくある。<br /> これは、その典型例だろう。<br /> <br /> 能力のない者が上に立っても会社はうまくいかない。<br /> これは、その典型例でもあるだろうう。<br /> <br /> マネージャーはほとんど役立たずだが、若者には見所のある人がいる。<br /> <br /> いっそのこと、会社を一旦畳んで会社を作り直し、マネージャーを一掃した方が良いと思うのだが、日本のマネージャー集はそうは思わないらしい。<br /> <br /> 実は社長にも似たような癖があって、よく「にやっ」としているのを見ていたので胡散臭さを感じるが、それでも社長はある程度話が通じるので、上級マネージャーほど癌にはなっていない。 でも、個人的意見を言うならば、こうして誤魔化す癖のある人間を社長にしてはいけないと思うのだが、現状の人事は私の判断ではない。<br /> <br /> もう私が離れた会社なので、あとはよろしくやってくれればいいと思う。<br /> Sun, 26 Apr 2015 00:00:00 +0900 過去の赴任者がインド人に対して「あきらめた」功罪 https://w-jp.net/2015/164/ <br /> 過去、何年も立ち上げに日本人がインドに赴任し、立ち上げを行ってきた。<br /> その話を見聞きする機会が多分にあったわけだが、多くの赴任者の過去の評価はこうだった。<br /> <br /> ・インド人は「わからない。これでは作れない」と言ってやってくれない<br /> ・インド人は動かない<br /> ・インド人は使えないから、仕方なく自分で夜遅くまで頑張って仕事を終わらせた<br /> ・インド人に対する文句を日本人同士で言い合う。「インド人使えない」<br /> <br /> 複数人の赴任者の態度がこうであったが故に、インド人に間違ったメッセージを送った。<br /> <br /> ・日本人は、夜遅くまで 「文句も言わずに」 しっかり仕事をしてくれる<br /> <br /> 実際は日本人同士で文句を言い合っていたわけだが、インド人には言っていなかったようだ。<br /> <br /> それでいて、私が過去の赴任者が歴代に渡って言っている問題点をインド人に対して指摘すると、当のインド人は 「そんなことない。 そんなこと言うのお前だけだ」 などと、まるで私だけが特別なことを言っているかのように反発し、「お前は他の赴任者と違う。君のような働き方ではインドでは通用しない」 などと批判し出す有様。<br /> <br /> おいおい、待てよ。 過去の赴任者がいろいろ指摘していたのは事実だし、インド人のことを私以上にぼろくそに言っていた過去の赴任者は、実は当のインド人と表面上はうまく仲良しでやっていたらしい。 それでいて、組織の立ち上げを任された過去の赴任者が、とても大事なフィードバックを当のインド人に対して行っていなかったのであれば給料泥棒だろう。<br /> <br /> 評価をインド人に対して正確に伝えることなく、日本人のお得意である、社交辞令で「 Good Job (よくやったね)」 とか、「Perfect (完璧だね)」みたいなことを過去の赴任者が無責任にも多発していたらしい。<br /> <br /> 赴任者だけならともかく、日本のマネージャも適当なもので、よく分っていないと日本語で公言しているのにもかかわらず、英語では「Very Good」とか言うから、ますますインド人が勘違いする。 「Very Good」とか本社のマネージャに言われたならば、全社メールで「こんな素晴らしいことがあったぞ」と言いふらすありさま。 社交辞令の発言だし、本気ではないのに。 これは、安易な発言をした日本人マネージャも悪いのだが。<br /> <br /> そこで、私が駄目なところを指摘すると 「そんなことを言うのお前だけだ。俺たちは素晴らしくうまくやっている。○○さんも○○さんも褒めている」 などと、言葉を言葉通りに受け取ってしまっていて、聞く耳を持たない。<br /> <br /> どうやら、日本人マネージャーも過去の赴任者も大してインドに対して期待しておらず、とりあえず自信付けて成功体験を積み重ねないとだめだな、みたいなことを思って褒めまくったことがあったらしい。その習慣が今もある程度続いているようだ。 とりあえず褒めておけ、みたいな。<br /> <br /> それを真に受けて、「もう俺たちは完璧」だと勘違いをしてしまった。<br /> もはや聞く耳を持たない。