後頭部が脈打ち、鼻頭がピリピリする

2020-07-03 記
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

最近の瞑想ではの各所に反応・感覚が出ているわけですが、特に最近は後頭部が脈打って、鼻頭がピリピリするようになりました。

瞑想中にマントラを唱えると特にその反応が出ます。

古代のマントラを唱えると頭から下半身まで満遍なく反応が出て特に下半身に強く出るので最近は古代のマントラは数回唱えるだけにしていて、最近は「アジカリムン(アヂマリカム)」がお気に入りです。

このマントラを唱えると後頭部のあたりに反応が出てグリグリと動き出しそうな感覚が現れます。

時々、試しに後頭部の中で筋肉を動かして水平に回転させたり横に寄せてみたりしてストレッチっぽいこともしてみています。後頭部の下の方がやりやすいですが、それより少し上のあたり、つむじの内側辺りでも同様に脳内ストレッチしてみたりしています。

そうして日々の瞑想をしていたら、血行が良くなったのか何なのか、後頭部の、つむじの少し下寄りの表面近くで脈打つ感覚が現れるようになりました。

以前から何度か、うなじや各所で脈動を感じることがありましたので似たようなものかなとは思います。

おそらくは、もともとそのあたりでエネルギーが滞っていて、エネルギー的にその箇所が活発になったのかなと思います。瞑想の効果ですね。

視界にも変化が現れていて、最近は基本的にいつもヴィパッサナー状態ではあるのですがその濃淡といいますか見え方には微妙な違いがあって、具体的には自分の意識がクリアであればあるほどはっきりと視界が細かくスローモーションで感じられます。補足しておきますと、時間が遅くなるわけではなく細かいコマでスムーズな動きで感じられるということです。それを比喩的にスローモーションと表現しています。

瞑想で脳が活性化すればするほど視界が細かいコマで感じられてスローモーション画像のように細かいコマをリアルタイムで見ている感じになるわけですね。時間経過は変わらないですが感覚的にスローモーション動画のように意識には認識されるということです。

それは意識の状態に対応していて、ちょっと眠気があってぼっとしている時はそれなりの認識ですし、瞑想後にはっきりとした意識の時ははっきりとしたコマで視界が認識されます。

その辺りの認識と、脳のあたりで脈打つ感覚が連動しているのがよくわかります。瞑想で頭が活性化すればするほど認識が細かく微細になるわけです。

認識が微細になるためには意識が静まる必要があるわけで、スローモーションで認識されたからと言ってそれで意識が特別に活性化するわけでもなく淡々とした・・・ というと語弊がありますが、意識は活性化しているのですが、それは激しい意識や感情を目的としたものではなく、一瞬で認識が入ってきて一瞬で識別するという瞬間・瞬間が連続するということです。

ですから、最初ヴィパッサナーが始まった頃は割と驚きと物珍しさで意識が多少高揚しましたが、慣れてきた今は割と淡々と識別を行っている感じです。

そうしてヴィパッサナーに慣れてきた今は、更に脳が活発化してきて、脈打つこともありますし、鼻頭がピリピリすることもよくありますけど、それも慣れたもので、違和感がなくなってきています。

このくらいになると瞑想始めた頃のようなワクワク感による期待というのはほとんどなくなってはいますけど、おそらくはまだ先の境地があることがよくわかりますので、違う意識における期待というのは多少はあります。それは一般的に言われているような期待とは違って予測に近いもので、期待するというよりは予測が感じられて、予測を感じた意識が「はい。そうですか」と思っているだけですので、それを期待と言えばそうなのかもしれないですけどよくある一般的な期待とは異なるものです。

細かい変化ですけどまだ先があるということがわかります。

この種の脈動やピリピリという感覚はその人の状態を知るための「ヒント」あるいは「しるし」として使えそうですね。