悩みも所詮はゲームの1つ

2020-05-26 記
トピックスピリチュアル

人生にはもともと悩みなんてないですけど、悩むというゲームを皆さんでしているだけです。

盲目にならないと夢中になれないですし、盲目にならないと悩むなんてこともできないです。もともと清々しいですが、没入感みたいなものは盲目になるからこそ熱中できるわけです。

スピリチュアルでは「盲目をやめましょう」とか「清々しく」とか言われていますけど、確かにそれは本来の姿ですけど、単に今の皆さんは一緒になって悩むというゲームをしているだけですので、実際はあまり心配することでもないと思います。

スピリチュアルな人が「このままだと地球ガーー」とか「悩みの想念ガーーー」とか言って煽ってますけど、煽って楽しいの優越感でもあるわけで、やはりそこにも「分離」の意識が働いているわけですね。

悩んでいる人は楽しくて悩んでいるのです・・・ というと語弊がありますが、本来のスピリットは悩みという状態を観察したくて肉体の三次元の意識が悩みという状態に囚われているわけです。

確かに、その状態に長くいると元の状態に戻れなくなったりしますので、元の状態を取り戻すためのスピリチュアルというのはありです。

ですが、それは分離の意識とかではなくて、人生は全てどちらも正解であるけれども、再度、自由で選択のある状態に戻っていこう、というお話であるわけです。

悩みだけでなく、熱中して没入感と共に楽しめるのがこの三次元世界であるわけです。所詮はゲームです。