シュタイナーの説く「境域の守護者」(同テーマ&時系列の前記事)

マインドフルネスな欧米企業と頭の回転を重視する日本企業の違い

2019-10-05
トピック: スピリチュアル

マインドフルネスな欧米企業には例えばグーグルなどがありますが、以下のように業務の効率を最大化しています。

  • 雑念を取り払い、彷彿状態(トランス状態)を作り出す。
  • インプットを「ありのまま」(雑念に囚われる事なく)受け取ります。
  • 必要な事項のみを(雑念に囚われることなく)高速に処理(論理思考)します。
  • アウトプットを「ありのまま」(雑念に囚われる事なく)作成・提供します。
  • 「思考していない状態」(マインドフルネス)を受け入れている。オンとオフの切り替えがうまい。
  • 行動よりも結果で評価。
よって、グーグルでは仕事は「とても楽しい」ものになります。

一方、多くの日本企業の場合は、以下のようになるでしょう。

  • 雑念の溢れる中で必要な事のみをピックアップする。例えば居酒屋などで世間話を挟みながら必要な情報を引き出す。
  • インプット(見聞きする事)に雑念が含まれる。思い込みや自分の拘りなどで入力データが曇る。
  • 雑念が論理思考を邪魔して正しい論旨を組み立てることに時間がかかる。雑念で論理が捻じ曲げられる場合すらある。
  • アウトプットに雑念が含まれる。思い込みや自分の拘りが含まれる。出力データが曇る。
  • 「思考していない状態」(マインドフルネス)は「働いていない」「怠けている」と判断されて評価が下がる。オンとオフの切り替えが下手。常に手を動かしていないと評価が下がる。
  • 無駄な頭の回転だったとしても動き続けることが評価される。結果での評価ではなく行動自体が評価される。結果主義(結果を評価する主義)ではなく努力評価主義(努力自体を評価する主義)。
  • そもそもマインドフルネスができないし、何なのか分かっていない。自分の思考や会話を止めたら雑念が止めどなく出てくるので思考を途切れさせるのを嫌がる。よって、マインドフルネスができる人のことを嫌う。思考を次々に出せる人こそが頭が良いと勘違いしている。
  • 結果、日本企業が益々マインドフルネスから遠ざかる。
  • であるから、日本企業の業務効率は改善しない。
ちょっと極端なこともありますし、そうでない会社も色々とあるとは思いますが、私の知っている限りではこんな感じだと思います。

日本企業ではマインドフルネスはいわば「敵」ですので、マインドフルネスを妨げるような行為、例えば騒音ですとか大声を出すとか、そういう行為も思いっきり許容されます。

悲しいくらい日本企業はマインドフルネス的ではありませんね。

■創造性とマインドフルネス
他から持ってきた理屈を論理思考することと、新しい事を創造するのはやり方が根本的に違います。

  • 他から持ってきた理屈を論理思考することは、一見すると「知識があって」「頭が良い」「頭の回転が良い」とみなされますが、それだけです。やがてはAIに取って代わられるかもしれません。日本企業で評価される頭の良さとはこれです。頭や口をフル回転させてグルグルと思考を動かし続ければ続けるほど「頭が良い」とみなされます。
  • 新しい事を創造するには、一旦「停止」する事が必要です。それはマインドフルネスです。思考を停止させ、自分の奥底から「出てくる」瞬間を「待つ」必要があります。その時、「何もしていない」期間が必要なのです。
後者は、時々異論があるかもしれません。「いや、世の中に出ている新しいものというのは、実際には昔のものの組み合わせに過ぎない」と。確かにそれは基本としてはその通りではあるのですが、2つのものが「組み合わさる」時は、組み合わせ方にセンスがいるわけで、そのセンスが生まれ出る根本のところがマインドフルネスなわけです。ロジックで生み出そうとする場合は組み合わせの何千もの組み合わせの中から最適なものを選ばなければなりませんが、マインドフルネスで答えを「内」から「出てくる」ことによりロジックを超えたところで「創造」することができます。

ここで色々と誤解があって、新製品を作った時の組み合わせ方すらも既に世の中にある応用だとすればそれはここで言う「創造」ではなく単なるロジックの組み合わせということになります。これは、後から見ると全てこう見える、ということもあります。後から見て分析をしたらその組み合わせ方は他の何かの応用でしかない、ということになることがほとんどです。ですが、ここでいう創造とはそういうことではなく、あらかじめ勉強したり知ることなしに「内」から「浮かび上がってくる」ものを意味しているのです。

多くの場合、組み合わせすらもノウハウ化されていて発明のノウハウ化などもされており、「組み合わさり方」すらも既に世の中にあるのであれば、そのノウハウを使って作った新製品や新サービスは一見すると新しい創造ですが、本当は創造ではなくて組み合わせて見た目を変えているだけです。まあ、一般的にはそれでも創造と言いますし商売では十分かもしれません。

マインドフルネス的な「創造」とは、もっと経験的で彷彿的なものです。結果としては似たようなものができてしまうかもしれませんが、全く新しいものができるかもしれません。その、創造の幅の広さがマインドフルネス的な創造のメリットです。

グーグルがマインドフルネスで新しい事を創造しようとしているのはそのレベルで何かを作ろうとしているのであって、組み合わせで見た目が新しいものを作り出すのであれば他の企業がいくらでもやれると思います。そのあたりが一流と二流の違いという事でしょうか・・・。

その筋の一流は瞑想をしてマインドフルネスを理解しますが、三流は瞑想をしないしマインドフルネスもよく分からないのだと思います。二流は何となく分かっているという人でしょうかね。

どちらにせよ、日本でマインドフルネスは当分理解されないでしょうし、やろうとすら思わないでしょう。日本企業の闇は深過ぎます。もう1世代変われば随分と違ってくるでしょうが。

日本の場合、アイデアは自分で浮かぶものではなくて奪うものになっているような気がいたします。以前少し会議のアイデアとオーラの関係について書きましたけど、本来、同レベルの人が集う会議で浮かび上がってくるアイデアに自分も相手もないのです。日本では飲み会などで相手のオーラをふにゃふにゃにして引き出してアイデアを奪うようなことが日常茶飯事で行われているような気が致します。そんな状況が続くとすれば今後も日本の状況はそうそう変わらないでしょうね。



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