イギリスでスパルタのスピリチュアル教育をした記憶

2020-11-30 記
トピックスピリチュアル

夢や瞑想で見たお話ですので本当のことかはわかりません。

私のグループソウル(類魂)の記憶を辿ると、中世のイギリスで、とある広い敷地の館でスピリチュアル講師をしていた魂の片割れがいました。いわゆる魔女で、女性として生きていました。霊視や未来予知などができるよくある魔女でしたが、とある弟子を取って、修行させていました。

その弟子はたしか貴族の若者で、スピリチュアルなことに興味があって、能力開発をしたいということだったかと思います。

最初は瞑想をさせて、邪念を捨てさせることから始めました。
暗闇の中でろうそくを眺めさせたり、誘導瞑想をしたりして心の闇を取り除いていきました。
次第に精神はクリアになり、弟子はその度に喜んだものでした。
このような晴れやかな気持ちに達したことはない、素晴らしい、嬉しい気持ちだ、と言われたことを覚えています。

何年か、5年か8年くらい長く修行したでしょうか。それでようやく、晴れやかな気持ちに達したのです。普通に人生を健康的に過ごすにはそれで十分で、その方はそれでも良かったかもしれません。

私は未来が見れましたので、その弟子がその人生で、自身が面倒を見れる間に達することができる境地のゴールが見て取れました。かなり精神的には健康的にはなりますが、霊視までにはたどり着かないようです。私は最初からなんとなくは分かっておりましたが、最初から言ってしまうと修行を辞めてしまうこともわかっておりましたので言わずにいたのですが、修行するにつれてその結果が確定に近づいてゆきました。これ以上、このまま続けたら予定通りの結果にしかならない・・・。

そこで、ある程度の晴れやかな境地に達した段階で私は提案をしました。
「私は未来が見れるから、貴方の今生で行き着く境地がわかります。残念ながら、今のままでは霊視にまでは到達しません」
それは最初からわかっていたのですが、最初から言ってしまうとやる気をそいでしまうために言わなかったのでした。

更に次のように言いました。
「もし、今生で2つの人生分の修行をしたいなら、厳しくしなくてはならない・・・」
このことを、何度かの修行で度々繰り返したように思います。
しかしながら、実際に行うまで、その意味を弟子はきちんと理解していなかったように思います。

度々、同じことを伝えます。

「このまま続けても良いですが、もし、貴方が厳しい修行を望むなら、そうしても構わない。だが、それは私も辛いし、何より、貴方も辛い思いをします。私は貴方にそのような辛い思いをしてほしくはないけれど、厳しくしなければ、貴方の今生では修行は完成しません・・・」

そのような説明を繰り返し、やがて、その意味を汲み取ったのか、小さく「はい」と答えるようになりました。

その覚悟のなさを見て、私は「それは本当? 厳しいというのは、言葉遣いも辛いものになるのよ。貴方に命令をして、ここがだめ、そこがだめ、なっていない、こうしなさい、と、とても強い厳しい言葉で言わなくてはならない。そうしなければ1つの人生で2つの人生分の修行なんてできやしないわ・・・。これは、貴方自身が決めること。貴方がやると決めたのならば、私はそれに応じてあげる。 でも、このまま続けたとしてもそれなりの境地に達するでしょう。しかし、来世も私が面倒を見れるかどうかはわかりません。貴方も修行ができるかどうかはわからない。私はできれば今生で達成させてあげたいわ。」

そして、それを休憩時間に紅茶を飲みながら度々説明したのでした。時には、その厳しい言葉遣いをやんわりと真似したりしました。
その時、弟子の顔に厳しい顔が浮かんだのを覚えています。

やがて、何ヶ月か後でしたか。覚悟は足りないと思われるものの「決めました。修行させてください」と言ってきました。
それを見て、「わかった。今日はほんの少しだけ試しましょう」と言ったのです。
そして、半分は普通の優しいリラックスの誘導瞑想やその他の儀式を。もう半分は、厳しい修行を行いました。

今でも受け継がれている、イギリスのスパルタ式スピリチュアル訓練はおそらくこのあたりにルーツがあるように思います。

私はまず、自分のエネルギー(オーラ)を弟子の主に下半身から満たして意識を高揚させました。
それだけで弟子はそれなりに満足しましたが、それはまだまだ入り口に過ぎません。

弟子は、師匠のエネルギーを受けて満たされただけで多少は満足してしまうものです。しかし、それだけでは全然足りないのです。

その状態で霊視をして、エネルギーが通っていないところを指摘します。「エネルギーがお腹に満ちていない! 集中しなさい! オーラが揺れています。オーラを安定させる!」など、細かく状態を次々に指定し、指摘したことができないと「できていない! ◯◯すること!!」と何度も強く言い、できるまで何度も言い続けたりしました。それでできることもあればできないこともありましたが、構わず指摘し続けたのです。

