「いかにして高次の世界を認識するか」(ルドルフ シュタイナー 著、松浦 賢 訳)の訳者あとがきによると、霊的な訓練を行うには大きく分けて三つの流れがあると言います。
・インド系
・キリスト教系(グノーシス系)
・薔薇十字系(神智学等)
インド系は自我を消し、全てをグル(師匠)に委ねます。
キリスト教系は、キリストの鞭打ちや十字架の磔などを想像して追体験します。この時、キリストが究極のグル(師匠)とみなされ、人間のグルは仲介役になります。特に感情の強い人に有効とのことです。
薔薇十字系では自我と自由と自主性が重んじられ、グルは存在せず、友人として助言する師がいるだけとのことです。
どちらにせよ最終的には慈悲の心や人類への貢献の気持ちが芽生えるとのことで、最終地点は同じのようです。
私はインド系とスピリチュアル系の中間くらいな感じです。必ずしも全てグルに委ねているわけでもなく、というか、確固としたグルがいるわけでもなく、それでいて基本はインド系で自我をなくす手法を取りつつも方向的にはスピリチュアル系です。私自身はインド系かなと思っていましたが、グルに委ねないという点で、私はその点では薔薇十字系なのかもしれないです。
キリスト教系は私自身はしたことがありませんが、イエズス会の創立者の1人の書いた「霊操(イグナチオ・デ・ロヨラ 著)」という書物には具体的な瞑想方法(修行方法)が書かれてあって興味深いです。
スピリチュアル系がどれに入るのかは微妙なところですが、どちらかというと薔薇十字系(神智学等)になるのだとは思います。スピリチュアル系はいいとこ取りなので、良いところはどれでも取り入れるのだと思います。自我をなくすと言ってもグルに委ねるわけでもなく、キリストの追体験をして神を知ることをしているスピリチュアリストもいますし、自我と自主性を重んじるスピリチュアリストも大勢いますので、薔薇十字系6割+キリスト教系2割+インド系2割、というところでしょうか。肌感覚的なものですが。