<br /> 元々自信満々なインド人が、褒められでもしたら更に自信満々で聞く耳を持たなくなるのも当然と言える。<br /> <br /> とは言っても、プロジェクトを進めて私などと付き合うにつれ、「俺たちインド人は、思っていたより優秀じゃないようだ」 と気付いてくれたようなので、そこは多少改善したようだが。 気付いたとしてもそれを認めることのできない、頭が根本的に悪いインド人も多い一方で、現実を受け止める謙虚なインド人もいることは気にとめる必要がある。<br /> <br /> それにしても、過去の赴任者はインド人組織の立ち上げを任されていたのにも関わらずインド人の勘違いを増長させたのでは、次に来る私のような人が苦労することになる。 原因はやはり、過去の赴任者がことごとく「インド人、あいつらほんと駄目だよ。使えない」と、「あきらめて」いたことにある。 だから、インド人に対する発言も適当になった。<br /> <br /> 如何にあきらめていたのかは、以下の言葉でよくわかる。<br /> 「インド人が辞める? インド人はすぐ辞めるよ。 気にするな。ほっとけ」<br /> あまりインド人に期待せず、如何にあきらめて子供扱いしていたのかが、この発言でよくわかる。<br /> <br /> いたずらに褒めれば勘違いが増長し、褒めなければ辞めたり仕事を放棄する。<br /> 確かに、場当たり的に褒めて仲良くやっていればその場は何とか過ごせるかもしれないが、きちんと1つ1つコツコツと見て指摘していかない限り、組織は良くならない。<br /> 過去の赴任者が指摘を辞めて褒めまくった結果が、今の組織だ。<br /> <br /> その後、前に書いたように、インドをネタにして出世をもくろんだ日本人元社長/マネージャが赴任して、劇的に改善したということにして、見た目だけ繕って中身はぼろぼろ、という悪循環が生まれた。<br /> コツコツと改善することを評価しない組織にも問題があるのかもしれない。<br /> <br /> 昔の赴任者は、「どうしてそんなに劇的に良くなったのだ?」と不思議がっていたが、何のことはない。 現実に目を瞑って良い評価を与えただけのことだ。 一向に良くならないから日本人から諦められて、やがては出世ネタのために「優秀」という偽りの評価を与えられて、実際の姿とはうらはらに自信だけが増長したのだが、実際はボロボロだった、ということだ。<br /> <br /> 悪いところを改善しようとすれば「そんなことはない」と否定して自分たちが優秀だと思い込むインド人には付ける薬がない。<br /> <br /> 根本を辿れば、改善を「あきらめて」しまった過去の赴任者にその責任がある。 そこでコツコツとやっていさえすれば、インドをネタにして出世をもくろむ日本人がやって来たとしても、ここまで事態は悪くならなかったように思える。<br /> <br /> そもそも、インド人を社長にしたら暴走することは予想できた筈で、私が赴任前に日本のマネージャにも警告したことがある。 数年前に「インド人を社長にしたら暴走しますよ」 と言ったら、「いいじゃない。暴走させれば」 と、まるで他人事。 その背景としては、そもそもインド人がイマイチなので、お取りつぶしにする前に本人たちにできることを最後までさせてあげよう、という魂胆があったのではないかと推測する。 上記の背景のニュアンスも、「もう、あいつら使えないのだから、暴走でも何でもしてみた方が事態が好転するかもしれない」という、半ばあきらめの境地にあったように私には思えた。<br /> <br /> 更には、とあるマネージャにいろいろ訴えたら、「あまりくだらないことに体力使っても仕方がないぞ」と、まるで興味なくスルーされたことがある。 貴方のような権限のあるマネージャーが無関心でいたからこうして現在赴任しているメンバーが苦労しているということを訴えても状況を理解しない。 少しでも関心のあるマネージャなら状況を知ろうとするものだが、上の発言からも見て取れるように、そもそも興味がないらしい。 そうした無関心なマネージャーおよび過去の赴任者が、現在のインド子会社を育ててきたと言える。<br /> <br /> 周囲が諦めた結果、本人たちは完璧と勘違いをするようになった。  言い換えれば、インド子会社は子供扱いされていて、何をしても「素晴らしい」と周囲が褒めてくれる環境にあった。 なので、自分たちの選択が全て許されていると思ってしまった。 未だ経過観察期間であることに本人たちは気付いておらず、既に勝利を確信している。 