アストラルのサマーディからカラーナ(コーザル)の次元のサマーディへ

2021-08-27 記
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

サマーディ(三昧)はヨーガ大家の本山博先生によればアストラルの次元とカラーナ(コーザル、原因)の次元とプルシャ(神霊)の次元とでそれぞれ異なるとのことです。

ヨーガでいうとサマーディとは単なる合一で、ヨーガ・スートラで述べられているように集中・瞑想・サマーディ(三昧)とありますけど、本山博先生によれば、アストラルの次元とカラーナの次元、そしてプルシャの次元でそれぞれサマーディが起きて成長してゆくので、細かく見れば3x3の階梯があるとのことなのです。この視点がないと、アストラルの次元でサマーディが起きたからと言ってゴールに達した、みたいな勘違いが生まれたりもするようです。

そして、アストラルのサマーディの場合は時空にまだ制限されていて、それなりに時空を越えることもできるけれども基本的は制限されていて、全体はわからない場合が多いとのことです。

これは、私の今の状態に一致するように思います。

これを超えてカラーナ(コーザル、原因)の次元になると「心が物理的次元の肉体や、アストラル次元の感情、想像の束縛を離れて自由となり、物事をそのままにみられるようになる」(本山博著作集8より)とのことです。

となれば、私は最近になってようやく時々この境地に達することができていて、特にサハスララにオーラが充満した時の瞑想中にこのような状態になって理知的な働きのみが動く状態になるように思います。それは主に瞑想中にだけ起きていて、普段はアストラルの次元のサマーディで生活しているように思いますけど、カラーナの次元のサマーディは瞑想中にのみ達することができているようです。

これをも超えて「プルシャとの合一としてのサマーディ」の段階があると本山博先生はおっしゃっていて、その段階になると物事が現れる前の状態がわかるようになると言い、それは言葉としては現れる前の状態とはいうものの、実際には、各種の未来の可能性や過去の出来事も含めて同時に全てがわかるようになるとのことです。

サマーディによって現れてくる状態はこれだけではないですけど、これらのヒントを元に自分の状態を当てはめてみると、どうやら私はアストラル次元のサマーディに普段生きていて瞑想中に時々カラーナの次元に到達できているようです。

ただ、この文脈的にはプルシャの次元は一度も垣間見たことがない気も致しますが、別の記述を見ますとプルシャの次元に該当する気もして、ちょっと微妙な感じでもあります。このような流派独自の表現についてはその流派の方に聞くのが一番いいのかもしれませんけど、本を読む限りはちょっと謎が残ります。