悪というものが何なのか見極める


原始的なスピリチュアルを利用して他国を思想的に侵略して骨抜きにするということが諜報部によって行われてきたわけですけど、もちろんそれをやっている国は自分で「そうです。工作しています」なんて言うわけありませんので、各自が自分で判断するしかないわけです。自分が「そんなのはない」と思うならそう判断すればいいだけのことです。

実際のところ、そのように工作があるかどうかの判断以前に、もっと簡単な判断基準があります。それは、相手が悪なのかどうかを判断する、ということです。

スピリチュアルな人は悪もワンネスとか言いたがりますけど、それはとてつもなく高いレベル、アートマンとかブラフマンとかいうレベルではそうですけど、そのレベルからみると、悪を成敗してもワンネスだし、悪を成敗しなくて悪が蔓延ってもそれすらもワンネスなのです。どうせどちらもワンネスなら悪を成敗した方が良いでしょう。そのくらいの簡単なお話なのに、スピリチュアルの悪しき思想で自分の行動に制限をかけてしまっている人は「悪を成敗する」という簡単なお話が理解できないどころか、「なんて酷いことをするのだ」と、悪を擁護したりするわけです。

本当にスピリチュアルを理解しているのならば、物事は全て無常であって究極的には善も悪もなく、ただこの現世の夢幻だと理解しておりますので、であればこの日常を清く正しく生きようとしますから、そうなれば、自然と悪は成敗するということになるわけです。

こんな簡単なことも理解できないでスピリチュアルにハマっている人は、悪というものが何なのか理解できていないわけで、そのように、悪というものを理解しないで生きているといつか悪に全てを奪われて捨てられることになるわけです。

国であれば、国土を奪われ、放浪の民になるわけです。ほんの少しの理解がなかっただけでそうなる危険性があるわけです。

それは「悪」というものが何なのか? そのことを理解せずに、「自分が相手に同情すれば相手もまた同情してくれるだろう」みたいな世間知らずの考えで悪に色々と与えてしまえば、悪は手に入れたが最後、二度とそれを返そうとはしませんから、例えば土地を一度手に入れたら二度と返そうとしませんし、日本の文化に同化しようとも思わないですし、日本人は邪魔だからどこか世界にでも出ていけ、とさえ思うわけです。

こういうことを言うと「なんて酷いことを言う人なのだ」とか言う人がいますけど、実際、そう言うことがモンゴルや香港、チベット、ポーランドで起こったのに日本は大丈夫なんて思うのはお花畑すぎやしませんか。

日本人の多くは「悪」というものを知らない、世間知らずなわけです。

悪、と言うのは暴力を振るう人ではありませんよ。そこが勘違いです。

悪、とは、表面上はにこやかにしているけれども、いざとなれば怒鳴ってキレて自分の権利のために相手をどん底にまで叩き落として粉々に粉砕して全てを奪おうと裏で考えている人のことです。

日本人は、悪と言うものが何なのか理解していないのです。
輝いていて立派に見えていても悪というのは存在しているのです。

その一方で、悪ではない人、本当に立派な人もいます。
そのあたりの区別が、目が曇っているとわからないのですよね。

日本は、特に政治の面で大阪の維新の会とか旧民主党とか色々なところで侵略されていますけど、それもこれも、国民が悪というものを理解していないからだと私などは思います。

この状況は、国民が悪というものをそれなりに理解し尽くすまで終わるでしょうね。
理解なしに、ただ単に天誅でそのような悪を排除したところで国民一人一人が賢くなって悪を排除するようにならなければまた同じことが起こります。

その理解のために、今のように外国の工作員が好き放題している現状は必要悪なのかもしれませんね。

ですけど、このままいくと、例えば東京都武蔵野市の外国人選挙のように酷い意味不明な状況になって急激に売国化が進むことになりますから、ある程度の手立ては打つ必要があるとは思います。

ですけど、大勢としてはこのままの状況を容認して、国民の意識が目覚めるしか売国奴を減らす方法はないように思います。

もしも売国奴に国を奪われたら、最悪、ユダヤ人のように国を持たない民族になって南米にでも移住する人が増えるかもしれないですよね。

そんなことあるわけない、とでも思っているのでしょうか? であれば世間知らずですよ。

今、自由を謳歌している状況を一人一人が守ろうとしなければ、そうなっても不思議ではないということです。