それを見て自分の出世のネタにした前社長が、インド人の手に余す「会社」というおもちゃを与えてしまったことになる。 自分が出世した後の会社がどうなっても関係ないのだろう。 口では「自分が育てた会社だからかわいいし気になる」とか言うが、よくそんなでまかせをひょうひょうと口に出せるものだ。 最後まで結局面倒を見ない、骨を埋めないような人は何とでも言える。 <br /> <br /> 今まで書いたように、インド人を出世のネタにした日本人元社長や、気付いていても止めなかった、既にインド人を諦めているマネージャなど多くの要因があってこうなったわけだが。<br /> <br /> 自分が苦労しないで済む立場ならば何でも言える。 自分は安全なところにいて、もっともなことを喋っていればいいのだから。 逃げ切ってインドからわずか3年で帰任になり、部長になれたのだから本人は満足だろう。 その影で、インド子会社がどうなっても、もはや知ったことではないだろう。 本当の姿を知らないのだとしたら無能だから罪は軽いが、知っていて嘘をついているのならば罪の重い悪人だ。<br /> <br /> そうした環境で、インド人が自由にできる環境が出来上がってしまった。<br /> <br /> しかし、結局、自由にさせてもなるようにしかならないということ。<br /> それに、たまに繰り出す大きな対策で一気に好転することはなく、地道に関わってゆくことなしに物事は好転しないように思える。<br /> Thu, 16 Apr 2015 00:00:00 +0900 「自由」に価値を置かないインドの文化 https://w-jp.net/2015/161/ <br /> 自由とは選択できることである。<br /> しかし、インド人は「自由(選択できること)」に価値を置かない。<br /> <br /> 全て命令かつ一元的に物事をすれば全てうまく行くと思っている。<br /> <br /> 仕事だけに限らない。私生活においてもそうだ。<br /> <br /> 危険なことがあったとする。<br /> 例えば、自転車に乗るとかオートリクシャに乗ることを、禁止して物事を終わりにする。<br /> <br /> 「自由」に価値を置かず、危険だから「禁止」をする文化。少しでも危険なことがあると全て禁止にする。<br /> <br /> 自動車がボロボロで腰が痛いと言うと、他の車に変えるのではなく「それならば、使うな」という文化。<br /> 値段が同じであっても変えようともしない。<br /> <br /> 契約期間が半年など過ぎて他の車に変えることも出来た筈だが、何度要求しても無視して「うるさい。話すのは時間の無駄だ。命令に従え」という文化。<br /> <br /> これがインド人。<br /> <br /> インド人マネージャの下で働くのであれば覚悟した方が良い。<br /> インド人マネージャは、自分より役職が偉い日本人の言うことは「ぺこぺこ」してVIP対応で望むが、自分より役職が下の日本人に対しては見下して命令する。<br /> <br /> こういうことを書くと「インド人はそういう人ばかりではない」と言う人がいるが、それはその通りである。<br /> 私の環境ではこうだった、というだけのことである。<br /> <br /> 「ちょっと」工夫すれば物事がスムーズに進むのに、それをしようとしない。<br /> 選択肢がいろいろあるのに、その中でも微妙な選択ばかりをして、他の選択が出来るのにそれをしようとしない。その選択は自分で勝手にしてしまい、個人に選択をさせようとしない。<br /> <br /> 例えば、車などは次の契約期間にちょっと変えれば済む話なのに、その一手間をしようとせず、適当に決めた車を押しつけてくる。 いろいろ言うと逆にパワハラで「にやにや」しながら嫌がらせをしてくる。<br /> <br /> その「気持ちの悪い、見下した目つき」は、インド人マネージャの下にいたものでないと体験することはないだろう。何故なら、大抵の場合はインド人は自分より上の人にはぺこぺこ&ニコニコするので、普段はそういう姿を見せないからだ。<br /> <br /> <br /> 最初からこういう態度だったわけではない。<br /> <br /> 日本人社長からインド人社長になった瞬間に全てのインド人マネージャの態度が一変した。<br /> 「やったぜ」という顔や、「くっくっく」という気持ちの悪い笑いをこらえたインド人の姿を多く見た。