ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想は五感を鋭くするサマタ瞑想(集中瞑想)

2020-06-19
トピックスピリチュアル

数年前に受けたゴエンカ式はヴィパッサナー瞑想(観察瞑想)と謳っていますが、実際には五感、特に皮膚の感覚を使った集中瞑想(サマタ瞑想)です。

ですから、ゴエンカ式をやればやるほど五感が鋭くなって細かな感覚に敏感に反応するようになり、それがコントロールできる範囲を超えてしまうと禅病の如く、怒りの沸点が低くてすぐにキレてしまうようになるわけです。

受けた時は何故にゴエンカ式を受けた人のエゴがそれほどまでに拡大して自尊心あるいは自虐心の塊になって他人に対してすぐにキレたり精神混乱になったりするのか理解できずにいました。

たわいのないことを言うだけですぐに大声を出してキレたり自己嫌悪に陥ったりする受講者を見て、なんだこれ・・・ と疑問に思っていたものでした。

今、数年経ち、その謎がほとんど解けたように思います。

ヴィパッサナー瞑想は五感を超えたものですが、ゴエンカ式は五感、特に皮膚の感覚でヴィパッサナー瞑想をしていると思い違いをしているのです。

皮膚の感覚をいくら敏感にしたところでそれは五感のお話で、それは本来なら分類するのであれば集中瞑想(サマタ瞑想)に分類されるのです。

受講した時はその辺りの言説が微妙に理解し難く思いましたが、そのように捉えてみるとゴエンカ式の説明の内容に納得がいきます。

ゴエンカ氏は瞑想はしておりましたがヴィパッサナーの領域にまで達したのかあるいは達しなかったのか、それは分かりません。本人が到達していてもうまく伝えることができなかった、ということはあります。ですが、少なくともあそこで行われているのは単なるサマタ瞑想(集中瞑想)であって、ヴィパッサナー瞑想ではありません。

こんなことを本人たちに言っても激しく否定されるだけでしょうから、そんな野暮なことは本人には言いませんけどね。そもそも私がゴエンカ式を受けたことすら他人に言いたくはないほどゴエンカ式の人はエゴが増大して、「私も受けた」とでも言おうものなら自分の優越感が傷つけられたかと思って私を精神的に延々と攻撃してくることすらありますから、ゴエンカ式を受けたなんて言わずに単に他人のゴエンカ式経験者に対しては「そうなんだ。どうでした?」というくらいにしておいて、自分が受けたことを言わない方がいいと思います。ゴエンカ式を受けた人でめんどくさい人が多すぎます。

ヴィパッサナー瞑想は五感を超えているのに五感がその入り口なのかどうかというと、確かに最初はサマタ瞑想(集中瞑想)で心を落ち着かせる必要があります。ですがそれはあくまでも集中瞑想なのであって、ヴィパッサナー瞑想ではありません。

思うに、そうそうヴィパッサナーなんて辿り着かないのですからヴィパッサナーなんて言う必要すらないと思います。あそこで行われていることのほとんどはサマタ(集中)瞑想に属することです。

ヴィパッサナー瞑想は各種の流派がありますが、ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想だけが皮膚の感覚をヴィパッサナーだと思っているわけです。

他のヴィパッサナー瞑想は基本的に次のように考えています。

ヴィパッサナー瞑想は、思考を止めて、事実をありのままに観ることができれば、一切のドゥッカ(苦)から解放されるだろう、という理論に基づいています。「ブッダの瞑想法(池橋優雄著)」

これは、半分はサマタ(集中)瞑想のことです。サマタ(集中)瞑想をしてからヴィパッサナー瞑想に入るのです。ミャンマーのマハーシ長老によるヴィパッサナーも同様のようです。

確かに、ゴエンカ式でも似たような段階が取られています。最初の3日くらいは息を観察するサマタ瞑想、そのあとはヴィパッサナー瞑想だと言っていますけど、実際のところは両方ともサマタ瞑想(集中瞑想)であるわけです。そこがゴエンカ式の大きな勘違いです。ヴィパッサナー瞑想だと思ってやっているのは実際はサマタ(集中)瞑想なのです。

ヴィパッサナー瞑想の流派の中には、手法として体の感覚を観察するという瞑想をする流派があります。しかしそれはヴィパッサナー瞑想に入るための方便(手法)ですので、それ自体がヴィパッサナー瞑想ではありません。

流派としてヴィパッサナー瞑想をしていて、最初に体の観察をする瞑想を教えられたからと言ってそれがヴィパッサナー瞑想であるとは限らないですし、流派によっては、最初からヴィパッサナー瞑想を教えてもわからないからヴィパッサナー瞑想っぽいサマタ瞑想をヴィパッサナー瞑想として教えているところがあります。本人に気付かせるという意図があるのかもしれませんね。全てをわかっていながら皮膚の感覚をあえて本来の意味とは違ってヴィパッサナー瞑想だと言っているところもあるということです。

そんな中、ゴエンカ式だけが皮膚の感覚をヴィパッサナーだと思っています。

ここが、ゴエンカ式とその他の流派の違いです。

ですから、ゴエンカ式をしたところで五感が鋭くなるだけで混乱し、エゴが拡大して他人にキレやすくなるわけです。