クリヤ・ヨガ的なナーダ音の解釈

2019-01-02
トピック:スピリチュアル: ヨーガ

この記事は 「アナハタ・ナーダの聖音とクンダリーニ」 の続きです。

■クリヤ・ヨガ的な解釈
Swami Shankarananda Giri著の「Kriya yoga Darshan」には以下のようにあります。

  • (瞑想中に見える)光は物理的な体(Gross Body)の反応によるもの。振動はメンタル(アストラル, Astral)に属するもの。そして音はコーザル体に属するもの
  • 音は5つのエレメントの1つである無(Void, 虚無,Vacuity,空)から来る。
  • この音が聞こえるようになれば、もはや外部の雑音に影響されなくなる。
  • 光、振動、音は5つのエレメントである火(Fire)、空気(Fire)、エーテル(Ether, Vacuity)にそれぞれ対応している。他の2つのエレメントである水(Water)と地(Eatrh)は物理的な体に対応している。火はそれ自体で顕現することなく、何かの燃料を投下する必要がある。内部あるいは外部の光を作り出すことにより過去の行動や考えの結果作られたカルマを焼くことができる。
  • 瞑想の目的は光(物理的な肉体に対応, Kalatitam)、振動(アストラル体に対応, Bindu)、音(コーザル体に対応, Nada)の先に行くことにある。最終的な状態(Paravastha)では光も振動も音もない。光、振動、音は精神的修業(サダナ)の初期の段階では重要だが、サットヴァ・ラジャステ・タマスの質の先の段階に進めばそれは重要ではなくなる。光、振動、音は我々の日常生活から意識を解き放つために必要な助け舟であり、光や色などを頼るのは、とある段階では非常に重要になる。
それぞれ3つの体に対応しているという解釈は初めて見ました。他で見た記憶がありません。

雑音に影響されにくくなるのは、確かにその通りだと思います。周辺の物理的なノイズが多くても内部のナーダ音に耳を傾ければ心境はあまり影響されません。それでも、静かな方が集中できて良いのは変わらずその通りではありますし、ナーダ音が聞こえていたとしても、特定の周波数というか特定の高音だけ異常に頭に響いて頭にダメージが来るので、一般的に雑音に影響されなくなるとはいえ、やはり瞑想は激しい刺激がないような静かな環境で行う方がいいと思います。例えばドアがうまく閉まっていなくてカタカタなっていて、時々大きくカタンと鳴るような音が私は苦手です。

明確にナーダ音だとは書いてありませんのでもしかしたらナーダ音とは違った音のことを意味しているのかもしれないと思い、アシュラムでクリヤ・ヨガガを長くやっている人に聞いてみたところ、別の書物のことですから明確に「同一だ」とは言わなかったものの、「その音を聞いたところで精神修行(サダナ)に妙味を加えるくらいで、特に意味はないものだ」、という話と、「その音を聞いたのであればその音がどこから来ているか探ってみると良い、もしかしたら肉体の音かもしれないし、チャクラかもしれない。しかしチャクラの音は最初は聞こえない」、という話でしたので、他の流派でもナーダ音について似たような質疑応答があって瓜二つなので、やはりこれはナーダ音を意味していると判断しました。

光でカルマを焼くいう解釈は初めて見ました。確かに、ヒンドゥ教のプージャ(火の浄化の儀式)ではカルマを浄化するようなことが言われていますし、真言宗の護摩やその他の仏教でも火の儀式はカルマを燃やすという解釈は度々見るところではありますが、瞑想中に見える光でカルマを焼くとはちょっとした発見です。確かに、宗教の火の儀式が人間の内部で行われている精神的活動を象徴するものだとすれば瞑想中に見える光でカルマを焼くというのは理にかなっています。文面は解釈が2通りできて、火を燃やしてカルマを焼く(燃料は別にある)のか、カルマ自体が燃料なのか、どちらかなのかはこの文面では分からないですが、どちらにせよカルマを減らすことができそうです。クリヤ・ヨガをやっている人に聞いたら、この種の火はマニプラチャクラ(ソーラープレクサス・チャクラ)で出るそうです。その火と光との関係がどこまであるのか微妙です、というのも、「これから先は体験してみるように」、と詳しい人から回答があったので明確な答えはその時はもらえませんでしたので。

とある流派では単に「瞑想中に光や音を聞いても重要ではないので無視すること」と教えているのに対して、クリヤ・ヨガでは(ある段階までは)それに頼りなさい、と言っています。私としてはこのクリヤ・ヨガ的な解釈の方がしっくりきます。そういえばハタ・ヨガ・プラディーピカにもナーダ音を使った瞑想方法が書かれてあったのを思い出しました。そうとなれば、やはり無視するよりは(とある段階に達するまでは)きちんと頼った方が良さそうですね。

ここでは音だけにフォーカスしていますが、その前段階の光や振動にもフォーカスされていて興味深いです。私は心のイメージを使った瞑想が苦手というか、そもそも光もあまり見えないしイメージも苦手な方なので心のイメージを使った瞑想はしてこなかったのですが、それが得意な方もきっといらっしゃると思います。振動の瞑想ってあまり聞かないですけど、例えば、マイナーな例になってしまいますけど霊動法とかがそうなのですかね? 私は霊動法の経験はないので見当違いかもしれないですけど。或いは、滝行などでブルブルっと震える修業とか? でも、滝行はちょっと違うかな。私の場合、ヨガのプラナヤーマやアサナで(おそらく)ある程度浄化されてからナーダ音にたどり着いたので、他の道のことはあまり分からないです。きっといろいろなやり方があるのでしょう。

ちなみに、シバナンダ系のスワミに聞いたら「音は無視してチャクラ(アジナチャクラ)に集中して瞑想しなさい」と言われましたが、同じ流派の文献を読むと2通りの解釈があって、「色や音は無視しなさい」というのが瞑想系の本「Meditation and Mantra (Swami Vishnu-Devananda著)」に書いてある一方で同じ著者の「ハタ・ヨガ・プラディーピカ(Hatha Yoga Pradipika、Swami Vishnu-Devananda著)」にはナーダ音によって最終的なサマーディに導かれる、という内容が解説されています。もしかしたら意識の成長段階によって何が良いのか違うのかもしれませんね。