<br /> <br /> 最初から、これを待っていたのだろう。そして、ようやく会社を丸ごと手に入れた。<br /> もう手に入れたのだから、日本人は不要である。出て行ってくれればいい。<br /> 後は、適当にパワハラなり不便なルールを作ってそれとなく嫌がらせして日本人に出て行ってもらえば良い、というのが見え見えである。<br /> <br /> その一方で、日本人マネージャや本社の部長たちには献身的にニコニコVIP対応を欠かさない。<br /> その点、徹底していて素晴らしい(皮肉)と思う。<br /> <br /> キックオフミーティングで新インド人社長が「この会社はこれから、インド人のためにインド人のための仕事を行う」と言ってのけるのだから、もう勝利を宣言したも同様だろう。<br /> <br /> そうしてインド人のための会社になり、インド人のやり方に置き換えるのであれば、そこに「自由」などいらないのだろう。<br /> 部下は命令したことに従えばよく、自由などいらないのがインド人のやり方。<br /> <br /> もしもこの背景が自由どうのこうのではなく、単なる嫌がらせだったとしても、どちらにしてもこのインド人の性根が腐っていることには違いがない。おそらくインド人一般に言えるのが自由に重きを置かない文化であり、このインド人はそれに加えて嫌がらせが入っていた、ということかもしれない。<br /> <br /> 当然、こんな状況を黙って見過ごすわけもなく、一旦会社潰すとか吸収合併という話もなくはないが、それはは経営判断であり、ここに書くようなことではないので省略する。 インド人社長やマネージャの抵抗があるとうまくいかないことが多いので、なかなか進め辛いのは確かだ。<br /> <br /> 参考までに書いておくと、商社などはたまに会社を潰して作り直したりする。 それはきっと、このように社長やマネージャー、および使えない社員を一掃して従業員と業務を移すのが1つの目的なのかもしれない、と今は思う。 表向きはきっとそうは言わないであろうが。<br /> Thu, 16 Apr 2015 00:00:00 +0900 情報を共有せずに仕事を進めるインド人 https://w-jp.net/2015/160/ <br /> 情報を共有しようとしないチームリーダー。<br /> スペックを理解できないチームリーダー。<br /> 内容をメンバーに説明できないチームリーダー。<br /> スペックを理解しないまま仕事をメンバーに振るチームリーダー。<br /> <br /> それでいて、本人は「とてつもなく優秀」という触れ込みである。 このような、自称優秀、あるいは、どこかの小さなグループにおいて優秀と称される技術者がたまに発生する時があるが、今回はそれが顕著だ。<br /> <br /> 結果、複数メンバーから「どうしてだ」の質問が山のように来る。<br /> それに対して、いちいち偉そうにインド人リーダーが答えるのを散見する。<br /> 普通に答えればいいものを、何故、本人も周囲も疲れるようなやり方しかできないのか。<br /> それよりももっと良いのは、あらかじめ情報を開示することだ。<br /> 何故、「とりあえず仕事を振る」というやり方しかできないのか。<br /> 必要な情報を「説明する」という手順が決定的にかけている。<br /> <br /> そんな感じで不明瞭な仕事の振り方を繰り返した結果、メンバーが数人会社を辞めてしまった。<br /> <br /> この、「説明をしない」というのは社風なのか、或いは、インド人に特有なのか?<br /> <br /> 仕事を振る時に、スケジュールだけがあって説明がほとんどない。<br /> それでいて、質問があれば上のような疲れる受け答えが待っている。<br /> <br /> インド人は権威主義的なので、「命令する際にその背景を知る必要はない」、という基本的な考え方はインド人の共通認識として存在するように思える。 ソフトウェア開発においては、指示通りに作ればよいという状況はまれで、背景を知らなければ全く違ったものに出来上がってしまう代物である。 そんな分野でインド人のやり方で進めたものだからうまくいかなかった、という説明には一理あるように思える。<br /> Wed, 15 Apr 2015 00:00:00 +0900 インド人の性急な判断 https://w-jp.net/2015/159/ <br /> これはインド人に限らず、日本人でもあるだろうが、その頻度が違う。