弟子は、師匠のエネルギーに満たされて彷彿と満足感を感じつつも厳しい言葉で自分の至らなさを認識するのです。

というのも、弟子は受け取ったエネルギーをうまく使うことができないのでオーラはとても揺れていますし、その分、エネルギーが漏れて行ってしまっているのです。エネルギーの満足だけで終わりがちですが、しっかりとした師匠はそんな甘い弟子の態度を許しません。

エネルギーが体のどこに通っていてどこに通っていないのかを見極めるのは重要で、自分で分からなければ指摘してもらう方がいいのですが、指摘できる人はあまりいないように思います。体にエネルギーが通っていない部分があればそこに意識を合わせてエネルギー(オーラ)を通わせることとオーラの安定を基本に教え、実践させました。

弟子はオーラの安定もなかなかできませんし、エネルギーを下から上に上げることもなかなかできませんが、普通にリラックスして瞑想するよりはそのようにスパルタ式で指摘し続ける方が実際のところ成長は早いのです。ですけど、弟子はそれに我慢して頑張ってはいるものの、どこか涙が出てきてしまい、その涙を見て私ももらい泣きしてしまいそうになります。ですが、弟子が涙をこらえながら頑張っているのに先生の私が泣く理由にもいかず、涙を浮かべてこらえながら指導したのを覚えています。

やがて、何年かしてもまだ霊視ができない弟子は、度々諦めることもありました。約束の授業の時間になっても何週間も無連絡で欠席し、落第かと思われたこともありました。

そのような時は、手紙を書いて、貴方ならできるから、頑張って訓練しに来なさい、という思いを伝えたものでした。

そのような挫折を繰り返し、精神的にも強くなり、エネルギーの安定度も上昇具合も良くなってきました。

それは少しずつの進歩でしたが、エネルギーがお腹のあたりから胸のあたり、そこから喉のあたりへと少しずつ上がって行くにつれて、現在のエネルギーの状態はこうなっている、もう少し頑張るのよ! ということを伝えながら一緒に修行したことを覚えています。

胸のあたりにまでエネルギーが上がったことで一旦は修行の峠を超えたように思います。それからでも厳しいことを言ったりもしましたが、その度に、「厳しいことを言っているように思うかもしれないけど、最初の頃の下半身でエネルギーが止まっていた時に比べればかなり良くなっているのよ。それは自分でもわかるでしょう。だから諦めずに、途中で辞めることなどせずに、修行を完成させなさい。」と言って励ましたりもしました。

ただ、胸から喉に上げるのがこれまた一苦労で、なかなかエネルギーが上昇して行きませんでした。

そこでまた、挫折しかけました。しかし、弟子は細かな成長までは気付いていなかったようですが、かなり進歩してきていること及び現在の状況をきちんと伝えることで挫折の危機を再度切り抜けました。あと少し、あと少し・・・。

時々、弟子の状態を見ると急にオーラが前回のレッスンより安定している時があって、途中で少し戻るときもあれば不安定の時もあって、それでも、時には斬新的に成長してゆくように思います。

そうして、10年か15年か、もしかしたら20年くらい修行に付き合ったでしょうか。

最後にエネルギーが眉間にまで上がり、上がってもまだ霊視が始まらない、という状態に至りました。そのような最終段階のレッスンを何度か続けた後、ついに眉間が光のエネルギーで満たされ、その祝福すべきとある日、ついに霊視が可能になったのです。

「見えます。周りにある、精霊や天使のようなものが私に見えます・・・」

その声は震え、その目には涙が浮かんでいました。

それを聞いて、私も、ついにやり遂げたと歓喜して抱き合ったことを覚えています。
「よくやりました・・・。貴方は私の誇れる弟子です・・・。貴方は成し遂げました。」

辛い修行に耐え、2つの人生の修行を1つの人生で成し遂げた弟子が、ここにいたのでした。

・・・その後は、次のように伝えました。

「これから、何回かはまたレッスンしに来なさい。でも、基本的にはこれからは自分でできることです。霊視で自分のオーラを見て、不安定なところを確認しなさい。そうして、エネルギーを高めて安定させることが大事です。あと何回かレッスンをして、大丈夫だと思ったらもう来なくて大丈夫です。もちろん、何か相談があればその時は来てください。」

こうして、弟子が独り立ちしたのでした。私は、満足して、その後、寿命を迎えたように思います。広い敷地の古い館で、魔女の生涯が終わったのでした。

この弟子は、その後、私が行ったことと同様なスパルタ式のスピリチュアル教育を大勢に対して行ったように思います。

本来、ゆっくりとした道と性急な道があって、人によっても性質によっても使命によってもその道は異なりますし選べるものなのですが、私の弟子には性急な道しか教えなかったものですから、イギリス方面でその伝統が続いてしまっているようですね・・・。

それが良かったのか悪かったのか・・・。今でもイギリスではその伝統が続いているように思います。