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創造と破壊の意識は必ず全体意識になる

2020-12-27 00:00:00
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

創造と破壊(と維持)の意識が個としてのエゴを優先させることはあり得ないと思います。

創造(と破壊と維持)の意識とはそのまま宇宙意識とも言えるような広大な広がる意識であり、その時、「個」としての意識は片隅に追いやられています。

広い意識が先に来るのであって、その時、個の意識を優先させるなんてことは有りえませんね。

よく、宗教家が「個を優先させるのか公を優先させるのか」みたいなことを言いますけど、これはどちらを優先させるとかそういうお話ではなくて、絶対的に「公」が先に来て、「個」は隅に追いやられた状態になります。

ですから、別に、「創造と破壊(と維持)の力は強大だから個より公を優先させなくてはいけないな・・・」みたいに頭でどうこう考える必要は全く無くて、意識そのものが最初から「公」ですから、考えることが全て自動的に「公」になるわけです。

その意識と離れると個の意識が復活してきますので、そうなったらそのような質問や考え方も存在するようになりますが、創造と破壊(と維持)の意識と一体になっている時はもはや意識の9割が公で占められることになるわけですね。

ですから、創造と破壊(と維持)の意識と共にあるときに個を優先させるなんてことはあり得ないです。

しかしながら、まだその意識が不安定な場合においては、何かを公に基づいて判断したとしても個の意識に戻ってきた時に判断を誤る、ということはあるとは思います。その場合、生活の中で100%ずっと創造と破壊(と維持)の意識と一体になっているわけではありませんから、一体になっていない時に個を優先させないように気をつけましょう、ということであればそれは注意すべきとは思います。

とは言いましても、創造と破壊(と維持)の意識が深まるにつれ、あまりこういう心配は減ってゆくようにも思います。



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