昔、瞑想中に度々そういう状態に一時的になることは前からよくありましたけど、最近は、普段の生活において体の感覚が希薄になってきました。
自分の体や周囲の目に見えるものが幻であるかのように思えてきました。
そのこと自体はスピリチュアルやヴェーダンタが言うように「この世は幻」と言うことではあるのですけど、知識自体は30年以上前から良く知っていて、「まあ、そうなんだろうな」とずっと理解していて、もはや常識みたいに「そうなのでしょうけど」と思ってはいたのでしょうけど、最近になって、こう言うことか、と言う自覚が出てきました。
体の感覚が希薄になって、希薄になったところをふと目で確認してみるときちんと体はあるのですが、あるのは五感としての皮膚の感覚だけで、「存在」としての感覚が希薄になっているのです。
それはどう言うことかと言いますと、おそらくは、「存在」としての自分の形を心の中で作っていて、それが体の全体に対して、濃淡はあるもののそれなりに体の各所に対してその「存在」が満ちていたように思うのです。それはいわゆる普通の「私」としての自覚および感覚であって、「私」と言う個体が切り離されていると言う自覚の大元になっているものが私の体の形に似たものとして肉体に重なって存在していたように思います。
その、「私」の感覚が、最近はとても希薄になっていて、スカスカの状態になっているので、五感としての感覚はあるのですけど、それ以外の、今まであった「私」と言う感覚における体の感覚があまりない感じなのです。ふと「あれ?体がないかな?」と思って見てみるときちんと存在はしていて皮膚で何かに触れるとその感覚があるときちんとあるので目で見えている体はきちんとあるようなのですが、自分の肉体に重なって存在していた、いわゆる「私」と言う感覚が希薄になっているように思います。
今の状態は五感が割と鋭くなっていて皮膚の感覚は以前よりもダイレクトに入るようになってきていますので、五感という意味では希薄になっていなくてむしろ鋭くなってはいるのですけど、ここで言っているのは、目に見えずに肉体の私に重なって存在していた「(割と重い)私」と言う感覚が希薄になってきているということです。
よくスピリチュアルでは、肉体がなくなる前にオーラが先に抜けるとか言いますけど、死ぬ前兆だったのだとしたら嫌だなとはちょっとは思います。手足がなくなる前兆だとしても嫌ですけど、とりあえず、感覚的には死ぬこともなさそうですし手足がなくなるわけでもないかな、と思っていますけど。どうでしょうね。体の感覚が希薄になったからといって特に生活に不都合なくて、むしろ快適ではあるのですけど、ちょっと先がまだ見通せないので多少の心配がなくはない、と言ったところです。
体の感覚が希薄になるのと同時に、意識が周囲の数mにまで広がってきて、周囲の空間が何かに満たされていることを感じています。それと同時に自分の体の感覚が希薄になってきた感じですので、まあ、こんなものかな、と今は思っています。