<br /> <br /> 具体例を挙げる:<br /> <br /> 週末の休みの日に皆でリゾート(というと語弊があるが)に昼間だけ遊びに行く予定をマネージャが立てた<br /> アナウンスしたのは10日前<br /> こんな急に言われたのならば、既に予定がある人もいるだろう<br /> 結局、あまり人が集まらなかったようで、インド人マネージャから「お前ら、どういうつもりだ。リーダークラスやマネージャは立場をわきまえろ」という苛ついたメールが届いた。<br /> <br /> インド人ならこれでも問題ないのかもしれない。<br /> そもそも、土日の任意参加のイベントについてどうこういう神経が理解不可能<br /> 某日本人社長は「あいつの判断だからな」と言ってスルー<br /> <br /> ----<br /> インドではしょっちゅうこういうことがある。<br /> 1つ1つ取ってみると日本でもあるかもしれないことだが、頻度が違う。 Wed, 15 Apr 2015 00:00:00 +0900 北インドと南インド、どちらも嘘つきはいる https://w-jp.net/2015/158/ <br /> 北インドはわかりやすく騙してくる。<br /> 南インドは人なつっこく見えて誠実に見えるが、実は「巧妙に(分り辛く)騙してくる」。<br /> <br /> どちらにせよインド人であることには変わりがない。<br /> よく分らないのであれば、インド人を信用しないでおく方が良い。<br /> 全員が嘘つきというわけではないが、嘘つきの割合は北インドも南インドも変わらないように思える。<br /> <br /> 南インドの嘘つきインド人の笑顔に騙されている日本人によくよく話を聞いてみると、「インド人の表情はよくわからない」ということを言ってくる。 そうであるならば、インド人を信用せずにいる方が良い。<br /> よく分らないのに、笑顔だからと言ってインド人を信用しない方が良い。<br /> 見極めが付かないのであれば、信頼しない方が良い。<br /> <br /> 一部には、「信用すると決めたから信用する」と言う人がいる。<br /> ビジネスにおいてはスピードが重要であり、よく分らなくても決断するのはありだ。<br /> <br /> しかし、私の知っている人は「信用すると決めたのだから信用する」と言って、思考停止してしまっている。<br /> 思考停止はどうかと思う。<br /> <br /> そもそも、「決めた」という言葉には「確信」が足りない。<br /> 本当に自分で納得していないのに決めたのだということに自覚があるのであれば、その決断が本当に正しかったのかどうか見極めるモチベーションが働くはずだが、どうやら、某社の元社長はそこには興味がなかったらしい。<br /> <br /> もう決断を下したのだから、ということで思考停止をしてしまった。<br /> インド人はそもそも油断ならないのに。最初は良くても、途中で不正をすることは十分にあり得る。<br /> その監視を怠ってしまった。<br /> <br /> やがては、もめ事があった時に、本当は部下が正しかったと自身が認識しているのにもかかわらず、「○○マネージャを信じると決めたのだから、○○マネージャの決断を採用した」と言って、正しいことを曲げてまで嘘つきインド人を擁護した。 そして、本当は正しかった部下を「間違っている」とした。 これは行き過ぎだろう。<br /> <br /> このことにより、某社には、嘘つきであってもボスが正しい、という実績ができてしまった。<br /> 自分の正しさが証明されたと思っている○○マネージャは、勘違いを加速させてしまった。<br /> <br /> 結果、その時やり合った部下(インド人)は競合他社に転職してマネージャーに昇格し、今はかなりいいポジションにいるらしい。<br /> どちらが正しくて優秀だったのか、傍目には自明であるのに、間違いを正しいとしてしまったが故に優秀な人材を失い、嘘つきマネージャーが昇格した。<br /> <br /> インド人に嘘つきはいるが、優秀で誠実なインド人もいる、という例でもある。<br /> Wed, 15 Apr 2015 00:00:00 +0900 インド人の考え方:結果さえ良ければ過程はどうでもよい https://w-jp.net/2015/157/ <br /&g